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さいたま地方裁判所 平成11年(わ)1551号 判決 2002年5月01日

主文

被告人を懲役三年二月に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする(ただし、証人S及び同Uに支給した分は分離前の相被告人Bとの連帯負担とする。)。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、A信用組合(以下、「A」という。)の理事長として、その業務全般を統括掌理しており、資金を貸し付けるに当たっては、法令、定款及び規約等の定める貸付手続を遵守するとともに、十分な担保を徴求し、徴求した担保を確実に管理するなどして貸付金の回収に万全の措置を講ずるなど、Aのため忠実にその職務を遂行すべき任務を有していた者であるが、Aの専務理事として理事長を補佐して業務を遂行し、前同様の任務を有していたB、Aの理事兼審査会の構成員として、資金の貸付け等の審査をし、前同様の任務を有していたC、及び建設工事の共同受注及び受注斡旋等を目的とするD協同組合(以下、「D」という。)の代表理事であるEらと共謀の上、

第一Dに対し、Aが既に貸付限度額を超える資金を貸し付けており、D名義でのそれ以上の貸付けが困難な状況にあったため、いずれも資力のないF株式会社及びG株式会社名義で、D所有の別紙一記載の神奈川県a市b区外四筆の土地に根抵当権を設定した上、それぞれ五億六〇〇〇万円及び二億四〇〇〇万円をDに貸し付けていたところ、さらに、平成八年一二月一九日ころ、Dの利益を図る目的で、前記任務に背き、D等が十分な資産を有しない上、右土地には担保余力がないことから、その土地を担保に追加の貸付けを行えば、その貸付金の回収が著しく困難になることを知りながら、右土地のみを担保として、埼玉県c市所在のA本店において、同本店に開設されたG名義の普通預金口座に二億四〇〇〇万円を振込入金して、Dに貸し付け、

第二右記載のとおり、Dに対し、別紙一記載の土地に根抵当権を設定した上、前記F及びG名義で、それぞれ五億六〇〇〇万円及び四億八〇〇〇万円を貸し付けていたところ、平成九年五月一五日ころ、Dの利益を図る目的で、前記任務に背き、D等が十分な資産を有しないことから、右根抵当権を抹消すれば貸付金の回収が著しく困難になることを知りながら、神奈川県a市所在のa地方法務局d出張所において、情を知らない登記官に対し、Fに対する五億六〇〇〇万円の貸付金の担保として設定された、Aを根抵当権者、Fを債務者とする極度額六億四〇〇〇万円の根抵当権設定登記、及びGに対する四億八〇〇〇万円の貸付金の担保として設定された、Aを根抵当権者、Gを債務者とする極度額五億四〇〇〇万円の根抵当権設定登記の各抹消方を申請し、そのころ、同登記官をして、右各抹消登記をさせてAの担保権を喪失させ、

第三前記第一記載のとおり、Dに対し、Aが貸付限度額を超える資金を貸し付けており、D名義でのそれ以上の貸付けが困難な状況にあったため、いずれも実体も資力もない有限会社H及び有限会社I名義で、D所有の別紙二記載の同市e区f町外六筆の土地に根抵当権を設定した上、それぞれ五億八〇〇〇万円をDに貸し付けていたところ、同年七月二四日ころ、Dの利益を図る目的で、前記任務に背き、D等が十分な資産を有しないことから、右根抵当権を抹消すれば貸付金の回収が著しく困難になることを知りながら、同市所在のa地方法務局e出張所において、情を知らない登記官に対し、H及びIに対する合計一一億六〇〇〇万円の貸付金の担保として設定された、Aを根抵当権者、H及びIを債務者とする極度額一二億円の根抵当権設定登記の抹消方を申請し、そのころ、同登記官をして、右抹消登記をさせてAの担保権を喪失させ、もって、

いずれもAに対し、財産上の損害を加えたものである。

(証拠の標目)

-略-

(事実認定の補足説明)

弁護人は、判示事実全部について、被告人がその任務に違背する行為をしたことはなく、その認識もなかったこと、被告人にはAに損害が発生するとの認識がなく、図利加害の目的も認められないことなどを挙げて、被告人は無罪である旨主張し、被告人も当公判廷においてこれにそう事実を供述するので、以下、当裁判所の判断を示す。

一  証人J、分離前の相被告人B、同E及び同Cの当公判廷における各供述、その他関係各証拠によれば、判示各事実に関し、以下の事実が認められる。

1  Aは、埼玉県内に在住する大韓民国国籍を有する中小零細事業者らが中心になって昭和三八年一〇月に設立された信用組合であり、埼玉県の監督下において、埼玉県内に住所あるいは事業所を有する組合員に対する金融事業等を行っていた。被告人は、埼玉県c市内にK株式会社などを設立し、ビルを拠点として不動産業等を営んでいたが、昭和五五年からAの非常勤理事の地位に就き、平成三年五月、Cの後を受けて理事長に就任した。Aにおける貸出案件は、審査会規程に基づき、本部常勤役員と、理事会が適当と認める理事で構成し、理事長が議長を務める審査会において可否を決することとされており、本件前後の時期を通じて、被告人、B、Cはその構成員であった。

Dは、組合員に請け負わせて行う建売住宅の建設等を主たる目的として昭和五五年一〇月に中小企業等協同組合法に基づき設立された協同組合であり、本店は東京都g区にあった。設立当初の代表理事はMであったが、昭和五六年一一月には専務理事であった被告人がMに代わって代表理事に就任した。しかし、前記のとおり、被告人が、Aの理事長に就任したことから、平成三年一一月には、D設立段階以前から被告人と行動を共にし、当時専務理事の地位にあったEがその代表理事の地位を引き継いだ。しかし、被告人は、その後も、以前からDの経営に深く関わっていたWとともに、Dの相談役として、相談役会議に出席し、Eの諮問に応じて、Dの取り組む新規事業や、資金繰り、抱えている民事紛争についての処理方針などについて意見を述べるなどし、また、Aに設けたDの当座預金口座に関する小切手帳とともにその振出しに必要な銀行届出印を自ら保管し、D側の要請に基づいて支払のための小切手を発行するなどしていた。

2  Dの総資産額は、設立当初から昭和五九年九月末日の決算時までは一億円台ないし四億円台で推移していたものの、その後いわゆるバブル期に至り、金融機関から多額の融資を受けて次々と不動産を購入し、これを転売したり、マンション建設事業を行うなどしたため、昭和六二年九月末日決算時には六〇億円を超える状態となり、さらには平成二年九月末日の決算時点にはこれが一三九億円もの巨額に達したが、他方で、借入金の額も急増し、平成元年九月末日時点で約一〇五億円にも上る事態となった。そして、過大な金利負担などにより昭和六三年九月期の決算から経常利益が赤字に陥り、売却が容易な保有不動産から順次売却するなどして借入金の圧縮に努めたものの、被告人が代表理事の地位をEに引き継いだ平成三年一一月当時においては、なお約五八億円もの借入金が残り、金利負担は年間七億円余りに達し、元本はもとより金利の支払にも窮する事態となっていた。被告人は、Dの代表理事をしていた当時、これらの債務の多くについて、連帯保証人となり、あるいは物上保証人として自らの財産を担保に提供するなどしており、Aの理事長に転じた後も、なおこれらが残ったままの状態であった。

3  被告人に代わってDの代表理事に就任した後、経理を担当していたJの説明を受けてDが右のような状況にあることをつまびらかに知ったEは、金融機関に対する金利の支払を停止するほかないものと判断して、平成三年一二月ころ、その旨被告人に相談したところ、被告人からは、自己が理事長であるAと、自己が所有し、経済活動の拠点としているLビルをDの担保として提供しているN銀行については支払を継続するようにとの要請があった。そこで、Eは、そのころから平成四年五、六月ころにかけて、O銀行とP銀行に対する金利の支払を停止した。そのため、同年一二月に至ると、O銀行から、融資金の返済を強く迫られ、保証人となっていた被告人も保証債務の履行を督促される事態となったが、返済をすることができず、抵当権に基づいてD所有の不動産に対する競売開始決定がなされるなどのことがあり、これ以降のDは、必要な運転資金をAから借り入れることで細々と経営を維持していくのみで、金融機関から融資を得て新たな事業を展開することは困難な状態に陥った。

4  このような状況下にあったところ、平成五年三月ころになって、Aの紹介を受けてQ銀行がAの元理事に対して行った五億円の融資の返済が滞ったことに端を発し、Q銀行の右債権をAが実質的に引き受けることで紹介者としての責任をとる見返りとして、Q銀行がAに対し、三五億円の定期預金をとりあえず三年間預け入れるという話が浮上し、同年一二月ころ、この話がほぼ合意に達したが、これと前後してAにおいては、この受け入れた多額の定期預金をどのように運用するかについて、被告人とC、Bらの間で検討を進め、Bからはその一部を全国信用協同組合連合会(以下、「全信組連」という。)からの借入金の返済に充て、残りを全信組連に定期預金するなどの堅実な使用方法の提案もあったが、結局、肩代わりした五億円を補填するなどのためには本格的な運用をする必要があり、これに適した融資先はD以外にないとの結論に達し、Dが行うマンション事業に融資して運用し、金利に加えて、マンション事業がもたらす利益の一部をもAの関連会社に還元させ、これを累積している不良債権の解消に用いることなどを話し合った末、そのころ、Cからその旨Eに告げた。

Eは、これを受けて、この資金を用いることにより、かねて組合員の中の有力者から資金を募って展開しようと構想していたマンション事業に取り組もうと考えたが、当時、AのDに対する貸付けは、協同組合による金融事業に関する法律等の定める一企業に対する貸付限度額を既に超えていたため(この貸付限度額は、時期によって推移があるが、平成七年一二月一八日時点で約五億九一〇〇万円、平成八年一一月二六日時点で約六億五七〇〇万円、平成九年一二月一日時点で約六億四六〇〇万円となっていた。)、Eは、被告人らの了解も得た上、手始めに、Dの理事が経営し、Dの組合員となっていたF株式会社、G株式会社の二社について、新たにAに出資させてその組合員とした上、これらの者の名義でAから融資を受けてマンション事業を行うこととした。そして、Dにおいては、右のようにして得た融資金を元手として、平成五年一二月ころから平成七年六月ころにかけて、神奈川県内のa市b区(以下、「b物件」という。)、h市、a市e区f町(以下、「f物件」という。)、同市b区i、j市、東京都内のk区、g区l、同区m等の土地を相次いで買収し、マンション事業を展開していった。Dがこれらの事業を行うに当たって自己の組合員となっている会社の名義で借り入れた融資金は、Aからこれら会社の名義の口座に振り込まれた後、Dの口座に移動され、金利の支払もDが行い、Dの商業帳簿に借入金として計上されていた。

5  Eは、これらの事業に取り組んだ当初こそ、それぞれのマンション事業単位で資金を管理しようと考え、Dの経理担当者に対し、それぞれの物件について借り入れた資金を他の物件に関する支払に流用しないよう指示していたが、現実には、Dでは日々の運転資金や建築会社への支払、金利の支払等に追われる状況にあり、平成八年六月ころからは、Aに対し、資金を借り入れる必要のない物件を利用し、虚偽の資金使途を申告して融資を申請し、これによって得た融資金を他の物件についての支払や、それ以前の融資金に対する返済、運転資金等に費消する、いわゆる自転車操業の状態となっていた。

6  専務理事としてAの経理を担当していたBは、D関連の融資案件は全てそのまま審査会にかけるようにとの被告人の指示に従ってはいたものの、融資審査をする上で必要となるDや融資名義人とされた会社の決算書類等が一向に提出されないため、Dに対し、担当者を通じて、再三これらを提出するよう求めた。しかし、D側から、「理事長に話してあるから。」などと言われてその提出を得られなかったため、困り果てたBは、元代表理事の被告人の要求であればDも聞くのではないかと考え、度々被告人にその旨Dに伝えるよう申し入れたが、被告人からは話しておくなどという返答があったものの、結局、決算書類等は提出されないまま推移した。

7  Aに対しては、監督官庁である埼玉県商工部金融課による抜打検査が実施されており、平成の初めころは二年に一度の割で行われていたが、平成七年からは、これが毎年行われる事態となった。そのうち、平成五年一二月二〇日を基準日とする検査においては、法定貸付限度額を超過した大口貸出が四件あることや、貸出しに際して貸出金の資金使途、返済計画、担保設定等の審査が不十分であったり、決算書等を徴求しないものが多く、貸出先の経営、財務内容の継続的把握が不十分であることなどが指摘され、平成六年三月、Aから、法令違反の大口貸出については早期に解消を図る、貸出先の経営状況、財務内容等を継続的に把握して不良資産を発生させないようにするなどと記載した改善計画書が提出されていた。また、平成七年一二月一八日を基準日とする検査においては、法令違反となる大口貸出が、準大口と認められるものも含めて一七件あり、その貸出金の過半が不良債権化しているとして、融資決定、管理過程において重大な判断ミスがあったと認めざるを得ないとの厳しい指摘がなされ、そのほかにも、貸出先の業態、業況を把握するための基本的な資料となる決算書、税務申告書等について未徴求先が、殊に本店に多く認められる点、さらには、関連会社間の迂回融資と思われるものがあり、融資管理が曖昧になっている点などが取り上げられ、これらは平成八年五月に被告人らに講評、示達された。これに対し、Aは、同年七月、大口貸出の発生防止に努め、既貸出分については早期回収に努力すること、貸付審査に当たっては、事業計画、資金使途、返済計画、債権保全等について十分な調査、確認を行い、貸出先の業態、業況把握に関する基本資料の徴求漏れがないように注意するなどという改善計画書を提出した。

8  ところで、Dが手がけたマンション事業のうち、神奈川県h市、同県a市b区i、都内k区の各物件については、平成八年六月ころまでにそれぞれ計画どおりのマンションが完成して販売され、融資金も返済されたが、都内g区mの物件については、平成六年三月から平成八年八月にかけて十数回にわたり二〇億円を超える多額の融資がなされたが、結局はいわゆる地上げに失敗し、計画が頓挫したため、Aでは、度重なる返済期限の延長に応ずるほかない事態に陥った。

9  b物件については、平成五年一一月二六日、用地取得費用などとして、Fが所有する同物件の敷地に第一順位で極度額四億円の根抵当権を設定するとした上で(時価にAで定めた掛け目をした規定担保価額は約二億二〇〇〇万円)、同会社名義で四億円の融資申請があり、同年一二月七日、同額が貸し出されたが(融資承認日同年一一月三〇日、同七年七月三一日一括返済予定)、約定の返済期限が迫るや、計画地の取付け道路部分の買収や計画地斜面の安全調査に時間を要したなどとして、平成七年七月二一日、返済期限を同九年五月三一日まで延長してほしい旨の申請がなされ、平成七年七月二四日付けでこれが承認された。その後、同年一〇月九日、建築代金などとして、FとDの共有に変わった同物件の敷地に第二順位で新たに極度額三億円の根抵当権を設定するとした上で(規定担保価額〇円)、G名義で二億四〇〇〇万円の融資申請があり、同月一九日、これを貸し出し(融資承認日同月一六日、同九年五月三一日一括返済予定)、また、平成八年一月九日、やはり建築代金などとして、FとDが共有する同物件の敷地に設定してあった第一順位の根抵当権の極度額を二億四〇〇〇万円増額して六億四〇〇〇万円にするとした上で、F名義で一億六〇〇〇万円の融資要請があり、同月一七日、これが貸し付けられていたところ(融資承認日同月一六日、同九年五月三一日一括返済予定)、さらに、平成八年一〇月一八日、建築代金などを資金使途とするG名義の二億四〇〇〇万円の融資申請がなされるや、Aでは、同月二一日、被告人、C、Bなどが出席して審査会を開催し、これを承認した。その際、前記同物件の敷地に第二順位で設定されていた根抵当権の極度額を二億四〇〇〇万円増額して五億四〇〇〇万円としたが、先述したとおり右土地の規定担保価額は約二億二〇〇〇万円余りであり(Aで査定した時価で評価してみても、三億四〇〇〇万円程度)、第一順位の根抵当権者であるFに対する債権額が五億六〇〇〇万円で、その極度額が六億四〇〇〇万円であることを考慮すると、もはや担保余力はなく、右融資は全くの無担保融資といえるものであった。

10  もっとも、Aでは、右のようにしてDに対する二億四〇〇〇万円の融資を承認したものの、当時、在日大韓民国居留民団埼玉県本部(以下、「民団」という。)を中心とする、Aに関する被告人の経営姿勢に反発する勢力によって多額の預金が引き下ろされていた上、R信用組合から受け入れていた三億円の定期預金が満期を迎えて払戻しをせざるを得なかったことなどもあって、運転資金が極度に枯渇しており、これを実行できない状態にあった。そこで、Eは、平成八年一一月下旬ころと一二月一〇日ころの二回にわたって、Jを伴ってAの被告人のもとを訪れ、その席で、年末の資金不足が、同年一一月二五日時点の計算では約五億六〇〇〇万円、同年一二月九日時点の計算では約六億一〇〇〇万円となる旨の記載がされている「現場資金繰予定表」をそれぞれ被告人に示してDの窮状を説明し、融資の実行を強く要請した。この資金繰予定表には、実行を要求しているb物件についての二億四〇〇〇万円の融資によって支払われる同物件の支払予定はごくわずかで、大半の資金はそれ以外の用途に充てられることが明記されており、結局、融資申請の際、記載されていた資金使途がおよそ虚偽であることが容易にみてとれる状況にあったが、被告人からはその点の追及は全くなされなかった。

被告人は、右要請を受けて、Aの資金繰りを担当していたBに対し、「Dは年内大変なようだ。既に承認した仕掛かり中の案件で、Dも予定しているのだから、実行してやってくれ。」などと述べて強くその実行を迫った。Bは、Aの資金事情等を説明した上、もはやDに対する融資に取り組むことは困難である旨申し出たが、被告人が、今後新規の取組はしないとしても、既に仕掛かり中の物件については、融資に応じないと回収ができなくなるなどと述べたため、同年一二月一九日に至り、その融資が実行された(判示第一の事実)。

11  一方、民団内部では、被告人の経営方針に対する非難が一層強まり、民団幹部の要請を受けたA理事のSが、平成九年一月からAの審査会に審査委員として加わることとなったが、Sが、当初出席した審査会において、Cの関連企業に対する融資案件について強い反対意見を述べ、同席していたT副理事長及びU常務理事もこれに追従する姿勢を示したため、被告人は、「これらの者を交えていては、混乱して審査会にならない。」などと述べて、CやBに対し、Sらを除外して審査会を行うことを提案し、同年二月以降同人らが理事を退任した同年五月下旬ころまで、D関連を含むこれらの者の強い反対が予想される融資案件については、被告人とC、Bら一部の審査委員だけで審査を行った。

12  Eは、平成八年の暮れの時点で、およそ一五億円ほどに及ぶ多額の資金不足の状況にあるとみており、仕掛かり中のマンション事業の資金についてはAに頼るほかはなく、今後Aから円滑な資金手当ができない場合には倒産も必至と考え、危機感に駆られた末、被告人に対し、「途中で融資を止められると命取りになる。」などと話して支援を求め、被告人も「そうだろうな。」などと述べてはいたが、さらに、平成九年に入ってb物件の完成が近づくと、Eは被告人に対し、「bのマンションの売上金で融資金の返済をした場合、返済した金額を上限として再融資を受けられるよう枠を作ってほしい。その枠を作ってもらえない場合には、売上金をAに対する返済ではなくゼネコン等に対する支払に充てざるを得ない。」などと述べ、今後もDに融資するよう、機会をとらえて度々強く迫ったものの、Aの資金事情が到底これを受け入れるだけの状況になかったこともあって、被告人はこれに応じなかった。

13  平成九年五月、b物件のマンションが完成したが、Dは、購入者が住宅金融公庫等から融資を受けるためには、同マンションの敷地に設定されている根抵当権を全部抹消しなければならないとして、同月七日、Aに対し、別紙一記載の土地に設定された、Fを債務者とする極度額六億四〇〇〇万円及びGを債務者とする極度額五億四〇〇〇万円の各根抵当権設定登記の抹消と、事業の遅延を理由とする五か月間の返済期限再延長の申請を行った。Bは、平成五年一二月に実行した四億円の融資金について、既に返済期限を二年近く延長しており、b物件の完成が相当に遅れているにもかかわらず、再度その返済期限の延長を求めてきていることや、元々足りない担保が、外してしまえばゼロになってしまって、わずかな金額の定期預金を除くと、全く保全措置がなくなってしまうことに不安を抱き、できればこの案件を否決したいと考え、平成九年五月一二日の審査会において、担当貸付係のVをあえて出席させ、その口を借りて、返済と同時に担保を解放するのが一般的である旨説明させたが、被告人は、「もういい、分かったから、君はじゃあ、もう退席しろ。」などと言って早々にVを退席させた。その後、Cが、「こんなの担保解除しちゃっていいのか。」などと反対の意見を述べるなどのことはあったが、被告人が、「N銀行でもそうやっている。解除しなければ、マンション代金も入ってこないので返済もできない。もうマンションも出来上がって、近々金が入ることになっているから、こういう申請になってきているんで、解除しないわけにいかないだろう。」などと述べたことにより、結局、被告人、C、Bを含む審査会の出席者全員が右案件を承認し、これに基づき別紙一記載の土地に設定されていた第一順位と第二順位の各根抵当権設定登記は抹消された(判示第二の事実)。

14  他方、Dは、相談役であるWから持ち込まれた別紙二記載のfの土地について、b物件などと同様の手法で、Aから資金の融資を受けてマンション建設事業を行うこととしたが、WとCから、Eに対し、新たに会社を設立するのでその会社の名義で借りてほしいとの提案がなされ、同物件については、有限会社I及び有限会社Hの名義を用いてAから融資を受けることとなった。そして、平成六年八月一九日、用地取得費用などとして、HとIが所有する別紙二記載の同物件の敷地に第一順位で右二社を債務者として極度額一二億円の根抵当権を設定するとした上(規定担保価額約一億九二〇〇万円)で、右二社名義で合計七億七〇〇〇万円の融資申請があり、平成六年九月一日、これを融資し(融資承認日同年八月二二日、同八年四月三〇日一括返済予定)、次いで、平成七年二月七日、建築代金などとして、やはり右二社の名義で合計三億九〇〇〇万円の融資申請があり、同月一七日と二二日の二回に分けて同金額を融資した(融資承認日同月一四日、同八年四月三〇日一括返済予定。うち一億四〇〇〇万円は、全信組連の資金を利用した代理貸付)。しかし、この事業についても、返済期限が近づいた平成八年四月一九日、道路部分の拡幅工事が大幅に遅れたなどとして、期限の延長の申請がなされ、Aでは返済期限を約一年一〇か月延長して、平成一〇年二月二八日とすることを承認した(ただし、全信組連の代理貸付分については、同年一月二六日。)。

15  平成九年七月に至り、f物件のマンションが完成したため、同月一〇日、Dは、b物件同様、購入者が住宅金融公庫等から公的融資を受けるために必要であるなどとして、同物件の敷地に設定されたAの根抵当権を抹消するよう申請した。同月一四日に行われたAの審査会において、融資名義人となる会社を提供したことなどから、事業の進捗状況に強い関心を有していたCが、この時点でマンションはほぼ完売して手付金などもDに入金していたはずであるのに、いまだAに対しては何らの返済もなされていないことなどに不審の念を抱き、「代金は本当に入ってくるのか。」などと発言し、また、そのころ新たに審査委員となっていた総務部長のXからも、「保全は大丈夫なのか。」などの発言がなされたが、直前にb物件について既に同様の処理をしていたことなどもあって、それ以上の意見はなく、右抹消申請は被告人、C、Bを含む出席者全員によって承認され、根抵当権設定登記は抹消された(判示第三の事実)。

16  その後、b及びfの各マンションが販売され、Dには、売上金としてそれぞれ約一二億円が入金となったが、Dではこれらの金員を他の用途に費消し、Aがb物件について行った合計一〇億四〇〇〇万円及びf物件について行った合計一一億六〇〇〇万円の融資に関しては、Aが破綻するまで何らの返済もなされず、不良債権として整理回収機構に引き継がれた。

二  以上の事実を前提に、被告人の罪責を論じる。被告人は、右にみたとおり、設立後間もなくの時点から、Aの理事長に就任するまでの約一〇年間、Dの代表理事として経営全般を担い、自らその債務を個人保証し、あるいは物的担保を提供するなどして、Dに対して経済的に強い利害関係を有しており、Aに転じた後も、右個人保証や提供した物的担保はそのまま維持されたばかりでなく、Dの相談役として、後任の代表理事であるEの求めに応じてDの取り組む新規事業や資金繰りなどについて意見を述べるなどしていたところ、たまたまQ銀行から三五億円もの多額の定期預金を受け入れることとなるや、それまでのAの不良債権を少しでも解消するには、利ざやを稼ぐ以上の利益を生み出す運用をする必要があると考え、共犯者とも図った上、融通の利く運用先としてDの行うマンション事業に白羽の矢を立て、法令の定める貸付限度額を無視し、監督官庁である埼玉県の目をくぐるためDの組合員となっている会社の名義を利用するなどして形式を取り繕い、決算書類などを徴求してD自身や融資名義を提供した会社の詳細な業態などを把握することもしないまま、大幅な担保不足であることが明白な大口融資を反復実行したものである。

判示第一の事実についてみると、前記一に記載したとおりの融資経過をたどってきたDに対し、単に第二順位にある根抵当権の極度額を増加させるという措置をとっただけで更に本件融資を実行することは、資金繰りに苦しんでいたDの利益となる反面、Aにとっては回収の危険を伴う行為であって、Aの資産をそれだけ減少させ、損害を与える行為であることは客観的に明らかであり、被告人においても、それらの点の認識に何ら欠けるところはなかったものと認めざるを得ない。そして、検査がなされる都度、埼玉県から、決算書、税務申告書等貸出先企業の業態、業況を判断する上において不可欠な資料をもれなく徴求するよう指摘されていることは理事長として十分認識しており、殊に本件においては、通常のルートではDが指示に従わないため、Dと緊密なパイプを持つ被告人であれば強い指導力を発揮できるのではないかと考えたBから、Dに必要書類を提出させるよう口利きを依頼されたにもかかわらず、これらの資料を徴求するなどしてDや関連企業の経営状態を把握する措置を何ら講ずることなく、D側の申請内容を鵜呑みにして融資の申請に応ずることを決しており、その後も、資金繰りに窮したEがDの資金繰予定表を持参して相談に訪れたことから、右機会を通じて、Dが申し出ている資金使途に疑問があることや、Dの経営状態が極度に悪化していることを詳細に知る端緒となる情報を入手することが可能であったにもかかわらず、何らこれらの点を追及することなく、漫然と右融資を実行するよう部下に指示してAの資金を流出させたものであるから、被告人にはA理事長としての任務に違背する行為があり、かつ、その点を自ら十分に自覚していたことは明らかといわねばならない。

また、判示第二及び第三の各事実についてみると、右事情に加えて、さらに、仕掛かり中の事業資金についてはAに頼るほかはなく、円滑な資金手当ができない場合には倒産もやむなしとの危機感に駆られたEから、途中で融資を止められると命取りになる、融資を止められるようであれば、売上金をAに対する返済ではなくゼネコン等に対する建築代金の支払に充てざるを得ないなどとする強い再融資の要請があったのに対し、これを拒否せざるを得ない状況にあったのであるから、何ら代替保全措置を講ずることなく本件各根抵当権を抹消した場合には、Dが、b物件及びf物件の売上金をAへの返済ではなく、ゼネコンへの建築代金の支払等に充てる危険が高い状況にあったといえるのに、単に約束どおり返済するよう口頭で促した程度で、本件各根抵当権の抹消を承認、実行して無担保の債権としたのであるから、これらの行為がDの利益となる反面においてAにとっては損害を及ぼす行為であり、かつ、被告人がA理事長としての任務に違背する行為を行ったものであることは明白であり、これらの点に関する被告人の認識にも何ら欠けるところはなく、被告人に判示各背任罪が成立することに疑問を容れる余地はない。

三  これに対し、弁護人は、以下のとおり主張するので、さらに検討する。

1  まず、弁護人は、本件において担保不足の融資が行われたとしても、Aが行った全融資のうちの約七割前後は担保不足の状態にあり、これはAが信用組合である点を考慮すると、やむを得ないことである上、殊に判示第一の融資は、b物件のマンション事業に対するプロジェクト融資の最後のものであって、敷地以外には適当な担保物件がないマンションプロジェクト融資における最終段階の融資は、本質的に担保不足とならざるを得ないのであるから、右融資はマンションの完成に向けて行われた通常の業務行為とみるべきであり、被告人がDの利益を図るために任務違背の行為をしたとみることはできないと主張する。

確かに、Aのような小規模金融機関が対象とする貸出先は、地元地域の中小零細企業が多く、必然的に十分な物的担保の提供を受けることができないままに融資せざるを得ない事案がかなりの割合を占めることとなるのはある程度やむを得ない事態であると認められるが、被告人自身も当公判廷において述べるように、それ故にこそ、このような金融機関においては、融資を小口化した上、貸出先の業態、業況はもとより、事業計画の確実性、資金使途、返済計画の実行可能性などについて、可能な限りの資料を入手し、細心の検討を経て融資するか否かを決すべきであり、このような点は、Aにおける融資審査に際して必要とされる遵守事項のうちでも最低限確保されねばならない絶対的事項であるといえる。遺憾ながら、関係各証拠によると、Aにおいては、前記一7にみたとおり、埼玉県から、検査の都度、貸付限度額を超えた大口融資を戒められ、財務資料の徴求がなされず、貸出先の経営や財務内容の把握が不十分なままに融資が行われている案件のあることが再三にわたって指摘されている有様であり、Q銀行から三五億円もの定期預金を預かることになったことに端を発する本件を含む一連のDに対する融資は、そのような巨額の融資の受皿として真に適格を備えていたのかどうか甚だ疑わしい企業に対し、財務状況等について特段の審査もしないままに開始され、複数の物件に関する事業計画に狂いが生じ、返済期限を延長せざるを得ない事態が度重なって以降も、計画の確実性や返済原資の確保等に問題が生じていないのかどうかを改めて十分に調査することもしないまま反復実行されたのであり、金融機関が融資に当たって守るべき事項を度外視し、日ごろの埼玉県の指摘をもことごとく無視して行った、プロジェクト融資などとして容認される余地のない杜撰で危険極まりない情実融資と断ずるほかないものであって、このような融資を行うことがAの理事長としての任務に違背する行為であることは明らかというべきである。

2  次に、弁護人は、Dに対しては、一部の銀行が競売の申立てをして財産を差し押さえるなどのことがあったにしても、他方で本件の前後を通じて取引を継続していた銀行もあり、本件当時、その経営状態が破綻していたと見ることはできないし、仮に客観的にはその経営状態が悪化していたとしても、被告人自身はその事実を認識していなかったのであるから、被告人には財産上の損害発生の認識がなかったと主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、前記一5でみたとおり、Dは、平成八年六月ころからいわゆる自転車操業の状態に陥っており、判示第一の融資が実行された同年一二月中旬ころにおいては約一五億円ほどの資金不足に陥っていたというのであって、そのころ、日々の資金繰りにも窮する深刻な経営危機の状況にあったことは明らかといわねばならない。そして、被告人自身は、Dの代表理事を退任した直後、Dの経営状況が、一部の金融機関に対する金利の支払を停止せざるを得ないほどに悪化した状況にあったことは十分に把握していたと認めることができるのであり、その後の経過においても、Aの資金を得てDが取り組んだ一連のマンション事業の中には、成功したものもある反面、膨大な資金をつぎ込んだ東mにおける事業が頓挫したり、b、f物件などについて、事業が予定どおり進捗せず、返済期限を大幅に延長するなどの事態を招くに至っていたことに加えて、判示第一の事実については、EがDの資金繰予定表まで持参して融資の実行を迫ったこと、判示第二及び第三の各事実については、さらに、Eが再融資しなければマンションの売上金を融資金の返済ではなくゼネコンの支払に回すなどとまで述べて強く再融資を迫ったなどの事実をそれぞれ認識していたと認められるのであるから、詳細はともかくとしても、本件各犯行が行われたころ、Dの経営状態が相当に悪化していることは十分に承知していたものと認められるのであって、被告人には、このようなDに対し、新たに実質的には無担保で高額の融資を実行したり、設定されていた根抵当権を抹消するなどすれば、Aに損害が発生するとの認識は十分にあったものといわざるを得ない。

この点、被告人は、当公判廷において、平成八年一一月ないし一二月の段階でEの訪問を受け、資金繰予定表を見せられた際、末尾に億単位のマイナスが計上されていたのを見たことは認めつつも、Eから、その資金繰予定表は、収入の欄の記載が不正確であるとの説明を受けたので、内容についてはほとんど見なかった、一月になればいろいろ入金がある、産業廃棄物の会社を買収したり、神戸の大規模開発に取り組んでおり、うまくいっているという話をさんざん聞いていたので、Dはやっていけると思ったとか、Eから、再融資しなければマンションの売却代金はゼネコンの支払に回すとの話は平成九年二月ころに一度聞いたが、軽い口調によるものであって、「それは駄目だ。ちゃんと返してください。」と言ったら、Eも「分かりました。」と答えたので、それを信用したなどと弁解する。しかし、一方で資金繰予定表に現に億単位のマイナスが計上されていることを目にしながら、他方でEのその場における口頭の説明を聞いただけで、それが現実的、具体的裏付けを伴うものかどうかを資料に基づいて十分に検討することもなく、Dの先行きについて楽観的に考えたなどというのは、先にみたそれまでの融資経過に照らしても甚だ不自然であって、到底信用することができないし、また、資金繰りに関するDの切迫した事情、殊に再融資の件については、Eの当公判廷における供述により、前記一12に記載したとおり、平成九年に入って機会をとらえ度々Eから被告人に話があったものと認めるのが相当であって、被告人の弁解は、当時の客観的状況に反する不自然なもので、これまた信用することができない。

3  さらに、弁護人は、判示第二及び第三の各事実について、マンション購入者が住宅金融公庫等の公的融資を利用する場合には、敷地に設定された抵当権を事前に抹消しない限り融資を受けられず、その結果マンションが売れない事態を招くため、事前抹消の申請に応ずることはやむを得ないのであり、被告人も、過去の経験に基づき、他に適当な方法がなく、危険はないものと考えて本件各根抵当権の抹消に応じたものであるから、これらは通常の業務行為であって任務違背には当たらない、仮に、客観的にはこのような場合に有効な代替保全措置が存在したとしても、被告人にはその認識がなかったから故意が阻却されると主張する。

確かに、関係各証拠を総合しても、本件において、いわゆるつなぎ融資や代理受領の形式による貸付金の保全が可能であったか否かは必ずしも明らかではなく、このような場合についての安全で確実、絶対的な方策があるとまではいえないことはこれを認めざるを得ない。しかしながら、保全措置としては、不完全とはいえ、E自身が覚悟していたように、AからDに人を派遣して入金を管理するという方法等もないわけではなく、また、既に入金している売却手付金などから一部返済を受けた上で、残余を分割して返済するよう約束させる、あるいは、他の物件に根抵当権を付け替えるなどの方法も考えられるのであり、いずれにしても、すべからく金融機関としては、このようなあらゆる代替保全措置を検討し、最もリスクの低い方法を選択すべきであり、貸付金を回収できない危険が高いにもかかわらず適当な解決方法が見出せない場合には、直ちに担保を抹消せず、当面その申請を退け、新たなD側の申出を待って再検討するのが金融機関における通常の業務の進め方であると認められる。殊に、b、f物件においては、当初の事業計画を維持できず、完成が大幅に遅れた上、前記のとおり、Eが直前に、唯一の返済原資であるマンションの売上金をAへの返済ではなくゼネコン等への支払に充てざるを得ないなどと極度に資金繰りに窮した心情を漏らすなどの事情もあったのであるから、仮にそれまでの同様の案件処理の過程で特段の損害が発生していなかったとしても、本件については、何らの代替保全措置を講ずることなく、漫然と担保を抹消することは許されない状況にあったといえるのであり、これが任務違背行為に当たることは明らかである。金融機関の理事長である被告人に、この程度の任務違背の認識すらなかったなどということは考えられず、仮に本件において安全で確実、有効な保全措置が積極的に思い浮かばなかったとしても、それによって故意が阻却されることはない。

4  なお、弁護人は、起訴状及び冒頭陳述書では、被告人に期待された任務として、「貸付金回収と引き替えでの担保解除」が前提とされていたにもかかわらず、論告においては、貸付金回収と引き替えでなく抹消登記をさせる場合の代替保全措置が問題とされており、訴因変更の手続を経ていないのに、事実上訴因が変更されており、十分な防御をする機会を奪われた旨主張する。

しかし、被告人の任務の内容は、判示のとおり、「法令、定款及び規約等の定める貸付手続を遵守するとともに、十分な担保を徴求し、徴求した担保を確実に管理するなどして貸付金の回収に万全の措置を講ずるなど、Aのために忠実にその職務を遂行すること」であって、この点に関する検察官の主張は終始一貫しており、同時抹消の方法によることや代替保全措置を講ずることは右任務を遂行するための手段の一つとして主張されたにすぎないことは明らかであり、本件に関する訴因が変更されたと考える余地は全くない上、前記二3の項で述べた各種代替保全措置は、いずれも本件の審理の過程でEやその他の証人から指摘のあったものであって、これに対する被告人の防御の機会も十分にあったといえるから、弁護人の主張は失当といわねばならない。

四  以上のとおりであって、弁護人の主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為はいずれも刑法六〇条、二四七条に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年二月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする(ただし、訴訟費用のうち証人U及び同Sに支給した分は、同法一八二条により分離前の相被告人Bと連帯して負担させることとする。)。

(量刑の事情)

本件は、Aの理事長である被告人が、同理事であるB及び同CらAの役員及びDの代表理事であるEと共謀の上、その任務に違背して、返済能力の十分でないDに対し、法令の定める貸付限度額を超えて、実質的には無担保で二億四〇〇〇万円を融資したという事案(判示第一の事実)、及び、債権回収に危険が生じることを認識しながら、b物件に関する一〇億四〇〇〇万円及びf物件に関する一一億六〇〇〇万円の各融資の担保となっていた根抵当権を抹消してAに対して損害を与えた(判示第二及び第三の各事実)という背任の事案である。

被告人は、CやBなどと相談の上、AがQ銀行から三五億円の定期預金を受け入れることが可能となるや、これを運用してそれまでのAの不良債権を償却する原資として活用しようなどと考え、被告人とDとの親密な関係を利用し、金利とは別に、事業から得た利益の一部をA側に戻させるなどの融通が利く運用方法として、Dが行うマンション開発事業に融資することを決定し、Dが申し出るままに保全不足の多額の融資を次々と実行した上、マンションが完成段階に達すると、購入者が公庫融資を利用するために担保を外す必要があるとして、返済を受ける前に、融資金のほとんど唯一の引き当てとなっている敷地に設定された根抵当権を抹消することを繰り返していたものである。被告人らの右のような行為は、融資の名の下に、実質的にはいわばDと一体となってマンション開発事業を展開しているかのごとき観を呈しており、金融機関としてのけじめを欠いた不正な情実融資と断ずるほかなく、厳しい非難に値する。

判示第一ないし第三の各犯行は、DがこのようにしてAから融資を受けて行った多数の事業のうち、事業計画の詰めが甘く、相当な遅延を招いたものの、ともかく完成にこぎつけてDが売却金を得たにもかかわらず、Aに対する返済をしなかったb、f物件に関するものであって、起訴された不正融資の金額は二億四〇〇〇万円と多額であり、また、各物件についての根抵当権を抹消してしまったことにより、それぞれ一〇億四〇〇〇万円及び一一億六〇〇〇万円の貸付金が無担保となって、最終的に回収不能に陥らせているのである。Aのように経営規模が小さい金融機関については、リスクを分散するため、法令により一融資先に対する貸付限度額が定められているのであるが、被告人らは、本件において、これを全く無視し、Dに対し、担保が不十分な状態で右限度額を遙かに上回る資金を貸し付けており、この点に関する監督官庁である埼玉県の検査の目を逃れるため、他の会社の名義を利用した迂回融資を行うなどの方法を用いていることや、Aの審査会規程を守らず、一時、これらマンション事業に対する融資案件などについて強く異を唱える可能性のあった理事を除外して審査を行うなど、手口も甚だ悪質というほかなく、その結果、多額の融資金を焦げ付かせた挙げ句、A自体を破綻にまで追い込み、公的資金を導入する事態を招いており、地域の在日韓国人の経済的基盤を消失せしめた社会的責任は大きく、被告人らにはいずれも弁済の能力がなく、弁償の見込みはほとんどないことなどにもかんがみると、被告人らの刑責は重大である。

殊に、被告人は、Dの前代表理事であり、その地位をEに譲った後もDの債務を個人保証している状態が続いていたのみならず、相談役としてDの取り組む新規事業や資金繰りなどについて意見を述べるなど、Dの経営に強い利害関係を有していたのであって、本件はこのような被告人とDとの関係が前提となって発生したものであることは明らかである上、具体的な融資経緯においても、Dに対する融資案件はすべて審査会に上げるようBに指示したり、資金事情の悪化から実行を渋るBに対し、強く指示して融資を実行させ、あるいは、審査の席上、委員の一部から出された消極意見を退け、積極的に根抵当権を抹消する方向に議論を導くなど、被告人は、本件各犯行において中心的、主導的な役割を担っており、共犯者の中にあって一段とその責任は重いといえる。にもかかわらず、被告人は、当公判廷において、Dの経営状態について、Eからはバラ色の話をされており、同人を信頼していたので経営状態が厳しいとは思わなかったなどと不合理な弁解を述べ、また、Dの経営状態や貸付金の使途についての調査が不十分であった点についても、必要な調査は営業店が行っていると思ったなどと責任を転嫁する供述をしており、真摯な反省の情に乏しく、犯情は甚だ悪質といわねばならない。

そうすると、本件の発端は、Q銀行に紹介した融資先が返済を滞らせたことで、Aが紹介した責任をとって債権の肩代わりをしたことにあり、もとはといえばA自体の経営改善を企図して行われたものであって、被告人自身の個人的な利益を追求する目的で行われたものとは認め難いこと、被告人がAの理事長に就任して以来、その事務処理の改善等に取り組み、一定の成果を挙げたと認められること、Aが破綻したことについての道義的責任は潔く認めて反省の弁を述べていること、被告人にはこれまで前科前歴はなく、実行力のある実業家として一定の人望を得て手広く経済活動を行ってきたものと認められることなど、被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても、被告人を主文のとおりの実刑に処することはやむを得ない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 大澤廣 裁判官 田中邦治)

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