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さいたま地方裁判所 平成12年(ワ)2164号 判決 2005年9月30日

主文

1  被告は,原告に対し,1万1720円を支払え。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  原告

(1)  原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(2)  被告は,原告に対し,35万8363円及び平成12年10月から毎月25日限り月額35万8363円の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

(4)  (1),(2)につき仮執行宣言

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,被告に雇用されていた原告が,被告のした懲戒解雇は無効であると主張して,被告に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と,民法536条2項本文に基づき解雇日以降の賃金(直前の3か月間の平均賃金の額により計算した金額)の支払を求めた事案である。

2  争いのない事実等(証拠により認定した事実については,その末尾の括弧内に証拠を掲げる。)

(1)  当事者等

ア 被告は,建築工事,土木工事等の企画,設計,請負施工及び監理等を目的とする株式会社であり,日本国内に60か所以上の事業所を置き,農家をはじめとする地主に対し,相続税対策等のためにアパートやマンションを経営することを提案し,建築工事の企画,設計,請負,施工,監理及び建物の入居仲介等を行うことを業としている。

イ 原告は,平成9年6月2日,被告と期間の定めのない労働契約を締結した。原告は,当初,被告の我孫子支店(以下「我孫子支店」という。)に営業職として配属され,その後,営業管理責任者に昇格した後,平成12年3月14日付けで営業部管理責任者を解任され,同月15日付けで被告の浦和支社(以下「浦和支社」という。)に配置転換された。(乙26,弁論の全趣旨)

ウ 原告は,浦和支社において,支社長A及び営業開発部管理責任者Bの下で,営業開発部管理補佐・営業チーフとして,新規顧客の開拓業務や営業開発部に所属する営業マンの指導育成を補佐する業務等に従事していた。

(2)  懲戒解雇の意思表示

被告は,原告に対し,平成12年8月11日,「懲戒解雇通告書」と題する同日付けの内容証明郵便(甲1。以下「本件通告書」という。)を送付し,同日付けで原告を懲戒解雇するとの意思表示(以下「本件懲戒解雇」という。)をし,本件通告書は,同月12日,原告に到達した。(原告本人,弁論の全趣旨)

本件通告書には,以下のとおり記載されていた。(甲1)

「 貴殿を後記事由により平成12年8月11日付をもって懲戒解雇に処す。

一,貴殿が浦和支社内において,営業管理責任者やブロック長に対して繰り返し行っている暴言,横柄な態度あるいは指示の無視等の諸行為は,職場の秩序を著しく乱すものである。このことは就業規則第69条(4)号『正当な理由がなく,上長の指示,命令に従わず,反抗的な言動または,越権的な行為により,業務上の運営に支障を生じさせたとき』に該当する。

二,貴殿は平成12年8月10日午後7時50分頃,帰宅するため支社駐車場から国道に出ようとした営業管理者B氏の乗用車を足で蹴り,当該車のフェンダー上部2か所を損傷させた。このことは就業規則第69条(5)号『会社内における盗取,横領,障害等刑法犯に該当する行為があったとき,(以下省略)』に該当する。

以上の行為以外にも貴殿は職場の秩序維持の上から看過すべからざる就業規則に違反する行為を繰り返し行っている。

以上の理由により貴殿を懲戒解雇に処すものである。

尚,B氏は平成12年8月11日,貴殿を浦和警察署刑事課に告訴したことを併せ通知する。

ついては,会社からの貸与物品等を速やかに返納されたい。」

(3)  解雇等についての就業規則の定め

被告の就業規則(平成12年1月6日改訂後のもの。以下「就業規則」という。)には,以下の規定がある。(乙1)

「(解雇)

第19条 社員が次の各号の一に該当するときは解雇する。

(1)  精神,又は身体の故障により業務に堪えられないと認めたとき。

(2)  論旨解雇,及び懲戒解雇の処分が決定したとき。

(3)  勤務成績が著しく不良で将来見込がないと認めたとき。

(4)  業務上の傷病による欠勤が3年以上に及び,法定の打切補償が行われたとき。

(5)  止むを得ない業務上の都合によるとき。

(6)  その他前各号に準ずると認められたとき。

(報告義務)

第46条 職務上における上司の指示は最優先処理事項である。緊急もしくは重要な職務遂行上における上司の新たな指示に対しては,優先順位及び,処理期日の指示を受けるものとする。指示事項の処理及び完了報告は直ちに行わなければならない。

但し,処理もしくは完了に長期間の日時を要する場合は,中間報告または経過報告の実行を厳守しなければならない。

(禁止事項)

第48条 社員は次の行為をしてはならない。

((1),(2)は省略)

(3) 事業の信用を傷つけまたは,業務上の機密及び不利益事項を他にもらすこと。

((4)~(9)は省略)

(懲戒)

第66条 社員が「就業規則」に違反し,または不正な行為や重大な過失により事業の信用を失墜し,損害を与えたときは懲戒する。懲戒は次の6種とする。

(1)  譴責…始末書をとり将来を戒める。

(2)  減給…始末書をとり一定期間減給し,本人の反省を促し将来を戒める。

但し減給は,1回について平均賃金の1日分の半額を減給する。但し,2回以上にわたる場合においては,当該給与の1/10以内で減額する。

(3)  出勤停止…始末書をとり出勤を停止し,本人の反省を促し将来を戒める。

但し,出勤停止期間は10日を限度とする。出勤停止期間の給与は支払わない。

(4)  降格…始末書をとり,職位,職階を現在よりも低い位置に格付けし,本人の反省を促し,将来を戒める。給与は降格された職位,職階に基づく給与に変更する。

(5)  論旨解雇…退職願を提出するよう勧告し,退職させる。勧告もしくは通知送達の日から7日以内に提出がない場合は,会社は行政官庁に対し承認手続きを取り,承認を受け次第即日解雇する。この場合,改めて懲戒解雇の通告は行わない。

(6)  懲戒解雇…非行の責任を追求し,行政官庁の承認を受け即日解雇する。この場合,解雇予告を行わず又予告手当を支払わない。

(懲戒解雇及び諭旨解雇)

第69条 次の各号に該当するときは,懲戒解雇または諭旨解雇とする。但し,情状により出勤停止,または降格に留めることがある。

(1)  重要な経歴を偽りまたは不正な方法で採用されたとき。

((2),(3)は省略)

(4)  正当な理由がなく,上長の指示,命令に従わず,反抗的な言動または,越権的行為により,業務上の運営に支障を生じさせたとき。

(5)  会社内における盗取,横領,傷害等刑法犯に該当する行為があったとき,またはこれらの行為が社外で行われた場合であっても,それが著しく会社の名誉もしくは信用を傷つけたとき。

((6)~(18)は省略)

(19) 第4章に定める最も重要なる服務規律に違反したとき。

(20) その他,社内の最も重要なる規定に違反したとき。」

(4)  被告における賃金の支払期日及び賃金額

被告においては,賃金の支払期日は,毎月25日締め,当月25日払とされていた。

原告の平成12年5月から同年7月分の給与の額は,5月分が36万6930円,6月分が35万8430円,7月分が35万5730円であった。(甲5の1~3,乙45の1)

(5)  解雇予告手当の支払

被告は,原告に対し,平成12年11月10日付け「解雇予告手当について」と題する書面(乙45の1。以下「予告手当支払通知」という。)を送付し,予告手当支払通知は,遅くとも同月16日までに原告に到達した。

予告手当支払通知には「平成12年8月11日付の解雇に伴いまして,解雇予告手当を下記のとおり支払いさせて頂きます。(中略)上記352,530円を平成12年11月16日に給与振込口座へお支払い致します。」との記載がされていた。

そして,被告は,原告に対し,平成12年11月16日,原告名義の銀行口座(【口座番号は省略】)に,解雇予告手当として35万2530円を振り込んだ。(乙45の2)

3  争点

本件の主要な争点は,

(1)  本件懲戒解雇は有効か(争点1),

(2)  本件懲戒解雇に普通解雇の意思表示が内包されているか(争点2),

(3)  本件普通解雇は有効か(争点3),

(4)  被告が原告に対して支払うべき賃金の額はいくらか(争点4),

である。

4  当事者の主張

(1)  争点1(本件懲戒解雇の有効性)について

ア 被告の主張

以下のとおり,原告には懲戒解雇事由があり,かつ,原告の犯した規律違反の種類,程度その他の事情に照らして懲戒処分をすることは相当であるので,本件懲戒解雇は有効である。

(ア) 上司の指示命令に従わず,反抗的言動により業務上の運営に支障を生じさせたこと(就業規則第69条(4)号該当行為。以下「解雇事由(1)」ともいう。)

原告は,以下のとおり,上司に対して反抗的な言動をとり続け,チームで協力して営業等を行う現場の雰囲気を悪くするとともに,上司の指示を聞かなくても良いという雰囲気を作出して指揮命令系統を機能させなくし,業務上の運営に支障を生じさせた。これらの行為は,就業規則第69条(4)号の「正当な理由がなく,上長の指示,命令に従わず,反抗的な言動または,越権的行為により,業務上の運営に支障を生じさせたとき」に該当する。

a 我孫子支店において上司に対し反抗的言動をとったこと

被告においては,不動産等の顧客の財産を任されるという業務内容に鑑み,顧客の信頼を得ることが重要であるため,社員の日常の言葉遣いや礼儀作法を重視し,上司の指示を最優先処理事項として厳格な報告義務(就業規則第46条)を規定している。

しかるに,原告は,言葉遣いが悪く,会議等での上司の指示を聞かず,注意を受けても口答えし,他の社員の意見に対して否定的な意見しか述べず,他の社員に対し,上司の指示命令について「あんな話は聞き流していればいい。」,「退職届は絶対に出すな。」などと述べてこれを無視した。

b 浦和支社において,朝礼や会議で横柄な態度をとり注意されても改めなかったこと

原告は,浦和支社における朝礼でいつもよそ見をしており,会議中の態度も悪く,Aが注意しても改めなかった。

c 浦和支社において,Bの指示に従わず,注意を受けた際,反抗的態度をとり暴言を吐いたこと

Bは,平成12年8月5日午前11時ころ,原告に対し,原告が部下のCに同行して営業活動を行っていた顧客であるDの物件に関して,報告の仕方を注意し,報告の重要性を説いて理解させようとしたが,原告は,Bに対し,「若造が。」「お前のことを上司だとは思っていない。目障りだ。報告が必要かどうかは俺が判断する。あんたの指図は受けない。」「あんたの相手をするのは時間の無駄だ。」などと述べて,再三の注意にもかかわらず,終始うちわで扇ぎながら横柄な態度をとり続けた。

d Aの注意に反抗し暴言を吐いたこと

Aは,原告に対し,平成12年8月7日午後2時ころ,Dの物件をめぐるBとのやりとりについて説明を求めた。すると,原告は,「A,どうせあんたは自分の話を聞かないでしょう。Bが言いがかりをつけてくるので勘弁してほしい。どっちみち今日の夜にお客(D)のところへ行くから。」と述べるなど横柄な態度をとり続けた。Aをはじめ同席していた社員が原告に対し反省と謝罪を求めたが,原告はそれらを無視した。Aが,原告に対し,やむを得ず「そのような態度をとり続けるのであれば解雇せざるを得ない。」と告げたところ,原告は,「解雇でも何でもすればいいでしょう。」と開き直り,仕事の予定を口実に制止を無視して浦和支社を立ち去った。

(イ) 不正な営業行為(就業規則第48条(3)号,第69条(19)号該当行為。以下「解雇事由(2)」ともいう。)

原告は,我孫子支店在籍当時,営業管理責任者の地位にありながら,地主に対し,「日本税理士会の外郭団体で日本の相続税を考える会と申します。」と架空の団体名を名乗って電話をかけ,相続対策の話題に興味を示した地主を後日何食わぬ顔で訪問するという不正な営業活動を独断で行っていた。

これは,被告の「事業の信用を傷つけ」る行為(就業規則第48条(3)号)であり,就業規則第69条(19)号の「最も重要なる服務規律に違反したとき」に該当する。

(ウ) Aに対する脅迫行為(就業規則第69条(5)号該当行為。以下「解雇事由(3)」ともいう。)

原告は,平成12年8月8日午後6時30分ころ,Aの携帯電話に電話をし,「お前よお,原告だけどあんまり調子に乗るなよ。いい加減にしないと今度の株主総会をめちゃくちゃにしてやるぞ。」などと述べた。

これは,脅迫罪に該当する行為であり,就業規則第69条(5)号「会社内における盗取,横領,傷害等刑法犯に該当する行為があったとき」に該当する。

(エ) 被告管理下の書類の持ち出し行為(就業規則第69条(5)号該当行為。以下「解雇事由(4)」ともいう。)

原告は,浦和支社営業部が休日である平成12年8月9日午前9時30分ころ,被告が管理する雇用関係の書類を外部に持ち出そうとしたが,建築技術部のE課長に出入口ドア付近で呼び止められ持ち出しを阻まれた。

これは,窃盗罪に該当する行為であり,就業規則第69条(5)号「会社内における盗取,横領,傷害等刑法犯に該当する行為があったとき」に該当する。

(オ) Bの乗用車を損傷させた行為(就業規則第69条(5)号該当行為。以下「解雇事由(5)」ともいう。)

原告は,平成12年8月10日午後7時40分ころ,Bが浦和支社から帰宅するため,自らが所有する普通乗用自動車(以下「B車両」という。)を運転して駐車場から国道に出ようとしたところ,自動車(以下「原告車両」という。)で駐車場に乗り付け,既に国道上に出て帰ろうとしているB車両に駆け寄り,「俺はちゃんと帰ってきたんだから事業所の鍵を開けろ。タイムカードを押させろ。」と言って,左前部フェンダーを左足で2回足蹴りにして凹損させた。

これは,器物損壊罪に該当する行為であり,就業規則第69条(5)号「会社内における盗取,横領,傷害等刑法犯に該当する行為があったとき」に該当する。

(カ) 経歴詐称(就業規則第69条(1)号該当行為。以下「解雇事由(6)」ともいう。)

原告が入社時に提出した履歴書(乙41)の学歴欄には,昭和47年4月に法政大学経済学部に入学して,昭和51年3月に同大学同学部を卒業したとの記載があり,また,職歴欄に昭和61年12月に甲証券株式会社を退職したとの記載があるが,これらの事実は,いずれも虚偽である。

このように重要な経歴を偽る行為は,就業規則第69条(1)号に該当し,本件通告書に記載された「職場の秩序維持の上から看過すべからざる就業規則に違反する行為」に含まれる。

イ 原告の主張

被告の主張は否認ないし争う。

以下のとおり,被告が懲戒解雇事由に当たるとして主張する事実は一切存在しない上,本件懲戒解雇は社会的合理性を欠き,不相当であるから,本件懲戒解雇は無効である。

(ア) 上司の指示命令に従わず反抗的言動により業務上の運営に支障を生じさせたとの主張(解雇事由(1))について被告が主張する事実はいずれも否認する。以下のとおり,我孫子支店及び浦和支社における原告の勤務態度には何ら問題はなかった。

a 我孫子支店における原告の勤務態度について

原告は,我孫子支店において,支店長に次ぐ役職である営業管理責任者の地位にあり,部下からも高い評価を得ていた。

原告が,浦和支社に転勤した直後(平成12年4月26日)に開催された第一経営企画会議の委員に選ばれた(同会議に出席する委員は,職階,役職,年齢,経験に関係なく,企画立案能力に優れ,健全な発想・思想を持ち,会社を改善し発展させようという意欲の旺盛な社員を人選するものとされている。)ことからも,我孫子支店における原告の勤務態度に問題がなかったことが推認できる。

b 浦和支社の朝礼や会議で横柄な態度をとり,注意されても改めなかったとの主張について

原告は,我孫子支店勤務時に引き続き部下から高い支持を得ていた。むしろ,問題があったのはB及びAの部下に対する態度であり,特に,Bは,Bよりも年齢が上の部下が少しでも逆らうと,「私は営業管理責任者なんですよ。」と述べて,机を叩いて激高することが度々あった。

なお,仮に被告が主張する事実が認められるとしても,懲戒解雇事由及び解雇事由のいずれにも当たらない。

c 浦和支社において,Bの指示に従わず,注意を受けた際,反抗的態度をとり暴言を吐いたとの主張について原告は,Bから注意を受けて,理路整然と反論したにすぎない。

d Aの注意に反抗し暴言を吐いたとの主張について

Aが原告に対し,上記のBとのやりとりについて説明を求めたことはない。Aは,平成12年8月7日の朝礼後,原告を机の前に呼びつけ,いきなり,「お前,上司の言うことを聞けないやつは懲戒解雇だ。」と述べて,原告に対して懲戒解雇を言い渡し,原告が,「Bさんを交えて話を聞いてください。」と述べたのに対しても全く聞く耳を持たなかった。

(イ) 原告が不正な営業行為をしたとの主張(解雇事由(2))について原告が我孫子支店勤務中に「日本の相続税を考える会」との名称を使用して顧客に対して電話による営業活動を行い,部下の営業マンにも同じことをさせたことは認めるが,これが原告の独断による行為であったこと及び「日本税理士会の外郭団体」を名乗ったことは否認する。F支店長もこの営業方法を認めていた。

(ウ) 原告がAを脅迫したとの主張(解雇事由(3))について

被告の主張は否認する。

(エ) 原告が被告管理下の書類を持ち出そうとしたとの主張(解雇事由(4))について

被告の主張は否認する。

(オ) 原告がBの乗用車を損傷させたとの主張(解雇事由(5))について

被告の主張は否認する。

原告は,平成12年8月10日の午後7時ころまで,東京都中央区日本橋蛎殻町所在の喫茶店「ドトールコーヒー」でGと株式の名義書換の打合せをしていた。打合せ終了後,午後7時過ぎに,原告が,「ドトールコーヒー」の向かいにある日新製糖ビル内の公衆電話から浦和支社に電話したところ,電話に出たHが「もうみんな帰ったし,(浦和支社の)鍵も替えられたみたいなので,帰って来ても意味がないんじゃないですか。」と述べたため,原告は,柏市内の自宅に帰宅した。

被告は,原告が午後7時40分ころ浦和支社に面した路上においてB車両を損壊したと主張するが,当日の道路の混雑状況に照らし,原告が,原告車両を運転して午後7時過ぎに日本橋蛎殻町を出発して午後7時40分ころ浦和支社に到着することは不可能であり,原告にはアリバイが成立する。

(カ) 原告が入社時に経歴を詐称したとの主張(解雇事由(6))について

被告は,平成14年9月に原告が陳述書(甲13)を提出するまで,原告による経歴詐称を知りえなかった。このことと,本件通知書において,懲戒解雇の理由として経歴詐称が記載されていないことからすれば,被告は,経歴詐称をもって懲戒解雇事由とすることはできない。

(2)  争点2(本件懲戒解雇に普通解雇の意思表示が内包されているか)について

ア 被告の主張

被告が懲戒解雇事由として主張したとおり,被告は,Aの下で原告の勤務態度を改善させるために原告を配置転換させたが,その後も原告の勤務態度は改善されず,原告は,平成12年8月5日にBに暴言を吐き,同月7日にはこれを注意しようとしたAに対して暴言を吐き,その後,Aに対する脅迫行為,被告管理にかかる書類の持ち出し行為,B車両の損壊行為という刑法違反の粗暴行為にまで及んだものである。しかも,原告は,B車両を損壊した翌日(平成12年8月11日)も,何食わぬ顔で出勤し,全く反省の態度がみられなかった。

こうした事情に照らせば,被告は,平成12年8月11日に至り,もはや原告を雇用し続けることはできないとの考えに基づいてやむを得ず原告を懲戒解雇したといえるから,たとえ原告の行為が懲戒解雇事由に当たらないとしても,被告が原告との雇用関係を解消することを意欲していたことは明らかである。また,被告は,原告に対し,平成12年11月16日,解雇予告手当として35万2530円を支払った。

以上の事情を総合すれば,本件懲戒解雇には普通解雇の意思表示が内包されていたといえる。

また,懲戒解雇と普通解雇は,ともに解雇という点では同じ性質を有することからすれば,懲戒解雇の普通解雇への転換が認められるべきである。

イ 原告の主張

被告の主張は争う。

懲戒制度が存在し懲戒解雇と普通解雇が制度上区別されている企業においては,懲戒解雇は,企業秩序違反に対する制裁罰として普通解雇とは制度上区別されたものであり,実際上も普通解雇に比べて特別の不利益を労働者に与えるものであるから,懲戒解雇の意思表示はあくまで懲戒解雇として,独自にその有効性を判断されるべきものである。したがって,懲戒解雇の普通解雇への転換は認められない。

(3)  争点3(普通解雇の有効性)について

ア 被告の主張

被告が懲戒解雇事由として主張した事情の下では,本件普通解雇には正当な理由があるといえるから,本件普通解雇は有効である。

イ 原告の主張

仮に,普通解雇の意思表示があったと認められるとしても,本件普通解雇を社会通念上相当として是認できるような客観的,合理的事由は存在しないから,本件普通解雇は解雇権を濫用したものであり,無効である。

(4)  争点4(被告が支払うべき賃金の額)について

ア 原告の主張

(ア) 被告の賃金の支払時期は,毎月25日締めの当月25日払である。

原告の平成12年5月から7月までの3か月分の平均賃金は35万8363円である。

(イ) したがって,原告は,被告に対し,平成12年8月分の賃金として35万8363円の,翌9月分以降の賃金として平成12年10月から毎月25日限り35万8363円の支払を求める権利がある。

イ 被告の主張

原告の主張(ア)は認め,(イ)は争う。

第3争点に対する判断

1  争点1(本件懲戒解雇の有効性)について

(1)  懲戒事由の存否

ア 解雇事由(1)について

(ア) 前記第2,2の事実に加え,証拠(甲1,6,13,乙1,3,5,8~10,22の1~4,23の1及び2,26,32,41,45の1及び2,証人B,同A,同E,同Iの各証言,原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。

a 我孫子支店における勤務態度

我孫子支店において,原告は,上司の指示,注意を聞かずに口答えをするなどの言動を繰り返し,当時我孫子支店長であったFは,上司に当たるAに対し,原告の勤務態度が悪いことについて相談していた。

b 浦和支社における勤務態度

原告は,浦和支社の朝礼や会議において,しばしばよそ見をしたり,大げさに扇子で扇いだり,「俺」「あのさあ」などの言葉遣いをすることがあり,上司から注意されても,ふんぞり返っているなど真面目に話を聞かない素振りをみせた。

c Bの指示に対する態度

平成12年8月5日午前11時ころ,Bは,Dの物件について,Dから規模縮小の申し出があった件に関し,原告から説明を受けるとともに,従前の報告の仕方を注意する目的で,原告を机の前に呼んだ。Bは,原告に対し,規模縮小すなわち減額契約は営業成績の減少につながる重要事項であるから,Cに報告を任せるのではなく,営業チーフである原告自らが上司であるBに対し報告すべきであることを説き,また,住宅金融公庫の審査基準変更を受けて,日頃から民間融資を利用するという前提で営業活動をするように指導していたにもかかわらず,原告がこれに従わなかったことについて注意した。これに対して,原告は,Bに対し,Cに報告させたのはCがDからの電話を受けたからである,融資についてBの指導に従わなかったのはDが同業他社からの説明を受けて住宅金融公庫からの融資を受ける意思を固めていたためやむを得なかったと弁解し,さらに,「若造が。」「お前のことを上司だとは思っていない。目障りだ。報告が必要かどうかは俺が判断する。あんたの指図は受けない。」などと述べたため,Bも「私の指示に従えないのですか。」と口調を荒げ,机を叩くなどして激高した。

d Aの注意に対する態度

平成12年8月7日,Aは,原告を呼び,「Bはお前の上司だろう。一体どういうことだ。」と述べて,平成12年8月5日のBとのやりとりについて説明を求めた。原告は,Aに対し,「あんたはどうせ私の言うこと聞かないでしょう。Bさんが言いがかりをつけてくるので勘弁してほしい。どっちみち今日の夜にお客(D)のところへ行くから。」と述べ,A及び同席していた社員が反抗的な言動を改め謝罪するよう注意しても無視した。そこで,Aは,原告に対し,「そんな態度をとり続けていると,辞めてもらうことになっちゃうぞ。お前はそれでもいいのか。」,「上司の言うことをきけないんであれば,辞めちまえ。」と述べた。これに対し,原告は,「クビでも何でも好きにしてくれ。書類にして出してくれ。」と言い返し,外出した。

(イ) 上記の原告の我孫子支店での上司に対する反抗的な勤務態度,浦和支社における横柄な態度,上司のB,Aの指示,注意を聞こうとしない態度は,就業規則第69条(4)号の「正当な理由がなく,上長の指示,命令に従わず,反抗的な言動または,越権的行為により,業務上の運営に支障を生じさせたとき」中の,「正当な理由がなく,上長の指示,命令に従わず,反抗的な言動」をとったという場合に該当するといえる。

しかし,これらの事実は,いずれも被告会社内部での出来事であって,上記の個々の事実により,被告の具体的な「業務上の運営に支障を生じさせた」とまではいえないこと,B及びAとのやりとりに至る経緯に照らせば,前記認定の原告の発言は,双方が興奮した状態で口論している最中の勢いにまかせた突発的な発言であったという側面も無視できないこと,Aが,平成12年8月7日に,被告本社の人事担当取締役であるJ取締役業務管理本部長に対し,原告の処遇について相談した際,Jは懲戒解雇も普通解雇も困難であるとの見解を示したことが認められること(証人Aの証言)からすると,被告自身も,平成12年8月7日までの事情のみをもって原告を懲戒解雇することはできないと認識していたことが認められ,これらを総合すれば,解雇事由(1)は,実質的にみて就業規則第69条(4)号の懲戒解雇理由に当たらないものというべきである。

イ 解雇事由(2)について

前記ア(ア)掲記の証拠によれば,原告は,我孫子支店配属当時,相続税納税者に対し,「日本の相続税を考える会」という架空の団体名を名乗って電話をかけ,興味を示した顧客宅を訪問して相続税対策の効果のある土地の有効活用を提案するという手法で営業活動を行い,部下の営業マンらにも実行させていたことが認められる。

この「日本の相続税を考える会」という架空の団体名を用いた営業活動は,詐欺罪を構成する行為であり,たとえ営業成績を上げるという動機で行われたものであっても,あるいは,仮に営業活動が実を結んで被告に経済的利益をもたらしたとしても,被告の「事業の信用を傷つけ」(就業規則第48条(3)号)る行為であるといえ,不動産など顧客の重要な財産を取り扱う被告の業務内容に照らせば,「第4章に定める最も重要なる服務規律に違反したとき」(就業規則第69条(19)号)に該当するといえる。

ウ 解雇事由(3)について

前記ア(ア)掲記の証拠によれば,原告は,平成12年8月8日午後6時30分ころ,Aの携帯電話に電話し,Aに対し,「あまりがたがた騒ぐな。騒ぐならば株主総会もがたがたにしてやるぞ。」と述べたこと,これに対し,Aは,「ああ,そうですか。」と返答したことが認められる。

これに対し,原告は,Aの証言が携帯電話の着信履歴や通話記録などのあるべき客観的証拠に裏付けられていないこと,Aが捜査機関に対し原告から脅迫まがいの電話があったことを申告していないことを指摘し,Aの証言の信用性を争うが,Aは,原告の電話を受けて「ああ,そうですか。」などと受け答えするにとどまったこと(証人Aの証言)からすれば,Aが警察に電話の件を申告しなかったことや,着信履歴等を証拠として保存しなかったことは不自然であるとはいえない。また,証人Aは,原告との会話内容を具体的に証言しており,前記認定の平成12年8月8日の電話に至る経緯に照らしても自然であるから,証人Aの証言には信用性が認められる。

原告の前記の行為は,脅迫未遂罪を構成するといえるから,この行為は,形式的には「会社内における盗取,横領,傷害等刑法犯に該当する行為があったとき」(就業規則第69条(5)号)に当たる。

エ 解雇事由(4)について

前記ア(ア)掲記の証拠によれば,原告は,所属する営業開発部の定休日である平成12年8月9日午前9時30分ころ,浦和支社を訪れ,勤務机で仕事をする素振りもみせずに人事関連資料や顧客関係資料等を保管してある書棚へ向かい,書類を物色し始めたこと,Eは,このような原告の姿を見て不審に思い,原告に対し,「何やってるんだ。」と問いかけたこと,しかし,原告は,問いかけに反応せず,無言で書棚から青色のファイル1冊を取り出して浦和支社から持ち去ろうとしたこと,そこで,Eは,フロアの出口まで原告を追いかけ,そのファイルを取り上げたこと,Eがファイルの中身を確認したところ,社員の履歴書等の資料であったことが認められる。

これに対し,原告は,平成12年8月9日に原告がファイルを持ち出した事実を否認し,Eの証言の信用性を争うが,Eがことさらに虚偽の証言をして原告を陥れる動機はないこと,Eは目撃時に積算業務をしていたことや原告が「ブルーの雇用関係のファイル」を持ち出そうとしたことなどを具体的に証言していること,Eの証言内容は平成12年8月10日に浦和支社の鍵が交換されたこと(後記オ(ア)a(b))に照らして自然であることから,証人Eの証言は信用できる。

原告が被告管理下の雇用関係の書類を持ち出そうとした行為は,少なくとも窃盗未遂罪を構成するものであり,形式的には「会社内における盗取,横領,傷害等刑法犯に該当する行為があったとき」(就業規則第69条(5)号)に当たる。

オ 解雇事由(5)について

(ア)a 証拠(甲13,17,19,21,28,31~33,37,38,40~45,50,75,乙2~11,21,23の1及び2,証人B,同Aの各証言,原告本人尋問の結果,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,以下の出来事はいずれも平成12年8月10日であるので,年月日の記載を省略する。)。

(a) 原告は,午前9時40分ころ出社して浦和支社内の写真を数枚撮影した後,タイムカードに打刻して外出した。

(b) Aは,Eから原告が書類を持ち出そうとした件について報告を受け,合鍵を所持する原告が再度浦和支社に侵入して物品を持ち出すことを懸念して浦和支社の鍵を交換することを決め,原告の外出中に浦和支社の鍵を交換した。

(c) Aは,鍵の交換を契機に原告が再度トラブルを起こすことを危惧して,その日は早めに浦和支社を閉めることとし,定時である午後7時過ぎから社員を退社させた。そして,同7時40分ころ,A,B及びEが最後に浦和支社を退出した。

(d) Bは,浦和支社前の交差点(以下「本件交差点」という。)付近で,A及びEと別れ,浦和支社の入居しているビルの北側に隣接する駐車場(以下「本件駐車場」という。)に向かい,本件駐車場に駐車したB車両(【車両番号は省略】)のエンジンをかけ,バックしながら本件駐車場東側に位置する国道17号(以下「本件道路」という。)に進出させようとして後方を確認した。すると,原告車両が,勢いよく本件駐車場内に入ってきて,本件道路側の駐車スペースに停車した。

(e) Bが,原告車両に構わず,B車両を運転して後退しながら本件道路に進出し,北方に前進しようとしたところ,原告は,原告車両を降りてB車両に駆け寄り,「俺は帰って来たんだからタイムカードを押させろ。事務所の鍵を開けろ。」と怒鳴りつけ,B車両の進行を阻止しようとした。

(f) Bが,B車両を停車させるべきか進行させるべきか躊躇した後,進行させようとした矢先に,原告は,本件道路の歩道側からB車両を蹴るような動作をした後,B車両の左側フェンダーを左足で軽く蹴り,さらに同所を左足で強く蹴りつけた。原告のかかる行為により,B車両の左側フェンダー(タイヤの右斜め上の部分)に靴底の大きさ及び形状をした凹みが形成され,その凹みの内部及び周辺に擦過痕が形成された。

(g) Bは,本件道路脇の路肩にB車両を停車させて降車し,原告に対し,「あの傷をちゃんと見てください,今,自分が何をしたか分からないんですか。とんでもないことをしたんですよ。」と抗議したが,原告は,Bの言葉を無視して「お前が逃げるから悪いんだよ。早く(浦和支社の)鍵開けろ。」などと述べた。

(h) 一方,Aは,Bと別れてEとしばらく話をした後,本件道路を横断しようとして,信号待ちをしていたところ,原告がB車両を蹴りつけているところを目撃したため,原告らに駆け寄った。Aが,原告に対し,「原告,お前何やってるんだ。」と声をかけたところ,原告は,引き続き興奮した状態で,Aに対し,「帰ってきたんだから鍵を開けろ。」「殴る気なら殴れ。」と強い口調で言い返した。

(i) その直後の午後7時45分ころ,Bが携帯電話で警察に110番通報し,原告に車のフェンダーを凹まされたこと及びBは現場で待機していることを告げたところ,原告は,慌てて原告車両に乗り込み,本件駐車場を出て行こうとした。

(j) B及びAは,警察官が来るまで原告をその場に留めておくため,本件駐車場の入り口に立ちふさがって原告車両を止めようとしたが,原告は,強引に原告車両を後退させて本件道路に出て,その場を去った。

b 上記認定に対し,原告は,要旨,①B車両の左側フェンダー前部(タイヤの左斜め上の部分)の線状擦過痕(以下,単に「線状擦過痕」という。)は,木材の柾目部分により形成されたものである(原告が蹴りつけたことにより形成されたものではない),②B車両の左側フェンダー(タイヤの右斜め上の部分)の凹損痕(以下,単に「凹損痕」という。)の中に形成された山型の擦過痕(以下「山型痕跡」という。)はB車両が前進中に形成されたものではない(B車両は前進していたとのB証言と矛盾する),③本件交差点の信号サイクルに照らしてAが本件を目撃したはずはない,④原告が原告車両の前部バンパーをブロック塀にぶつけたとのBの証言は客観的事実に反する,⑤Bの証言は,午後7時40分より前にB車両がパンクしているのを目撃したとのKの証言と矛盾すると主張して,B及びAの各証言の信用性を争う。

そこで,以下,順次検討する。

(a) 線状擦過痕について

確かに,Lら作成にかかる鑑定書(甲28。以下「L鑑定書」という。)によれば,木材の柾目を用いて,線状擦過痕と類似した擦過痕を形成できることが認められるから,線状擦過痕が原告の行為により形成されたものであるかどうかには疑問を挟む余地がないとはいえない。

しかし,L鑑定書では木材の柾目以外により線状擦過痕が形成された可能性がない理由が明確にされていないこと及び鑑定人Mによる鑑定の結果において,靴底による足蹴り行為により線状擦過痕を形成することが可能であると結論付けられたことに照らせば,L鑑定書によっても線状擦過痕が木材の柾目で形成されたと認めることはできず,結局,線状擦過痕の形成された過程は不明であるといわざるを得ない。

したがって,原告の主張は理由がない。

(b) 山型痕跡について

原告は,山型痕跡の方向に照らしてBの証言は信用できないと主張する。しかし,Bの証言によれば,BはB車両を進行させるか否か躊躇していたこと,進行しようとした矢先に原告にB車両を蹴られたことが認められ,原告がB車両を蹴りつけた状況に照らせば,原告に蹴られたことに驚いたBが反射的にブレーキを踏むなどした可能性も否定できないから,原告の足がB車両の凹損痕部分に当たったその瞬間に,B車両がまさに前進していたか否かはBの証言からも明らかにはならず,他にB車両が前進していたことを認めるに足りる証拠はないから,原告の主張はその前提を欠く。

(c) 信号サイクルについて

原告は,Aが信号待ちを始めたのとBが本件駐車場へ向かったのがほぼ同時であったことを前提に,信号のサイクル(甲57,58)に当てはめて,Aが原告の行為を目撃したはずはない旨主張する。

しかし,B,A及びEの各証言によれば,平成12年8月10日は,B,A及びEの3名が最後に浦和支社を最後に出たこと,Bは先に一人で本件駐車場へ向かい,その後A及びEが約1,2分話をしたこと,AはEとの話が終わった後,Bに遅れて本件交差点に向かい,一人で信号待ちをしたことが認められる。これらの事情に加えて,本件駐車場は浦和支社が入居しているビルに隣接していることからすれば,Aが本件交差点に向かう間に,既にBはB車両を本件道路に進出させようとしていたといえる。また,上記のとおり,B及びAはそれぞれ別々の行動をとっていたのであるから,BがB車両を本件道路に進入させた際に見た「赤信号」とAが信号待ちをした際に見た「赤信号」がいずれも信号サイクルのステップ5(甲57)に当てはまるとはいえず,原告の主張はその前提を欠く。

また,証人Aは,信号待ちをしている間に原告が蹴る素振りをしたのを目撃したと述べているに過ぎず,Aがその後の一部始終を目撃したことからすれば,同人は,最初に原告の動きに目を止めて以降,対面信号は目に入らなかったことが推認できるから,一連の行為が行われた間にAは横断歩道を渡りきっていなければおかしいとの原告の主張は失当である。

(d) フロントバンパーについて

確かに,原告が原告車両のフロントバンパーをブロック塀にぶつけたという事実は証拠上認定できず,この点に関するBの証言は事実に反するといえる。しかし,かかる事情はBの証言全体の信用性を失わせるほどの重要な齟齬とは認められないし,B及びAの各証言によれば,Bは原告車両が走り去った際,携帯電話で通話中だったことが認められ,Bの記憶が不正確であったとしてもやむを得ない事情があるといえるから,全体としてのBの証言の信用性は損なわれない。

(e) K証言について

Kの証言は,パンクの状況,パンクしたタイヤを見たとする日付,Bの指示説明等その重要部分が曖昧であり,また,B及びAの各証言と整合しないから,にわかに信用できない。原告の主張は前提を欠く。

c 原告は,以上のほかにも縷々主張してB及びAの各証言の信用性を争うが,それらは,B及びAの各証言のごく一部のみを取り上げて微に入り細に入り食い違う部分を指摘して反論したり,B車両がパンクしていたことなど本件との関連性が認められない事情について論難したり,証拠上認定できない事実(B車両はクーラーをつけていたこと)を前提に原告の見解を述べたりするものであり,いずれもB及びAの各証言の信用性を覆すに足りない。

d なお,原告は,平成12年8月10日は,午後7時ころまで東京都中央区日本橋蛎殻町の「ドトールコーヒー」で株式の名義書換の打合せをしていたため,午後7時40分ころ浦和の本件現場に到着するのは不可能であり,原告にはアリバイが成立すると主張し,証拠(甲11,13,24,34,77,Gの証言及び原告本人尋問の結果)にはこれに沿う部分がある。

しかしながら,原告本人の供述は,B及びAの各証言と矛盾するものであり,また,当日は既存の顧客を中心に精力的に営業活動をしたとしながらN姓以外の顧客の名前については曖昧な供述に終始している点,株式の名義書換に行ったにもかかわらず株券を失念したとの点,100万円相当の株券を平成12年8月7日以降浦和支社に置いておいたとの点など,その内容自体不自然,不合理であるから信用できない。

さらに,証人Gの証言について検討すると,Gは原告が被告に入社した際,身元保証人になった者であり(乙26),そのこと自体から原告に有利な虚偽の供述をする動機があるといえるほか,その供述内容からは,身元保証人になるほど原告と親しいにもかかわらず,株の取引以外はあまりつき合いがなかったと述べるなど原告との関係が薄いことを装うような様子がうかがわれる。したがって,G証言はにわかに信用することができない。

また,原告は,平成12年8月10日当日の道路の混雑状況及びカーナビゲーションの示したルートを検討し,原告が午後7時40分に浦和支社に到着することは困難である旨主張し,原告には浦和支社に戻る動機がないことをも指摘して,アリバイの成立を主張する。しかし,以上のとおり,そもそも,原告の供述及びGの証言に信用性が認められず,この他に原告が平成12年8月10日午後7時ころに日本橋蛎殻町にいたことを認めるに足りる証拠はないから,その余について検討するまでもなく,アリバイの成立は認められない。

(イ) ところで,原告がB車両を蹴りつけて凹損させた行為は,終業直後に浦和支社の駐車場付近でされたものであること,その行為自体は器物損壊罪の構成要件に該当し,実際に刑事事件の第一審において有罪判決がされたこと(乙44。ただし,控訴中である。)から,「会社内における盗取,横領,傷害等刑法犯に該当する行為があったとき」(就業規則第69条(5)号)に該当するといえる。

カ 解雇事由(6)について

使用者が労働者に対して行う懲戒は,労働者の企業秩序違反行為を理由として,一種の秩序罰を課するものであるから,具体的な懲戒の適否は,その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって,懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は,特段の事情のない限り,当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから,その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである(最高裁判所平成8年9月26日判決・判例時報1582号131頁)。

これを本件についてみると,弁論の全趣旨及び本件訴訟の経過に照らせば,原告の経歴詐称について被告が認識したのは,平成14年9月に原告が提出した陳述書(甲13)において,原告が入社時に被告に提出した履歴書と異なる経歴が記載されていたことを認識した時点であるといえるから,原告による経歴詐称の事実は,平成12年8月11日の本件懲戒解雇当時に使用者たる被告が認識していなかった非違行為に当たり,かかる事実をもって本件懲戒解雇の有効性を根拠付けることはできない。

したがって,解雇事由(6)をもって,本件懲戒解雇の理由とすることはできない。

(2)  本件懲戒解雇の効力(権利濫用の有無)

ア 以上のとおり,本件においては,解雇事由(2)が就業規則第69条(19)号の,解雇事由(3),(4),(5)が就業規則第69条(5)号の各懲戒解雇事由に該当するものということができるが,このように,就業規則の懲戒解雇事由に該当する行為があったとしても,これを理由とする懲戒解雇は,当該具体的事情の下において,それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には,権利の濫用として無効となると解するのが相当である(労働基準法18条の2参照)。

イ そこで,以下,これについて検討することとする。

(ア) 解雇事由(2)について

本件全証拠によっても,解雇事由(2)に該当する行為によって被告に具体的な損害が生じた事実は認められないこと,当該行為は平成12年8月7日以前に行われたものであり,前記のとおり,平成12年8月7日の時点では,被告自身も原告を解雇することは困難であると認識していたこと(証人Aの証言)からすれば,原告が架空の団体名を用いて営業活動を行ったことを理由に原告を懲戒解雇することは不相当であるといえる。

(イ) 解雇事由(3)について

解雇事由(3)該当の行為により被告会社に具体的な損害は発生しておらず,脅迫文言を告げる電話があったのは1回だけであったことからすれば,上記の行為を理由に原告を懲戒解雇することは不相当である。

(ウ) 解雇事由(4)について

原告自身が合鍵を所持しておりいつでも浦和支社に出入りできる状態であったこと(証人Aの証言),書棚には鍵がかかっていなかったこと(証人Eの証言),結果として浦和支社外にファイルを持ち出すまでには至っておらず,原告の行為により被告会社に具体的な損害が生じたとはいえないことからすると,解雇事由(4)の書類持ち出し行為を理由に原告を懲戒解雇するのは相当でない。

(エ) 解雇事由(5)について

解雇事由(5)に該当する行為は上司であるBに向けられたものであること,原告は一方的にB車両を蹴りつけたこと,原告はBが110番通報をするや否やB及びAの制止を無視して現場から逃走したこと,原告は翌日も浦和支社に出勤しながらBに対し一言の謝罪もせず,被害弁償はされていないこと,原告は民事・刑事の裁判を通じて一貫してB車両を蹴った事実を否認し,全く反省の態度をみせていないことに照らせば,その行為態様は悪質であるといえる。

しかしながら,前記認定のB車両の損壊行為に至る経緯を全体としてみれば,平成12年8月5日以降,BやAと原告との間の口論が相次ぎ,原告とB・Aの関係が日に日に険悪になる状況の下,平成12年8月7日に,Aが,原告に対する処分が決定したわけでもないのに,原告の留守中に社員をして原告の荷物を段ボール箱に詰めさせ,平成12年8月10日当日には,原告がいまだに被告の社員であるにもかかわらず,Aが,原告を浦和支社から閉め出す目的で浦和支社の鍵を付け替えて,原告がタイムカードを押せない状況を作出し,Bが,浦和支社の駐車場に到着した原告車両を認め,原告が鍵の付替えについて立腹した様子であることにも気付きながら,敢えて原告を無視してB車両を発車させようとしたことが認められる。こうした一連の経過に照らせば,BとAは,原告がBとAに対する不信感を募らせていることを知りながら,原告を挑発して憤慨させ,原告がBに対する実力行使に出ざるを得ない状況を自ら作出したといっても過言ではない。

また,本件損壊行為は偶発的なものであって計画性はうかがわれず,さらに,本件損壊行為による被害は物損にとどまり(刑事事件の判決において認定された損害額は8万0240円(乙44)である。),原告の行為により生じた結果は軽微なものであるといえる。

これらの事情を総合すれば,原告がBに対して立腹してB車両を損壊させたことについては,かかる行為を誘発した被告にも責められるべき点が認められ,他方において,原告の行為によって発生した結果は軽微なものであったといえるから,標記行為を理由に原告を懲戒解雇することは社会通念上相当とはいえず,合理的理由を欠くといわざるを得ない。

ウ 以上によれば,被告がした本件懲戒解雇は,客観的にみて合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができないから,懲戒権を濫用したものとして,無効である。

2  争点2(本件懲戒解雇に普通解雇の意思表示が内包されているか)について

(1)  懲戒解雇は,使用者による労働者の特定の企業秩序違反の行為に対する懲戒罰であり,普通解雇は,使用者が行う労働契約の解約権の行使であり,両者はそれぞれその社会的,法的意味を異にする意思表示であるから,懲戒解雇の意思表示がされたからといって,当然に普通解雇の意思表示がされたと認めることはできないし,懲戒解雇の普通解雇への転換は認められないと解するのが相当である。他方,使用者が,懲戒解雇の要件は満たさないとしても,当該労働者との雇用関係を解消したいとの意思を有しており,懲戒解雇に至る経緯に照らして,使用者が懲戒解雇の意思表示に,予備的に普通解雇の意思表示をしたものと認定できる場合には,懲戒解雇の意思表示に予備的に普通解雇の意思表示が内包されていると認めることができる。

(2)  これを本件についてみると,前記認定の事実経過に照らせば,被告が,原告をAの下で再教育するために浦和支社に配置転換した後も原告の勤務態度は一向に改善されず,平成12年8月5日以降,原告とB及びAの関係は悪化の一途をたどり,同年8月7日には,Aが原告に対し「そんな態度をとり続けていると,辞めてもらうことになっちゃうぞ。お前はそれでもいいのか。」,「上司の言うことをきけないんであれば,辞めちまえ。」と述べて,これ以上反抗的な態度をとり続けた場合は解雇も含めた処分を検討せざるを得ない旨警告したにもかかわらず,原告はその直後の同年8月10日にB車両の損壊行為に及んだこと,被告は,その翌日にも原告が何食わぬ顔で出勤したことから,いよいよ原告を解雇するしかないとの意思を固めて本件通告書により懲戒解雇の意思表示をしたこと,被告は,同年10月19日,本件の訴状の送達を受けて,原告が懲戒解雇処分に抵抗し,本件訴訟を提起して争う姿勢であることを知り,原告に対し,「平成12年8月11日付の解雇に伴いまして,解雇予告手当を下記のとおり支払いさせて頂きます。」と記載した予告手当支払通知を送付して,同月16日に解雇予告手当を支払う旨を通知し,同日,原告の給与振込口座に解雇予告手当として35万2530円を振り込んだこと(なお,就業規則第66条(6)号には,懲戒解雇をする場合,「解雇予告を行わず又予告手当を支払わない」旨が定められている(乙1)。)が認められ,これらの事情を総合すると,被告は,平成12年8月11日に至り,もはや原告を雇用し続けることはできないとの考えに基づき,本件通告書を送付したものと認めることができるから,本件懲戒解雇の意思表示には,予備的に普通解雇の意思表示が内包されていたものと認めるのが相当である。

3  争点3(普通解雇の有効性)について

(1)ア  被告は,懲戒解雇事由と同様の事情を理由に原告を普通解雇したと主張するところ,使用者の解雇権の行使も,それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には,権利の濫用として無効になると解すべきである(労働基準法18条の2参照)。

イ(ア)  これを本件についてみると,前記認定の本件解雇に至る経緯に照らせば,Aが原告に無断で社員をして原告の荷物を段ボール箱に詰めさせたこと,原告がタイムカードに打刻できないよう原告を閉め出したこと,Aが原告に「辞めちまえ。」などと述べたこと,Bが原告に対し口調を荒げたことなど,被告の対応にも不適切な面があったことは否めない。

(イ) しかし,前記認定のとおり,原告は,我孫子支店において架空の団体名を用いて営業活動を行った(就業規則第48条(3)号,69条(19)号該当行為)ほか,浦和支社においても,B及びAから再三注意を受けたにもかかわらず,朝礼や会議においても横柄な態度をとり,口答えをして口論し,Aの携帯電話に脅迫まがいの電話をかけ(就業規則第69条(5)号該当行為),被告管理にかかる書類を無断で持ち出そうとした(就業規則第69条(5)号該当行為)挙げ句,B車両を損壊した(就業規則第69条(5)号該当行為)ものである。

(ウ) さらに,証拠(甲13,乙41,42,原告本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり,原告は,被告に入社した際,経歴を詐称したものと認めることができ,かかる原告の行為は,懲戒解雇事由である「重要な経歴を偽りまたは不正な方法で採用されたとき」(就業規則第69条(1)号)に該当する。

a 原告は,高校卒業後,乙証券株式会社に就職し,同社に勤務しながら夜間短大に通い,昭和48年に丙短期大学を卒業し,昭和55年ころ丁証券株式会社に,昭和58年ころ戊株式会社に,それぞれ転職した。

b 原告は,「営業職員としての営業成績が著しく劣る」ことなどを理由に,平成8年1月20日付けで戊株式会社を解雇された。原告はこれを不服として,戊株式会社に対し,雇用契約上の地位にあることの確認及び賃金の支払等を求めて訴訟を提起した(【事件番号は省略】)が,平成9年5月19日,原告の請求をいずれも棄却するとの判決がされ,原告が控訴しなかったため,同判決は確定した。

c 原告は,被告に入社するに当たり,被告に対し,上記a,bの学歴及び職歴を秘匿し,履歴書の「学歴・職歴」欄に,「昭和47年4月法政大学経済学部入学」,「昭和51年3月同校卒業」,「昭和51年4月甲証券株式会社入社」(甲証券株式会社は,乙証券株式会社が合併により社名変更したものである。),「昭和61年12月甲証券株式会社退職」,「昭和62年3月戊株式会社入社」,「現在千葉支店にて営業活動中」と虚偽の記載をした平成9年3月21日付けの履歴書(乙41)を提出した。

(エ) 以上の事実を総合すると,本件は,普通解雇事由のうち「止むを得ない業務上の都合によるとき」(就業規則第19条(5)号)に該当する場合であるということができる。

そして,これまで認定したような本件解雇に至るまでの経緯,解雇事由等に照らすと,被告の対応に不適切な点があったことを考慮してもなお,本件普通解雇には合理的理由があり,社会通念上相当と認めることができるから,解雇権を濫用したものとはいえない。

(2)  以上のとおり,平成12年8月11日付けの本件普通解雇は有効であるといえるが,本件全証拠によっても即時解雇の要件を満たす事情は認められないから,被告は,即時解雇の要件を満たさないにもかかわらず,解雇予告手当の支払も30日前の予告もしないで本件普通解雇をしたことになる。

そこで,労働基準法20条違反の解雇の意思表示の効力が問題となるが,即時解雇としては効力を生じないが,使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り,通知後に労働基準法20条1項本文所定の30日間の期間を経過したときは,その時から解雇の効力を生ずると解すべきである(最高裁判所昭和35年3月11日判決・民集14巻3号403頁)。

これを本件についてみると,前記認定の本件解雇に至る経緯に照らせば,被告は,即時解雇には固執していないと認められるから,本件通告書が原告に到達した平成12年8月12日の30日後である同年9月11日の経過をもって本件普通解雇の効力が発生したというべきである。

4  争点4(被告が支払うべき賃金の額)について

(1)  上記の認定判断のとおり,本件普通解雇の効力は平成12年9月11日の経過により発生したと認められるところ,原告は,平成12年8月12日から同年9月11日までの間,使用者である被告の責めに帰すべき事由により労務の提供が不能になったということができる。したがって,原告は,被告に対し,民法536条2項本文に基づき,平成12年8月12日から同年9月11日まで合計31日分の賃金請求権を有する。

(2)  次に,被告が原告に対して支払うべき賃金額を検討すると,前記認定のとおり,原告の平成12年5月から同年7月分の給与の額は,5月分が36万6930円,6月分が35万8430円,7月分が35万5730円であるから,平成12年5月から7月まで合計92日間の1日分の平均賃金額は,次の計算式のとおり,1万1750円である。

〔計算式〕(366,930+358,430+355,730)÷92=11,750

よって,被告が原告に対し支払うべき平成12年8月12日から同年9月11日まで合計31日分の賃金額は,次の計算式のとおり,合計36万4250円である。

〔計算式〕11,750×31=364,250

(3)  もっとも,前記のとおり,被告は,原告に対し,平成12年11月16日,解雇予告手当として35万2530円を振り込んだことが認められ,弁論の全趣旨によれば,原告はこれを未払賃金の一部弁済として受領したことが認められる。

そうすると,前記認定の平成12年8月12日から同年9月11日まで合計31日分の賃金として支払われるべき36万4250円のうち,35万2530円は既に弁済済みであるといえるから,結局,被告が原告に支払うべき賃金の残額は,1万1720円である。

5  結論

以上によれば,原告の被告に対する本件請求は,被告に対し,1万1720円の支払を求める限度で理由があり,その余については理由がないからいずれもこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法64条ただし書及び61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤壽邦 裁判官 和久田道雄 裁判官 板橋愛子)

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