大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成11年(わ)424号 判決 2002年3月18日

主文

被告人を無期懲役に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1A外2名と共謀の上,交通事故を偽装してB保険株式会社から保険金支払名下に金員を騙取しようと企て,平成8年3月15日,埼玉県a市上記保険会社埼玉損害調査部aサービスセンターにおいて,同センター査定係Cに対し,真実は,同年1月19日ころ,同県b市付近1級河川維持修繕工事現場内において,Dが掘削作業機械(パワーショベル)を操作中,同人の過失により同掘削作業機械を上記現場内水路に転落させた自損事故であったのに,その情を秘し,上記保険会社と自動車総合保険契約を締結していた有限会社Eが所有する普通貨物自動車を被告人が運転中,Fが操作中の掘削作業機械に衝突させて同掘削作業機械を上記現場内水路に転落させ,同掘削作業機械を損壊させた物損事故であるかのように装って,その旨記載した内容虚偽の自動車保険金請求書等を提出して保険金を請求し,C及び同センター所長らをしてその旨誤信させ,よって,別紙犯罪事実一覧表1記載のとおり,同年3月19日から同年4月19日までの間,前後4回にわたり,上記保険会社係員らをして,同県c市株式会社G銀行c支店に開設された株式会社Hの当座預金口座外3か所に合計285万8222円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させ,

第2情交関係のあるIに高額の生命保険を掛けた上,同女を殺害し保険金を騙取しようと企て,Iを被保険者(被共済者)とし,死亡保険金(死亡共済金)受取人を被告人若しくは被告人が支配する会社とする保険(共済)契約(死亡保険金総額4億3800万円)を締結した上,Jと共謀の上,

1  平成9年5月2日午後8時40分ころ,群馬県d町付近路上において,Jが運転する普通貨物自動車の助手席にIを乗車させた上,時速約50キロメートルで,同車の左前部を電柱に衝突させ,同女を殺害しようとしたが,同女に全治約1年7か月間を要する頭蓋骨骨折等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げず,

2  別紙犯罪事実一覧表2記載のとおり,同月13日ころから同10年10月12日ころまでの間,前後13回にわたり,埼玉県a市B保険株式会社埼玉損害調査部aサービスセンター外9か所において,同センター店内査定係K外9名に対し,真実は,上記交通事故は被告人らが故意に起こしたものであるのに,その情を秘し,上記交通事故はJの過失に基づく事故であるかのように装って,その旨記載した内容虚偽の保険金請求書等関係書類を提出して保険金を請求し,同センター所長外9名をしてその旨誤信させ,よって,同9年5月21日ころから同10年12月30日ころまでの間,前後15回にわたり,同会社係員らをして,同県b市L銀行b支店に開設されたM有限会社名義の普通預金口座外3か所に合計1365万9500円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させ,

第3N,O及びJと共謀の上,Nの氏名を利用して融資条件が充たされていると偽り,埼玉県e市が実施する同市中小企業資金融資制度による運転資金の融資金名下に人を欺いて金員を騙取しようと企て,平成10年3月10日ころ,同市所在の同市役所において,同市職員に対し,真実は,Nにおいて,Nシステムという名称でコンピュータソフト開発業を営んでいる実態がなく,融資金をNシステムの運転資金に充てる意思もないのに,その情を秘し,NがNシステムという名称でコンピューターソフト開発業を営んでおり,その運転資金に充てるため融資を申し込む旨記載した内容虚偽の融資斡旋申込書等を提出して同制度に基づく750万円の融資を申し込み,同月12日ころ,同市職員をして,融資関係書類を指定金融機関である同県f市株式会社P銀行g支店に送付させた上,同市市民環境部長をして,Nによる上記融資申込みが融資条件を充たすものと誤信させて,同制度による融資を決定させ,同年4月3日ころ,同支店長をして,Nによる上記融資申込みが同制度所定の融資条件を充たすものと誤信させて,Nに対する上記融資を決定させ,よって,同日,同支店に開設されたN名義の普通預金口座に748万9521円を入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させ,

第4妻子及び被告人の経営する会社の社員のQに多額の生命保険を掛けた上,同人らを殺害し,保険金を騙取し,同時に義母らも殺害しようと企て,死亡保険金(死亡共済金)受取人を被告人若しくは被告人の支配する会社とし,被保険者(被共済者)をRとする保険(共済)契約(死亡保険金総額2億1548万円),Sとする保険(共済)契約(死亡保険金総額7030万円),Qとする保険(共済)契約(死亡保険金総額1億4268万円)を締結した上,J及びTと共謀の上,

1  Q,R,S,U及びVを殺害しようと企て,平成10年6月28日午後4時51分ころ,福島県h町付近路上において,Jが運転する普通乗用自動車の助手席にQ,セカンドシート左側にR,同右側にS,サードシート左側にU,同右側にVを乗車させた上,時速約70キロメートルで,同車の左前部を進行方向左側の跨道橋コンクリート壁に激突させ,Qら5名を殺害しようとしたが,Qに入院加療133日間を要する左前腕切断,左足根間関節開放性脱臼骨折,急性硬膜下血腫等の傷害を,Rに入院加療84日間を要する左拇指基節骨開放骨折等の傷害を,Sに入院加療35日間を要する鼻骨骨折等の傷害を,Uに入院加療55日間を要する左側頬骨骨折,眼窩底骨折,頭蓋底骨折等の傷害を,Vに入院加療33日間を要する左胸部及び左大腿打撲等の傷害をそれぞれ負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げず,

2  更に,Nとも共謀の上,同年7月21日ころ,埼玉県i市W保険会社i支店において,同支店損害サービス2課事務担当係Xに対し,真実は,上記交通事故は被告人らが故意に起こしたものであるのに,その情を秘し,上記交通事故はJの過失に基づく事故であるかのように装って,その旨記載した内容虚偽の保険金請求書等関係書類を提出して車両保険金を請求し,Xをしてその旨誤信させ,よって,同年8月12日ころ,同社係員をして,上記P銀行g支店に開設されたN名義の普通預金口座に84万円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させ,

3  別紙犯罪事実一覧表3記載のとおり,同年8月6日ころから同年10月8日ころまでの間,前後10回にわたり,上記W保険会社i支店外6か所において,同支店損害サービス1課事務担当係Y外9名に対し,前同様装って内容虚偽の保険金請求書等関係書類を提出して入院保険金等を請求し,同社関信越地区損害サービス部部長外9名をしてその旨誤信させ,よって,同年8月31日ころから同11年2月8日ころまでの間,前後11回にわたり,同社係員らをして,同県b市Z銀行b支店に開設されたM有限会社名義の普通預金口座外3か所に,合計632万8500円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させ,

第5「中小企業金融安定化特別保証制度」によって,その住所地を管轄する市町村長等から一部改正前の中小企業信用保険法2条3項2号の「倒産関連中小企業者」に該当するとの認定を受けるなどの保証条件が充たされれば,住所地を管轄する都道府県の信用保証協会が同制度による特別保証を行うものとされたことを奇貨とし,同制度に定められた保証条件が充たされていると偽って同制度による信用保証協会の特別保証の付された事業資金の融資名下に金融機関を欺いて金員を交付させようと企て,平成10年11月6日ころ,埼玉県a市株式会社甲銀行a支店において,同支店職員に対し,被告人が代表取締役を務めるM有限会社は,商業登記簿上は同市内に事務所を置く法人として存続しているものの,営業の実態はなく,適正かつ健全に営業を営む中小企業者ではないため,a市長から「倒産関連中小企業者」に該当するとの認定を受けることができず,かつ,同制度による信用保証協会の特別保証を受けるために必要な被保証資格を有しない法人であるのに,その情を秘し,同社は,適正かつ健全に営業を営む中小企業者であって,同制度による特別保証の被保証資格を有する法人であるかのように装って,かねて不正に取得していた同市長作成の同社が「倒産関連中小企業者」に該当する旨の認定書,同社が平成9年度において営業を行っている旨記載した内容虚偽の決算書類等とともに信用保証委託申込書を提出して同制度による2000万円の融資を申し込み,同月12日ころ,同支店職員をして,融資関係書類を同県i市乙協会に送付させ,同協会職員をして,同社が同制度による特別保証を受ける被保証資格を有する中小企業者である旨誤信させ,同年12月3日ころ,上記融資申込みにつき,同協会が保証する旨決定させて,信用保証書を同支店に送付させ,同月7日ころ,同支店において,同支店長をして,同社が適正かつ健全に営業を営む中小企業者であって,同制度により同協会から瑕疵のない特別保証を受けたものである旨誤信させ,同月8日ころ,同支店担当係員をして,同支店に開設された同社名義の普通預金口座に事業資金の融資名下に2000万円を振込入金させ,もって,人を欺いて財物を交付させ,

第6平成11年3月6日午後4時20分ころ,肩書記載住居地において,被告人が強引に連れ去った長男のSを連れ戻そうとして同所を訪れた義母のUに対し,所携の文化包丁2本をその胸部付近に突き付けて見せつけ,同人の生命,身体にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示し,もって,凶器を示して脅迫し

たものである。

(証拠の標目)

(補足説明)

1  弁護人は,(1)判示第2の事件について,被告人には殺意がなく,(2)判示第4の事件について,被告人にはS及びVに対する殺意はなかったと主張する。

2  判示第2の事件について

関係各証拠によれば,被告人は,Jと共謀の上,いわゆる保険金詐欺目的で,故意に判示第2の1の事故を起こしたものであること,被告人は,それまでに,Iを被保険者(被共済者),保険金(共済金)受取人を被告人又は被告人の経営する会社であるM有限会社,丙有限会社等とする,Iが死亡した場合には総額4億3800万円の保険金(共済金)が下りる保険(共済)契約を9社との間で締結維持していたこと,被告人は,本件犯行前に,被害者が自らの意思で保険に加入した証拠とするため,保険加入に対する承諾書や被告人の経営する会社に保険金が支払われても異議を述べない旨の覚書を書かせ,これを被害者に読み上げさせたところをビデオ撮影したこと,被告人は,d旅行に出かける当日,公正証書を作成することとし,一軒目の役場では断られ,二軒目の公証役場で書類不備を指摘されると,一旦戻って書類を整え,Iを遺言者として,同女の有するM有限会社及び丙有限会社の出資持分権を被告人に遺贈する旨の遺言公正証書を作成していること,Jは,判示のとおり,被害者を助手席に乗せ,電柱に自車を衝突させ,被害者に判示の重傷を負わせていること,保険会社から合計約1366万円の保険金を受け取ったものの,被害者の入院費の一部30万円を支払ったのみで,その大半を手中に入れ,J,Iには一銭も支払っていないことが認められる。

Jは,報酬をえさに,被告人から,Iを殺害すべく,路外の電柱に正面から時速100キロメートルくらいで同女が乗っている助手席側がぶつかるように突っ込むよう指示された旨供述する。これに対し,被告人は,被害者が自動車事故による眼球振動症に罹患したとして傷害保険金を詐取しようとしたものであり,本件は,Jが被害者を偽装交通事故により殺害しようとした事件であると供述する。

確かに,被告人及びJは,いずれも金に困っている点では同様の立場にあるが,本件の保険契約は,いずれも被告人が出捐し契約を締結しており,被告人はJにも高額の保険金を掛けており,本件により保険金を取得するのは,被告人であってJではない。現に支払われた保険金も被告人が取得しており,Jは何ら恩恵に与っていない。次に,傷害保険金目的の場合,被害者に重傷を負わせると多額の治療費等の出捐を余儀なくされ,高額の保険料支払いに見合う程の保険金は取得できないのが通例であり,治療を要しない程度の傷害を負ったに過ぎないものを要治療として保険金を請求するのが一般的であり,本件の結果とは異なる。そうすると,被害者殺害により経済的利益を得るのは被告人であり,J独自にはそれが認められないのであるから,被告人には動機が認められるのに対し,Jには動機は認められない。

次に,旅行に出かける前の承諾書,覚書,公正証書の作成は,傷害保険目的のためには不要な行動であり,これらは正に同女が死亡した場合に死亡保険金(共済金)を被告人が確実に取得できるようにするための方策というべきものであって,同女の死亡を想定していなかったという者がとる行動とは到底考えられない。

Jの供述は,一部I及びRの供述に裏付けられており,上記認定事実と整合する内容である。Jは,報酬目当てに被害者殺害を引き受けたというが,運転手役のJが死亡する危険性も認められ,一見不自然の感を否めない。しかし,被告人は,ボンネットのない軽トラックを準備し,Jには,助手席側を電柱に衝突させれば,被害者は死亡するものの,Jは手足を骨折する程度で生命に別状はないと説得し,Jは金目当てにこれを引き受けたものであって,Jが被告人の真の意図を知らなかったことも考慮すると,ありえない話とまではいえず,Jの供述の信用性を揺るがす事情とはいえない。

以上によれば,Jの供述は信用でき,被告人の供述は到底信用できない。上記認定事実に加え,Jの供述等によれば,被告人にIに対する殺意があったことは明らかである。弁護人の主張は採用できない。

3  判示第4の事件について

関係各証拠によれば,被告人は,J及びTと共謀の上,いわゆる保険金詐欺目的で,故意に判示第4の1の事故を起こしたものであること,当時,Jが運転する普通乗用自動車には,助手席にQ,セカンドシート左側にR,同右側にS,サードシート左側にU,同右側にVが乗車し,セカンドシート以降の者はシートベルトを装着していなかったところ,被告人はQ,R,Uに対する殺意があったことは認めていること,計画では,進行方向左側の跨道橋のコンクリート壁に正面から時速100キロメートルくらいで助手席側がぶつかるように突っ込むというものであったこと,被告人らは,本件前にも,j島において,Jが運転し,Q,R,U,V外1名が同乗する車を断崖から転落させる事故を起こそうとしているところ,乗員全員死亡の蓋然性が高かったことからJが怖じ気づいて失敗していること,被告人は,本件前に,Sについても,同人を被保険者(被共済者)とし,同人が死亡した場合には被告人に7000万円を超える保険金(共済金)が下りる保険(共済)契約を締結維持していたことが認められる。

Jは,被告人は,当時の妻のRを殺害する以上,息子のSが残ると再婚にも差し支えるので殺害する旨言っていた,車に乗せる者のうち特定の者について,被告人から殺害のつもりがない旨の話は聞いていない旨供述し,Tも,これに沿う供述をし,これに対し,被告人は,本件の主犯はTであり,被告人にはS及びVには殺意がなく,本件はJが予期に反して敢行したものであると供述する。しかし,保険契約締結の状況,本件の事故態様,j島における犯行計画などに徴すると,衝突を全く予想していない運転手以外の者については,たとえ車の右側に乗車していたとしても,死亡の危険性が十分あることは容易に理解されるのであって,同乗者中両名についてのみ殺意がなかったとの被告人の供述は不合理というほかはない。被告人は,Sについては,JがSを同乗させたまま事故を起こすとは考えていなかった旨供述するが,被告人は,Jの運転する車にSが乗っていることを知った後,Jに犯行を中止するように言う機会は十分にあったのに,そのような行動に及んでいないのであって,この供述もまた不合理というほかはない。

保険契約締結の状況,犯行準備状況,保険金の取得状況等に徴すると,被告人が本件の首謀者であって,Tが主犯でないことに疑問の余地がなく,被告人の供述は信用できない。以上によれば,Jらの供述は信用でき,被告人の供述は到底信用できない。上記認定事実に加え,J,Tの供述等によれば,被告人にS及びに対する殺意もあったことは優にこれを認めることができる。

(法令の適用)

被告人の判示第1,第2の2,第3,第4の2,3及び第5の各所為は,いずれも刑法60条,246条1項に,判示第2の1及び第4の1の各所為は,いずれも同法60条,203条,199条に,判示第6の所為は,暴力行為等処罰に関する法律1条,刑法222条1項にそれぞれ該当するところ,判示第4の1は1個の行為で5個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により一罪として犯情の最も重いQに係る罪の刑で処断し,判示第2の1及び第4の1の各罪について各所定刑中いずれも無期懲役刑を,判示第6の罪について所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法46条2項本文,10条により,犯情の重い判示第4の1の罪の刑で処断し,他の刑を科さず,被告人を無期懲役に処し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,(1)被告人の保険金殺人計画に基づき,Jと共謀の上,当時被告人と情交関係のあったIに高額の生命保険を掛けた上,被害者が同乗するJ運転車両を故意に電柱に衝突させて,被害者を殺害しようとしたが傷害を負わせるに止まったという殺人未遂及び傷害は,運転者の過失に基づくものであるかのように装って,保険金名下に合計約1366万円を詐取したという詐欺(判示第2の事件,判示第2の各事実),(2)被告人の同様の計画に基づき,Jらと共謀の上,被告人の妻子,被告人が経営する会社の事務員に高額の生命保険を掛けた上,被害者5名が同乗するJ運転の車両を故意に跨道橋コンクリート壁に激突させて,同人らを殺害しようとしたが,いずれも傷害を負わせるに止まったという殺人未遂及び交通事故を装って,保険金名下に合計約716万円を詐取したという詐欺(判示第4の事件,判示第4の各事実),(3)保険未加入のパワーショベルが水路に転落事故を起こしたことを奇貨として,Aらと共謀の上,自動車保険を締結していた自動車の衝突によって転落した物損事故であるかのように装って,保険金名下に合計約285万円を詐取したという詐欺(判示第1の事実),(4)金融機関から,公的融資制度に基づく融資金名下に金員を詐取した融資詐欺2件(判示第3,第5の事実),(5)被告人が連れ去った息子を連れ戻そうとして訪れた義母に対し,文化包丁2本をその胸部付近に突き付けて脅迫した(判示第6の事実)という事案である。

d,判示第4の事件は,死亡保険金目的の殺人未遂を約1年間の短期間に2回にわたり敢行したもので,殺害を図った被害者は,自己の家族や会社の従業員らの6名という多数にのぼっており,その傷害の程度も3名については重篤である。被告人は,共犯者に運転手役を担当させており,被告人の指示どおりに実行されれば,運転手役も死亡する危険性は高く,同人にも高額の保険を掛けており,共犯者を被害者らの道連れにした上,保険金を一人占めする意図が窺われ,甚だ冷酷無情かつ狡猾な犯行である。他の詐欺事件も含め,騙取した金額も合計約5117万円に及ぶという非常に兇悪な事件である。

まず,判示第2の事件についてみると,被告人は,自己の経営する会社が休眠状態となり,収入が期待できない状態となっていたのに,派手な生活を続け,多額の遊興費,生活費,借金の返済資金に窮し,一攫千金を狙って保険金殺人を企図したものである。すなわち,被告人は,情交関係のあった被害者を標的に保険金殺人を企図し,暴力団を破門され,被告人の元に身を寄せ,被告人の言うことに従う状態となっていたJに対し,犯行を手伝えば報酬を与えるなどと誘って,犯行計画に加わらせ,自らも死亡してしまうことを危惧する同人に対し,殺人を実行するには,手足の骨折程度は甘受しなければならないと説き伏せ,同人を殺人の実行犯として犯行を敢行したものである。被告人は,持病のある被害者のことを慮っているかのような言辞を弄して,次々と,同女を被保険者(被共済者),保険金(共済金)受取人を被告人又は被告人の支配する会社であるM有限会社,丙有限会社等とする保険(共済)契約を締結し,最終的には,被害者を被保険者とする保険は,保険会社9社との間で保険金総額約4億3800万円に及んでいた。同女には多額の保険を掛けたJを交通事故を装って5月中に殺すなどと説明し,同女に不審を抱かれないようにしていた。被告人は,被害者が自らの意思で保険に加入した証拠を作出するため,同女に保険加入に関する承諾書を書かせ,あるいは,同女にM有限会社や丙有限会社等に保険金が支払われても異議を述べない旨の覚書を書かせた上,これを同女に読み上げさせたところをビデオ撮影し,旅行と称して被害者を誘い出した当日には,同女を遺言者として,同女の有するM有限会社及び丙有限会社の出資持分権を被告人に遺贈する旨の遺言公正証書を作成し,同女の死亡保険金(共済金)を被告人が確実に取得できるようにするための方策を種々講じている。他方,運転免許を有していなかったJに免許を取らせ,正面から衝突させた場合に乗員が死亡する確率の高いボンネットのない軽トラックを購入した。このように,周到な準備を着々と進めた上,dに赴き,Jと犯行場所を物色し,被告人が妻に電話をするとの口実をもうけて,同女をJ運転の軽トラックに同乗させたが,同女が身の危険を察して騒ぎ,Jがひるんだため,計画が実施できないと知るや,Jを叱咤激励して翌日計画どおり同車を高速度で疾走させて路外の電柱に衝突させたもので,被告人の犯意遂行の意図は強固で,執拗である。幸いにして被害者は一命を取り留めたものの,Jが身の危険を感じて減速しなければ,死亡した危険性も非常に高く,現に負った傷害の程度は全治約1年7か月間を要する頭蓋骨骨折等と非常に重い。当初の目論見ははずれたものの,被告人は,被害者の傷害に係る保険金(共済金)等を請求し,合計約1366万円を受け取っているが,Jには失敗したとして一銭も約束の報酬を支払わず,被害者の入院費の一部30万円を支払ったのみで,その大半を手中に入れ,遊興費等に全額を費消している。

次に,判示第4の事件についてみると,被告人は,判示第2の事件で,多額の保険金を得たが,平成9年12月ころまでに遊興費等に使い果たしたため,再び一攫千金を狙って,多額の保険金を手に入れようと考え,判示第2の事件と同様の方法により,一挙に5名に対する殺人を敢行したが,幸い未遂に止まったという犯行である。Uについては,同女の借金の督促が煩わしく,Rが死ねば騒ぎ出すと考えたことから,殺害の対象者とした。被告人は,Jが自己の言うことを聞くようになっていたことを利用して,判示第2の事件と同様の犯行を企て,妻のR,息子のS,事務員のQを被保険者とし,受取人を被告人や被告人の経営する会社とする保険契約を次々と締結し,合計11社に対し,R死亡時の保険ないし共済金額は合計2億1548万円,S死亡時の保険ないし共済金額は7030万円,Q死亡時の保険ないし共済金額は合計1億4268万円に及んでいた。被告人は,被害者らを車による旅行に連れ出し,車2台に分乗し,J運転の車に同乗した被害者らを殺害しようとし,数合わせのため,Vや貸主の丁を旅行に誘い,同人らを道連れにすることとした。被告人は,Tが裁判で有利な証言をしたお礼という名目でM関係者による新潟j島旅行を計画し,平成10年6月15日,被告人,J,T,Q,R,S,Uら9名で2泊3日の観光旅行をし,その際,Jがj島において事故を起こし,上記計画を果たそうとし,被害者らがJ運転の車に乗車している折決行する予定であったが,被告人らが下見の際選定した場所が断崖の上であり,同所から落ちれば運転手も助からないと考えたJが躊躇し,同所をそのまま通り過ぎたため,失敗した。このため,U及びVの郷里である福島県に同様のメンバーで旅行に出かけ,J運転車両の助手席をコンクリート壁等に激突させ,同乗者のQやRらを殺害する計画に変え,被告人,J,Tらが数回,福島県内で殺害場所の検討をした上,被告人は,今度はTが新潟j島旅行の返礼として招待するという名目で,Rらを1泊2日の福島旅行に誘い,丁,Qが参加を渋ると,会社の仕事と称してQを説得し,同年6月27日,被告人,J,T,Q,R,S,U,Vの総勢8名で,2台の車に分乗して,福島旅行に出かけた。被害者らをJ運転の自動車に同乗させた上,Jには真ん中よりも運転席寄りに時速100キロメートルで突っ込めと指示し,1回目は他車が障害となり実行できなかったことから,翌日は鍵を忘れたとの口実で引き返して犯行場所を通過することとし,計画どおり同車を高速度で疾走させて跨道橋のコンクリート壁に衝突させたもので,その結果,同車は助手席側の原形をほとんど留めない程に大破しており,Jが衝突直前にブレーキを踏み時速約68キロメートルに減速して衝突したため,大事に至らなかったもので,そうでなければ,被害者らが死亡する危険性は非常に高かった。幸いにして被害者らは一命を取り留めたものの,現に負った傷害の程度も,入院加療33日間から133日間を要する重傷であり,とりわけ,Qは,左前腕切断という取り返しのつかない傷害を負い,左足麻痺,幻肢痛等の後遺症も残り,また,Rは,左手親指の骨折が原因でピアノやエレクトーンの講師の仕事に復帰できない状態に陥っている。このように,被害者らの受けた打撃は深刻である。

被告人は,自分の妻子らが上記の傷害を負うのを現実に目にしながらも,何ら改悛の情を抱くこともなく,合計7社に保険金請求を行い,上記車両保険を除く保険金等については合計632万8500円,車両保険については84万円をそれぞれ騙取した。被告人は,そのうち,Jに29万円,Tに15万円,Nに99万円を支払ったものの,その大半を取得し,費消している。

判示第2,判示第4の各事件の被害者らに何ら落度はなく,同人らはいずれも厳重処罰を求めているが,被告人は,判示第2の事件については,公正証書を作成した当時,被害者が死ぬ可能性があるかもしれないと認識していた旨述べながら,犯行当時は殺意がなかった旨述べ,判示第4の事件についても,R,Uが死ぬ可能性は認識していたが,他の同乗者が死ぬとは思っていなかったと述べ,両事件の主犯は共犯者であるとして責任を転嫁する態度に終始しており,およそ真摯に反省している者であればなし得ない詭弁を繰り返しており,真摯な反省の情があるとは到底言えない。

その余の詐欺事件も騙取金額が合計約3034万円と多額に及んでいる。

被告人は殺人未遂の被害者らに何らの慰謝の措置を講じておらず,詐欺の被害者らに被害弁償もしていない。

このように,被告人は,真面目に額に汗して勤労する意欲を欠き,愛人,家族,従業員など自己の身辺にいる者の生命を犠牲にして多額の死亡保険金欲しさに,被告人の真の意図を秘し,言葉巧みに共犯者らを犯行に引き込み,殺人未遂事件を2度にわたり敢行しており,その刑責は重い。保険制度を悪用した兇悪事件が後を絶たない今日,模倣犯を禁圧する一般予防の観点からも,被告人を厳罰に処する必要がある。

以上によれば,被告人の刑責は極めて重い。

他方,被告人は,判示第2の事件及び判示第4の事件以外の犯行については素直に認め,反省の情を示していること,判示第1の詐欺の主犯は,Aであり,被告人は何らの利得も得ていないこと,前科がないことなど,被告人にとって酌むべき事情も認められる。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金山薫 裁判官 山口裕之 裁判官 菱山泰男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例