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さいたま地方裁判所 平成11年(行ウ)50号 判決 2002年6月26日

主文

1  被告らに対する本件訴えのうち,当該行為の違法を原因とする損害賠償請求及び不当利得返還請求に係る部分を却下する。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,原告らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の申立て

1  原告ら

(1)  被告らは,埼玉県川口市に対し,連帯して,金2651万5584円及びこれに対する平成   12年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は,被告らの負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  被告ら

(1)  本案前の答弁

本件訴えをいずれも却下する。

(2)  本案の答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は,原告らの負担とする。

(4)  仮執行免脱宣言

第2事案の概要

1  事案の要旨

(1)  本件は,埼玉県川口市長が,川口市が所有する別紙物件目録(省略)記載の土地(以下「本件土地」という。)を被告川口都市開発株式会社(以下「被告会社」という。)に使用させていたところ,川口市の住民である原告らが,川口市に代位して,現に川口市長の職にある被告A個人(以下「被告A」という。)及び被告会社に対し,次のような理由により,連帯して,平成10年度(平成10年4月1日から同11年3月31日まで)の原告ら主張に係る本件土地適正使用料ないし賃料相当額及びこれに対する不法行為ないし不当利得発生の後である前記期日(各被告に対する本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を川口市に支払うよう求めた事案である。

ア 本件土地が川口市の行政財産であるとして,被告会社に対する本件土地の使用許可ないし低額の使用料の決定が違法なものであり,その結果,被告Aは不法に川口市に損害を与えたとする同被告の不法行為を原因とする損害賠償請求(4号前段)及び被告会社に同額の不当利得が生じたとする被告会社に対する不当利得返還請求(4号後段)

イ 本件土地が川口市の普通財産であるとしても,被告会社に対する低額の賃料による賃貸借契約の締結及びその履行(賃料受入行為)が被告らの通謀によりされた違法なものであり,その結果,被告らは不法に川口市に損害を与えたとする被告らの共同不法行為を原因とする損害賠償請求(4号前段及び後段)ないし被告会社に同額の不当利得が生じたとする被告会社に対する不当利得返還請求(4号後段)

ウ 被告Aは,川口市長就任後,本件土地の使用料(行政財産の場合)ないし賃料(普通財産の場合)の増額の措置を違法に怠り,その結果,川口市に損害を与えたとする被告Aの不法行為による損害賠償請求(4号前段),また,被告会社は同額の不当利得を得たとする被告会社に対する不当利得返還請求(4号後段)

(2)  これに対し,被告らは,原告らの訴えは不適法であり,かつ,その請求は理由がない,として,次のとおり主張する。

ア 原告らの前記(1)のア及びイの主張に係る当該行為についての監査請求は,監査請求期間を経過した後にされた不適法なものである(当該行為に係る監査請求期間の遵守の有無)。

イ 被告Aは,前記(1)のア及びイの主張に係る財務会計上の行為につき,地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号所定の「当該職員」ではない(当該行為に係る被告Aの当該職員性)。

ウ 原告らは,前記(1)のウの主張に係る怠る事実につき,適法な監査請求を前置していない(怠る事実に係る適法な監査請求の前置の有無)。

エ 本件土地は行政財産ではなく普通財産であるところ,本件土地の賃料額は,法237条2項所定の「適正な対価」に当たるし,仮に,これが否定されるとしても,「川口市財産の交換,譲与,無償貸付等に関する条例」(昭和39年4月1日条例第17号,以下「財産条例」という。)4条1号に基づき,適法に貸し付けられたものであって,被告らの不法行為ないし不当利得が成立することはない(不法行為ないし不当利得の成否)。

(3)  これらの論点が,本件の主たる争点である。

2  基本的事実関係(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)

(1)  当事者等

ア 原告らは,いずれも川口市に居住する住民である。

イ 被告Aは,平成9年5月31日に川口市長に就任し,同日以降その職にある者である。

ウ 被告会社(資本金1億円)は,川口市から51%の出資を受けて昭和59年9月1日に設立されたいわゆる第三セクター方式の株式会社であり,その肩書地に本店を有している(被告Aは,平成9年6月13日,被告会社の代表取締役に就任し,現在に至っている。)。

(2)  再開発事業と本件土地

ア 川口市は,昭和49年,第一次川口市総合計画を策定し,JR京浜東北線川口駅前東口地区,同西口地区等7つの地区につき,拠点的に再開発計画を実施することを定めていた。

そして,川口駅西口駅前には,通産省公害資源研究所が所在し,同西口地区の整備の妨げになっていたが,昭和50年,同研究所は筑波研究学園都市に移転することが決定され,昭和55年3月,その移転が終了したため,同西口駅前の整備が現実化してきた。

そこで,川口市は,昭和58年7月,川口駅の東西口を一体的に整備するため,「川口駅周辺市街地整備構想」を策定した。

イ 被告会社は,これらの再開発事業において,権利者調整,商業調整,事業全体のコーディネーター機能等を果たさせるために設立されたいわゆる第三セクターであり,また,川口駅周辺の交通混雑緩和,歩行者安全確保のために,駐車場・駐輪場の整備確保等をも行うものとされた。

なお,被告会社の資本構成は,前記のとおり川口市51%のほか,川口商工会議所が6%,川口鋳物協同組合及び埼玉銀行(当時)が各5%,武蔵野銀行他5金融機関が各4%,第一勧業銀行(当時)他2金融機関が各3%であり,その役員構成としては,川口市長が代表取締役となるほか,専務取締役及び常務取締役には市議会議員あるいは市職員ないし市職員OBが就任し,また,当初,その職員の多くは川口市からの派遣職員であった。

ウ 川口市は,昭和31年7月以降,別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

本件土地は,もともとは川口市民病院の敷地として利用されていたが,同病院は,平成6年5月に他所に移転することとされたので,川口市においては,平成4年頃から,同病院移転後の本件土地の利用につき検討を始めていた。

エ 本件土地は,JR線川口駅の東方約350m付近,同駅までは徒歩で約5分程度の距離にあり,その形状は,間口約15m,奥行約87mの不整形の二方路画地(南西側幅員約20m舗装県道,東側幅員約7m舗装市道に接道)である。

また,本件土地の近隣地域は,中高層マンション,小売店舗,事務所ビル等の立ち並ぶ川口市内でも有数の中心商業地域であって,本件土地は,再開発事業予定地とされていた。

オ 川口市は,本件土地がこのように再開発事業予定地であったことから,事業開始までは,更地としておくほかはないけれども,これを駐車場として利用することで川口駅周辺の違法駐車排除が期待されること,地元商店街から本件土地を駐車場として欲しい旨の要望が寄せられていたこと等の理由により,平成6年9月頃,当面,本件土地を駐車場として暫定利用する方針を決定した。

しかし,川口市としては,本件土地の駐車場としての利用は,あくまでも暫定的なものであるから,これを市の直営とすることは適当ではないこと,再開発事業計画が具体化すれば,代替・移転補償料等を支払うことなく直ちに本件土地を返還させる必要があること,そして,月極だけではなく,料金ゲートの設置等に相当額の建設費,維持管理費を要する時間貸しをも設けてもらう必要があること等を考慮した結果,一般民間企業に貸し付けるよりは,被告会社に貸し付けることが適当と判断した。

カ 本件土地については,平成7年3月31日付けで,川口市の会計処理上の分類において,従来の病院会計から一般会計に所管替えがされ,また,同年4月1日付けで管財課所管の普通財産として公有財産台帳(土地台帳)に登載されている(乙1号証,2号証)。

(3)  本件賃貸借契約等

川口市と被告会社は,以下のとおり,本件土地につき,一時使用に係る土地賃貸借契約を締結し,これに基づき,被告会社は,その頃から本件土地を臨時自動車駐車場として使用している。

ア 平成7年4月5日付け契約

目的 臨時自動車駐車場

契約期間 平成7年4月15日から平成8年3月31日まで

賃貸料月額 75万9468円

特約 川口市が,本件土地を公用又は公共用に供することを決定した場合並びに川口市の行う再開発事業施行上必要を生じた場合には,被告会社は,速やかに本件土地を原状に復した上,川口市に返還する。

被告会社は,上記返還に際し,川口市に対し,代替,移転補償料等を請求しない。

イ 平成8年4月1日付け契約

目的 同上

契約期間 平成8年4月1日から平成9年3月31日まで

賃貸料月額 83万5414円(川口市は,被告会社と協議の上,10%増額した。)

特約 同上

ウ 平成9年4月1日付け契約(以下「本件賃貸借契約」という。)

目的 同上

契約期間 平成9年4月1日から平成12年3月31日まで

賃貸料月額 110万4816円(川口市は,被告会社と協議の上,32.25%増額した。以下「本件賃料」という。)

特約 同上

エ 川口市と被告会社は,平成11年6月,本件賃貸借契約の賃貸料に関する変更契約を締結し,平成11年4月1日に遡って,賃貸料を月額110万4816円から月額222万8505円に増額する旨合意した。

(4)  監査請求等

ア 原告らは,平成11年9月29日付けで,川口市監査委員に対し,次の内容の住民監査請求をした(甲5号証,以下「本件監査請求」という。)。

(ア) 被告A(川口市長)は,被告会社に対し,本件土地を貸し付けている。

(イ) 上記貸付に伴い徴収されている貸付料は,川口市行政財産の使用料に関する条例(昭和39年7月1日条例第48号,以下「使用料条例」という。なお,この条例は普通財産にも準用されると説明されている。)の規定する算定方法による使用料の約半額に過ぎず,不当に安価である。

(ウ) 上記のように被告会社に対し,不当に安く市有地を貸し出すことは,上記条例に違反しており,市民に不利益を与えるものであるから,被告Aに対し,本件土地の平成10年度貸付料減免分を川口市に返還するよう求める。

イ これに対し,川口市監査委員は,平成11年11月25日付けで,本件賃貸料は,公益的事業を目的に設立された被告会社が本件土地を公益的な目的で使用するものであることに鑑み,財産条例4条1号を適用して50%減額されたものであり,このことには相当の理由があり,違法,不当とはいえないとして,本件監査請求を棄却する旨の監査結果をし(以下「本件監査結果」という。),同月30日,これを原告らに通知した。

ウ 原告らは,平成11年12月24日,本訴を提起した。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点1(当該行為に係る監査請求期間の遵守等)

ア 被告ら

(ア) 本件土地は,平成7年3月31日以降は,行政財産ではなく普通財産であるから,本件土地について使用料条例が適用されることはなく,したがって,被告Aが,被告会社に対し,本件土地の使用料を原告主張額と定めて,使用許可を与えたことはない。

(イ) 本件賃貸借契約の締結は,平成9年4月1日付けでされたものであるところ,本件監査請求は,平成11年9月29日付けでされているから,法242条2項本文所定の1年の監査請求期間を経過した後にされたものであり,そして,これにつき「正当な理由」(法242条2項ただし書)はないものである。

そうすると,本件訴えのうち,本件賃貸借契約の締結を当該行為とする部分は,監査請求期間を経過した後に提起された4号前段・後段請求訴訟であって,不適法なものというべきである。

(ウ) 原告らが当該行為として主張する本件賃貸借契約の履行(本件賃料の受入行為)とは,賃貸借契約の締結に伴う当然の結果としてされるものであって,独立の財務会計行為ということはできないし,仮に,独立の財務会計行為というのであれば,これについては,本件監査請求の対象とされていない。

イ 原告ら

被告らの主張は,争う。

(ア) 本件土地に対する使用許可ないし使用料決定行為に関する被告らの主張は,争う。

(イ) 本件賃貸借契約の締結に関する「正当な理由」(法242条2項ただし書)に係る被告らの主張は,争う。

(ウ) 本件賃貸借契約の履行行為としての本件賃料受入行為は,契約締結行為とは別個の財務会計上の行為というべきである。

(2)  争点2(当該行為に係る被告Aの当該職員性)

ア 被告ら

本件賃貸借契約は,平成9年4月1日付けで締結されたものであるところ,被告Aは,その後の同年5月31日に川口市長に就任したものであって,本件賃貸借契約締結時において,川口市の財務会計上の行為をする権限を有していなかった。また,市長就任後の被告Aは,賃料を受け入れる権限を有しない。

そうすると,被告Aに対する当該行為に係る本件訴えは,当該職員でない者を被告として提起された4号前段請求訴訟であって,不適法なものというべきである。

イ 原告ら

被告らの主張は,争う。

被告Aは,平成9年5月31日市長就任後,使用料ないし賃料が著しく低額に設定されていることを知りながら,漫然と放置して,これを受け入れ,又は受け入れさせていたものであるから,同日以降の受入行為については,当該職員に当たるものというべきである。

(3)  争点3(怠る事実に係る適法な監査請求の前置)

ア 被告ら

(ア) 原告らは,被告Aが市長就任後,被告会社に対して,本件賃料につき増額改定を求めなかったことが財産管理を怠る事実に該当すると主張するが,財産管理を怠る事実は,契約の締結行為や履行行為という当該行為とは区別される独立の財務会計行為であって,それ自体が独立して監査請求ないし住民訴訟の対象となるものである。

したがって,原告らが,この財産管理を怠る事実を住民訴訟の対象とするのであれば,これを対象とする監査請求を経由していなければならないのであるが,本件監査請求書には,被告会社に本件土地を不当に安く貸し出すことは違法である旨記載されているにすぎないのであるから,原告らがそのような監査請求をしたと認めることはできない。

原告らは,この財産管理を怠る事実をも本件監査請求において対象としていたと主張するが,本件監査請求がこのような趣旨のものであったとみることはできない。

そうすると,前記財産管理を怠る事実に係る本件訴えは,監査請求を経ていない点において不適法というべきである。

(イ) 仮に,本件監査請求が上記財産管理を怠る事実をも対象としていたと認めることができるとしても,本件賃貸借契約には借地借家法が適用されることはないから,川口市は,法律上,被告会社に対して賃料増額請求権を有するものではなく,本件賃貸借契約が無効である場合に,被告会社に対し,実際に支払われた賃料と適正な対価との差額につき不当利得返還請求権を有するのみである。

ところで,本件賃貸借契約の締結及び履行は,法242条1項所定の「契約の締結若しくは履行」に該当するところ,このような当該行為が違法,無効であることに基づく実体法上の請求権の不行使をもって同項所定の「怠る事実」と構成する場合には,当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2項の規定を適用すべきものである(最高裁判所第二小法廷昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁参照)から,結局,本件監査請求は,前記のとおり,本件賃貸借契約の締結及び履行についてされたものである場合と同様に,監査請求期間を経過して後にされた不適法なものに帰するというべきである。

イ 原告ら

(ア) 原告らが本件監査請求において対象としたところは,要するに,本件土地が被告会社に対し,違法に低額な使用料ないし賃料をもって,貸し出されたまま放置されているという点にあるのであるから,当該行為である本件賃貸借契約締結を含む本件使用料ないし賃料の決定から,これに基づく履行行為としての賃料の受入れのほか,被告会社に対して本件土地の使用料ないし本件賃料につき増額改定を求めなかったという財産管理を怠る事実をも対象としたものと認めるべきである。

(イ) 被告らの怠る事実に係る監査請求期間の適用に関する主張は,争う。

(4)  争点4(不法行為ないし不当利得の成否)

ア 原告ら

(ア) 本件土地が川口市の行政財産である場合における,当該行為の違法を原因とする被告Aに対する損害賠償請求(4号前段)及び被告会社に対する不当利得返還請求(4号後段)

a 本件土地は,法238条に定める公有財産のうち,行政財産に該当するものであるところ,被告Aは,被告会社に対し,平成9年4月1日,本件土地の使用料を月額110万4816円(年額1325万7792円)と定めて,その使用を許可した。

b 行政財産については,原則として,その貸付け等が禁止されており,これに違反する行為は無効とされる(法238条の4第1項,3項)。

そうすると,上記使用許可は,それ自体,違法,無効のものというべきである。

c また,本件土地が,法238条の4第4項に基づき「その用途又は目的を妨げない限度においてその使用を許可」されたものであるとしても,川口市においては,前記使用料条例が定められているから,同条例に従って適正な使用料が決定されなければならない。

そして,使用料条例3条別表によれば,土地を建物若しくは工作物の敷地又は展示場,駐車場若しくは材料置場等として使用させる場合には,月額単位で,「当該土地の適正な評価額に1000分の3.5を乗じて得た額」(ただし,使用期間が1月以上のもの)を支払わせるべきものとされている。

そうすると,川口市は,被告会社から,平成10年度(平成10年4月1日から同11年3月31日まで)の本件土地の使用料として,上記計算方法によって得られる金額である月額220万9632円(年額2651万5584円)を納付させるべきところ,実際には,その半額である月額110万4816円(年額1325万7792円)が納付されたに過ぎない。

これは,被告Aが,使用料条例の規定にかかわらず,上記金額を使用料として決定したことによるものであるから,被告Aの不法行為によって,平成10年度における適正な使用料相当額(年額2651万5584円)につき,川口市に違法な損害が発生し,また,被告会社に同額の不当利得が生じたものというべきである。

(イ) 本件土地が川口市の普通財産である場合における,当該行為の違法を原因とする被告A及び被告会社に対する損害賠償請求(4号前段・後段)及び被告会社に対する不当利得返還請求(4号後段)

a 本件土地が普通財産であるとしても,平成10年度における本件賃料は,「適正な対価」(法237条2項)ということはできないから,このような被告会社に対する低額の賃料による本件賃貸借契約の締結及びその履行(賃料受入行為)は,被告らの通謀によりされた違法な共同不法行為というべきである。

そして,このような被告らの共同不法行為によって,川口市には,平成10年度における適正な賃料相当額(年額2651万5584円)の損害が発生し,また,被告会社に同額の不当利得が生じたものというべきである。

b すなわち,前記のとおり,本件賃貸借契約による賃料額は増額改定され,平成11年4月1日以降,月額222万8505円(年額2674万2060円)となっている。

このことは,この改定前の本件賃料が,法237条2項所定の「適正な対価」ではなかったことを示すものというべきである。

c 川口市においては,同項所定の条例として,財産条例が制定されており,同条例4条は,「普通財産は,次の各号のいずれかに該当するときは,これを無償又は時価よりも低い価額で貸し付けることができる。」と定め,その場合の一として,同条1号は,「他の地方公共団体その他公共団体又は公共的団体において,公用若しくは公共用又は公益事業の用に供するとき。」と各規定しているが,被告会社は,営利を目的とする株式会社であって,同号所定の「公共的団体」に該当せず,また,本件土地を駐車場として用いることは「公益事業」に該当しないから,適正な対価を下回る本件賃料による本件土地の賃貸借は違法である。

(ウ) 怠る事実の違法を原因とする被告Aに対する損害賠償請求(4号前段)及び被告会社に対する不当利得返還請求(4号後段)

a 原告主張の前記の事実関係によれば,被告Aは,前記の川口市長就任後,平成10年度における本件土地の使用料(行政財産の場合)ないし賃料(普通財産の場合)の額が,適正な額ないし適正な対価とはいえないことを認識できたものというべきであるから,川口市との関係において,直ちにこれらを適正な使用料ないし適正な対価としての賃料と評価できる額まで増額の措置をとる義務を負担していたものであるのに,その措置に出なかった。

したがって,被告Aは,川口市長として,財産の管理を違法に怠ったものというべきである。

b この被告Aの不法行為により,川口市は差額相当分の損害を被ったものであり,また,被告会社には,同額の不当利得が生じたものというべきである。

イ 被告ら

原告らの主張は,いずれも争う。

(ア) 本件土地は,平成7年3月31日付けで普通財産として登載されたものであって,同日以降は,行政財産ではなく普通財産である。

したがって,本件土地については,使用料条例が適用されることはない。本件土地が行政財産であることを前提とする原告らの主張は,失当である。

(イ) 本件賃料について

a 普通財産については,法237条2項によって,「適正な対価」をもって貸し付けることができる。

そして,本件土地の賃料については,不動産鑑定士による鑑定評価が実施され,平成11年3月1日現在,109万6843円をもって月額正常賃料とする鑑定価格が示されている(乙3号証)。

これによると,月額110万4816円とされた本件賃料は,まさに「適正な対価」と評価できるものというべきである。

原告らは,本件賃料が増額改定されたことをもって,改定前の本件賃料が「適正な対価」ではなかったと主張しているが,本件賃料が改定されたのは,川口市において,平成10年当時,市有地に係る貸付料算定方法が統一されていなかったので,国及び埼玉県が普通財産の貸付料算定につき利回り方式を採用していることを参考に,相続税路線価格に1.2%(不動産鑑定士の鑑定結果による対象市有地全般に係る利回り率)を乗ずる方式を統一算定方法として採用したからである。そして,この統一された貸付料算定方法は,貸付地の個別条件(画地条件等)を考慮しないものであるため,不整形地である本件土地に関しては,適正地代を上回る結果を生じているということもできるから,このことの故に,改定前の本件賃料が「適正な対価」ではなかったことになるものではない。

b 仮に,本件賃料が「適正な対価」とはいえないとしても,被告会社は,川口駅周辺の再開発事業を支援する目的で設立されたものであって,行政の補完機能を果たし,都市整備にかかわる公共的サービス提供等を行う事業主体として,川口市が51%の出資をもって設立した会社であり,実質的に市の行政機関の役割を担っているものであるから,財産条例4条1号所定の「公共的団体」に該当するものというべきである。

そして,本件土地の賃貸目的は,川口駅周辺の違法駐車排除や,地元住民の要望に応じて駐車場を設置することにあるから,同号所定の「公益事業の用に供するとき」にも該当することが明らかというべきである。

そうすると,本件は,財産条例4条1号にいう「他の地方公共団体その他公共団体又は公共的団体において,公用若しくは公共用又は公益事業の用に供するとき」に該当するものということができるから,「無償又は時価よりも低い価額で貸し付けることができる」のであって,本件賃料をもって,違法ということはできない。

c そうすると,被告Aは,川口市長として,財産の管理を違法に怠ったということはできず,したがって,川口市が損害を被ったとも,被告会社に不当利得が生じたともいうことはできない。

第3当裁判所の判断

1  争点1(当該行為に係る監査請求期間の遵守等)について

(1)  原告らは,本件土地が行政財産に属するとした上,被告A(川口市長)は,被告会社に対し,平成9年4月1日,本件土地の使用料を月額110万4816円(年額1325万7792円)と定めて,その使用を許可したことが当該行為に当たるとして,その違法を主張する。

しかしながら,前記の事実関係によれば,本件土地は,平成7年3月31日以降,行政財産から普通財産に変更されたものであることが明らかであるから,本件土地について使用料条例が適用される余地はなく,したがって,被告A(川口市長)が,被告会社に対して,本件土地の使用料を定めて,使用許可を与えることはあり得ないものといわなければならない。

そうすると,被告らに対する本件訴えのうち,上記使用料の決定ないし使用許可を違法な当該行為とする損害賠償請求ないし不当利得返還請求に係る部分は,対象たる当該行為の存在しない不適法な訴えというべきである。

(2)  次に,原告らは,本件土地が普通財産であるとしても,平成10年度における本件賃料は適正な対価ということはできず,このような低額の賃料を定めた本件賃貸借契約の締結が当該行為に当たるとして,その違法を主張する。

ところで,本件賃貸借契約が平成9年4月1日付けでされ,その違法を指摘すると認められる本件監査請求が平成11年9月29日付けでされたことは,前記の事実関係のとおりである。

そうすると,本件監査請求は,法242条2項本文所定の1年間の監査請求期間を経過してされたことが明らかである。

そこで,原告らの明示の主張はないものの,念のため,監査請求期間を経過したことにつき,法242条2項ただし書所定の「正当な理由」があるかを検討するが,この正当な理由の存否は,ア 対象とされる財務会計行為の存在ないしその違法性を基礎付ける事実が秘密裡にされたかどうか,イ 住民が相当の注意力をもって調査したときに,客観的にみて,いつ,当該行為を知ることができたか,ウ住民が当該行為を知ることができたと認められるときから相当な期間内に監査請求をしたかどうか,によって判断されるべきものと解される(最高裁判所第二小法廷昭和63年4月22日判決・裁判集民事154号57頁参照)。

ところで,前記事実関係によれば,本件土地はもともと川口市民病院の跡地であって,川口駅まで徒歩5分程度の距離にあり,本件土地の近隣地域は川口市内でも有数の中心商業地域であって,本件土地は被告会社の自動車駐車場として平成7年4月頃から使用されていたというのであるから,本件賃貸借契約締結が秘密裡にされたものということはできず,住民が相当の注意力をもって調査すれば,本件賃貸借契約締結の存在,内容等については,契約締結後まもなく,知ることができたものと推認することができる。

そうすると,本件監査請求のうち,本件賃貸借契約締結に係る部分について,監査請求期間を経過してされたことにつき,正当な理由があると認めることはできないから,被告らに対する本件訴えのうち,本件賃貸借契約締結を違法な当該行為とする損害賠償請求ないし不当利得返還請求に係る部分は,適法な監査請求を経ずにされたものであって,不適法な訴えというべきである。

(3)  更に,原告らは,本件土地が普通財産であるとしても,平成10年度における本件賃料は適正な対価ということはできず,このような低額の賃料を定めた本件賃貸借契約の履行としての賃料受入行為は,契約締結とは別個の財務会計上の行為(当該行為)に当たるとして,その違法を主張する。

本件賃貸借契約により定められた賃料の被告Aによる受入行為が本件賃貸借契約の履行として住民訴訟の対象とされた場合,その行為によって川口市が被告A及び被告会社に対し損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を取得する根拠は,原告主張からは判然とせず,むしろ,その主張を善解すれば,被告Aが本件賃貸借契約によって定められた本件賃料につき,増額改定の措置をしないことによって,川口市に損害を与えたというに帰するものというべきである。

そうすると,その主張は,結局,原告らが別途主張している後記の本件土地の管理を怠る事実に係る主張に収斂されるものというべきであるから,本件賃貸借契約の履行としての賃料受入行為に係る原告らの主張に対する判断は,後記怠る事実に係る主張に対する判断としてされれば足りるのであって,それとは別の財務会計上の行為に対する判断として,それと別個独立に判断する必要はないものというべきである。

(4)  以上によると,被告らに対する本件訴えのうち,当該行為の違法を原因とする損害賠償請求及び不当利得返還請求に係る部分については,争点2につき判断を加えるまでもなく,不適法というべきである。

2  争点3(怠る事実に係る適法な監査請求の前置)について

(1)  監査請求の対象と住民訴訟の対象の同一性について

ア 原告は,被告Aは,川口市長就任後,平成10年度における本件土地の使用料ないし賃料の額が,適正な対価等とはいえないことを認識できたものであり,川口市との関係において,直ちにこれを適正な金額にまで増額する措置をとる義務を負担していたものであるのに,その措置に出なかったのは,川口市長として,財産の管理を違法に怠ったものと主張している。

これに対し,被告らは,このような財産管理を怠る事実は,当該行為とは区別される独立の財務会計行為であって,それ自体が独立して監査請求の対象となるものであるところ,本件監査請求書には,上記怠る事実に関する記載はないから,原告らが主張の怠る事実につき監査請求をしたと認めることはできず,したがって,前記財産管理を怠る事実に係る本件訴え部分は,監査請求を経ていない点において不適法というべきである,と主張する。

イ 本件監査請求及び本件監査結果の内容は,前記事実関係に摘示したとおりであるところ,これらによれば,確かに,本件監査請求書には,上記の怠る事実に関する具体的かつ直接的な言及はない。しかし,原告らは,川口市が被告会社に対し,市有地である本件土地を不当に安く貸し付けているという社会的事実を摘示し,かつ,これに対する必要な措置として,被告Aに対する平成10年度貸付料減免分の川口市への返還を求めて本件監査請求をしていたのであるから,このような事実を監査の対象とする原告らの意思を客観的にみれば,平成10年度において,被告Aが被告会社に対し本件土地を不当に低額で貸し付けていることを是正する措置を怠っていたという事実についても監査の対象に含めていたものと解釈できないものではなく,本件監査結果も,被告会社に対し違法に安い賃貸料をもって貸し付けていることにはならないとしているのであるから,このような怠る事実がないことについてまで及んでいたものと評価できないものでもない。

そうすると,被告Aが,川口市長就任後,本件土地に係る平成10年度の賃料改定の措置を違法に怠っていたという事実についても,本件監査請求の対象とされたものと認めるのが相当というべきである。

被告らの主張は,以上の説示に照らし,採用することができない。

(2)  怠る事実と監査請求期間の適用について

被告らは,前記のように主張して,本件監査請求が上記怠る事実をも対象としていたと認めることができるとしても,監査請求期間を経過して後にされた不適法なものに帰すると主張する。

ところで,法242条2項本文は,同条1項所定の「当該行為」のあった日又は終わった日から1年を経過したときは,これをすることができない,と規定しているのであるから,その反面として,同項所定の「怠る事実」については,監査請求期間に期間の制約はないものと解される。そして,原告ら指摘に係る怠る事実は,被告Aが,川口市長就任後,平成10年度における本件土地に係る賃料の増額改定の措置をとらないという不作為が違法であるとしているのであって,格別,本件賃貸借契約が違法無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものではないから(最高裁判所第二小法廷昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁参照),前記の説示に照らし,上記怠る事実に関しては,監査請求期間には制約はないものと解するのが相当である。

これと異なる被告らの主張は,採用できない。

3  争点4(不法行為ないし不当利得の成否)について

(1)  前記説示からすると,被告Aの平成10年度における本件土地に係る賃料の増額改定の措置をとらない不作為(本件土地の管理を怠る事実)の違法性については,前記の次第で本件土地は普通財産に分類されるものであるから,まず,その判断の前提として,本件賃料が法237条2項所定の「適正な対価」と評価できるものであるかにつき,検討を加えることとする。

(2)  本件賃料と「適正な対価」について

ア 法237条2項は,普通財産の貸付につき,条例又は議会の議決による場合を除き,「適正な対価」を要求している。この規定の趣旨は,普通財産を特に低廉な価格で貸し付けた場合には,当該普通地方公共団体がその限度で財政上損失を被るおそれがあるのみならず,特定の者の利益のために,当該地方公共団体の財政が歪められるおそれがあるからである。

そうであるとすれば,上記の適正な対価とは,当該賃貸借における具体的諸事情及び当該財産を貸し付ける場合の市場価格を考慮して,上記のおそれを防止するに足りる公正な対価として評価される額であることを要するものというべきである。

そして,前記条項の要請は,賃貸借契約の継続中であっても維持されるべきものであるから,財産管理責任を負担する者は,単年度毎に契約が締結されるときは,その都度是正の要否を検討すべきものであり,数年契約の中途で賃料が適正な対価としての額を下回るに至ったときは,その時点で適正額までの増額改定のため適切な措置を講ずべき義務があるものと解される。

イ 前記の事実関係によると,本件土地に関する賃貸借契約は,平成7年度の当初契約(契約期間1年)がその都度更新され,平成9年度の本件賃貸借契約に至ったものであり,賃料も,更新の都度増額され,本件賃貸借契約締結に際して本件賃料額に増額されたものである。

そして,乙3号証(平成11年3月5日付の本件土地に係る不動産鑑定士の調査報告書)によると,平成11年3月1日時点における本件土地の賃料に係る市場価格は,月額109万6843円(以下,これを「本件調査賃料」という。)であるとされている。

そして,この不動産鑑定士の調査報告は,本件土地の最有効使用を高層マンション用地敷地としての使用と判定し,これと対比すべき標準的画地を決定した上,これに本件土地の個別的要因を考慮して,利回り方式により継続積算賃料額を算出し,更に,同一需給範囲内の類似地域から収集した取引事例を資料とする賃貸事例比較法によって比準賃料額を決定し,これらの方式の特色と限界を踏まえて,これらを総合的に考慮した結果,上記結論を得たものであって,その過程に格別不合理な点は見受けられないから,基本的には,その証拠価値を肯定すべきものである。この証拠価値を疑わせるような証拠は,見当たらない。

そこで,乙3号証によると,平成11年3月1日時点における本件土地の賃料に係る市場価格は,本件調査賃料,すなわち,月額109万6843円であると認めることができるところ,基本的事実関係のとおり,本件賃貸借契約は即時無補償返還特約が付せられていたこと及び本件土地が不整形地であること等の事情に照らすと,その頃,土地価格が低落傾向にあったことを考慮しても,本件土地の賃料に係る市場価格は,同日を含む平成10年度(平成10年4月1日から同11年3月31日まで)を通じて,概ね本件調査賃料と符合すると推認することができるというべきである。

そうすると,本件賃料は,本件調査賃料にほぼ符合するものであるから,本件賃料は,平成10年度における「適正な対価」の範囲内にあるものと認めることができる。

なお,本件土地に関する賃料が,本件賃貸借契約の契約期間の途中である平成11年4月1日から,本件賃料のほぼ2倍に増額改定されていることは前記のとおりであるが,乙13号証及び弁論の全趣旨によると,それは,川口市において,平成10年当時,従来,財産の貸付料算定方法が統一されていなかったので,国及び埼玉県が普通財産の貸付料算定につき利回り方式を採用していることを参考に,相続税路線価格に1.2%(不動産鑑定士の鑑定結果による対象市有地全般に係る利回り率)を乗ずる方式を採用したことに伴って改定されたものであること,この統一された貸付料算定方法は,貸付地の個別条件(画地条件等)を考慮せず,単純に,相続税路線価格に1.2%を乗ずる方式であることを認めることができる。そうすると,賃料の改定時点が平成11年度のことであることを別としても,前記の本件賃貸借契約の個別の特殊性を考慮すると,このような改訂の事実があるからといって,本件賃料が平成10年度における適正な対価ではなかったと断定するのは,困難というべきである。

(3)  怠る事実に係る原告らの請求について

ア 以上説示したとおり,本件賃料は,平成10年度における「適正な対価」の範囲内にあると認めることができるのであるから,川口市長就任後の被告Aには,本件賃料の増額改定のため,被告会社との関係で,平成10年度において適切な措置を講ずべき義務があったということはできず,そうすると,被告Aに本件賃料の増額改定をしなかったことをもって,違法な怠る事実に当たるとすることはできない。

イ したがって,被告Aの前記不作為が,川口市に対する不法行為を構成するものということはできない。また,本件賃貸借契約の相手方である被告会社は,平成10年度において,有効な本件賃貸借契約に基づき,本件賃料を支払いつつ,本件土地を自動車駐車場として用益しているのであるから,川口市の損害において不当な利得をしたということもできないものというべきである。

(4)  以上によると,原告らの被告らに対する怠る事実に基づく請求(被告Aに対する損害賠償請求及び被告会社に対する不当利得返還請求)は,その余の点を判断するまでもなく,理由がないものというべきである。

4  結論

以上の次第で,被告らに対する本件訴えのうち,当該行為の違法を原因とする損害賠償請求及び不当利得返還請求に係る部分は,不適法であるから,却下することとし,その余の怠る事実に基づく損害賠償請求及び不当利得返還請求は,いずれも理由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行訴法7条,民訴法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 都築民枝 裁判官 渡邉健司)

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