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さいたま地方裁判所 平成12年(行ウ)28号 判決 2004年1月28日

原告

X1

原告兼上記原告法定代理人

X2

X3

上記原告3名訴訟代理人弁護士

中野麻美

紙子達子

菅沼友子

木田秋津

被告

川越市

同代表者市長

舟橋功一

同訴訟代理人弁護士

宇津木浩

同指定代理人

内山久仁夫

若林康司

主文

1  被告は、原告ら各自に対し、それぞれ20万円(合計金60万円)及びこれに対する平成13年2月27日から支払済みに至るまで、年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを10分し、その9を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は、原告X1、原告X2及び原告X3に対し、各金220万円及びそのうち各110万円については平成12年2月25日から支払済みに至るまで、そのうち各110万円については平成13年2月27日から支払済みに至るまで、年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  事案の要旨

原告X3及び原告X2は、川越市長に対し、その第2子であり、小頭症により重度障害を有している原告X1(平成○年○月○日生。)が、原告ら両親とも日中勤務していたことから、保育に欠ける状態にあったため、児童福祉法24条1項に基づき、保育所の入所申請をしたが、川越市長は、平成12年2月25日及び平成13年2月27日付けで、保育所における集団保育が不可能であると判断したことを理由に、保育の実施不可決定をした(以下、個別には、「平成12年度処分」、「平成13年度処分」といい、包括して、「本件各処分」という。)。

本件は、原告らが本件各処分及び本件各処分に至る過程においてなされた被告職員らの言動により、精神的苦痛を受けたとして、被告に対し、慰謝料として各200万円、弁護士費用各20万円及び民法所定年5分の割合による遅延損害金の国家賠償を求めている事案である。

本件の主要な争点は、

(1)  児童が障害により保育所において集団保育できないことが、児童福祉法24条1項ただし書、第3項に定める「やむを得ない事由」となるか否か、

(2)  原告X1は、本件各処分当時、集団保育を受けることが可能な状態であったか否か、

(3)  被告職員らの違法行為の有無、

(4)  被告は児童福祉法24条1項ただし書の「その他の適切な保護」を加えたといえるか、

である。

2  基本的事実関係(証拠等の摘示のない事実は、争いのない事実である。)

(1)  当事者

ア 原告ら

原告X1は、埼玉県鶴ヶ島市役所に勤務する原告X3と同所に勤務する原告X2との間に平成○年○月○日出生した長女(第2子)であり、原告らは、いずれもその当時から川越市に住居を有する川越市民である。

原告X1は、川越市の4か月検診において、首が据わらないことを指摘され、その後、紹介された心身障害児総合医療療育センター(整肢療護園)において、原因不明の小頭症と診断され、特別児童扶養手当の支給対象となる重度の障害を有している。

イ 被告

被告は、保育義務を負担して保育を実施する主体であり、川越市長は、保育の実施について決定権を有している。

(2)  本件各処分状況等

原告X3及び原告X2(以下、「原告両親」という。)は、平成10年度ないし平成13年度において、上記のとおり、いずれも鶴ヶ島市役所に勤務しており、原告X1は児童福祉法24条1項所定の保育に欠ける状態にあったことから、被告に対し、同法24条1項に基づき、原告X1の保育所入所申請をしたが、以下のとおり、川越市長は、いずれも保育の実施不可決定をした。

ア 平成10年度申請について

原告X3は、平成9年12月、被告に対し、平成10年度における原告X1の保育所入所申請をした。川越市長は、小室保育園において観察保育(平成9年11月5日、6日、20日開催)、その後に開催された統合保育判定員会における検討の結果を踏まえて、平成10年2月25日付けで、保育園入園却下決定をした(〔証拠略〕)。

イ 平成11年度申請について

原告X3は、平成10年12月5日、被告に対し、平成11年度における原告X1の保育所入所を申請した。川越市長は、小室保育園で観察保育(平成10年11月17日ないし19日)、その後に開催された統合保育判定委員会における検討の結果を踏まえて、平成11年2月26日付けで、川越市統合保育事業実施要綱(以下「本件要綱」という。)2条に定める対象児童に該当しないことを理由に、保育の実施不可決定をした(〔証拠略〕)。

ウ 平成12年度申請について

(ア) 原告X3は、平成11年11月24日、被告に対し、平成12年度における原告X1の保育所入所申請〔希望入所先を月吉町保育園(現今成保育園)〕をした。

(イ) 平成11年11月15日から17日にかけて、月吉町保育園において、観察保育が実施され、平成12年1月26日及び31日、統合保育判定委員会を開催されたが、同会において、上記観察保育の結果によれば、原告X1は、座位が保てず、首が座らず、また、四肢体幹機能障害により自力での移動ができない状態であり、障害のない児童との混合による保育は困難であると判断された。

(ウ) 川越市長は、平成12年2月25日付けで、本件要綱2条の規定により検討した結果、保育所における集団保育が不可能であると判断したことを理由に、保育の実施不可決定(平成12年度処分)をした(〔証拠略〕)。

(エ) これに対し、原告両親は、平成12年4月26日、異議申立てをしたが、川越市長は、同年6月2日付けで、上記申立てを棄却した(〔証拠略〕)。

(オ) 原告らは、平成12年8月29日、川越市長に対し平成12年度処分の取消しを、被告に対し国家賠償を求めて、本件訴訟を提起した〔川越市長に対する平成12年度処分の取消訴訟は、第7回口頭弁論期日(平成13年10月22日)において取り下げられた。〕。

エ 平成13年度申請について

(ア) 原告X3は、平成12年12月10日、被告に対し、平成13年度における原告X1の保育所入所申請をした。

(イ) 上記申請に先立ち、平成12年11月10日、13日、14日、脇田新町保育園において、観察保育が実施され、その後、統合保育判定委員会が開催されたが、同会において、前年同様、原告X1については、座位が保てず、首が座らず、また、四肢体幹機能障害により自力での移動ができない状態であり、障害のない児童との混合による保育は困難であると判断された。

(ウ) 川越市長は、平成13年2月27日付けで、本件要綱2条の規定により検討した結果、保育所における集団保育が不可能であると判断し、保育の実施不可決定(平成13年度処分)をした(〔証拠略〕)。

(エ) 原告らは、平成13年4月26日、川越市長に対し平成13年度処分の取消しを、被告に対し国家賠償を求めて、本件訴訟を提起した〔川越市長に対する平成13年度処分の取消訴訟は、第4回弁論準備手続期日(平成14年4月5日)において取り下げられた。〕。

オ 平成13年度の追加申請について

原告らは、平成13年4月12日、保育課に入園申請を提出したところ、同年7月16日、17日、23日、川越市立新宿保育園において、観察保育が実施され(〔証拠略〕)、川越市長は、同年10月15日付けで、本件要綱2条の規定により検討した結果、保育所における集団保育が不可能であると判断したことを理由に、保育の実施不可決定をした(〔証拠略〕)。

(3)  通園状況

ア 上記のとおり保育所入所申請をする一方、原告X1は、平成9年11月から、ひかり児童園に通園し、更に、平成10年4月から、ひかり児童園に加えて、すみれ保育室に通うようになった。

イ ひかり児童園について(〔証拠略〕)

(ア) ひかり児童園は、川越市が、川越市心身障害児母子通園施設条例により設置し、運営する公的な肢体不自由児の療育施設であり、心身に障害のある児童に対し、作業療法士、理学療法士、保育士がかかわり、機能回復のための指導や訓練を実施し、併せて基本的生活習慣等を身につけさせるための保育を行っている。ひかり児童園は、昭和50年に川越市で開設され、昭和52年に心身障害児通園施設となり、機能回復及び集団生活のための指導と摂食指導、保育を行ってきたもので、次第に常勤の作業療法士、看護婦(士)、保母(保育士)、理学療法士が置かれ、非常勤で言語聴覚士が入れられるなど、体制の充実が図られている。

(イ) 平成12年度の体制は、正規保育士4名、正規作業療法士2名、正規理学療法士1名、臨時保育士6名、パート保育士1名、パート看護士1名、非常勤言語聴覚士2名、臨時作業員1名であった。児童は0~2歳児クラス(ありんこグループ)が13名、3~5歳児2クラス(ひよこグループ、うさぎグループ)がそれぞれ5名で、合計23名であった。

ウ すみれ保育室について(〔証拠略〕)

すみれ保育室は、昭和57年9月、川越市の保育室指定を受け、開設した、いわゆる認可外の家庭保育室である。すみれ保育室では、川越市の公立保育園において受け入れられない、産休明けの生後8か月未満の子どもや、公立保育園が定員を上回る関係で受け入れられない子どもを受け入れている。

エ 原告X1は、平成10年4月から、すみれ保育室で、週4日(月曜日、火曜日、木曜日、金曜日)、午前9時から午後3時30分まで保育を受けた。原告X1の保育においては、1対1の保育とされていた。ひかり児童園の登園日は、月曜日、水曜日、木曜日が母子登園であったところ、原告X1は、月曜日、木曜日は、すみれ保育室から担当保育者とともにひかり児童園に通園し、水曜日は、原告X1の祖母(原告X3の母)が、原告X1をひかり児童園に連れて行き、ひかり児童園が休みのときは保育室で一日保育をした。

オ 平成11年度から、ひかり児童園での母子分離保育(概ね3歳以上の子供で母親以外の人と遊んだり、食事、排泄、着脱等につき個々の発達に応じ、きめ細かい保育をする中で、基本的生活習慣の自立への援助と社会性を育て、適正就学につなげていくことを目的としている。〔証拠略〕)が、月曜日、火曜日、水曜日、金曜日の週4回、午前9時45分から午後2時45分となり(木曜日は午前9時45分から午後1時45分まで母子登園)、その後午後5時まで、すみれ保育室で保育を受けた。

カ 平成12年度、平成13年度は、ひかり児童園での母子分離保育が週5日、午前10時から午後3時となり、3時以降は、すみれ保育室で保育を受けた。

キ 本件各処分当時、原告X1は、原告両親の出勤前に、原告X1の祖父母方に預けられ、そこから午後3時までひかり児童園に通い、その後午後5時まですみれ保育室で過ごし、祖父母が迎えて両親が勤務先から帰るまで、祖父母方で過ごしていた(〔証拠略〕)。

(4)  川越市保育所の保育体制について

本件各処分当時、川越市では、各保育所について年齢別のクラス分けをして、集団による保育体制を採用していた。具体的には、零歳児(8か月以上)の場合は保育士1人につき児童3名、1歳児の場合には4、5名、2歳児の場合には6名、3歳児の場合には15名、4歳児及び5歳児の場合には25名の基準で保育士と児童が配置された。

(5)  川越市の障害児保育について

ア 川越市の障害児保育は、昭和50年4月、指定園において障害児保育を実施したことから始まり、その後、各園方式で障害児の受入れを行うなど事業の充実が図られ、昭和59年10月には、川越市統合保育事業実施要綱(本件要綱。〔証拠略〕)が定められた。

本件要綱は、児童福祉法24条に該当し、かつ心身に障害がある児童(以下「障害児」という。)を保育所に入所させ、一般の児童のクラスに入って健常児とともに保育を行う(以下、上記の形態の保育を「統合保育」という。)ことにより、障害児及び健常児の成長と発達を促進させることを目的とするところ(同要綱1条)、入所対象児童は、保育所において集団保育が可能であり、かつ障害の程度が軽度から中程度までのおおむね3歳以上の障害児で日々通園できるものとしている(同要綱2条)。

障害児が保育所入所を希望する際には、障害児の保護者は入所相談を受け(同要綱5条1項)、その際、保育所での観察保育を必要と認められた障害児については、保育所において観察保育が実施される(同要綱5条2項)。

そして、障害児の入所措置の適正な実施を図るため、保育課長、管理係長、保育係長、各保育園長、あけぼの児童園長、措置担当者及び家庭児童相談員で構成される統合保育判定委員会が設置されている(同要綱6条1項、2項)。

イ 上記のとおり、統合保育の対象となる児童が規定され、観察保育を実施することとされたことから、統合保育の対象となる児童の観察保育時の観察視点として、統合保育判定基準(〔証拠略〕)が定められた。

統合保育判定基準の内容は、以下のとおりである。

「1 統合保育の対象児童

(1)  統合保育における障害児の対象児童は、集団保育が可能な児童であること。

(2)  児童の観察結果に基づき、統合保育判定委員会において健常児との集団保育が可能であると判断した児童を対象児童とする。

2  集団保育

(1)  ここでいう集団保育とは、保育園の年齢別クラスにおける集団による保育をいう。

3  統合保育判定基準

こどもの状態として

(1)  日常の身辺整理がある程度できること。

(2)  自力で移動ができること。

(3)  他のこどもの存在を認め、他のこどもとのかかわりをもてること。

<1> 集団の中で、模倣ができ、場面展開についていけること。

<2> 集団に遅れても同じ行動がとれること。

<3> 集団の回りにいられること。

<4> 集団のリズムにのれること。

<5> 他のこどもとの交流ができること。

園運営として

(4)  保育園は大きな集団であることから、集団全体の安全が確保できること。

(5)  保育園は保育計画に従ってクラス運営を行うため、健常児、障害児ともに発達の保障ができること。」

(6)  関係法令等

ア 児童福祉法

(ア) 24条1項

市町村は、保護者の労働又は疾病その他の政令で定める基準に従い条例で定める事由により、その監護すべき乳児、幼児、又は第39条第2項に規定する児童の保育に欠けるところがある場合において、保護者から申込みがあったときは、それらの児童を保育所において保育しなければならない。ただし、付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護をしなければならない。

(イ) 24条3項

市町村は、一の保育所について、当該保育所への入所を希望する旨を記載した前項の申込書に係る児童のすべてが入所を希望する旨を記載した前項の申込書に係る児童のすべてが入所する場合には当該保育所における適切な保育の実施が困難となることその他のやむを得ない事由がある場合においては、当該保育所に入所する児童を公正な方法で選考することができる。

イ 特別保育事業実施要綱(平成12年4月1日施行、〔証拠略〕)

「1 趣旨

仕事等の社会的活動と子育て等の家庭生活との両立を容易にするとともに子育ての負担感を緩和し、安心して子育てができるような環境整備を総合的に推進するため、延長保育、一時保育、地域の子育て支援等を実施することにより、児童の福祉の向上を図ることを目的とする。

2  特別保育事業の定義及び内容

この要綱において、次の事業を特別保育事業とする。(以下「特別保育事業」という。)

(6) 障害児保育対策事業(内容については、別添6のとおり)

別添6 障害児保育対策事業実施要綱

1  趣旨

障害児の保育を推進するため、障害児を受け入れている保育所に対し保育士の加配を行うことにより、障害児の処遇の向上を図るとともに障害児保育を行うために必要となる設備整備等を助成することにより、実施保育所の拡大を図る。

2  実施主体

本事業の実施主体は、市町村とする。

3  障害児保育事業

(1)  対象児童

保育に欠ける障害児であって、次の<1>及び<2>に該当するものであること。

<1> 集団保育が可能で日々通所できるもの。

<2> 「特別児童扶養手当等の支給に関する法律」(昭和39年法律第134号)に基づく特別児童扶養手当の支給対象障害児(所得により手当の支給を停止されている場合を含む。)

(2)  対象保育所

<1> 対象保育所は3の(1)に該当する障害児を受け入れている保育所であること。

<2> 対象保育所においては、障害児の保育について知識。経験等を有する保育士の配置や障害児の特性に応じて便所等の設備整備及び必要な遊具等の購入等の受入れ体制の整備に努めること。

(3)  事業の実施

<1> 対象保育所に対し、児童福祉施設最低基準(昭和23年厚生省令63号)33条2項に規定する保育士のほか障害児保育事業の実施のために必要な保育士を配置すること。

<2> 保育所に受け入れる障害児の数は、それぞれの保育所において障害児と健常児の集団保育が適切に実施できる範囲内の人数とすること。

<3> 保育所における障害児の保育は、障害児の特性等に十分配慮して、健常児との混合により行うこと。」

3  当事者の主張

(1)  争点(1)について

(原告らの主張)

児童が、その障害により、保育所において集団保育できないことは、以下の理由により、児童福祉法24条1項ただし書、3項の「やむを得ない事由」とはならない。

ア 市町村の保育実施義務

原告X1は保育に欠ける状態にあり、原告らは、児童福祉法24条1項に基づいて、市町村の提供する保育サービスを受ける権利を有する。この権利は、親の家族的責任を理由として職業を奪われない権利、保育を受ける権利を基礎とし、とりわけ性役割が解消されない社会環境においては、女性の労働権の男女平等な保障に根ざしたものであって、憲法13条、14条、25条、国内法としての効力を有する女性差別撤廃条約、男女雇用機会均等法の基本的な趣旨及び要請に基づくものである。原告らは、上記法令及び条約から、性や家族的責任によって差別を受けない権利を有するほかに、障害及び障害をもつ子どもを養育することを理由として差別を受けない権利を有する。さらに、原告らは、憲法13条に保障された幸福追求権及び憲法25条に保障された健康で文化的な生活を営む権利を有している。この権利は、原告両親の差別を受けることなく人格が尊重され、労働権が保障される権利の基礎であると同時に、とりわけ、原告X1にとっては、地域の一員としてともに生きていく権利となるものである。

被告及び川越市長は、上記の憲法及び条約を遵守してその事務を処理しなければならない責任を負担するものであり、原告らは、これらの権利を保障するものとして、被告に対し、原告X1の保育を求める権利を有する。

イ 児童福祉法24条3項の解釈

児童福祉法24条3項は、市町村は、同条1項に基づき保育を実施する際、保護者の保育所選択権の保障の観点から保護者の希望どおりの保育園へ児童を入所させる義務を負うものの、希望先の保育所に他の保護者からの申込みが多く、希望どおりの入所を図ることができない場合、その他それに類似するやむを得ない事由がある場合に、例外的に市町村が公正な方法で入所する児童を選考することができることを認めているが、同条項により、市町村に保育実施義務を課した趣旨に鑑みれば、入所する児童の選考を認める同条3項は極めて限定的に解釈されなければならない。

ウ 障害児に対する児童福祉法24条3項の選考について

(ア) 厚生労働省児童家庭局長通知平成9年9月25日児発第596号(〔証拠略〕)によれば、児童福祉法24条3項の選考にあたり、優先要素として、「母子家庭や父子家庭、延長保育・障害児保育の必要度」など保育に欠ける状況が大きい場合を挙げており、そうすると、児童福祉法24条3項で保育義務の例外として入所する児童を選考する場合には、市町村は「保育に欠ける程度」を第一義的に考慮して選考しなければならない。そして、障害児は、健常児に比して「保育に欠ける」程度が高いのであるから、健常児に優先して保育所に受け入れなければならない。

(イ) 児童福祉法24条に基づく市町村の保育実施義務は、健常児と障害児の区別なく、等しく課せられているところ、障害児においてのみ、集団保育に適応可能か否かを第1に判断するという取扱いをすることは不合理な差別であり、憲法14条やその他の関係法規に違反する。

(被告の主張)

児童が、その障害により保育所において集団保育できないことは、以下の理由により、児童福祉法24条1項ただし書や3項の「やむを得ない事由」となる。

ア 被告においては、障害児の保育所入所申請があった場合、障害児についても、健常児との統合保育を行うこととしていることから、当該障害児が、保育所における集団保育に適応可能か否かを判断した上で、保育所に入所させるか否かを決定する。

イ 児童福祉法24条に基づき市町村に課せられた保育に係る法的義務は、市町村の財政事情に照らして、判断されるものであり、絶対的かつ無制限なものではないというべきである。

児童の選考方法、基準等は、市町村の限られた予算の中で、より多くの児童に対し適切な保育を実施するために、市町村自らがその裁量により決定することができるところ、一定の財政的・人的な制約のもとで保育行政を執行する上で、集団保育に適応可能か否かを基準として児童の選考をすることは合理的である。

ウ 障害の種類や程度により、障害児の状態も様々であり、人的・物的措置を講じる必要もなく受け入れることが可能な児童もいれば、受け入れに際し考慮を要する児童もいるため、障害の程度を問わず、常に市町村は保育所に入所させる義務を負担することとなれば、限られた予算の中での人員配置、設備整備等の面で対応できなくなり、適切な保育の実施が困難となる。

したがって、健常児とは別個に障害児保育の対象となる児童の要件や選考方法を定めることは、適切な保育を実施するために必要な「やむを得ない事由」といえ、児童福祉法に違反するものではない。

エ 児童福祉法も、健常児と障害児とで区別した規定を置いていることからすれば(児童福祉法19条、20条、21条の10等)、障害児保育が、児童福祉法24条に規定する保育に当然包含されるものではないというべきである。

オ 国は、特別保育事業の一環として障害児保育を推進しているが、特別保育事業の趣旨は、市町村は、その実情に応じた範囲内でそれらを実施し、国はその費用に対し国庫補助を行うことにより市町村を援助することにあるもので、当該保育事業に掲げられている各事業は、保育を実施する上で今後充足させていくべき課題にすぎない。

したがって、当該事業を実施しなかった場合であっても、福祉行政を執行する上での妥当性が問われることは格別、法律違反となるものではない。

(2)  争点(2)について

(原告らの主張)

原告X1については、以下の理由により、集団保育が可能と解するのが相当である。

ア 判断基準

(ア) 児童が、その障害により保育所において集団保育できないことが、児童福祉法24条1項ただし書、3項の「やむを得ない事由」となり、集団保育が可能か否かが、障害児の保育所入所の判断基準となるとしても、上記「やむを得ない事由」の判断は限定的になされるべきであるから、集団保育が不可能であるとは、少なくとも、入所を求める児童を受け入れたときに、可能な保育体制をもってしては、当該児童の生命に危険が及ぶか、他の入所児童の安全が確保できない場合に限定されるべきである。

(イ) 上記の判断に当たっては、障害の程度による画一的な基準によったり、保育士の配置や施設の状況を固定的に捉えて判断するのではなく、保育の必要を踏まえて実質的な観点から判断されなければならない。

(ウ) 特別保育事業に関する厚生労働省の通知(〔証拠略〕、以下「本件各通知」という。)によれば、障害児保育において、受入保育所に保育士の配置、知識、技能や便所等の設備、必要な遊具の購入等の受入体制が不十分であるときは、市町村は、受入体制を整備しなければならないのであり、市町村がこれを求められる水準まで改善することなく、現状の体制を維持することを前提として形式的、画一的に児童福祉法24条1項ただし書や3項に定める「やむを得ない事由」として障害児の受入を拒否することはできないというべきである。

イ 障害児の集団保育の可能性

障害児について、集団保育が可能か否かの判断をなすにあたっては、以下の点を充足したものであることを要する。

(ア) 本件各通知は、障害児保育事業の対象児童として、「集団保育が可能で通所できるもの」であって、「特別児童扶養手当の支給対象障害児であること」を要件としているが、障害の程度については要件としておらず、特別児童扶養手当の支給対象児童である重度の障害をもった子どもについても集団保育が可能であることを前提にしていることからすれば、障害の程度を保育実施の可否の要件とすることはできない。

(イ) 本件各通知は、あえて「日々通所できるもの」という要件により「集団保育が可能」との要件を絞り込んでおり、集団保育が可能である児童の中に日々通所できない児童をも想定していることからすれば、集団保育の可否自体は緩やかに解釈されることとなるから、日々通所できれば、一応集団保育は可能と考えるべきである。

(ウ) 厚生労働省は、児童福祉法に基づく選考において、年齢別の定員や部屋ごとの定員は想定していないと説明していることからすれば、集団保育を年齢別のクラスにおいて、同年齢の健常児との保育になじむか検討することはできない。

(エ) 昭和38年10月28日文初発第400号・児発第1046号によれば、保育所は保育に欠ける児童の保育を行うことを目的としており、保育所における教育は、保育と分離することができない教育に限られるものであり、学校教育を目的とする幼稚園とはその機能を異にするというべきである。そうすると、保育所においては、学校教育と同様に、年齢別に期待される子どもの発達度合いに対応した保育を想定していないこととなるから、障害児についても、同年齢の保育水準を基準に保育の可否を判断することは相当でない。

ウ 川越市長は、本件要綱及び統合保育判定基準に基づき本件保育の不可決定を行ったが、障害の程度が軽度から中程度までの児童に限定する同要綱及び上記基準は、児童福祉法の趣旨に反し、また、障害児及び障害児を養育する親に対する不合理な差別があるから、憲法14条、障害者基本法、子どもの権利条約、男女労働者の均等待遇に関する条約、女性差別撤廃条約の趣旨に反し、違法・無効であり、これに従ってされた本件処分も違法・無効である。

エ 以上の解釈を前提に、以下の原告X1の状況及び被告の保育の受入状況を検討すれば、原告X1は、本件各申請当時、集団保育可能であったというべきである。

(ア) 原告X1の状況

原告X1は全介助を要するが、酸素ボンベ、吸引、注入などの医療的ケアは不要であり、経口摂取可能であり、家族・地域での生活が可能な、いわゆる「健康な障害児」であるから、保育士を1対1で加配すれば、集団保育は十分可能であった。特に、原告X1は、すみれ保育室、ひかり児童園、交流保育において集団に馴染んで対人関係を形成してきており、遅くとも平成12年度の段階では、集団保育に適さないと判断される事情は存しない。

被告は、1対1の保育士の加配では集団保育にはならない旨の主張をするが、この場合であっても、児童は他の児童との関わりを持つことは可能であり、集団保育というべきである。1対1の加配により、加配された保育士が他の児童と関与できない可能性はあるが、これは、集団保育の本来的な意味によるものではないから、許否事由となるものではない。また、上記の1対1の加配は集団保育とならないとの考えは、被告が、従前、1対1の加配を行ってきたこととも矛盾する。

実際にも、原告X1は、無認可保育所のすみれ保育室において、集団保育により成長を遂げていたのであり、被告の主張する安全性への懸念は、杞憂にすぎない。

(イ) 被告の保育の受入状況

被告所在の保育所は、平成12年度及び平成13年度において、定員に達しておらず、児童1名に対して保育士1名の加配も可能な状況にあった。

また、被告は、あけぼの児童園・ひかり児童園を有し、重度障害児の療育についての専門的な知識・経験を有する職員が存在するが、人事配置により、両園の職員を一般の保育所にも配置し、療育施設における経験や知識を生かすことができるのであるから、重度障害児を受け入れる集団保育の体制は整備されていたというべきである。

ひかり児童園においては、保育園と連携して通常の保育園の保育とひかり児童園の専門的な療育の橋渡しの役割をすることが求められており、同園には、常勤の作業療法士が昭和61年から1名配置され、平成12年度から常勤が2名となり、平成11年度からは理学療法士が常勤で配置されていたのであるから、上記の役割を果たすことは十分可能であった。

(ウ) 被告は、本件審査にあたり、観察保育において把握できるはずの事情を把握せず、原告X1が通園する療育施設であるひかり児童園との連携による集団保育の可能性を把握できたのにそれをせず、さらには、原告X1が保育されている保護者及びすみれ保育室からの聴き取りによっても集団保育の可能性を把握できたのにそれも実施しなかった義務違反がある(被告は、原告X1について、保育にかけるか否か、及びその程度等保育の必要性について子細に検討すべき注意義務があったが、保護者の事情聴取、同居の家族の生活状況、原告X1の障害と家庭保育の困難性、原告X1の主治医の集団保育を勧める意見書の検討等をしなかった。)。

(エ) 被告は、原告X1を保育所に受け入れることができないとしても、ひかり児童園において療育とあわせて保育を行うこととしていたのであるから、保育所への入所を拒否する本件決定をした以上、ひかり児童園における延長保育の可能性を検討する必要があったにもかかわらず、被告は、ひかり児童園が療育施設であるという理由のみでこれを拒否しており、この対応は、保育実施を不可とした違法性の度合いをさらに強くする事情になるというべきである。

(オ) 被告は、原告に対し、不可決定の基準・実質的な理由を明らかにしようとせず、不誠実極まりない姿勢を繰り返しており、本件違法性を判断する際には、この事情も総合的に斟酌すべきである。

(被告の主張)

原告X1については、以下の理由により、本件各申請当時、保育所による集団保育が可能ではなかった。

ア 被告は、障害児の保育所への受入にあたっては、国の障害児保育対策事業を受けて定めた本件要綱により適正を期している。具体的には、保育の申込前に行われる観察保育をし、その結果を受けた統合保育判定委員会において当該障害児を保育所に受け入れることが可能か否かを判断している(〔証拠略〕、統合保育判定基準)。

なお、統合保育判定基準をはじめとする保育の実施基準は、法規範性を有するものではなく、行政の裁量権を行使する上の基準・指針として定められているものにすぎず、法規範性を有することを前提とする原告の主張は失当である。

イ 被告は、平成12年度及び平成13年度の各保育所入所申請について、いずれも観察保育を行い、統合保育判定委員会を開催して審議した結果、統合保育判定基準3の(1)から(3)までに掲げる要件((1) 日常の身辺処理がある程度できること、(2) 自力で移動ができること、(3) 他のこどもの存在を認め、他のこどもとのかかわりをもてること)のいずれについても充足していないとして、保育所に受け入れることは不可能であるとの結論に達し、保育所入所審査会を経て、本件各処分を行ったものである。

本件各処分については、原告らから提出された保育の実施申込書・保育児童台帳に記載された事実及び観察保育により知り得た事実により不可決定をした。

原告X1は、保育の実施の申込当時における原告X1の個別の状況について観察保育を行った結果、座位が保てず、四肢体幹機能障害により自力での移動ができない重度の障害のある児童であり、受け入れる現場の担当者(保育士、統合保育判定員会)が安全面、受入体制等において対応できないと判断したものである。対応できる確信のないまま安易に受け入れた結果、事故が発生した場合には、原告らにとっても不幸な事態となる。

ウ 加配等の措置について

1対1の保育士の加配を行う対象となるのは、ある程度の補助を行えば自律的に集団に参加可能な障害児なのであり、統合保育判定基準3における児童の状態に係る判定事項(1)から(3)を全く充足していない障害児については、自律的に集団に参加することは不可能というべきであり、集団保育になじむものではないと判断せざるを得ない。

エ すみれ保育室での保育実績について

一定の財政的・人的な制約のもとで保育行政を執行する上で最も合理的なものとして認知されているものが集団保育であり、保育士の加配は無制限に認められるものではない。また、集団保育を安全かつ適切に管理運営するために必要な条件として、一定年齢以上の児童に対しては、所属するクラスという集団に順応し、そこでの生活にある程度、自らの意思に基づき自発的に参加することが求められるのであり、被告の予定している集団保育においては、全面介助を予定しているものではないから、全面介助を前提になされたすみれ保育室での保育実績を過大視することはできない。

(3)  争点(3)について

(原告らの主張)

ア 被告の保育行政を担当する公務員は、その職務の執行において、以下のとおり、原告らの権利を侵害する不法行為を行った。

(ア) A保育課長は、原告ら保護者がなした保育所入所を受け入れるよう求めた要請に際し、<1> 平成10年10月6日、就労の継続が不可能となるとして苦境を訴えた原告X2に対し、「簡単なお仕事にかわっていただいて」と自分で保育するよう申し述べ、<2> 同年12月28日には原告X2の勤務先である鶴ヶ島市に子どもを受け入れてもらえるか電話をかけるとして原告X2を威圧し、<3>さらに平成12年4月21日には、電話で、「X2さんの今年の入園はありませーん。来年も分かりませーん。」などと、原告X2を揶揄し、侮辱した。

(イ) 川越市立小室保育園において職務を執行する保育士は、平成10年10月17日に行われた観察保育において、当初は原告X1に積極的にかかわろうとせず、原告X1を抱き上げようともしなかったほか、子ども達が原告X1に向かって、「帰れ。」「帰れ。」と口にしているのに、誰1人として保育士としてしかるべく指導をせずに、事態を放置した。

(ウ) 川越市福祉課職員は、原告らが本件処分に対して異議申立てをしたところ、平成12年4月下旬に原告らが勤務する鶴ヶ島市役所に電話をかけ、問い合わせた。

(エ) 原告X1が通園しているひかり児童園の園長は、鶴ヶ島市発育支援センター所長に対し、電話で、平成11年12月頃の原告らが保育園入所を求める要望活動を川越市に対して行っていることに触れた上で、原告らを気に入らないとして否定的な評価を加えながら、原告X1を鶴ヶ島でみるよう話をし、原告X1を受け入れる意思のないことを誇示した。

イ 上記の権利侵害により、原告らは深刻な精神的苦痛を受けており、被告は、不法行為による損害賠償責任を負うべきである。

(被告の主張)

原告らの主張は争う。

A保育課長は、原告X2に、当該児童を保育所に受け入れられなかったことについて、保育所における障害児保育の実施の視点から丁寧に説明を重ねてきたものであり、原告ら主張の発言等はしていない。その他の職員についても原告ら主張の事実はない。

(4)  争点(4)について

(原告らの主張)

ア 児童福祉法24条1項ただし書は、「ただし、付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護をしなければならない。」としており、「やむを得ない事由」により保育園入所を拒絶した場合には、「その他の適切な保護をしなければならない」としている。被告は原告X1を保育所に受入不可と判断した以上、その他の適切な保護の実施を行うべき配慮義務があるが、被告はその義務を果たしていない。

イ 「適切な保護」が保育所への受入を代替する性格を有し、法に基づくサービスの提供は公平を旨とすべきであることからすれば、「適切な保護」については、<1> 健常児に提供されるサービス形態と同等のものを提供し(管外委託、保育ママ、低年齢児の場合の家庭保育室による保育の保障)、<2> 障害児であることから健常児に比べて生活の困難さを伴うことを考慮したうえで、統合保育の趣旨を満たしたものでなければならず、<3> 費用も、保育所での保育費用と同等のものを提供する必要がある。

ウ 被告は、適切な保護として、保育ママの付き添いによる家庭内保育の実施、3歳以上の無認可保育所での保育の実施、ひかり児童園における保育時間の延長等の保護を実施すべきであったが、これらの保護を何ら実施しておらず、適切な保護義務の著しい逸脱がある。

エ 被告は、適切な保護として、すみれ保育室の情報提供・紹介、鶴ヶ島市への管外委託、ひかり児童園への入園による機能回復訓練等を実施したと主張するが、上記の処置は、いずれも「適切な保護」に値するものではない。

オ 特に、原告らが「ひかり児童園」の時間延長措置を求めた際、被告は、同児童園は療育施設であるから保育所の代替はできないとしてその要請を拒否したが、同児童園においては、療育と合わせて保育も実施されているのであるから、拒否の理由は存在しなかった。この結果被告は、法に定める「適切な保護」の実施を行わず、原告らに「すみれ保育室」における保育を余儀なくさせ、もって必要以上の保育費の負担を強いたものである。加えて、被告は、すみれ保育室に対し、平成10年度まで支給していた補助金を平成11年度以降打ち切った。その理由はひかり児童園に9時45分から14時45分まで(当時)毎日(当時、木曜日は母子登園)公的サービスが提供されているので、すみれ保育室には補助金は支給されないということであった。ちなみに、この補助金は、平成10年度には市から障害のあるなしに関わらず月額1万7500円、県から障害児保育委託費として月額4万2900円の合計6万0400円がすみれ保育室に支払われていたが、被告川越市は、この単独補助としての1万7500円に加え、県からの障害児保育委託費も打ち切った。

オ よって、原告らは、被告の本件不可決定及び法に定める「適切な保護に関する配慮義務」を怠ったことにより被った経済的損害として、原告X1の送り迎え及び「すみれ保育室」の養育に要した費用について損害賠償を請求する権利を有する。

(被告の主張)

ア 児童福祉法24条1項ただし書の「適切な保護」は、法的な義務が課せられているか否かにかかわらず、障害児、健常児を問わず、入所申請を行いながらも保育所に入所できないすべての児童に対して行われるべきものであるが、上記「適切な保護」としては、児童福祉法上の「保育所」に該当しない僻地保育所や季節保育所のほか、家庭内保育(いわゆる「保育ママ」)による対応、「適切な保護」にふさわしい一定の質が確保された認可外保育施設に対するあっせん等も含まれ、必ずしも市町村自らが児童を「保護」することが唯一無二の「適切な保護」であり、市町村はそれに応えなければならない義務があるというわけではない。

イ 被告川越市は、原告X1に対する「適切な保護」として、すみれ保育室に関する情報の提供及び同保育所の紹介や鶴ヶ島市への管外委託に関する提案を行っており、さらに、「適切な保護」として位置づけられるものではないが、原告X1への支援として、ひかり児童園に入園させ、機能回復のための指導及び訓練等についても行っている。

したがって、被告川越市は、原告X1に対し、適切な保護を実施しており、児童福祉法24条1項ただし書に違反するものではない。

第3  当裁判所の判断

1  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(1)  川越市の保育状況について

ア 川越市の保育事業概要

(ア) 川越市の保育事業には、平成13年4月1日において、<1>通常保育、<2>延長保育、<3>障害児保育、<4>一時的保育、<5>障害児通園施設児童との交流保育、<6>子育支援がある。

(イ) 川越市の保育所においては、保育士1人に対して、零歳児(8か月以上)の場合には3名、1歳児の場合には4、5人、2歳児の場合には6名、3歳児の場合には15名、4歳児及び5歳児の場合には25名の児童が配置されていた。

川越市の保育の実施状況は、平成13年12月1日において、<1>保育所数は29園(公立20園、法人立9園)、<2>入所児童数は2421人(公立1684人、法人立737人)、<3>待機児童数は305人であった。

イ 川越市の障害児保育について

(ア) 川越市の障害児保育は、昭和50年4月、指定園において障害児保育を実施したことから始まり、その後、各園方式で障害児の受入れを行うなど事業の充実が図られ、昭和59年10月には、川越市統合保育事業実施要綱(本件要綱。〔証拠略〕)が定められた。

本件要綱は、児童福祉法24条に該当し、かつ心身に障害がある児童(障害児)を保育所に入所させ、一般の児童のクラスに入って健常児とともにする保育の形態の保育(統合保育)を行うことにより、障害児及び健常児の成長と発達を促進させることを目的とし(同要綱1条)、入所対象児童は、保育所において集団保育が可能であり、かつ障害の程度が軽度から中程度までのおおむね3歳以上の障害児で日々通園できるものとしている(同要綱2条)。

障害児が保育所入所を希望する際には、障害児の保護者は入所相談を受け(同要綱5条1項)、その際、保育所での観察保育を必要と認められた障害児については、保育所において観察保育が実施される(同要綱5条2項)。

そして、障害児の入所措置の適正な実施を図るため、保育課長、管理係長、保育係長、各保育園長、あけぼの児童園長、措置担当者及び家庭児童相談員で構成される統合保育判定委員会が設置され(同要綱6条1項、2項)、観察保育時の観察視点として、統合保育判定基準(〔証拠略〕)が定められた。

統合保育判定基準の内容は、以下のとおりである。

「1 統合保育の対象児童

(1)  統合保育における障害児の対象児童は、集団保育が可能な児童であること。

(2)  児童の観察結果に基づき、統合保育判定委員会において健常児との集団保育が可能であると判断した児童を対象児童とする。

2  集団保育

(1)  ここでいう集団保育とは、保育園の年齢別クラスにおける集団による保育をいう。

3  統合保育判定基準

こどもの状態として

(1)  日常の身辺整理がある程度できること。

(2)  自力で移動ができること。

(3)  他のこどもの存在を認め、他のこどもとのかかわりをもてること。

<1> 集団の中で、模倣ができ、場面展開についていけること。

<2> 集団に遅れても同じ行動がとれること。

<3> 集団の回りにいられること。

<4> 集団のリズムにのれること。

<5> 他のこどもとの交流ができること。

園運営として

(4)  保育園は大きな集団であることから、集団全体の安全が確保できること。

(5)  保育園は保育計画に従ってクラス運営を行うため、健常児、障害児ともに発達の保障ができること。」

(イ) 川越市の統合保育事業の受入状況は、平成12年度において、50人、平成13年度において、59人であり、不可決定がなされた児童の数は、平成12年度は12人、平成13年度は14人であった。

(2) 本件各処分状況等

原告X3及び原告X2は、平成10年度ないし平成13年度において、上記のとおり、いずれも鶴ヶ島市役所に勤務しており、原告X1は児童福祉法24条1項所定の保育に欠ける状態にあったとして、被告に対し、同法24条1項に基づき、原告X1の保育所入所申請をしたが、以下のとおり、川越市長は、いずれも保育の実施不可決定をした。

ア 平成10年度申請について

原告X3は、平成9年12月、被告に対し、平成10年度における原告X1の保育所入所申請をした。川越市長は、小室保育園において観察保育(平成9年11月5日、6日、20日開催)、その後に開催された統合保育判定員会における検討の結果を踏まえて、平成10年2月25日付けで、保育園入園却下決定をした(〔証拠略〕)。

イ 平成11年度申請について

原告X3は、平成10年12月5日、被告に対し、平成11年度における原告X1の保育所入所を申請した。川越市長は、小室保育園で観察保育(平成10年11月17日ないし19日)、その後に開催された統合保育判定委員会における検討の結果を踏まえて、平成11年2月26日付けで、川越市統合保育事業実施要綱(本件要綱)2条に定める対象児童に該当しないことを理由に、保育の実施不可決定をした(〔証拠略〕)。

ウ 平成12年度申請について

(ア) 原告X3は、平成11年11月24日、被告に対し、平成12年度における原告X1の保育所入所申請〔希望入所先を月吉町保育園(現今成保育園)〕をした。

(イ) 被告は、平成11年11月15日から17日にかけて、月吉町保育園において、原告X1外1名の児童を対象に観察保育を実施した。観察保育者は、園長5名、主任保育士5名、保育士4名、家庭児童相談員1名の合計15名であった。

上記観察保育において、原告X1については、<1>首が据わっていない、<2>座位が保てない、<3>衣服の着脱については、全面介助が必要である、<4>給食による食事についても全面介助が必要である、<5>コンタクトを使用していたが、子どもの動きを追視する様子がない、<6>午前中に寝てしまうなど、同年齢の健常児との生活のリズムに差がある、<7>リズム遊びで床に横にすると、床の冷たい感触が不快に感じたのか泣いた、<8>玩具を口でなめて確かめながら遊ぶが、他の子ども達とのやりとりはなかった、<9>大人に抱っこして音の出る玩具で、個別に関わると心地よさそうであったことが観察された。

(ウ) 被告は、平成12年1月26日及び31日、統合保育判定委員会を開催したが、同委員会においては、観察保育の結果を統合保育判定基準に照らしたところ、次の理由により、保育園での集団保育を実施することは極めて困難な状況にあり、統合保育を実施することはできないと判断した。

<1> 川越市は年齢別の保育を実施していることから、原告X1の入園が想定されるのは4歳児のクラスであったが、このクラスでは、児童26名に対し1名の保育士が配置されている状況であるが、4歳児には動きが活発であり、その集団の大きさによる刺激も強く、原告X1の負担につながるおそれがある。

<2> そしゃくが弱く、療育が必要である。また、食事については、乳児食のように柔らかいものが必要となる。

<3> 保育園のような大きな集団での生活に馴染む状況ではなく、全ての生活面での全面介助を必要とされていることから、受入側としても原告X1の安全を完全に確保できるとは言い難い。また、原告X1の成長や発達を考えると、ひかり児童園での療育や訓練がまだ必要である。

(エ) 川越市長は、平成12年2月25日付けで、本件要綱2条の規定により検討した結果、保育所における集団保育が不可能であると判断したことを理由に、保育実施不可決定(平成12年度処分)をした(〔証拠略〕)。

(オ) これに対し、原告両親は、平成12年4月26日、異議申立てをしたが、川越市長は、同年6月2日付けで、上記申立てを棄却した(〔証拠略〕)。

エ 平成13年度申請について

(ア) 原告X3は、平成12年12月10日、被告に対し、平成13年度における原告X1の保育所入所申請をした。

(イ) 被告は、平成12年11月10日、13日、14日にかけて、脇田新町保育園において、原告X1ほか1名の児童を対象とする観察保育を実施した。観察保育者は、園長7名、主任保育士7名、保育士11名、家庭児童相談員1名の合計26名であった。

上記観察保育において、原告X1については、<1>首が据わりつつあるが、まだ、首が据わっている状況ではない、<2>座位が保てない、<3>衣服の着脱については、全面介助が必要である、<4>給食による食事についても全面介助が必要である、<5>子どもと手をつなぐことは、不快感を表す、<6>好きな歌には反応している、<7>好きな玩具に対しては、なめたりして楽しんでいた、<8>大勢の子ども達に対しては、不決な表情になる、<8>乳児(零歳児)が1対1で触れたり、乳児のゆったりとした生活には馴染んでいた、<10>保育士が「おばあちゃんと来たのね」の言葉をかけると、ニッコリしたことが観察された。前年度に比べ、<1>身体が成長し、顔の表情に成長が見られ、<2>午前中に眠ることはなく、<3>保育士の働きかけに、時々「アーアー」「ウーウー」と声を出すようになった。

(ウ) 被告は、平成13年1月26日、31日、統合保育判定委員会を開催したが、同委員会においては、前年に比べ若干の成長が見られたものの、当該結果を統合保育判定基準に照らしたところ、保育園での集団保育を実施することは極めて困難な状況にあり、次の理由により、前年と同様に統合保育を実施することはできないと判断した。

<1> 原告X1の入園が想定されるのは5歳児クラスであるところ、5歳児クラスも児童26名に対して1名の保育士が配置されている状況であったが、5歳児は4歳児にも増して動きが活発であり、前年同様集団の大きさによる刺激が強く、原告X1の負担につながるおそれがある。

<2> 他の子どもとのふれあいが、まだ難しい状況にある。

<3> 原告X1の成長や発達を考えると、保育園での生活ではなく、ひかり児童園での療育や訓練がまだ必要である。

<4> 全ての生活面での全面介助を必要とし、保育園での生活の中では統合保育を実施しながら、原告X1の安全を確保することは難しい。

(エ) 川越市長は、平成13年2月27日付けで、本件要綱2条の規定により検討した結果、保育所における集団保育が不可能であると判断し、保育実施不可決定(平成13年度処分)をした(〔証拠略〕)。

オ 平成13年度の追加申請について

原告らは、平成13年4月12日、保育課に入園申請を提出したところ、同年7月16日、17日、23日、川越市立新宿保育園において、観察保育が実施され(〔証拠略〕)、川越市長は、同年10月15日付けで、本件要綱2条の規定により検討した結果、保育所における集団保育が不可能であると判断したことを理由に、保育の実施不可決定をした(〔証拠略〕)。

(3) 原告X1の通園状況

ア 上記のとおり保育所入所申請をする一方、原告X1は、約2歳3月の平成9年11月から、肢体不自由児の療育施設であるひかり児童園に通園し、更に、平成10年4月から、ひかり児童園に加えて、民間の認可外家庭保育室であるすみれ保育室に通うようになった。

イ ひかり児童園について(〔証拠略〕)

(ア) ひかり児童園は、川越市が、川越市心身障害児母子通園施設条例により設置し、運営する公的な肢体不自由児の療育施設であり、心身に障害のある児童に対し、作業療法士、理学療法士、保育士がかかわり、機能回復のための指導や訓練を実施し、併せて基本的生活習慣等を身につけさせるための保育を行っている。ひかり児童園は、昭和50年に川越市で開設され、昭和52年に心身障害児通園施設となり、機能回復及び集団生活のための指導と摂食指導、保育を行ってきたもので、次第に常勤の作業療法士、看護婦(士)、保母(保育士)、理学療法士が置かれ、非常勤で言語聴覚士が入れられるなど、体制の充実が図られている。

(イ) 平成12年度の体制は、正規保育士4名、正規作業療法士2名、正規理学療法士1名、臨時保育士6名、パート保育士1名、パート看護士1名、非常勤言語聴覚士2名、臨時作業員1名であった。児童は0~2歳児クラス(ありんこグループ)が13名、3~5歳児2クラス(ひよこグループ、うさぎグループ)がそれぞれ5名で、合計23名であった。

ウ すみれ保育室について(〔証拠略〕)

すみれ保育室は、昭和57年9月、川越市の保育室指定を受け、開設した、いわゆる認可外の家庭保育室である。すみれ保育室では、川越市の公立保育園において受け入れられない、産休明けの生後8か月未満の子どもや、公立保育園が定員を上回る関係で受け入れられない子どもを受け入れている。

エ 原告X1は、平成10年4月から、すみれ保育室で、週4日(月曜日、火曜日、木曜日、金曜日)、午前9時から午後3時30分まで保育を受けた。原告X1の保育においては、1対1の保育とされていた。ひかり児童園の登園日は、月曜日、水曜日、木曜日が母子登園であったところ、原告X1は、月曜日、木曜日は、すみれ保育室から担当保育者とともにひかり児童園に通園し、水曜日は、原告X1の祖母(原告X3の母)が、原告X1をひかり児童園に連れて行き、ひかり児童園が休みのときは保育室で一日保育をした。

オ 平成11年度から、ひかり児童園での母子分離保育(概ね3歳以上の子供で母親以外の人と遊んだり、食事、排泄、着脱等につき個々の発達に応じ、きめ細かい保育をする中で、基本的生活習慣の自立への援助と社会性を育て、適正競学につなげていくことを目的としている。〔証拠略〕)が、月曜日、火曜日、水曜日、金曜日の週4回、午前9時45分から午後2時45分となり(木曜日は午前9時45分から午後1時45分まで母子登園)、その後午後5時まで、すみれ保育室で保育を受けた。

カ 平成12年度、平成13年度は、ひかり児童園での母子分離保育が週5日、午前10時から午後3時となり、3時以降は、すみれ保育室で保育を受けた。

キ 本件各処分当時の原告X1の生活状況をまとめると、概ね次のとおりである(〔証拠略〕)。

午前7時頃 両親が自宅から数km離れた父の祖父母宅に預ける。

同9時30分頃 祖父母が車でひかり児童園まで送る。

午後3時頃 ひかり児童園の車ですみれ保育室の近くのバス停まで送り、すみれ保育室の保育担当者が迎えて、以後午後5時まですみれ保育室で過ごす。

午後5時 祖父母が迎えて両親の勤務先から帰るまで祖父母宅で過ごす。

ク 原告X1に係るすみれ保育室に対する委託金の支給状況等

川越市では、「川越市家庭保育室要綱」(〔証拠略〕)を定め、生後8週間から3歳未満の児童に係る保育に関し、いわゆる待機児童の解消策として、いわゆる無認可保育室に対し、委託費として月額1万7500円を支給していた(同時に障害児の場合は県から障害児保育委託費として月額4万2900円が保育室に支給された)。そこで原告X1が3歳未満の平成10年度までは、すみれ保育室に対しても、川越市から月額1万7500円、県から4万2900円の合計6万0400円が支給されていた。

しかし、平成11年4月1日以降は、原告X1が3歳未満の要件から外れ、市の委託対象児童から外れることとなったことを理由に、すみれ保育室に対して市からの委託費は支払われなくなり、同時に県からの障害児委託費も支払われなくなった。

なお、公立保育所が障害児保育を行った場合は、国や県から1児童当たり合計月額7万4620円を下回らない補助金が交付されている。

2  以上の認定事実を前提として、各争点について検討する。

(1)  争点(1)について

ア 原告らは、本件各申請当時、原告X1は保育に欠けると認められる児童であったことから、被告は、原告X1の保育実施義務を負うところ、児童が障害により保育所において集団保育できないという事情は、児童福祉法24条1項ただし書や3項の「やむを得ない事由」とはならない旨主張する。

イ この点、被告は、児童福祉法24条は、障害児保育を除外していると主張するが、明白な根拠はなく、採用できない。むしろ、同条の対象児童には、健常児、障害児に関わりなく児童一般が含まれるというべきである。

そして、「保育に欠ける」状況は本来客観的に存在するものであるところ、前記認定の原告両親の勤務状況その他家族状況に照らせば、原告X1は児童福祉法24条1項の「保育に欠ける」児童であったというべきであるから、被告には、特段の事情がない限り、保育所において保育しなければならない義務が課せられていたというべきである。

しかしながら、児童福祉法24条1項ただし書は、「ただし、付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護をしなければならない。」としてやむを得ない事由があるときは保育所入所以外の保護を行うことを認めているところ、この「やむを得ない事由」の中には、付近に保育所がない、すでに保育所に定員一杯の児童が入所しているとき等の物理的、定員的障害の場合のほか、児童の年齢、性質、体力、障害の程度等から慎重に判断した結果、市町村の保育所が実施している集団保育の方法によっては適切な保育が不可能と判断される場合も含まれると解される。

すなわち、市町村は、限られた人員、施設と予算の範囲で保育事務を合理的、能率的に遂行する観点から、大半の市町村では年齢別のクラス分けによる集団保育の方法により保育を行うこととしていると推定されるところ、このような年齢別クラス分けによる集団保育の方法は、保育義務を遂行する保育園の側からだけでなく、保育を受ける児童の精神的身体的発達の観点等からも合理性、相当性がないということはできず、限られた人員、予算の範囲内でいかなる方法により児童を保育するかについては、市町村の合理的な裁量に委ねられている部分が多いというべきである。そして、こうした状況下において、地域の保育所全体を通じての物的・人的条件、能力をもってしても申込にかかる児童を集団保育の観点から適切に受け入れ得ないと判断されるときは、当該市町村が保育園の入所拒否をしたとしても、その判断は児童福祉法24条1項ただし書の「やむを得ない事由」に該当するというべきである。

原告らは、障害児は、健常児に比して「保育に欠ける」程度が高いというべきであるから、健常児に優先して保育所に入所させる必要性があるにもかかわらず、障害児について集団保育に適法かどうかを第1に判断するという取扱いをすることは不合理な差別であるとか、厚生労働省は、児童福祉法に基づく選考については年齢別の定員とか部屋ごとの定員は想定していないと説明しており、被告の方針は厚生労働省の説明にも反するなど主張するが、こうした原告ら主張を考慮しても前記判断を左右するものではない。

そうすると、この点の原告らの主張は採用できない。

(2)  争点(2)について

ア 次に上記のとおり、保育所の入所を集団保育可能か否かで判断することは適法であるとしても、原告X1が、本件各処分当時、集団保育が可能であったか否かが問題となる。

その前提として、念頭においている集団保育の意義が問題となるところ、市町村としては、通常の人的・物的設備を備えた保育所における保育を念頭に置いた上、当該児童が保育所における保育に耐えうるかを判断すれば足り、保育所において保育士を加配して保育するか否か等の検討は、市町村の広範な裁量に委ねられていると解するのが相当である。

ところで、前記認定事実によると、原告X1は、本件処分当時、座位が保てず、首が据わらず、四肢体幹機能障害により、自力での移動が困難な状態であり、他の児童とのコミュニケーションもなかなかとりにくい状況にあって、少なくとも、保育士を原告X1のために、1人配置しなければ、施設入所することも不可能であったこと、保育所に入所する乳児、幼児の行動が、常に予測可能な範囲にとどまるものではなく、原告X1を集団保育の場に日常置くことは安全確保の面からも懸念されたことが認められる。そうすると、被告が、このようなことから原告X1の保育所における集団保育は不可能であると判断したことを不合理と評価することはできないというべきである。

イ 原告らは、集団保育の可能性の有無について、入所を求める児童を受け入れた場合に、可能な保育体制をもってしては、当該児童の生命に危険が及ぶか、他の入所児童の安全を確保できない場合に限り、保育が困難な事情にあたるとするが、集団保育の適・不適の判断において児童の安全は特に慎重に判断される必要があることは明らかであり、原告らの主張のように限定的に考えるべき根拠はないから、原告らの上記主張は採用できない。

また、原告らは、日々通所できれば、一応集団保育は可能であると考えるべきであるとするが、文言上も、集団保育が可能か否かの要件と日々通所できるという要件とは別個独立のものであることは明らかであり、日々通所できても、集団保育できないことがあり得ることは十分に想定できることからすれば、原告らの上記主張も採用できない。

ウ 原告らは、本件要綱及び統合保育判定基準が違法・無効であることから、本件各処分も違法・無効である旨主張するが、その違法・無効事由は、いずれも、障害児であることが入所許否の理由となり得ないことを前提とするものであるが、上記のとおり、そのように解することはできない。また、原告らは、本件要綱は厚生労働省の指針に反する旨の主張をするが、厚生労働省の指針は内部基準に過ぎず、違法の問題が生じるものではないことに加え、そもそも厚生労働省の指針においても、集団保育が可能か否かを判断基準としているのであるから、本件要綱が厚生労働省の指針に反するものでもないことは明らかである。

エ 原告らは、被告が住民から保育の申込があったときにはこれに応じなければならず、適正な保育の実施が困難な場合などやむを得ない場合に限って公正な手続にしたがって選考することができるのであるから、保育不可決定をなした場合には、市民に対してその理由を具体的に明らかにしなければならないところ、本件不可決定については、合理的な根拠が示されていないと主張するが、本件では、川越市長は、原告X1が本件要綱2条にいう集団保育が可能でないと判断したことから本件処分に及んだと示しており、理由として十分であると認められるから、原告らの主張を採用することはできない。

(3)  争点(3)について

ア A保育課長の行為について

原告らは、A保育課長は、原告ら保護者がなした保育所入所を受け入れるよう求めた要請等に際してした発言等を違法とする旨の主張をするが、弁論の全趣旨によれば、A保育課長の原告ら保護者とのやりとり、鶴ヶ島市への障害児保育に関する電話照会などは、いずれも社会的に許容範囲のものと認められ、本件全証拠によるもこれが原告らに対する不法行為を構成するとは認めがたい。

イ 平成10年10月17日の観察保育について

原告らは、上記観察保育において、保育士が、適切な保育、指導をしなかった旨の主張をするが、これを認めるに足りる証拠はない。なお、観察保育の性質上、観察の対象となる児童にとって日頃親しんでいる好ましい環境を常に与えなければならないものではないと判断される。したがって、原告らの主張を採用することはできない。

ウ 原告らは、川越市福祉課職員は、原告らが本件処分に対して異議申立てをしたところ、平成12年4月下旬に原告らが勤務する鶴ヶ島市役所に電話をかけ、問い合わせたとするが、これを認めるに足りる証拠はない。

エ 原告らは、ひかり児童園園長の言動を違法とするが、そのような言動があったことを認めるに足りないし、仮に原告ら主張のような言動があったとしても、違法と評価するに足りる具体的な言動に関する主張はない。そこでこの点の原告ら主張も採用できない。

(4)  争点(4)について

ア 児童福祉法24条1項は、本文において、「市町村は、……児童の保育に欠けるところがある場合において、保護者から申込みがあつたときは、それらの児童を保育所において保育しなければならない」とし、ただし書において「付近に保育所がない等やむを得ない事由があるときは、その他の適切な保護をしなければならない。」としているところ、原告らは、被告は原告X1を保育所に受入不可と判断した以上、児童福祉法24条1項ただし書によりその他の適切な保護を行うべき配慮義務があるが、被告はその義務を果たしていないと主張するので、以下判断する。

イ 「保育所は、保護者の労働、疾病等のため必要な保護養育を受けられない児童を、年齢を問わずあずかり保護者に代わって保護養育にあたる児童の福祉を目的とする施設であって、たんに幼児教育を行う施設ではない。したがって、保育所に入所することは、保育に欠ける児童の権利ともいうべきものである。」(児童福祉法規研究会編・最新児童福祉法(等)の解説・295頁)。すなわち、保育所は、父母がともに昼間労働することを常態とする会社員等の俸給生活者であったり、疾病にかかったりしているため、児童の養育、監護ができない場合に、保護者に代わって児童を保育することを目的とするもので、共働き家庭等にとってはなくてはならない施設であり、その入所要件は両親の経済的事情には関わらず、近年は夫婦共働き家庭の一般化や核家族化の進行により、その社会的役割は極めて大きい。

したがって、保育に欠ける児童について「付近に保育所がない等やむを得ない事由」があるときは、市町村がそれらの児童を保育所に入所させて保育を実施しなくとも違法ではないが、その場合それに代替して「その他適切な保護」を加えなかった場合には、かかる市町村の不作為は法24条1項ただし書に反し違法となると認められる。

そして、どのような措置が法24条1項ただし書にいう「その他適切な保護」に当たるかについては、当該児童のおかれた状況、被告の保育所における保育不可の事由、保護者以外の近親者や家庭内保育(いわゆる「保育ママ」)又は一定の質が確保された認可外保育施設へのあっせん、情報提供、補助の有無等諸般の事情を考慮して決しなければならないが、いずれにせよ市町村としては、保育に欠ける児童でありながら保育所の入所を拒否した場合には、漫然これを放置することは許されず、保育所に入所することができなかった児童についてそれなりの保育状況の改善に資する措置を講じなければならないと解せられる。

ことに、保育に欠ける児童でありながら当該児童が障害を有し、集団保育になじまないことを理由に保育所入所を拒絶するときは、当該児童やその保護者にとっては、健常児童であれば受け得た保育サービスの提供を障害があることを理由に受けられないことになり、いわば二重のハンディ、不利益をもたらすものであるから、そのような判断は慎重に行われるべきであるし、保育の実施に関する第一次的責任者である市町村としては、そのような理由により保育所入所を拒否するときは可能な限りの代替的措置により、保育所に入所することができなかった障害児やその保護者の不利益をカバーするよう努めるべき責務があると解せられる。

ウ これを本件についてみるに、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(ア) 原告X1(平成○年○月○日生)は、生後1年は当時1年の期間であった育児休業取得をした母に育てられ、育児休業期間経過後しばらくは父の祖父母方で保育された。原告X1は2歳3月となった平成9年秋口から機能回復訓練施設であるひかり児童園に通うようになった。原告X1は、ひかり児童園の職員などから民間の家庭保育室であるすみれ保育室を紹介され、平成10年4月からすみれ保育室での保育を受けることとなった。すみれ保育室では、原告X1を1対1保育で臨むこととし、保育士を1人増員した。そして、平成10年度中は、すみれ保育室の職員がひかり児童園の送り迎えもした。平成11年4月から原告X1はひかり児童園の3歳児グループ(週4日、母子分離)となったことから、原告X1は、午前10時頃から午後3時頃までひかり児童園で過ごし、その後すみれ保育室で午後5時まで保育を受けた。

(イ) 原告X3は、平成10年度から13年度にかけて、4度原告X1の保育所入所を申請したが、被告は、平成10年2月25日、同11年2月26日、同12年2月25日、同13年2月27日、いずれも集団保育になじまないこと等を理由に保育の実施不可決定をして、原告X1の保育所入所はかなわなかった。

このようにして、原告X1は平成10年4月から卒園の平成14年3月までひかり児童園とすみれ保育室の双方で監護された。そして、平成11年4月以降平成14年3月卒園までの原告X1の生活パターンは主に次のようなものであった。

午前7時頃 両親が自宅から数km離れた父の祖父母宅に預ける。

同9時30分頃 祖父母が車でひかり児童園まで送り、3時までそこで過ごす。

午後3時頃 ひかり児童園の車ですみれ保育室の近くのバス停まで送られ、同保育室の保育士が迎えて午後5時まですみれ保育室で過ごす。

午後5時 祖父母が迎えて両親の勤務先から帰るまで祖父母宅で過ごす。

(ウ) なお、すみれ保育室の保育料は、平成10、11年が月額5万円、同12、13年が月額5万1000円であった。川越市では、生後8か月から3歳未満の児童について無認可保育室で保育された場合は、委託費として月額1万7500円を支給しており、障害児保育の場合は同時に県から障害児保育委託費として月額4万2900円が保育室に支給されることとなっていた。そこで、原告X1が3歳未満保育として扱われた最初の平成10年4月から1年間は、すみれ保育室に対しても、川越市から月額1万7500円、県から4万2900円の合計6万0400円が支給された。しかし、平成11年4月1日以降は、原告X1が3歳未満の要件から外れ、市の委託対象児童から外れることとなったことを理由に、すみれ保育室に対して市からの委託費は支払われなくなり、同時に県からの障害児委託費も支払われなくなった。すみれ保育室としては、市等の委託費合計月額6万0400円と原告X1の両親からの保育料月額5万円を合わせても増員分の保育士給料をまかなうには不十分であり、平成11年4月1日以降市等から委託費が支払われなくなって以降は、一層持ち出しが多くなったが、そのうち原告X1の公立保育所入所も実現するのではないかとの希望から、結局原告X1の受け入れを最後まで継続した。

エ 判断

(ア) 以上によれば、公立保育所における保育の実施拒否を受けてからの原告X1の保育は、祖父母宅、ひかり児童園、認可外保育室であるすみれ保育室のローテーションによりようやく成り立っていたものであることが認められる。このうち、ひかり児童園は身体障害者のための機能回復施設であって、保育に欠ける児童の保育を目的とした施設ではなく、時間も週4ないし5日、午後3時までであり、職員の研修などによる月2回の休園や夏休み、冬休み、春休みの休園期間もあり、原告X1の保護に欠ける状態の改善のために事実上奉仕する部分もあるが、これをもって原告X1の保育に欠ける状態の十分な代替的措置とまでは評価することはできない。そして、被告は、平成10年度はともかく、平成11年4月1日以降は、原告X1が3歳未満の要件から外れたことを理由にすみれ保育室に対し委託費の支給をストップし、それ以降、原告X1の保育を担当した民間保育施設に対する援助・協力等(補助金の交付等を含む)原告X1の保育状況の改善に資するような特段の手立てを講じた形跳が全くない。このことは、被告が原告X1の保育について保育所における集団保育になじまないと拒否しておきながら、特段の代替的措置をとることなく、いわば漫然原告X1の祖父母やすみれ保育室等の善意にまかせるまま放置したと評価されてもやむを得ないものがある。そうすると、本件の場合、被告には、児童福祉法24条1項ただし書に定める代替的保護義務違反であったものといわざるを得ない。そして、本件の場合、すみれ保育室が被告からの委託金を受けていた平成10年以前とそれが打ち切られた平成11年以降でも原告らのすみれ保育室に対する保育料に大きな変動はないが、これはすみれ保育室の特段の配慮によるものであり、被告からすみれ保育室等に相応の協力、援助があれば、原告らの出費も少なくて済んだ可能性も十分あるし、被告の義務違反により原告らは相応の精神的負担、負い目を感じたことは優に推認されるところであるから、被告は代替的保護義務違反に伴い生じた原告らの精神的損害に対し賠償する義務があるというべきである。

〔なお、原告らは、「適切な保護」として、主位的にひかり児童園における時間延長措置が可能であったのにそれを行わなかったことを違法とするが、ひかり児童園は身体障害者のための機能回復施設であって、保育に欠ける児童の保育を目的とした施設ではなく、施設の目的を異にしている以上、被告が諸般の事情から原告の時間延長の要望を受け入れなかったとしてもやむを得ず、そのこと自体を代替的保護義務違反の理由とすることはできない。〕。

(イ) これに対して、被告は、すみれ保育室や鶴ヶ島市への管外委託の情報提供、紹介、あっせん、ひかり児童園の入園による機能回復訓練等を行っており、これらも「適切な保護」の一部でありも法24条を1項ただし書違反はないと主張する。しかし、ひかり児童園は身体障害者のための機能回復施設であって、保育に欠ける児童の保育を目的とした施設ではなく、これをもって法24条1項ただし書の代替的措置に該当するとは直ちに認めがたいことは前記のとおりである。また、被告がすみれ保育室の紹介やあっせんを行ったことがあるとしても、それは平成10年春以前のことであり、証人Bの証言や原告X2の供述等によれば、被告のB保育課長が鶴ヶ島市に障害児保育の状況について問い合わせたことがあったとしても、それは原告X2とB課長とのやりとりの中での鶴ヶ島市における障害児保育の可能性等に関する一般的な問い合わせであり、原告X1の管外委託保育の実現に向けての具体的な情報提供、あっせん等というものではなかったことが明らかであるから、上記のような被告の主張を考慮しても、前記判断を左右するに足りない。

(ウ) そして、被告の代替的保護義務違反の程度、内容、すみれ保育室と公立保育所の保育時間や保育料の差(前者は年間約60万、後者は年間約20万円から25万円)、その他本件に顕われた諸般の事情を考慮すると、原告らに対する慰謝料としては、原告ら全体で弁護士料を含めて60万円(原告ら各自につき各20万円)の限度で認容するのが相当である(なお、遅延損害金の起算日は最後の保育の実施不可決定のあった平成13年2月27日からとするのが相当である。)。

3  結論

よって、原告らの請求は、原告ら各自につき各20万円(合計60万円)の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから、これをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 菱山泰男)

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