さいたま地方裁判所 平成11年(行ウ)45号 判決 2003年4月16日
原告
X1 (ほか6名)
上記原告ら7名訴訟代理人弁護士
保田行雄
被告
(所沢市長) 斎藤博
同訴訟代理人弁護士
田中公人
参加人
所沢市長 斎藤博
同訴訟代理人弁護士
青木一男
関根修一
田中成志
平出貴和
長尾二郎
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1) 被告は、所沢市に対し、金9450万円及びこれに対する平成12年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は、被告の負担とする。
2 被告
(1) 本案前の答弁
本件訴えをいずれも却下する。
(2) 請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、埼玉県所沢市の住民である原告らが、所沢市が、株式会社荏原製作所(以下「荏原製作所」という。)との間で締結した西部清掃事業所(以下「本件施設」という。)焼却施設排ガス処理施設改造工事(以下「本件改造工事」という。)の請負契約(以下「本件改造工事契約」という。)に基づき、荏原製作所に対し、請負代金として9450万円を支払った(以下「本件公金支出」という。)ことが、地方自治法2条2項(昭和22年法律第67号。ただし、平成9法律第92号による改正前のもの。)、地方財政法(昭和23年法律第109号。ただし、平成10年法律第54号による改正前のもの。)4条等に違反する違法な公金の支出に当たり、所沢市は当該支出金相当額の損害を被ったとして、地方自治法242条の2第1項4号の規定に基づき、所沢市に代位して、被告個人に対し、上記請負代金相当額の損害賠償金及びこれに対する平成12年1月19日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた住民訴訟である。
なお、本件には、当裁判所の決定に基づき、本件支出命令をした行政庁である所沢市長が、行政事件訴訟法23条に基づいて、被告のために訴訟参加した(以下「訴訟参加人」という。)。
2 基本的事実関係(証拠等の摘示のない事実は、争いのない事実である。)
(1) 当事者等
原告らは、所沢市の住民であり、被告は、平成6年から所沢市長(訴訟参加人)の地位にあり、本件公金支出を命じた者である。
(2) 所沢市の焼却施設の変遷(〔証拠略〕)
ア 本件施設A系炉及びB系炉(以下、一括して「本件各焼却炉」という。)設置前について
(ア) 所沢市は、昭和37年2月、現在の東部清掃事業所の敷地において、同市における本格的な焼却施設として、固定バッチ式焼却炉(固定バッチ式焼却炉とは、いわゆる「かまど」型の焼却炉であり、1日8時間程度以下の運転で、処理能力日量20トン程度以下の小規模焼却施設に採用される。ごみを連続的に供給できないため、燃焼が安定しない。同施設の処理能力日量は、18.75トンであった。)を建設し、昭和41年6月には、その隣地に新たに固定バッチ式焼却炉(同施設の処理能力日量は40トンであった。)を併設した。
(イ) その後、人口増に伴うごみの増加に対応するため、所沢市は、昭和46年10月、現在の西部清掃事業所の敷地において、機械化バッチ式焼却炉(機械化バッチ式焼却炉とは、固定バッチ式焼却炉を進化させたもので、給塵機能、灰出し等が機械化され、ごみの連続投入が可能となったもの。1日8時間程度の運転を基本とし、処理能力日量100トン程度以下の小中規模な施設に採用されている。維持管理が容易で、ごみを連続的に供給できる。同施設の処理能力は22.5トン/8時間であった。)4基を建設したが、昭和40年代に入り、毎年1万人以上の人口増加が続き、焼却処理能力が不足し始めたことから、昭和53年5月、現在の東部清掃事業所において、24時間連続燃焼式機械炉(ストーカ炉)(ストーカとは、焼却炉の火格子をいい、固定火格子式が固定バッチ炉であるところ、炉床が動くことによりごみを連続的に供給できる可動式の焼却炉を一般的にストーカ炉と呼ぶ。同施設の処理能力は90トン/24時間であった。)2基が竣工した。
(ウ) さらに、人口増加に伴うごみ量の増加だけでなく、生活水準の向上に伴うごみ質が変化し、1人当たりのごみ排出量も急速に増加したことから、これに対応するため、所沢市は、昭和62年1月、西部清掃事業所において、C系炉(准連続燃焼式流動床炉)(准連続炉とは、1日16時間程度の運転を基本とし、ごみを連続的に供給できる。同施設の処理能力は50トン/16時間であった。流動床炉については、後述する。)が竣工した。
イ 本件各焼却炉の設置状況
(ア) 上記の機械化バッチ式焼却炉4基が老朽化し、建替時期を迎えたため、所沢市は、別の敷地において、新たな清掃事業所を建設しようとしたが、用地取得や住民同意の問題から、既存敷地内において、更新施設を建設することとなった。
更新施設については、敷地面積に制限があり、また、既存のC系炉と同様のプラントの方が、操作も容易と考えられたことなどから、C系炉と同様の流動床炉を建設することとなった。
(イ) 所沢市は、昭和62年12月23日、荏原製作所との間で、本件各焼却炉(准連続燃焼式流動床炉、処理能力は49トン/16時間である。)の建設工事(工事名「所沢市西部清掃工場建設(更新)工事」、以下「本件更新工事」という。)の請負契約を、代金22億1000万円で締結し、平成元年3月、本件各焼却炉が竣工した。
ウ 本件各焼却炉設置後、本件改造工事に至るまでの状況
(ア)a 厚生省は、平成2年12月、ダイオキシン削減に向けた一酸化炭素濃度や焼却炉出口排出ガス中の酸素濃度など運転管理のための維持管理基準などが盛り込まれた「ダイオキシン類発生防止等ガイドライン(旧ガイドライン(〔証拠略〕))」を発表した。
b 所沢市は、平成6年、旧ガイドラインをもとに、C系炉について、焼却炉の上部(炉頂部)にあるガス冷却室を分離して設置し(分離したことで、二次燃焼のための滞留時間を2秒以上確保でき、燃焼改善が図られることとなる。)、電気集塵器をろ過式集塵器(バグフィルター)に変更する(ダイオキシン類の再合成挿制に効果があるとされている。)などの基幹的整備を行い、排ガス中のダイオキシン類濃度の低減化を達成した。
(イ)a 厚生省は、平成9年2月、ダイオキシン類濃度の更なる低減化のため、「ごみ処理に係るダイオキシン類発生防止等ガイドライン(新ガイドライン(〔証拠略〕))」を発表した。その内容は、緊急対策規準として、排出濃度80ng―TEQ/Nm3を暫定基準とし、恒久対策規準として、既存焼却炉については、将来的にダイオキシン類の排出濃度を1ng―TEQ/Nm3とするものであった〔なお、n:ナノは、10億分の1を示す。TEQ(Toxic Equivalents:毒性等量)とは、ダイオキシン類は、異性体ごとに毒性が異なるので、その毒性を評価する際には、異性体のうちでも最強の毒性を示す2、3、7、8―四塩化ジベンゾパラジオキシン(2、3、7、8―TCDD)の毒性に換算するのが一般的であるところ、毒性換算後の値を示す。N:ノルマルは、0℃、1気圧における気体の状態を示す。〕。
b 所沢市は、平成9年8月から、緊急対策の暫定基準を達成するための対策として、新たに活性炭噴霧装置を設置し、A・B・C系の3炉に噴霧することでダイオキシン類の低減化を図った。
エ 本件改造工事に至る経緯(〔証拠略〕)
平成9年12月、「廃棄物処理及び清掃に関する法律政省令」の改正により、平成14年12月1日までに恒久基準5ng―TEQ/Nm3以下(西部清掃事業所の場合、2から4トン/時間である。)が示され、さらに、「所沢市ダイオキシン類等の汚染防止に関する条例」により、上記の法令による平成14年12月までに80ng―TEQ/Nm3という規制を前倒し、平成12年12月までに40ng―TEQ/Nm3という規制値が設定された。
そこで、所沢市は、平成10年度から平成12年度にかけて、本件各焼却炉の基幹的整備(一部C系炉改修を含む)をする必要があるとして、本件改造工事をすることとした。
(3) 本件各焼却炉によるごみ処理の概要(平成12年9月現在、〔証拠略〕)
所沢市内の各家庭から排出された「燃やせるごみ」は、本件各焼却施設内のごみピット(ごみ貯留槽)に投入され一時貯留される。ごみピット内では、ごみクレーン(天井走行型)が設置されており、搬入ごみの移動、焼却前の処理として水分調整やごみを均質化して安定燃焼を図るための攪拌作業を行い、ごみクレーンにより焼却炉内に投入される。
焼却部炉の入口には、各炉に一基ずつ給塵装置が設置されており、これによりごみ袋を破袋し、ごみをほぐした後、焼却炉内に定量供給していく。
焼却炉内温度は、800から850℃に維持されており、これにより投入されたごみを完全に焼却する。焼却されたごみは、灰と排ガスになるが、灰を含んだ排ガスについては、炉頂部に設置された水噴射式ガス冷却室(炉頂一体型ガス冷却室)で250℃程度に減温し、煙道中で排ガス中のダイオキシン類を吸着除去するため粉末活性炭を噴霧した後、電気集塵器で灰を捕集する(電気集塵器は、300℃程度の運転が効率的であり、腐食防止のためにも望ましいが、この温度帯は、ダイオキシン類が最も再合成されやすい温度帯であることが判明したため、旧ガイドライン以降は、排ガス温度を280℃程度に、新ガイドライン以降は、集塵器入口温度を250℃程度で運転している)。
電気集塵器で集めた灰は、重金属捕集剤(キレート剤)を使用して無害化処理した後、市内の北野一般廃棄物最終処分場へ埋立処分している。また、電気集塵器で清浄された排ガスは、誘引送風機により高さ59mの煙突から大気中に排出される。
(4) 本件改造工事について
ア 本件改造工事の概要(〔証拠略〕)
(ア) 本件各焼却炉は、従来、炉頂部で水を噴霧して排ガスを冷却し、冷却した排ガスを電気集塵器で捕集する方式であったところ、本件改造工事により、ダイオキシン類発生抑制対策として、排ガスを炉内部ではなく、炉外部に設けた冷却室で冷却し、200℃以下にまで下げ、集塵についても、ろ過式集塵器(集塵効率は、200℃以下で高いとされる。)に変更することとされた。
被告は、上記改造により、炉頂部で水を噴霧しなくなることから、炉内部を850℃以上の温度で維持することができ、従来よりも燃焼が安定し、さらに、炉頂部が二次燃焼室となり、燃焼ガスの滞留時間が長くなるため、完全燃焼もより促進され、また、炉外部の冷却室において、200℃以下に冷却するため、排ガスにおいて、ダイオキシン生成環境となる300℃前後の状態を、極めて短時間とすることができること等から、ダイオキシン類の生成を抑制し、さらに、微少でも発生したダイオキシシ類については、より集塵効果が高い、ろ過式集塵器を設置し、その前で排ガスに活性炭を吹き付けることにより、ダイオキシン類を活性炭に吸着させ、その活性炭を効率良く集塵器で集塵できるため、ダイオキシン対策に極めて有効な効果が期待できると説明している。
(イ) さらに、被告は、本件改造工事により、低温加熱脱塩素化装置(飛灰に含まれるダイオキシン類を低酸素状態で加熱し、ダイオキシン類を脱塩素化することにより灰中のダイオキシン類の95%以上を分解してしまう装置)と触媒脱硝装置(窒素酸化物とダイオキシン類を触媒を通過させることで分解してしまう装置)を新設し、ダイオキシンの削減を図ることを予定した。
(ウ) 本件改造工事完成後の自主規制値は、ダイオキシン類0.1ng/TEQ―Nm3以下(国の規制値では、5ng/TEQ―Nm3以下、新ガイドラインでは1ng/TEQ―Nm3以下とされている。)、煤塵量0.02g/Nm3以下(国の規制値では、0.15/Nm3以下とされている。)、硫黄酸化物30ppm以下(国の規制値では、41.84ppm以下とされている。)、塩化水素50ppm以下(国の規制値では、700ppm以下とされている。)、窒素酸化物90ppm以下(国の規制値では、180ppm以下とされている。)、一酸化炭素50ppm以下(国の規制値では、100ppm以下とされている。)を予定している。
(エ) その他、本件改造工事では白煙防止装置(白煙は排ガス中に気化している水分が外気に触れて冷却され霧滴となり白煙に見えるので、熱風を加えて乾燥させ霧滴の発生を防ぐ装置)を新設することとした。
イ 本件改造工事の予算状況
本件改造工事は、平成10年度から平成12年度の施行の予定であり、平成10年3月の市議会において、上記工事の総事業費45億366万円で本会議において最終的に可決され、確定した。この改造工事費45億366万円の予算は、地方自治法212条に規定される「継続費」として3ヵ年分(年割額は、平成10年度3億3285万円、11年度33億1611万円、12年度8億5470万円である。)が認められた。
ウ 本件改造工事の契約締結状況(〔証拠略〕)
本件改造工事の入札は、平成10年4月8日付けで、厚生省から国庫補助金(平成10年度分3億3285万円)の内示通知を受け、上記のとおり、所沢市における予算も確定していたため、平成10年度指名競争入札を実施し、荏原製作所北関東支店が落札し、同社との間で、平成10年9月、仮契約を締結した。
しかし、上記仮契約後、ごみ焼却場工事をめぐり、荏原製作所を含む焼却炉メーカー11社の談合疑惑が生じ、公正取引委員会の立入調査が行われるとの報道があったことから、所沢市は、上記仮契約を解除した。
その後、所沢市は、平成11年2月2日、制限付一般競争入札を実施し、再度、荏原製作所北関東支店が41億2650万円(工事費39億3000万円と消費税額1億9650万円)で落札した。
所沢市は、平成11年2月3日、荏原製作所北関東支店と仮契約を締結し、同月11日、市議会本会議において承認され、同月12日、本契約を締結した。
(5) 本件支出(〔証拠略〕)
被告は、平成10年度予算及び契約に関する市議会の議決に基づき、平成11年2月12日付けで、継続費として41億2650万円の支出負担行為をした。
被告は、平成10年度分の支出については、同日付けで3億2650万円の支出負担行為をしたが、平成10年度国庫補助金の追加の交付決定により、平成11年3月1日付けで、支出負担行為額を19億1294万7000円に変更し、同月30日付けで、9450万円の支出命令をした。そして、所沢市は、同年4月23日、荏原製作所に対し、9450万円を支払った(支出負担行為額と支出命令額の差額18億1844万7000円については、継続費逓次繰越として、平成11年度に繰り越された。)。
(6) 監査請求等
ア 原告らは、平成11年7月28日、所沢市監査委員に対し、所沢市が荏原製作所に対する本件公金支出により被った請負代金相当額の損害の補填を求める住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたが、同監査委員は、同年9月22日付けで、本件監査請求を棄却し、その頃、原告らに対し、その旨を通知した。
イ そこで、原告らは、平成11年10月21日、所沢市に代位して、本訴を提起した。
3 当事者の主張
(1) 原告ら
本件各焼却炉は、建設当初から、構造上の欠陥を有していたものであるから、被告は、荏原製作所に対し、かかる構造上の欠陥を有する焼却炉を設計・製造したことによる責任を追及することができた。
本件改造工事は、本件各焼却炉の構造上の欠陥に起因する燃焼状態の改善を主な目的とするものであるから、被告は、荏原製作所に対し、上記の責任を追及し、本件改造工事の主要な部分を荏原製作所の責任で行わせることが可能であったのであり、また、本件改造工事費用は高額でもあるから、本件公金支出は、所沢市が負担する必要のない支出であり、無駄な公金支出というべきであるから、地方自治法2条2項、地方財政法4条に違反し、違法である。
ア 構造上の欠陥について
本件各焼却炉は、水蒸気爆発が生じやすく、また、不完全燃焼となりやすい構造であり、欠陥がある。
(ア) 水蒸気爆発が発生しやすい構造
a 欠陥構造
本件各焼却炉は、炉頂部に炉と一体型の水噴射式の排ガス冷却室を設けているため、ガス冷却室に付着して冷却水の噴射により、水分を含んだ焼却灰が焼却炉に落下し、水蒸気爆発を起こしやすい構造となっていた。
b 欠陥構造に基づく不具合
上記の欠陥構造を採用したことにより、本件各焼却炉のうち、B系炉において、竣工後間もない平成元年4月及び5月において、爆発事故が発生し、さらに、A系炉も、同年12月に、爆発事故が発生している。
(イ) 不完全燃焼となりやすい構造
a 3欠陥構造
元来、汚泥を焼却する炉として開発された流動床炉は、ごみ質が不均等な都市ごみでは安定した焼却を維持することは難しいところ、本件各焼却炉においては、さらに、流動床炉の前処理として設置されている破砕機を省略し、炉頂型の冷却室方式を採用したことにより、焼却室が狭く、炉内に燃焼ガスを冷却する水が多量に噴霧される結果、炉内温度そのものが低下し、不完全燃焼を起こす構造となっていた。
b 欠陥構造に基づく不具合
上記の欠陥構造を採用したことにより、本件各焼却炉においては、不完全燃焼が発生し、(a)炉内圧力の上昇に伴う火災報知器の作動や、給塵機内に炉内の火が入るなどの火災事故、電気集塵器の異常など、炉内の不完全燃焼を示す事故が多発し、(b)一酸化炭素、ダイオキシンなど有害な化学物質が大量に発生し、(c)本件各焼却卸炉は、16時間運転の准連続炉として搬入されたにもかかわらず、24時間炉として運転する事態に陥っている。
(ウ) 平成10年、所沢市議会厚生常任委員会が作成した「特定事件 西部清掃事業所の焼却炉の件についての報告書」(以下「本件報告書」という。〔証拠略〕)について
本件報告書において、同委員会は、本件各焼却炉において、上記爆発事故が発生し、煤塵量、熱灼減量、一酸化炭素濃度が仕様書を達成していないことから、本件各焼却炉は、「欠陥炉」であるとしている。
(エ) 荏原製作所製造の流動床炉の運用実態について
荏原製作所製造の本件各焼却炉と同じ流動床炉は、所沢市を含め、16の地方自治体・事務組合に納入されており、そのうち、15自治体が、炉頂型の冷却室を採用しているが、6施設で爆発事故が発生し、平成14年度からのダイオキシン類の排出規制を達成できないこと等を理由に、5自治体が施設を廃止することを決定しており、炉頂型を採用している15自治体のうち、8自治体が構造上の改造を強いられており(改造のうち最も多いのが炉頂型のガス冷却室を廃止し、別置型とし、炉に二次(後)燃焼室を新設するというものであり、この改造を行ったのは7自治体であった。)、荏原製作所の流動床炉が、極めて大きな構造上の欠陥を有していたことが窺われる。
イ 高額に過ぎる本件改造工事費用の違法
(ア) 本件改造工事費用は、39億3000万円(更新炉の建設費用は、22億1000万円である。)であり、1トン当たり約4100万円であるが、一部改修工事であり、本件施設には、これまでに補修費として、20億円を支出されていることに照らせば、不相当に高額である。
(イ) 本件改造工事は、平成10年9月に荏原製作所が落札し、所沢市が荏原製作所との間で仮契約を締結したが、同社を含む大手11社に談合疑惑が生じたことから、仮契約は解除された。その後、平成11年2月に再び入札が行われ、荏原製作所が再度落札したものであり、この落札についても談合がなければあり得ないような不自然なものであった。
したがって、本件改造工事費用も、談合の結果である可能性がある。
(2) 被告及び訴訟参加人
原告らの主張は、いずれも争う。
ア 本件訴えは、所沢市の財務会計上の具体的な行為の違法性を問題にしたものではなく、焼却施設の設備の選択等市議会の議決をも包含する所沢市の清掃行政そのものの不当を主張するものであり、地方公共団体の財務会計上の違法な財務処理を要件とする地方自治法242条の2に定める住民訴訟の予定していない訴えであり、不適法な訴えとして却下されるべきである。
イ 本件施設において、構造上の欠陥はなく、荏原製作所の責めに帰すべき不完全履行はないから、本件公金支出は、適法である。
(ア) 構造上の欠陥の有無について
a 流動床炉と炉頂型ガス冷却室の組み合わせは、本件各焼却炉は、国の定めた厚生省の「ごみ処理施設構造指針」(以下「構造指針」という。)に適合し、国の審査を経た上で導入されたものであり、その計画・設計当時の基準では何ら問題はなく、設計上、構造上の欠陥に当たるものはない。
原告らが主張する構造的欠陥の根拠は、いずれも本件炉の完成後の後発的な社会的事象や、学術研究、技術、法規制等の変遷に基づくものであり、本件各炉が計画、設計された昭和60年当時の状況に基づくものではない。
b 水蒸気爆発が発生しやすい構造
(a) 欠陥構造とされる点について
炉頂部に炉と一体型の水噴霧式の排ガス冷却室を設ける構造は、水の噴霧により炉壁に付着した水分を含んだ焼却灰が炉床に落下することがあり、その結果、焼却灰の水分が蒸発して炉内圧が上昇することがあったとしても、それがいわゆる水蒸気爆発と呼ばれるような爆発現象に達するものではない。
本件各焼却炉は、上記のように、焼却灰の水分が蒸発して炉内圧が上昇した場合でも、これに十分耐えられる構造となっている。
(b) 欠陥構造に基づく不具合とされる点について
本件各焼却炉のうち、B系炉は、竣工後間もない平成元年4月及び5月において、A系炉も、同年12月に、電気集塵器入口部分のダクト溶接部の破損事故が発生しているが、B系炉の破損事故については、何らかの原因による炉圧内の上昇、また、A系炉の破損事故についてはプロパンガスボンベ等の誤混入による異常燃焼が原因であると推測されている。
いずれの場合も、圧力の上昇(予想されている圧力の範囲であった。)した排ガスにより、電気集塵器の入口ダクトの接続部分の溶接不良ないし脆弱であった溶接箇所を破断させたにすぎず、初期不良の範囲内の破損事故であって、本件各焼却炉の構造上の欠陥を原因とするものではない。
破断箇所の補修後、本件各焼却炉においては、10年間、同様の事故は発生しなかったのであるから、構造上の欠陥炉はないというべきである。
(イ) 不完全燃焼となりやすい構造
a 欠陥構造とされる点について
(a) 流動床炉は、炉内で旋回している600℃から700℃の高温の砂の中にごみを投入し、短時間に燃焼させる構造となっており、水分の多いごみでも短時間に乾燥して燃焼するので、低カロリーのごみからプラスチック等の高カロリーのごみまで幅広いごみ質に対応することが可能であり、また、ごみ量の変動についても、許容量を超えてごみを投入するようなことをしなければ、ごみの量が多くても少なくても炉内の砂の旋回は一定であるため、燃焼状態に変動を起こし難い構造であり、不完全燃焼を起こす構造ではない。
(b) 破砕機の省略について
本件各焼却炉において、ごみを投入する際に、破砕機という特別の装置を設けなかったが、実際には、らせん状の歯の付いた2本の平行する軸の回転によりごみ袋が破袋され、その後、焼却炉内に定量供給されているのであって、無破砕ということではなく、不完全燃焼の原因となるものではない。
(c) 炉頂型冷却室の冷却水について
炉頂型ガス冷却室の冷却水は、ガス冷却室内の排ガスの温度を下げるためのものであり、具体的には冷却室壁に設置しているガス冷却水噴霧ノズルにより、排ガスを集塵器入口温度条件にまで下げるよう制御を行っているところ、燃焼室内の温度制御は、炉頂噴霧ノズル及び炉床注水ノズルからの水噴霧等で行っている。
したがって、ガス冷却室と燃焼室の温度制御は、全く噴霧位置から別々の噴霧ノズルで行うよう設計されており、ガス冷却室の冷却水が燃焼に悪影響を及ぼすことはないというべきである。
b 欠陥構造に基づく不具合とされる点について
(a) 一般廃棄物焼却炉のようなプラントで焼却するごみは、家庭などから発生する様々な性状のごみであり、その処理過程においては、運転管理上様々な状況に対応するため、炉を一時停止することもあるが、その全てがトラブルというわけではなく、不完全燃焼の根拠とはなるものではない。
(b) 平成元年当時、一酸化炭素濃度について、未だ排出基準等はなく、煤塵量、硫黄酸化物、窒素酸化物、塩化水素については、大気汚染防止法上の排出基準が存したものの、本件各焼却炉の煤煙測定結果は、いずれもこれらの基準を満たしており、不完全燃焼を示すものはなかった。
平成6年のダイオキシン類測定値は異常に高い数値を示しているが、前年及び翌年のデータとの比較、炉形式も異なり、燃やしたごみ収集場所も異なる東部清掃事業所のデータも同様に異常に高いこと、同時点の一酸化炭素排出データに異常は認められないことなどから、実際の排出量がこのような数値であったかどうか疑問がある。
(c) 本件各焼却炉は24時聞連続運転を行っているが、これは、本件各焼却炉の能力としても、1日16時間の准連続式の焼却炉であっても、同じ単位時間当たりの量の範囲内であれば、24時間連続運転が可能であり、近年においては、燃焼が開始した最初の立ち上がりの時間帯及び燃焼を止める立ち下がりの時間帯が、燃焼温度が低いためダイオキシンを生成しやすいことが判明したことから、厚生省から、点検時以外は連続運転するようにとの指導があったため、行われているものであり、不完全燃焼を原因とするものではない。
(ウ) 本件報告書について
本件報告書は、所沢市の上記委員会に所属する議会が作成したものであり、専門家の評価ではなく、いわば厚生常任委員会の意見という性質のものであるから、本件報告書のみによって、本件各焼却炉に欠陥があると認定することはできない。
(エ) 原告らが本件炉と同形式の流動床炉を導入した施設(所沢市を含め16施設)の運用状況を調査した表の内容について、被告らがその内容が事実か否かを各自治体・組合に改めて照会し確認した結果は、〔証拠略〕のとおりであるところ、他の自治体において発生した事故は、焼却炉の構造によるものではなく、焼却炉を廃止する理由も、焼却炉の欠陥の根拠となるものではなかったのであり、荏原製作所の流動床炉が、極めて大きな構造上の欠陥を有していた根拠となるものではない。
ウ 本件改造工事は、新ガイドライン及び廃棄物処理法政省令の改正(〔証拠略〕)に基づいて、平成14年12月から施行されるダイオキシン類削減のための構造基準及び維持管理基準等の既存焼却炉に対する運営面での規制並びにダイオキシン類排出規制値に適合させるために実施したのであり、荏原製作所の不完全履行による焼却炉の欠陥を改善する目的でなされたものではない。なお、本件各焼却炉が竣工した平成元年当時は、ダイオキシン類の問題について一般的に意識されておらず、またその生成についても未解明な部分が多く、本件各焼却炉の設計において特段意識されることはなかった。
エ 本件改造工事費用について
(ア)a 原告らは、平成元年に竣工した本件各焼却炉の価格と本件改造工事の価格を比較するが、平成元年と現在の価格とでは、経済の変動や貨幣価値の変動があり、単純に比較することはできない。
本件改造工事は、本件各焼却炉の改造だけではなく、加熱脱塩素化装置・触媒脱硝装置・白煙防止装置の新設、管理棟・工場棟の増改築、煙突の建て直し、電気計装制御設備・クレーン等老朽化している附帯設備の更新など様々な工事を行うものであり、本件改造工事費が異常に高いということはできない。
b これまでの修繕費用は、故障による補修費ではなく、施設を維持するために必要なメンテナンス費用や、C系炉の排ガス処理施設整備費用であり、本件改造工事と重複するものではなく、本件改造工事費用の算出に当たり考慮すべき事項ではない。
c 本件改造工事の費用は、コンサルタント会社を入れ、仕様書を基にプラントメーカー数社から見積りを提出させた上で、それらの見積りを勘案し、コンサルタントとともに適正な額を算、し、契約金額についても、議会で審議し、議案質疑を行い、さらに常任委員会に付託され、そこで審議が行われて可決され、さらに、県へ提出した整備計画書も国(厚生省)で受理され、国庫補助金として県から内示を受けたものであり、本件改造工事費用の算定は、客観的な手続を踏まえたものである。
(イ) 本件改造工事の入札手続については、談合疑惑が生じたため、社会的影響を考慮して仮契約を解除した経緯があるが、その後、一定の条件(清掃施設工事等の等級Aを有し、建設業法15条の特定建設業の許可を受けている者で、かつ平成3年度以降において流動床炉を元請として施工実績があること)を満たす業者に限定して、制限付一般競争入札を行い、入札執行に当たっても、参加申込者に対し、不正行為を行わないことを趣旨とする「警告文」を発し、入札時に不正行為がなかったことを趣旨とする「誓約書」の提出を求めるなど、特段の配慮をした。
本件改造工事の入札は、上記のように厳格に行われた結果、荏原製作所が再度落札したものであり、所沢市契約規則(〔証拠略〕)等の法令に沿って適正な手続を経ているのであるから、何ら違法なものではない(〔証拠略〕)。
オ そもそも原告らの主張する本件各焼却炉建設当時の欠陥は、被告が市長に就任する以前の問題であり、本訴請求の根拠とならないものである。
第3 争点に対する判断
1 本案前の答弁について
原告らは、本件支出が、財務会計法規の定めに違反して行われているために違法と主張するものではなく、地方公共団体の事務処理に関する地方自治法2条2項、地方財政法4条に実質的に違反すると主張するものであるところ、地方公共団体がその事務を処理するのに必要な費用を支出する行為についても、それが不要、不急の費用であることが明らかであるとみられるようなときは、その費用の支出行為が、不当とされるにとどまらず、違法とされるという場合も考えられないではないから、本件訴えも不適法な訴えということはできない。
2 事実関係の補充
〔証拠略〕によれば、更に、次の事実を認めることができる。
(1) 本件各焼却炉(〔証拠略〕)
ア 本件各焼却炉の炉形式は、いずれも准連続燃焼式流動床炉である。
流動床炉とは、炉内を高温の砂が旋回しており、その砂にごみが触れることで短時間に焼却させる方式の炉であり、特徴としては、<1>高い燃焼効率によって熱灼減量が小さくなること(灰に未燃焼分がほとんどなく、乾いた状態となる。)、<2>炉が瓶状に縦型となるため、施設がコンパクトとなること、<3>不燃物の取り出しが自動的に行われるため、容易となること、<4>炉内に可動部分が無いため故障が少ないこと、<5>灰を水によって冷却する必要がないため廃水処理施設が不要となること、<6>炉内の砂が冷えにくいことから、再始動が容易であること等が挙げられる。
流動床式燃焼装置は、構造指針において認められた形式であった。
イ 本件各焼却炉は、具体的には、荏原製作所製造のTIF旋回流型流動床焼却炉であるところ、その概要は、次のとおりである(〔証拠略〕)。
(ア) 構造
a 一般の流動床炉では、上下の流動化だけにとどまり横方向の動きが少なく、廃棄物の投入口に近い所の炉床面の燃焼密度が高くなりがちであり、燃焼密度が不均一となるため、流動状態の不均一、流動層温度の変動、及びクリンカ発生の不安があるところ、旋回流型流動床焼却炉の場合、炉床の傾斜と流動化の強弱とディフレクタによる旋回流によって炉床面全体が均一な燃焼密度になり、安定した完全な燃焼効果が得られる。
b 焼却炉とガス冷却室の一体化構造
従来は、焼却炉とは別置にガス冷却室を設置していたところ、炉出口上部にガス冷却室を設置する、焼却炉・ガス冷却室一体化構造方式となっている。
すなわち、焼却炉からガス冷却室へと排ガスは、1から2m/秒の非常に遅い速度で上昇するため偏流はなく、噴霧水と排ガスの接触、効率が高まり、ガス冷却室の内容積を噴霧水の蒸発に対して無駄なく使用できることとなる。
また、従来の下向流のガス冷却室のようなダクト堆積がないので、ダクトの排出機構が不用になり灰搬出コンベアが簡略化され、メンテナンスも楽になる。煙道中の圧損が減少する結果、誘引送風機の圧力を減少させることができ、その分、動力費を減少させることができる。
なお、焼却炉一体型ガス冷却装置は、構造指針において認められた形式であった。
c 無破砕焼却
一般の流動炉では、上下の流動化だけにとどまり、横方向の動きが少ないため、砂中でのごみの拡散効果は少なく、ごみは破砕し、細分化してから分散供給することが必要となり、無破砕ごみによる焼却は困難であった。また、大型炉になるほど、ごみを更に分散して供給することが必要となるので、大型化も容易でないと考えられていた。
しかし、TIF旋回流型流動床焼却炉では、移動層と流動層の組み合わせによる旋回流の効果により、大きなごみも常に砂中で動いており、砂を局部加熱することなく、均一に砂中で拡散焼却させるとともに、大きな不燃物も砂の横移動により、不燃物排出日に容易に寄せ集められ、また、給塵装置は、特殊2連スクリュ式を使用し、炉が安定運転を行うために必要なごみ供給の連続性・定量性を確保するだけでなく、必要とされる程度の破袋機能を有している。
(イ) 特徴
本件各焼却炉の特徴は次のとおりである。
a 高い燃焼効率
残渣の熱灼減量は、0.5%以下と完全に燃焼し、回収される灰は、機械炉に比較して灰の量も少なく、乾いた状態で取り出されるため、衛生的な取扱いが可能となる。
完全に燃え尽きた飛灰は、ガス冷却室(又はボイラ)及び電気集塵器によって捕集される。
完全に燃え尽きた残渣(不燃物)は、不燃物取出しコンベアから乾燥状態で取り出されるため、機械炉のように汚水、悪臭はない。
b 安定した焼却温度
炉上部ガス温度も流動層温度も安定しているため、<1>制御性が良く、自動運転が容易であり、<2>ごみの性状の変化や、負荷変動に容易に追従できる、<3>流動層温度が均一であるため、クリンカトラブルがないこととなる。
c 不燃物の取出しが容易
炉床が傾斜しており、流動砂は、炉床の傾斜方向に沿って流れるような旋回を形成するため、不燃物は、自然に不燃物排出日に寄せ集められる。砂は、ここで下から吹き上げる強い空気により不燃物と空気分散され、再び旋回を繰り返す。寄せ集められた不燃物は、不燃物取出しコンベアによって自動的に炉外へ排出される。
d 前処理設備の簡略化
TIF型旋回流型焼却炉は、移動層と流動層の組み合わせによる旋回流の効果により、ごみを細かく破砕する必要がないので、大幅に前処理設備を簡略化することができ、<1>従来のような大きな馬力をもつ破砕機が不要であるため、ランニングコストが低くなり、<2>騒音やメンテナンスの配慮や、破砕ごみの貯留設備が不要となり、<3>ごみはクレーンにより直接給塵装置に供給できるため、コンベア類がないので、ごみの荷こぼれ・散乱がないこととなる。
以上のように、従来の流動床炉の前処理工程の機構を大幅に簡素化したので、維持管理費の低減とともに、安全で衛生的で作業環境の良い焼却設備とすることができる。
e 炉内に機械的可動部分がない
ごみを攪拌・移動するためのストーカに代わり、空気と流動砂によりごみを攪拌・移動するため、炉内に機械的可動部分がなく、故障の発生がない。
f 排水処理設備が不要
機械炉のような、重金属を含む灰冷却排水が出ないため、特別な排水処理が不要となる。
ごみピット汚水やその他の排水は炉内で蒸発酸化処理されるため、排水処理は、主に生活排水の簡単な処理となる。
g その他
(a) 熱媒体(砂)が冷えにくく、再始動が容易なため、重油の消費量が少なく済む。昼間だけのバッチ運転も、翌日の運転は、数分程度で始動できる。
(b) 低空気過剰率で運転できるため、ガス処理設備が小さくて済む。
(c) 炉床が矩形をしているため、流動パターンを変えることなく、モジュールの組み合わせによって大型化が可能である。
(ウ) 本件各焼却炉は、同じ単位時間当たりの量の範囲内であれば、24時間連続運転が可能なものであった。
また、燃焼が開始した最初の立ち上がりの時間帯及び燃焼を止める立ち下がりの時間帯が、燃焼温度が低いためダイオキシンを生成しやすいことが判明したことから、厚生省においても、点検時以外は連続運転するようにとの指導がなされていた。
(2) 本件各焼却炉設置当時の状況
ア 本件各焼却炉の構造の採用理由(〔証拠略〕)
所沢市が、本件各焼却炉において、流動床炉と炉頂型ガス冷却室を採用したのは、(ア)高い燃焼効率により熱灼減量値(熱灼減量値とは、ごみ焼却残渣中に残っている未燃分の重量%を表す値である。)が少ないこと、(イ)施設がコンパクトにできること、(ウ)再始動が容易にできること、(エ)不燃物の取出しが容易であること等であった。
そのうち、特に(ア)と(イ)の点が主な理由であるところ、(ア)については、熱灼減量値(熱灼減量値は、焼却処理における無害化、安定化の程度を示す指標であり、本杵各炉の建設当時は、焼却炉の性能における優劣の判断基準としてダイオキシン類濃度や一酸化炭素濃度という概念はなく、熱灼減量値が重要視されていた。)が少ないことから、きれいな焼却灰となり、埋立処分に際して費用面・衛生面で有利となり、(イ)については、西部清掃事業所において、敷地面積の制限に対応できると判断したものである。
イ 本件各焼却炉設置当時の焼却施設に係る排ガスの排出基準、環境基準等
(ア) 一酸化炭素について(〔証拠略〕)
本件各焼却炉設置当時、一酸化炭素濃度については、未だ排出基準等は存しなかった(なお、旧ガイドラインにより、准連続炉の既設炉の目標値が初めて示された。)。
(イ) 煤塵量、硫黄酸化物、窒素酸化物、塩化水素について(〔証拠略〕)
本件各焼却炉設置当時、煤塵量、硫黄酸化物、窒素酸化物、塩化水素については、大気汚染防止法における廃棄物焼却炉に係る排出基準があり、煤塵が0.5g/Nm3、窒素酸化物が250ppm等の基準が存していたが、本件各焼却炉の上記化学物質の排出に関する測定結果は、いずれも上記の基準を達成していた。
(ウ) ダイオキシン類について(〔証拠略〕)
本件各焼却炉設置当時、ダイオキシン類については、厚生省が昭和59年に開催した「廃棄物処理に係るダイオキシン類専門家会議」において、まとめられた報告書が存する程度であった。同報告書では、廃棄物処理に係るダイオキシンの問題を考察するため人体への評価指針を100pg―TEQ/kg/day(1日許容摂取量)とし、焼却処理に伴う一般市民及び施設職員への影響については、現段階では健康に影響が見出せないレベルであると結論付けるにとどまっており、具体的な規制値の設定はされなかった。
(3) 本件各焼却炉の引渡について(〔証拠略〕)
本件各焼却炉は、平成元年3月に竣工し、試運転及び第三者測定機関の測定を含む引渡性能試験を経た。
引渡性能試験は、当時の仕様書に基づいて行われたものであり、所沢市は、本件各焼却炉が仕様書どおりの性能と基準を満たしていることを確認した上、引渡しを受けた。
本件各焼却炉建設当時は、一酸化炭素やダイオキシン類基準値は存在しなかったため、当時の仕様書や引渡性能試験の性能保証事項に一酸化炭素やダイオキシン類の項目はなかった。
(4) 電気集塵器事故について(〔証拠略〕)
ア B系炉において、平成元年4月14日及び同年5月12日、A系炉において、同年12月26日、電気集塵器入口部分の破損事故が発生した(以下、一括して「本件各事故」という。)。
本件各事故以降、平成11年10月29日に、本件各焼却炉電気集塵器破損事故が発生するまでは、同様の事故は発生しなかった。
イ 上記の各事故について、事故原因の調査が行われたが、各調査結果は、いずれの場合も、何らかの原因による炉内の圧力上昇により、電気集塵器入口部分の接続部分の溶接不良ないし脆弱であった溶接箇所を破断させたものと推測されているが、本件各焼却炉の構造自体に問題があるとする指摘はなされなかった。
ウ 平成11年の事故調査においては、本件各焼却炉のガス冷却室の付着灰が、多量の水分を含んだ状態で、炉床に落下し、一気に蒸発し、この時の体積膨張により異常圧力上昇を引き起こした可能性があることを指摘しているが、付着灰の落下の単独の影響については、炉内圧力の上昇に限界があるため、正常な状態の電気集塵器に破損を及ぼすとは考え難いとされた。
(5) 本件報告書について
ア 前記のとおり、所沢市議会厚生常任委員会は、平成10年、本件報告書をとりまとめたが、本件報告書の中で、本件各焼却炉の性能に関して、問題点として、次のような指摘がなされた。
「<1>1989年4月14日、完成間もないB系炉が第1回目の爆発事故、1か月後の5月12日に2回目の爆発、A系炉も同年12月26日に爆発事故発生という事実、また、煤塵量・熱灼減量・CO濃度が炉の仕様書をクリアしていない事実は『欠陥炉』といわざるを得ない。
<2>安全弁設置も、当初から白い霧状の噴出物や焼却灰が噴出したために設置したのだが、すぐに撤去したりまた設置されたりしていた試行錯誤の中で、爆発事故が起きてしまった炉であったことが判明しており、メーカーの責任は重大である。
<3>ABC系炉とも16時間運転の準(准)連続炉として納入したにもかかわらず、荏原製作所も承知のうえで24時間連続炉として運転させていた事実は、ごみ量が増えただけの問題でなく、炉の燃焼性能にも原因があったと判断せざるを得ないのである。
<4>荏原製作所の参考人は、「ダイオキシンガイドラインや厚生省通達などは絶好のセールスチャンスです」と答弁するなど、施設改修メーカー主導と言っても過言でない。しかも、ダイオキシンに関する認識もメーカーとしては問題があり、市の測定だけでなく、1996年の自社の測定時にも1574ナノグラムも検出していたこと、1997年ガイドラインに沿った全国一斉のダイオキシン検査では活性炭噴霧装置を着け、ごみを選びに選んで測定したことは、ごみ質を選ばないという仕様書に反しており、メーカーには責任がある。
<5>担当者は炉の爆発や24時間運転について、ごみ量の増加が原因であるような答弁に終始し、逆にメーカーをかばっているように受け取られかねなかったが、排ガス量が多いことも事実であったが、ごみ量は炉の能力を超えておらず、十分に処理できる範囲内であることが解明された。」
イ 本件報告書を受けて、荏原製作所は、平成10年7月17日、「埼玉県所沢市議会 厚生常任委員会『特定事件 西部清掃事業所の焼却炉の件についての報告書』に対する荏原製作所としての考え方について」と題する書面を作成した(〔証拠略〕)。
上記書面では、本件各焼却炉を欠陥炉とされたことについて、本件各焼却炉は、試運転及び第三者測定機関の測定を含む性能確認試験を経て、所沢市において、性能を十分に確認してから引き渡したもので、仕様書を満足していたこと、ダクト・電気集塵器の一部を破損した事実はあるが、初期トラブルであり、3件の事故後、事故は発生しておらず、本件各焼却炉が壊れたわけではなく、現在も建設時の状態で正常に運転していること、本件各焼却炉は、ダイオキシンガイドラインが設定される前に建設されたことなどを指摘している。そして、荏原製作所としては、メーカーの主たる責任は、契約における客先仕様書の遵守、納入施設の瑕疵担保責任であると考えており、施設の運営維持管理については、主たる責任は所沢市にあり、メーカーはそれをサポートする立場にすぎないとしている。
ウ 平成11年所沢市議会第1回臨時会において、本件改造工事の請負契約締結が議案とされ、本件報告書において、欠陥炉とされたことを踏まえて、議案質疑がなされたが、前記のとおり、平成11年2月11日、本件改造工事契約が承認された。
(6) 本件改造工事の目的(〔証拠略〕)
所沢市は、上記のとおり、新ガイドライン及び廃棄物処理法政省令の改正により、ダイオキシン類削減のために設定された焼却炉の構造基準及び維持管理基準に、本件各焼却炉を対応させるため、本件改造工事を実施することとした。
(7) 本件改造工事費用(〔証拠略〕)
本件改造工事の費用は、コンサルタント会社を入れ、仕様書を基にプラントメーカー数社から見積りを提出させた上で、それらの見積りを勘案し、コンサルタントとともに適正な額を算出し、契約金額についても、議会で審議し、議案質疑を行い、さらに常任委員会に付託され、そこで審議が行われて可決され、さらに、県へ提出した整備計画書も国(厚生省)で受理され、国庫補助金として県から内示を受けた。
(8) 本件各焼却炉における修繕費用(〔証拠略〕)
本件各焼却炉に費やされた20億円の修繕費用の内訳は、約11億円が平成6年度に実施したC系炉改造工事(排ガス高度処理施設)及び新たな設備として灰固定化施設工事費用であり、約9億円が10年間の耐火物等関連機器の定期修繕、点検等のメンテナンスに費やされたものであった。年平均約1億円という額は、東部清掃事業所のストーカ炉と比較しても特に高いものではなかった。
(9) 本件改造工事の入札手続(〔証拠略〕)
本件改造工事の入札手続は、談合疑惑が報道されたため、社会的影響を考慮して仮契約を解除したが、その後、一定の条件(清掃施設工事等の等級Aを有し、建設業法15条の特定建設業の許可を受けている者で、かつ、平成3年度以降において流動床炉を元請として施工実績があること)を満たす業者に限定して、制限付一般競争入札を行ったものであり、入札執行においても、参加申込者に対し、談合等の不正行為を行わないことを趣旨とする「警告文」を発し、入札時に不正行為がなかったことを趣旨とする「誓約書」の提出を求めるなど、特段の配慮がなされた。
(10) 本件各焼却炉と同形式の流動床炉を導入した他の自治体・組合の焼却炉において発生した事故は、いずれも、焼却炉本体が損傷するような大規模なものではなく、その原因も運転管理上の問題であり、焼却炉の構造に基づくものではなかった。
また、上記焼却炉を廃止する自治体・組合も存するが、その廃止理由は、ごみ処理の広域化を理由とするものが多く、同焼却炉の欠陥の根拠とするものではなかった。
3 以上の事実関係のもとにおいて、原告らの主張につき検討する。
(1) 本件各焼却炉が構造上の欠陥を有していたことを前提とする主張について
ア 原告らは、本件各焼却炉は、建設当初から、欠陥構造を有していたのであるから、被告は、荏原製作所に対し、かかる構造を有する焼却炉を設計・製造したことによる責任を追及することができ、本件改造工事についても、荏原製作所に対し、上記の責任を追及し、本件改造工事の主要な部分を荏原製作所の責任で行わせることが可能であったと主張する。
イ しかしながら、原告らの上記主張はこれを認めるに足りる証拠がない。これを敷えんして説示すると、以下のとおりである。
(ア) 原告らは、本件各焼却炉が竣工した平成元年において、本件各事故が発生したことを主な理由として、本件各焼却炉は水蒸気爆発が発生しやすい構造であったと主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、本件各事故の原因については、事故後の調査においても、具体的に特定されておらず、炉頂部に炉と一体型の水噴霧式の排ガス冷却室を設ける構造に問題があるとされたものではないこと、本件各事故発生後、荏原製作所が、その負担で破損部分の修繕をしたが、原告ら主張の構造自体を特に改造しなかったものの、その後10年間、同様の事故が発生しなかったことからすれば、本件各焼却炉において、上記の構造が瑕疵であると認めることはできない。
(イ) また、原告らは、本件各焼却炉は、流動床炉でありながら、さらに破砕機を省略し、炉頂型の冷却室方式を採用した構造が不完全燃焼を引き起こし欠陥であると主張する。
しかしながら、上記認定のとおり、平成元年当時、規制値が設定されていた煤塵量、硫黄酸化物等の有害な化学物質の排出については、本件各焼却炉は、平成元年当時の基準を満たしていたのであり、本件各焼却炉が24時間炉として運転していたのも、不完全燃焼を原因とするものではなかったことが認められる。さらに、炉内圧力の上昇に伴う火災報知器の作動や、給塵機内に炉内の火が入るなどの火災事故、電気集塵器の異常などが、不完全燃焼を原因として、引き起こされたと認めるに足りる証拠もない。
以上によれば、本件各焼却炉において、そもそも不完全燃焼が発生していたと認めることはできず、上記の構造が瑕疵であると認めることはできないから、原告らの主張は採用できない。
(ウ) 原告らは、他の自治体が設置した荏原製作所製造の本件各焼却炉と同じ流動床炉において、事故が発生したり、廃炉とするなど構造上の改造を強いられていることから、荏原製作所の流動床炉が、極めて大きな構造上の欠陥を有していたことが窺われると主張するが、上記認定のとおり、上記の事故原因や改造の理由は、いずれも本件各焼却炉の構造上の欠陥に基づくものではなかったというべきであるから、この点の原告らの主張も採用できない。
(エ) 原告らは、本件報告書の存在を指摘するが、同報告書が本件各焼却炉を「欠陥炉」とした根拠とする爆発は、焼却炉そのものの爆発ではなく建設から1年以内のダクト、電気集塵器部分の破損であり、本来の性能部分は現在まで欠陥といえるほどの故障はなく、また、同報告書は、平成元年当時の契約当時のダイオキシン類対策等の基準において、本件各焼却炉に欠陥(瑕疵)が存するか否かを検討したというものではないことは明らかで、全体として同報告書が本件焼却炉を「欠陥炉」とした具体的根拠は乏しいといわざるを得ない。
(オ) また、原告提出の証拠中には、本件焼却炉のような流動床式焼却炉は、炉形式の異なるストーカ炉に比べ操業時の安全性やダイオキシン発生量において劣る面があり、炉頂型も炉温制御に問題を残し、全体として本件各焼却炉には欠陥がある旨の証拠(Aや原告X2の陳述書。〔証拠略〕)も存する。
しかし、これらの内容は流動床炉でもストーカ炉でもメリット、デメリットがあり、新ガイドラインをクリアーするためには流動床炉、ストーカ炉を問わず従来の炉については何らかの対策を行う必要があり、本件各焼却炉が流動床式であることから直ちにストーカ炉に比べ欠陥や問題があったとはいえない旨の所沢市清掃部次長Bの陳述書(〔証拠略〕)に照らし採用できない。また、A陳述書(〔証拠略〕)は、本件報告書と同様に、本件各焼却炉設置当時のダイオキシン類対策や一酸化炭素濃度の基準に照らして考察されたものではないことが認められる。そうすると、本件報告書やA陳述書(〔証拠略〕)などをもってして本件各焼却炉に欠陥があったと認めることはできず、他に本件各焼却炉に瑕疵が存すると認めるに足りる証拠はない。
(カ) 以上によれば、本件各焼却炉に瑕疵が存するとする原告らの主張を採用することはできない。
(2) 本件改造工事費用が不相当に高額であるとする主張について
原告らは、本件改造工事費用は、1トン当たり約4100万円であるが、一部改修工事であり、本件施設には、これまでに補修費として、20億円を支出されていることに照らせば、不相当に高額であると主張する。
しかしながら、前記の認定事実のとおり、本件改造工事は、本件各焼却炉の改造だけではなく、加熱脱塩素化装置・触媒脱硝装置・白煙防止装置の新設、管理棟・工場棟の増改築等老朽化している附帯設備の更新など様々な工事を行うものであること、これまでの修繕費用は、故障による補修費ではなく、施設を維持するために必要なメンテナンス費用や、C系炉の排ガス処理施設整備費用であり、本件改造工事と重複するものではないこと、本件改造工事費用は、コンサルタント会社とともに適正な額を算出し、契約金額についても、議会で審議された後、承認され決定されるなど、客観的な手続を経て決定されたものであること、前記のとおり本件各焼却炉に瑕疵はなかったのであるから、修繕費用について荏原製作所が負担すべき性質のものではないことからすれば、本件改造工事費用は不相当なものではないと認めるのが相当である。
原告らが、本件改造工事費用が不相当に高額であると主張する根拠は、いずれも他の施設と比較するものにすぎず、本件施設の内容を具体的に検討するものではなく、未だ上記認定を左右するものではない。
なお、原告らは、本件改造工事費用が、荏原製作所が関与した違法な談合の結果である可能性があると主張するが、本件改造工事の入札手続については、談合疑惑が生じたため、社会的影響を考慮して仮契約を解除した経緯があるが、その後、一定の条件を満たす業者に限定して、制限付一般競争入札を行い、入札執行に当たっても、参加申込者に対し、不正行為を行わないことを趣旨とする「警告文」を発し、入札時に不正行為がなかったことを趣旨とする「誓約書」の提出を求めるなど、特段の配慮をした経緯があり、この事実を認めるに足りる証拠も見当たらない。
よって、原告らの主張は、採用できない。
(3) 以上によると、本件公金支出は、適法な財務会計行為に基づきなされたものであり、何ら地方自治法2条2項及び地方財政法2条4項に違反するものではない。したがって、所沢市が、本件公金支出に関して、被告に対し、損害賠償請求権を有する余地はないものというべきである。
4 結論
よって、原告らの請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 松田浩養 菱山泰男)