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さいたま地方裁判所 平成12年(ワ)2226号 判決 2001年12月21日

原告

甲野花子

(以下「原告花子」という。)

外二名

原告ら訴訟代理人弁護士

加村啓二

田中登

柴野和善

大倉浩

鍛冶勉

関口和正

安田孝一

磯部静夫

阿部高明

田澤俊義

隅田敏

大里定則

段貞行

武藤進

大塚嘉一

久保田寿栄

松本輝夫

小鮒成忠

佐々木修

日下部眞史

若狭美道

関昌央

吉澤俊一

竹内麻子

荒木直人

尾崎康

権田陸奥雄

山本正士

矢部喜明

渡辺晋

小出重義

浅水尚伸

吉村総一

被告

乙川太郎

(以下「被告乙川」という。)

外二名

被告ら訴訟代理人弁護士

松本和英

土谷修一

主文

1  被告らは、各自、原告花子に対して三六二八万五五一七円、原告春子及び原告夏子に対してそれぞれ一七三四万二七五八円並びに以上の各金員に対するいずれも平成一〇年一一月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

4  この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  原告らの請求

被告らは、各自、原告花子に対して八二五〇万七七四九円、原告春子及び原告夏子に対してそれぞれ四一二四万八八七四円並びに以上の各金員に対する平成一〇年一一月七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、演歌歌手であった甲野次郎(以下「次郎」という。)の遺族である原告らが、被告乙川において、次郎に傷害を負わせて死亡させるに至った犯罪行為(以下「本件犯行」という。)につき、不法行為責任を負うことを前提に、指定暴力団○○会△△一家丙山組(以下「丙山組」という。)の組長であった被告丙山及び組長代行であった被告丁島にも、被告乙川の使用者ないし代理監督者として損害賠償責任があると主張して、被告らに対し、民法七〇九条、七一五条一項及び二項に基づき、亡次郎ないし原告らの被った損害の賠償を求めている事案である。

第3  前提となる事実

1  本訴請求に対する判断の前提となる事実は、以下の2及び3のとおりであって、当事者間に争いがないか、あるいは、括弧内に挙示する証拠ないし弁論の全趣旨によって認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。

2  当事者関係

(1)  原告花子は、次郎の妻であり、原告春子及び原告夏子は、いずれも次郎と原告花子との間に生まれた子である。

(2)  次郎は、青果市場に整備員として勤務した後、独立して青果店を営んでいたが、昭和六一年から、青果店を営む傍ら、かねて念願であった演歌歌手としてデビューすることになり、平成元年からは、青果店を辞め、以来、本件犯行によって死亡するに至るまで、専業の演歌歌手として全国各地を巡業し、飲食店等で歌を唄ってCD等を販売するなどしていた(原告花子)。

(3)  被告乙川は、本件犯行の実行行為者であり、犯行当時の在籍関係はともかく、現在では、○○会の理事の地位にある(甲10)。

(4)  被告丙山は、被告乙川の本件犯行当時、丙山組の組長であった。

(5)  被告丁島は、被告乙川の本件犯行当時、丙山組の組長代行であった。

3  本件犯行の概要

次郎は、平成一〇年一一月六日、巡業の一環として、埼玉県八潮市内でキャンペーン中、居酒屋「□□」に立ち寄ったが、同店に居合わせた被告乙川から、その経緯はさておき、同日午後一〇時三〇分ころ、丙山組の事務所に連行され、顔面を手拳で殴打され、顔面及び背部等を木製椅子で殴打されたり、顔面、胸部及び腹部等を足蹴りにされたりするなどの暴行を受け、同月七日午前一時三〇分ころ、外傷性くも膜下出血及び左血気胸の競合により死亡した。これが本件犯行であって、被告乙川は、平成一一年九月六日、当庁において、傷害致死の罪で懲役七年六月の有罪判決を受け、現在、前橋刑務所で服役中である。

第4  本件訴訟の争点

1  第一の争点は、本件犯行につき、実行行為者である被告乙川の不法行為責任を前提に、被告丙山及び被告丁島が民法七一五条一項及び二項所定の使用者責任及び代理監督者責任を負うか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、以下のとおりである。

(原告ら)

(1) 暴力団活動と民法七一五条の適否

民法七一五条は、一定の社会活動をしようとする者が、他人を自己の指揮監督下において使用した場合に、その他人である被用者のした不法行為について自らも使用者として責任を負担すべきものとした規定である。使用者にも責任を負わせる根拠は、損害の公平な分担にあって、具体的には、報償責任ないし危険責任と理解されるが、同条の趣旨に鑑みれば、使用者が被用者を使用することによって、事業活動の範囲を拡張している関係にあり、かつ、使用者と被用者との間に実質的にみて事実上の指揮監督関係ないしは服従関係がありさえすれば、形式的に雇用関係あるいは委任関係がなく、情誼ないし個人的な理由に基づく関係であっても、使用者の社会活動の合法、非合法を問わず、同条の適用があるというべきである。

これを暴力団組織についてみると、組織の頂点に立つ組長と構成員である組員との間に、親が子に対して絶対的な支配権や統制権を有する封建的家父長制度を模した擬制的血縁関係があり、組長の指揮命令は末端の組員まで拘束している。組長は、組員の生活全般にわたって強い支配力を及ぼすことにより、組員が暴力団として遂行する経済的活動である「しのぎ活動」を支配下に置き、「しのぎ活動」による収益を上納金等の名目で収奪し、それを組長自身の利益として留めたり、一部を組織の活動資金に充てたりするために、そのような擬制的親子関係を持つのである。そのような関係は、あくまでも組長と組員との合意によって成り立っているが、当該合意が成立するのは、組員にとってみれば、組長との擬制的親子関係を結ぶことにより、縄張りや暴力団である組の威力の利用(ブランド名の利用)を許され、力ある代紋の下にあることで、「しのぎ活動」が容易になることを意味するためであるし、組長にとってみれば、このように組の威力を利用すべく組に加入する組員によって組の活動を維持、拡大するばかりか、組員の活動により利益を得る結果となる。また、組長が、その組織に君臨し、合法・非合法の経済活動及びその維持、拡大を事業者たる組長のために行動することが、組織の末端にまで浸透している以上、組長による具体的な指揮・命令がなくとも、その服従関係から、組長と組員には、事実上の指揮監督関係が存する。

したがって、暴力団組織についても、以上のように、組長が組員を使用することによって組の事業活動の範囲を拡張している関係、すなわち、事実上の指揮監督関係が存するから、その活動が非合法なものであったとしても、民法七一五条が適用されるべきものである。

(2) 本件犯行と民法七一五条の適否

① 丙山組における被告らの立場

被告乙川は、平成六年ころより、丙山組に所属する組員であり、平成七年ころ、いったんは形式上破門されているものの、その後、平成一〇年三月ころ、組長代行である被告丁島の承認を得て、それ以降、丙山組の組員として行動しており、他の構成員からも組員として扱われている。本件犯行においても、組事務所を使用していることからして、丙山組の組員であることは明白であって、被告丙山とはいわゆる親分子分の絶対的服従関係にある。

これに対し、被告丙山は、被告乙川の本件犯行当時、刑務所に服役中であったが、丙山組の組長として君臨していた。丙山組の組員は、組長である被告丙山のために、後記②のような合法・非合法の経済活動をしていたのであって、当時においても、丙山組の活動は、実質において、被告丙山の活動とみるべきものである。

また、民法七一五条にいう代理監督者とは、使用者に代わって被用者を選任・監督する者をいうところ、被告丁島は、丙山組の組長代行であって、本件犯行当時、収監されていた被告丙山に代わって丙山組を運営していたのであるから、代理監督者に当たることが明らかである。そして、被告丁島は、丙山組を破門されていた被告乙川から、平成一〇年三月ころ、組へ復帰したいといわれ、その後、被告乙川の組員としての活動を認めていること、丙山組事務所の責任者の戊川は、被告乙川の本件犯行を知った後、真っ先に被告丁島に丙山組関係者として電話連絡をしていること、さらに、被告乙川が警察に出頭後、被告丁島は、組員全員に「体をかわせ」と具体的に指示していることから、被告丁島が被告乙川を指揮監督していたことも明らかである。

したがって、被告丙山は、民法七一五条一項により、被告丁島は、同条二項により、被告乙川の使用者ないし代理監督者として、被告乙川が丙山組の事業の執行に際して不法行為を行った場合には、その被害者の被った損害を賠償する責任を負う立場にある。

② 本件犯行の丙山組の事業性

丙山組は、暴力団○○会系に属する△△一家系の下部組織であり、同○○会は、平成四年六月二三日、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律三条に基づき指定された暴力団である。そして、丙山組は、被告丙山を組長とし、その下に組長代行、その下に組員という少なくとも一五名以上の構成員を擁し、組長の命令を絶対的なものとする上命下服の関係を組織の根幹としている。そして、平成五年一月以降、埼玉県内の八潮市、草加市の一部を縄張りとし、その構成員をして縄張り内の飲食店等に対してウーロン茶の販売や玄関マットのリースをしたり、営業を容認する代償や面倒見料・用心棒代などのいわゆる「みかじめ料」として金品その他の財産上の利益を要求するなどし、縄張り内から経済的利益を得るための合法・非合法を問わない種々の活動、いわゆる「しのぎ活動」をさせて縄張りを守っている。したがって、丙山組は、全権を掌握し、絶対的・専制的統率をする組長である被告丙山によって組織され、その命令を効果的に伝達し、命令内容を確実に実現するための組織であって、前述の暴力団組織の特質を具備した集団である。

被告丙山は、組員による合法、非合法を問わない種々のしのぎ活動からの収益の一部を丙山組へ上納させるなどし、組の運営及び維持をしている。組員は、その相手方が暴力団への恐怖感から丙山組の威力や報復措置をおそれ、組員が敢えて直接的な威嚇的言動を示さなくとも要求に応じざるを得ないことに乗じて、丙山組の組員であることを告げることにより売買代金やみかじめ料として金銭等の経済的利益を得ることができ、被告丙山は右利益の一部を自己のものとしていた。したがって、被告丙山を組長とする丙山組が被告乙川を含む組員を使用してする合法・非合法の経済活動及びその維持活動は、丙山組と実質を同じくする被告丙山の事業である。

しかるところ、本件犯行は、被告乙川において、被害者の次郎が、丙山組の縄張り内である八潮市所在の居酒屋「□□」において、丙山組に「みかじめ料」も払わないで、キャンペーンと称していわゆる「流し」の営業をしていることを見咎め、次郎に因縁をつけ、暴行に及び、遂には死に至らしめたものであって、被告乙川の個人的な利益ないし報復感情からではなく、丙山組、すなわち、被告丙山の事業の執行のために行われているものである。縄張り内への参入者に対する組員の因縁行為は、丙山組の「面子」を維持しようとする行為であって、それは、しのぎ活動そのものと評価することもできるところ、被告乙川は、丙山組の組員であって、丙山組事務所の責任者である戊川に車を運転させ、組事務所に連れ込み、同事務所において、本件犯行に及んでいることからしても、本件犯行が丙山組の縄張りを維持するためになされたことは明らかである。丙山組にとって、丙山組の縄張り内においてみかじめ料を払わない例外を認めることは、これを払っている者との関係で、到底許されるものではないのであり、このことは、組の威信にかかわり、今後のしのぎ活動にも当然影響するものである。本件犯行は、被告乙川が次郎に対して「誰の許可をもらって、この辺りの店を歩いている。」などと因縁をつけ、暴行にまで及んででも、みかじめ料(ショバ代を含む。)を丙山組へ支払うなどしなければ、丙山組の縄張りでは営業ができないことを分からせるために行われたものであり、当然、丙山組のしのぎ活動ないしその維持活動となっている。したがって、被告乙川の本件犯行は、被告丙山の営利活動の一環であるしのぎ活動を効果的にするために、その手段として行われたことが明らかである。

(3) 以上によれば、被告丙山は、被告乙川の使用者として、被告丁島は、その代理監督者として、被告乙川が丙山組の事業の執行に際して行った本件犯行によって次郎ないし原告らが被った損害を賠償する義務がある。

(被告ら)

(1) 原告らの主張は、被告丙山及び被告丁島の活動の事業性について、その背景である丙山組の存在自体を非合法ないし違法なものとして位置付けての主張であるが、そのような非合法ないし違法な組織体ないし個人に民法七一五条所定の使用者責任を求めることは、民法の規律外の事象といわなければならない。

しかも、原告らの主張は、政策的視点であって、民法七一五条の立法趣旨からかけ離れた主張である。

暴力団の活動による利益獲得の拡大などは、特別法である組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律によって剥奪を予定されているのであるから、それで十分に規律されているのであって、それとは別に、暴力団の活動に事業性を認めて民法七一五条を適用する必要はない。

(2) 被告乙川は、本件犯行当時、××組を絶縁されていた身分であって、丙山組の組員でも、その準構成員でもなく、被告丁島が個人的に「預かり」として扱っていたものである。

ここに「預かり」というのは、一家の組織内で不都合な行動を取ったため、破門、絶縁の処分を受けた者があるとき、一家の他の者が、その処分を受けた者を個人的に自己の保護状態に置くことを意味し、「預かり」の処遇としては、①組員扱いはしない、②上納金は求めない、③組の仕事は一切させない、④私生活においても関知しない、⑤ただし、将来、組に戻ることを予定された身であるところから、組員たる条件資質については監視の責任が求められる。預かる者は、特に組の役職とは関係がなく、組長であっても、頭であっても、本部長であっても、さらに平組員であってもなり得る。被告丁島が被告乙川を預かりとしたのも、被告丁島の個人的な判断で、しかも、これは異例な扱いであった。通常は組長の了解を前提とするが、被告丁島が被告乙川を預かりとしたのは、組長の被告丙山が前記のとおり身柄を拘束されていたため、その了解を得ることなく、また、被告乙川が従前所属していた××組の時分から個人的に知り合っていたことが契機になっている。被告丁島が被告乙川を預かったのは、丙山組の組長代行であったがゆえの扱いではなく、丙山組の事業とは何ら関係がない。

被告乙川においても、丙山組への帰属意識はなく、本件犯行後、その身の振り方をかつて所属していた◎◎会の知人に相談していたことも、被告丁島の預かりが丙山組とは関係がない被告丁島の個人的な扱いであったことを物語るものである。

(3) また、丙山組では、いわゆる「シマ荒らし」に対して制裁を加えるということも、そのような方針で活動していたこともなく、これによって、不法の利益を得たこともない。被告乙川の本件犯行は、丙山組の事業とは関係がないところで、被告乙川の個人的な行為として行われたものであって、丙山組の意思でも、活動の範囲ないし方針でもなく、その統制外の行為である。したがって、この点においても、本件犯行につき、民法七一五条を適用することはできないというべきである。

(4) さらに、個別的にみても、被告丙山は、本件犯行当時、東京拘置所において身柄を拘束され、しかも、接見を禁止される状態であったから、その配下の組員に対し、指揮、命令、その他の指示を行い得ることは事実的にも不可能の立場にあって、被告乙川に対して指揮監督し得る関係にはなかった。

しかも、被告丙山は、被告乙川から名目のいかんを問わず、上納金を受け取ったことがなく、それを強制したことも全くない。それゆえに、被告丙山は、被告乙川が自己の配下にあるという認識も全くもっていなかったし、被告乙川が平成一〇年四月頃から丙山組の事務所に出入りしていることがあったとしても、配下として何かを命じたこともない。

したがって、被告丙山は、被告乙川の本件犯行につき、仮に使用者の立場にあったとしても、被告乙川に対する統制及び支配が不可能であったから、そのような被告丙山に損害賠償責任を認めることは不当である。

(5) また、被告丁島は、丙山組の組長代行の地位に就き、本件犯行当時も、その地位にあったが、組長代行というのは、組長に代わって、その地位を代行する職務であって、組に常置されている機関である。

組長代行が組長の「代理監督者」の地位であるかといえば、丙山組の活動において、事実上、その側面を有していることは否定できない。

しかし、暴力団の活動を民法上の事業とみることがてきないことは、前記したとおりであるから、被告丁島が被告乙川の代理監督者として損害賠償責任を負うこともない。

2  第二の争点は、被告らの全員あるいは一部の者が損害賠償責任を負う場合に、亡次郎ないし原告らが本件犯行によって被った損害の額であるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、以下のとおりである。

(原告ら)

(1) 亡次郎の慰謝料

過失による不法行為である交通事故の場合、一家の支柱が亡くなったときは二六〇〇万円が基準とされている。

しかしながら、本件犯行は、交通事故と異なり、故意に基づく執拗かつ凶悪な犯罪であり、暴力団を背景とした反社会性が顕著な事件である。

このような観点から、亡次郎が被った精神的な苦痛を金額に評価すれば、交通事故の基準額の三倍の慰謝料を下回ることはありえないというべきであるから、被告らは、亡次郎の慰謝料として七八〇〇万円を支払うべきところ、原告らは、亡次郎の法定相続人として、原告花子については、二分の一、原告春子及び原告夏子については、それぞれ四分の一の割合で、これを相続している。

(2) 原告ら固有の慰謝料

原告らは、次郎の妻として、また娘として、本件犯行により想像を絶する精神的苦痛を被ったが、これを金銭に換算すれば、少なく見積もっても、妻である原告花子については一〇〇〇万円、長女と次女である原告春子と原告夏子については、それぞれ五〇〇万円を下ることはない。

(3) 葬儀費用

原告らは、亡次郎の葬儀費用として、三七八万八一一七円を支払ったが、原告らは、亡次郎の法定相続人として、原告花子については、二分の一、原告春子及び原告夏子については、それぞれ四分の一の割合で分担した。

(4) 逸失利益

次郎は、死亡当時、五六歳であったので、その平均余命年数24.29年の二分の一の一二年間の就労が可能であったということができるから、その平均賃金年額六七一万八三〇〇円を基礎として、生活費の控除割合を四割とみて、一二年のライプニッツ係数8.8632を乗じて、その逸失利益の現価計算をすると、三五七二万七三八一円となる。

(5) 弁護士費用

本件は、暴力団を背景とした組員による凶悪な犯罪行為からなる不法行為の事案であって、法律的にみても、多くの社会的に重大な論点を含む訴訟であることから、多数の弁護士による弁護団を構成して対応せざるを得なかったことなどに鑑みると、本件犯行と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、亡次郎ないし原告らの前記損害額の二割が相当であって、原告花子については、一三七五万円、原告春子及び原告夏子については、それぞれ六八七万円となる。

(6) 本訴請求額

以上による原告らの本訴請求額は、次のとおりとなる。

① 原告花子につき、八二五〇万七七四九円

(1)の二分の一の三九〇〇万円、(2)の一〇〇〇万円、(3)及び(4)の合計の二分の一の一九七五万七七四九円及び(5)の一三七五万円の合計である。

② 原告春子及び原告夏子につき、それぞれ四一二四万八八七四円

いずれも(1)の四分の一の一九四九万円、(2)の五〇〇万円、(3)及び(4)の合計の四分の一の九八七万八八七四円及び(5)の六八七万円の合計である。

(被告ら)

(1) 懲罰的な慰謝料の加算請求は争う。被告乙川は、殺害の意思すなわち故意をもって殺害に及んでいない。暴行の意思の存在は争えないが、その認識での殴打であったことは傷害致死という刑事上の処断で明白である。したがって、この点は、慰謝料の算定に当たって斟酌されるべきである。

また、被告乙川の妻は、被害者の通夜に足を運び、被害者の妻に詫びを申し出、受け取りを拒否されたとはいえ、被告乙川に依頼されて香典を持参している。この点も、慰謝料の算定に当たって勘案されるべき要素である。

(2) 逸失利益の算定に際して、賃金センサスを用いることは、一つの基準にすぎず、本件では、賃金センサスによるのは適当でない。

(3) 弁護士費用相当の損害についても、本件訴訟が重大な論点を含む訴訟を構成し、そのために多数の弁護士が必要であったというのは、原告ら訴訟代理人側の事情にすぎず、本件も、通常訴訟の一割相当で十分である。

3  第三の争点は、本件犯行に係る損害賠償責任につき、次郎の過失を理由とする過失相殺が認められるか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、以下のとおりである。

(被告ら)

被告乙川が本件犯行に及んだ最大の契機は、被告乙川が次郎に「看板は背負っているのか。」と訪ねたのに対し、次郎が「北田」と応答し、さらに逆に同人が被告乙川に「組はどこか」と問いかけた会話であって、これによって、被告乙川に「組対組」の対立意識を醸成ないし誘発させたのである。

次郎が一般人(素人)であったとしても、堅気に見えなかったであろう被告乙川に対し、前記のような応答をしたのは、不必要、不用意であり、被告乙川の激情を刺激し、何らかの有形力の行使を導くことを予見できたはずである。

したがって、本件犯行につき、被害者の次郎にも過失があったといわざるを得ず、その過失割合は四〇パーセントと認めるのが相当である。

(原告ら)

次郎は、全国各地を歌を唄って巡業していたが、特定の暴力団にみかじめ料を払って唄わせてもらったことは一度もなく、「看板を背負った。」というようなことなど一切ないから、被告乙川から「看板を背負っているのか。」と尋ねられても、被告ら主張のようにこれを肯定する回答などするはずがなく、被告らの過失相殺の主張は失当である。

第5  当裁判所の判断

1 被告らの損害賠償責任について

(1) 被告乙川の責任について

被告乙川は、本件犯行の実行行為者であって、民法七〇九条に基づき、本件犯行によって亡次郎ないし原告らが被った損害を賠償する責任を負っていることは明らかである。

(2) 被告丙山及び被告丁島の責任について

原告らは、被告乙川の前記不法行為責任を前提に、被告丙山及び被告丁島が被告乙川の使用者及び代理監督者として民法七一五条一項及び二項所定の損害賠償責任を負うと主張するところ、本件犯行につき、民法七一五条が適用されるためには、本件犯行が被告丙山にとって、同被告本人の、また、被告丁島にとって、同被告が代理監督するとされている被告丙山の事業の執行に際して行われたものであることを要するが、被告丙山は、丙山組の組長であって、被告丙山の事業というのは、結局、丙山組の事業にほかならないということができる。

そこで、以下、前記した争点に応じて、順次、検討する。

①  丙山組の活動とその事業性

証拠(甲1、甲5、甲9、被告丙山、被告丁島)及び弁論の全趣旨によれば、本件犯行当時、丙山組は、指定暴力団○○会△△一家系の下部組織であって、被告丙山を組長とし、その下に副組長、組長代行、その他の組員という合計約二〇名の構成員から成っていたこと、丙山組は、埼玉県草加市、同県八潮市をその勢力範囲、いわゆる「縄張り」とし、その縄張り内で飲食店を営む者に対し、組員が暴力団である丙山組の威力を示してウーロン茶やマット等の購入あるいはみかじめ料を要求するなどして、これを組の経費等に充てたり、さらに、上部の団体へ上納したりしていたこと、また、縄張りを維持するため、縄張り内の見回りや取締りをし、縄張りに無断で立ち入る者は排除するよう必要な措置をとっていたことが認められ、以上のような活動は、丙山組が組織として行っていたものであって、同組の組長であった被告丙山の「事業」に該当するといわなければならない。

もとより、丙山組は、暴力団であって、その活動は社会的に合法と認められるものではなく、被告らは、この点を踏まえ、その活動は前記した特別法によって規制すれば足りるとして、被告丙山及び被告丁島には民法七一五条一項及び二項所定の損害賠償責任がないと主張するが、民法七一五条は、他人を使用して事業を営む者は、これによって自己の活動範囲を拡張してそれだけ多くの利益を収めること、あるいは、危険を作出することを理由として、報償責任ないし危険責任の見地から、被用者の不法行為につき、使用者の損害賠償責任を規定したものと解されるから、前記被告らの主張するようなことから直ちに民法七一五条の適用を免れ得るものと解すべきではない。

②  丙山組における被告乙川の立場

被告らは、被告乙川は、本件犯行当時、丙山組の組員ではなく、組を破門されていたところを、被告丁島が個人的な「預かり」という立場で引き受けたものであるから、丙山組の事業を執行する立場になく、この点から、被告丙山及び被告丁島が民法七一五条一項及び二項に基づく損害賠償責任を負う前提がないと主張する。

しかしながら、証拠(甲6、甲7、乙3)及び弁論の全趣旨によれば、被告乙川は、当時、丙山組の組員であったという認識を有していたことが認められるほか、本件犯行に際して、丙山組事務所の当日の当番であった組員の戊川に連絡し、組長代行であった被告丁島の許可がなければ組員が使用することのできない丙山組の車を使用して居酒屋「□□」まで被告乙川を迎えに来させ、さらに、丙山組事務所まで送らせていること、本件犯行は、丙山組事務所で行われていること、被告乙川も、組員でなければ行わないという丙山組事務所の当番を担当していたこと、丙山組では、本件犯行が丙山組の縄張りを守るために行われたものであると評価して、本件犯行後、被告乙川を丙山組の組員として処遇していることなどが認められることを総合すると、被告乙川は、本件犯行当時、丙山組の正式な組員でなかったとしても、実質的には、丙山組の一員として行動していて、それを組長代行である被告丁島を始めとする丙山組の組員らも容認していたと推認するほかなく、丙山組の事業を執行する被用者の立場にあった一人であることは否定できないというべきである。

この点につき、被告丁島は、酒に酔った被告乙川が勝手に丙山組事務所に出入りしたにすぎないなどと供述するが、その供述によっても、組から絶縁された者が組事務所に自由に出入りすることはないし、絶縁された者とつき合うことは禁止されており、それに反した場合には厳しい制裁があるというのであるから、被告乙川が丙山組の組員ではなく、××組から絶縁されていた者であったとしても、丙山組の組員において、被告乙川が丙山組の事業を執行する被用者の一人であるという認識がなければ、前記認定のような対応をすることはあり得なかったはずである。また、被告丁島が組長代行の立場で強権を発揮し得るとしても、個人的な「預かり」という関係で、被告乙川を処遇していたとも考えられず、被告丁島の前記供述は採用し得ず、他に、前記認定を覆すに足りる証拠はない。

③  被告丙山の使用者性

民法七一五条所定の使用者責任を負う場合の使用関係とは、使用者と被用者との間に実質的に指揮監督関係があることであって、事実上発生したものであっても、間接的に発生したものであってもよいと解されるところ、証拠(被告丙山、被告丁島)によれば、被告丙山は、その身柄を拘束される以前から、配下の組員の指揮監督については、組長代行である被告丁島に任せ、さらに、自らが不在の間は、被告丁島に対し、丙山組に組員を加入させる権限及びこれに対する監督を含む丙山組の運営全般を任せていたと認められ、配下の組員も被告丁島の指示に従い、被告丙山の事業を遂行していたものと推認されるから、被告丙山は、被告丁島を通じて、その組員を指揮監督していたということができる。

そして、前記のとおり、被告乙川は、他の組員と同様、被用者としての立場を有していたから、被告丙山と被告乙川との間には、使用関係があったものと認められる。

この点につき、被告丙山は、被告乙川から上納金を徴収していないから、被告乙川が自らの配下にあるという認識はなかったとも主張するが、丙山組として、被告乙川から上納金を徴収していなかったとしても、そのことから直ちに被告丙山と被告乙川との間の使用関係が否定されるべきものとは解されず、他に、以上の認定判断を覆すに足りる証拠はない。

④  本件犯行と丙山組の事業との関連性

証拠(甲2、甲6、甲7、甲8)及び弁論の全趣旨によれば、本件犯行は、被告乙川が丙山組の縄張り内の居酒屋「□□」に流しの演歌歌手として訪れた次郎に対し、組への挨拶がないなどとして因縁を付けるなどした挙げ句に敢行されたものと認めることができ、証拠(甲5)によれば、丙山組事務所に当番として詰めていた戊川は、被告乙川から、「シマ内で流しの歌手が仕事をしているからすぐに来てくれ。」という趣旨の電話連絡を受け、戊川も、シマ(丙山組の縄張り)を守るため、現場に急行していることも認めることができるほか、前記認定のとおり、丙山組では、本件犯行が丙山組の縄張りを守るために行われたものであると評価して、被告乙川を丙山組の組員として受け入れているのである。

しかるところ、丙山組の縄張りを守ることも、丙山組の事業の一つとして認められることは、前記①に説示したとおりである。

したがって、被告乙川の本件犯行は、丙山組の縄張り内に組に挨拶もなく仕事をしている次郎に対する制裁として、縄張り内の見回りあるいは取締まりの一環として行われたものであったということができるから、丙山組の事業の執行に際して行われたものといわざるを得ない。

⑤  被告丁島の代理監督者責任

被告丁島は、丙山組の組長代行として、組長の被告丙山に代わって、組員らを指揮監督する立場にあったから、被告乙川が丙山組の事業の執行に際して行った本件犯行につき、民法七一五条二項所定の代理監督者として損害賠償責任を負うべきものである。

⑥  被告丙山の責任の帰すう

被告丙山は、当時、東京拘置所に収容されていて、身柄を拘束され、かつ、接見が禁止されている状態であったから、被告乙川に対し、指揮・命令、その他の指示をすることは、事実的にも不可能であったので、使用者責任を免れるように主張するが、被告丙山に代わって被告乙川を指揮監督していた被告丁島が代理監督者として民法七一五条二項所定の損害賠償責任を負う以上、被告丙山も、同条一項所定の損害賠償責任を負うと解されるべきものであって、被告丙山の免責は認められない。

(3) 以上のとおりであるから、被告乙川は民法七〇九条、被告丙山は民法七一五条一項、被告丁島は同条二項に基づき、それぞれ、被告乙川の本件犯行につき、損害賠償責任を負わなければならないということになる。

2  被告らの要賠償額について

(1)  亡次郎の慰謝料

次郎の家族関係は、前記したとおりであるが、弁論の全趣旨によれば、次郎は、本件犯行によって死亡するまで、巡業先でのトラブルもなく、演歌歌手として真面目に仕事をしており、本件犯行についても、後述のとおり、次郎に落ち度があったとは認められず、暴力団とは無関係の一般市民であったにもかかわらず、被告乙川から一方的に顔面を殴打され、腹部を足蹴りにされ、さらに、木製椅子を使用して、これがばらばらになるほど激しい暴行を加えられ、その後、組事務所に放置されていたものであること、被告乙川が殺意を有していなかったとしても、本件犯行の悪質性に鑑みれば、亡次郎の慰謝料を減額すべき事由とはなり得ないこと、被告乙川の妻が香典を持参したとしても、受領を拒否されているうえ、これをもって原告らの被害感情を慰謝したとまでは認められないこと、その他、本件に関する一切の事情を考慮すれば、亡次郎の慰謝料は、原告ら固有の慰謝料とは別に、それ自体で二六〇〇万円相当と認める。

そして、原告らは、前記金員を各自の法定相続分に従い、原告花子については一三〇〇万円、原告春子及び同夏子については、それぞれ六五〇万円の限度で相続したことが認められる。

(2)  原告ら固有の慰謝料

次郎の妻及び娘である原告らは、本件犯行により、かけがえのない存在であった次郎も、次郎との将来の夢も、突如として奪われたものであり、甚大な精神的苦痛を被ったことは明らかであるが(甲16、18及び19、原告花子)、前記亡次郎の慰謝料の額を考慮すると、原告ら固有の慰謝料としては、原告花子が三〇〇万円、原告春子及び同夏子がそれぞれ一五〇万円と認めるのが相当である。

(3)  葬儀費用

証拠(甲11の1ないし12、原告花子)によれば、原告らは、亡次郎の葬儀を執り行っており、原告花子がその費用として三七八万八一一七円を支出しているが、本件犯行と相当因果関係のある葬儀費用としては、一五〇万円をもって相当と認める。なお、原告らは、原告らが葬儀費用を分担したことを前提に、被告らに損害賠償を求めているが、原告花子のみが支出していると認められるので、原告花子を除くその余の原告らの葬儀費用の請求は失当である。

(4)  逸失利益

弁論の全趣旨によれば、次郎は、死亡当時五六歳の男子であったと認められるところ、次郎の演歌歌手としての具体的な収入の額は、証拠上、明らかでない。

しかし、証拠(原告花子)によれば、次郎は、歌手に転向する前、青果店を営み、相当程度の収入を上げていたと認められ、本件犯行で死亡しなければ、少なくとも産業計全労働者の平均年収五八二万三九〇〇円程度の収入を上げる能力を有していたと推認され、本件においては、これを基準に亡次郎の逸失利益を算出することも許されるというべきであるから、その四〇パーセントを生活費として控除し、ライプニッツ係数8.8632を乗じて、その現価を算出すると、三〇九七万一〇三四円となる。

したがって、原告らは、各自の法定相続分に従い、原告花子については一五四八万五五一七円、原告春子及び同夏子についてはそれぞれ七七四万二七五八円の限度でこれを相続していることになる。

(5)  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任していることは記録上明らかであるが、原告らが被告らに賠償を求めることができる損害額が原告花子については三二九八万五五一七円、原告春子及び同夏子についてはそれぞれ一五七四万二七五八円となるところ、その認容額、本件事案の性質、審理経過など一切の事情に照らすと、原告らが本件犯行を原因として被告らに賠償を求めることができる弁護士費用に相当する損害は、原告花子については三三〇万円、原告春子及び原告夏子についてはそれぞれ一六〇万円と認めるのが相当である。

(6)  過失相殺の適否

被告らは、本件犯行につき、被告乙川の次郎に対する「看板は背負っているのか。」との問いに対し、次郎が「北田」と答えたことが契機となっていることを前提に、過失相殺を主張する。

しかし、証拠(甲2、甲13、甲16)によれば、次郎が北田会系の暴力団組長に南野という叔父がいる旨を明かしたことが認められるが、それは、被告乙川から激しい暴行を受けた後のことであり、かつ、次郎は、被告乙川に対する恐怖心からやむなくこれを明かすに至ったものと認められ、これに反する証拠(乙1ないし乙3、乙5ないし乙7)は採用できない。

したがって、被告ら主張の過失相殺は、その前提を欠き、失当といわざるを得ない。

3  以上説示したところによれば、原告らの本訴請求は、被告らに対し、原告花子については三六二八万五五一七円、原告春子及び原告夏子については、それぞれ一七三四万二七五八円並びに以上の各金員に対する本件不法行為によって次郎が死亡した日である平成一〇年一一月七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・滝澤孝臣、裁判官・永井崇志、裁判官・白﨑里奈)

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