さいたま地方裁判所 平成11年(行ウ)29号 判決 2003年3月12日
原告
X1
同
X2
上記両名訴訟代理人弁護士
保田行雄
被告
所沢市長 斎藤博
同訴訟代理人弁護士
田中公人
被告訴訟参加人
所沢市長 斎藤博
同訴訟代理人弁護士
青木一男
関根修一
田中成志
平出貴和
長尾二郎
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第3 当裁判所の判断
1 本訴において審査対象となる財務会計行為
上記事実関係のとおり、本件委託契約が締結されたのは平成9年11月4日であり、本件公金支出がされたのは平成10年5月29日であるところ、本件監査請求がされたのは平成11年3月24日であるから、本訴において、適法に住民監査請求期間を遵守していると解することのできる財務会計行為は、本件公金支出と認めるのが相当である(本件委託契約を審査対象たる財務会計行為と解した場合には、1年の住民監査請求期間を経過しており、かつ、上記期間を経過したことについて、地方自治法242条2頂所定の正当な理由を認めることはできない結果となる。)。
2 事実関係の補充
〔証拠略〕によれば、更に、次の事実を認めることができる。
(1) 本件委託契約締結状況
ア 本件委託契約の締結が検討された平成9年当時においては、母乳中のダイオキシン類濃度測定については、国や他の普通地方公共団体が実施した前例があったが、血液中のダイオキシン類濃度測定については、公的機関が実施したという報告はなく、また、いかなる検査をすべきかについても、ほとんど情報はなく、国内において、上記検査につき実績を有する業者についても知られていなかった。
イ 所沢市は、上記の経緯で、血液中のダイオキシン類濃度測定分析調査については、検査の信憑性を確保しなければならないという委託業務内容の特殊性から、随意契約の方式により、市の裁量の範囲内で業者を選定し、委託契約を締結することとした上、上記の電話照会及び入札参加者名簿を手がかりに、血液中のダイオキシン類濃度の測定分析が可能であるとの回答を得たa社ほか2社に対して提案書と見積書の提出を求め、平成9年10月7日までに提出を受けた各提案書及び見積書の調査検討を行った後、下記の事情を踏まえて、同年11月4日、a社との間で、本件委託契約を締結した。
ウ a社は、昭和47年に株式会社Bの100%出資により創設された、環境試料の測定・分析、環境調査等を業とする会社(資本金3000万円、従業員数148名)である。
同社は、日本でダイオキシンの発生が学術発表された昭和58年に、発表者である大学教授に技術者を派遣し、分析技術を修得すると共に、GCMS(ガスクロマトグラフ質量分析計)を導入し、ダイオキシン分析の受託業務を開始し、平成2年には、当時の最高性能の高分解GCMS(クレートス社製)を導入した。また、同年、京都大学教授を中心として結成されたダイオキシン類研究会に参画し、廃棄物処理におけるダイオキシン類測定マニュアル作成に協力した。
また、1990年(平成2年)9月開催の第10回国際ダイオキシンシンポジウム以降、毎回同シンポジウムに参加し、研究結果を発表し、また、ダイオキシンを対象とする国際クロスチェックにも、1994年(平成6年)11月開催の第1回以降毎年参加し(1994年、1996年、1998年は、飛灰抽出液、飛灰・燃焼関連抽出液、土壌・スラッジなどを試料とする。)、更に、本件委託契約締結に先立ち、平成8年には、民間委託で、ベトナム戦争で使用された枯薬剤に混入したダイオキシンの人体への影響調査のため、母胎中の血液中のダイオキシン濃度を測定し、学会誌に研究結果を公表し、この間、ダイオキシン分析に特化した専門組織を構築し、順次、最新の機材を増強していった(本件当時、他の2社は、ダイオキシン類濃度の血液調査の実績はなかった。血液中ダイオキシン類の濃度測定を行うには、脂肪抽出、前処理、GCMS及びデータ処理の熟練技術者、整備完備の高分解GCMS、クリーンな分析環境等を確保することが必要であり、本件後の事情であるが、平成13年度の環境省受注資格審査に合格した71機関のうち、血液中ダイオキシン類の受注資格に合格したのは、a社を含めて5機関に止まっている。)。
本件に関するa社の提案書は、他の2社と分析手法の基本はほぼ同様であったが、その説明は、前記厚生省マニュアルを応用した内容であった。
また、3社の見積書によれば、1検体当たりの委託料(消費税込み)は、最高額が63万円、最低額が34万3980円であり、a社は、中間の36万7500円であったが、所沢市としては、ダイオキシン類濃度の血液調査は、それまでに例がなく、その難易度、工数評価などは具体的には不明であったため、既に厚生省で実施されていた母乳検査の費用額(1検体当たり26万2500円)を参考とし、血液は、脂肪分が母乳より少ないため、その描出作業は、難易度が高く工数を多く要すると考えられたため、a社提示の36万7500円は、相当な全額であると判断した。
エ a社から、平成10年3月31日、所沢市に対し提出された本件報告書(〔証拠略〕)の内容は、次のとおりである。
(ア) 血液中ダイオキシン類の濃度測定法
分析方法は、別紙1のとおりであり、血液からの脂肪抽出法を除き、以後の前処理、分析、データ処理は、厚生省マニュアルに準拠し、同マニュアルと同様の操作によっている。血液からの脂肪抽出法は、パターソン(D.G.Patterson)らが公表していた方法を採用したものであった。
(イ) 血液調査の結果
本件血液調査の結果の概要は、別紙2のとおりである。
オ 平成12年12月、厚生省は、前記暫定マニュアルを作成して各地方公共団体に示したが、そこで指示された脂肪抽出の操作は、上記のパターソンらが公表していた方法に準じたものである。
カ 我が国におけるダイオキシン類分析に関する先駆者であり、かつ、権威者と評価されている摂南大学薬学部のA教授(同教授は前記暫定マニュアルの検討協力者のメンバーの一員でもある。)は、a社による本件報告書につき、次のような意見書を提出している(〔証拠略〕、以下「A意見書」という。)。
(ア) a社は、スウェーデンのウメオ大学のラッペ教授グループの主宰で1994年(平成6年)以降1999年(平成11年)まで4回にわたり開催された国際的なインターキャリブレーションにすべて参加し、いずれにおいても優れた分折精度であるとの評価を得ており、また、平成13年度から環境省が実施しているダイオキシン類の環境分析に関する受注資格審査においても、許可測定項目(この中には、血液も含まれる。)が最も多い機関として合格していて、ダイオキシン類分析に関しては、国際的にみても、トップクラスの分析機関と判断される。
(イ) a社が、本件報告書において採用した血液中ダイオキシン類の分析方法は、パターソンらの提案した方法を基礎としたものであるところ、この方法は、平成9年当時においては、国際的にみて、最も妥当性の高い方法であったと判断できる。
摂南大学においても、国際的に提案された各種の分析法を比較検討した結果、パターソンらの使用している分析方法を最も優れている方法と認め、同方法を基礎とした分析法を開発したし、また、前記暫定マニュアルにおいても、パターソンらの方法に準じた脂肪抽出操作が用いられている。なお、当時としての、a社の定量下限値に関する分析感度は、民間機関としては極めて良好なものと判断できる。
(ウ) 本件報告書で対象となった所沢の地域住民2名につき摂南大学でも血液中のダイオキシン類分析を実施した比較検討の結果によると、計側日の相違、血中ダイオキシン類成分の濃度変動及びTEQ濃度変動等を考慮すると、a社の調査による血中ダイオキシン類分析データは、妥当なものと判断される。
(エ) 総じて、本件報告書における血液中ダイオキシン類の分析法、分折精度、分析結果は、信頼性、信憑性において、特に問題視されるべきものではない。
(オ) 本件報告書によってa社の得た委託手数料は、平成9年当時のものとしては、妥当なものである。
3 以上の事実関係のもとにおいて、原告らの主張につき検討する。
(1) 随意契約の要件に該当しない契約に基づく支出の違法について
上記事実関係によれば、血液中のダイオキシン類濃度分析に関する委託契約の締結を入札の方法によらず、随意契約の方式によったこと自体を違法とすることはできないものというべきである(地方自治法234条1項、2頂、同法施行令167条の2第1項2号参照。)。
原告らも、このこと自体を問題とするものではなく、随意契約の対象業者につき、国内業者に限り、海外の分析機関を除外したことを非難するものである。
確かに、前記の事実関係によると、所沢市において、海外の分析機関までを念頭に置いて対象業者を選定した形跡は見当たらない。
しかしながら、〔証拠略〕によれば、当時、所沢市において、ダイオキシン類濃度分析に関する外国の業者についての正確な情報を入手することは容易でない上、外国の業者との間では、言語の相違に由来する連絡調整の困難性が予想され、良好な委託調査結果が得られるか懸念があったこと、試料の搬送、作業の準備や打合せ等につき、外国業者であるがために余分な費用が計上されることも予想されたことが認められるのであるから(当時、インターネットは、現在ほど利用されておらず、これによる情報自体の信頼性確保も困難であったと認められるから、これを過度に重視することはできない。)、このような状況下において、早急なダイオキシン対策を迫られていた所沢市として、国内業者を対象として委託契約を締結したこと自体は、相当であって、違法と評価することはできない。〔証拠略〕も、以上の認定判断を左右するものとはいえない。
よって、原告らの主張は、採用できない。
(2) a社を選定したことの違法について
次に、原告らは、血液中のダイオキシン類濃度の測定分析会社としてa社を選定したことは、違法であると主張する。
しかしながら、上記の事実関係(A意見書を含む。)に照らせば、a社は、数次にわたり国際的なインターキャリブレーションに参加し、そのダイオキシン類濃度の分析能力に関し、国際的にも相応の評価を得ているものと認めることができるから、客観的にみて、本件委託契約を受託するに足る能力に欠けていたということはできないものというべきである。
原告の指摘する事由は、a社の有する血液中のダイオキシン類濃度の測定分析能力を否定するものとはいえない。
また、〔証拠略〕も、以上の認定判断を左右するものとはいえず、原告らの主張は、採用できない。
(3) 高額に過ぎる委託料の違法について
原告らは、本件委託契約の委託料は、海外の測定分析会社に委託した場合に比べて、不相当に高額であると主張する。
しかしながら、前記の認定事実(A意見書を含む。)によると、本件報告書によってa社の得た委託手数料は、平成9年当時のものとしては、妥当なものと認めるのが相当である。
原告ら主張に沿うがごとき〔証拠略〕は、前記説示の点を考慮すると、未だ上記認定を左右するものとはいえないものというべきである。
なお、原告らは、上記手数料額が、a社が関与した違法な談合の結果である可能性があると主張するが、この事実を認めるに足りる証拠は見当たらない。
よって、原告らの主張は、採用できない。
(4) 本件報告書作成における測定分析方法及び測定分析の結果について
ア 原告らは、a社が本件報告書作成に当たって、血液中ダイオキシン類の濃度測定法に関し厚生省マニュアルに依拠したこと等を非難する。
しかし、前記の事実関係によれば、血液中ダイオキシン類の濃度測定法分析方法につき、血液からの脂肪抽出法を除いた部分、すなわち、それ以後の前処理、分析、データ処理については厚生省マニュアルに準拠したことは、格別不合理とみることはできないし(原告らは、a社が、定量下限値以下をゼロとして扱ったことを非難するが、平成9年当時、国内には血液中のダイオキシン類測定分析のマニュアルがなかったことに照らせば、厚生省マニュアルに準拠しかことはやむを得ないものであり、これをもって違法ということはできない。なお、定量下限値以下の扱いは、測定分析方法、測定分析結果自体の問題ではなく、測定分析がなされた後のデータの評価の問題であり、再計算することも可能であることからすれば、原告らの主張は採用できない。)、また、血液からの脂肪抽出法は、その当時、科学的にみて最も優れている方法と評価できるパターソンらが公表していた方法を採用したものであったのであるから、これをもって不当ということもできないものというべきである。
よって、原告らの主張は、採用できない。
イ また、原告らは、本件報告書で報告した血液中ダイオキシン類濃度の測定分析結果は、他の分析結果と比較しても著しく低い結果となっており、その分析結果には、科学的にみて疑念があると主張するが、前記認定事実によると、当時としてのa社の定量下限値に関する分析感度は、民間機関としては極めて良好なものと判断できるし、同一対象者に関する摂南大学における比較検討の結果によると、計測日の相違、血中ダイオキシン類成分の濃度変動及びTEQ濃度変動等を考慮した場合、a社の調査による血中ダイオキシン類分析データは、妥当なものと判断され、総じて、本件報告書における血液中ダイオキシン類の分析方法、分折精度、分析結果は、その信頼性、信憑性において、特に問題視されるべきものとはいえないと評価するのが相当である。
さらに、原告らは、クロスチェックを実施すべきであったと主張するが、上記説示のとおり、本件報告書における測定分析結果に問題はないことからすれば、これに加えて、更に経費を要するクロスチェックを施行しなかったからといって、違法の問題を生じる余地はない。
よって、原告らの主張は、採用できない。
(5) 以上によると、本件公金支出は、適法な本件委託契約に基づく適法な債務の履行として適法であって、なんら、地方自治法2条13項及び地方財政法4条1項に違反するものではない。したがって、所沢市が、本件公金支出に関して、被告に対し、損害賠償請求権を有する余地はないものというべきである。
4 以上の次第で、原告らの請求は、理由がないので、いずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 松田浩養 菱山泰男)