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さいたま地方裁判所 平成11年(ワ)914号 判決 2002年7月24日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告埼玉県は,原告に対し,金20億円及びこれに対する平成11年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2(1)原告が被告社会福祉法人徳慈会の理事及び理事長の地位にあることを確認する。

(2)  被告社会福祉法人徳慈会は,原告に対し,被告埼玉県と連帯して,金7億円及びこれに対する平成11年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3(1)原告が被告社会福祉法人えがりての理事及び理事長の地位にあることを確認する。

(2)  被告社会福祉法人えがりては,原告に対し,被告埼玉県と連帯して,金2億円及びこれに対する平成11年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4(1)原告が被告社会福祉法人彩光会の理事及び理事長の地位にあることを確認する。

(2)  被告社会福祉法人彩光会は,原告に対し,被告埼玉県と連帯して,金7億円及びこれに対する平成11年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5(1)原告が被告社会福祉法人彩鷲会の理事及び理事長の地位にあること確認する。

(2)  被告社会福祉法人彩鷲会は,原告に対し,被告埼玉県と連帯して,金2億円及びこれに対する平成11年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

6(1)原告が社会福祉法人グラン・ヘリオス会の理事及び理事長の地位にあることを確認する。

(2)  被告社会福祉法人グラン・ヘリオス会は,原告に対し,被告埼玉県と連帯して,金2億円及びこれに対する平成11年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,被告埼玉県(以下「被告県」という。)を除く各被告(以下「被告各法人」という。)の理事及び理事長の地位にあった原告が,被告県が被告各法人の運営に不当に介入し,原告を被告各法人の役員から排除するよう指導等を行って,被告各法人をして原告の理事長辞任の承認決議及び理事解任決議等を行わせて,原告を被告各法人の役員から違法に排除させたと主張して,被告県に対しては,国家賠償法1条に基づき,原告が被った損害の賠償を求め,被告各法人に対しては,原告がそれぞれの理事及び理事長の地位にあることの確認を求めるとともに,不法行為に基づき,原告が被った損害の賠償を求めた事案である。

2  前提となる事実(証拠の摘示がない事実は,当事者間に争いがない。)

(1)  被告各法人は,いずれも,社会福祉事業法(現在の社会福祉法)に基づき設立された社会福祉法人である。

(2)  原告は,被告各法人の設立当初の役員であって,以下の時期に被告各法人の理事及び理事長に選任(括弧内の時期に再任)された。なお,被告各法人の定款では,①役員の任期は2年とすること,②理事長の任期は理事として在任する期間とすることが規定されている。(乙1ないし乙5,乙13ないし乙17)

ア 被告社会福祉法人徳慈会(以下「被告徳慈会」という。他の被告各法人についても同様に略称する。旧称 社会福祉法人桃泉園)

平成5年8月9日(平成7年8月9日)

イ 被告えがりて(旧称 社会福祉法人彩吹会)

平成6年3月10日(平成8年3月10日)

ウ 被告彩光会 平成6年4月5日(平成8年4月5日)

エ 被告彩鷲会 平成7年12月3日

オ 被告グラン・ヘリオス会(旧称 社会福祉法人彩川会)

平成7年12月1日

(3)  原告は,平成8年11月18日,特別養護老人ホームの開設に当たり被告県の生活福祉部高齢者福祉課長(平成7年4月1日以降は厚生省年金局企画課課長補佐)のA及び厚生大臣官房長(平成6年9月2日以降は同省保険局長)のBに対する贈賄容疑で逮捕された。

(4)  原告は,平成8年11月28日,接見に訪れた弁護人が持参した被告各法人の理事長を辞任する旨の記載のある辞任届(乙6)に署名・指印して,弁護人に交付した。

(5)  原告は,同年12月9日,贈賄の罪で東京地方裁判所に起訴され,同月25日には,追起訴がされた。

(6)  被告県のC知事は,同月18日,被告えがりて,被告彩鷲会及び被告グラン・ヘリオス会の仮理事を選任した(乙11)。

(7)  被告えがりて,被告彩鷲会及び被告グラン・ヘリオス会においては,同月19日,上記仮理事らが出席して仮理事会が開催され,原告の理事長辞任に対する承認決議及び原告に対する理事解任決議等がされた(乙27ないし乙29)。

(8)  被告県のC知事は,同月25日,被告徳慈会及び被告彩光会の仮理事を選任した(乙11)。

(9)  被告徳慈会及び被告彩光会においては,同月26日,上記の仮理事らが出席して仮理事会が開催され,原告の理事長辞任に対する承認決議及び原告に対する理事解任決議等がされた(乙30,乙31)。

(10)  原告は,平成10年6月24日,東京地方裁判所において,埼玉県生活福祉部高齢者福祉課長Aに対して総額1112万円,厚生大臣官房老人保健福祉部長,厚生大臣官房長,厚生省保険局長を歴任したBに対して現金合計6000万円と253万9980円相当の財産上の利益を供与した旨の贈賄の罪につき,懲役1年6月,追徴金200万円の有罪判決を受けたので(甲4の5),東京高等裁判所に控訴した。

(11)  原告は,平成12年11月10日,東京高等裁判所において控訴棄却の判決を受けたので(甲4の9),最高裁判所に上告した。

3  争点及び争点に関する当事者の主張

本件における争点は,前記贈賄事件に対する被告県の対応が違法か否か(争点1),原告が被告各法人の理事の地位を有するか否か(争点2),原告が被告各法人の理事長の地位を有するか否か(争点3),同贈賄事件を起こした原告に対する被告各法人の対応が違法か否か(争点4),被告らの違法行為による原告の損害について(争点5)の5点である。

(1)  争点1

被告県の対応は違法か,否か。

ア 原告の主張

(ア) 理事長職務代理の指名を否認したこと

原告は,本件逮捕以前に,口頭で被告各法人の理事で彩福祉グループ本部長のDを被告各法人の理事長職務代理(以下「職務代理」という。)に指名していた。Dは,平成8年11月21日,被告県の生活福祉部高齢者福祉課副参事のEに対し,原告から職務代理に指名されているので当面は自己が被告各法人の運営に当たる旨を告げた。しかし,Eは,Dが職務代理であることを否認し,Dが被告各法人の理事会を開催することその他の業務運営に当たることを妨害した。

(イ) 委任状・意思確認書による理事会開催を妨害したこと

a Dは,被告県に対し,委任状出席者も含めた被告各法人の理事会開催を求めた。しかし,被告県は,これを認めないとして被告各法人の理事会開催を妨害した。

b 被告各法人の理事に議案説明した上で賛否を書面で表明してもらう意思確認書の方法による理事会開催が平成8年12月5日に予定されていたが,被告県は,これを認めない旨の事前の指導を行い,理事会開催を妨害した。

(ウ) 法律上の要件を欠く仮理事選任を行ったこと

被告県が行った被告各法人の仮理事選任は,以下のとおり,法律上の要件を欠くものである。

a 被告各法人においては,平成8年12月4日ないし5日の時点では,過半数を超える理事が残存していたが,被告県は,各理事に対し,指導の名の下に辞任を強制し,理事の欠けた状態を故意に創出した。また,原告は,弁護人を通じて被告各法人についての意思決定が可能であったのであり,被告各法人の理事であるFも警察の事情聴取を受けてはいたが所在不明ではなかった。したがって,社会福祉事業法43条が準用する民法56条にいう「理事ノ欠ケタル場合」には該当しなかった。

b 被告各法人においては,仮理事選任当時,職員の業務遂行に支障はなかった。また,被告らが主張する補助金の交付を受けられなくなる可能性については,それ自体そもそも不確定である。したがって,民法56条にいう「遅滞ノ為メ損害ヲ生スル虞アルトキ」にも該当しなかった。

(エ) 原告を理事長職から排除するよう指導したこと

原告の理事長辞任は,以下のとおり,効力を生じていないにもかかわらず,被告県は,原告が被告各法人の理事長を辞任したことを前提に,理事長職から排除することを指導した。

a 原告が作成した辞任届は,被告各法人に到達していない。

b 原告は,辞任届作成の際,原告の福祉に対する思いを承継してくれる者に後を託すという条件を付けており,単独行為に条件を付したものであるから,辞任の意思表示自体が無効である。

c 被告各法人における原告の理事長辞任に対する承認決議は,以下の理由から,無効である。

(a) 前記のとおり,法律上の要件を欠く仮理事選任によって選任された仮理事が決議に参加していた。

(b) 理事会招集権者である原告が招集したものでなかった。

(c) 理事である原告及びFに対する招集通知が行われていなかった。

イ 被告県の主張

(ア) 職務代理の指名について

原告がDを職務代理に指名していたことは,否認する。

(イ) 委任状・意思確認書による理事会開催について

被告県は,被告徳慈会,被告彩光会,被告えがりてにつき,既に辞任している理事等の意思確認書を添付し理事会を開催した旨の報告を受けたので,理事会の成立は認められないと指導したものである。また,理事会に代理出席又は書面参加することは,定款に規定がなければならないところ,それがない本件においてはすることはできないので,被告県はその旨の助言指導を行ったにすぎない。

(ウ) 仮理事選任の要件について

a 仮理事選任当時,被告各法人の残存理事は原告とFの2名であったところ,原告は勾留されていたのであり,Fは所在不明で事実上執務ができない状況にあったのであるから,「理事ノ欠ケタル場合」に該当する。なお,上記2名以外の理事の辞任は,いずれも自発的意思に基づくものであった。

b 被告各法人にあっては,その正常な運営がされていないと,補助金の交付を留保されたり,それが受けられなくなるおそれがあった。したがって,被告各法人は,「遅滞ノ為メ損害ヲ生スル虞アルトキ」に該当する状態にあった。

(エ) 原告を理事長職から排除するよう指導したことについて

以下のとおり,原告は既に理事長の地位を失っていたから,原告の主張はその前提を欠くものである。

a 原告が作成した辞任届は,被告各法人の理事であったDが受領し,他の理事にも見せているのであるから,辞任の意思表示は被告各法人に到達している。

b 原告が辞任の意思表示に条件を付けたことは,否認する。

c 理事長辞任の効力は,辞任の意思表示によって生じるのであって,被告各法人における承認決議は,その確認行為にすぎない。

(2)  争点2

原告は,被告各法人の理事の地位を有するか,否か。

ア 原告の主張

被告各法人における,原告の理事解任決議は,以下の理由から,無効である。

(ア) 理事会は,その招集権者である原告が招集したものではなかった。

(イ) 理事である原告及びFに対する理事会への招集通知がされなかった。

(ウ) 原告に対し,解任理由についての告知聴聞の機会が与えられなかった。

(エ) 法律上の要件を欠く仮理事選任によって選任された仮理事が決議に参加していた。

イ 被告各法人の主張

(ア) 以下の理由から,原告の理事解任決議は,有効である。

a 理事会は,有効にその招集権者によって招集されたものである。原告は,理事長を辞任していたのであって,既に理事会招集権者ではなかった。

b 原告及びFは,前記のとおり,出席が不可能な状態にあって,代理人出席や書面参加は認められないのであるから,両名に対する招集通知がされなかったことは,実質上決議の瑕疵にはならない。また,定款5条7項により,決議に特別の利害関係を有する原告は決議に加わることができないのであるから,原告に対する招集通知がされなかったことは,決議の効力を左右しない。

c 民法上及び定款上,理事解任決議に際して告知聴聞の機会を与えなければならないとの規定はなく,機会を与えなかったとしても決議の効力に影響しない。

d 仮理事選任は法律上の要件を満たしていた。

(イ) 仮に解任決議が無効であるとしても,原告は,現在においては,任期満了により被告各法人の理事の地位を失っている。

(3)  争点3

原告は,被告各法人の理事長の地位を有するか,否か。

ア 原告の主張

前記(1)のアの(エ)のa以下に主張のとおり,原告の理事長辞任の効力は生じていない。

イ 被告各法人の主張

(ア) 前記(1)のイの(エ)の被告県の主張のとおり,原告は,被告各法人における理事長辞任承認決議の当時,既に理事長の地位を失っていた。

(イ) また,理事長は理事の地位を有していなければならないところ,前記(2)のイに主張のとおり,原告は,被告各法人の理事の地位を失っていたのであるから,同時に理事長の地位も失った。

(4)  争点4

被告各法人の対応は違法か,否か。

ア 原告の主張

(ア) 被告各法人は,原告の理事長辞任の効力が生じていないのに,その辞任がなされたことを前提に,原告を理事長職から排除した。

(イ) 被告各法人は,原告に対して告知聴聞の機会を与えず,法律上の要件を欠く仮理事選任により選任された仮理事を参加させた上で,原告の理事解任決議を強行した。

イ 被告各法人の主張

(ア) 原告は,仮理事会当時,被告各法人の理事長の地位を失っており,原告の主張はその前提を欠くものである。

(イ) 理事解任決議に際して告知聴聞の機会を与える必要はない。また,被告県による仮理事選任は,法律上の要件を満たすものである。

(5)  争点5

被告らの違法行為によって原告が被った損害について

ア 原告の主張

(ア) 原告は,被告各法人の前記違法行為により,その役員の地位から排除され,自ら寄附等によって出捐した財産を失った。被告各法人が賠償すべき損害額は,以下のとおりである。

a 被告徳慈会関係

(a) 慰謝料 5000万円

(b) 財産的損害 6億5000万円(財産的価値44億7090万0260円の15パーセント相当額である6億7063万5039円の内金)

b 被告えがりて関係

(a) 慰謝料 5000万円

(b) 財産的損害 1億5000万円(財産的価値10億0541万2000円の15パーセント相当額である1億5081万1800円の内金)

c 被告彩光会関係

(a) 慰謝料 5000万円

(b) 財産的損害 6億5000万円(財産的価値45億1859万2890円の15パーセント相当額である6億7778万8933円の内金)

d 被告彩鷲会関係

(a) 慰謝料 5000万円

(b) 財産的損害 1億5000万円(財産的価値12億2508万8000円の15パーセント相当額である1億8376万3200円の内金)

e 被告グラン・ヘリオス会関係

(a) 慰謝料 5000万円

(b) 財産的損害 1億5000万円(財産的価値11億0766万9000円の15パーセント相当額である1億6615万0350円の内金)

(イ) また,上記損害は,被告県の違法行為にもよるものであるから,被告県は,被告各法人と連帯して,上記損害の合計である20億円を賠償すべきである。

イ 被告らの主張

争う。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所が認定した事実

原告が平成8年11月18日に贈賄罪の容疑で逮捕されてから被告各法人における仮理事会開催に至るまでの経緯については,前記前提となる事実及び証拠(甲2,乙11,乙12,証人D及び後掲各証拠)によれば,以下の事実が認められる。証人Dの証言中の上記認定に反する部分は,上記各証拠に照らすと,採用できない。

(1)  被告県の職員は,平成8年11月18日又は19日,Dに電話をし,被告各法人の今後の運営と職務代理指名の有無について尋ねた。

(2)  Dは,同月21日,Eに対し,電話でD自らが被告各法人の職務代理に就く意向であることを告げた。これに対し,Eは,Dを職務代理に指名したことは定款に記載されていないので,職務代理就任を認めることは困難である旨を伝えた。これに対して,Dは,「話は承る。」と述べた。

(3)  被告県の生活福祉部高齢者福祉課老人福祉施設係主任のGは,同月22日,被告各法人に対し,職務代理が決まっているのであれば報告することを通知した。

(4)  Dは,上記通知を受け,被告各法人の理事会を開催して職務代理を決めることとした。

(5)  厚生省(当時)の老人保健福祉局企画課指導室室長補佐のHと同局老人福祉計画課のIは,同月25日,被告県の県庁を訪れ,被告各法人に対する平成8年度の補助金交付について,事実関係が判明して施設整備上問題がなくなるまで留保する旨通告した(乙10)。

(6)  Eは,同月26日,被告各法人に対し,被告県の生活福祉部長名で,社会福祉事業法54条1項及び65条(現在の社会福祉法56条1項及び70条)に基づく監査を実施する旨通知した。

(7)  Dは,同月27日,県庁を訪れて,E及びGに対し,①同月24日と26日に被告各法人の理事会を開催して職務代理を決めようとしたが,理事の欠席が多く理事会が成立しなかったこと,②理事長である原告とは連絡が取れず,原告の指示を仰ぐことができないこと,③Fは,警察の事情聴取を受けており,同人との連絡も取れないことを報告した。なお,Fは,原告が逮捕される以前の同月11日からその後の12月26日まで,警視庁において,原告の被疑事実等に関して事情聴取を受けていた(甲3)。

(8)  原告の弁護人は,同年11月28日,接見した際,原告に対し,「被告県が理事長辞職届を出してほしいと言っている。」と述べ,前記辞任届を差し出して署名を求めた。これに対し,原告は,「私の福祉の理念を承継してくれる人に運営してもらえるなら。」などと述べつつ,辞任届に署名・指印した。(甲1,原告本人)

(9)  被告県は,同月29日,30日及び12月3日の3日間,被告各法人及び社会福祉法人彩福祉基金に対する特別監査を実施した。その結果,被告各法人においては,理事会が開催された実態がないこと,監事による監査が行われた実績がないこと,施設建設の入札業者の選定を原告が単独で行い,原告が実質的なオーナーである株式会社JWM(代表取締役J。以下「JWM」という。)が受注し,下請業者に対していわゆる丸投げが行われていたこと,介護用品,消耗品等の購入のほとんどが原告が実質的なオーナーである株式会社トウセン(以下「トウセン」という。)から行われていたが,その価格は,実際の納入業者の価格に一定割合を上乗せした高額なものであったこと,社会福祉・医療事業団から総額約31億円の融資を受けていたが,償還財源の確保が困難であること等が判明した(乙8)。

(10)  Dは,同月2日,原告の理事長辞任届(乙6)の原本を被告県の県庁に持参したので,Gは,同辞任届のコピーをとった。

(11)  被告県は,同月3日,JWMとその下請業者4社に対し,職員を派遣して調査を行った。その結果,被告各法人とJWMとの契約額とJWMと下請業者との契約額の差額は,5施設合計で約18億円に達しており,JWMは,労せずしてこの差益を得ていることも明らかになった。

(12)  Dは,同月5日,被告各法人の理事会開催を試みたが,成立しなかった。

(13)  Dは,同月6日,県庁を訪れて,Eに対し,前日に被告各法人の理事会を開催しようとしたができなかった旨を報告した。Eは,被告県の知事が事態打開のために被告各法人の仮理事を選任することができるとした。するとDは,同月9日に再び理事会開催を試み,それでも成立しないときは仮理事選任の方向で進めて構わないとした。また,Dは,被告彩光会については,持ち回りの書面採決による理事会開催を検討中であるとしたので,Eは,書面採決による理事会開催は,定款に規定がないので法的に認められないとした。

(14)  原告は,同月9日,前記贈賄の罪で東京地方裁判所に起訴され,同月25日には追起訴がされた。

(15)  彩福祉グループ業務部長のK及び被告えがりてが運営する吹上苑施設長のL外1名は,同月10日,県庁を訪れて,同月9日に被告徳慈会,被告彩光会及び被告グラン・ヘリオス会において,書面参加による理事会が開催されたと報告した。これに対し,Eは,定款に規定がないこと及び既に辞任した理事が採決に加わっていることから上記の理事会は法的に認められないとした。また,Eは,被告えがりて及び被告彩鷲会の仮理事選任申請書を持参したKらに対し,他の3法人についても仮理事選任の方法しかない旨をDに伝えることを依頼した。

(16)  Eは,同月12日,県庁を訪れたDに対し,被告徳慈会,被告彩光会及び被告グラン・ヘリオス会についての仮理事選任申請書の提出を求め,原告及びF以外の理事全員が辞任することを要請した。

(17)  被告県は,同月13日,彩福祉グループ本部の実地調査を行ったところ,次の事実が判明した。トウセンの事務室は独立して存在しておらず,グループ本部事務所で各職員が手分けしてトウセンの事務を行っており,そのうち形式的にトウセンから給与が支払われている職員が3名いること,そしてトウセンの経理は,被告各法人の理事であるFが一切仕切っていること。したがって,トウセンはグループから独立した法人ではなく,各法人と混然一体に経営されていることが確認された。

(18)  原告及びFを除く被告各法人の各理事らは,いずれも同月15日までに辞任した(乙20の1ないし6,乙21の1ないし8,乙22の1ないし6,乙23の1ないし3,乙24の1ないし4)。

(19)  Dは,同月16日,県庁において,Eとの間で,被告各法人の仮理事選任に関する協議を行った。

(20)  被告県のC知事は,同月18日,被告えがりて,被告彩鷲会及び被告グラン・ヘリオス会の仮理事を選任した。

(21)  同月19日,上記仮理事らが出席の上,被告えがりて,被告彩鷲会及び被告グラン・ヘリオス会の仮理事会が開かれ,原告の理事長辞任に対する承認決議並びに原告及びFに対する理事解任決議,新理事選任決議がされた(乙27ないし乙29)。

(22)  被告県のC知事は,同月25日,被告徳慈会及び被告彩光会の仮理事を選任した。

(23)  同月26日,上記の仮理事らが出席の上,被告徳慈会及び被告彩光会の仮理事会が行われ,原告の理事長辞任に対する承認決議並びに原告及びFに対する理事解任決議,新理事選任決議がされた(乙30,乙31)。

2  争点1(被告県の対応は違法か,否か)について

(1)  職務代理の指名について

原告は,「逮捕以前に,口頭でDを被告各法人の職務代理に指名していた。」と主張するところ,被告各法人の定款には,「理事長に事故あるときは,理事長があらかじめ指名する他の理事が,順次に理事長の職務を代理する。」と規定されていて,口頭での指名を禁止する規定はなく(乙1ないし乙5),さらに証拠(証人D,原告本人)によれば,原告はDに対し,日頃から,「自分に何かあったときは,後を頼む。」などと発言していたことが推認される。

しかしながら,Dを職務代理として指名する旨の書面が作成された形跡は全くないこと,Dは,職務代理が決まっているのであれば報告せよとの被告県からの通知(平成8年11月22日)に対し,自らが職務代理であると名乗り出ずに,それが決まっていないことを前提に理事会を開催して職務代理を決めようとしたこと,Dは,同月27日,県庁を訪れた際,自らが職務代理として指名されているとしないで,理事会が成立しなかったので職務代理を決められなかったと報告したこと(証人D)等に照らすと,原告が日頃から上記のような発言を行っていたとしても,これを正式な職務代理の指名としては認められないもので,それは単なる日常会話の域にとどまるものにすぎないものと解するのが相当である。したがって,原告が口頭でDを職務代理に指名していたとは認められないから,指名があったことを前提とする原告の主張は,その前提を欠くので採用できない。

(2)  委任状・意思確認書による理事会開催について

原告は,被告県が被告各法人の委任状・意思確認書による理事会開催を認めず,これを妨害したと主張する。

しかし,被告各法人は,いずれもその定款において理事会の決議の方式につき特別の規定を設けていることからすると(乙1ないし乙5),理事自らが会議に現実に出席して議論を十分に尽くした上で決議を行うことが予定されていることが明らかである。そうすると,被告各法人においては,理事会に出席しない理事が議決権行使を他の理事に委任することや,あらかじめ議案説明を受けた理事が書面で賛否を表明し,これをもって理事会の決議に代える,いわゆる持ち回りの方式による決議は,いずれも有効な理事会の決議と認めることはできない。したがって,原告が主張する委任状や意思確認書による理事会開催は,有効な理事会の決議と認めることができないので,これらが法的に有効であることを前提とする原告の主張は,その前提を欠くので採用できない。

(3)  仮理事選任の要件について

ア 原告は,「被告各法人の理事の欠けた状態は,被告県によって故意に創出されたものであって,原告は弁護人を通じて被告各法人の職務執行についての意思決定が可能であったのであり,理事のFも所在不明ではなかったのであるから,被告各法人は,社会福祉事業法43条(現在の社会福祉法45条)が準用する民法56条にいう『理事ノ欠ケタル場合』に該当する状態にはなかった。」と主張する。

しかし,前記のとおり,被告県のC知事が被告各法人の仮理事を選任した当時,被告各法人の理事は,いずれも原告及びFの2名しかいなかったもので,原告は,勾留されていたことから,事実上,職務活動を行うことができなかったことは明らかであり,Fは,警視庁において事情聴取を受けていて,世間から身を隠していたことから,被告各法人が同人との連絡を取ることが事実上不可能であったことは前記のとおりであるから,被告各法人が民法56条にいう「理事ノ欠ケタル場合」にあったことは明らかである。

また,証拠(乙20の1ないし6,乙21の1ないし8,乙22の1ないし6,乙23の1ないし3,乙24の1ないし4)によれば,EがDに対して原告及びF以外の理事全員が辞任することを要請した平成8年12月12日当時,被告徳慈会には6名,被告えがりてには5名,被告彩光会には6名,被告彩鷲会には4名,被告グラン・ヘリオス会には5名の理事が在職していたが,同月15日までに原告及びFを除く理事ら全員(Dを含む。)が辞任したことが認められるが,各理事が辞任しなかった場合に何らかの不利益が課されるおそれがあったことを窺わせる事情はないし,また,Eの上記要請が事実上の強制にわたることを認めるに足りる証拠もない。したがって,Eの上記要請は,行政指導の限界を超えた違法な公権力の行使に該当せず,原告の主張は採用できない。

イ 原告は,被告県が仮理事を選任した当時,被告各法人の職員の業務遂行に支障はなく,補助金の交付を受けられなくなる可能性については,それ自体不確定であるから,民法56条にいう「遅滞ノ為メ損害ヲ生スル虞アルトキ」に該当しないと主張する。

しかし,上記のとおり,被告各法人において唯一代表権を有する原告が逮捕・勾留され,もう一人の理事であるFとも連絡を取ることができなかったのであるから,当時,被告各法人の意思決定を行い得る者は誰もいなかったもので,それだけでも損害発生のおそれがないとはいえないというべきである。さらに,被告各法人においては,厚生省から,施設整備上問題がなくなるまで補助金交付を留保する旨を申し渡されていたが,特別監査の結果,原告が被告各法人を前記のとおり私物化していたこと,社会福祉・医療事業団に対する多額の債務について償還財源を確保できない状態にあったこと等が判明しており,明らかに「遅滞ノ為メ損害ヲ生スル虞アルトキ」に該当する状況が存在した。したがって,これに該当しないとする原告の主張は,採用できない。

(4)  原告の理事長辞任の効力について

ア 原告は,辞任届が被告各法人に到達していないと主張する。

しかし,前記のとおり,Dは平成8年12月2日に辞任届の原本を被告県の県庁に持参していること,さらに,証拠(乙20の2,乙21の2,乙22の2,乙23の1,乙24の1)によれば,Dが被告各法人の理事を辞任したのはいずれも同月13日であって,同月2日の時点では被告各法人の理事の地位にあったことが認められる。そうすると,被告各法人において,遅くとも同月2日までには,原告の辞任届を受領していたことが認められる。したがって,辞任届は被告各法人に到達したことが認められるのであって,原告の主張は採用できない。

イ 原告は,辞任届作成の際,原告の福祉に対する思いを承継してくれる者に後を託すという条件を付けており,単独行為に条件を付したものであるから,辞任の意思表示自体が無効であると主張する。

しかし,辞任届(乙6)には原告がそのような条件を付けた旨の記載はないこと,原告の弁護人が被告各法人に対してそのような条件を伝えたことを認めるに足りる証拠はないのであるから,原告の発言は単なる希望を述べたものにすぎず,理事長辞任の意思表示の内容とはなっていなかったものと解するのが相当である。したがって,条件付の意思表示であることを前提とする原告の主張は,その前提を欠くので採用できない。

ウ 原告は,被告各法人における原告の理事長辞任に対する承認決議が無効であり,理事長辞任の効力を生じていないと主張する。

しかし,法人と理事長との間の法律関係は委任ないし準委任契約の関係であるから,受任者である理事長は,いつでも告知によって契約関係を終了させることができ,法人の承諾を要しないものである。被告法人における理事長辞任の承認決議の有無は,理事長辞任の効力に影響を及ぼすものではない。したがって,原告の理事長辞任に対する承認決議が無効である旨の原告の主張は,それ自体失当である。

(5)  以上のとおり,被告県の対応が違法である旨の原告の主張は,いずれも採用することができない。

3  争点2(原告は,被告法人の理事の地位を有するか,否か)について

(1)  原告が招集していないことについて

原告は,被告各法人における理事解任決議について,理事会招集権者である原告が招集したものでないから無効であると主張する。

しかし,前記のとおり,原告の理事長辞任届が被告各法人に到達した時点で原告は理事長の地位を失っており,理事会招集権者ではない。したがって,原告が理事会招集権者であるとの原告の主張は,その前提を欠くものである。

(2)  招集通知を欠くことについて

原告は,理事である原告及びFに対する招集通知がされていないから,上記決議は無効であると主張するところ,弁論の全趣旨によれば,本件理事解任決議に際して原告及びFに対する招集通知がされなかったことが認められる。

理事会を開くに際しては,全ての理事に出席の機会を与える必要があるのであるから,定款に規定がなくとも各理事に対する招集通知等の手続がとられることが必要であることは条理上明らかである。ただし,原告は,自らの理事解任決議については,特別の利害関係を有しており,議決に加わることができないし,Fも自らの理事解任決議について特別の利害関係を有しており,同じく議決に加わることができなかったこと(定款5条7項),また,前記のとおり,原告及びFが理事会に出席することは事実上不可能であったことや被告各法人における仮理事選任に至る経緯に照らすと,原告及びFに対する招集通知がされたとしても,決議の結果に影響を及ぼさなかったことは明らかであるから,招集通知がされなかったことは軽微な形式的な瑕疵にとどまり,決議を無効とする事由とはならないものである(最判昭和44年12月2日民集23巻12号2396頁)。したがって,原告の上記主張は採用しない。

(3)  告知聴聞の機会が与えられていないことについて

原告は,原告に対して告知聴聞の機会が与えられていないから,前記決議は無効であると主張する。

しかし,理事解任決議に際して,定款において当該理事に対する告知聴聞の機会を与えなければならない旨の規定があれば格別,そのような規定がない場合には,特段の事情のない限り当該理事に対して告知聴聞の機会を与えないからといって決議の効力に影響はないと解するのが相当である。本件では,被告各法人の定款にそのような規定はなく(乙1ないし乙5),特段の事情を認めるに足りる証拠もないので,原告に対して告知聴聞の機会を与える必要はなかったもので,原告の上記主張は採用しない。

(4)  仮理事が決議に参加したことについて

原告は,法律上の要件を欠く仮理事選任によって選任された仮理事が決議に参加しているから,前記決議は無効であると主張する。

しかし,前記のとおり,被告県による被告各法人の仮理事選任はいずれも法律上の要件を満たすものであるから,原告の主張は,その前提を欠くものである。

(5)  以上のとおり,前記理事解任決議の効力に関する原告の主張は,いずれも採用できないので,原告は,同決議により被告各法人の理事の地位を失ったことが認められる。また,前記前提となる事実によれば,原告は,平成10年4月4日までに全ての被告各法人の理事を任期満了により退任しており,その後に再任されたことを認めるに足りる証拠はないから,この点からも,原告が被告各法人の理事の地位にないことは明らかである。

4  争点3(原告は,被告各法人の理事長の地位を有するか,否か)について

原告は,理事長辞任は効力を生じていないから,原告は被告法人の理事長の地位を有すると主張する。

しかし,前記認定のとおり,原告の理事長辞任届が被告各法人に到達した時点において理事長辞任の効力が生じているので,原告は被告各法人の理事長の地位を失っていることが認められる。

また,被告各法人の定款には,理事長の任期は理事として在任する期間とすることが規定されているところ,前記のとおり,原告は,被告各法人の理事の地位を有していないから,理事長の地位もまた有していないものである。

したがって,原告が被告各法人の理事長の地位を有する旨の原告の主張は,採用できない。

5  争点4(被告各法人の対応は違法か,否か)について

(1)  原告は,原告の理事長辞任が効力を生じていないのに,被告各法人は原告が辞任したことを前提に理事長職から排除したと主張する。

しかし,前記認定のとおり,原告は理事長辞任届が被告各法人に到達した時点において被告各法人の理事長の地位を失っているから,原告の主張は,その前提を欠くものである。

(2)  原告は,被告各法人が,原告に対して告知聴聞の機会を与えず,法律上の要件を欠く仮理事選任により選任された仮理事を参加させた上で,原告の理事解任決議を強行したと主張する。

しかし,前記認定のとおり,理事解任決議において原告に告知聴聞の機会を与える必要はなく,また,被告県による仮理事選任は法律上の要件を満たすものであるから,原告の主張は,その前提を欠くものである。

6  結論

よって,原告の被告らに対する本件各請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 廣田民生 裁判官 大工強 裁判官 芹澤俊明)

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