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さいたま地方裁判所 平成11年(ワ)1404号 判決 2001年12月05日

原告

甲野太郎

甲野花子

上記2名訴訟代理人弁護士

山本正士

田澤俊義

関口和正

被告

鴻巣市

同代表者市長

佐藤輝彦

同訴訟代理人弁護士

伊藤一枝

被告

株式会社 N設備

同代表者代表取締役

N

被告

乙原二郎

上記2名訴訟代理人弁護士

川森憲一

工藤研

宮島佳範

上記当事者間の頭書事件について,当裁判所は,平成13年9月5日終結した口頭弁論に基づき,次のとおり判決する。

主文

1  被告株式会社N設備及び被告乙原二郎は,連帯して,原告ら各自に対し,1088万6937円及びこれに対する平成10年10月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らの被告株式会社N設備及び被告乙原二郎に対するその余の請求並びに被告鴻巣市に対する各請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,原告らと被告株式会社N設備及び被告乙原二郎との間においては,原告らに生じた費用の10分の1及び同被告らに生じた費用の5分の1を同被告らの負担とし,その余は原告らの負担とし,原告らと被告鴻巣市との間においては,全部原告らの負担とする。

4  この判決は,原告ら勝訴部分に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1本件請求

原告らは,亡甲野一郎(以下「一郎」という。)の相続人(両親)であるところ,「一郎は,被告株式会社N設備(以下「被告会社」という。)に勤務し,その業務であるガス管接続工事(以下「ガス工事」という。)に従事していた際,ガス本管からガスが噴出する事故(以下「本件事故」という。)により死亡し,一郎及び原告らは,本件事故により後記損害を被ったが,被告乙原二郎(以下「被告乙原」という。)には誤ったガス工事設計書を作成した等の過失があり,被告会社は,被告乙原の使用者としての責任又は従業員である一郎らの安全に対する配慮義務を怠ったことによる責任を負うべきであり,被告鴻巣市(以下「被告市」という。)は,同被告のガス水道部職員らには被告乙原が提出した設計書を備付けのガス配管図と照合しなかった等の過失があり,かつ,被告市が設置管理するガス配管図,本件事故を引き起こしたガス本管には瑕疵があり,さらに,被告市は被告乙原の使用者と同視しうるから同被告の使用者としての責任も負うべきである。」と主張して,被告乙原に対しては,民法709条に基づき,被告会社に対しては,民法715条又は安全配慮義務違反の債務不履行責任に基づき,被告市に対しては,民法715条又は国家賠償法2条に基づき,連帯して,原告ら各自に対し,4912万5124円及びこれらに対する本件事故発生の日である平成10年10月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている(一郎が被った損害については,各原告の相続分は2分の1ずつ。)。(被告会社に対する民法715条による損害賠償請求と安全配慮義務違反による損害賠償請求は選択的請求であり,被告市に対する国家賠償法2条による損害賠償請求と民法715条による損害賠償請求は選択的請求である。)

1  一郎の損害 7933万0054円

(1)  逸失利益 5333万0054円

(2)  慰謝料 2600万円

(3)  相続

原告らは各2分の1相当の3966万5027円ずつ相続した。

2  原告らの損害 各1025万円

(1)  慰謝料 各500万円

(2)  葬祭費 各75万円

(3)  弁護士費用 各450万円

3  原告らの請求額 各4912万5124円

以上の合計各4991万5027円から損害のてん補額各78万9903円を控除した残額である。

第2事案の概要

1  前提となる事実(証拠の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告らは,一郎の両親である。

イ 被告市は,地方自治法上の普通地方公共団体であり,同法その他の法令に基づき区域内における行政事務一般を処理するとともに,ガス事業法2条1項の一般ガス事業を営む者である。

ウ 被告会社は,ガス供給工事の請負等を業とし,本件事故当時,一郎を従業員として使用していた者である。

エ 被告乙原は,被告会社の従業員であり,本件事故当時,ガス責任技術者の地位にあった者である。

(2)  本件事故

ア 被告乙原は,被告会社が訴外Aから受注した新築住宅に都市ガスを引くための供給管を本管に接続するガス工事(以下「本件工事」という。)の準備のため,被告市のガス水道部に赴き,同所に備付けのガス配管図を閲覧してガス工事設計書(以下「本件設計書」という。)を作成し,平成10年9月7日,これをガス水道部に提出した。本管には高圧でガスを送る中圧管と減圧されて各世帯につながる低圧管の2種類があるが,供給管を本管に接続するガス工事の場合は,供給管の接続先である本管はガス圧の低い低圧管でなければならないところ,被告乙原が作成した本件設計書では,供給管の接続先がガス圧の高い中圧管とされていた。(<証拠略>)

被告市のガス水道部職員らは,本件設計書を備付けのガス配管図と照合して確認する作業を行うことなく,本件工事の実施を承認した(原告らと被告市との間で争いがない。)。

イ 一郎は,被告会社の指示に従い,平成10年10月21日午前8時30分ころ,同僚のB(以下「B」という。)及びC(以下「C」という。)とともに,埼玉県鴻巣市天神二丁目<以下略>先の現場(以下「本件工事現場」という。)に赴いた(被告乙原二郎本人尋問の結果)。被告乙原は現場に同行せず,その日までに本件設計書の再点検を行うこともなかった(原告らと被告会社及び被告乙原との間で争いがない。)。

ウ 被告市のガス水道部施設課設備係主任のD(以下「D主任」という。)は,同日午前10時ころ,本件工事現場を訪れたが,ガス管穿孔作業に立ち会うことなくその場を去った(<証拠略>)。

エ 一郎は,ガス管穿孔作業中に,勢いよく吹き出したガスの直撃を受け,有嗅ガスの圧入による緊張性両側性気胸により,死亡した(<証拠略>)。

2  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  争点1

被告乙原は,供給管を中圧管に接続する設計図を作成したこと,本件設計書の再点検を行わなかったこと,本件工事現場に同行しなかったことについて,不法行為責任(民法709条)を負うか,否か。

(原告らの主張)

ア 被告乙原は,被告市のガス水道部においてガス配管図を閲覧する際,本管の種類を誤認しないよう細心の注意を払うべき義務を負っていた。しかるに,被告乙原は,これを怠り,ガス配管図上の中圧管を低圧管と見誤り,中圧管に供給管を接続するという誤った内容の本件設計書を作成し,ガス水道部に工事の申請をした。

イ 被告乙原は,被告市による本件設計書の審査結果を軽信することなく,自ら本件設計書の再点検をすべき注意義務を負っていたのに,これを怠った。

ウ 被告乙原は,被告会社のガス責任技術者として,本件工事現場に赴き,ガス管穿孔作業に立ち会い,現場で指揮監督をすべき注意義務を負っていたのに,これを怠り,本件工事現場に赴かなかった。被告乙原が立ち会っていれば,埋設深度の点等から穿孔作業の対象となった本管が中圧管であることに容易に気付くことができたのに,同被告は,現場で指揮監督するという重要な基本的職務を怠ったのである。

エ したがって,被告乙原は,これらの過失により一郎及び原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。

(被告乙原の主張)

ア ガス水道部備付けの配管図の記載は低圧管,中圧管の区別が必ずしも明確ではなく,中圧管よりも低圧管の方が設置数が多く,これらが入り交じって記載されており,「中圧」との文字の記載も一目で判るような記載ではなかったことから,かなり注意して見なければ,認識は困難な状況であった。したがって,被告乙原が中圧管を低圧管と見間違えたことに過失はない。

イ ガス工事は,被告市が工事設計書を審査した上で工事を許可する制度になっており,その趣旨は,安全確保のための規制という側面を有し,設計書に不適切な部分があることを想定し,これをチェックするためのものである。したがって,被告市が許可した工事内容について疑念をもって設計書を再点検すべしとするのは相当ではないから,被告乙原は,本件設計書を再度点検すべき注意義務を負わない。

ウ 責任技術者である被告乙原は,工事現場に立ち会うことが要求されているが,常時立ち会うことまで要求されておらず,ガス管穿孔作業のときに立ち会えばよいものとされていた。本件工事の際には,穿孔作業の段階で一郎が同被告に電話連絡をし,同被告の立会いのもとで穿孔作業を行う手順になっており,一郎はそのために携帯電話を持たされていた。一郎は,同被告に連絡することなく,穿孔工事を始めてしまったのである。同被告は,連絡を受けて現場に急行できる状態であったのであるから,本件工事現場に赴かなかったことについて過失はない。

(2)  争点2

被告会社は,被告乙原の使用者としての責任(民法715条)又は被用者である一郎に対する安全配慮義務違反の債務不履行責任を負うか,否か。

(原告らの主張)

ア 使用者責任

被告会社は,被告乙原の使用者であり,被告乙原の上記不法行為は被告会社の業務の執行につきされたものであるから,被告会社は使用者責任を負う。

イ 安全配慮義務違反

被告会社は,日頃からの安全教育や指導監督などにより従業員の安全に配慮すべき義務を負っていたが,これを怠った。

(被告会社の主張)

ア 上記(1)の被告乙原の主張のとおり,被告乙原は不法行為責任を負わないから,被告会社は使用者責任を負わない。

イ 被告会社は,本件事故以前にガス責任技術者及び被告市の担当者の立会いを求めずに穿孔作業をした一郎に対し,叱責・指導を行うなど,事故防止のための具体的かつ妥当な措置を講じており,安全配慮義務は尽くしたといえる。

(3)  争点3

被告市は,ガス水道部の職員らが提出された本件設計書を備付けのガス配管図と照合して確認しなかったこと,同職員であるD主任が本件工事現場に臨場した際,露出していた本管の確認をせず,ガス管穿孔作業に立ち会わずにその場を去ったことについて,同職員らの使用者としての責任(民法715条)を負うか,否か。

(原告らの主張)

ア 被告市のガス水道部の職員であるD主任らは,ガス工事設計書を受理する際にその内容が適正かどうかを厳密に審査すべき注意義務を負っていた。しかるに,同職員らは,これを怠り,被告乙原が提出した本件設計書を備付けのガス配管図と照合して確認することなく,誤って本件工事を許可した。

イ D主任は,本件工事現場に臨場した際,本管が露出していたのであるから,ガス配管図又はその写しにより,対比して本管を確認すべき注意義務を負っていた。しかるに,D主任は,これを怠り,ガス管穿孔作業に立ち会わずにその場を去って帰庁してしまった。

ウ 被告市の職員らによるこれらの行為は不法行為に該当し,かつ,被告市が営むガス事業の執行につきされたものであるから,被告市は使用者責任を負う。

(被告市の主張)

ア 被告会社は被告市の指定ガス工事店であるから,その担当者である被告乙原が提出した本件設計書について,被告市の職員らがこれを信頼し,備付けのガス配管図と照合しなかったことに過失はない。

イ D主任が本件工事現場に臨場した際,本管はいまだ露出していなかった。そこで,D主任は,本管が露出したら連絡をするよう告げて現場を立ち去った。原告らが主張するD主任の過失は,その前提を欠く。

ウ したがって,被告市の職員らによる不法行為は存しないから,被告市は使用者責任を負わない。

(4)  争点4

被告市は,ガス水道部に備付けのガス配管図又は本件事故を引き起こした中圧管の設置管理者としての責任(国家賠償法2条)を負うか,否か。

(原告らの主張)

ア 水道部に備付けのガス配管図は,単色(黒色)の線状で記載されたものにすぎず,中圧管と低圧管との区別が不明確で,低圧管と中圧管との差異を誤認させやすい図面であり,通常有すべき安全性を欠いていた。

イ 中圧管と低圧管の2種類の本管は,太さや色などで外から区別できるようにはなっておらず,本件事故を引き起こした中圧管は外形上,低圧管との区別が不可能であり,通常有すべき安全性を欠いていた。

ウ したがって,被告市は,これらの設置管理者として国家賠償法2条の責任を負う。

(被告市の主張)

ア ガス配管図上の中圧管と低圧管とでは線種が異なっており,中圧管には「(中圧)」との記載があるから,両者の区別が不明確であるとはいえない。

イ 低圧管と中圧管の太さ及び色はあらかじめ決められており,被告市だけが異ならせて作ることはできないのが実情である。

本件中圧管には2メートル以内の間隔で表示シールが貼られており,中圧管であることが明示されていた。また,中圧管は低圧管よりも40センチメートルほど深い所に埋設されている。したがって,区別は可能である。

(5)  争点5

被告市は,被告乙原の使用者としての責任(民法715条)を負うか,否か。

(原告らの主張)

ア 被告市と被告会社とは,被告市が受注したガス工事を被告市の指定ガス工事店である被告会社に行わせている点において,元請負人と下請負人の関係にあり,鴻巣市指定ガス工事店規程,鴻巣市ガス水道工事の手引及び鴻巣市ガス保安規程の諸規定並びに下請負人が元請負人の専属的下請としてでなければ工事を受注することができないガス事業の特殊性等に照らし,両者の間には使用者・被用者の関係又はこれと同視し得る関係が認められる。

イ 被告乙原は,被告会社の被用者であり,上記の諸規定等に照らし,被告市と被告乙原との間には本件工事に関して直接・間接の指揮監督関係が認められる。

ウ したがって,被告乙原の前記不法行為は,被告市の事業の執行についてされたものと認められるから,被告市は,その使用者として民法715条の責任を負う。

(被告市の主張)

ア 被告市はガス工事の元請負人ではなく,被告会社は下請負人ではない。両者の間に使用者・被用者と同視し得る関係は認められない。

イ 被告市と被告乙原との間に指揮監督関係はなく,被告乙原の行為は被告市の事業の執行につきされたものとはいえない。

(6)  争点6

相当因果関係の有無,過失相殺

(原告らの主張)

ア 被告乙原の上記過失,被告会社の上記安全配慮義務違反,被告市の職員らの上記過失,被告市のガス配管図及び中圧管の上記設置管理の瑕疵と一郎の死亡との間には,相当因果関係がある。

イ 本件事故の際,一郎がとった行動に,過失相殺として斟酌すべき事情はない。仮にあるとしても,一郎の過失は極めて小さい。

(被告会社及び被告乙原の主張)

ア 一郎が死亡したのは,被告市が本件工事を誤って許可したことに原因がある。

また,本件工事の際,一郎には,通常低圧管が埋設されている深さよりも数十センチメートル深い位置で本管を発見したのであり,普段よりも本管が深い位置に埋設されていたのであるから,一郎は被告乙原に連絡をしてその指示を待つべきであった。しかるに,一郎は,後記被告市の主張のとおり,独断で穿孔作業を開始するなどして本件事故に遭遇した。

したがって,被告会社又は被告乙原の責任原因が肯定されるとしても,一郎の死亡との間には相当因果関係がない。

イ 仮に相当因果関係があるとしても,上記のとおり,一郎には重大な過失があるから,過失相殺として斟酌すべきである。

(被告市の主張)

ア 本件工事現場に掘られた穴は,開口部から下に垂直に掘られたものではなく,すり鉢状であって,1人がしゃがみ込んで作業をすると他の1人は立っていないと入れない程度の広さであった。そして,本管は幅20センチメートルくらいしか露出されていなかった。一郎は,ガス管穿孔前に被告市のガス水道部に連絡して立会いを求めないままに作業員のBに穿孔を指示し,いつもと違う勢いでガスが噴出したが,その段階でも事故発生を隠そうとしてガス水道部への連絡をしなかった。一郎は,ガスの噴出を止めるための基本的方法をとらず,本件中圧管から穿孔機を外させ,サービスチーをガス穿孔部分にねじ込もうとして,ガス管を右足で跨いだときにガスと一緒に噴き上がった土砂が一郎を直撃し,挫滅創を受けた右鼠径部からガスが体内に入って両肺に充満し,酸欠となって死亡したのである。したがって,被告市の責任原因が肯定されるとしても,被告の死亡との間には相当因果関係がない。

イ 仮に相当因果関係があるとしても,上記のとおり,一郎には重大な過失があるから,損害賠償の額を定めるにつき,これを斟酌すべきである。

(7)  争点7

損害

(原告らの主張)

ア 一郎に生じた損害

(ア) 逸失利益 5333万0054円

一郎は,本件事故当時35歳の健康な独身の男性であり,平成9年の1年間に被告会社から年428万6340円の給与を得ていたが,いまだ壮年であり,給水装置工事主任技術者経過措置講習会を受けようとしていたり,国家試験の準備を熱心に進めていたこと等からもうかがわれるように,将来の転職や収入増が容易に予想されたのであるから,将来にわたり少なくとも男性労働者の平均賃金程度の収入を得られることが見込まれた。したがって,一郎は,本件事故に遭遇しなければ,35歳から67歳までの32年間,平成8年の賃金センサス第1巻第1表男性労働者学歴計全年齢平均賃金である567万1600円の年収を得られたというべきであり,逸失利益は,生活費控除率を5割とし,新ホフマン式による係数18.8060を前提として,以下のとおり,5333万0054円となる。

(計算式)

5,671,600×(1-0.5)×18.8060=53,330,054(1円未満切捨て)

(イ)  慰謝料 2600万円

一郎は,社会の多方面において活躍が期待され,いまだ春秋に富んだ働き盛りであり,これから実り多い人生を歩もうとしていた矢先に,全く自己に落ち度のないこのような事故で人生の半ば前に,悲惨な死を遂げなければならなかったものであり,その無念さは,察するに余りある。そして,その精神的苦痛を金銭評価すると,殊に,非業の死に対する被告市の本件事故における過失が極めて大きいことや,原告らと同居し,平成6年1月31日に定年退職した原告太郎に代わり一家の支柱の立場にあったこと等に鑑みるならば,これを慰謝する金額としては,いかに低く見積もっても2600万円を下ることはない。

(ウ)  相続

そうすると,一郎に生じた損害は,7933万0054円となる。原告らは,一郎の父母であるから,法定相続分に従い,上記損害賠償請求権の2分の1(3966万5027円)ずつ相続した。

イ 原告らに生じた損害

(ア)  固有の慰謝料 各500万円

一郎は,原告らの長男であり,その突然の事故死により,原告らは,失意と悲嘆のどん底に突き落とされ,塗炭の苦しみを味わった。よって,原告らの被った精神的苦痛は,極めて大きく,これによる原告ら固有の慰謝料としては,原告らそれぞれにつき,500万円が相当である。

(イ)  葬祭費 各75万円

葬祭費については,原告らにより,既に400万円以上の支出がなされているが,本件と相当因果関係のある葬祭費として,150万円(各75万円)の支払を求める。

(ウ)  弁護士費用 各450万円

本件事故後,被告らは,その責任の所在,損害賠償等につき,遁辞を弄し,互いに責任を転嫁しあうばかりか,資料の提出を不当に拒否する等,誠意ある態度を示さなかったことから,原告両名は,やむなく本訴の提起,追行を原告ら訴訟代理人に委任し,相当額の報酬を約したものであるところ,弁護士費用としては900万円程度が相当であり,原告両名が2分の1(450万円)ずつ支払義務を負担した。

ウ 損害のてん補

原告らは,葬祭料として63万5100円,労災保険金として94万4706円の支払を受けた。原告らそれぞれにつき,その合計157万9806円の2分の1(78万9903円)ずつ控除する。

エ 請求額 各4912万5124円

そうすると,原告らそれぞれの未てん補の損害賠償請求権の価額は,各4912万5124円となる。

(被告らの主張)

原告らの主張は争う。

第3争点に対する判断

1  本件事故発生に至る経緯

前記前提となる事実に証拠(<証拠・人証略>)を併せると,本件事故発生に至る経緯は次のとおりであると認められる。(証拠略)及び原告甲野太郎本人尋問の結果中上記認定に反する部分は,その認定事実及びその認定に供した証拠関係に照らして信用できず,他にその認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  当事者

被告市が営むガス事業の概要は,ガス供給契約の申込みを受けた被告市が,あらかじめ指定してある工事店に対してガス供給のためのガス管接続工事を依頼し,工事店が申込者との間でガス工事請負契約を締結し,これに基づいて工事を行った上で,被告市がガス供給を開始するというものである。指定ガス工事店は,被告市が認定したガス責任技術者及びガス技能者を置くガス工事請負業者で被告市の指定を受けた者である。被告乙原はガス責任技術者,一郎はガス技能者に認定されており,被告会社は被告市の指定ガス工事店であった。(<証拠略>,弁論の全趣旨)

(2)  ガス工事においては,接続先の本管が目視できる状態になるまで掘削を行ってから,ガス責任技術者が,被告市のガス水道部職員の立会いを求めるためにガス水道部に電話連絡をし,ガス水道部の職員が到着するまでの間に本管を80センチメートルくらいの長さで完全に露出させ,クランプ(本管から供給管への分岐器)を取り付け,現場に到着した職員がクランプと本管とが完全に密着されていることを確認し,職員及びガス責任技術者立会いのもと,ガス技能者が本管を穿孔するという手順で行うこととされている(<証拠略>)。被告会社においても,本管が掘り上がった状態で,ガス技能者である一郎が被告乙原に電話連絡をし,被告乙原がガス水道部に電話連絡して,被告乙原及び被告市の職員の双方立会いのもとで穿孔作業を開始するものとされていた。鴻巣市ガス保安規程25条1号においても,穿孔する導管が当該導管であることを被告市の職員が図面等により確認することとされている(<証拠略>)。

(3)  被告会社は,平成10年9月18日,本件工事とは別の鴻巣市幸町の工事現場においてガス工事を行ったが,この際に一郎は,被告乙原又は被告市の職員の立会いを求めることなく,穿孔作業を開始した。そのため,被告市のガス水道部は,被告会社に対し,穿孔作業の開始前の連絡を徹底するよう指導を行い,被告乙原は,一郎に対し,立会いを求めるよう厳重注意した。なお,原告太郎は,その本人尋問において,Bが勝手に穿孔作業を開始したものであり,一郎が現場責任者として注意を受けたものであると供述するが,信用しない。

(4)  配管図の閲覧,設計図の作成

被告乙原は,平成10年8月中旬ころ,有限会社S設備工業(以下「S設備」という。)から注文者をAとするガス工事の依頼を受け,同社から平面図及び現場地図の交付を受けたが,同社の担当者は,本管は南面の道路に入っているので,そこから引くことになるであろうと説明した。同被告は,現場に赴いて道路の幅,U字溝の幅,埋設バルブのチェック等を行った上,被告市のガス水道部に赴き,同所に備付けのガス配管図を閲覧した。

同配管図には,本件工事現場付近に中圧管を示す破線(別紙記載の線種1)が記載され,そのすぐ南側を平行して,被告市と北本市との境界を示す破線(別紙記載の線種2)が記載されている。境界線のすぐ下には,「PEL 100A S50(W)」との記載があり,そのすぐ右側には,埋設されている本管が中圧管であることを示す表示である「(中圧)」との記載がある。なお,低圧管を示す線は,実線(別紙記載の線種3)であるが,本件工事現場付近には,低圧管を示す実線の記載はない。(<証拠略>)

被告市のガス水道部においては,不動産関係者や一般人が配管図を閲覧する際には被告市の職員が応対するが,指定ガス工事店のガス責任技術者が閲覧する際には質問がない限り被告市の職員が応対することはないのが通例であり,被告乙原が本件工事の準備のために配管図を閲覧した際も,被告市の職員が立ち会う等の応対をすることはなかった(<証拠略>)。

被告乙原は,配管図を閲覧したが,一般的に本管の多くが低圧管であること,南面から引くことになるであろうとのS設備の担当者の説明などから,本件工事現場付近に記載されている中圧管を示す線を低圧管を示す線であると思い込み,配管図上の中圧管を示す破線と低圧管を示す実線との違いに気付かず,「(中圧)」との記載も見落とした。同人は,供給管の接続先をその中圧管とする本件設計書を被告会社の事務員に作成させ,平成10年9月7日,被告市のガス水道部にこれを提出して,工事の承認を申請した。

本件設計書(<証拠略>)には,工事場所や申込者,工事店,ガス責任技術者,ガス技能者の氏名等が記載されているほか,工事費及び諸経費の見積り,工事内容の内訳や設計図が記載されている。ガス工事設計書の提出は,ガス工事申込者から算定した概算見積金を預かり,竣工後に精算するという前受制度を適正に運用するため,使用するガスの流量を計算するとともに,使用資材の適否を確認し,工事単価により概算見積額の算出を適正に行うことを主たる目的とするものであり,被告市の職員が提出された設計書を配管図と照合して確認することは通常行われていなかった(<証拠略>)が,提出された設計書について被告市の職員が審査を全く行わないわけではなく,設計上ガス流量不足が懸念される場合には慎重な審査が行われていた。しかし,本件設計書は,ベテランのガス責任技術者が作成したということであり,本管の口径等,ガス流量との関係でも問題があるとは認められなかったことから,被告市の職員らは,見積額の適否の審査のみを行い,配管図との照合は行わず,設計図が供給管を中圧管に接続する形になっていたことには気付かなかった。(<証拠略>)

(5)  本件工事の開始

一郎らは,平成10年10月21日午前8時30分ころ,本件工事現場に赴き,本件設計書記載の設計図を見ながら道路の舗装を剥がし,本管を掘り出すための掘削作業を開始した。現場に同行したBはガス工事に関する資格を有しない者であり,Cは一郎と同様,ガス技能者である。なお,当日は,雨が降っていた。

被告乙原は,同日午前8時30分過ぎころ,被告市のガス水道部のD主任に対し,電話で本件工事の開始を通知した。D主任は,ガス水道部施設課設備係長のE(以下「E係長」という。)に対し,その旨を報告し,自らは鴻巣市本町二丁目の別の工事現場においてガス工事竣工検査を行うため,同現場に赴いた。E係長は,上記(3)のとおり,一郎が被告市の職員の立会いを求めずに穿孔作業を開始した前歴があったことから,D主任が出掛ける際,同人に対し,被告会社は危ないから,帰りに本件工事現場の状況を見てくるようにと指示した。

(6)  D主任の臨場

D主任は,同日午前10時ころ,鴻巣市本町二丁目の工事現場からガス水道部へ帰る途中,本件工事現場に立ち寄ったが,掘削作業がまだ終了しておらず,本管が見える状態ではなからた。

そのころ,掘削中の穴から地下水が湧き出てきたことから,排水を行うための水中ポンプ等を取って来るため,Bは,被告会社の事務所へ戻った。

Bが工事現場を離れている間も掘削作業は続けられた。シャベルが本管に当たったとCが述べたことから,D主任は,穴の中を窺いて見たが,地下水が湧き出ていたため,本管を目視できなかった。そこで,D主任は,Bが戻って来て排水及び掘削作業が完了するまで,しばらく時間がかかると思われたこと,進捗状況確認のために本件工事現場に立ち寄っただけであり,穿孔前の確認のためのガス配管図等の書類を持参していなかったことから,一郎に対し,「ガス管が掘り上がったら連絡をしてください。」と告げて,その場を去り,同日午前10時30分ころ,ガス水道部に戻った。その後,本件事故が発生するまでの間に,本件工事現場からも被告会社からも,被告市のガス水道部に対する連絡は,一切なかった。

なお,証人Cは,D主任が来たとき本管が見える状態であった,D主任が一郎に対し掘り上がったら連絡をしてくださいと言ったかどうか聞き取れなかったと証言し,この証言と異なる陳述を記載したC作成の陳述書(<証拠略>)は被告会社においてE係長らの立会いのもとで作成されたものであり間違いであると証言する。しかし,D主任の発言を聞いたか否かについての証言が二転三転していることに加え,同証人が証言する露出した本管の深さが約110センチであったとの点は,(証拠略)により認められる客観的事実,すなわち,本件中圧管は深さ約180センチメートルの位置に埋まっていたとの事実に反することを考慮すると,上記証言はそのとおりには信用できない。

(7)  穿孔作業の開始

Bは,同日午前11時過ぎころ,水中ポンプを持って現場に戻り,排水を開始した。その後,本管が露出し,穿孔作業を開始できる状況となった。一郎は,被告会社(被告乙原)に連絡することなく穿孔作業を開始しようとした。Cは,一郎に対し,被告会社に連絡しないでいいのかと言って,連絡なしの穿孔作業を思いとどまるよう促したが,一郎は,Bと意気投合し,「やっちゃおう。」と言ってBに対し穿孔作業の指示をした(証人Cの証言)。なお,被告乙原は,当時,本件工事現場から2,3キロメートル離れた別の工事現場にいた。

Bは,穿孔機を本管に取り付けるため,穴の中に入った。穴は,すり鉢状に掘られ下の方は狭くなっていた。水中ポンプによる排水は行われていたものの,排水が十分ではなく,本管の下には水が溜まっていた。

Bが穿孔を行ったところ,噴出したガスの圧力で穿孔機が抜け上がり,Bは,穿孔機を持ったまま後ろへのけぞる格好となり,後方の掘削機械にぶつかった。なお,低圧管であれば,ガスが噴出しても穿孔機が押し上げられるということはない。

(8)  一郎の死亡

一郎は,ガスの噴出状況を見て,穴の上から,Bに対し,ガスを止めるよう指示した。Bは,手や足で本管を押さえてガスを止めようとしたが,止められなかった。そのうち,一郎は,Bに対し,自らがサービスチーでガスを止めるので穿孔機を外すようにと指示し,スパナを手渡した。

Bは,一郎の指示に従い,本管から穿孔機を外したところ,さらに強い勢いでガスが噴出し,電柱よりも高く吹き上げた。溜まった地下水の水位が上がっていたため,土砂混じりの水も吹き上がった。

一郎は自ら穴の中に入り,穿孔機が外された本管の穴にサービスチーをねじ込んでガスを止めようとしたが,吹き出したガスの直撃を受けてぐったりとなった。

Cは,近くの自動車修理工場で電話を借り,被告会社の事務所に連絡し,この連絡は別の工事現場にいた被告乙原に伝えられた。被告乙原は,現場に駆けつけ,被告市のガス水道部に電話で事故発生を報告し,大至急来てほしいと連絡した後,Bとともに,ぐったりとなった一郎を穴の外に出そうと試みたが,出すことができず,間もなく駆けつけたE係長とD主任が加勢し,ロープを用いて一郎を穴の外に運び出した。

その後,本件事故現場では,翌日午前4時40分ころまで復旧工事が行われた(<証拠略>)。

なお,一般的に,低圧管の穿孔中にガスが漏出した場合は,プラグを用いてガスを止めるのが通常であり,中圧管を誤って穿孔した場合は,バルブ操作を行って減圧し,穿孔箇所に木栓を打ち込んでガスを止めることとされている。一郎が用いたサービスチーは,本管から新たなガス管を取り出す際に用いる継ぎ目となる器具であり,穿孔後に穿孔機を取り外した上で取り付けるものであるが,ガスの漏出を止めるための道具ではない。

(9)  その後の事情

被告市は,平成10年11月20日,東京通産局から,本件事故に関して,被告市に主任技術者がいないことが問題である等の指導を受けた(<証拠略>)。

被告市は,本件事故について,被告会社に対し,3か月の指名停止措置を行った(<証拠略>)。停止期間経過後も被告市からの工事依頼はなく,被告会社は,休眠状態に陥った。

2  争点1(被告乙原の不法行為の成否)について

(1)  誤った設計書の作成,提出について

上記1に認定の事実によると,被告市のガス水道部に備付けのガス配管図は,多少見づらい点はあるものの,中圧管を示す破線と低圧管を示す実線との差がはっきりしていること,本件工事現場付近に記載されているのは,中圧管を示す破線と被告市・北本市の境界を示す破線だけであり,低圧管を示す実線は存在しないこと,本件工事現場付近に「(中圧)」との記載があることが認められ,これらの事実に照らすと,ガス配管図から本件工事現場付近の本管が中圧管であることを認識するのは容易であり,これを低圧管と誤認する虞はおよそあり得ないといっていい程に極めて小さいといわざるを得ない。

被告会社は,本件事故のような悲惨な結果をもたらす危険を伴うガス工事を業とする者であり,被告乙原は,被告会社の責任技術者として,ガス工事の安全を図るべき重大な職責を担っていたというべきであり,ガス配管図の閲覧やガス工事設計書の作成に際しては,本管の種類を誤認して誤った設計書を作成しないよう,細心の注意を払うべき義務を負っていたということができる。しかるに,被告乙原は,上記のとおり,ガス配管図上,中圧管を低圧管と見誤るおそれは極めて小さいにもかかわらず,わずかな注意すら怠った結果,これを見誤り,「(中圧)」の記載までをも見落とし,誤った本件設計書を作成,提出したのであって,過失が認められることは明らかである。被告乙原は,中圧管よりも低圧管の方が設置数が多いと主張するが,ガス本管に穿孔するという工事の危険性を考慮すると,そのような事実が認められるからといって低圧管であると軽信することが許されないことはいうまでもなく,同主張のような事実があったからといって同被告の過失を否定することはできない。

(2)  設計書の再点検を行わなかったことについて

原告らは,被告乙原は設計書提出後も被告市の審査結果を軽信することなく再点検をすべきであったと主張する。しかしながら,誤った設計書に基づくガス工事の実施を防止するためには,設計書作成前のガス配管図閲覧の際に細心の注意を払えば足りるから,再度被告市のガス水道部に赴きガス配管図を閲覧してまで再点検作業を行わなければならないとするのは相当ではないというべきであり,同被告に原告ら主張の注意義務があったということはできない。原告らの上記主張は理由がない。

(3)  穿孔作業に立ち会わなかったことについて

原告らは,被告乙原は本件工事現場に赴いて穿孔作業に立ち会うべきであったと主張する。しかしながら,上記1に認定の事実によると,被告会社のガス工事は,ガス技能者の現場指示に基づいて実施され,ガス責任技術者である被告乙原は,穿孔作業が可能となった時点で現場のガス技能者から電話連絡を受けて現場に赴き,穿孔作業に立ち会うものとされていたことが認められ,本管穿孔に伴う危険は穿孔によって生じる可能性があるに止まるものであり,穿孔前の掘削作業等にガス責任技術者が立ち会わない場合に何らかの危険が生じたり,作業上の支障が生じることがあるとは認められないから,上記のようにすべきものとされていた被告会社の作業手順は相当なものということができる。したがって,被告乙原は,ガス技能者である一郎らからの電話連絡を受けてから現場に赴いて穿孔作業に立ち会えば足りるのであって,穿孔前の作業の段階から常時立ち会うべき注意義務を負うとはいえない。被告乙原は,前記認定のとおり,穿孔が開始される前に一郎らから何らの連絡も受けていないから,穿孔作業に立ち会うことは事実上不可能であったものであり,原告らの上記主張は理由がない。

(4)  小括

以上のとおり,被告乙原は,誤った設計書を作成,提出した点において過失が認められるから(その他の原告ら主張の過失は認められない。),これと相当因果関係のある損害について不法行為責任を負うことになる。

3  争点2(被告会社の使用者責任又は債務不履行責任の有無)について

被告会社は,被告乙原の使用者であり,被告乙原による本件設計書の作成,提出は,被告会社の事業の執行につきされたものと認められる。したがって,被告会社は,被告乙原の上記不法行為について,民法715条1項に基づく使用者責任を負うというべく,被告乙原と連帯して損害賠償義務を負うことになる。債務不履行責任については,使用者責任と選択的併合の関係にあるから,判断を示さないこととする。

4  争点3(D主任らの行為に関する被告市の使用者責任の有無)について

(1)  設計書をガス配管図と照合しなかったことについて

原告らは,被告市のガス水道部職員であるD主任らはガス工事設計書を受理する際にその内容の適正を厳密に審査すべき注意義務を負っており,備付けのガス配管図と照合して確認すべきであったと主張する。

しかしながら,上記1に認定の事実によると,ガス工事設計書は,被告市の指定したガス工事店がガス水道部に備付けのガス配管図を閲覧して作成するものであること,設計書の提出は,ガス工事見積額の算出を主たる目的とするものであり(このことは,ガス工事設計書の記載事項〔<証拠略>〕からも明らかである。),ガス工事の安全確保やガス工事に伴う事故の防止を目的とするものとは認められないこと,被告市のガス水道部においても,提出された設計書とガス配管図との照合までは要求されておらず,これを行わないのが通常であること,本管の穿孔作業が開始される際に,被告市の職員がガス配管図等を持参して現場に立ち会うこととされていることが認められる。これらの事実に照らすと,被告市の職員らが,指定ガス工事店から提出された設計書を受理する際にこれをガス配管図と照合しなければガス工事の安全性が確保できなくなるわけではなく,被告市の職員が穿孔作業の現場に立ち会って,その場で本管とガス配管図を直接対比,照合して,ガス配管図に従った安全かつ適正なガス工事が行われるようにチェックすることが予定されていることが認められるのであるから,職員らが設計書を受理した段階でこれをガス配管図と照合しなければガス配管図に従った安全かつ適切なガス工事が行われないというわけではないということができる。したがって,提出された設計書とガス配管図とを原則として照合しない被告市の運用が不適切,不合理であるということはできず,本件において,被告市の職員らが本件設計書とガス配管図とを照合しなかったことに過失はないというべきである。原告らの上記主張は理由がない。

(2)  穿孔作業に立ち会わなかったことについて

原告らは,D主任が本件工事現場に臨場した際,本管が露出していたのであるから,ガス配管図等により対比して本管を確認すべきであったと主張する。

しかしながら,上記1に認定の事実によると,ガス工事においては,接続先の本管が目視できる状態まで掘削してから,ガス責任技術者が被告市のガス水道部の職員の立会いを求めることとされていたこと,D主任が本件工事現場に臨場した際,本管が目視できる状態にはなかったこと,D主任が本件工事現場に臨場したのは,以前に被告市の職員に連絡することなく無断で穿孔作業を行ったことがある一郎らに対して注意を喚起するためであり,したがって配管図又はその写しを携行しなかったこと,D主任は,一郎に対し,「ガス管が掘り上がったら連絡をしてください。」と告げてその場を去ったこと,一郎らは,穿孔作業を開始する前に被告乙原に対しても電話連絡を行わないまま,独断で穿孔作業を始めてしまったことが認められる。これらの各事実に照らすと,D主任は,穿孔作業に立ち会うために本件工事現場に立ち寄ったのではないし,本管が露出してもいなかったことから,本管が露出してから連絡を受けて再び現場に臨場する意図で,一旦その場を去ったと認められる。したがって,既に露出していた本管を確認すべきであったとする原告らの主張は,その前提を欠くものであり,理由がない。

(3)  小括

以上から,被告市の職員であるD主任らは不法行為責任を負わず,被告市はこれに基づく使用者責任を負わない。

5  争点4(被告市の国家賠償法2条の責任の有無)について

(1)  ガス配管図について

原告らは,被告市のガス水道部に備付けのガス配管図は中圧管と低圧管との区別が不明確であり,通常有すべき安全性を欠いていたと主張する。しかしながら,前記のとおり,ガス配管図上の表示は,中圧管と低圧管とでは線種が異なり,しかも,中圧管が表示されている本件工事現場付近には,「(中圧)」と付記されており,中圧管の記載を低圧管と誤認するおそれは極めて小さいと認められるから,閲覧するガス責任技術者が通常要求される注意義務をもって閲覧すれば,中圧管と低圧管との区別は容易に分かるものというべく,その区別が不明確であるということはできない。原告らの上記主張は理由がない。

(2)  中圧管について

原告らは,本件事故を引き起こした中圧管は,外形上,低圧管との区別が不可能であり,通常有すべき安全性を欠いていると主張する。しかしながら,両者の外形上の区別が困難であるからこそ,被告市のガス水道部においてガス配管図を備え置き,閲覧に供しているのであり,上記のとおり,ガス配管図を閲覧することにより中圧管か低圧管かの識別は容易であるから,低圧管との外形上の区別が困難であること自体から本件中圧管が通常有すべき安全性を欠いているとはいえないというべきである。原告らの上記主張は理由がない。

6  争点5(被告乙原の行為に関する被告市の使用者責任の有無)について

原告らは,被告市と被告会社はガス工事を行うについて元請負人と下請負人の関係にある,鴻巣市指定ガス工事店規程,鴻巣市ガス水道工事の手引及び鴻巣市ガス保安規程の諸規定並びに下請負人が元請負人の専属的下請としてでなければ工事を受注することができないガス事業の特殊性等に照らし,両者の間には使用者・被用者と同視しうる関係がある,被告市と被告乙原との間には本件工事に関して直接・間接の指揮監督関係があると主張する。

しかしながら,上記1に認定のとおり,被告市はガス供給契約の当事者ではあるものの,ガス工事請負契約は申込者と指定ガス工事店との間で直接締結されるものと認められるから,被告市と被告会社とが元請負人と下請負人の関係にあるとはいえない。また,証拠(<証拠略>〔鴻巣市指定ガス工事店規程〕,<証拠略>〔鴻巣市ガス保安規程〕,<証拠略>〔鴻巣市ガス水道工事の手引〕)によれば,被告市は,ガス工事店の指定やガス責任技術者,ガス技能者の承認等を通じてガス工事の適正を図るべき立場にあることが認められるものの,それを越えて,被告市と被告会社との間に使用者・被用者と同視し得る関係があるとか,被告乙原との間に直接・間接の指揮監督関係があることを認めるに足りる証拠はない。原告らの上記主張は理由がない。

7  争点6(相当因果関係の有無ないし過失相殺)について

(1)  相当因果関係の有無について

一郎の死亡について被告らの責任原因として認められるのは,被告乙原の誤った設計書を作成,提出した過失と,この点についての被告会社の使用者責任であるから,以下においては,被告乙原の過失と一郎の死亡との間の相当因果関係の有無を検討することとする。

被告会社及び被告乙原は,一郎が死亡した原因は,被告市が誤って本件工事を許可したこと,一郎が被告乙原に連絡することなく穿孔作業を開始し,ガス噴出後の対応も不相当であったことにあると主張する。しかしながら,前記のとおり,被告市のガス水道部職員らが本件設計書をガス配管図と照合して確認しなかったことについて注意義務違反があったとは認められないこと,被告乙原の上記過失行為は,中圧管の穿孔という事態を必然的にもたらし,作業員の死傷事故を引き起こす危険性をはらんでいるものであることに照らせば,一郎に認められる後記認定の不相当な対応等を考慮してもなお,被告乙原の上記過失と一郎死亡との間には相当因果関係があるといわざるを得ない。

(2)  過失相殺について

一郎は,被告乙原に電話連絡することなく穿孔作業を開始したのであるが,上記1に認定の事実によると,仮に一郎が被告乙原へ電話連絡をし,被告乙原及び被告市のガス水道部職員らの立会いを求めていれば,本件事故を引き起こした中圧管とガス配管図とを見比べることにより,本件事故を未然に防ぐことができた可能性が高いと認められる。また,一郎は,ガス噴出後,被告会社等へ連絡することなく,Bに指示して本管から穿孔機を外させたのであるが,かかる措置によってガス噴出の勢いが増し,非常に危険な状態に陥ったと認められ,一郎は,穿孔機が外されてガス噴出の勢いが増した後,自ら穴の中に入り,本管の穴にサービスチーをねじ込んでガスの噴出を止めようとしたのである。ところで,前記認定のとおり,中圧管を誤って穿孔した場合は,バルブ操作を行って減圧し,穿孔箇所に木栓を打ち込んでガスの噴出を止めることとされている。一郎は,中圧管の工事を行ったことがなく,中圧管についての知識を十分に備えていなかったとしても,現に生じている事態が低圧管を穿孔した場合とは異なる異常な事態であることは認識し得たものというべきである。一郎は,低圧管の穿孔中にガスが漏出した場合にすべきものとされているプラグを用いてガスの噴出を止める措置すら講じることなく,極めて不適切な対応をしているものといわざるを得ない。

以上によれば,本件事故の原因は,被告乙原が誤った本件設計書を作成,提出したことにあるものの,一郎が被告乙原及び被告市の職員の立会いを求めることなく穿孔作業を開始し,ガスの噴出という異常かつ危険な状態を認識しながら,あえて危険な作業を行ったことが認められるから,一郎には,本件事故による損害の発生及びその拡大につき過失があるというべく,損害賠償額の算定につき,これを斟酌すべきところ,その過失の程度は被告乙原の過失に比してより重く,かつ,大きいというべきであり,その過失の割合は,被告乙原の過失を3割5分,一郎の過失を6割5分とするのが相当である。

8  争点7(損害)について

(1)  一郎の損害

ア 逸失利益

証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,一郎は,昭和38年1月5日生まれの男性で,死亡当時35歳で独身であり,死亡の前年である平成9年に勤務先である被告会社から428万6340円の給与を得ていたことが認められる。原告らは,一郎について将来の転職や収入増が容易に予想され,35歳から67歳までの32年間,平成8年の賃金センサス第1巻第1表男性労働者学歴計全年齢計平均賃金である567万1600円の年収を得られたはずであると主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。そうすると,一郎は,本件事故がなければ,67歳までの32年間は労働に従事し,428万6340円の年収を得ることができたと認めるのが相当である。そこで,生活費を5割控除し,ライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除して,上記32年間の逸失利益の本件事故当時の現価を求めると,次のとおり,3386万7658円となる。

(計算式)

4,286,340×(1-0.5)×15.8026=33,867,658(1円未満切捨て)

イ 慰謝料

本件不法行為の内容,その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,一郎の死亡による慰謝料は1800万円が相当と認められる。

ウ 相続

前記のとおり,一郎は平成10年10月21日死亡し,同人に配偶者及び子はなく,原告らは一郎の父母であるから,一郎の被告会社及び被告乙原に対する合計5186万7658円(逸失利益3386万7658円,慰謝料1800万円)の損害賠償請求権は,その法定相続分に従い,原告らがそれぞれ2593万3829円ずつ相続したと認められる。

(2)  原告らに固有の損害

ア 固有の慰謝料

本件不法行為の内容,原告らと一郎との関係,その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると,一郎の死亡による原告ら固有の慰謝料は,原告ら各自につき400万円が相当と認められる。

イ 葬儀費用

本件不法行為と相当因果関係のある葬儀費用は,原告ら各自につき,60万円と認めるのが相当である。

(3)  過失相殺による減額後の金額

以上の損害額の合計は,原告ら各自につき,3053万3829円(相続分2593万3829円,固有の慰謝料400万円,葬儀費用60万円)であるところ,前記のとおり,過失相殺として6割5分を減額すると,それぞれ1068万6840円(1円未満切捨て)となる。

(4)  損害てん補分の控除後の金額

原告らは,本件事故に関し,労働災害補償保険一時金(葬祭料)として63万5100円の保険給付を受けたこと,労災保険年金(福祉施設給付金を除く。)として94万4706円の支払を受けたことを自認している。そこで,これらの2分の1ずつを上記減額後の金額から控除すると,原告らに生じた弁護士費用を除く未てん補の損害賠償請求権の価額は,それぞれ989万6937円となる。

(計算式)

10,686,840-{(635,100÷2)+(944,706÷2)}=9,896,937

(5) 弁護士費用

本件事故の態様,本件訴訟の審理経過,認容額等に照らし,本件事故と相当因果関係があるとして賠償を求め得る弁護士費用の額は,原告ら各自につき,99万円と認めるのが相当である。

(6) まとめ

以上によれば,原告らの被告会社及び被告乙原に対する損害賠償請求権の額は,原告ら各自につき,1088万6937円となる。

第4結論

よって,原告らの請求は,被告会社及び被告乙原に対し,連帯して,原告ら各自につき1088万6937円の損害賠償金及びこれに対する不法行為の日である平成10年10月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,被告会社及び被告乙原に対するその余の請求並びに被告市に対する各請求は理由がないからいずれもこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 村上正敏 裁判官 芹澤俊明)

(別紙)

<省略>

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