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さいたま地方裁判所 平成12年(ワ)274号 判決 2002年4月11日

主文

1  被告Cは原告Aに対して,60万8473円及びこれに対する平成11年5月23日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  被告Dは原告Aに対し,12万6000円及びこれに対する平成11年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らは,各自,被告Dに対し,17万3000円及びこれに対する平成11年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  原告Aの被告Cに対する,その余の請求を棄却する。

5  原告Aの被告Dに対する,その余の請求を棄却する。

6  原告Bの被告Dに対する請求を棄却する。

7  被告Dの原告らに対する,その余の請求を棄却する。

8  訴訟費用は,本訴反訴を通じ,これを10分し,その9を原告らの負担とし,その1を被告らの負担とする。

9  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

(本訴請求)

1  被告Cは原告Aに対し,75万2273円及びこれに対する平成11年4月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  被告Dは原告Aに対し,295万9620円及びこれに対する平成11年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告Dは原告Bに対し,347万7000円及びこれに対する平成11年4月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(反訴請求)

原告らは被告Dに対し,各自78万8700円及びこれに対する反訴状送達日(平成12年6月14日)の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,①原告Aが被告Cに車の修理代金及び代車代75万2273円の支払いを求め(本訴第1請求),②また本件車両の納車を機縁とした口論の末に発生したとする暴行傷害事件につき,原告A及び原告Bは,いずれも被告Dから一方的に暴行を受け,傷害を負い,さらに物損も発生したとして,それぞれ不法行為による損害賠償を請求し(本訴第2請求),他方,被告Dは,上記暴行を否認するとともに,その場で暴行を受けたのは被告Dの方であると主張して,被告A及び被告Bを相手に不法行為による損害賠償を請求した(反訴請求)事案であり,本件の主たる争点は,原告ら及び被告Dについての不法行為の成否である。

2  証拠上明らかな事実(争いのない事実を含む。)

(1)  原告Aは,「甲」という名称で車両の修理工場を営んでおり,原告Bは大工をしている。原告Aの妻Eの父親が原告Bである。被告Dは,土木工事を行う乙に勤務し,被告Cの姉の夫である。Eと被告Cは学校時代の同級生の関係にある。また原告Bの住居(以下「B方」という。)は,被告Cの両親の住居(以下「F方」という。)の隣に所在している。

(2)  平成11年1月ころ,被告Cは,使用していた普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)が事故により損傷したことから,修理をするか,未修理のまま売却するか,その費用のこともあって悩んでいた。たまたま被告Cが原告Aの妻と雑談していた折り,その話に及んで原告Aの意向を聞いてみてくれることになり,その後の交渉で同年2月ころ,被告Cは本件車両を原告Aに引き渡した。同年3月ころ,原告Aは被告Cに対して,修理するなら64万円程度ででき,未修理のまま売却するなら30万円で引き取る旨伝えてきたので,被告Cは売却する方向で回答し,原告Aもこれを了解した。しかし,その後被告Cは被告Dから,同被告が本件車両を引き取る旨の好条件の提案を受けたことから,売却をやめて修理に出すことに考えを変更し,同月末ころ,改めて原告Aに修理を依頼する(以下「本件修理」という。)とともに,修理期間中の代車を希望し,原告Aもやむなくこれを了解した。ところが,その後被告Cは,その希望どおりに代車の手配が進まなかったことに不満を抱き,被告Dに相談すると,被告Dが被告Cに代わって原告Aと交渉することになった。翌4月13日,被告Dは原告Aに電話をかけ,代車の提供を強く要求したところ,その際の言葉の遣り取りなどから互いに口論となってしまった。翌日,原告Aは被告Cに代車を提供し,同被告は同月27日まで代車を使用した。

(3)  平成11年4月27日午後9時ころ,上記口論のこともあって原告Aに代わってEが本件車両を納車することになり,F方を訪問すると,当時同人方には被告Dもいて,同被告がEに応対した。玄関先路上で互いに会話をするうち,口論となり,そのうち騒ぎを聞きつけた隣家の原告Bが家から出てきて,その遣り取りに加わった(以下「本件訪問」という。)。そこでEは原告Aに電話をして現場に来るように伝えたところ,その数分後,連絡を受けた原告AがB方に到着した。

その後騒動は大きくなり,本件の暴行傷害事件にまで発展するに至ったもの(以下「本件騒動」という。)であるが,その暴行の態様等についての当事者の主張は,下記のとおり著しく対立している。

第3当事者の主張関係

1  本訴第1請求

(原告A)

(1) 被告は本件修理代金64万9373円及び代車代10万2900円(1日7000円で14日間。消費税を含む。)の支払義務がある。

(2) 同原告は,被告Cに対して,平成11年4月27日,上記金額を請求したが,同被告は支払いをしない。

(3) 被告Cは,後記のとおり本件修理の瑕疵を主張するが,否認する。本件修理との因果関係が不明であり,仮に瑕疵があれば,瑕疵に気づいたという平成11年5月以降同原告に異議を述べるのが普通であるが,代車代のことのみ異議を述べたにすぎない。被告Cの瑕疵の確認は不自然であり信用できない。

(被告C)

(1) 請求金額64万9373円は争わないが,本件修理には,以下のとおりの瑕疵があり,その損害合計18万9640円を控除した45万9733円の限度で被告Cは支払義務を負担するにすぎない。また代車代は無償にするという合意があった。

a フロントライセンスプレートベースを付ける約束であったが,付けていない。その費用は1500円である。

b ヘッドライトCSSYにかかる部分3カ所が交換される約束であったが,交換されておらず,その費用は3万9400円である。

c 取り替えたラジエターに関連してオイル漏れがあり,修理不十分であり,その再修理代は13万1890円である。

d 庚自動車工業の見積書のとおりの修理がなされておらずその補修箇所の点検費用は1万2600円である。

e 庚自動車工業で取り外す必要のないインナーフェンダーを取り外したために生じた再取付費用5750円。

(2) 原告Aから被告Cに修理代金等の請求があったのは,平成11年5月25日である。

2  本訴第2請求及び反訴請求について

(原告ら)

(1) 本件訪問について

Eは,注文者である被告Cに直接納車したい旨申し出たが,被告Dは聞き入れず,Eに対し,「車は俺が買うんだからお前は関係ねえ。」などと訳の分からないことを口ばしって,「Aが来るまでは車は受け取れない。Aを出せ。」などと脅迫まがいに怒鳴り出した。二人の口論を聞きつけた原告Bは,Eを心配して同原告方に招きいれようとしたところ,被告Dが,「じじいには関係ねえんだ。引っ込んでろ。」と大声で怒鳴った。被告Dは原告Bに詰め寄って「てめえに話したってしょうがねえんだよ。」と言い,原告Bは二人の間に入って,「ちょっと待て」と手を広げたところ,被告Dが暴力を振るわれたと叫び出した。その後被告Dは「このくそじじい。」などと喧嘩腰で罵声を浴びたが,原告BとEは家の中に入った。

(2) 本件騒動について

Eから連絡を受けた原告Aは,事態を理解できずにB方に着いたが,その玄関前の階段を一段あがったところで,その場にいた被告Dから,突然「なんだてめえ。」と言われて,その左頬を殴られ,さらに玄関前に植えられた植木の上に押し倒されて多数回にわたって殴打された。ついで被告Dは,「ぶっ殺してやる。」といいながら鎌のような棒状のもので原告Aに襲いかかってきたため,原告Aはこれを奪い取ろうと必死で抵抗した。その後被告Dは,B方の道路脇に設置されたフェンスに原告Aをたたきつける暴行を加え,フェンスが一部損傷した。さらに,被告Dは,なおも路上で原告Aの上にまたがって同原告の襟首を掴み,道路に何度も叩き付けたり,足蹴りにした。そして原告Aはやっとの思いで被告Dから凶器を取り上げた。しかし被告Dは原告Aに対する暴行をやめないので,原告Bが背後から被告Dの体を掴んで制止しようとした。F方から出てきた被告Dの妻が制止しようとして,被告Dの腰を掴んだが,被告Dはそれを振り切り,原告Aに殴りかかった。

このように原告らは被告Dから一方的に暴行を受けたのであり,後記被告Dの主張は事実に反する。

(3) 原告Aの負傷及び損害について

被告Dの上記暴行により,原告Aは,頸椎捻挫,顎関節挫傷,右肘及び右前腕擦過傷,右肘及び右下腿打撲の各傷害を負い,約1か月通院した。その損害合計は295万9620円であり,内訳は以下のとおりである。

① 治療費  丙病院(本件騒動後救急車で運ばれた病院)に通院1日。3万7070円)

丁医院に通院1日(平成11年4月28日。8550円)

戊接骨院に通院24日(8万4000円)

② 休業損害  原告Aの年収は1000万円であり,約1か月休業したことから,その休業損害は83万円である。仮に上記収入が認められない場合には,賃金センサス平成11年男子労働者学歴計を基礎に計算し,満30歳年収は約517万円であるから,休業損害は43万円となる。

③ 傷害慰謝料  被告Dの暴行は一歩誤れば生命さえ脅かす危険な行為であり,通院期間を考慮して200万円を下らない。

(4) 原告Bの負傷及び損害について

原告Bが背後から被告Dの体を掴んで制止しようとした際に,被告Dが左拇指をひねるという暴行を加えたために,原告Bは左拇指挫傷の傷害を負い,7回通院し,その損害合計は347万7000円であり,内訳は以下のとおりである。

① 休業損害  原告Bの年収は,720万円を下らないところ,約2か月間仕事に従事できなかったことから,その損害は120万円である。

② 傷害慰謝料  原告Aと同趣旨であり,200万円を下らない。

③ 外構工事費  フェンスの修繕費用として27万7000円を要した。

(被告D)

(1) 本件訪問について

被告Dは,被告Cから本件車両を譲り受ける予定であり,修理内容につき原告Aに直接確認したいこともあったことから,そのような態度をもってEに応対した。するとEは「あんた関係ないでしょ。」と述べた。被告Dは,「そしたら,あなたにも関係ないでしょ。あなたのだんなが仕事をしているんだから,普通だんなが車を持ってくるべきでしょう。」と言い返し,さらに「いとこが,トヨタで整備をしていて,その人がこの近くに住んでるから,その人に車を見てもらうから。」と告げた。するとEが逆上して怒鳴りだした。その騒ぎを聞きつけた原告Bは,外に出てきて,口論に加わり,いきなり「おい,お前何やってるんだ,この野郎。」と言って被告Dの胸を手で突いてきたことから,被告Dも原告Bの胸を突き返したのである。

(2) 本件騒動について

① 上記のように諍いが起こり,原告Bとも揉めた上,同原告が警察に通報すると述べたことから,被告Dは外に出て待っていた。するとB方から出てきた原告Aが,手に持ったゴルフクラブ(アイアン)(以下「ゴルフクラブ」という。)を揺さぶりながら被告Dに近づいてきて,「てめえ,この野郎。」などと言いながら,肩で被告Dの胸あたりを数回にわたり突いてきた。被告Dは手に何も持っていなかったので,このままでは原告Aにゴルフクラブで殴りかかられると思い,身の危険を感じて原告Aの腕を押さえるような形で原告Aを押し倒し,その後互いにもみ合いになった。その後原告Bが外に出てきて,「やっちゃえ,やっちゃえ,やったら警察に電話してやる。」などと言いつつ,路上で被告Dが仰向けになった原告Aの上にまたがり押さえ付けていたところに,その背後から飛びつき,被告Dを羽交い締めにし,首を締め付けてきた。原告Bのかかる行為により,原告Aの体が被告Dから離れた。そして,直後に被告Dの妻が現場に駆けつけ,制止しながら被告Dに接近すると原告Bも被告Dから離れた。その後原告Aは,一旦B方に戻ったが,再び「てめえ,この野郎。」などと怒鳴りながら,路上にいた被告Dに襲いかかり,またもみ合いになり,被告Dの妻は止めようとしたが,またしても原告Bが背後から被告Dを押さえつけた。しばらくして,パトカーがきたので原告Bは締め付けるのをやめたのである。

② 原告らの主張はすべて否認する。「ぶっ殺してやる。」と言ったのは原告Aであり,被告Dは凶器など持っていない。またフェンスに原告Aを叩き付けた事実もない。

被告Dの行為中に原告Aに対する暴行があるとしても,原告Aのゴルフクラブによる殴打を抑止するために行った防衛行為であるから違法性がない。また仮に原告Bの負傷が被告Dの行為により発生したとしても,被告Dは原告Bから羽交い締めにされており,その腕をふりほどく目的でなした行為によって生じたものであるから,正当防衛として違法性がない。仮に原告らに対する不法行為が成立したとしても,いずれについても大幅な過失相殺がされるべきである。

(3) 被告Dの受傷及び損害について

原告らの上記暴行により被告Dは,頸椎捻挫,両足関節捻挫の傷害を負い,加療約3週間と診断され,その損害合計は78万8700円であり,その内訳は以下のとおりである。

① 治療費  己病院に平成11年4月28日1日通院(1万3700円)

② 休業損害  被告Dは,土木工事を行う乙に勤務しているところ,一日当たりの給与は1万2500円であり,上記傷害により平成11年4月28日から同年5月31日まで22日間欠勤したことから,合計27万5000円の支給を得られなかった。

③ 慰謝料  被告Dは平成11年6月ころまで体調が悪く,50万円を下らない。

第4当裁判所の判断

1  本訴第1請求について

(1)  本件における第1の争点は,本件修理にかかる瑕疵の存否である。証拠によれば,被告Cの主張する瑕疵のうち,フロントライセンスプレートベース,ヘッドライトCSSYにかかる部分3カ所につき交換がされていない等修理に不備があったと認められるが,その余の主張については,本件修理の契約内容に含まれるものであることや修理との因果関係を認めるに足りる確たる証拠はないから,被告Cの瑕疵に関する主張は合計4万0900円の限度で理由があるというべきである。

(2)  第2の争点は,代車代が無償か否かである。前記認定に加え,代車代については貰う時と貰わない時がある旨原告Aは供述している事情のもとでは,代車代を請求するためには,その旨の合意が成立していることが必要であると解されるところ,本件においてこれを認めるに足りる証拠はない。原告Aの代車代の請求は理由がない。

(3)  以上によると、本件修理費用のうち64万9373円から4万0900を控除した60万8473円の限度で原告Aの請求は理由がある。なお,原告Aから被告Cに具体的に金額を明示して修理代金等の請求があったのは,平成11年5月22日であると認められるから,遅滞に陥るのは,その翌日の23日からであり,その限度で遅延損害金を請求できるというべきである。

2  本訴第2請求及び反訴請求について

(1)  証拠によれば,本件騒動については,前記のほか,以下の事実が認められ,証拠中この認定に反する部分は採用しない。

EがF方を訪問し,被告Dが原告Aとの直接の交渉に拘ったことなどから口論に発展し,さらに被告Dと原告Bも険悪な事態となり,同原告が警察に通報するなどと述べたことから,被告Dは外に出て待機していた。するとB方に戻ってきていた原告Aが,同人方玄関脇においてあったゴルフクラブを手にもって被告Dに接近してきた。被告Dは,原告Aからゴルフクラブで殴りかかられる危険を感じ,原告Aの腕を押さえたことから,その奪い合いとなり,2人とも転倒したりして,互いにもみ合いになった。その後,被告Dが原告Aの体の上に馬乗りになって押さえつける体勢となると,付近にいた原告Bは被告Dの背後から両腕を巻き付けて羽交い締めにし,首を締め付けた。被告Dは原告Bの腕をほどこうとして抵抗し,原告Aから体を離した。そして,被告Dの妻が現場に駆けつけ,制止しながら被告Dに接近した際に原告Bも腕を放して被告Dから離れた。現場に警察官が到着し,その後原告Aは,その場所から救急車で丙病院に運ばれた。

ところで,原告Aは,被告Dが鎌のようなものをもって原告Aに一方的に暴行を加えた旨主張し,原告Aの供述中にはこれに沿う部分がある。しかしながら,この時期に先立つ被告DとEの口論の際には,被告Dが何か凶器となるようなものを所持していた形跡はない。Eの陳述書中には原告Aの主張に沿う部分があるものの,ほぼ一部始終を目撃していたはずであるのに,その物が何であるかについての的確な指摘がなく,単に凶器という表現を用いるにとどまり,また事態が終息後に原告Aを病院に連れて行って始めて,それが刃物であると分かったという何故か不可解な記載となっており,その供述内容には不自然さが否めない。仮に原告Aの主張が事実とすると,被告Dが所持していたのは刃のついた鎌であるから,錆びが付着していたにしても,その主張する暴行の態様に照らし,原告Aに生じた傷害が,他の傷害と合わせても2週間程度の右肘及び右前腕擦過傷にどどまるものとは到底信じ難いところである。また原告Aは,被告Dから転倒後強く頭部を地面に打ち付けられた旨供述するが,この点も診断書中にはそのような記載がなく,これら事情に被告Dの供述内容を考慮すれば,原告Aの上記供述を採用することはできない。

(2)  原告Aの本訴請求について

① 証拠に前記認定を総合すると,被告Dは,Eを通じて原告Aを現場に呼びつける行為に及び,関係が険悪になっていることを感じていたのであるから,原告Aが現場を訪れた際に,原告Aから何らかの攻撃を受けるのではないかと予期できる状況にあったものと認められる。そして,原告Aがゴルフクラブを所持しているのを見た被告Dは,実際にその攻撃を予想し,これを予め阻止する目的で腕を押さえるという積極的な行動に出たことから,その後両者の間でもみ合いになり,その一連の行動中に原告Aが全治2週間の頸椎捻挫,顎関節挫傷,右肘及び右前腕擦過傷,右肘及び右下腿打撲の各傷害を負けたことが認められる。したがって、被告Dの行為は,原告Aに対する不法行為を構成するものであり,原告Aに生じた損害を賠償する義務を負担しなければならないというべきである。被告Dの置かれた前記のような状況は,被告Dが自ら招いた部分があることを否定できないので,被告Dの正当防衛の主張は採用できない。

もっとも,原告Aがゴルフクラブを所持して被告Dに対応したことは,当時の緊張した状況からみて双方の身体に対する危険性に大きな格差を生じさせたことが明らかであり,したがって、原告Aが被告Dに先だってこれを使用した形跡がなくても,被告Dに比して原告Aの非は大きいというべきであり,被告Dの行為の全体の違法性は原告Aに比して小さいと認められるから,過失相殺の法理を援用し,被告Dは,原告Aに生じた損害の4割相当を負担すべき責任があるというべきである。

② そこで原告Aに生じた損害について検討する。原告Aは,丙病院に診察を受けて3万2070円を支払い,丁医院に1日通院し,戊接骨院に4月30日から5月31日まで(実通院日数24日)通院して8万4000円を負担した。また原告Aの年収は不明瞭であるから賃金センサス平成11年男子労働者学歴計を基礎に休業損害を算定するのが相当であるところ,年収は約517万円であり,原告Aの休業期間については7日の限度で認めるのが相当であるから,その休業損害は10万円であり,この認定を覆すに足りる証拠はない。そして本件に顕れた一切の事情を考慮するときは慰謝料は10万円を上回るものではない。したがって、原告Aの受けた損害について,被告Dが負担すべき責任は,合計31万6070円の4割に相当する12万6000円と認める。

(3)  原告Bの本訴請求について

① 原告Bは,被告Dから左拇指をひねられたため,同部分に傷害を負った旨主張する。なるほど,前記認定によれば,原告Bが被告Dの背後から羽交い締めにし,被告Dがこれをふりほどこうと抵抗した際に,その傷害が生じた可能性がないとはいえない。また平成11年7月12日付け庚病院の診断書によると,平成11年5月24日から3週間の加療を要するとされ,原告Bは5月24日から8月16日まで(実通院日数7日)通院したことが認められる。しかしながら,仮に事態が原告Bの主張どおりだとすると,原告Bの左拇指挫傷の傷害は,直ちに痛み等を伴うはずであるのに,負傷後相当期間を経過した5月24日になって病院に行き治療を行うというのは甚だ不自然というほかなく,その傷害は,別の機会に発生した疑いが強いというべきである。その主張に沿う原告Bの供述を採用することはできず,他に原告Bの主張を認めるに足りる証拠はない。

② また被告Dが,背後から羽交い締めにされ,これをふりほどくために原告Bに対して行った行為については,これを暴行といいうるにしても,直ちに違法性を認めることは困難である。いずれにせよ原告Bの身体に対する被告Dの行為に不法行為責任を問うことはできない。

③ 原告Bは,被告Dの暴行によりフェンスが損傷したとして,その修繕費用を請求している。原告Bがフェンスの修理費用として27万7000円を負担したことが認められるが,被告Dが原告Aをフェンスにたたきつける暴行を加えたという事実に沿う原告らの供述は,信用できず,これを採用することはでないから,かかる損傷が被告Dの行為によって生じたと認めるに足りないというべきである。

④ したがって、その余の損害の点を検討するまでもなく,原告Bの被告Dに対する請求は理由がない。

(4)  反訴請求について

① 前記認定を総合すれば,被告Dは,原告らとのもみ合いによる一連の行動により,加療約3週間を要する頸椎捻挫,両足関節捻挫の傷害を負ったと診断され,原告らの行為は全体として被告Dに対する共同不法行為を構成するというべきところ,前記事情を斟酌するときは,原告らは,被告Dに生じた損害のうち,その6割相当を負担すべきである。

② そこで,被告Dに生じた損害を検討すると,治療費として,己病院に1日通院して,1万3700円が支払われたこと,被告Dは,当時乙に勤務し,平成11年度の年収は257万5000円であり,一日当たり1万2500円の給与を受けていたものであるところ,上記傷害による休業期間は2週間とみるのが相当であるから,休業損害は17万5000円であること,そして,本件に顕れた一切の事情を考慮するときは,慰謝料は10万円であると認められる。したがって、原告らが負担すべき賠償額は,以上合計28万8700円の6割に相当する17万3000円と認められる。

3  以上の次第であり,原告Aの被告Cに対する本訴第1請求は,60万8473円の支払いを求める限度で,本訴第2請求のうち,原告Aの被告Dに対する請求は,12万6000円の支払いを求める限度で,また反訴請求は,17万3000円の支払いを求める限度で,それぞれ理由があり,その余の各請求はいずれも理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 永井崇志)

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