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さいたま地方裁判所 平成12年(行ウ)34号 判決 2001年8月20日

原告

被告

上尾税務署長

小室丈夫

同指定代理人

齋藤紀子

林俊夫

安部憲一

金谷滝夫

内田秀明

小野塚仁

豊岡清朗

馬場忠則

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1申し立て

1  原告

被告が平成12年5月10日付けでした原告の平成11年分所得税の更正のうち、納付すべき税額△9万8560円を下回る部分を取り消す。

2  被告

主文と同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨

原告は、給与所得者であるところ、医療過誤訴訟提起のため証拠保全手続を行い、これに要した弁護士報酬等の支出につき雑損控除として所得控除をするため、被告に対し、平成11年分所得税の確定申告をしたが、被告は、同支出を雑損控除に当たらないとして所得控除を認めず、原告に対し、これを前提として更正をした。

そこで、原告は、被告に対し、前記支出は雑損控除の対象になると主張して、右部分に係る前記更正の取消を請求したのが本件である。

これに対し、被告は、前記支出は雑損控除の対象とはならず、更正は正当であると主張しており、この主張の当否が本件の争点である。

2  基本的事実関係

(1)  本件確定申告に対する本件更正等の経緯

原告がした平成11年分所得税の確定申告(以下「本件確定申告」という。)に対し、被告が平成12年5月10日付けでした平成11年分所得税の更正処分(以下「本件更正」という。)及びこれに対する不服申立ての経緯は、別紙1記載のとおりである。

(2)  本件確定申告及び本件更正の内容

本件確定申告及びこれに対する本件更正の内容は、別紙2記載のとおりである。これらを対比すると、両者の異同は、前者が雑損控除(②)として34万6300円を計上しているのに対し、後者がこれを認めず0円としている点にあり、そのため、各項目につき該当欄記載のとおりの相違を生じ、その結果として、納付すべき税額(⑯、還付金の額に相当する税額)が異なることとなった。

(3)  本件確定申告に雑損控除が計上された経緯

ア 原告は、平成7年10月13日、心筋梗塞を発症したが、これが医療過誤に起因するものであると判断して、東京地方裁判所に対し医療過誤訴訟の本案前の証拠保全の申立てをしたところ、同裁判所は、平成11年6月3日に証拠保全決定をし、同月24日、証拠調を行った。

イ 前記証拠保全手続に際して、原告は、弁護士費用等として合計39万6300円(以下「本件証拠保全必要費用」という。)を支出した。

ウ そこで原告は、前記のとおり、本件証拠保全必要費用から5万円を控除した残額34万6300円を、所得金額から差し引かれるべき雑損控除として本件確定申告をした。

3  争点(雑損控除の対象)に関する当事者の主張

(1)  被告

ア 所得税法72条が規定する雑損控除とは、居住者等の有する住宅、家財等の「資産」について災害等による損失が生じた場合に一定金額を総所得金額等から控除する制度であるから、本件証拠保全必要費用がこの雑損控除に該当するためには、原告の身体が上記規定にいう「資産」に当たることが前提となる。

ところで、同法2条における資産の意義にふれた諸規定のほか同法9条1項16号の規定からみて、同法は、「心身」と「資産」とを区別して規定していると解されるのであって、同法72条に規定された「資産」には、人間の身体は含まれないと解すべきである。そうすると、仮に、原告が主張するように、原告の身体が医療過誤によって損害を受けたとしても、その損害は、同法72条にいう「資産」についての損失には該当しないというべきである。

したがって、原告の身体が損害を受けたことに直接関連して支出したとする本件証拠保全必要費用は、雑損控除の対象とならないものというべきである。

イ 被告は、以上のような判断に基づき、本件更正において、本件証拠保全必要費用を雑損控除の対象とせず、別紙2該当欄記載のとおり、総所得金額(給与所得の金額①)を951万5120円とし、これから、所得控除金額(所得金額から差し引かれる金額②ないし⑩)の合計356万4583円(⑪)を控除して課税される所得金額595万円(⑫、国税通則法118条1項参照)を算出し、これに所得税法89条所定の税率を適用して算出税額86万円を計算し(⑬)、これに「経済社会の変化等に対応して早急に講ずべき所得税及び法人税の負担軽減措置に関する法律」(平成11年法律第8号)6条を適用して定率減税額17万2000円を算出した上(⑭)、前記算出税額86万円から前記源泉徴収税額73万1200円(⑮)及び前記定率減税額17万2000円を控除して、納付すべき税額(還付金の額に相当する税額)を4万3200円(⑯)としたものであって、被告が本件で主張する所得控除の金額及び納付すべき金額は、いずれも本件更正と同額であるから、本件更正は適法である。

(2)  原告

原告は、医療過誤による被害者であり、医師の不法行為を立証し損害賠償を求めるため、医療過誤訴訟を提起する前提として証拠保全手続を行い、そのため、高額な弁護士費用を中心とする本件証拠保全必要費用を支出することを余儀なくされた。

これを雑損控除の対象としない本件更正は、原告のような一般人にとって医療過誤訴訟を遂行するためには弁護士を選任せざるを得ないという実情にあることを考慮すると、憲法32条で保障された裁判を受ける権利と整合しないものというべきであるから、所得税法72条にいう「資産」には原告の身体も含まれ、医療過誤は同条にいう「災害」に該当し、したがって、本件証拠保全必要費用は、雑損控除の対象になるものと解することによって、この矛盾を解消すべきである。

第3当裁判所の判断

1  争点(雑損控除の対象)について

所得税法72条は、居住者等の有する「資産」について、災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合(その災害又は盗難若しくは横領に関連してその居住者が政令で定めるやむを得ない支出をした場合を含む。)において、一定額を総所得金額等から控除する趣旨を規定しているから、本件証拠保全費用が雑損控除に該当するためには、人間の身体自体が前記規定にいう「資産」に当たると解されることが必要である。

そして、「資産」の意義については、所得税法に格別の定義規定はおかれていないが、同法2条1項には、「資産」の種類として、たな卸資産(16号)、有価証券(17号)、固定資産(18号)、減価償却資産(19条)及び繰延資産(20号)等の定義規定があるだけで、身体が資産に含まれることを窺わせる規定は見当たらず、かえって、非課税所得について定める同法9条の1項16号は「損害保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるもの」と規定し、「心身」と「資産」とを区分しているものと理解できるのである。

これらの規定を通覧すると、身体が所得税法72条にいう「資産」に含まれると解釈することは困難であり、かえって、「資産」と身体とは別の概念として理解することが相当と判断される。そうすると、身体は、所得税法72条に規定する「資産」に該当すると認めることはできないというべきであるから、本件証拠保全必要費用は、前記の「災害に関連してされたやむを得ない支出」に該当すると認めることはできないものというべきである。

これに反する原告の前記主張は、採用することができないものというべきである。なお、原告は、本件証拠保全必要費用を雑損控除の対象としないことは、一般人にとって医療過誤訴訟を遂行するために弁護士を選任せざるを得ない実情にあることを考慮すると、憲法32条で保障された裁判を受ける権利と整合しないものであると主張するが、憲法32条は、何人も自ら裁判所へ訴訟を提起し、救済を求めうる権利を保障しているのであり、そのことと、証拠保全費用を雑損控除の対象とするか否かとは直接何の関連性がないので、原告の主張は、その前提を欠くものとして採用することができない。

2  原告は、本件更正のうち本件証拠保全必要費用の雑損控除該当性についてのみ争うものであり、前記基本的事実関係及び弁論の全趣旨によれば、本件更正のその余の点について被告の主張するところは、いずれも正当と認めることができるから、本件更正は適法というべきである。

3  結論

以上の次第で、原告の請求は、理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 都築民枝 裁判官 渡邉健司)

別紙1

file_2.jpge elm t+ <= wm ampoc [12-5-+19(注)「納付すべき税額」欄の△印は還付金の額に相当する税額を示す。

別紙2

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