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さいたま地方裁判所 平成12年(ワ)1601号 判決 2002年1月31日

主文

1  被告は原告Aに対し,225万円及びこれに対する平成11年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告Bに対し,2800万円及びこれに対する平成11年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文同旨。

第2事案の概要

1  本件は,原告Aと被告間で締結された自動車共済契約にかかる自動車を運転していた亡Cが交通事故を起こして死亡したことから,被告に対して車両共済金等の支払いを求めたところ,被告が免責事由を理由に支払いを拒否したため,その支払いを請求した事案である。

2  証拠上明らかな事実(争いのない事実を含む。)

(1)  原告Aと被告は,平成10年3月31日,下記内容の自動車共済約款に基づく自動車共済契約(以下「本件共済契約」という。)を締結した。

① 被共済自動車  登録番号「省略」(以下「本件車両」という。)

② 車両共済金額  225万円

③ 自損事故条項  1500万円

④ 搭乗者傷害特約・死亡共済金額  1000万円

⑤ シートベルト装着者特別共済金  死亡共済金の30%

(2)  平成11年5月30日午前3時ころ,埼玉県行田市大字ab番地付近において,亡Cの運転する本件車両が道路脇の電柱・ブロックに衝突する交通事故が発生し(以下「本件事故」という),亡Cは外傷性脳挫傷等により同日午前3時37分死亡し,本件車両は全損となった。

(3)  原告Bは、亡Cの相続人(子)である。

(4)  本件事故については,本件共済契約の適用があり,所定の免責事由がなければ,原告Aに255万円(前記②条項),原告Bに対し,2500万円(前記③及び④)及びシートベルト着用共済金として300万円(前記⑤)の各共済金の支払義務が被告に発生するところ,被告は原告らに対し,平成11年12月14日付け書面をもって,各共済金の支払いを拒否する旨通知した。

3  争点及び当事者の主張

本件の争点は,本件共済契約上の免責事由である「酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態」(以下「免責事由」という。)のもとに亡Cが本件事故を発生させたか否かである。

(1)  被告の主張

本件事故当時,亡Cの血中アルコール濃度は3.0mg/mlであり(甲7,8,12),この数値は免責事由に該当する。また,亡Cが本件事故当時シートベルトをしていたか否かは不知である。

(2)  原告の主張

亡Cは,被告主張の血中アルコール濃度に達する程の飲酒をした事実はない。またその濃度が正しいとすると,歩行は困難であり,運転自体不可能であるが,亡Cは相当の距離を運転しており,同濃度があるとした鑑定(甲12)は誤りである。

第3当裁判所の判断

1  甲5,10の1ないし4,11,15,16,証人Dの証言,原告Aの供述及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

(1)  亡Cは,平成10年7月15日から同年7月28日まで(14日間),同年9月1日から同年9月5日まで(5日間),同年10月4日から同年10月7日まで(4日間)の3回にわたって,膵炎のためにE病院に入院していた。また退院後も同病院に通院し,本件事故発生の約10日前である平成11年5月21日にも同病院から投薬を受けていた。亡Cは,この膵臓の病気に罹患する以前は家で350ccの缶ビール1,2本程度は飲んでいたが,膵臓を治したいなら酒を飲まないようにと医者に忠告されたため,以後は飲酒を控えるようにしていた。

(2)  亡Cは,昭和54年8月に運転免許を取得して以後,交通事故や交通違反をしたことはなく,運転免許有効期間5年の優良ドライバーであり,運転も丁寧であった。

(3)  平成11年5月29日,亡Cは,趣味のラジコンヘリコプター仲間であるDほか2名の友人と共に食事をする約束をして,同日午後10時ころ,一人で本件車両を運転して待ち合わせ場所の「居酒屋E」に赴いた。他の友人らは,同店において,すでにビールをジョッキ10杯以上は飲んでいたが,亡Cが来店してからは,瓶ビール2,3本を注文して,亡Cはグラスに2杯程度のビールしか飲まなかった。Dは,亡Cが膵臓病に罹患していたことを知っていたため,亡Cには社交辞令程度にしかビールを勧めなかった。Dらはかなり酒に酔った様子であったが,次の日に予定されていたラジコンヘリの取材の話で盛り上がったため,亡Cは,Dほか1名をカラオケに誘い,翌日午前1時すぎころ同店を出た。そして,亡Cの運転する本件車両で「スナックF」に赴き,午前1時30分ころから午前2時ころまで,同スナックで,ウィスキーのボトル,瓶ビール1本とつまみを注文し,カラオケを歌って過ごした。亡Cはビールを飲んではいたが,同店を出る際,その足取りは普通であり,酔った風ではなかった。

(4)  亡Cは,本件車両(左ハンドル車)を運転し,Dが助手席に同乗して,Dの自宅に向かった。しばらくして,Dは道を誤ったことに気づき,亡CはDに対し「家のそばなんだからしっかりしてよ。」と言いながらカーナビをセットしたり,直線では時速約80キロメートルの速度で本件車両を運転していた。その後,Dの自宅付近まで来たが,ラジコンヘリの話で盛り上がったことから,亡CはDに対し「俺の部屋に泊まれよ。」と誘い,亡Cの自宅の方へ進路を変更した。その途中の同日午前3時ころ,本件事故が発生した。事故当時,Dは,酒の酔いもあって,居眠りをしており,大きな衝突音を聞いたが,その前後の記憶ははっきりせず,気づいた時には,亡Cが,上体を外に投げ出して,右足が座席シートとハンドルに挟まれた状態であった。本件事故直後の本件車両は,その左半分の損傷が著しく,左前部から左側面にかけては,衝突の際の衝撃により,その原形をとどめておらず,運転席座席シートは後方へ倒れ込んでおり,シートベルトは干切れた状態であった。

(5)  本件事故現場は,埼玉県行田市大字ab番地付近路上であり,指定速度は時速40キロメートル,幅員6.0メートル(片側一車線)の平坦なアスファルト舗装道路で,中央に黄色実線があり,視界を妨げるような障害物はない。路面は,所々湿潤している箇所があるが,ほぼ乾燥しており,事故当時の交通量は閑散としていた。亡Cの進行方向から見ると,事故現場は直線から緩やかに右へカーブしており,街灯は少なく暗いが見通しは良好である。上記スナックから本件事故現場までには,多くの交差点があり,その走行距離は合計約30.3キロメートルである。

2  ところで,被告の主張に沿う証拠として,本件事故時の亡Cの血中アルコール濃度が3.0mg/mlであったとする科学捜査研究所技術吏員作成の鑑定書(甲12。以下「鑑定書」という。)が存在するところ,この数値は,個人差はあるものの,一般には空腹時に清酒を1200ml(約6合)飲んで3時間経過した場合の値といわれ,強い運動失調,歩行困難,言語不明瞭,諸反射の低下,意識も次第に不明確になる症状が現れるものであることが認められる(甲8,17)。

(1)  しかしながら,前記認定のとおり,亡Cは,本件事故の前日午後10時ころから,居酒屋等で3時間程の間にビールを飲酒しているが,その飲酒量はさほど多いものではなかったし,本件車両の運転中もDと終始会話をして,事故現場に至るまで約30キロメートル以上もの距離を多くの交差点を通過しながら正常に走行していたのであるから,その態度は上記症状に明らかに反するものである。亡Cが前記数値に該当する高度の酩酊状態にあったとは,にわかに信じがたい。

(2)  鑑定書の作成経緯について検討すると,本件事故後亡Cは,G病院に搬送され,当日午前3時37分死亡している(甲3)が,同日午前4時50分ころ,同病院安置室において,行田警察署司法巡査が立会人医師から亡Cの頭部から採取した流出血液の任意提出を受け,これを技術吏員に鑑定嘱託したとの記載のある検察官作成の報告書(甲7)が存在している。

しかしながら,他方亡Cの死体検案書(甲3)を作成した同病院副院長Hは,原告代理人からの照会に対し,当時亡Cの死体検案において,血液採取をしたか否か記憶がなく,カルテ上の記載もなく,その事実は判明しないと回答し(甲9),また原告Aは同病院の医師らから,当時亡Cの血液採取をして警察官に交付した事実はないと聞いている旨供述しており(原告A本人尋問の結果),このような事情に照らすと,上記報告書上の記載の正確性には疑問の余地がある。なお弁護士法23条の2に基づく,本件事故に関する一件記録の謄写閲覧についての照会において,検察官は実況見分調書以外の部分の閲覧謄写を拒否する旨回答し(乙2の1,2),当裁判所が採用した検察官に対する調査嘱託でも,立会人医師や警察官の氏名等についての回答は得られなかった。

(3)  このように前記認定の亡Cの飲酒及び運転状況に加え,血液の採取経緯に不明確な点があることを勘案するときは,亡Cの血液と同鑑定に供された血液が同一か否かについての疑問は払拭されず,かかる鑑定書を本件の証拠として採用することは相当でないというべきである。

3  もっとも,前記認定の事故状況に照らすと,本件事故は亡Cがスピードを出し過ぎ,かつ一瞬の居眠り状態においてハンドル操作を誤ったために発生したものと推認され,本件事故前の飲酒が本件事故に影響を及ぼした可能性がないとはいえない。しかし,亡Cの飲酒と本件事故との因果関係が肯定されたとしても,被告が免責されるためには,「酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態」ということが証明される必要があるのであって,スピードの出し過ぎや一瞬の居眠りという事実をもって直ちにかかる運転状態に結びつくものとは認められない。そして他に免責事由を認めるに足りる証拠はない。したがって,被告の主張は採用できない。

4  前記認定のとおり,運転席のシートベルトは干切れた状態にあったというのであるから,亡Cはこれを着用していたと認めるのが相当であり,シートベルト着用共済金の請求部分は理由がある。

5  以上の次第であり,被告の主張する免責事由の存在は,これを認めることができず,原告らの本件請求はすべて理由がある。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 永井崇志)

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