さいたま地方裁判所 平成12年(ワ)1151号 判決 2001年12月27日
原告
A野太郎
他5名
同六名訴訟代理人弁護士
大野裕
被告
C川冬子
他1名
同両名訴訟代理人弁護士
野崎研二
主文
一 被告らは、連帯して、原告A野太郎及び同A野花子に対し、各金二二七三万〇〇五六円、原告B山松子に対し、金八三三万七四三二円、原告A野一郎に対し、金八八万円、原告B山梅夫及び同A野春子に対し、各金一一〇万円、並びにこれらに対する平成一〇年六月一七日(ただし、原告A野一郎については、平成一一年七月三一日)から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、連帯して、原告A野太郎及び同A野花子に対し、各金四九五一万三〇三九円、原告B山松子に対し、金一二八二万九六四五円、原告A野一郎、同B山梅夫及び同A野春子に対し、各金二二〇万円、並びにこれらに対する平成一〇年六月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
第二事案の概要
本件は、祖母(原告B山松子、以下「原告松子」という。)が、孫娘(A野一江、以下「一江」という。)を連れて車道を横断中、自動車に衝突され、原告松子は負傷し、一江は死亡した交通事故につき、原告松子及び一江の両親らが、同自動車の運転者及び所有者に対し損害賠償請求している事案である。遅延損害金の始期は、当該交通事故発生の日である。
一 争いのない事実
(1) 当事者
原告A野太郎(以下「原告太郎」という。)及び同A野花子(以下「原告花子」という。)は、一江の両親であり、原告A野一郎(以下「原告一郎」という。)は、一江の弟である。
原告A野春子(以下「原告春子」という。)は、同太郎の母であり、原告B山梅夫(以下「原告梅夫」という。)及び同松子は、同花子の父母であり、同原告らは一江の祖父母に当たる。
一江は、次項の交通事故(以下「本件事故」という。)で死亡し、原告松子は負傷した。
(2) 本件事故の発生
ア 日時 平成一〇年六月一七日午後五時二五分ころ
イ 場所 埼玉県羽生市《番地省略》先路上
ウ 加害車両 自家用普通乗用自動車(《ナンバー省略》)
同運転者 被告C川冬子
同所有者 被告C川一夫
エ 被害者 原告松子(昭和八年一〇月一九日生、当時満六四歳)
一江(平成七年一月一八日生、当時満三歳)
オ 事故態様
被告C川冬子は、加害車両を運転し、片側一車線の市道(四三三一線)を羽生市街方面から鴻巣市方面に向け直進中、反対車線の歩道方面より、原告松子及び一江が連れだって横断しようとしているのを発見しながら、同人らへの注視を怠ったまま走行し、加害車両の前方を歩いてた同人らを至近距離で認めたものの、加害車両を衝突させはねとばした。
カ 結果
(ア) 原告松子は、本件事故により、左骨盤骨折・右気胸・右手及び右膝挫創、擦過打撲傷などの傷害を負った。
同原告は、本件事故当日の平成一〇年六月一七日から同年九月一五日まで、埼玉医療生活協同組合羽生病院(以下「羽生病院」という。)に入院し(入院日数九一日間)、退院後も、平成一一年六月二二日まで同病院に通院した(入通院期間全三七一日)。
(イ) 一江は、本件事故により脳挫傷などの傷害を受け、直ちに羽生病院に搬送されたが、同日午後六時三〇分、同傷害のため死亡した。一江は、死亡当時、満三歳であった。
(3) 責任原因
被告C川冬子は、本件加害車両を運転し本件事故を起こしたのであるから、民法七〇九条又は自動車損害賠償保障法(自賠法)三条に基づき、損害賠償責任を負う。
被告C川一夫は、加害車両の所有者として、自賠法三条により、本件事故につき損害賠償責任を負う。
(4) 損害(争いのないもの)
ア 一江の治療関係費用 五万五三五〇円
イ 原告松子の損害
(ア) 入院費用 一三八万九一八二円
(イ) 通院治療費 一万三八二〇円
(ウ) 通院交通費 一万八〇四〇円
ウ 損害の一部填補
上記ア及びイ(ア)は、加害車両の加入する保険会社から支払済みである。
二 争点
(1) 過失相殺の成否
(2) 原告らの損害額(争いのあるもの)
三 争点(1)についての当事者の主張
(1) 被告の主張
本件事故の態様から、二〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。
(2) 原告の主張
被告の主張は争う。原告松子及び一江に過失はない。
四 争点(2)についての当事者の主張
(1) 原告の主張
ア 一江の逸失利益 四二二五万三九六一円
(ア) 一江の逸失利益は、次に述べるとおり、基礎収入は賃金センサス上の男女平均賃金四九九万八七〇〇円(平成一〇年度)とし、生活費控除率は三〇パーセントとし、稼働期間は七〇歳までとし、ライプニッツ係数は年利四パーセントの割合で計算すべきである。したがって、次の計算式のとおり、四二二五万三九六一円と算出される。
499万8700円×(1-0.3)×(23.1940(注1)-1.1183(注2))=4225万3961円(小数点以下切捨)
(注1) 一江の死亡時である満三歳から、就労終期である満七〇歳までの六七年に対応する年利四パーセントの割合によるライプニッツ係数
(注2) 満三歳から就労始期である満一八歳までの一五年に対応する年利四パーセントの割合によるライプニッツ係数
(イ) 基礎収入額について
我が国において現存する男女間の賃金格差は、男女間の労働能力を正確に反映したものではなく、また、賃金センサスなどの統計に現れる女性労働者の賃金額には、家事労働や出産・育児などの積極的な社会的貢献が適切に評価されていない。
さらに、昭和六〇年に男女雇用機会均等法が制定され、平成一一年には同法の改正法が施行されて以降、雇用における男女差別の規制が拡充強化され、男女間の賃金格差も急速に是正されている。一江が就職したであろう約二〇年後の将来には、男女間の賃金格差が解消されている高度の蓋然性が存在する。
したがって、一江の逸失利益の算定にあたっては、その基礎収入は、男女平均賃金によるべきである。こうした考えは、学説でも有力に主張されているだけではなく、本件提訴後にあっても、同趣旨の下級審判決が出されている。
(ウ) 就労の終期について
平成一〇年の簡易生命表によれば、男性の平均寿命は七七・一六年、女性の平均寿命は八四・〇一年とされている。
就労終期を満六七歳とする実務上の慣行は、交通事故損害賠償請求訴訟が急増した昭和四〇年ころの平均寿命(同年の平均寿命は、男性が六七・七四年、女性が七二・九二年である。)を踏まえて確立されたものである。
その後の、医学・保健学の進歩や国民生活の水準の向上を考慮すれば、現在において、就労終期を満六七歳とする合理的な理由は存せず、満七〇歳として計算した原告らの請求は、むしろ控えめなものといえる。
(エ) 中間利息の控除率について
実務においては、逸失利益の算定における中間利息の利率を年五パーセントとする例が多いが、同利率は特に法定されているわけではない。
また、遅延損害金の利率が年五パーセントと定められている(民法四一九条一項、四〇四条)からといって、中間利息の控除率も同額としなければならないわけではない。遅延損害金が、債務者の履行遅滞に対する制裁としての意味があるのに対し、逸失利益の算定に際しての中間利息の控除率は、現在受け取った損害賠償金を将来時点までどれだけの利回りで運用することができるかという将来の経済事象に関する予測の問題であって、それぞれの性格を異にするものである。
そして、中間利息の控除率について明文の規定がない以上、「裁判所は被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、経験則とその良識を十分に活用して、できうるかぎり蓋然性のある額を算出するよう務め」なければならない(最判昭和三九年六月二四日)。
これを本件に当てはめてみるに、我が国では、ここ数年超低金利の状態が続いており、現在の経済情勢に照らせば、近い将来において、年五パーセントによる運用は期待できないものといえる。この点について、二木雄策神戸大学名誉教授(以下「二木教授」という。)は、重要なのは、現時点の金利や近い将来の予想金利が極めて低いという事実であって、遠い先の金利の予想値ではないと指摘している。
これらの点を考慮すれば、年四パーセントの割合で中間利息の控除をしている原告らの請求は、むしろ控えめなものというべきである。
(オ) 生活費の控除率について
生活費とは「被害者自身が将来収入を得るために必要な再生産の費用を意味する」とされている(最判昭和四三年一二月一七日)。二木教授は、総理府統計局の「家計調査」などに基づき試算を行い、本件における生活費控除率は二〇パーセントをやや上回る値であると結論付けている。
本件において原告らの主張する一江の生活費控除率である三〇パーセントは極めて正当な数値である。
イ 慰謝料額(一江の死について)
(ア) 一江自身の慰謝料 二五〇〇万円
(イ) 原告太郎及び同花子固有の慰謝料 各一〇〇〇万円
(ウ) 原告松子固有の慰謝料 二〇〇万円
(エ) 原告一郎、同春子及び同梅夫の固有の慰謝料 各二〇〇万円
ウ 葬儀費用(原告太郎及び同花子の損害) 各一三三万六〇五九円
エ 文書料(同上) 各一〇万円
オ 原告松子の入院雑費(二五〇〇円×九一日) 二二万七五〇〇円
カ 同付添看護費(八〇〇〇円×九一日) 七二万八〇〇〇円
キ 同付添交通費(四九二〇円×九一日) 四四万七七二〇円
ク 同休業損害 五〇九万四五六五円
原告松子は、本件事故当時、夫及び長男夫婦らと生活し家事労働を一手に引き受けるとともに、B山社の屋号でミシン縫製を行い収入を得ていた。
本件事故の結果、原告松子は、三七二日間休業を余儀なくされたので、次の計算式のとおり、五〇九万四五六五円の休業損害を受けた。
499万8700円(前記の男女平均賃金)×372日÷365日=509万4565円(小数点以下切捨)
ケ 慰謝料(原告松子の傷害について) 三〇〇万円
コ 弁護士報酬
(ア) 一江自身 六七〇万円
(イ) 原告太郎及び同花子 各一一〇万円
(ウ) 原告松子 一三〇万円
(エ) 原告一郎、同春子及び同梅夫 各二〇万円
サ 各原告の損害額のまとめ
(ア) 原告太郎及び同花子 各四九五一万三〇三九円
一江の両親として、前記一江の、治療関係費用五万五三五〇円(これのみ争いのない事実記載)、ア逸失利益四二二五万三九六一円、イ(ア)慰謝料二五〇〇万円及びコ(ア)弁護士報酬六七〇万円の合計七四〇〇万九三一一円の各二分の一に当たる三七〇〇万四六五五円(小数点以下切捨)をそれぞれ相続により取得した。ただし、上記のとおり、治療関係費用五万五三五〇円は既払いであるので、この二分の一に当たる二万七六七五円を控除すると、三六九七万六九八〇円となる。
これに同原告ら固有の損害である、イ(イ)慰謝料一〇〇〇万円、ウ葬儀費用一三三万六〇五九円、エ文書料一〇万円及びコ(イ)弁護士報酬一一〇万円の合計一二五三万六〇五九円を加えると、原告太郎及び同花子の一人当たりの損害額は、総額四九五一万三〇三九円となる。
(イ) 原告松子 一二八二万九六四五円
争いのない事実(4)イ記載の損害のうち、既払いの入院費用を除いた、(イ)通院治療費一万三八二〇円及び(ウ)通院交通費一万八〇四〇円の合計三万一八六〇円に、本項記載の、イ(ウ)一江の死に対する慰謝料二〇〇万円、オ入院雑費二二万七五〇〇円、カ付添看護費七二万八〇〇〇円、キ付添交通費四四万七七二〇円、ク休業損害五〇九万四五六五円、ケ傷害に対する慰謝料三〇〇万円、コ(ウ)弁護士報酬一三〇万円の合計額である一二七九万七七八五円を加えると、総額一二八二万九六四五円となる。
(ウ) 原告一郎、同春子及び同梅夫 各二二〇万円
それぞれ、イ(エ)一江の死に対する慰謝料二〇〇万円及びコ(エ)弁護士報酬二〇万円の合計額
(2) 被告の主張
本件事故による各損害額は、次の金額を相当と考える。
ア 一江の逸失利益 二〇九〇万八三一九円
基礎収入は、賃金センサス上の産業計企業規模計学歴計全年齢平均である三四一万七九〇〇円(平成一〇年度)とし、生活費控除率は三〇パーセントとし、稼働期間は一八歳から六七歳までとして、年利五パーセントのライプニッツ係数によって計算すると、上記の金額が算出される。
イ 慰謝料額(一江の死について) 総額二〇〇〇万円
ウ 葬儀費用 全一二〇万円
エ 一江の死についての損害(アないしウ)合計額 四二一〇万八三一九円
オ 原告松子の入院雑費(一三〇〇円×九一日) 一一万八三〇〇円
カ 同付添看護費 〇円
キ 同付添交通費 〇円
ク 同休業損害(次の計算式のとおり) 九五万五一三九円
341万7900円(前記女子平均賃金)×102日(入院日数+通院実日数)÷365日
ケ 同慰謝料 一五〇万円
コ 原告松子の損害額 合計二六〇万五二九九円
上記オないしケの合計額である二五七万三四三九円に、争いのない事実(4)イ記載の損害のうち、前記(イ)通院治療費及び(ウ)通院交通費の合計額三万一八六〇円を加えた金額
第三争点に対する判断
一 争点(1)について
争いのない事実に、《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。
(1) 本件事故現場は、片側一車線のほぼ直線の道路で、路側帯も含めて、全体で約八・三五メートルの幅員を有する。特に視界を遮るものはなく、アスファルト舗装されており、本件事故当時、路面は乾燥していた。本件道路の速度規制は、時速四〇キロメートルであり、横断禁止の制限はなかった。
道路の両側には、商店や民家などが並んでいるが、通勤時間などを除けば、一般に車両の通行はさほど頻繁ではない場所であった。
(2) 被告C川冬子は、日頃から本件事故現場の道路を通勤等で走行しており、速度規制が時速四〇キロメートルであることも認識していた。
同被告は、本件事故の際、加害車両を運転して、本件事故現場を羽生市街方面から鴻巣市方面に向けて時速約四五キロメートルで走行していた。同被告は、走行中、原告松子及び一江が、反対車線の路側帯付近にいるのを、約四六メートルの地点で認めた。このとき、同被告は、老婆と少女が車道の方向を向いており、少なくとも、同人らが、自己が走行しようとする車線を渡ってくる可能性があると認識したが、それ以上、同人らの動向に注意せず、その日の夕食や翌日の休日のことなどを考え、前方の注視を怠ったまま走行を続けた。
原告松子らは、一旦路側帯付近にとどまって車道上を確認した上で、横断を始めた。一方、被告C川冬子は、原告松子らが自己の走行車線のセンターライン付近に至った時点で、これより約一三メートルの距離の地点で認め、危険を感じてハンドルを右に切ることを試みるなどしたが、急制動の措置はとらず、加害車両の左前部付近に衝突させ、はねとばした(本件事故)。
二 上記認定事実に沿って、原告松子らの過失相殺について判断する。
本件事故現場は、横断禁止場所でなかったとはいえ、車道を横断する行為は、それ自体一定の危険性を有する行為ではある。
しかし、同時に、本件事故現場が住宅商店街であり、本件当時車両の通行もさほど頻繁ではなかったと認められること、被害者が老人及び幼児であること、及び、本件事故現場は見通しのよいほぼ直線の道路で、原告松子らは被告の走行車線とは反対側の路側帯付近より横断を始め、被告はそのことに相当手前の地点で気づきながら事故直前まで動向の注視を怠っていたことなどの事情を総合すると、原告松子及び一江の過失相殺は、いずれも否定されるべきと考える。
したがって、本件においては、過失相殺は行わない。
三 争点(2)について
ア 一江の逸失利益 二四〇二万七三七六円
(ア) 基礎収入額について
逸失利益及び休業損害などの消極損害の算定にあたっては、現実に、被害者が受け取っていた収入額を基礎とすべきであり、また、未就労の者にあっても、いわゆる「あるべき」損害ではなく、現実に「ある」損害として算定すべきである。
したがって、現実に稼働して収入を得ている者については、その収入を基礎とすべきである。
ただし、未就労者、特に、幼児・児童といった年少者については、今後、多様な職業選択の可能性があるものといえ、かつ、同人らが就労を開始する将来の社会状況も考慮すべきと考える。この点、我が国社会において、過去に比して職業選択についての男女の差がなくなりつつあり、これに応じて男女の収入額の差も減少している。これらの社会現象には、男女共同参画社会基本法、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(男女雇用機会均等法)及び労働基準法の改正などの法制度上の裏付けがなされ、将来においても進展していくものと予想される。そうすると、本件における一江のような幼児が就労を開始する十数年後には、収入についての男女の差は、現在よりも、より小さなものになっていくものと推認できる。
ただし、現在の現実の社会情勢に照らせば、近い将来において、我が国社会における男女の職業選択の機会や平均収入額が、全く等しいものになるとは断言し難い。しかし、その者の収入額を決する要素は、決して男女の別だけではなく、性別以外にも、知能その他の能力の差、親の経済的能力の差その他諸々の属性が、現実社会において将来の収入の格差をもたらし得るものといえる。しかし、こうした性別以外の要素は、一般に年少者の逸失利益の算定に当たって考慮されてはいない。そうすると、年少者の逸失利益を算定するのに、ことさら性別のみに拘泥することは、その必要性に疑問があるばかりではなく、前記のような、男女平等の社会を推進していこうとする法制度の趣旨にも合致しないものともいえよう。
こうした諸点を考慮するならば、一江のような未就労の幼児の逸失利益を算定するにあたっては、特段の事情のない限り、男女平均賃金をもって基礎収入とすべきと考える。
そこで、平成一〇年の賃金センサスにおける男女産業計全労働者計の年収額である四九九万八七〇〇円を基礎収入とする。
(イ) 就労の終期について
原告は、現在の六七歳までで計算する基準が作られたころと現在の平均寿命や定年の年齢の違いなどを指摘して、七〇歳までとして計算すべきと主張する。
しかし、現在においても、一般の職業で六五歳を超えて従前と同じ仕事を継続することはまれであり、そうした状況は、そう遠くない将来において変更されるとは考え難い。
したがって、現在においても、就労の終期は六七歳までとして計算するのが妥当と解する。
(ウ) 中間利息の控除率について
原告は、現在の低金利状態の継続などを理由に、年五パーセントの利率が高すぎると主張し、実際、これを下回る利率で計算した下級審判決も存在する。
しかし、かつて、一般に定期預金の金利が五パーセントを超えていた時期においても、ライプニッツ係数の利率は年五パーセントが維持されていた。そして、将来における利率の予測は困難であるところ、民法は制定以来一〇〇年以上も年五パーセントの利率を変更していない。また、遅延損害金の利率は現在も年五パーセントと定められていて、不法行為の被害者は不法行為時からの年五パーセントによる遅延損害金を受け取ることができる。かつ、損害賠償請求訴訟における損害額の計算方法はある程度簡便で予測可能であることが要求されるというべきであって、それによって、比較的定型的な処理が可能となり、被害者の早期の救済が図られる面がある(もとより、当裁判所は、これらとは異なる見解から自己の権利を主張する者を何ら非難するものではない。)。
こうした点を総合すると、逸失利益の算定における中間利息の利率は、現在においても、年五パーセントとする合理的理由があると考える。
(エ) 生活費の控除率について
従来、生活費控除率は、一般に、女子は三〇パーセントとされていたが、これは、女子の平均賃金が男子よりも相当程度に低額であることを前提としたものであると思料する。ちなみに、いわゆる「一家の支柱」の場合は、その被扶養者の数に応じて、三〇ないし四〇パーセントとされている。
しかし、上記の基礎収入額で論じたとおり、男女の収入額が接近し、従来の女子の年収額よりも増額してくるであろうことを考えると、女児の基礎収入を男女平均額としながら、生活費控除率に、男性と女性の差をもうけることは逆の不公平を生じると考える。
そこで、具体的な控除率を検討するに、未就労の年少男子との権衡及び女性の消費支出の動向などを考慮して、四五パーセントをもって生活費控除率とすべきである。
(オ) 結論
上記の観点から、一江の逸失利益を計算すると、次の計算式のとおり、二四〇二万七三七六円となる(なお、上記の諸点、特に、(イ)ないし(エ)の各点については、本件における原告の主張及び証人二木雄策の証言などを検討した結果、やはり、上記の見解をとるものである。)。
499万8700円×(1-0.45)×8.7395(注)=2402万7376円
(注) 一江の死亡時である満三歳から満六七歳までの六四年間の年五パーセントのライプニッツ係数である一九・一一九一と三歳から満一八歳までの一五年間の同係数の一〇・三七九六の差である。
イ 慰謝料額(一江の死について)
(ア) 一江自身の慰謝料について
前記のとおり、本件事故について、一江らに過失相殺すべき過失はなく、特に、一江は、本件事故当時満三歳の幼児であり、祖母である原告松子に連れられて本件事故に遭遇したのであるから、一江自身に何ら落ち度は認められない。そして、一江は、本件事故により、わずか満三歳にして、その後の人生全てを奪われてしまったのであり、本件事故から約一時間後に死亡したこと及び《証拠省略》などから認められる傷害内容からすれば、事故時の肉体的な苦痛も相当のものであったと認められる。
これらの事情を総合すれば、本件事故による一江の精神的苦痛は甚大なものであったというべきである。
(イ) 原告ら固有の慰謝料について
原告太郎及び同花子は、本件事故によって、最愛の娘、それも満三歳という将来ある我が子を失ってしまったのであり、その悲しみや憤りは筆舌に尽くし難いものといえる。このことは、《証拠省略》を含め、本件訴訟の全経過より、強く認められるところである。また、《証拠省略》などによれば、原告花子は、一江の死による衝撃と懊悩の中で、弟である原告一郎を懐胎出産した事実が認められる。
一江の祖父母である、原告春子、同梅夫及び同松子においても、一江は愛する孫であり、《証拠省略》などによれば、同原告らは、一江の存在に慰められることもしばしばであり、その死に悲痛な思いをしている事実が認められる。特に、原告松子は、本件事故当時の記憶はないが、自分が連れていた一江が事故死したことに強い衝撃を受けている。なお、原告春子の夫で、原告太郎の父であるA野夏夫は、本件事故前に病死している。
原告一郎は、本件事故の翌年の平成一一年七月三一日に誕生したものであるが(《証拠省略》)、本件事故がなければ、姉である一江に接し、兄弟としてともに成長することができたというべきであり、その機会を奪われたという点で、損害賠償の対象とすべき精神的苦痛を肯定できる。
(ウ) 上記の事情を総合すると、一江の死による慰謝料(原告松子の傷害に対する慰謝料は後記)は、一江自身について八〇〇万円、原告太郎及び同花子について各四〇〇万円、原告春子及び同梅夫について各一〇〇万円、原告松子について一二〇万円、原告一郎について八〇万円を、それぞれ相当と考える。
ウ 葬儀費用 計一二〇万円
原告太郎らが、これ以上の支出をしたことは《証拠省略》等から窺えるが、損害賠償訴訟における葬儀費用額は、ある程度平準化すべきと考えるので、一二〇万円をもって相当と考える。
エ 文書料 計一〇万円
《証拠省略》及び本件事案の内容に照らせば、この金額を相当と認める。
オ 原告松子の傷害による損害
(ア) 原告松子は、争いのない事実記載のとおり、本件事故により、骨盤骨折などの傷害を負い、全九一日間入院し、退院後も長期間通院生活を続けていたものである。
そして、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
すなわち、原告松子は、本件事故当時、満六四歳の女性であったが、特に健康を害していた事実はなく、夫や息子夫婦と同居して、幼い子をかかえる息子の妻であるB山秋子などにかわり、家事の多くを担当し、かつ、数十年にわたってミシンの縫製の内職を行って収入を得ていた。しかし、本件事故の精神的肉体的ショックなどから、退院後は、上記内職を止めてしまった。また、退院後も、しばらくは松葉杖を使用し、かつ、膝の痛みが残っていたので、現在も三〇分以上正座できない状態にある。
入院中は、足をつったままの状態にあったので、自力では食事も満足にとれない状態にあり、かつ、入院先の羽生病院のヘルパー数が足りなかったことなどから、入院中毎日、親族らが訪れ、食事の世話や体をふくなどの介護を行っていた。羽生病院までのタクシー料金は、片道八二〇円を要した。
(イ) 上記認定事実をもとに、原告松子の傷害による損害額を算定する。
入院雑費については、一日当たり一三〇〇円を相当と考えるので、これに九一日を乗じた一一万八三〇〇円とする。
付添看護費は、上記のとおり、毎日親族らの介護が必要であったことから、一日当たり一名分の六〇〇〇円を相当と考えるので、九一日分の五四万六〇〇〇円となる。
付添交通費は、一日当たり、上記タクシーの往復料金である一六四〇円に九一日を乗じて、一四万九二四〇円となる。
休業損害については、女性労働者の平均賃金である三四一万七九〇〇円(平成一〇年度賃金センサス)を基礎収入とし、同原告の退院後の状態及び同原告の年齢などに照らせば、通院期間中も含めて稼働できなかったと認めるべきであるので、次の計算式のとおり、三四七万四〇八四円と算出できる。
341万7900円×371日÷365日=347万4084円
(ウ) 慰謝料(傷害に対する慰謝料) 二〇六万円
入院三か月・通院九か月に当たる二〇六万円を相当と考える。
(エ) 原告松子の全損害額
本項記載の損害額の合計額六三四万七六二四円、一江の死に対する慰謝料一二〇万円、及び、争いのない事実記載の通院治療費及び通院交通費の合計額三万一八六〇円を加えると、総額七五七万九四八四円となる(既払いの入院費用は除く。)。
カ 原告らの損害額の整理
(ア) 原告太郎及び同花子 各二〇六六万三六八八円
同原告らは、一江の両親として、前記、一江の逸失利益二四〇二万七三七六円及び同慰謝料八〇〇万円の合計三二〇二万七三七六円(既払いの治療関係費用は除く。)の各二分の一ずつ一六〇一万三六八八円を相続により取得し、これに、葬儀費用一二〇万円及び文書料一〇万円の合計額一三〇万円の各二分の一である六五万円を支出し、かつ、各人固有の慰謝料はそれぞれ四〇〇万円であったので、原告太郎らの損害額は、各自合計二〇六六万三六八八円となる。
(イ) 原告松子 七五七万九四八四円
(ウ) 原告梅夫及び同春子(一江の死に対する慰謝料) 各一〇〇万円
(エ) 原告一郎(同) 八〇万円
キ 弁護士報酬の加算
上記カの金額を基準に、各原告の弁護士報酬額を算定するに、それぞれ一割をもって相当と考えるので、本件事故による各原告の損害元本額は、次のとおりとなる(いずれも、小数点以下は切り捨てる。)。
(ア) 原告太郎及び同花子 各二二七三万〇〇五六円
(イ) 原告松子 八三三万七四三二円
(ウ) 原告梅夫及び同春子 各一一〇万円
(エ) 原告一郎 八八万円
第四結論
以上の次第で、原告らの請求は、主文第一項掲記の限度で理由があるので、この限りで認容する。
ただし、原告一郎の損害額に対する遅延損害金の始期は、平成一一年七月三一日とすべきと思料する。
(裁判官 松田浩養)