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さいたま地方裁判所 平成11年(行ウ)23号 判決 2002年6月26日

原告

生田功子(X1)

(ほか5名)

上記6名訴訟代理人弁護士

中山福二

難波幸一

深田正人

青木孝明

野本夏生

被告(川口市長)

岡村幸四郎(Y1)

同訴訟代理人弁護士

石津廣司

被告

川口都市開発株式会社 (Y2)

同代表者代表取締役

岡村幸四郎

同訴訟代理人弁護士

松崎勝

松崎勝訴訟復代理人弁護士

桑原紀昌

主文

1  被告らに対する本件訴えのうち、当該行為の違法を原因とする損害賠償請求及び不当利得返還請求に係る部分を却下する。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第3 当裁判所の判断

1  争点1(当該行為に係る監査請求期間の遵守等)について

(1)  原告らは、本件土地が行政財産に属するとした上、被告岡村(川口市長)は、被告会社に対し、平成9年4月1日、本件土地の使用料を月額110万4816円(年額1325万7792円)と定めて、その使用を許可したことが当該行為に当たるとして、その違法を主張する。

しかしながら、前記の事実関係によれば、本件土地は、平成7年3月31日以降、行政財産から普通財産に変更されたものであることが明らかであるから、本件土地について使用料条例が適用される余地はなく、したがって、被告岡村(川口市長)が、被告会社に対して、本件土地の使用料を定めて、使用許可を与えることはあり得ないものといわなければならない。

そうすると、被告らに対する本件訴えのうち、上記使用料の決定ないし使用許可を違法な当該行為とする損害賠償請求ないし不当利得返還請求に係る部分は、対象たる当該行為の存在しない不適法な訴えというべきである。

(2)  次に、原告らは、本件土地が普通財産であるとしても、平成9年度における本件賃料は適正な対価ということはできず、このような低額の賃料を定めた本件賃貸借契約の締結が当該行為に当たるとして、その違法を主張する。

ところで、本件賃貸借契約が平成9年4月1日付けでされ、その違法を指摘すると認められる本件監査請求が平成11年1月19日付けでされたことは、前記の事実関係のとおりである。

そうすると、本件監査請求は、法242条2項本文所定の1年間の監査請求期間を経過してされたことが明らかである。

そこで、このように監査請求期間を経過して本件監査請求がされたことにつき、法242条2項ただし書所定の「正当な理由」があるかを検討するが、この正当な理由の存否は、ア 対象とされる財務会計行為の存在ないしその違法性を基礎付ける事実が秘密裡にされたかどうか、イ 住民が相当の注意力をもって調査したときに、客観的にみて、いつ、当該行為を知ることができたか、ウ 住民が当該行為を知ることができたと認められるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうか、によって判断されるべきものと解される(最高裁判所第二小法廷昭和63年4月22日判決・裁判集民事154号57頁参照)。

この点につき、原告らは、原告らが本件賃貸借契約の締結を知ったのは、本件監査結果が通知された平成11年3月30日のことであるから、正当な理由があると主張するのみであって、上記の事実関係に関する具体的な主張を欠くだけでなく、本件全証拠に照らしても、上記の正当な理由の存在を基礎づける事実を認めることはできない。かえって、前記事実関係によれば、本件土地はもともと川口市民病院の跡地であって、川口駅まで徒歩5分程度の距離にあり、本件土地の近隣地域は川口市内でも有数の中心商業地域であって、本件土地は被告会社の自動車駐車場として平成7年4月頃から使用されていたというのであるから、本件賃貸借契約締結が秘密裡にされたものということはできず、住民が相当の注意力をもって調査すれば、本件賃貸借契約締結の存在、内容等については、契約締結後まもなく、知ることができたものと推認することができる。

そうすると、本件監査請求のうち、本件賃貸借契約締結に係る部分について、監査請求期間を経過してされたことにつき、正当な理由があると認めることはできないから、被告らに対する本件訴えのうち、本件賃貸借契約締結を違法な当該行為とする損害賠償請求ないし不当利得返還請求に係る部分は、適法な監査請求を経ずにされたものであって、不適法な訴えというべきである。

(3)  更に、原告らは、本件土地が普通財産であるとしても、平成9年度における本件賃料は適正な対価ということはできず、このような低額の賃料を定めた本件賃貸借契約の履行としての賃料受入行為は、契約締結とは別個の財務会計上の行為(当該行為)に当たるとして、その違法を主張する。

本件賃貸借契約により定められた賃料の被告岡村による受入行為が本件賃貸借契約の履行として住民訴訟の対象とされた場合、その行為によって川口市が被告岡村及び被告会社に対し損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を取得する根拠は、原告主張からは判然とせず、むしろ、その主張を善解すれば、被告岡村が本件賃貸借契約によって定められた本件賃料につき、増額改定の措置をしないことによって、川口市に損害を与えたというに帰するものというべきである。

そうすると、その主張は、結局、原告らが別途主張している後記の本件土地の管理を怠る事実に係る主張に収斂されるものというべきであるから、本件賃貸借契約の履行としての賃料受入行為に係る原告らの主張に対する判断は、後記怠る事実に係る主張に対する判断としてされれば足りるのであって、それとは別の財務会計上の行為に対する判断として、それと別個独立に判断する必要はないものというべきである。

(4)  以上によると、被告らに対する本件訴えのうち、当該行為の違法を原因とする損害賠償請求及び不当利得返還請求に係る部分については、争点2につき判断を加えるまでもなく、不適法というべきである。

2  争点3(怠る事実に係る適法な監査請求の前置)について

(1)  監査請求の対象と住民訴訟の対象の同一性について

ア  原告は、被告岡村は、川口市長就任後間もなく、平成9年度における本件土地の使用料ないし賃料の額が、適正な対価等とはいえないことを認識できたものであり、川口市との関係において、直ちにこれを適正な金額にまで増額する措置をとる義務を負担していたものであるのに、その措置に出なかったのは、川口市長として、財産の管理を違法に怠ったものと主張している。

これに対し、被告らは、このような財産管理を怠る事実は、当該行為とは区別される独立の財務会計行為であって、それ自体が独立して監査請求の対象となるものであるところ、本件監査請求書には、上記怠る事実に関する記載はないから、原告らが主張の怠る事実につき監査請求をしたと認めることはできず、したがって、前記財産管理を怠る事実に係る本件訴え部分は、監査請求を経ていない点において不適法というべきである、と主張する。

イ  本件監査請求及び本件監査結果の内容は、前記事実関係に摘示したとおりであるところ、これらによれば、確かに、本件監査請求書には、上記の怠る事実に関する具体的かつ直接的な言及はない。しかし、原告らは、川口市が被告会社に対し、市有地である本件土地を不当に安く貸し付けているという社会的事実を摘示し、かつ、これに対する必要な措置として、被告岡村に対する平成9年度貸付料減免分の川口市への返還を求めて本件監査請求をしていたのであるから、このような事実を監査の対象とする原告らの意思を客観的にみれば、平成9年度において、被告岡村が被告会社に対し本件土地を不当に低額で貸し付けていることを是正する措置を怠っていたという事実についても監査の対象に含めていたものと解釈できないものではなく、本件監査結果も、被告会社に対し違法に安い賃貸料をもって貸し付けていることにはならないとしているのであるから、このような怠る事実がないことについてまで及んでいたものと評価できないものでもない。

そうすると、被告岡村が、川口市長就任後、本件土地に係る平成9年度の賃料改定の措置を違法に怠っていたという事実についても、本件監査請求の対象とされたものと認めるのが相当というべきである。

被告らの主張は、以上の説示に照らし、採用することができない。

(2)  怠る事実と監査請求期間の適用について

被告らは、前記のように主張して、本件監査請求が上記怠る事実をも対象としていたと認めることができるとしても、監査請求期間を経過して後にされた不適法なものに帰すると主張する。

ところで、法242条2項本文は、同条1項所定の「当該行為」のあった日又は終わった日から1年を経過したときは、これをすることができない、と規定しているのであるから、その反面として、同項所定の「怠る事実」については、監査請求期間に期間の制約はないものと解される。そして、原告ら指摘に係る怠る事実は、被告岡村が、川口市長就任後、平成9年度における本件土地に係る賃料の増額改定の措置をとらないという不作為が違法であるとしているのであって、格別、本件賃貸借契約が違法無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものではないから(最高裁判所第二小法廷昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁参照)、前記の説示に照らし、上記怠る事実に関しては、監査請求期間には制約はないものと解するのが相当である。

これと異なる被告らの主張は、採用できない。

3  争点4(不法行為ないし不当利得の成否)について

(1)  前記説示からすると、被告岡村の平成9年度における本件土地に係る賃料の増額改定の措置をとらない不作為(本件土地の管理を怠る事実)の違法性については、前記の次第で本件土地は普通財産に分類されるものであるから、まず、その判断の前提として、本件賃料が法237条2項所定の「適正な対価」と評価できるものであるかにつき、検討を加えることとする。

(2)  本件賃料と「適正な対価」について

ア  法237条2項は、普通財産の貸付につき、条例又は議会の議決による場合を除き、「適正な対価」を要求している。この規定の趣旨は、普通財産を特に低廉な価格で貸し付けた場合には、当該普通地方公共団体がその限度で財政上損失を被るおそれがあるのみならず、特定の者の利益のために、当該地方公共団体の財政が歪められるおそれがあるからである。

そうであるとすれば、上記の適正な対価とは、当該賃貸借における具体的諸事情及び当該財産を貸し付ける場合の市場価格を考慮して、上記のおそれを防止するに足りる公正な対価として評価される額であることを要するものというべきである。

そして、前記条項の要請は、賃貸借契約の継続中であっても維持されるべきものであるから、財産管理責任を負担する者は、単年度毎に契約が締結されるときは、その都度是正の要否を検討すべきものであり、数年契約の中途で賃料が適正な対価としての額を下回るに至ったときは、その時点で適正額までの増額改定のため適切な措置を講ずべき義務があるものと解される。

イ  前記の事実関係によると、本件土地に関する賃貸借契約は、平成7年度の当初契約(契約期間1年)がその都度更新され、平成9年度の本件賃貸借契約に至ったものであり、賃料も、更新の都度増額され、本件賃貸借契約締結に際して本件賃料額に増額されたものである。

そして、〔証拠略〕(平成11年3月5日付の本件土地に係る不動産鑑定士の調査報告書)によると、平成11年3月1日時点における本件土地の賃料に係る市場価格は、月額109万6843円(以下、これを「本件調査賃料」という。)であるとされている。

そして、この不動産鑑定士の調査報告は、本件土地の最有効使用を高層マンション用地敷地としての使用と判定し、これと対比すべき標準的画地を決定した上、これに本件土地の個別的要因を考慮して、利回り方式により継続積算賃料額を算出し、更に、同一需給範囲内の類似地域から収集した取引事例を資料とする賃貸事例比較法によって比準賃料額を決定し、これらの方式の特色と限界を踏まえて、これらを総合的に考慮した結果、上記結論を得たものであって、その過程に格別不合理な点は見受けられないから、基本的には、その証拠価値を肯定すべきものである。この証拠価値を疑わせるような証拠は、見当たらない。

そこで、〔証拠略〕によると、平成11年3月1日時点における本件土地の賃料に係る市場価格は、本件調査賃料、すなわち、月額109万6843円であると認めることができるところ、本件賃料は、約2年前の平成9年度(平成9年4月1日から同10年3月31日まで)における賃料であるから、この間、土地価格が低落傾向にあったことを考慮すると、本件調査賃料が、平成9年度においても本件土地の賃料に係る市場価格として相当額であったと推認することには、多少疑義があることは否定できない。しかしながら、前記調査報告は、本件土地の最有効使用を高層マンション用地敷地としての使用と判定していること、そこで類似取引事例として掲げられている賃貸借契約には、本件賃貸借契約と同様の即時無補償返還特約が付せられていたことを認めるべき証拠はないことからすれば、本件調査賃料は、前記のような特殊な内容を有する本件賃貸借契約に基づく賃料額の評価としては、その限度で高めに設定されているとみることもできるというべきであるから、これらのことを考慮すると、本件調査賃料をもって、平成9年度における市場価格に概ね符合すると認定しても不合理ということはできないものというべきである。

そうすると、本件賃料は、本件調査賃料にほぼ符合するものであるから、本件賃料は、平成9年度における「適正な対価」の範囲内にあるものと認めることができる。

なお、本件土地に関する賃料が、本件賃貸借契約の契約期間の途中である平成11年4月1日から、本件賃料のほぼ2倍に増額改定されていることは前記のとおりであるが、〔証拠略〕によると、それは、川口市において、平成10年当時、従来、財産の貸付料算定方法が統一されていなかったので、国及び埼玉県が普通財産の貸付料算定につき利回り方式を採用していることを参考に、相続税路線価格に1.2%(不動産鑑定士の鑑定結果による対象市有地全般に係る利回り率)を乗ずる方式を採用したことに伴って改定されたものであること、この統一された貸付料算定方法は、貸付地の個別条件(画地条件等)を考慮せず、単純に、相続税路線価格に1.2%を乗ずる方式であることを認めることができる。そうすると、賃料の改定時点が平成11年度のことであることを別としても、前記の本件賃貸借契約の個別の特殊性を考慮すると、このような改訂の事実があるからといって、本件賃料が平成9年度における適正な対価ではなかったと断定するのは、困難というべきである。

(3)  怠る事実に係る原告らの請求について

ア  以上説示したとおり、本件賃料は、平成9年度における「適正な対価」の範囲内にあると認めることができるのであるから、川口市長就任後の被告岡村には、本件賃料の増額改定のため、被告会社との関係で、平成9年度において適切な措置を講ずべき義務があったということはできず、そうすると、被告岡村に本件賃料の増額改定をしなかったことをもって、違法な怠る事実に当たるとすることはできない。

イ  したがって、被告岡村の前記不作為が、川口市に対する不法行為を構成するものということはできない。また、本件賃貸借契約の相手方である被告会社は、平成9年度において、有効な本件賃貸借契約に基づき、本件賃料を支払いつつ、本件土地を自動車駐車場として用益しているのであるから、川口市の損害において不当な利得をしたということもできないものというべきである。

(4)  以上によると、原告らの被告らに対する怠る事実に基づく請求(被告岡村に対する損害賠償請求及び被告会社に対する不当利得返還請求)は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

4  結論

以上の次第で、被告らに対する本件訴えのうち、当該行為の違法を原因とする損害賠償請求及び不当利得返還請求に係る部分は、不適法であるから、却下することとし、その余の怠る事実に基づく損害賠償請求及び不当利得返還請求は、いずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法7条、民訴法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 都築民枝 渡邉健司)

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