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さいたま地方裁判所 平成12年(行ウ)18号 判決 2004年4月14日

原告

甲野太郎

同訴訟代理人弁護士

鳥飼重和 多田郁夫 森山満 村瀬孝子

今坂雅彦 橋本浩史 吉田良夫

権田修一 内田久美子 髙田剛

上記鳥飼重和復代理人弁護士

國貞美和

原告補佐人

原木規江

被告

越谷税務署長

小室丈夫

同指定代理人

池原桃子

外7名

主文

1  被告が,原告に対し,平成11年8月27日付けでした平成9年分の所得税の更正処分のうち,課税所得金額2280万7000円,納付すべき税額366万7800円を超える部分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

主文同旨

第2  事案の概要

1  事案の要旨

本件は,原告が,自己所有していた土地の譲渡に係る所得の金額の計算において,所得税法64条2項に規定する保証債務の特例(以下「本件特例」という。)を適用した平成9年分の所得税の確定申告につき,被告が,本件特例は適用できないとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたところ,原告が,上記各処分の取消しを求めた事案である。

本件の争点は,原告の平成9年分の所得税について,譲渡所得の計算上,本件特例が適用されるか否かである。

2  基本的事実関係(証拠等の摘示のない事実は,争いのない事実である。)

(1)  当事者等

有限会社Z(以下「Z」という。)は,サウナ風呂,スイミングスクール,レストラン及び喫茶店等の経営等を目的として,昭和59年12月28日に設立された法人であり,原告は,Zの代表取締役であった(乙1)。

Zは,原告からZの事業に係る土地,店舗等を賃借し,サウナ,スイミングスクール等の事業を行っていた(甲16)。

(2)  保証債務等の成立

ア 埼玉縣信用金庫(以下「埼信」という。)に対する保証債務等

(ア) Zは,平成8年4月8日,埼信から,最終弁済期を平成9年4月1日と定めて,400万円を借り入れ(以下「本件第3債務」という。),本件第3債務について,原告は連帯保証をした。

(イ) Zは,平成8年6月10日,埼信から,最終弁済期を平成11年6月7日と定めて,1000万円を借り入れ(以下「本件第2債務」という。),本件第2債務について,原告は連帯保証をした(甲7)。

(ウ) Zは,平成8年12月5日,埼信から,最終弁済期を平成10年8月7日と定めて,4780万円(以下「本件第4債務」という。)及び2440万円(以下「本件第5債務」という。)を借り入れ,本件第4及び第5債務について,原告は連帯保証をした(甲7)。

イ 株式会社住友銀行(現株式会社三井住友銀行,以下「住友銀行」という。)に対する保証債務等

Zは,平成8年12月26日,住友銀行から,最終弁済期を平成9年6月30日と定めて,手形貸付の方法により1億3000万円を借り入れ(以下「本件第1債務」といい,本件第1ないし本件第5債務を併せて「本件各債務」という。),本件第1債務について,原告は連帯保証するとともに,原告所有に係る,埼玉県八潮市中央<番地略>ないし同所<番地略>所在の土地(合計面積1238m2,以下「本件第1土地」という。)及び同土地上の家屋に根抵当権(極度額合計1億3000万円)を設定した(乙5の1ないし6)。

(3)  本件第1土地の譲渡

原告は,平成9年1月24日,株式会社中央住宅(以下「中央住宅」という。)との間で,本件第1土地について,売主を原告,買主を中央住宅,代金を2億2843万8900円とする不動産売買契約を締結し,同日,中央住宅から,手付金2200万円を受領した(乙2)。

その後,原告は,平成9年5月19日,中央住宅に対し,本件第1土地を引き渡すとともに,中央住宅から,売買代金の残金2億0687万2000円を受領した〔なお,原告と中央住宅は,本件第1土地の売買について,実測面積を基準としていたところ,実測面積(1240.37m2)が当初契約面積(1238m2)より2.37m2増積していたことから,増積分に相当する金額43万3100円を清算した(乙6)。〕。

(4)  本件第1債務の弁済

原告は,平成9年5月19日,住友銀行に対し,本件第1債務の保証債務を弁済した(乙4の1,弁論の全趣旨)。

(5)  本件第3及び第4債務の弁済

原告は,平成9年5月28日,埼信に対し,本件第3及び第4債務の保証債務を弁済した(乙4の1,弁論の全趣旨)。

(6)  本件第2土地の譲渡

原告は,平成9年11月13日,星野典雄(以下「星野」という。)との間で,原告が所有していた埼玉県八潮市中央<番地略>所在の土地(同所<番地略>を分筆した後の土地,面積165.29m2,以下「本件第2土地」という。)を,代金3500万円で売却するという不動産売買契約を締結し,その際,星野から手付金300万円を受領した(乙3)。原告は,同年12月3日,星野に対し,本件第2土地を引き渡すとともに,星野から,売買代金の残金3200万円を受領した。

(7)  本件第2及び第5債務の弁済

原告は,埼信に対し,平成9年12月3日,本件第2及び第5の債務の保証債務を弁済した(乙4の1,弁論の全趣旨)。

(8)  Zの解散に至るまでの経緯

ア Zは,平成9年2月末,営業を終了し,同年4月30日,第1号議案を当会社解散の件,第2号議案を清算人選任の件とする社員総会を開催し,Zの解散及び清算人を原告とする決議を行い,同年5月13日,その旨の登記を行った(甲40,乙1)。

イ 原告は,Zに対し,平成9年12月24日付けで,原告が代位弁済した本件各債務に係る求償権を放棄する旨を記載した債権放棄通知書を内容証明郵便により送付した。

ウ その後,Zにつき清算手続が行われ,平成9年12月30日,清算を結了し,平成10年1月19日,その旨の登記を行った(乙1)。

(9)  本件課税処分の経緯

ア 原告は,平成10年3月16日,被告に対し,平成9年分の所得税について,本件第1及び第2土地の譲渡に係る所得(以下「本件譲渡所得」という。)の金額を算出するに当たり,Zを主債務者とする保証債務の履行を行ったとして,本件特例を適用し,総所得金額を2487万7877円,分離課税の分離長期譲渡所得の金額を0円,納付すべき税額を366万7800円とする確定申告書を提出した〔なお,上記確定申告書には,保証債務の履行のための資産の譲渡に関する計算書及び同付表(以下,これらを併せて「本件計算書」という。乙4の1及び2)が添付されていた。〕。

イ 被告は,平成11年8月27日,原告に対し,原告の平成9年分の所得税について,総所得金額を2487万7877円,分離課税の分離長期譲渡所得の金額を1億2216万7753円,納付すべき税額を3431万7900円及び過少申告加算税を429万2500円とする,所得税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい,本件更正処分と併せて「本件課税処分」という。)をした(甲1)。

ウ 本件課税処分の経緯は,別表1のとおりである。

3  当事者の主張

(1)  更正理由の附記について

(被告の主張)

ア 原告は,被告に対し,平成10年3月16日に平成9年分の確定申告書を提出しているが,当該申告書は,所得税法143条に規定する青色申告書ではない。

イ ところで,所得税法155条2項は,「税務署長は,居住者の提出した青色申告に係る年分の総所得金額,退職所得金額若しくは山林所得金額又は純損失の金額の更正……をする場合には,その更正にかかる……更正通知書にその更正の理由を附記しなければならない。」と規定し,青色申告に係る更正の場合には,その通知書に更正の理由を附記すべきものと規定するが,いわゆる白色申告に係る更正の場合には,理由を附記することを義務づけた規定を設けていない。

かかる法の趣旨は,一方,比較的多量の事案を短時間で処理しなければならない更正処分について,すべての処分に理由の附記を要求することは課税の能率,徴税事務の円滑等の見地から不適切であることを考慮し,他方,帳簿備え付け,記帳,確定申告における明細書添付等の義務を負う青色申告者を優遇し,青色申告の普及を促進する点をも考慮した結果,更正処分の際の理由の附記を青色申告に限定して要求したものと解される(岡山地裁昭和60年10月29日判決・シュトイエル291号27ページ)。

ウ したがって,いわゆる白色申告に係る更正に理由附記することは法律上要件とされていないのであるから,更正通知書に理由附記しないことは何ら違法となるものではない。

そして,被告の行った本件更正処分は,青色申告書に係る更正処分ではないから,更正通知書に理由の附記を行わなかったことは違法ではなく,本件更正処分は違法であるとは認められない。

(原告の主張)

本件更正処分は,これに係る通知書に更正処分の理由が全くなされておらず,以下の理由により違法である。

ア 憲法31条は,手続上の保障を定め「法律の定める手続」によるべきことを要求している。この趣旨は,形式的な法律によって手続が定められればよいという趣旨ではなく,形式的な法律が定められており,かつ,私人の正当な権利が侵される可能性を実際上最小限に食い止めることに役立つ公正な手続により刑罰等を科す趣旨である。そして,手続上の保障の趣旨は,原則として行政手続によって私人に対し不利益を課す場合にも妥当する。すなわち,行政処分によっても,原則として法律の定める手続によるべきであり,かつ,その手続は私人の正当な権利が侵される可能性を実際上最小限度に食い止めることに役立つものでなければならないのである。かかる観点から,行政手続法14条1項も理由附記を規定している。

イ 原告は,本件更正処分に至るまでの税務調査において,税務署職員の求めに応じ,帳簿・証明書類等を全て提示して本件各土地の譲渡に関し保証債務の特例を適用する合法性について説明している。にもかかわらず,被告は,原告の説明を無視して理由を一切告げずに本件更正処分を行っている。この場合,原告としては,本件更正処分の適否を判断する手がかりを全く得られず,本件更正処分を違法として争ってよいのか,争うとしても争点は何か等の判断を一切なしえない。このような処分は,私人の正当な権利を著しく侵害するものであり,本来行政手続に求められるべき役割を全く果たしていない。かかる手続が法律上定められないがために許されるというのは本末転倒であって憲法31条及び行政手続法の趣旨に反するものである。翻って考えれば,正当な権利を著しく侵害する行政手続及びこれに基づく処分を阻止すべく,法律が整備されなければならないのである。

ウ また,理由を附記しない本件更正処分は,原告がこれを違法として争ってよいのか,争うとしても争点は何か等の判断をなしえないものであるから,「裁判を受ける権利」を定める憲法32条の趣旨にも違反する。

エ さらに,最高裁は,「一般に法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意専断を抑制する(処分適正化機能)とともに,処分理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与える(提訴判断及び争点明確化機能)趣旨に出たものである」と判示するところ,理由の付されない本件更正処分は,上記判例の趣旨に悖るものといえる。なぜなら,かかる場合,被告の判断の合理性を担保してその恣意専断を抑制することができないのみならず(処分適正化機能の喪失),原告が更正処分を違法として争ってよいか否か,争うとしてどこを争点とすればよいか等の判断が全くできない(提訴判断及び争点明確化機能の喪失)からである。

オ 以上により,本件更正処分に理由が附記されていないことは,憲法31条及び行政手続法14条の趣旨に違反するのみならず,憲法32条及び判例の趣旨に反するといわざるを得ない。

(2)  「保証債務を履行するための資産の譲渡」の要件について

(被告の主張)

ア 保証債務を履行するための資産の譲渡の要件について

(ア) 所得税法64条2項にいう「保証債務を履行するために資産の譲渡があった」というためには,その資産の譲渡が,保証債務の履行を余儀なくされたために止むに止まれず行われたものであることを要すると解すべきである。

すなわち,本件特例は,保証債務を履行するため余儀なくされる不本意な譲渡による所得が,いわば他律的に実現させられる所得であることから,給与所得や退職所得等の保証債務の履行とは無関係に生ずる所得とは異なって課税上の救済措置として設けられたものである。したがって,本件特例が適用されるためには,資産の譲渡が他律的に行われたこと,すなわち,主債務者が弁済を行うことが不可能であることが確実になり,債権者からの履行の請求を受けるなど,保証人において保証債務の履行を余儀なくされ,その保証債務の履行のために資産の譲渡が止むに止まれず行われたことを要すると解すべきである。

(イ) 資産の譲渡が保証債務の履行を余儀なくされたために止むに止まれず行われたものであるか否かの判断に当たっては,主債務者の財務状況,それまでの返済の実績等を踏まえて主債務者において弁済を行うことが不可能であることが確実であるか,資産の譲渡行為が債務の弁済期到来後(期限の利益喪失後)に行われたものであるか否か,債権者から主債務や保証債務の履行の請求があったか否かなどの客観的な事情を総合的に考慮して,保証人が保証債務を履行することが真にやむを得ないような状況であったか否かを判断することとなる。

イ 原告が保証債務の履行を余儀なくされたために止むに止まれず本件各土地を譲渡したとはいえないこと

本件においては,以下のとおり,資産の譲渡が保証債務の履行を余儀なくされたために行われたものであるとは,到底認められない。

(ア) 弁済期が到来せず,金融機関からの催告等もないこと

本件各土地の譲渡は,それぞれ本件各債務にかかる弁済期到来前になされているが,住友銀行や埼信が,原告に対し,主債務の弁済期到来前に保証債務の履行を請求した事実はない。また,Zないし原告が期限の利益を喪失した事実もない。

主債務者が有する期限の利益は保証人にも認められ,弁済期到来前には,連帯保証人も保証債務の履行を強制されることはなく,保証債務の履行のために資産の譲渡を余儀なくされるという事態は想定し得ない。

したがって,原告による本件各債務の弁済は,保証債務の履行を余儀なくされたことによるものとはいえず,所得税法64条2項にいう保証債務の履行として行われたものとは評価できない。

(イ) Zの経営状況は,本件各債務の弁済返済が可能であったこと

a Zの平成9年4月期における売上高は1億0952万8674円であり,平成8年5月から同年12月までの各月においても,毎月1200万円余りの売上をコンスタントに計上しているなど,収入金額が同年の秋以降大幅に減少したというような事実は認められない。

一方,埼信及びあさひ銀行からの借入金は,平成7年11月又は12月から月々の返済額が減額されており,平成8年5月から12月までの期間においては,国民金融公庫への返済額を含めたとしても,各金融機関への月々の返済額の合計額は165万円余りであって,さらに,平成9年1月以降においては,埼信及び住友銀行の借換えによって,月々48万円を埼信に対して返済すればよいことになっていた。

また,Zは,平成4年以前から損失が発生していたものの,各金融機関からの借入金の返済は順調に行っており,平成8年当時も,あさひ銀行からの借入金については遅滞なく返済しており,埼信の借入金についても,毎月の返済期限からは若干遅れることはあっても,確実に返済を行っていたことが認められる。

これらの事実からすれば,Zは,仮に貸借対照表上は欠損が生じていたとしても,実際のキャッシュフローを考えれば,自ら事業を廃止しなければ,従前と同様に月々の借入金返済資金をまかなう程度の収入を確保することは十分に可能であったというべきである。

なお,貸借対照表上欠損が生じているものの,事業を継続している企業は無数に存在するのであり,現にZも平成4年以前から損失が発生していたものの,その後も事業を継続し,借入金の返済も順調に行っていたのである。したがって,単に主債務者の貸借対照表上欠損が生じていたことから,保証債務の履行を余儀なくされた状況であったと認めるべきではない。

b これに対し,原告は,債務の弁済原資となるのは,売上から必要経費等を差し引いた税引前当期利益であって,平成8年5月から同年12月までの税引前当期損益は合計773万円の損失となっているから,Zには金融機関への弁済原資となるべき利益が存在しなかった旨主張する。

しかしながら,Zは,平成8年12月26日に住友銀行草加支店から融資を受けた1億3000万円のうち,Zの役員である原告に対する借入金の弁済として3396万円を,当時住友銀行草加支店の副支店長であった徳竹に対する貸付金として1000万円を使用している。また,Zは,平成9年2月末ころには,合計3071万8179円の取得価額で株式を購入しており,その一部については,平成9年4月30日現在においても,売却せずに保有していた。上記の目的で使用された資金により,Zは,本件各債務の弁済を行うことは可能であった。

特に,平成8年12月の段階での損失が773万円にすぎず,他方,原告本人に3396万円もの返済が行われていること,3000万円以上の株式の購入を行っていること,原告の主張を前提としても平成9年1月段階ではリニューアル計画は中止されており,リニューアルに資金を使用する必要もないこと等の事情からすれば,少なくとも本件第2ないし第5債務の弁済を行うことは十分可能であったことは明らかである。また,本件第2土地は3500万円で売却されているところ,上記株式の購入等の事実を考えれば,本件第2土地の譲渡を行うことなく本件第2債務及び本件第5債務(弁済額は合計2878万6097円である。)の弁済を行うことは十分可能であったことは明らかであり,同土地の譲渡が,保証債務の履行を余儀なくされたために止むに止まれず行われたものとはいえないことは明らかである。

したがって,Zが,各金融機関に対する債務の弁済資金が全く存在しなかったとの原告の主張は,事実に反し失当である。

なお,Zの資産負債の状況も,本件各土地を譲渡した当時のZの累積債務の金額は,その資産総額と比較して,著しく多額であったというものではない。また,減価償却費は取得時に支払が行われるものであり,その後の期においては支払の伴わない損金となるので,減価償却費に相当する金額は手許に留保されている資金とみることができるのであって,弁済原資の存否について検討する場合には,当期利益に加算すべきである。

c 以上のとおり,Zは,本件各債務の弁済に充て得る原資を有しており,現に平成8年12月まではあさひ銀行及び埼信に対する債務の返済を確実に行っていたのであるから,自らの収入によって本件各債務を月々返済していくことが十分に可能な状況であったとみるべきである。このように返済可能な状況であったにもかかわらず,平成9年1月以降,売上が減少したのは,Zの代表者であった原告自ら営業を停止したことによるものであって,Zの経営不振等の事情によって保証債務の履行を余儀なくされるような状況にあったとはいえない。

(ウ) 原告自らがZによる返済を不可能にしたこと

a Zは,その経営状況や財務状況等からすれば,事業を継続していれば,本件各債務を弁済することは可能であった。それにもかかわらず,Zが事業を継続しなかったのは,同社の代表者である原告の独断によるものである。

b Zは,原告が所有する本件第1土地上に原告が建設した建物を原告から賃借し,スイミングスクール等の経営を行っていたものであるところ,原告は,スイミング施設の駐車場部分ではなく,Zの経営基盤とでもいうべき建物の敷地部分(本件第1土地)から売却している。そして,原告は,本件第1土地の売買契約に,本件第1土地上の事業所を解体し更地で引き渡す旨の特約を付した上で,当該契約締結後速やかにZの営業を停止し,本件第1土地上の自己所有の建物及びZの資産である1億3567万8934円もの付属設備を取り壊し,除却している。

c 上記のような譲渡の状況やZの財務状況等からするならば,原告は,Zが客観的に営業を継続することが十分可能な状態にあったにもかかわらず,自らの判断において,Zの事業継続に必要不可欠な資産である本件第1土地について,Zの1億3567万8934円もの付属設備を除却する旨の特約を付した上で売却し,Zの事業継続を不能ならしめ,本件各債務の返済,ひいては原告のZに対する求償権の行使をも不能な状況に追い込んだものと解さざるを得ない。

すなわち,原告は,保証債務の履行を余儀なくされていない状況下において,任意に本件各土地を譲渡し,Zの債務を弁済したのであるから,保証人自らが,主債務者であるZの事業継続並びに求償権の行使を不能ならしめたものとみるべきであって,このような態様で行われた譲渡に係る所得が,他律的に実現された所得に当たらないことは明らかである。

(エ) Zは金融機関との取引を継続していたこと

a Zは,平成8年6月10日,埼信から1000万円の借入れを行っている(本件第2債務)ことからすれば,金融機関としても,Zについて,借入金を返済することが不可能な状況にあったと判断していなかったことが推認できる。また,Zは,各金融機関への返済が遅れて催促を受けたこともなく,不渡りを出したこともなく,順調に金融機関との取引を継続していたのであり,事業を継続さえしていれば,月々の返済額が減額されていたのであるから,返済は十分可能であった。

したがって,これらの点からも,保証債務の履行を余儀なくされたとはいえないことは明らかである。

b 原告は,あさひ銀行がZに対する資金協力を拒んだため,Zの営業状況が追い込まれる結果となった旨主張する。

しかしながら,あさひ銀行がZからの追加融資の申込みを断ったのは,平成8年12月19日,Zの代表者である原告から,Zが営業するサウナとレストランを平成9年1月25日に閉鎖する予定であるとの話があったことを直接の原因とするものであって,原告自身,Zの事業廃止を決めた後の事情である。そして,原告が上記申出をする以前の平成8年11月25日の時点においては,Z(原告)からの返済方法の見直しの申出に対して,同行は,金利の引下げや返済期限の延長の申出には応じられないが,月々の返済金額の減額については,平成7年11月頃からの減額措置を継続し,平成9年10月頃に再度月々の返済金額の見直しを行うこととしていたなど,将来的にもZが債務を返済していくことを前提とした交渉が行われていたのである。

(オ) 小括

以上に述べたとおり,Zは,その経営状況や資金状況,債務の返済実績からすれば,債務の返済が不可能な状況にあったとはいえず,金融機関との取引も継続していたのであるから,事業の継続ができる見通しがないという状況にあったとも認められない。そして,本件各債務の弁済期も到来しておらず,金融機関からの催告等もなかったのであるから,結局のところ,原告は,単に,本件各債務の返済に充てる目的で任意に本件各土地を売却し,その代金をもって任意に本件各債務を弁済したにすぎないとみるほかないのであって,原告が保証債務の履行を余儀なくされ,止むに止まれず本件各土地を譲渡したものとは認められない。

したがって,本件において本件特例は適用されない。

株式の購入等の事実を考えれば,少なくとも本件第2土地の譲渡を行うことなく本件第2債務及び本件第5債務の返済を行うことは十分可能であったことは明らかであり,同土地の譲渡が,保証債務の履行を余儀なくされたために止むに止まれず行われたものとはいえない。

(原告の主張)

ア 規定の解釈論

所得税法64条2項は,「保証債務を履行するための資産の譲渡があった」ことを要件としているところ,被告は,「資産の譲渡が保証債務の履行を余儀なくされたために行われたものであること」という要件を措定するが,かかる要件を措定するとしても,租税法律主義の課税要件明確主義の要請からして,それはあくまで「保証債務を履行するための資産の譲渡」という枠内の解釈によるべきである。

ことに,本要件について,主債務の弁済期到来前に資産を譲渡したこと,債務者ないし保証人に対する書面による正式な督促がない段階で資産を譲渡したことなどの形式的な事情を強調することは,明らかに解釈論の域を超えるものであり,本要件を不当に縮小解釈するものである。これは,横浜地裁平成9年6月25日判決からも明らかである。

イ 原告が保証債務の履行を余儀なくされていたこと

(ア) 平成8年当時,窮地に瀕したZは,リニューアル計画を含めて再建を懸命に試みていたものの万策が尽き,平成9年1月半ばころには,事業を継続することが不可能となったため,Zは総額2億円を超える債務を返済することができなくなった。その結果,Zの連帯保証人である原告は,その連帯保証債務を免れ得ないこととなった。

したがって,原告は,本件各債務の保証債務の履行を余儀なくされた状況のもとで,自らの保証債務を履行するために,本件第1土地の売買契約を締結に至ったのであり,本件は,所得税法64条2項に規定する「保証債務を履行するために資産を譲渡した」場合に当たる。

(イ) 被告は,Zの売上高及び金融機関への返済状況,新規貸付を受けたこと,債権者からの督促がないこと等を理由に,Zの経営状況は客観的に本件各債務を返済していくことが可能な状態であって,原告は保証債務の履行を余儀なくされたものではないと主張する。しかし,以下のとおり,被告の主張は,極めて不合理であり失当である。

a Zの経営状況について

(a) 被告は,Zが平成8年5月から同年12月までは,毎月1200万円余りの売上を計上しており,秋以降明らかに減少したこともなくコンスタントな収入が確保されていたとして,Zの経営状況が返済が不可能な状況ではなかったと主張する。

しかし,債務の弁済原資となるのは,売上そのものではなく,売上から必要経費等を差し引いた税引前当期利益であるところ,Zは,平成8年当時,売上から経費を差し引いた収入が減少傾向にあり,平成8年5月から同年12月までの税引前当期損益は,合計773万円の損失を計上しており,キャッシュフローはマイナスで,月々の返済原資が全くなかった(なお,Zが返済条件の見直しにより月々の返済額が減額されていたことを考慮しても,平成8年5月から同年12月における税引前当期損失の合計額が773万円に上っていたことからすれば,Zは債務の返済を行っていくことができなかったというべきである。)。

また,Zは,実質的に平成8年4月末の段階で既に1億9151万8351円の債務超過状態であり,平成9年4月末には債務超過額が2億6930万7577円に及んでいた。

したがって,Zの売上高及び金融機関への返済状況等のみから,直ちにZの経営状況が返済が不可能な状況ではなかったと結論付けることはできないのであり,被告の主張は,経営状況を示す各指標の分析を怠り,事実と明らかに相違するものである。

(b) なお,被告は,本件各債務の返済が可能な状態であったと主張するが,金融機関に対する調査を担当した被告職員竹内勉は,本件各債務の弁済について,保証人である原告所有の土地を売却して捻出する予定であることの確認はしているものの,金融機関におけるZの経済状況に関する認識や,原告が土地売却代金を本件各債務の返済原資にあてなければならなかった理由について調査等,Zの経済状況の実態を把握するために必要な税務調査を十分に行ってはいなかったのであり,被告の主張は,事実関係に基づかない独断というべきである。

(ウ) 新規貸付を行った融資担当者が把握していた事情

a 被告は,Zが,平成8年に埼信及び住友銀行から新規貸付を受けた事実をもって,本件各債務の返済が可能な状態であったと主張する。

しかし,埼信及び住友銀行の融資担当者においても,Zは,本件第1土地の譲渡の際には,既に本件各債務の返済が不可能な状態に陥っていたと認識していたのであり,原告は,これら金融機関に対する保証債務の履行を余儀なくされていたというべきである。

b 埼信について

埼信の融資担当者であった長嶺克哉は,Zの経営について,平成8年6月の新規貸付時には,返済可能な状況であると考えていたが,平成8年秋頃から,Zの営業状態が悪化し,従前の債務を完済できない状況に陥ったと判断した。そこで,埼信は,平成8年12月5日に債務の借換えを行い,その際,Zの債務を原告の個人資産の売却により返済することを予定して,その売却まで従前の返済を猶予することとした。

したがって,埼信は,既に,平成8年暮れにおいて,Zが破綻に瀕しており,従前の債務の返済が不可能な状態であると判断していたのであり,Zは,同時期頃には,従前の債務を返済することができない状況に追い込まれ,原告は,埼信に対する保証債務の履行を余儀なくされていた。

c 住友銀行について

住友銀行の融資担当者であった徳竹は,原告から融資の申出を受けた際,Zのスイミングスクール・サウナ施設をリニューアルして賃貸することを提案し,この提案を実現できれば,Zの再建は十分可能であると考えて,Zに対する融資を実行した。しかし,平成9年1月半ばになって,賃貸条件を満たす賃借人が存在しないことが明らかになり,上記の条件を達成することができないことがはじめて判明し,Zが営業を継続できないことが明白となった。

したがって,原告は,住友銀行に対する保証債務の履行を余儀なくされる状況にあった。

(エ) 除却損等について

被告は,原告は,Zの資産である1億3567万8934円もの付属設備を取り壊し,これを除却したと主張する。

しかし,Zは金融機関からの融資を継続させるために,任意になし得る減価償却を長期間行ってこなかったが,これを法の定めるとおり償却していれば,平成8年4月末日の有形固定資産の簿価は4984万4325円となり,債務超過額は1億9151万8351円にのぼるのに対し,除却損については3994万8223円にとどまる。

したがって,被告の主張は事実に相違する。

(オ) 本件第2土地の譲渡の必要性について

a 被告は,本件第2土地について,本件第2及び第5債務は,住友銀行の融資(Zの原告に対する債務の返済資金または株式購入資金)をもって返済することが可能であったとし,本件第2土地の譲渡が上記各保証債務の履行を余儀なくされて行われたものとはいえないとしている。

b しかし,原告に対するZの債務の返済は,そもそもZの事業継続に必要不可欠な住友銀行の融資実現の条件であった。すなわち,住友銀行のZに対する債権を担保するために,本件第1土地全部に住友銀行を債権者とする第1抵当権の設定が要求され,そのために原告は,自らのあさひ銀行に対する債務を返済して,あさひ銀行の根抵当権を消滅させる必要があったところ,当時原告には,Zに対する貸付金を自らの債務の返済資金にあてるほかなかった。

したがって,住友銀行の融資実現のために必要とされた資金について,埼信の第2及び第5債務の返済にあてるべきであるとする被告の主張は失当である。

c 主債務者が複数の者に対して債務を負う場合,違法ないし不当な弁済にあたらない限り,主債務者がいずれの債務から弁済を行うかは本来その選択にゆだねられている。また,複数の債務が存在する場合に,保証債務のついた債務の弁済を優先しなければ,本件特例の適用が認められないわけではない。

この点,Zは,住友銀行からの融資により,株式購入資金及び当時の住友銀行草加支店副支店長徳竹清(以下「徳竹」という。)に対する貸付資金を捻出することができたが,平成9年1月の段階で既にZの事業継続が不可能であることが確定していた。そして,平成8年4月期におけるZの債務超過額が既に1億9000万円を超えていたこと(平成9年4月期におけるZの債務超過額が約2億7000万円にのぼったこと)から明らかなとおり,株式購入資金及び徳竹からの回収金のみでは,もはやZの多額な負債を完済することは到底不可能な状況であった。多額に及ぶ債務のうち,本件第2及び第5債務についてのみ,株式購入資金及び徳竹からの回収金をもって優先的に弁済されなければならないとする被告の主張は,明らかに失当である。

(d) 被告は,本件各債務は,弁済期限が到来せず債権者が督促していないため,その債務の履行のみならず保証債務の履行を余儀なくされていないと主張しながら,一方において履行を余儀なくされていない本件各債務について,Zのわずかな余剰資金をもって他の債務より優先的に弁済しなければならないかのごとき主張をしており,その主張がいかに偏頗的で不当なものであるかは多言を要しない。

(3)  「求償権の全部又は一部の行使ができなくなったとき」の要件について

(被告の主張)

ア 保証債務の要件について

(ア) 所得税法64条2項にいう保証債務が存在したというためには,単に主債務及び保証債務が存在することのほかに,保証人が,将来保証債務の履行をすることになったとしても求償権を行使することによって最終的な経済的負担は免れ得るとの予期のもとに保証契約を締結したことを要すると解すべきである。

(イ) なぜなら,保証人が保証契約締結時において,既に求償権の行使が不可能であることを認識していた場合は,実質的には主債務を自ら引き受けたのと同じであって,もはや保証債務ではなく,自らの債務に当たるとみることができるのであり,このような場合にまで同項の規定による課税上の救済を広げることは,法の趣旨に反する結果を招き,他の納税者との不公平を生じることとなるからである(自らの債務の返済のため,資産を譲渡した場合は譲渡所得課税を免れない。)。

(ウ) 以上の理は,所得税法64条2項の「求償権の全部又は一部の行使ができなくなったとき」の文言解釈からも導かれる。すなわち,保証債務の特例の「求償権の全部又は一部の行使ができなくなった」という要件は,保証人が自らの努力により,主債務者に対して,求償権を行使しても回収できなかった場合をいうのであり,保証人が自ら取得した求償権を放棄したり,求償債務を免除したりすることは,単なる所得の処分であって,上記の要件に当たらない。そして,その趣旨は,求償権を行使し得るにもかかわらず,その行使をする意図もなく,保証人になった場合にも当てはまるということができる。すなわち,初めから,求償権を行使する意思がなく,保証債務を負担したという場合には,将来取得する求償権をあらかじめ放棄し,あるいは求償債務を免除したのと同然であり,「求償権の全部又は一部の行使ができなくなった」との要件に当たることのできない保証とみなすことができる。

(エ) 通説・裁判例においても,保証契約の締結時に主債務者に対する求償権の行使が不可能であることを認識していた場合には,本件特例の適用はないと解されているところである(金子宏「租税法(第九版)」219ページ,札幌高裁平成6年1月27日判決・訟務月報41巻10号2637ページ)が,これも上記の趣旨によるものとみるべきである。

イ 原告は,求償権を行使し得たにもかかわらず,あえて求償権を行使する意図なく本件保証を行ったものであること

原告は,以下に述べるとおり,自らリニューアル計画を断念してZの営業を止めることを決定した上で保証契約を締結するなど,Zに対する求償権を行使する意図なく債権者との間で保証契約を締結しているのであり,その実質は,Zに対して利益供与を行ったものにすぎないから,本件特例の適用はないというべきである。

(ア) 住友銀行に対する本件第1債務について

原告は,既にZのリニューアル計画を断念し,近々事業を廃止して,Zが1億3000万円もの債務の返済ができない状況になることを知りながら,本件第1債務について連帯保証契約を締結したのであって,その実質は,Zに対して利益供与を行ったものにすぎない。

a リニューアル計画が既に中止されていたこと

以下の事実からすれば,Zのスイミングプール施設等のリニューアル計画は,Zが住友銀行草加支店から融資を受けた平成8年12月26日時点で既に中止されており,Zの事業閉鎖は確定的となっていたものというべきである。

(a) あさひ銀行に対してリニューアル計画を中止する旨を伝えていたこと

原告は,平成8年11月25日の時点において,あさひ銀行に対し,平成9年3月1日にZを「スポーツプラザ○○」としてリニューアルオープンする計画であることを伝えていたものの,平成8年12月19日には,上記リニューアルオープンの話が中止となったこと,平成9年1月25日にサウナ及びレストランを閉鎖すること,その後はマンションを建てる可能性もあること,原告所有の土地を河合工務店に売却する方針があることなどを伝えていた。

(b) リニューアル計画の中止に伴うキャンセル料を支払っていること

Zは,住友銀行草加支店から融資が実行された平成8年12月26日に,Zのリニューアル工事の見積りを行った北川工務店に対して,工事キャンセルに伴う手間代等として5万円を支払っていた。

(c) リニューアル資金に使用していないこと

Zが住友銀行草加支店から借り入れた1億3000万円は,平成8年12月26日に住友銀行草加支店のZ名義の普通預金口座(口座番号<省略>)に入金された後,同日,6215万円があさひ銀行からの借入金の返済に,3396万円が原告のあさひ銀行に対する借入金の返済に,773万9347円が国民金融公庫からの長期借入金の返済にそれぞれ充てられ,1000万円は当時の住友銀行草加支店副支店長であった徳竹に対する貸付金に充てられるなどして,大部分が使用されていた。すなわち,住友銀行草加支店からの1億3000万円の借入金のうち,1億1300万円余りはリニューアル以外の目的に費消され,原告自身7000万円程度の費用を要すると考えていたスイミング施設のリニューアル工事のための資金は,何ら留保されていなかった。

原告は,住友銀行から追加融資を受けるつもりであったと述べるが,その時期も金額も決まっておらず,何ら具体的な話はなかった上,住友銀行以外の金融機関で融資をしてくれそうな機関も存在しなかったというのであり,およそリニューアルに向けた資金の調達が行われていたとはいえない状況であった。

(d) 短期の手形貸付であること

本件第1債務は,借入れから6か月後の平成9年6月30日の返済期限に一括返済しなければならない手形貸付として借り入れられた。

上記借入態様からすれば,Zないし原告は,Z再建後にZの営業収入をもって本件第1債務を返済することを予定しておらず,借入当初から,原告が土地を売却し,その売却代金をもって一括して短期間のうちに返済することを予定していたものとみるべきである。そもそも,住友銀行草加支店が,Zに対し,返済期限が6か月後に到来する手形貸付により1億3000万円もの高額の資金を貸し付けたのは,原告が,土地売却代金をもってZの債務を返済する旨を住友銀行に対し申し出ていたからであって,同行が,Zのリニューアル計画のために融資を行い,その収益をもって融資の返済を受ける予定であったとは到底考えられない。

(e) 本件第1土地の売却時期が異常に早いこと

原告は,平成9年1月24日,中央住宅との間で,本件第1土地について,売買代金を2億2843万8900円とする不動産売買契約を締結している。

この点,平成8年12月26日当時はリニューアルを考えており,その後,平成9年1月半ばころに河合工務店との間で定期借地権の話が出たが清水税理士と相談して断ることにし,その後恩田不動産に会って中央住宅を紹介されたとの原告の主張を前提とすると,2億円以上の取引の契約締結の時期が異常に早い。また,平成9年1月ころは,本件各債務の弁済期は到来しておらず,原告が債権者から返済を求められるという事態も生じていなかったのであるから,譲渡人としては,少しでもより良い条件での売却を考えて行動するのが自然であり,また,売却の交渉についても相当の期間を要するのが通常である。

原告の主張を前提とすれば,河合工務店との交渉が成立せずに本件第1土地を売却しなければならないとの判断をしてから売買契約が成立するまでの期間は,わずか1週間余りと異常に短かく,その間,Zの事業継続を断念した上で,あるべき売却価格の交渉すら行わずに2億円余りの高額な土地取引を成立させたということになるのであるが,かかる主張は,明らかに不自然であって信用できるものではない。

かえって,原告が本件第1土地の売却を判断したのは,本件第1債務について保証契約を締結した平成8年12月26日よりも前のことであると考えるのが自然であり,そうすると,原告が,同月19日の時点で,リニューアルの中止を決定したこと,(定期借地権を設定して)マンションを建てるかもしれないこと,河合工務店と交渉していること等をあさひ銀行に伝えていることとも符合する。

b 本件第1債務の借入れ及び連帯保証について原告にメリットがあること

(a) 本件第1債務を借り入れた目的がリニューアル資金の調達のためであったとはおよそ認められないのであり,現に借り入れた当日のうちにその大部分がリニューアル以外の目的に使用されている。本件第1債務借入れの目的は,保証債務の特例を受ける金額をより高額にして,さらに,原告本人のZに対する貸付金を確実に回収するためであると考えられる。

すなわち,原告が平成8年12月5日に埼信に対して自己の所有する土地を売却して埼信の債務を返済することを申し出ていること,その後,Zのリニューアル計画を中止するとともに事業の継続を断念していることからすれば,原告は,本件第1債務について連帯保証契約を締結した時点において,既に本件各土地を売却し,売却代金をもって,Zの埼信及びあさひ銀行に対する債務の弁済を行うことを考えていたものとみるべきである。そして,原告が自己が所有する資産を売却し,その売却代金をあさひ銀行の自己の借入金3396万円の返済などの保証債務の履行以外に充てた場合には,その部分について保証債務の特例を受けられないところ,仮に,本件第1債務を借り入れると同時に原告が連帯保証したという形式を整えた後に本件各土地を売却するという方法をとれば,本件第1債務全額について保証債務の特例を受けることができると見込んだものと推測される。

そして,本件第1債務の借入目的を上記のように見た場合,その返済期限が,6か月後となっていることは,原告が土地を早期に売却し本件第1債務を返済する予定であったこととも符合するのであって,現に,本件第1債務を借り入れた平成8年12月26日から1か月も経たない平成9年1月24日に本件第1土地を売却する契約を締結していることとも整合する。

(b) なお,原告は,住友銀行からの融資に対して連帯保証を行った後に本件特例を適用した場合と,住友銀行から融資を受けず,あさひ銀行,国民金融公庫及び埼信の融資分についてのみ本件特例を適用した場合の税額を比較しても,税額には差がないことを根拠に,原告が本件第1債務を借り入れるメリットは存在しない旨主張する。

しかしながら,そもそも原告は自らの貸付金を確実に回収しておりメリットは十分あると考えられる上,上記の原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本件特例は,保証債務の履行に伴う求償権の行使ができないこととなった金額を,譲渡所得の金額の計算上,なかったものとみなす規定であるが,具体的な所得金額の計算としては,特例の適用がないものとして計算した譲渡所得の金額から,①求償権行使不能額,②総所得金額(特例適用前の譲渡所得金額を含む。),③特例適用前の譲渡所得金額のうち,いずれか低い金額を控除した金額を特例適用後の譲渡所得の金額とする(所得税法64条1項,所得税法施行令180条2項)。つまり,本件特例は,譲渡所得の計算上,求償権の行使ができないこととなった金額を,特例適用前の譲渡所得金額を限度として,譲渡所得の金額から控除して計算するというものである。この点,本件において,あさひ銀行,国民金融公庫及び埼信からの借入額の残高は合計1億5045万7840円であり,本件第1債務及び埼信からの借入れ額の残高は合計2億1056万8493円である。これに対し,特例適用前の譲渡所得の金額は1億2775万6308円であるから,双方の金額を比較すると,特例適用前の譲渡所得金額が求償権行使不能額よりも低い金額となっているため,結果的には本件第1債務の借入れの有無によって所得金額に差が出なくなっている。

しかしながら,本件特例適用前の譲渡所得金額が,本件第1債務を借り入れなかった場合の求償権行使不能額を上回る場合には,本件第1債務を借り入れることによって譲渡所得金額を減らすことが可能になるのであり,本件第1債務を借り入れた場合のメリットは十分存する。そして,本件第1債務の借入時である平成8年12月26日の時点では,本件各土地がいくらで譲渡されるか,また,原告が所有している各土地のうち(本件第1土地以外に)土地を譲渡するのかは決定していなかったのであるから,原告が本件第1債務を借り入れることによって譲渡所得を減らすことができると考えた可能性は十分存する。

(c) また,原告は,平成8年12月26日に住友銀行から本件第1債務を借り入れたのは,あさひ銀行が返済条件の変更の申出及び1200万円の融資の申出を断ったことから,あさひ銀行との関係を完全に断ち切りたかったためであると主張し,その理由として,原告は,埼玉銀行が協和銀行と合併してあさひ銀行に行名を変更してから,あさひ銀行の対応が冷たくなったことをあげている。

しかしながら,あさひ銀行が協和銀行と合併し協和埼玉銀行になったのは平成3年4月,協和埼玉銀行からあさひ銀行に行名を変更したのは,平成4年9月であるところ,行名変更から債務の全額を返済した平成8年12月の間においても,Zは,あさひ銀行から平成5年8月6日に1300万円の新規融資を受けているのであって,原告の上記主張は信用し難い。

c 以上に述べたとおり,本件第1債務は,事業廃止予定であった主債務者であるZからの返済は当初から全く予定されておらず,原告所有の本件第1土地の譲渡による返済を前提として成立したものであり,原告による保証契約の締結は,形式的には債務保証の形をとっているものの,実質的には,主債務者であるZに対する求償を前提とすることなく行われたものとみるべきであって,原告による債務引受け又はZに対する一方的な利益供与にほかならない。

したがって,本件第1債務については,所得税法64条2項にいう保証債務が存在したとの要件を満たすものではないから,本件各譲渡所得について,保証債務の特例を適用することはできない。

(イ) 埼信に対する本件第4及び第5債務について

a(a) 本件第4及び第5債務は,Zが平成8年11月末現在で埼信に対して有していた7件の借入金のうち,本件第2債務と第3債務を除いた5件を,平成8年12月5日,2件の借入金にまとめたものである。上記借換えに当たっては,原告から,埼信の担当者に対して,原告が所有する土地を売却して借入金を返済する旨の申し出がなされ,かかる申出を受けた埼信は,これを条件に借換えに応じたのであって,原告の主張によると,原告が土地を売却して債務を返済する期限については,少しでも土地が高額で売却できるように1年半余り猶予したというのである。

そして,原告が本件第4及び第5債務を返済するために売却する予定であった土地は,本件第1土地以外のZのスイミング施設の駐車場であった土地であり,駐車場を売却するころにはスイミングプール施設も閉鎖しようとしていた。

(b) 以上の事実からすれば,本件第4及び第5債務については,債務者であるZからの返済が当初から全く予定されておらず,原告所有の不動産の売却代金による返済を前提として成立したものである。そして,原告が本件第1土地を売却するに当たり,当該土地上の建物を取り壊し,Zの付属設備を除却することによって,Zに対する求償を自ら不可能にしていることにかんがみれば,本件第4及び本件第5債務についての原告による保証契約の締結は,主債務者であるZに対する求償を前提とすることなく行われたものであって,実質的には,原告による債務引受け又はZに対する返済金の贈与にほかならないものと見るほかない。

b したがって,本件第4債務及び第5債務に係る原告の保証債務については,「保証債務」が存在することとの要件を満たしていないから,本件特例の適用はない。

(ウ) Zの事業廃止が決定した時期からの検討

a Zの事業廃止が決定した時期は,平成8年12月5日ころであり,この点からも,原告が本件第1債務,本件第4及び本件第5債務の融資時に求償権を行使する意図がなかったことは明らかである。

b すなわち,Z(原告)は,平成8年12月19日,あさひ銀行に対し,リニューアルオープンの話もあったが中止となったこと,平成9年1月25日にサウナ,レストランを閉鎖すること,その後はマンションを建てる可能性もあること,翌年1月に原告所有の土地を河合工務店に売却する方針があることなどを伝えていた。

また,原告は,平成8年12月5日,埼信に対し,Zの債務については,原告が所有するZのスイミングプール施設の駐車場となっていた土地を売却して返済することを約していた。Zは,原告所有の土地上の建物を使用してスイミング等の営業を行っていたところ,Zのスイミングプール施設は交通の便が悪く,近隣駅から車を用いなければならないような状況であったというのであり,駐車場はその営業に不可欠であった。原告自身Zの施設の駐車場となっていた敷地を売却するころには経営をしていないだろうと考えていたのであるから,その土地の売却を考えていたということは,Zの営業を廃止することを考えていたとみるべきである。

したがって,平成8年12月5日ころには,リニューアル計画は中止され,Zの事業閉鎖は確定的となっていたものである。

c 以上のとおり,原告は,平成8年12月5日ころにはZの事業を閉鎖し,スイミング等の営業に不可欠な土地を売却することを決めていたのであるから,Zが住友銀行から借り入れた本件第1債務並びに埼信から借り入れた本件第4及び第5債務は,Z自らが返済をすることは予定されておらず,原告が土地を売却して,その売却代金で返済することを前提として借り入れられたものである。そして,原告は,Zに代わって債務を弁済したとしても,事業を閉鎖するZに対して求償権を行使することができないことを認識して債務保証を行ったのである。

すなわち,原告の保証は,形式的には債務保証の形式をとっているものの,Zからの求償を前提としていない点において,Zに対する一方的な利益供与又は債務引受と評価されるべきものであって,保証債務の特例にいう「保証債務」があったとの要件を満たしていないから,本件譲渡所得について本件特例の適用はない。

(エ) 求償権の行使が不可能であると認識していたか否かの判断時期について

a 原告は,いわゆる借換えが行われている場合には,旧借入金に対する保証契約締結時をもって,保証人が求償権の行使が不可能と認識していたか否かを判断すべきであると主張するようである。

b しかしながら,借換えがなされた場合であっても,金銭消費貸借契約及び保証契約は新たに締結されるものであり,新たな保証契約は,法律的には旧債務についての保証契約とは全く別個の契約であるから,飽くまでも,新債務についての保証契約の締結時における保証人の認識が問題とされるべきである。

原告は,同一当事者間の債務の借換えは準消費貸借契約の実態を有し,既存債務についての担保が存続することをその根拠として主張するが,準消費貸借契約における債務の同一性の有無は当事者の意思解釈によるべきであり,原告が引用する最高裁昭和33年6月24日第三小法廷判決も,その判旨を一読すれば明らかなとおり,当事者の意思解釈が明らかでない場合に担保を存続させる意思があったものと推定するとしたものにすぎず,債務の借換えであるから法律の規定上当然に連帯保証債務が引き継がれるものではない。

c 特に,本件第1債務は,Zのあさひ銀行に対する借入金の返済に充てられただけでなく,原告本人のあさひ銀行に対する借入金の返済や徳竹に対する貸付に使用されているのであり,これをいわゆる借換えと同視することはできない。そして,本件特例の解釈は厳格であるべきことからすれば,本件特例の適用範囲を不明確に拡大するような解釈は厳に慎まなければならないところ,借入金の一部が結果的に従前の債務の弁済に充てられていたか否かといった極めて曖昧な要件によって保証人の認識の判断基準時が異なるとの解釈は採り得ない。

d この点,原告は,自らの主張は本件特例の適用を不当に曖昧にするものではない旨主張し,貸付台帳等により当初の貸付時点は特定できるはずであるから調査が極めて困難であるとは考えられない旨述べる。しかしながら,現に本件においても本件第3債務の旧債務の貸付時期は不明であり,平成6年という比較的新しい時期の貸付についてもこのような事態が起こりうるのである。

e 以上のことからすれば,保証人が求償権の行使不可能であることを認識していたか否かの判断は,新たな借入金に対する保証契約締結時で判断すべきことは明らかであり,原告の主張は失当である。

(原告の主張)

ア 保証人の認識の基準時

被告は,①借換えは従前の契約とは全く別個の契約であること,②長期間に複数回にわたって借換えがなされた場合や,借換えに際して貸付条件に変動があった場合には,いかなる時点で,いかなる範囲の保証債務について保証人の認識を判断すべきであるかが曖昧になり,その判断が極めて困難になることから,借換時における保証人の認識を問題にすべきであると主張する。

原告は,借換時点において求償可能と考えていたものではあるが,この点をおくとしても,以下の事情に照らせば,従前借換えを重ねてきた債務については,旧借入に対する保証契約締結時をもって,保証人が求償権の行使が不可能と認識していたか否かを判断すべきであり,最後の借換時点の認識を問題にしなければならないとすることはできない。

(ア) 借換時に新たな保証契約が締結されたとは考えられないこと

同一当事者間の債務の借換えは,準消費貸借契約の実態を有しているところ,準消費貸借契約は,当事者の意思に基づく債務原因の変更であるから,既存債務との同一性の有無については,主として当事者の意思を基準として決定される。

そして,既存債務について保証等の担保がついている場合には,原則としてこれら担保は存続すると解されている(最判昭和33年6月24日)。なぜなら,保証等の担保は当事者の意思で自由に左右できるものであって,また,既存債務の種類・性質に関係のない事項であり,債権者が担保を放棄して,みずから不利益を招くような意思は,原則として推定され得ないからである。すなわち,準消費貸借契約を締結した際,当事者の合理的意思解釈としては,格段の意思表示がない限り,保証債務は従前のとおり引き続き存続していくものであり,実質的には保証人はその意思にかかわらず従前の地位を継続せざるを得ない立場にある。

社会の実態に照らしても,債権者が借換時に保証人の意思を確認して,その意思如何で保証の継続を決定するなどということはおよそあり得ないのであり,保証人は,債務の借換時において,任意に従前の地位を離脱できるものではない。

以上によれば,借換えがなされた場合において,金銭消費貸借契約及び保証契約が新たに締結され,新たな保証契約は,法律的には旧債務についての保証契約とは全く別個の契約であることを強調して,借換時における保証人の認識を問題にすることは相当でない。

(イ) ところで,本件特例において,保証人が保証契約締結時に主債務者に対し求償権を行使することが不可能であることを認識していたときに適用されない理由は,かかる場合,実質的には主債務者に対して一方的に利益を供与するものであり,資産譲渡による所得が他律的に実現されたものと評価できないことに求められる。

しかるに,準消費貸借契約を締結する際の保証人は,仮に準消費貸借契約時に求償権の行使が不可能であることを認識し得たとしても,従前の保証人たる地位を免れることができない立場にある。すなわち,借換えについては,保証人の主体的意思が関与していないのであり,そうすると,借換え後に保証人が保証債務の履行を迫られて個人の資産を譲渡し,挙げ句に求償が不可能となった場合には,まさに資産の譲渡による所得が他律的に実現されたものと評価できる。

したがって,被告が,借換時点における保証人の認識を問題にすべきであるとし,借換時点において主債務者の窮状を認識している保証人について本件特例の適用を否定すべきであると主張することは,契約の性質・当事者の合理的意思解釈・社会通念に反するものであるのみならず,本件特例の趣旨にもとるものであり,極めて不合理である。

そもそも,本件特例の適用要件として明文規定にない保証人の認識が問題とされるのは,本件特例の趣旨に照らし,保証人がその主体的意思によって主債務者に対し一方的に利益を供与したものと評価できる場合を排除するためである。しかるに,被告は,借換時に保証継続について保証人の主体的意思が関与し得ないにもかかわらず,当該時点における保証人の認識を問題にしており,その主張は本件特例の解釈を見誤ったものといわざるを得ない。

(ウ) 適用を不当に曖昧にするものではないこと

a 被告は,長期間に複数回にわたって借換えがなされた場合や,借換えに際して借入金額等の貸付条件に変動があった場合(特に借入金額が増額された場合)等には,いかなる時点で,いかなる範囲の保証債務について保証人の認識を判断すべきであるかが曖昧になり,その判断は極めて困難になると主張する。

しかし,借換えが行われた場合に,いつの時点で原告の認識を問題にするかによって,判断の困難性に大きな違いが生じるとは考えられない。すなわち,借換時ではなく従前の保証契約締結時における保証人の認識を基準にすべきであるとした場合に,いかなる時点で,いかなる範囲の保証債務について保証人の認識を判断すべきかについては,借換時に債務の増額がない場合には,当初の貸付時点における保証人の認識を問題とすれば足りる。これに対し,借換時に増額があった場合には,借換時点で増額した範囲の保証債務について保証人の認識を問題にすれば足りることになる。

なぜなら,借換金額が既存債務の額と同一の場合には,その範囲で保証人たる地位の継続は免れ得ないものと推定され,借換時点においては,同一性の推定されない増額分についてのみ保証人の認識を問題にすれば足りるからである。

b そして,上記保証人の認識に関する判断が極めて困難になるとはおよそ考えられない。

(a) まず,長期間にわたり複数回の借換えがあったとしても,貸付台帳等により当初の貸付時点は特定できるはずであるから,その調査が極めて困難であるとは考えられない。そして,貸付時点における保証人の認識に関しては,保証人の記憶のみならず,当時の主債務者の状況・債権者の把握していた事実等を調査することにより,判断することが十分可能である。

また,借換時に増額があった場合にも,その時点及び増額分の特定が可能であり,当該借換時点における主債務者の状況・債権者の把握していた事実等の調査についても,これが困難なものになるとはおよそ解されない。

(b) 仮に,最後の借換時点における保証人の認識を問題とすべきであるとしたとしても,当初の貸付時点及び借換時点において保証人の認識を判断しなければならない場合は存在する。

たとえば,当初長期の貸付を行い,その後,借換えという形式ではなく新規貸付という形式で複数回にわたって貸付が行われている場合(各債務について同一保証人が全て保証債務を負担している場合)には,被告主張の立場にたっても当初貸付時点及び複数回にわたる新規貸付時点の保証人の認識を判断しなければならないはずである。この判断は,実質的には,当初貸付分に関する貸付時点の判断,増額融資の際の増額分に関する判断にほかならないから,結局,原告が主張する判断事項と実質的には同じことになる。

したがって,原告主張の立場と被告主張の立場を比較した場合に,原告の立場によると直ちに調査・判断が極めて困難になるとはおよそ考えられない。

(c) また,当初貸付時・増額融資時における保証人の認識に関する調査・判断と,最後の借換時点における保証人の認識に関する調査・判断とを比較した場合,むしろ前者の方が通常は容易かつ確実になし得るはずである。

なぜなら,債権者が新規に貸付を行う場合には,債務者の状況・保証人の状況等をつぶさに把握して貸付に関する決定を行うはずであるから,債権者に対する調査によって,上記の判断資料は多く提供され得るからである。特に,債権者が金融機関である場合には,新規貸付に関する調査は厳格であり,稟議書その他の記録によって,当時の状況は極めて明白になる。そして,この点は増額融資の際も同様である。

これに対して,借換時点においては,債権者は,債務者・保証人の状況を,新規貸付時ほど厳格に把握しているとは限らない場合が多いため,債権者に対する調査により,確実な判断資料が得られるとは限らないのである。

したがって,判断資料の確実性という観点からみても,原告の主張を採用すると,保証人の認識の判断は極めて困難となり,事実上,この点について課税庁が判断を行うことは不可能となるとする被告の主張は全く合理性がない。

(d) 第三者による債務の肩代わりについて

更に,債権者と主債務者間で債務の借換えを行う場合のみならず,第三者が主債務者の債務を肩代わりする場合についても,保証人が従前の地位を免れることができない状況にある場合には,本件特例を適用すべきである。

なぜなら,保証人が,従前の地位を免れることができない立場にある場合には,たとえ第三者による債務の肩代わり時に求償権の行使の不可能性を認識していたとしても,その後に保証債務の履行を迫られて個人の資産を譲渡して得た所得は他律的に実現されたものと評価できるからである。

そして,第三者による債務の肩代わり時に保証人が従前の地位を免れ得ないという状況とは,まさしく,債権者が保証人による地位の承継がない限り肩代わりに応じないという意思を固持している場合である。かかる状況にあるか否かの判断は,債権者に対する調査・聞き取り,主債務者の経済状況等の調査により行うことが可能であり,被告課税庁による判断が事実上不可能であるとはおよそ考え難い。

なお,肩代わり時に肩代わり分の債務額より増額して融資が行われた場合には,新規借入れと同様に判断することができるが,肩代わり分と新規借入れ分に関する区分が,形式的に1本の債務とされているか,2本の債務に分離しているかによって,本件特例の適用上,保証人の認識に関する判断が困難になるとは直ちには考えられない。

(e) 包括根保証について

ⅰ 原告は,昭和60年10月31日,埼信に対し,既存のZの債務(9000万円)のみならず,将来生じるであろう一切の債務について,金額の限度や保証期間に定めを設けずに保証を行っている。すなわち,Zが埼信に対して新たに債務を負担すれば自動的に原告も保証債務を負担することになるのである。

そもそも,保証債務の特例を適用するにあたって求償権の行使可能性に関する保証人の認識を問題とする趣旨は,保証人の主体的な意思によって実質的に主債務者に対し一方的に利益を供与した場合を排除することにある。

しかるに,根保証人は,主債務者が新たに債務を負担した場合に,仮に求償権の行使の不可能性を認識し得ても,主債務者について自動的に保証することになり,保証人の主体的な意思によって保証するか否かを決し得ない。根保証人には任意解約権が認められるが,解約する場合には新たな担保を差し入れる必要があり,主債務者が新たな担保を差し入れることができない以上,保証人は従前の地位を免れることができない。また,本件のように,根保証人が主債務者(会社)の代表者たる地位にあって,当該会社の経営の全責任を負う立場にある場合,ことさら従前の保証人たる地位を免れ得ない状況にある。

したがって,本件特例の適用を検討するにあたって根保証人の認識を問題とすべき時点は,根保証契約締結時である。以上を踏まえれば,本件第2ないし第5保証債務の求償可能性に関する原告の認識を問題とすべき時点は,昭和60年10月31日の根保証契約を締結した時点である。

イ 原告は保証契約締結時に求償権の行使が不可能であるという認識を持っていなかったこと

(ア) 本件第4及び第5債務について

Zは,平成8年12月5日に埼信に対する従前の債務の借換えを行い,従前の債務は本件第4及び第5債務にまとめられた。本件第4・第5債務は,設立当初以来平成7年までに借り入れた債務(後記債務ABCEF)と実質的に同じものである。そして,Zの状況は平成5年4月期までは好調に推移し,平成6,7年に売上高が落ちたものの,平成7年4月期には減価償却を除いて所得を生じる状況であった。

したがって,従前の債務について保証契約を締結した当時,原告は,求償権の行使が不可能であるという認識は一切持っていなかった。

(イ) 本件第1債務について

a 原告は,本件第1債務の借入時において,リニューアル計画は存在していたのであり,リニューアル計画を成功させ,Zを再建させるために,住友銀行から融資を受け(本件第1債務),原告はこれにつき保証契約を締結したのである。Zの事業廃止を断念していたとすれば,原告が,Zの住友銀行に対する1億3000万円もの債務を保証するメリットが必要だが,原告には特段のメリットはない。また,原告が事業廃止を計画していれば,事業廃止に向けて準備を進めるはずであるが,Z(原告)は,融資実行以降,マシンを発注し,会員の募集を行い,Zの営業を平成9年2月末日まで続けていたことと矛盾する。

以上によれば,原告が,本件第1債務について,その保証契約を締結した当時,求償権の行使が不可能であるという認識は持っていなかったことは明らかである。

b あさひ銀行からの借換分について(予備的主張)

第三者が主債務者の債務を肩代わりする場合について,保証人が従前の地位を免れることができない状況にある場合には,従前の債務と肩代わりした債務の同一性を認めるべきであり,保証人の認識を判断すべき基準時点は従前の保証債務契約締結時と解すべきである。

なぜなら,保証人が,従前の地位を免れることができない立場にある場合には,たとえ第三者による債務の肩代わり時に求償権の行使の不可能性を認識していたとしても,その後に保証債務の履行を迫られて個人の資産を譲渡して得た所得は他律的に実現されたものと評価できるからである。

したがって,本件において住友銀行による融資のうち,あさひ銀行の肩代わり分については,あさひ銀行と原告との間で保証契約を締結した時点をもって原告の求償可能に関する認識の有無を判断すべきであり,本件においては,原告が求償可能と考えていたことは明らかである。

実質的にも,本件については,Zが,平成8年暮れの時点で,住友銀行のように新規融資を実行する金融機関が存在しなければ直ちに営業廃止に追い込まれざるを得ない状況であり。あさひ銀行に対する保証債務について本件特例の適用が十分考えられる事案である。しかるに,たまたま住友銀行から新規融資を受けることができた一事をもって,あさひ銀行の肩代わり分について全く結論を異にすることになるのは妥当とは言えない。

第3  当裁判所の判断

1  争点1(理由附記の違法)について

原告は,本件更正処分に理由が附記されていないことは,憲法31条及び行政手続法14条の趣旨に違反するのみならず,憲法32条及び判例の趣旨に反すると主張する。

しかし,所得税法は,青色申告に係る更正の場合には,その通知書に更正の理由を附記すべきものと規定するが(同法155条2項),いわゆる白色申告に係る更正の場合には,理由を附記することを義務づけた規定を設けていない(これは,比較的多量の事案を短時間で処理しなければならない更正処分について,すべての処分に理由の附記を要求することは課税の能率,徴税事務の円滑等の見地から不適切であることを考慮しながら,他方,帳簿備え付け,記帳,確定申告における明細書添付等の義務を負う青色申告者を優遇し,青色申告の普及を促進する点をも考慮した結果,更正処分の際の附記を青色申告に限定して要求したものと解される。)。

本件更正処分は,いわゆる白色申告に係る更正であって,上記の趣旨に照らせば,これに理由附記することは法律上の要件とはいえないのであり,本件の更正通知書に理由附記しないことは何ら違憲,違法となるものではない。そこで,この点の原告の主張は採用できない。

2  争点2(所得税法64条2項の適用の可否)について

(1)  本件の基礎的事実

証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(なお,認定に用いた証拠を適宜段落末尾に掲げる。)。

ア Zは,サウナ風呂,スイミングスクール,レストラン及び喫茶店等の経営等を目的として昭和59年12月28日に設立登記された法人であり,原告は,Zの代表取締役であった。Zは,原告からZの事業に係る土地,店舗等を賃借し,サウナ,スイミングスクール等の事業を行っていた(甲16)。

イ Zの設立から平成8年夏頃までの金融機関からの借入れ

Zは設立以来平成8年夏頃まであさひ銀行,埼信などの金融機関から次のような借入れをした。

(ア) Zのあさひ銀行(当時の埼玉銀行)からの借入れ

Zは設備資金等として,次のとおりあさひ銀行から借り入れ,原告は連帯保証した(乙5の1ないし5)。

①昭和60年2月28日  1億円

②昭和60年6月13日  1億円

③平成5年8月12日 1300万円

(イ) Zの埼信からの借入れ

Zは設備資金等として,次のとおり埼信から借り入れ,原告は連帯保証した。

A昭和60年10月31日 9000万円

B平成5年10月8日 1000万円

C平成6年3月22日 8000万円

D平成6年4月末頃 400万円

E平成6年11月30日 800万円

F平成7年9月1日 2000万円

G平成8年4月8日 400万円(履行期限平成9年4月11日。上記D債務の借換え)(本件第3債務)

H平成8年6月10日 1000万円(履行期限平成11年6月7日。新規)(本件第2債務)

(ウ) Zの国民金融公庫からの借入れ

Zは設備資金等として,次のとおり国民金融公庫から借り入れ,原告は連帯保証した。

①平成6年6月20日 1000万円

②平成8年3月11日 300万円

ウ Zの設立から平成8年暮れころまでの経営状況

Zは設立から平成5年頃までは概ね売上を伸ばした。しかし,サウナ収入は,平成4,5年ころから,施設の老朽化による人気の低下とともに,徐々に減少し(甲24の3,25の3),スイミングスクールの会員についても,①少子化,②近隣に同種施設が新設されたこと等の影響を受けて,減少するようになり,Zの売上高は,平成6年頃から減少に転じた(原告本人)。

Zの平成6年4月期(平成5年5月1日から平成6年4月30日まで)において売上高は1億9162万0636円(前年比1362万8770円減)であり,平成7年4月期(平成6年5月1日から平成7年4月30日まで)においては,売上高が1億8462万7405円(前年比699万3231円減)となった。

平成8年に入ると,Zの営業に不可欠の設備であるボイラーが故障した。Zでは,1つのボイラーで1階の男女風呂と2階のスイミング施設の湯を沸かしていたため,1階で湯を大量に使うと2階で湯水が出なくなり,逆にスイミング施設で温水を使うと,1階で湯が出ないという事態に陥った。業者によれば,配管に不備が生じている可能性があり,補修工事のために相当の時間と費用が必要であるとのことであった(甲16)。そこで,Zは,平成8年1月7日から,1階の風呂は,小さい女性風呂を利用して男性のみを受け入れることとし,さらに,十分なサービスを提供できないことから,1人あたり昼間1200円,夜間1800円の料金を,昼夜一律1000円に値下げしたが,その後,1週間程度,修理のため休業したこともあり,売上は減少し,平成8年4月期(平成7年5月1日から平成8年4月30日まで)の売上は1億5612万7062円(前年比2850万0343円減)となった(甲30)。

また,この頃になると,Zの施設は,全体的に老朽化が目立ち始めていた。すなわち,スイミングプール天井に設置された温風ダクトは,結露あるいは消毒用の塩素により,鉄部分の腐食が目立つようになり,錆びた鉄の破片が落下することもあるようになった。スイミングプールの大きさは,幅15m,長さ25mであり,温風ダクトは,幅3m,長さ25m,厚さ60ないし70cmの設備だったが,ダクト設置部分の腐食により巨大なダクトがプールに落下し,大事故が発生する危険性があった。そこで,原告は,ダクト修繕を含め,老朽化した施設をリニューアルし,これにより,Zの営業の立て直しを検討するようになり,平成8年夏頃,平成9年春を目途としたリニューアルに向けて北川工務店に設計図と見積もりを依頼した(甲16,17,19,原告本人)。

Zは,コスト削減のため,役員に対しては給与の支払を停止するなどしたが,経営悪化に歯止めはかからず,平成8年7月以降の水道料金,同年10月以降の社会保険料等を延滞するようになった(甲12の1ないし3,16,20)。上記のように経営が悪化したことから,Zは,埼信に対する月々の借入金の返済を遅延するようになり(甲23の1ないし4),埼信の融資担当者は,平成8年秋頃から,払込の請求をするようになった(甲7)。もっとも,メインバンクのあさひ銀行は取立てが厳しかったことにより,同行に対する支払の遅延はなかった(甲16)。

エ 埼信に対する返済条件変更の申入れ

Zは,事業廃止も検討したが,小学生を中心としたスイミングスクールに対する地元の期待及び従業員雇用を熟慮して事業継続を決意し,平成8年11月中旬頃,埼信に対し,会社事業継続のため,Zの埼信に対する借入金の返済条件の変更(月々の返済額の減額)の申出を行った。その際,原告は,原告個人所有の土地(スイミングプール施設の駐車場として使用している土地)を売却して返済することもあり得ることを伝えた(甲7,乙12,原告本人)。

そして,埼信とZは,従前のZの埼信に対する5口の債務を2つの債務(設備資金用・運転資金用)にまとめたうえ,返済条件を見直すこととし(甲7),その後Zは,以下のとおり,平成8年12月5日,埼信から借換えを受け,原告はこれらの債務につき連帯保証をした(甲7)。

① 本件第4債務

金額 4780万円

最終弁済期 平成10年8月7日

② 本件第5債務

金額 2440万円

最終弁済期 平成10年8月7日

オ あさひ銀行に対する返済条件変更や新規貸付け申入れ等

また,Zは,平成8年11月下旬ころ,あさひ銀行に対し,既に平成7年11月末から半額に減額していた毎月の返済金額を引続き減額すること,貸出金利をそれまでの年利2.875%から2.125%に引き下げることなどを内容とする申出をした(乙12)。上記申出の際,Zは今後の事業計画として平成9年春にZを「スポーツプラザ○○」としてリニューアルオープンする計画を話した(乙12)。これに対し,あさひ銀行は,リニューアルのための更なる投資は過剰投資となるとし,営業継続も難しいと示唆した。結局,あさひ銀行は,金利は従前のまま据え置き,返済期間の延長も見送るが,返済額については引続き減額し,平成9年10月頃に再度返済金額の見直しを実施することとした(乙12,甲16,竹内証人,原告本人)。

その後Zは,平成8年12月19日,あさひ銀行に対し,運転資金等として1200万円の借入れを申し入れたところ,あさひ銀行は,同月20日,上記融資の申し込みに応ずることはできない旨電話で伝えた。

Zの代表者である原告は,平成8年12月24日,あさひ銀行を訪れ,同行からの借入金については,住友銀行が肩代わりすることとなったので,同月26日付けでZ及び原告の借入金を全額繰上返済する旨伝えた(乙12,竹内証人)。

カ 住友銀行からの本件第1債務の借入れ

Zは,平成8年12月26日,住友銀行草加支店から,弁済期を平成9年6月30日として,手形貸付の方法により1億3000万円を借り入れた(本件第1債務,乙12)。そして,原告は,同日,本件第1債務について,原告が所有する本件第1土地及び同土地上の建物に極度額合計1億3000万円の根抵当権を設定するとともに(乙5の1ないし6),連帯保証をした。

上記借入金1億3000万円は,平成8年12月26日,住友銀行草加支店のZ名義の普通預金口座(口座番号<省略>)に入金され(乙13),そのうち合計1億1384万9347円が,以下のように使用された。

(ア) Zのあさひ銀行に対する借入金返済6215万円(乙14及び15の1)

なお,返済当時のあさひ銀行の残債務の内訳は次のとおりである。

① 昭和60年2月28日の1億円の貸付の残債務2740万円

② 昭和60年6月7日の1億円の貸付の残債務2795万円

③ 平成5年8月6日の1300万円の貸付の残債務680万円

(イ) Zの国民金融公庫に対する借入金の返済773万9347円(乙16)

(ウ) Zの当時住友銀行草加支店副支店長徳竹清に対する短期貸付金1000万円(乙20)

(エ) 原告のあさひ銀行に対する借入金の返済3396万円(乙14及び15の2)

キ Zの事業継続断念

平成9年1月に入り,原告は,リニューアル後のZの施設を貸し出すため,マックススポーツや草加スイミング等いくつかのスポーツ施設業者に話を持ちかけたが,結局,採算のとれる条件で借り受けてくれるところは見つからなかった(原告本人)。

原告は,住友銀行草加支店副支店長徳竹に紹介された河合工務店に貸出先を探してもらうことにしたところ,河合工務店から,定期借地権を設定してマンションを建設するという提案があった(甲16,19,原告本人)。原告は,住友銀行が紹介した不動産屋からマンション建設等の提案をされたことにより,リニューアル後のZの貸出先を探すことが困難であると判断し,Zの事業継続を断念することとした。

その後,原告は,清水税理士に紹介を受けた恩田不動産から,中央住宅を紹介された。中央住宅は,Zのスイミング施設の借受けの話に一度は興味を示したものの,最終的には高額な賃料で借りることはできないとして,坪60万円程度であれば本件土地を買い取ると提案した。原告は,Zの営業継続は困難であり,これ以上債務をいたずらに増加させることは得策ではないと判断し,中央住宅に対し,本件第1土地を売却することとした(甲19,原告本人)。

ク 本件第1土地の譲渡と本件第1,3,4債務の弁済等

原告は,平成9年1月24日,中央住宅に対し,本件第1土地について,売主を原告,買主を中央住宅,売買代金を2億2843万8900円とする不動産売買契約を締結し(乙2),同日,手付金2200万円を受領した。

Zは,平成9年2月末に営業を終了し,同年4月30日にZの解散決議を行い,同年5月13日にその旨の登記を行った(甲40,乙1)。

原告は,平成9年5月19日,本件第1土地を引渡すとともに,売買代金の残金2億0687万2000円を受領し,同日,原告は,住友銀行に対し,本件第1債務1億3000万円を代位弁済した。

原告は,平成9年5月28日,埼信に対し,本件第3及び第4債務の合計5178万2396円を代位弁済した(乙4の1)

ケ 本件第2土地の譲渡と本件第2,5債務の弁済等

原告は,平成9年11月13日,星野典雄との間で,本件第2土地について,売主を原告,買主を星野典雄,売買代金を3500万円とする不動産売買契約を締結し(乙3),同日,手付金300万円を受領した。原告は,平成9年12月3日,本件第2土地を引渡すとともに,売買代金の残金3200万円を受領し,同日,埼信に対し,本件第2及び第5債務合計2878万6097円を代位弁済した(乙4の1)。

コ Zの清算手続結了

Zの清算手続は,平成9年12月30日に結了し,平成10年1月19日にその旨の登記を行った(乙1)。なお,原告は,Zに対し,平成9年12月24日付けで,原告が代位弁済した本件各債務に係る求償権を放棄する旨を記載した債権放棄通知書を,内容証明郵便により送付した。

(2)  判断

ア 譲渡所得課税は,資産が譲渡によって所有者の手を離れるのを機会にその所有期間中の増加益(キャピタルゲイン)を精算して課税しようとするものである。そして,資産の譲渡による譲渡代金の権利が確定したときは,原則として課税所得が発生するが,資産(事業用の資産を除く。)の譲渡代金の貸倒れ等による損失が生じた場合は,資産の譲渡収入により発生するはずであった担税力が発生しない結果となるから,課税所得のうちに含められた所得の部分については,課税所得がなかったものとして,その課税所得を修正することが適当である。

そして,債務保証を行い,その履行のために資産の譲渡があった場合において,その履行に伴う求償権の全部又は一部が行使できなくなったときは,上記の場合と同様,その求償権に基づく収入があった限度において譲渡収入があったものとして譲渡所得課税を行うこととされている(以上につき乙18の553頁以下)。要するに,所得税法64条2項の法意は,保証人が主債務者のために財産を譲渡して弁済し,かつ求償権行使が不能となったときは,資産の譲渡代金の回収不能が生じた場合と同様,結論的にその分はキャピタルゲインたる収入がなかったものと扱うという趣旨であると解される。

イ 所得税法64条2項に定める保証債務の特例の適用を受けるためには,実体的要件として,納税者が

(ア) 債権者に対して債務者の債務を保証したこと

(イ) 上記(ア)の保証債務を履行するために資産を譲渡したこと

(ウ) 上記(ア)の保証債務を履行したこと

(エ) 上記(ウ)の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったことが必要であり,かつこれで足りるものであって,それ以上に債権者の請求があったことや主債務の期限到来が要求されているとは解し得ない(その理由は後述する。)。

そして,(1)アないしコ掲記の本件基礎的事実によれば,原告の本件第1土地の譲渡に伴う本件第1,3,4債務の弁済,第2土地の譲渡に伴う本件第2,5債務の弁済は,いずれも上記(ア)ないし(ウ)の要件を満たすというべきであり,解散後のZには原告に対する求償債務を弁済すべき資力はなかったと認められるから,(エ)の要件も満たすもので,本件については所得税法64条2項の適用要件が満足されていると認められる。

3  被告の主張に対する判断(その1)

被告は,所得税法64条2項の適用のためには,保証債務の履行を「余儀なくされる」状況下でやむにやまれず資産を譲渡した場合でなければならないとして,まず,本件では,①資産の譲渡が債務の弁済期の到来前に行われ,②債権者である住友銀行及び埼信が主債務者であるZに債務の返済を請求した事実はなく,③保証人である原告に保証の履行を請求した事実もない等の事情から,本件には所得税法64条2項の適用はないと主張する。

しかし,上記被告の主張は採用できない。

保証人は主債務の弁済期の前後を問わず弁済でき,弁済したときは求償権は発生する(民法459条)。しかも,期限の利益は債務者の利益の為の定めと推定され(民法136条1項),債務者は期限の利益を原則として放棄することができる(同条2項本文)。もちろん債務者の側で期限の利益を放棄しても直ちに保証人に対抗できないが,保証人が債務者と歩調を合わせ期限の利益を放棄することは何ら差し支えない。そして有限会社が解散した場合には,清算の早期結了の要請から,会社は期限未到来の債務についても弁済することができるとされている(有限会社法75条,商法125条)。本件でも保証人である原告が期限前に代位弁済したのは主債務者であるZと保証人である原告がともに期限の利益を放棄した結果とみて差し支えない。すなわち,債務者本人たる有限会社が解散し,清算の早期結了の要請から期限の利益を放棄して,保証人に対し代位弁済を要請し,保証人がこれに応じた場合は,保証人の立場は,主債務の弁済期到来による代位弁済とほぼ同様であって,前者と後者について所得税法64条2項の適用上取扱いを異にすべき合理的理由はない。

所得税法64条2項の適用について,主債務について期限が到来しあるいは遅滞に陥っていなければならないとするのは,所得税法64条2項の条文にも判例通達にも見当らない要件である。被告の上記のような主張は,商法や有限会社法では会社が解散した場合,清算の早期結了のためむしろ期限前の弁済を奨励しているとみられること(商法125条,430条,有限会社法75条)とも矛盾したこととなろう。

以上から被告の上記主張は採用できない。

4  被告の主張に対する判断(その2)

(1)  次に,被告は,「Zは,本件各債務の弁済に充て得る原資を有しており,現に平成8年12月まではあさひ銀行及び埼信に対する債務の返済を確実に行っていたのであるから,自らの収入によって本件各債務を月々返済していくことが十分に可能な状況であったとみるべきである。このように返済可能な状況であったにもかかわらず,平成9年1月以降,売上が減少したのは,Zの代表者であった原告自ら営業を停止したことによるものである。すなわち,Zは,原告が所有する本件第1土地上に原告が建設した建物を原告から賃借し,スイミングスクール等の経営を行っていたものであるところ,原告は,本件第1土地の売買契約に,本件第1土地上の事業所を解体し更地で引き渡す旨の特約を付した上で,当該契約締結後速やかにZの営業を停止し,本件第1土地上の自己所有の建物及びZの資産である1億3567万8934円もの付属設備を取り壊し,除却している。このことは,原告において,保証債務の履行を余儀なくされていない状況下で,任意に本件各土地を譲渡し,Zの債務を弁済したもので,保証人自らが,主債務者であるZの事業継続並びに求償権の行使を不能ならしめたものとみるべきであるから,所得税法64条2項が適用されるべき保証債務履行のための『止むに止まれぬ』資産の譲渡とはいえない。」旨主張する。

(2) しかし,被告の上記主張は,主債務者の判断と保証人の判断を混同している面があり,甚だわかりにくい上に,実質的にも相当とはいえない。保証人が主債務者である有限会社の代表取締役を兼ねているとしても,主債務者と保証人は人格は別個のものである。そこで,主債務者である有限会社が事業廃止の決定をした場合それは有限会社自身の判断であり,それをもって直ちに保証人の判断とみることはできない。

しかも,Zの経営状態についてみるに,本判決添付別表3(Zの平成3年5月1日から平成8年4月30日までの損益計算書と貸借対照表。乙9の裁決書末尾添付の別表2に同じ。)によれば,Zは平成5年以来当期損益は連続マイナスで,債務超過の状態が長期間継続しており,平成8年4月末の段階で未処理損失は約8419万円にのぼっていること,このように平成8年4月末現在の未処理損失は約8419万円に止まっていたのは,建物や付属設備等の有形固定資産について長期間減価償却を行わないまま貸借対照表で簿価約1億6716万円と計上していたことによるもので(甲28の2),適切な減価償却が行われていれば有形固定資産の簿価は約4984万円(甲11の11)で,債務超過額は約1億9151万円となること(甲15),その後固定資産の売却損や除却損が約1億4154万円が生じたことから,平成9年4月30日現在では未処理損失は約2億7930万円となったこと(甲29の2,3)が認められる。

このように,Zの経営は,平成5年から連続して赤字続きであり,甲11の1ないし11によればZの資産の大半は昭和60年頃作られたプールやサウナの設備であって,相当に老朽化しており,これらから,Zがこれ以上事業好転の見込みもなく,事業継続は難しいとの判断から,事業をたたむこととしたとしても何ら不合理な判断とはいえず,その一環として債務整理に役立てるため,老朽化した建物設備等を除却して保証人である原告の土地を高く売却しようと努めたことも何ら不合理な判断とはいえない。

被告は,裁決書(乙13の13頁)中で,「Zの債務超過の金額は,Zの資産と比較して著しく多額とはいえず,客観的に事業の継続が不可能であったとは必ずしも認められない。」とするが,不適切な数字を前提とするもので,採用できない。また,建物を除却して会社を解散したのは,主債務者であるZの経営判断である。原告がZの代表取締役となっていたとしても,保証人である原告の判断ではない。

(3)  そうすると,本件土地の譲渡について,「Zが事業の継続が可能であったのに,保証人である原告が,自らの判断で,Zの営業継続に不可欠な不動産を売却して営業を廃止したもので,保証債務の履行を余儀なくされたやむにやまれぬ譲渡ではないから,所得税法64条2項の適用はない。」との上記被告の主張は,事業の廃止の妥当性の判断においても,保証人である原告の判断でZの経営を不可能ならしめたとの点においても,いずれも合理性を欠くもので,到底採用できないというべきである。

なお,Zが平成8年6月10日に埼信から1000万円の新規借入れを行い(本件第2債務),平成9年2月頃にホーチキ,日本電気,昭和電光等の株式を約3000万円購入したことは何ら上記判断を左右するものではない(銀行が貸付を行う場合,主債務者の資力だけでなく保証人・物上保証人を含めた担保全体を考慮して貸付の当否を検討することは当り前のことであり,Zが1000万円の新規貸付を受けたことが直ちにZの事業の順調さを示すとはいえない。また,有価証券は会社の資産となるものであり,解散前後の会社が少しでも資産を増やそうと短期的に株式売買を行うこともあり得ることである。要するに,被告の挙げる諸事情は,Zの経営を継続することにより本件第1ないし第5の債務を自力で返済し得たもので,本件土地の譲渡をするまでもなかったとの被告主張の根拠を何ら示すものではない。)。

5  被告の主張に対する判断(その3)

(1)  被告は,原告の行った連帯保証のうち,本件第1,第4,第5債務に係るものは,実質的にZに対し一方的に利益を供与するものにすぎないものであるから,所得税法64条2項の適用はない旨主張するので,以下検討する。

先にみたとおり,所得税法64条2項の趣旨は,保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において,求償権の行使が不可能となったときは,所得の計算上,求償不能になった金額は存在しなかったものとみなして,課税上の救済を図るというものであると解される。そこで,主債務者に資力がないため求償権の行使がそもそも不可能であることを知りながらあえて保証をした場合には,最初から主債務者に対する求償を前提としていないものであり,むしろ保証人において主債務者の債務を引き受けたか,又は主債務者に対し贈与をした場合と実質的に同視できるのであるから,同項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」との要件を欠くものと解するのが相当である。

ところで,金銭消費貸借契約において,弁済期や月々の分割金の支払額を変更するため,新たな契約を締結する方法(いわゆる借換え)が採られることがあるが,かかる借換えがなされた場合,旧契約締結当時の主債務者の資力と,借換時の主債務者の資力に変動があることが十分あり得る。そして,借換時に,保証人は,保証債務の負担を自由に免れることができるものではなく,保証人は従属的な地位に置かれているのが通常であるから,借換時において,保証人が主債務者に資力がなく,主債務者に対する求償権の行使が不可能であると認識していた場合であっても,旧契約締結時において,保証人が,求償権の行使も可能であると認識していた場合については,所得税法64条2項の適用はあると解するのが相当である(なお,保証人が既に債務者のために包括的な根保証や根抵当権を設定している場合には,個々の債務の入れ替わりが当然予定されているから,当初の根保証や根抵当権設定時の認識を問題とすべきである。ただし,以下では事案の明確化のため,まず単純な保証の場合を念頭において検討を進める。)。

被告は,借換えがなされた場合でも,金銭消費貸借契約及び保証契約は新たに締結されるものであり,新たな保証契約は旧債務についての保証契約とは別個の契約であるから,あくまで新たな債務についての保証契約締結時における保証人の認識が問題とされるべきであり,ことに借換えに際して借入金額が増額されたような場合には,いかなる時点で,いかなる範囲の保証債務について保証人の認識を判断すべきかが曖昧となる旨主張するが,採用できない。借換えに際して借入金額が増額された場合には,当初の保証契約締結時の債務の範囲を問題とすれば足りるというべきである。

(2)  本件で問題となるZの金融機関からの借入れと弁済状況を再掲すると,次のようなものとなる。

ア あさひ銀行からの借入れ

昭和60年2月28日 1億円(平成8年12月26日返済時の残高2740万円)

昭和60年6月13日 1億円(平成8年12月26日返済時の残高2795万円)

平成5年8月12日  1300万円(平成8年12月26日返済時の残高680万円)

イ 埼信からの借入れ

(ア) 平成7年9月1日までの借入れ

A昭和60年10月31日 9000万円

B平成5年10月8日 1000万円

C平成6年3月22日 8000万円

D平成6年4月末頃 400万円

E平成6年11月30日 800万円

F平成7年9月1日 2000万円

(イ) Zは,平成8年4月から12月にかけて埼信からの借入れを次のように整理統合した。

G 平成8年4月8日借入れ 400万円(履行期限平成9年4月1日。上記Dの債務の借換え)(本件第3債務)

H 平成8年6月10日借入れ 1000万円(履行期限平成11年6月7日。新規)(本件第2債務)

I 平成8年12月5日借入れ 4780万円(履行期限平成10年8月7日。上記ABCの債務の一本化)(本件第4債務)

J 平成8年12月5日借入れ 2440万円(履行期限平成10年8月7日。上記EFの債務の一本化)(本件第5債務)

ウ Zの国民金融公庫からの借入れ

Zは設備資金等として,次のとおり国民金融公庫から借り入れ,原告は連帯保証した。

平成6年6月20日 1000万円

平成8年3月11日 300万円

エ Zの住友銀行からの1億3000万円の借入れ(本件第1債務)とあさひ銀行債務と国民金融公庫債務への返済

Zは,平成8年12月26日,原告の連帯保証付きで住友銀行から1億3000万円を借り入れ(本件第1債務),主に次のように用いた。

アのあさひ銀行に対する債務の返済合計6215万円

ウの国民金融公庫に対する債務の返済合計773万9347円

当時の住友銀行支店長に対する短期貸付1000万円

原告のあさひ銀行に対する返済3396万円

オ 原告の本件各土地の譲渡並びに住友銀行と埼信への代位弁済

原告は,平成9年1月24日に中央住宅に本件第1土地を売却し,同年5月19日にエの住友銀行に対し本件第1債務を代位弁済し,また,同年5月28日に埼信に対し本件第3,4債務を代位弁済した。

原告は,平成9年11月13日に星野典雄に本件第2土地を売却し,同年12月3日に埼信に対し本件第2,5債務を代位弁済した。

(3)  判断

ア 先にみたとおり,平成8,9年当時,Zは大幅な債務超過の状態が続き,設備の老朽化により売上減少も続いていたから,平成8年暮れころにはZが新規に借入れを起こしても自力で支払える見通しはほとんどなかったと判断される。したがって,その時期のZの新規借入れにつき原告が保証人になったとすれば,原告は求償権の行使が不能であるのを認識しつつ保証債務を負担したといえないこともない。しかし,形式的にこの時期の新規借入れであっても,実質的に旧債務の借換えであれば,保証人の認識としては旧債務の保証の時期の認識を問題とすれば足りるというべきである。

しかるところ,上記事実によれば,本件第1債務(住友銀行からの借入れ1億3000万円)中,少なくともあさひ銀行に対する返済分6215万円及び国民金融公庫に対する返済分773万9347円は,実質これらの債務の借換えに相当するといえる。そこで,保証人の認識としてはあさひ銀行返済分については同行からの借入れである昭和60年及び平成5年当時の認識を問題とすれば足り,国民金融公庫返済分については同公庫からの借入れである平成6年6月及び平成8年3月当時の認識を問題とすれば足りるところ,これらのZの借入れについて原告が最初から求償権の行使が不能であったと認識しつつ保証したとは本件証拠上認めるに足りないし,被告もそこまでの主張はしていない。

また,本件第4債務(埼信からの借入れ4780万円)及び本件第5債務(埼信からの借入れ2440万円)は,いずれも60年から平成7年9月1日までに借り入れた5口の債務を上記2口に整理して借換えたものであるから,保証人の認識としては旧債務借入当時の認識を問題とすれば足りるところ,これらのZの借入れについて原告が最初から求償権の行使が不能であったと認識しつつ保証したとは本件証拠上認めるに足りないし,被告もそこまでの主張はしていない。

そうすると,本件第1債務中少なくとも6988万9347円(あさひ銀行返済分6214万円+国民金融公庫返済分773万9347円)並びに本件第4債務及び本件第5債務については求償権行使が不能であったとは認めがたいから,この部分の被告の主張は理由がないというべきである。

イ しかし,本件第1債務中あさひ銀行に対する返済分及び国民金融公庫に対する返済分を超える部分(6001万0653円)については,上記のとおり,同時期ころには,原告は,主債務者であるZにおいて資力がなく,求償権を行使することが困難であることを認識していたと認められることからすれば,当該部分については,本件特例の適用を受けることはできないというべきである。

ウ なお,本件第2,第3債務については,被告はこれらの保証が求償権不行使を前提とする一方的な利益供与であったとは主張していない。

エ そうすると,本件第1債務の保証債務を履行した金額は,6988万9347円,本件第3及び第4債務の保証債務を履行した金額は,5178万2396円,本件第2及び第5債務の保証債務を履行した金額は,2878万6097円であり(以上の合計1億5045万7840円),これに基づき,原告の分離長期譲渡所得金額を計算すると,別表2裁判所認定所得金額計算書のとおり,0円となることが認められる。

6  被告の主張に対する判断の補足

以上のとおり,被告の主張は採用できない。

なお,付言するに,本件において所得税法64条2項の特例の適用がないことについての被告の理由は,異議決定(甲3)の段階では,返済期限前の弁済であること及び債権者からの請求がないことのみであり,裁決書(乙9)の段階で,保証人である原告が事業継続可能であったZを自らの判断で事業廃止に至らしめたという理由が加わり(乙9の13頁),訴訟になってからは,上記理由と全く別個に,本件第1,4,5債務については求償権行使を前提としていない一方的利益供与であるという理由が付加されたものであるが,総じて一貫性に欠けるというほかはない。

しかし,先にみたように,本件は基本的に所得税法64条2項が適用されてよいケースである。所得税法等税法の解釈・運用は,可能な限り経済的利益の得喪・変更という客観的指標によることが望ましい。被告が本訴で主張しているような「保証債務の履行を余儀なくされた」とか「止むに止まれぬ弁済」でなければならないとの要件は,所得税法64条2項の法文になく,これを明らかにした通達もなく,標準的な所得税法の解説書(例えば,金子宏「租税法」9版や注解所得税法研究会「注解所得税法」3訂版等)にも触れられていない。仮にそうした要件をもうけることがふさわしい場面があるとしても,できる限り明確な基準によるべきであり,本件で問題となったような「会社の事業継続が可能であったかどうか」などという曖昧な基準で所得税法64条2項の適否を決するのが適当とは思われない(会社の事業継続が客観的に可能であったかどうか等は一概にいえないし,仮に利益が出ている事業であったとしても,諸般の事情から事業をたたみ,保証人の弁済により負債の整理をすることも世上あり得ることである。こうした場合を一律に所得税法64条2項を適用すべき場合でないともいえない。)。

第4  結論

以上から,原告の請求は全部理由があるので,これを認容し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・豊田建夫,裁判官・都築民枝裁判官・菱山泰男は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官・豊田建夫)

別表

1 本件課税処分の経緯<省略>

2 裁判所認定所得額計算書<省略>

3 Zの事業年度別損益計算書及び貸借対照表<省略>

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