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いわき簡易裁判所 昭和43年(ろ)5号 判決 1968年4月26日

被告人 吉田富雄

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実は、

被告人はいわき市平所在国鉄平客貨車区の整備係で運転免許を受有し通勤用として自己所有の自動二輪車を運転しているものなるところ、昭和四二年七月一一日午前七時五五分ころ、いわき市平字大町二七番地先道路において、右自車を時速約四〇粁で運転し道路の中央からやや左側寄りで西進中、前方交通整理の行なわれていない左右の見とおしの困難な交差点にさしかかつた際、減速徐行すべく、又その交差点手前の道路左側を同方向に先行する高橋栄七(当六一年)の運転する足踏二輪自転車を約三〇米手前で認めた時、交差点内で追い越しの状態にあつたが、右先行する自転車の如きは右交差点で時として進路を転換することもあるから前記減速徐行と共に右車両の動作を克く注視し危険と思うとき何時でも急停車して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに不注意にも之を怠り、右車輛運転の前記高橋栄七が間もなく前記交差点の手前約五米の地点から右手をあげ右折合図をなしたのに気付かず漫然前記同一速度で右先行車の右脇を追い越そうとした過失により、前記交差点で右先行車が右折の動作に出たのを約七米先で発見し驚いて急停車の措置をとつたが間に合わず右先行車の後部右側に自車の前輪部を衝突せしめて倒し、よつて前記高橋栄七に対し加療約一週間を要する頭頂部挫傷、右手背部、肘部挫傷、腰部打撲傷の傷害を負わせたものである。(罰条刑法第二一一条、道路交通法第四二条、第一一九条第一項第二号)

というのである。

二、被告人が国鉄平客貨車区に勤務し、通勤用として自動二輪車を運転していたこと、昭和四二年七月一一日午前七時五五分ころ、自動二輪車を運転し、国道六号線をいわき市平字五色町方面から同市平字十五町目方面に向つて道路中央からやや左寄りを西進中、いわき市平字大町二七番地先の交通整理の行なわれていない交差点において、自車の前輪部を高橋栄七(事故当時六一年)の運転する足踏二輪自転車の後部右側に衝突させ、その結果同人がその場に転倒し、加療約一週間を要する頭頂部挫傷、右手背部、肘部挫傷、腰部打撲傷の傷害を負わせたことは本件証拠によつて十分これを認めることができる。

三、司法警察員作成の実況見分調書、当裁判所の検証調書、高橋栄七の司法警察員に対する供述調書、証人高橋栄七に対する当裁判所の尋問調書、被告人の当公判廷における供述、被告人の司法警察員に対する供述調書、被告人の検察官に対する供述調書を綜合すると次の事実が認められる。

(イ)  本件事故現場は幅員一五米の東西に通ずる国道六号線のコンクリート舗装の平坦な道路と幅員約七、二米の南北に通ずる舗装された市道とが十字に交差する交差点であること、国道六号線の車道の両脇には幅員約四米の歩道があり、歩道脇には人家が立ち並び被告人の進行方向からの左右道路への見とおしは十分でないこと国道六号線には時速四〇粁の速度制限がなされていること、交通量は国道六号線は車両の交通が多く、これに反し市道の交通量は少ないこと、現場交差点の車両の通行方法は国道上を直進している車両は交差点において従前の速度を減速しているものは殆どなく、市道から国道に出る車両は交差点に入る前、一時停止もしくは徐行して交差点に進入しているのが通常であること、

(ロ)  事故当日の天候は晴天で道路は乾燥していたこと、事故当時現場交差点は交通整理が行なわれていなかつたこと、

(ハ)  被告人は国道六号線を時速約四〇粁で西進中、右交差点の手前約五十数米の地点で前方約二八米に同方向に進行中の高橋栄七の運転する足踏二輪自転車(以下自転車という)を発見したこと、

(ニ)  被告人は道路中央線から約二、二米左に寄つて進行し、高橋は車道の左端から約一米ないし二米右に寄つて先行し、交差点附近において被告人が高橋を追い抜くような態勢であつたが、その際の車間間隔(両車が併進した場合の左右の間隔)は約二ないし三米とみられること、

(ホ)  高橋は交差点の手前の側端のわずか手前附近から右斜め前方に向つて右折をはじめたこと、

(ヘ)  被告人は自転車との距離約六、八米後方でこれをみて衝突の危険を感じ直ちに急制動を施したが間に合わず、交差点の東端附近の中央線寄りの地点で自車前輪部を右先行車の後部右側に衝突させたこと、

(ト)  被告人は高橋の態度、挙動から高橋が交差点を直進するものと信じていたこと 前記証拠中右認定に反する部分は措信しない。

四、業務上過失傷害の訴因について

(イ)  検察官はまず現場交差点は交通整理の行なわれていない左右の見とおしの悪い交差点であるから、減速徐行をすべき注意義務があると主張するが、道路交通法第四二条において右のような交差点における徐行義務が規定されている趣旨はかかる交差点におけるいわゆる出合い頭の衝突を避けるためであると考えられるから、本件のように先行自転車がたまたま交差点において右折した際交差点内において右先行自転車と衝突したにすぎない事実については前記徐行義務から本件事故についての注意を導きだすことはできないものといわねばならず、即ち右徐行義務と本件事故に関する注意義務とは法律的に関係がないものであるから、検察官のこの点に関する主張は主張自体失当である。

(ロ)  次に検察官は被告人が交差点内で高橋の自転車を追い越す状態にあつたが、先行する自転車の如きは交差点で時として進路を転換することもあるから前記減速徐行とともに先行車の動作をよく注視する注意義務があるのに被告人がこれを怠つたと主張する。そして前記認定のとおり交差点附近において被告人が高橋を追い抜く態勢にあつたことは検察官主張のとおりであるけれども、被告人が高橋運転の自転車の動静を注視していなかつたことを認めるに足りる証拠はない。被告人の司法警察員に対する供述調書中に「この事故の原因は……私がもつとその動向に注意が足らなかつたためと思います」との記載があるが、右供述は司法警察員の取調に対し、あとから考えてもつと注意をしていれば事故がさけられたかもしれないとのことを述べたにすぎないものと解され、右供述調書の他の部分と対比しても、右供述部分が動向不注視の事実をのべたものとは到底解されえない。また高橋が右折前に右手をあげて右折の合図をしたか否かは明らかでないが、仮に高橋の司法警察員に対する供述調書及び同人に対する当裁判所の尋問調書記載のとおり高橋が右折前約一、八米(一間)の地点において右手をあげ右折の合図をしたとしても、被告人としてはたかだか前記の右折発見地点よりも約五米程度手前で発見しうるにすぎないものと考えられる。(高橋の自転車の速度は判然としないが被告人の自動二輪車の速度から割出した推定速度は秒速約三、八米と考えられる――検証図面<1>から<2>まで被告人が進む時間と<イ>から<ロ>まで高橋が進んだ時間は等しいものとして計算すること――ので、高橋が一、八米進む間に被告人が進む距離は約五、二米となる。)そうするといわゆる空走距離(危険が出現してから、ブレーキをかけるまでに被告人の自動二輪車が進む距離)及び滑走距離(ブレーキをかけてから停止するまでに自動二輪車が進む距離)を考慮すると仮に高橋が右折地点の一、八米手前で右手をあげて合図をしたとしても、そして被告人がこれを発見し、直ちに制動を施したとしても衝突地点までに停止しうるかどうかに疑問があり、ブレーキ操作とともにハンドル操作をしても、被告人と高橋の両者の位置関係、速度等からみて衝突個所等に若干の違いが生ずるのみで、なお本件事故をさけえなかつたのではないかとの疑いが強く、結局高橋が右のような右折合図をし被告人がこれを見のがしたとしても、この点をとらえて被告人に本件事故についての過失責任ありと断ずることはできないものといわねばならない。(なお前記高橋に対する当裁判所の尋問調書中、右折の五米手前で右手をあげて合図をしたとの点およびその約二〇米手前で後方をふり向いて確認したとの点は、同尋問調書の他の部分及び同人の前記司法警察員に対する供述調書の記載に照らしても到底信用することができない。)

更に自動車の運転者としては、本件のような交差点附近において自転車を追い抜くような状態にある場合に、具体的状況に応じ適宜減速しなければならないこともあるけれども本件においては高橋は、交差点の直前において右折の動作(合図をしたとしてもそれを含めて)を開始したのであり、その以前に右折又は進路変更を予測させるような行動をとつたことを認めるに足りず、また被告人は自転車との車間間隔を二ないし三米置いて進行していたものであること、その他、道路、交通の状況などを併せ考えると、本件の具体的状況のもとでは被告人が予め減速徐行すべき注意義務があるものとは到底いいえない。

(ハ)  道路交通法によれば自転車が交差点を右折する場合には、交差点の手前の側端から三〇米手前の地点で右折の合図をし(法第五三条、道路交通法施行令第二一条)、またあらかじめできるかぎり道路の左側に寄り交差点の側端に沿つて徐行すべきである(法第三四条第三項)のに、高橋は右交通法規を無視し、法規どおりの右折の合図をすることもなく予め充分後方を確認することもなく、交差点の手前の側端のやや手前附近から突如右斜め前方に向つて右折をはじめたのであり、これが本件事故の原因であるとみられるのである。

従つて結局業務上過失傷害の訴因については犯罪の証明がないことに帰する。

五、道路交通法第四二条違反(交通整理の行なわれていない左右の見とおしのきかない交差点における徐行義務違反)の訴因について

(イ)  本件交差点において交通整理が行なわれていなかつたこと、歩道に沿つて人家が並び被告人の進行方向からみて左右の道路への見とおしは十分でないことは前記認定のとおりである。

(ロ)  しかしながら本件交差点が道路交通法第四二条にいう徐行すべき場所としての左右の見とおしのきかない交差点であるといえるかについてはなお検討を要する。

そもそも道路交通法第四二条が交通整理の行なわれていない左右の見とおしのきかない交差点を徐行すべき場所と規定したのはかかる場所における出合い頭の衝突を避けることを目的としたものと解せられ、かかる立法趣旨からすると、右法条にいう左右見とおしのきかない交差点とは、その形態、見とおしのきく程度、交通の状況等からして、徐行しなければ出合い頭の衝突の起る危険が十分認められるような交差点に限定されるものと解すべきである。本件交差点は国道の方は車道幅員が一五米もあり、その両側に各四米の歩道があり、国道を通過する車両は少くとも歩道部分については左右の見とおしがきくのみならず、国道と交差する市道は幅員約七、二米で明らかに国道よりも狭く、道路交通法によると車両は明らかに狭い道路から明らかに広い道路に入ろうとするときは徐行し、且つ広い道路にある車両の進行を妨げてはならない(法第三六条)のであるから本件交差点において市道から交差点に入る車両については当然右法規を遵守しなければならないし、また現実の交通状況をみても交通量は国道が市道に比して明らかに多く、国道を直進通過する車両は徐行しているものはないのに反し、市道から交差点に入る(右左折はもちろん直進車も)車両は必ず一時停止または徐行をし国道方向の交通の安全を確認して進行しているのである。かように考えると国道直進車両に徐行義務を課さなくとも(国道から市道への右折左折車両に徐行義務あるのは当然であるし――法第三四条、また市道から交差点に入る車両に徐行義務あるのは前記のとおりである。)そのために出合い頭の衝突の起る危険がそれほど大きくなるとは考えられない。

もつともかような法規や、交通の実情を無視し、市道から国道へといきなり飛び出してくるような無謀な運転者や歩行者がないとはいいきれないであろうが、かような車両や歩行者があることを予測してすべての車両に徐行義務を認めることは道路交通の安全とともに円滑をはかることを使命とする道路交通法の解釈適用としては失当であるというべきである。本件国道には本件交差点の前後にも約四五米ないし一〇五米毎に十字路又はT字路の交差点があるが(弁護人提出の現場付近の見取図)、これらが概ね交通整理が行なわれておらず市街地で人家か立ち並んでいるため本件交差点と同じように左右の見とおしは十分でないものとすれば、かような交差点毎に検察官が徐行速度として主張する(第三回公判調書)時速七ないし八粁に減速しなければならないとすると、交通は渋滞し、主要幹線道路としての使命も果しえなくなるおそれも出てくるのである。

以上のような理由により、本件交差点は道路交通法第四二条にいう左右のみとおしのきかない交差点に該当しないものと考える。

(ハ)  仮に本件交差点が左右の見とおしのきかない交差点に該当し、従つて徐行義務があるとしても、徐行の意義について道路交通法第二条に一応の定義が存するけれども、右定義にいう直ちに停止することができる速度というのも事柄の性質上一義的には定まらないものであり、具体的にどの程度の速度が徐行になるかについては、交差点の見とおしのきかない程度、互いに交差する道路の幅員、広狭、交通の状況、その他出合い頭の衝突の危険の有無、程度など諸般の事情を斟酌して判定すべきであるが、前記五(ロ)に記載した本件交差点の諸状況に徴すれば、被告人が本件交差点を制限時速の四〇粁程度で通過しようとしたことは、この程度の速度では徐行義務に違反したとはいえないものというべきである。

従つていずれにしても犯罪の証明がないことに帰する。

六、よつて本件各訴因については刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をするものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡崎彰夫)

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