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さいたま地方裁判所 平成12年(行ウ)17号 判決 2001年10月15日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の申立て

1  請求の趣旨

(1)  被告は,さいたま市に対し,金1億0163万円5087円及び内金4380万2664円に対する平成11年4月1日から,内金5783万2423円に対する同12年4月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告は,さいたま市に対し,金900万円及びこれに対する平成12年6月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  本案前の答弁

請求の趣旨(2)に係る訴えを却下する。

(2)  本案の答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は,原告の負担とする。

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,埼玉県大宮市(ただし,平成13年5月1日,浦和市,大宮市及び与野市を廃し,その区域をもって「さいたま市」とする合併がされた。)の住民である原告が,大宮市長の職にあった被告に対し,被告が市長在職中,既採用職員のほぼ全員を対象に勤務成績良好として昇給期間を順次短縮させる特別昇給を実施したことにつき,昇給短縮により支給した給与等の増加額は,給与条例主義に反する違法な公金支出に当たり,大宮市に対して前記増加額相当額の損害を被らせたとして,地方自治法242条の2第1項4号により,さいたま市(旧大宮市)に代位して,平成11年4月分から平成13年3月分(2年度分)までの前記増加額相当額の損害賠償金及びそれぞれの年度当初である4月1日から各支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,その後,前記昇給措置と同一内容の市条例の改正議案を可決した臨時市議会の開催経費相当額も違法な公金の支出に当たるとして,前同様,さいたま市に代位して同額の損害賠償金及びこれに対する訴状送達の翌日(平成12年6月23日)から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

本件の基本的争点は,前記増加額相当額の損害賠償を求める請求については,(1) 前記増加額の支給は,条例に定める特別昇給の要件を満たさずにされた違法な公金の支出であると認められるか,(2) 仮に,これが違法であるとしても,前記昇給措置と同一内容に市条例が改正されたことにより,その瑕疵が治癒されたと認められるか,であり,議会開催経費相当額の損害賠償を求める請求については,(3) 訴え提起後に監査請求を行い,その監査結果が出されるに至ったことにより,適法な監査請求を経たものと評価することができるか,(4) 前記条例改正のための市議会の開催は違法であって,その経費は違法な公金の支出であると認められるか,である。

2  基本的事実関係(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実並びに顕著な事実)

(1)  当事者

原告は,大宮市(現さいたま市)の住民であり,被告は,平成2年からさいたま市発足まで大宮市長の地位にあった者である。

(2)  大宮市における職員の給与に関する条例の定め等

ア 大宮市における一般職(非現業)の給与は,「大宮市一般職の給与に関する条例」(昭和26年2月27日条例第4号,以下「本件条例」という。)に従って支給されている。

イ 大宮市においては,地方公務員法53条所定の登録を受けた職員団体が結成されており,市当局は,毎年度の給与改定時その他必要に応じて,当該職員団体と交渉を行っていたが,その結果,国と同様の給与改定を行う旨を合意していた。そして,大宮市長は,昭和51年3月,この合意に基づき,本件条例の改正案を議会に提出したが,大宮市議会は,これを修正し,一律6月の昇給延伸措置を定める本件条例の改正をした(昭和51年条例7号による附則の追加)。

昇給の基準を定める本件条例4条4項本文の規定は,次のとおりである。

「第4条第4項本文

職員が現に受けている号給を受けるに至った時から,12箇月(56歳に達した日後の最初の4月1日以降にあっては,18箇月)を下らない期間を良好な成績で勤務したときは,1号給上位の号給に昇給させることができる。」

そして,これを修正する前記条例7号により追加された附則の規定は,次のとおりである。

「(昇給の特例)

附則第6項(追加・昭和51年条例7号)

昭和51年4月1日以後における職員の最初の昇給については,第4条第4項本文中「12箇月」を「18箇月」と読みかえ,同条例第6項中「24箇月」を「30箇月」と,「18箇月」を「24箇月」と読み替えて適用するものとする。」

ウ さらに,大宮市長は,昭和59年4月から2回に分け(最初の昇給を9月延伸し,次の昇給を3月延伸するもの。),全職員につき一律12月の昇給延伸措置を定める本件条例改正案を市議会に提出し,市議会はこれを議決した(昭和59年条例20号による附則の追加)。

上記議決により,追加された附則の規定は,次のとおりである。

「(昇給の特例)

附則第7項(追加・昭和59年条例20号)

昭和59年3月31日に在職する者で,昭和59年4月1日以後における最初の昇給については,第4条第4項本文中「12箇月」とあるのは「21箇月」とし,「18箇月」とあるのは「27箇月」とし,同条第6項中「24箇月」とあるのは「33箇月」とし,「18箇月」とあるのは「27箇月」とし,次の昇給については,第4条第4項本文中「12箇月」とあるのは「15箇月」とし,「18箇月」とあるのは「21箇月」とし,同条第6項中「24箇月」とあるのは「27箇月」とし,「18箇月」とあるのは「21箇月」とする。」

エ 大宮市の職員団体は,上記の昭和59年条例20号による昇給延伸措置については,大宮市の財政事情に鑑み,了承していたものの,昭和51年条例7号による昇給延伸措置については,昇給延伸に伴う経済的影響に加えて,現業,非現業間の不均衡(以下「本件不均衡」という。)を生じさせるものであり,さらに,市当局が職員団体と合意をしておきながらそれを履行しないことは,信頼関係を損なうものであって,職員団体の存在意義にも関わり,容認しうるものではない等の理由により反発し,以後,この本件不均衡の是正問題が,毎年度の給与改定時における重点的交渉事項とされた。

(3)  本件の昇給短縮措置に至る経緯等

ア 職員団体との交渉等

大宮市は,給与改定をめぐる職員団体との交渉を,助役を市当局側の責任者として行ってきたが,平成10年暮の交渉時において,数回の交渉を行った結果,助役は,これ以上,職員団体の本件不均衡の是正要求を拒み続けることは,職員団体との信頼関係を傷つけ,市政の運営上必ずしもプラスにならないと判断した。

その理由は,次のようなものであった。

(ア) 大宮市の財政状況が好転してきた(昭和50年度における大宮市の財政力指数は0.844であり,平成10年度は1.132であった。)。

(イ) 一連の給与抑制措置の結果,大宮市におけるラスパイレス指数も低下した(昭和50年度は125.1であり,平成10年度は103.5であった。)。

(ウ) 普通会計決算における人件費の割合も低下した(昭和50年度は37.0パーセントであり,平成10年度は23.1パーセントであった。)。

(エ) 県内の同じく40万都市である浦和市,川口市と比較しても,職員数・ラスパイレス指数とも低い状況にある(大宮市の平成10年度における非現業職員数は2680人であり,浦和市の同年度における非現業職員数は3321人,ラスパイレス指数は104.2,川口市の同年度における非現業職員数は3513人,ラスパイレス指数は104.9であった。)。

(オ) 人口増加,法令による新しい事務の設置等により,事務量が質量ともに増え,このような中で職員数の増加を最小限に事務を処理するためには,職員団体の協力を得る必要がある。

イ 特別昇給制度の利用等

本件条例4条5項は,成績優秀者に対しては昇給期間を短縮することができるとする特別昇給制度について定めている(「職員の勤務成績が特に良好である場合においては,前項の規定にかかわらず,同項に規定する期間を短縮し,若しくはその現に受ける号給より上位の号給に昇給させ,又はそのいずれをもあわせ行うことができる。」)。

この特別昇給制度については,国から,国家公務員についての特別昇給制度と同じく,職員数の15パーセント以内(人事院規則九-八37条2項,同条の2第2項参照)で行うべきものと指導されていたが,大宮市においては,本件条例制定以来,実施されたことがなかった。

そこで,助役は,職員団体から同制度が実施されたことがないことについての批判があったこともあり,前記各理由に照らし,大宮市職員は,「比較的少数で皆良く頑張っているので,今回限りという判断で全職員について勤務成績が特に良好とすることも許される」(乙2号証)と考え,大宮市長である被告に対し,本件条例の改正によることなく,この特別昇給制度を利用することにより,本件不均衡を是正するのが相当であるとし,ただ,職員全員に対し,一度に特別昇給を実施することは,条例改正による一律の昇給短縮と区別できなくなるので,職員の採用年次別に3年間に区分した上で昇給短縮を行い,本件不均衡を是正することを提案した。

(4)  本件昇給短縮措置の実施

被告は,前記助役の提案を了承し,平成11年度当初予算作成に先立って職員団体と協定を締結し,本件不均衡是正の方法として,本件条例4条5項に基づき,職員の採用年次別に3年間に区分した上で,順次,特別昇給により昇給期間を6か月間短縮する方法を採用した。

そして,被告は,長期病欠者等を除き,本件条例所定の行政職給料表及び医療職給料表の適用を受ける職員2645人を対象に,平成11年4月1日から順次,別紙1(省略)(昇給発令日毎の対象人数及び給与等増加額は,そこに記載されたとおりである。なお,「給与等増加額」とは,短縮措置が行われた6か月の期間において,該当職員の給与等が1号上がることによる支給増加額を算定したものであり,平成12年度の「給与等増加額」中には,平成11年度昇給対象者にかかる金額も含まれている。)記載のとおり,昇給短縮を実施した(以下「本件昇給短縮措置」という。)。

(5)  条例改正等

ア 被告は,本件昇給短縮措置が給与条例主義に違反するとの批判があったこともあり,その誤解を避ける必要があると考え,大宮市長として,大宮市議会臨時会を招集し(地方自治法101条1項,102条3項),これによって,平成12年5月2日,臨時会が開催された(以下「本件臨時会」という。)。

被告が,本件臨時会に提出した議案は,下水道築造事業につき国庫補助金が認められる旨の内示等があったことに伴う「平成12年度大宮市下水道築造事業特別会計補正予算(第1号)」(議案73号)及び本件条例を改正するための「大宮市一般職の職員の給与に関する条例の改正について」(議案74号)であった。

議案74号の内容は,別紙2(省略)記載のとおりであって,本件条例に附則7項を追加し(以下「本件附則7項」という。),これを平成11年4月1日から適用した上(改正附則1項),改正前の条例に基づく給与の支給を改正後の条例による給与の内払いとみなす(改正附則4項)というものである。

イ 前記各議案は,平成12年5月2日,原案のとおり可決され,議案74号は,同日,平成12年条例36号として公布施行された(以下「本件改正」という。)。

(6)  監査請求等

ア 原告は,平成12年3月13日,大宮市監査委員に対し,平成11年度短縮昇給分相当額の大宮市の損害の補填と平成12年度短縮昇給分の違法な公金支出の差止を求める監査請求をしたが,同監査委員は,同年5月8日付けで,同監査請求を棄却し,その頃,原告に対し通知した。

イ 原告は,平成12年6月6日,被代位者を大宮市とし,本件訴え(上記の違法公金支出のほか,本件臨時会開催経費の支出も違法な公金の支出と主張している。)を提起した。

ウ 原告は,本訴提起後である平成12年11月6日,大宮市監査委員に対し,本件臨時会開催経費相当額の損害の填補を求める監査請求をしたが,同監査委員は,同年12月27日付けで,同監査請求を棄却し,その頃,原告に対しその旨を通知した。

(7)  平成13年5月1日,浦和市,大宮市及び与野市を廃し,その区域をもって「さいたま市」を設置する合併がされたため,これに伴い,本訴請求の被代位者はさいたま市と改められた。

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(本件昇給短縮措置の適法性)について

ア 原告

本件昇給短縮措置は,本件条例4条5項所定の特別昇給の要件を満たさず行われたものであって,地方自治法204条,地方公務員法25条及び本件条例に違反したものであり,これによる本件短縮昇給部分の支給(平成11年度分合計4380万2664円,平成12年度分合計5783万2423円)は,違法な公金の支出に該当するものというべきである。

イ 被告

大宮市においては,本件条例制定以来,同条例4条5項による特別昇給を行っていなかった上,人口増加等により市の事務量が増大していたのに,職員数の増加は,定数抑制を基本として最小限度にとどめていたのであるから,大宮市の職員は増大する行政需要を比較的少数で処理しており,長期病欠者等を除き,その全員が同項所定の「勤務成績が特に良好な者」に該当すると考えることができる。

さらに,被告は,大宮市長として,条例改正による一律の昇給短縮と区別するため,職員の採用年次別に3年に分けて本件昇給短縮措置を行ったものであり,このような3年間にわたる特別昇給制度の活用は,同項の要件を満たす適法なものというべきである。

(2)  争点(2)(条例制定による瑕疵の治癒)について

ア 原告

本件改正は,被告が平成13年度も行おうとした違法な昇給短縮を合法化したにとどまり,過去にされた本件昇給短縮を適法にするものではないというべきである。

イ 被告

大宮市議会は,平成11年度から特別昇給制度の利用による本件昇給短縮措置が実施されていることを前提に,本件条例に本件附則7項を追加し,これを平成11年4月1日から遡及適用させる旨の本件改正を行ったのであるから,本件昇給短縮措置は,本件改正条例の遡及適用により,その当初から条例に基づき実施されたことに帰し,給与条例主義との関係で違法の問題は生じないというべきである。

(3)  争点(3)(監査請求の追完)について

ア 原告

原告は,議会開催経費相当額の損害賠償を求める請求についても,訴え提起後であるが監査請求を行い,その監査結果が出されるに至ったのであるから,適法な監査請求を経たものと評価すべきである。

イ 被告

原告の主張は争う。

原告は,監査請求を経ることなく,議会開催経費相当額の損害賠償を求める訴えを提起したのであるから,当該請求に係る訴えは,不適法というべきである。本訴提起後に監査請求を経たとしても,この瑕疵が治癒されるものではない。

(4)  争点(4)(議会開催経費の支出の適法性)について

ア 原告

(ア) 本件改正は,平成12年5月2日開催の本件臨時会においてされたものであるが,被告は,本件改正によって,本件昇給短縮措置を違法とする監査結果が出されることを回避し,自己の損害賠償責任を消滅させる等の不当な目的のために,本来不必要な本件臨時会を招集して開催したものであるから,そのための議会開催費の支出は違法な公金の支出というべきである。

(イ) 平成11年度の大宮市議会の会期は合計82日(休日,祝日を含むため,実際の開会日数より多い日数である。)であり,平成12年度予算における議会費は7億7544万円であるから,平成11年度会期日数82日に本件臨時会1日を加えた83日をもって平成12年度の会期日数に相当するものとすると,平成12年度の市議会の1日当たりの開催費用は,7億7544万円を83日で除した金額である約934万円となる。

そうすると,本件臨時会開催に要した費用は,控えめにみても900万円を下らないというべきである。

イ 被告

(ア) 自治体の長は,地方自治法101条1項に基づき,議会を招集する権限を有するものであるところ,臨時会の招集については,前記条項のほか,同法102条3項,4項等の一般的な規定が置かれているのみであるから,その招集の必要性に関する判断は,当該自治体の長の裁量に委ねられているものというべきである。

そして,被告は,大宮市長として,前記議案73号及び74号について議会の議決を得る必要があると判断して,本件臨時会を招集したものであり,その判断には何ら裁量権逸脱又は濫用とされるものはない。

(イ) 原告が主張する本件臨時会開催経費は,議会開催日数とは関係なく必要とされる経費があるにもかかわらず,予算における議会費を単純に日割りで算定したものであって,正しく算定されたものではない。

本件臨時会開催経費は,本件臨時議会に出席した市職員が本件臨時会のために充てた時間に対応する給与分をも含めたとしても,別紙3記載のとおり,140万1406円にすぎない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件昇給短縮措置の適法性)について

(1)  地方自治法204条3項,204条の2,地方公務員法24条6項,25条1項は,地方公共団体の職員に対する給料,手当及び旅費の額並びにその支給方法は,条例でこれを定めなければならず,また,いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基づかずに支給することができない旨規定し(給与条例主義),更に,同条3項2号は,「昇給の基準に関する事項」を給与に関する条例に規定すべきものとしており,本件条例4条5項は,これらを受けて,前記のとおり,「職員の勤務成績が特に良好である場合」においては,同条4項に規定する昇給期間を短縮する等できるとし,いわゆる特別昇給制度を定めている。

(2)  被告は,前記の事情の下においては,特別昇給制度を利用してされた本件昇給短縮措置は適法であると主張するが,前記基本的事実関係によれば,本件昇給短縮措置は,昭和51年条例7号によって,非現業職職員についてのみ一律6月の昇給延伸措置がされたことによる本件不均衡を是正することを実質的な目的としてされたものであり,そのために,大宮市の平成10年度における非現業職員数2680人のうちから長期病欠者等を除いた全ての職員2645人を対象として,3年間にわたって特別昇給制度を順次適用しようとしたものであるから,被告が主張する事情のあることを考慮したとしても,対象者の具体的勤務実績に基づき,「勤務成績が特に良好である場合」に該当しなければならないという特別昇給の昇給要件を考慮してされたと評価することには疑問があり,給与条例主義を定めた前記諸規定に違反するおそれがあることを否定することは困難というべきである。

2  争点(2)(条例制定による瑕疵の治癒)について

(1)  前記の事実関係によれば,本件附則7項は,平成11年4月1日までに採用された職員を採用年次別に分けて,3年間にわたり順次昇給期間を6か月間短縮するものであり,かつ,平成11年4月1日から適用するものとされている(改正附則1項)のであるから,本件改正は,本件昇給短縮措置と目的を同じくするものであり,これに条例上の明確な根拠を与えるものであると解されることに加え,本件改正前の条例に基づいて,平成11年4月1日以後の分として支給された給与は,改正後の条例の規定による給与の内払いとみなすものとしていること(改正附則4項)からすれば,本件改正に係る前記条例の規定は,前記の次第で給与条例主義違反の疑いのあることを否定できない本件昇給短縮措置及びこれに基づく給与等増加額の支給の各行為自体を是認し,これを遡ってすべて適法なものとしようとする趣旨のものであると解するのが相当である。

(2)  これに対し,原告は,本件改正は,過去にされた本件昇給短縮措置までを適法にするものではないと主張するが,一般に,行政法規を含む民事法の遡及適用は,それにより国民の権利を害さず,また,義務を課すものでもない場合には許されるものと解されるところ,本件改正条例の遡及適用により,本件昇給短縮措置の対象者である市職員は,それまでに支給された増加給与等について法的根拠が与えられ,その返還義務を免除されるという利益を受けるものであり,権利の侵害や義務の賦課があるわけではないから,このような本件改正条例の遡及適用は許されるものというべきであり,これと異なる原告の主張は,採用できない(なお,本件改正条例は,前記基本的事実関係のとおり,平成12年5月2日,公布施行されたものであるから,別紙1(省略)記載の本件昇給短縮措置のうち,同日以後の発令(平成12年7月1日以後のもの)に係る給与等増加額の支出は,本件改正条例自体に基づくものであって,その遡及適用ではない。)。

3  争点(3)(監査請求の追完)について

住民訴訟において,地方公共団体の住民が監査請求を経ないで直接訴えを提起することは不適法として許されないことは,地方自治法242条,同条の2の各規定に照らして明らかであるが,原告において当該訴訟の口頭弁論終結時までに,所定の監査請求をし,その監査結果の通知があったときは,この瑕疵は治癒されるものと解される。そして,前記のとおり,原告は,本訴提起時においては,本件議会開催経費の支出につき監査請求を経なかったものの,本訴の口頭弁論終結時までに,監査請求を経て監査結果の通知を受けたのであるから,前記瑕疵は治癒されたものというべきである。

4  争点(4)(議会開催経費の支出の適法性)について

(1)  臨時会については,「必要がある場合において」招集する(地方自治法102条3項)と定められているところ,普通地方公共団体の議会の招集を行う権限は,その長に専属する(同法101条1項)のであるから,臨時会招集の要件である「必要がある場合」の判断は,長がその裁量に基づいてすべきものであり,それにもかかわらず臨時会の招集行為が違法となるのは,その必要性が全く認められない場合であるなど,長がその招集権限を逸脱ないし濫用してしたことが極めて明白であると認められる場合に限られるものというべきである。

(2)  ところで,前記基本的事実関係によれば,本件臨時会においては,本件改正が行われたほか,下水道築造事業につき国庫補助金が認められる旨の内示等があったことに伴い,下水道築造事業の補正予算の議決措置を講じたものであり,大宮市議会は,本件臨時会において現実に議会として有用な活動をしたものであることが明らかであるから,被告が地方自治体の長としてした臨時会招集の要件である「必要がある場合」に当たるとの判断に,招集権限の逸脱ないし濫用があったことが極めて明白であるということはできないものというべきである。

原告は,被告がその損害賠償責任を消滅させる等の不当な目的のために本件臨時会を招集したものであると主張するが,この事実を認めるに足りる証拠はない。のみならず,前記基本的事実関係によれば,本件昇給短縮措置は,昭和51年3月における本件昇給延伸措置に端を発する長年にわたる懸案を解決するために行われたものである。

5  結論

以上の次第で,本件請求は,いずれも理由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行訴法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 都築民枝 裁判官 渡邉健司)

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