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さいたま地方裁判所 平成12年(ワ)2515号 判決 2002年1月18日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の請求

被告は原告に対し,300万円及びこれに対する平成13年1月14日から完済まで年5分の割合による金員の支払をせよ。

第2この訴訟の内容

原告は被告に対し,主位的に金銭消費貸借契約に基づいて貸金の返還を請求し,予備的に不法行為に基づいて損害賠償を請求している。

1  請求の原因

(主位的請求につき)

(1) 原告は被告に対し,平成12年8月23日,次の約定で,300万円を貸し渡した。

ア 返還時期

300万円のうち,50万円ないし100万円は2,3か月以内に,残額は遅くとも平成14年8月23日までに支払う。

イ 利息

年5パーセント

(2) 被告は,原告の机上に置いてあった借用証を隠匿したり,借金の使用目的を偽る(サラ金への債務の返済に充てるとうそをついた)など,不誠実な態度をとった。

(3) これにより,被告は期限の利益を喪失した(民法137条2号,3号の類推適用)。

(4) よって,原告は被告に対し,金銭消費貸借契約に基づいて300万円の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求につき)

(5) 被告は,平成12年8月23日,サラ金への債務の返済に充てるとうそをついて,原告から300万円をだまし取った。

(6) よって,原告は被告に対し,不法行為に基づいて300万円の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求の原因に対する認否

請求の原因事実はすべて否認する。

第3  原告の請求を棄却した理由

原告の主張する金銭消費貸借契約が締結された事実は認定できない。また,被告が原告から300万円をだまし取った事実も認定できない。原告の請求を棄却したのはそのためである。

このように判断した理由を以下に述べる。

1  原告は,被告に300万円を貸したと供述する。そして,その裏付けとなりそうな書証(甲3,5,乙1,2)も存在する。300万円を貸したいきさつについての原告の供述は,次のとおりである。

(1)  原告は,ゲイ雑誌「薔薇族」の通信欄にあった被告の投書を見て,通信文を送ったことから,被告が原告宅に遊びにくることになった。当初は2泊程度の予定で,平成12年8月11日ころ原告宅を訪れたが,予定より長引いて8月16日くらいまで泊まった。そして,被告はいったん帰ったが,8月21日の深夜に再び原告宅を訪れた。

(2)  被告が最初に原告宅を訪れてから3日目の朝,鍵付きの机の引き出しの中が物色され,机の中にあった8万円が紛失していたり,遺言書が勝手に開封されていたりという不審なことがあった。

(3)  平成12年8月23日,原告は,被告の態度を見て金がないのだろうと思ったので,被告に金を貸そうかと持ちかけた。貸して欲しいと言われたわけではないが,金がないと被告が言ったりするので,貸して欲しいのだろうと思ったのである。被告は,武富士など5つのサラ金(はじめは3つと供述したが,後に5つと訂正した。)から借金があると言い,スラスラと計算機で計算して,金額が合計288万円であると言った。被告が金に困っている様子だったことや,被告の養父が資産家であると被告から聞いていたので,なかば保証されていると思ったことなどから,原告は被告に300万円を貸すことにした。すると,被告は既に作成してあった借用証を取り出した。300万円という金額もはじめから書いてあった(はじめはこのように供述したが,後に,金額は空欄であったところに被告がその場で書き込んだかもしれないと供述を変更した)。

同日,原告は郵便局で300万円を下ろし(甲5),自宅で被告に300万円を貸し渡した。そのとき,2通の借用証を作り,原告被告それぞれが1通ずつ持った。借用証は,大枠は乙1と同様であるが,乙1がそのときの借用証そのものであるかどうかははっきりしない。乙1の印影は原告のものであるが,原告が押印したのかどうかはわからない。

(4)  原告は被告に対し,すぐにサラ金に返そうと言って,車で北浦和駅前のサラ金の近くへ連れて行き,被告を車から降ろして家に帰った。原告が家に帰ると,机の上に置いておいた借用証がなくなっていたので,「やられた」と思った。そこで,サラ金の電話番号を電話帳で調べ,被告の父になりすまして「うちの子がそちらに返済に行ってるはずですが。」と言ったら,「そのような方との取引はありません。」との返事であった。

(5)  午後3時過ぎに,被告が原告宅に戻ってきた。原告は「もう田舎芝居はやめよう。」と言って,金を返してもらおうとした。しかし,被告は「金は駅のロッカーにある。」とか「人に預けてある。」などと言って,金のある場所を話そうとしなかった。

そこで,原告と被告とで争いになったが,被告は「C」という人物を呼んでいたので,このまま争いになると損だと思い,警察に解決を任せようと北浦和駅東口の交番に入った(「C」は入らなかった。)。しかし,民事事件なので警察は介入できないと言われた。

原告は,あとで証拠にするために仮の契約書を作っておこうと思い,交番に備え付けてあった用紙を使って,被告に甲3の書面を作らせ,被告が指印を押した。被告は余裕がなかったのか,返還期限や利息の特約についての記載はしなかった。

(6)  その後,被告は北浦和駅の西口に向かい,原告の家には戻らなかった。もっとも,原告が不在の時に勝手に家に入った可能性はある。

2  しかし,以上の原告の供述には不自然な点が多い。

(1)  知り合ってまだ数日しかたっていない者に対して,原告の供述する程度の理由で300万円もの大金を貸すというのは,ほとんど考えられないことである。特に,原告は,その数日前に金が紛失していたり,遺言書が開封されていたりという不審な事件があったと供述しているのであるから,なおさらである。

(2)  原告が金を貸そうと思ったら,その時点で被告が既に借用証を用意していたというのも,不思議な話である。また,貸す金額をまだ口にしていない時点で作られたはずの借用証に300万円という金額が書いてあったというのは,とうてい信じられない。もっとも,原告は後で,金額は空欄であったかもしれないと供述を変えたが,これは,当初の供述がおかしいのではないかと問われて供述を変更したものであり,信用することができない。

(3)  300万円を渡してサラ金の前まで車で被告を送っていったのに,実際に返済の場所まで送り届けもせず,被告がサラ金の店内に入っていくのを確認すらせずに先に帰ってしまったというのも不自然である。原告は,近くに車を停めるところがなかったのでそのまま帰ったと供述するが,しばらく車の中に残って被告の行動を確認することもできたはずであろう。

(4)  被告をサラ金の近くで車から降ろし,家に帰ったら借用証がなくなっていたので「やられた」と思った,というのも,納得しがたいことである。ふつうは,借用証がなくなっていることに気づいても,不思議に思うだけであろう。本当にそれだけのことで「やられた」と思ったというのであれば,その前から被告に対して疑いをもっていたはずである。そして,そうであれば,上述のとおり,被告がサラ金に返済するところを確認しないで帰るようなことはしないのがふつうであると思われる。

(5)  原告は,「サラ金に電話で問い合わせたところ,『そのような方との取引はありません』との返事だった。」と供述する。しかし,サラ金が特定の人物との取引の有無を電話で他人に答えるかどうかは(たとえ父だと名乗ったとしても,そのことを確認する手段もないのであるから)相当に疑わしい。

3  このようなことから,原告の供述はとうてい信用できず,書証(甲3,5,乙1,2)があっても,それだけでは,原告が被告に300万円を渡したとの事実を認定することはできない。そして,他にその事実を認定できるだけの証拠はない。

4  ところで,被告は次のように供述している。

(1)  原告と知り合ったいきさつは原告の供述するとおりであるが,原告宅に行ったのは8月8日である。

(2)  原告は,8月16日,「家の中から金がなくなった」,「ホテルで食事代等がかかった」などと言って,被告が所持していた現金(285万円であったと思う。)を奪い取った。納得いかなかったが,「養父にばらすぞ」と原告から脅されたため,ゲイ雑誌で知り合った人物と何日も生活を共にしていたことが発覚するのがこわくて黙っていた。

(3)  被告は,8月17日に一度大阪へ帰ったが,その後原告に電話をして「警察に言うぞ」といった。すると,もういちど来いと言われたので,8月21日の深夜(22日の早朝)に原告宅へ行った。

(4)  被告は,被告が原告から借金するという形にすれば原告も金を出しやすくなるだろうと思い,そういう形で金を返してもらうことにした。実質は奪われた金の返還であり,利息や返還時期等の条件はどうでもよかった。また,4年もすれば忘れるだろうと思って,借用証に返還時期を4年以内と記載した(乙1)。乙1は,自分にもペナルティーを課そうと思って,警察沙汰にしないように契約書を作成したものであり,文面はすべて被告が書いて原告が押印した。

(5)  8月22日,被告は,実際の借用証の形式を知ろうと思い,アコム北浦和店で10万円を借りてみたことがある(この金は,9月に全額返済した。)。しかし,これ以外にサラ金から借金したことはない。

(6)  原告は,金を渡した事実が客観的に明らかになるように,銀行口座に振り込むことにしようと言い,原告のメインバンクはあさひ銀行だと言うので,被告は8月22日に銀行口座を作った(乙3)。

(7)  被告は,消費貸借の受領証を作る必要があると思ったので,あさひ銀行で口座を作った帰りに書店に立ち寄り,本を見て,その日の夜に金員受領書(乙2)を作っておいた。金銭を受領していないので,原本は渡さなかったが,コピーならよいと思い,原告にコピーを渡した。もっとも,結局口座への振込みはなかった。

(8)  被告は原告に対し,サラ金から288万円借りたと言ったことはないし,計算機で借金の計算をしたこともない。ただ,原告から奪い取られた金額を計算機で計算したことはある。

(9)  8月23日の午後3時過ぎに被告が原告宅に戻ると,原告は「大阪府警のデカだ」と言って,催涙スプレーをかけるまねをしてきた。被告は「もうだめだ」と思い,北浦和駅の西口まで知人(C)に迎えに来てもらった。

(10)  原告と被告とは,北浦和駅の近くで,背広をつかみ合ってもみくちゃの状態で交番に行った。原告が警察官に対し,「この人が借用証を盗んだから逮捕してくれ。」と言ったが,警察は取り合おうとはしなかった。

(11)  甲3の契約書は記憶がない。筆跡は自分のものであり,交番で自分が書いた可能性があるが,乙1を写したものにすぎない。被告は警官から「もう一回書いたらどうだ」と言われたが,「2度も書けない」と言った。しかし,原告が被告の胸ぐらをつかんだりして,警官が原告に「このままだと逮捕監禁罪になるぞ。」と言うので,警察沙汰になるのは困ると思い,書くことにした。

5  以上の被告の供述にも,不自然な点が多い。

(1)  被告は,285万円の現金を原告に奪い取られたと述べるが,そのような大金を現金で持ち歩くというのは,それほどふつうのことではない。また,そのような大金を奪われたのに,大阪の自宅までおとなしく帰ったというのも不自然である。もっとも,被告は原告から「ゲイのことなどを養父にばらすぞ。」と脅されたと供述する。しかし,それならなぜその数日後に「警察に言うぞ。」と電話をしたのか,説明がつかない。

(2)  「借用証」の形式を知るためにサラ金から10万円借りてみた,というのも理解しにくい行動である。

(3)  消費貸借の受領証を前もって作成しておいた,金銭を受領しなかったので原本は渡していないが,コピーならよいと思ってコピーを原告に渡した,というのも,とうてい納得できる話ではない。

(4)  甲3の契約書について,被告は,自分の筆跡ではあるが,記憶がないと言ったり,乙1を写したものであると言ってみたり,供述が変転している。

6  このように,原告被告いずれの供述も不自然である。双方とも真実を明らかにしていないのではないかとも思われるのであって,真相は不明である。結局,前述のとおり,原告の主張する請求の原因事実が証明されたとはいえないから,原告の請求を棄却すべきことになる。

(裁判官 村上正敏)

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