さいたま地方裁判所 平成12年(ワ)1471号 判決 2002年4月11日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1255万4556円及びこれに対する平成13年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,北本市に居住しているにもかかわらず,浦和市居住者宅を現住所として届け出る方法により被告に入会した原告が,被告から,浦和市居住者でないことを理由に退会扱いとされたことについて,被告は,そもそも原告が浦和市居住者でないことを知った上で入会を認めたものであるから,同退会扱いは不当であるとして,①民法536条2項または同法709条に基づき,退会扱いがなされた平成12年6月12日から被告が解散した平成13年9月30日までの間に被告会員として得べかりし収入相当額288万6100円,②同709条に基づき,被告が統合された社団法人さいたま市シルバーセンターの会員として得べかりし収入相当額966万8456円の合計1255万4556円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。
1 当事者間に争いのない事実
(1) 被告における会員資格に関する定款の規定
被告の定款5条2項は,被告の正会員たりうる者の要件として,浦和市(当時,以下同じ。)に居住するおおむね60歳以上の働く意欲のある者と規定し,同8条2項2号は,会員が浦和市に居住しなくなったときには,退会したものとみなすと規定している。
(2) 原告の被告への入会及び入会中の収入
原告は,平成8年3月19日当時,63歳で,肩書地である北本市内に居住していた者であるが,被告に対し,住所欄に本来の住所ではなく既に被告の会員であったAの住所,すなわち「浦和市a町b丁目c番d号 A方」と記載した入会申込書を提出して入会した。
原告は,被告から,配分金として,平成8年3月から12月までには152万2125円,平成9年には221万6461円,平成10年には220万2467円,平成11年には222万7125円の各支給を受けた。
(3) 被告の原告に対する退会措置(以下「本件退会措置」という。)被告は,平成12年6月12日,原告に対し,原告が浦和市外居住者であることが判明したとして,前記(1)の定款8条2項2号に基づき,原告が被告を退会したものとみなすと通知した。
以後,被告は,原告を会員として扱わず,会費の納入も受け付けない。
(4) 被告の解散
平成13年5月1日の浦和市,大宮市,与野市の3市合併に伴い,前2市の各シルバー人材センターが解散し,与野市シルバー人材センターが存続団体として名称変更(社団法人さいたま市シルバー人材センター,以下「新法人」という。)することとなったため,被告は,同年9月30日の社員総会決議により解散した。
被告の解散に伴い,解散決議当日の被告の会員については,退会の申し出がない限り,会費滞納者を除き,同年10月1日から新法人の会員となるべき所要の手続きを図ることとし,存続団体である与野市シルバー人材センターの理事会において入会の承認を得ることとなった。
2 争点
(1) 原・被告間の法律関係は労働契約に該当するか。
(2) 本件退会措置は「解雇権の濫用」に該当するか。
(3) 本件退会措置は,原告に対する不法行為に該当するか。
(4) 原告の損害
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(原・被告間の法律関係は労働契約に該当するか)について
ア 原告の主張
原・被告間の就労においては,①原告をはじめとする被告の会員は,就労の際,被告が定める「就業規約」,「会員安全心得」,「会員の安全就業基準」,「会員のしおり」等に従うこととされ,「就業規約」にも「被告は,会員の就業に対し適切な助言をする」と定められている,②被告は,就労の単位となるグループ分けにつき人選を行っていた,③原告の就労時間は,平日の午前8時ころから午後5時ころまでであり,原告の使用する作業道具は被告から支給されていた,④被告から会員に対し支払われる「配分金」は,その額を被告が一方的に決め,時間給として支払っていたものであり,注文主が代金を支払わない場合にも会員に対して支払われていた等といった実態があり,これらの就労実態にかんがみれば,原・被告間には就労について指揮従属関係があり,原・被告間の法律関係は労働契約に該当するというべきである。
イ 被告の主張
(ア) 原・被告間の就労実態のうち,①は認め,その余は否認ないし争う。
(イ) 被告の事業は「臨時的かつ短期的な就業(雇用によるものを除く。)を希望する高年齢者のために,当該就業の機会を確保し,及び組織的に提供する事業」(定款4条(4))であって,被告への入会は就職ではなく,制度設計上,会員の生活保障ということはそもそも考慮されていないのであるから,被告と会員との間の請負ないし委任契約を労働契約とみることはできない。
(2) 争点(2)(本件退会措置は「解雇権の濫用」に該当するか)について
ア 原告の主張
原告は,労働基準法上の「労働者」であるから,本件退会措置は,実質的にみると解雇であるところ,市外居住という形式的事実のみを以てする解雇には,正当理由があるとはいえず,又は,解雇権の濫用であって,無効である。
イ 被告の主張
前記(1)イのとおり,原・被告間の法律関係は労働契約ではないから,本件退会措置も解雇権の濫用には当たらない。仮に労働契約であるとしても,原告は,北本市シルバー人材センターにも入会しており,かかる状況では被告に対して十分な労務を提供することができないから,そのような労働者を解雇することには正当理由がある。
(3) 争点(3)(本件退会措置は原告に対する不法行為に該当するか)について
ア 原告の主張
原・被告間では,原告の入会に当たり,A方を「寄留地」とし,同所を住所とすること,すなわち原告の「浦和市居住」の有無は問わない旨の合意が成立していた。
にもかかわらず,被告が後に浦和市居住の事実がないことを理由にした本件退会措置は,原告に対する不法行為に該当する。
イ 被告の主張
原・被告間において,原告の入会に当たり,原告主張の合意は成立していないから,本件退会措置は不法行為に該当しない。
(4) 争点(4)(原告の損害)について
ア 原告の主張
(ア) 平成13年9月30日までの損害
原告は,平成12年6月12日,不当にも被告会員たる地位を奪われたため,以後平成13年9月30日までの就業の機会を奪われ,被告会員たる地位に伴って得べかりし月々18万4612円の支給を受けられなくなった。
(イ) 平成13年10月1日以降の損害
① 被告が,平成12年6月12日以降,原告を会員として扱わず,経費の納入も受け付けないことにしたため,原告は,新法人の会員資格を取得することができず,同センターにおける就業の機会を失った。
② 同センターと被告では,就労職種・就労条件,配分金の支払い等についてわずかの変更もない。
③ 原告は健康であり,職種は比較的軽度の植木職であるから,平成13年10月1日以後5年間は,本件退会措置当時と同等の就労ができる。
④ よって,原告は年平均配分金額221万5351円の5年分の平成13年10月1日における現在価値(新ホフマン係数4.3643による)にあたる966万8456円の得べかりし利益を失った。
イ 被告の主張
(ア) 原告主張は,否認ないし争う。
(イ) 原告は北本市に居住しており,さいたま市居住者ではないから,新法人への入会資格はなく,他方,原告居住地にある北本市シルバー人材センターに入会できるのであるから,何らの損害も被っていない。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(原・被告間の法律関係は労働契約に該当するか)について
(1) 証拠(乙2ないし4,乙6の1ないし4,乙7の4ないし6,乙8の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,被告をはじめとするシルバー人材センターに関する法的規制等は以下のとおりと認められる。
ア シルバー人材センターの法制化
シルバー人材センターは,昭和55年から国の施策の対象とされたが,定年延長の法制化問題を中心とした高年齢者雇用就業対策の検討とそれに伴う総合的な法的整備を行う必要が生じた昭和60年以降,雇用審議会及び中央職業安定審議会において,高年齢者雇用就業対策の重要な柱の一つとして位置づけられ,その法制化が図られた。具体的には,昭和61年1月31,労働省(当時)がシルバー人材センターの法制化を含む「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法の一部を改正する法律案要綱」を中央職業安定審議会に諮問し,同日,同会の「概ね妥当と認める」旨の答申を得た後,同法律案は,所定の手続きを経て,同年2月13日第104回通常国会に提出され,同年4月11日に法案成立し,同月30日に昭和61年法律第43号(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律,以下「法」という。)として公布され,高年齢者雇用開発協会に関する部分等を除き,同年10月1日から施行された。
イ シルバー人材センターの設置及び業務内容
被告をはじめとするシルバー人材センターは,前記アの経過を経て施行された法46条1項に基づき,市町村(特別区を含む)の区域ごとに1個,法47条1項に規定する業務を行う者として都道府県知事の指定を受けた民法34条の法人である。
法47条1項によれば,シルバー人材センターは,業務として①臨時的かつ短期的な就業(雇用によるものを除く)を希望する高年齢者のために,当該就業の機会を確保し,及び組織的に提供する,②臨時的かつ短期的な雇用による就業を希望する高年齢退職者のために,無料の職業紹介事業を行う,③高年齢退職者に対し,臨時的かつ短期的な就業に必要な知識及び技能の付与を目的とした講習を行う,④前3号に揚げるもののほか,高年齢退職者のための臨時的かつ短期的な就業に関し必要な業務を行うと規定されている。
ウ シルバー人材センターと会員との法律関係に関する通達等の定め
(ア) 前記法制化以前である昭和56年9月1日付け労働省職業安定局失業対策部企画課長発,各都道府県主管課長あての「シルバー人材センターの適正な事業運営の確保について」と題する通達によれば,センターの基本的な仕組みとして,センターと会員及び発注者と会員との関係は,形式的にも,実態的にも雇用関係がなく,そのため労働基準法等の労働関係諸法規の適用はなく,労災保険等の保険関係も成立しないこととして取り扱われているとされていた。
(イ) 前記法制化へ向けての国会における論議の中,衆議院社会労働委員会において,委員からのシルバー人材センターに働く人々にも労災保険を適用すべきではないかとの質問に対し,政府委員は,シルバー人材センターについては,いわゆる雇用という形ではなく任意的な形での就業を希望する人向けの施策として進められており,したがって,シルバー人材センターは請負または委任という形で会員に就業機会を提供するのであり,その場合にセンターと会員との間,発注者と会員との間には雇用関係はなく,雇用関係を前提とする労災保険等の関係は生じない旨回答している。
(ウ) 前記法制化後の昭和62年7月1日に改正された「高年齢者労働能力活用事業実施要領」によれば,当該事業の実施主体たるシルバー人材センターは,引き受けた仕事を会員の能力,希望等に応じて,請負または委任の形式により会員に提供するものとし,会員に対して就業日数や収入の保障は行わないとされている。
(エ) 平成元年1月19日付け労働省職業安定局高齢・障害者対策部高齢者雇用対策課長発,各都道府県主管部長あての「シルバー人材センター事業の適正な運営について」と題する通達によれば,センターと会員との間,発注者と会員との間には雇用関係がなく,雇用関係を前提とする労災保険や雇用保険等の社会保険に加入することはできないとされている。
エ シルバー人材センターにおける会員の就業実態
(ア) センターの会員に対する仕事の提供は,会員の希望に応じて行うこととされ,会員には引き受けるについて諾否の自由がある。
(イ) 就業の時間,場所は特定されず,引き受ける仕事の内容に応じて変わり得る。
(ウ) 仕事の完成または遂行のためにセンターは会員に対し適切な助言を行うことはあるが,一般的または具体的な指揮監督を行うものではない。
(エ) 配分金は完成しまたは遂行した仕事の成果に対して支払われるものであり,一定の収入を保証するものではない。
(2) 上記アないしウで認定した法的規制等によれば,シルバー人材センターの事業の性質上,被告と会員との雇用関係が予定されていないことは明白であり,また,エで認定した事実によれば,その就労実態からも原・被告間の法律関係を労働契約と認めることはできない。
したがって,労働契約性を前提とする争点(2)については,判断の要を見ない。
2 争点(3)(本件退会措置は原告に対する不法行為に該当するか。)について
(1) この点,原告は,前記第2の3(3)アのとおり,原・被告間では,原告の入会に当たり,原告の「浦和市居住」の有無は問わない旨の合意が成立したと主張し,本人尋問においても,その主張に沿う供述をしている。
そして,原告がかかる主張をする根拠としては,①被告会員であるA及び被告職員であるBから,被告においては寄留という方法により,当該会員が浦和市内に居住しているかどうかを問わずに入会させるという便法をとっていると聞いていること,②原告は,被告の事務局長をはじめとする職員から,本来の住所を記載した年賀状をもらっており,被告の職員はすべて,原告が浦和市内に居住していないことを知っていたことを揚げている。
(2) しかし,前記第2の1(1)のとおり,浦和市内居住者であることは,被告の定款で定められた会員資格の要件の1つであるところ,①A及びBが,原告に対し,寄留という方法を指示したとしても,Aらは被告代表者ではないこと,②乙21号証によれば,平成13年8月30日の時点で被告会員が965名いることが認められ,同事実にかんがみると,原告が,被告専務理事の職にあったCとの年賀状をやりとりしていたとしても,当該事実のみをもって,Cが,宛先である原告が被告会員であることを認識していたとまでは認め難いことからすれば,かかる事実をもって,被告において,寄留という方法をとれば,定款の規定を事実上排除するという取扱いを容認していたとは認めることができない。
この外,原告は,被告職員からの電話や配分金明細書等の郵送の事実から,被告が原告の浦和市外居住の事実を知っていたとし,これは被告が寄留という便法を用いることを黙示的に承諾したものである旨主張するものと解されるが,かかる主張を認めるに足る証拠はない。
(3) したがって,原告の主張は認めることができない。
3 以上によれば,争点(4)について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 本田敦子)