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さいたま地方裁判所 平成12年(行ウ)5号 判決 2004年12月01日

原告 株式会社A

同代表者代表取締役 甲

同訴訟代理人弁護士 佐々木新一

同 青木努

同 猪俣正

同 池永知樹

被告 熊谷税務署長 岡芹光夫

被告 国税不服審判所長 春日通良

被告両名指定代理人 宮田誠司

同 櫻井保晴

同 石川利夫

同 柴野喜一郎

同 山畑正

同 柴田道

被告熊谷税務署長指定代理人 田中哲男

主文

1  被告熊谷税務署長が平成8年2月22日付けでした原告に対する平成3年1月から平成3年6月まで、平成3年7月から平成3年12月まで、平成4年1月から平成4年6月まで、平成4年7月から平成4年12月まで、平成5年1月から平成5年6月までの各期間分の源泉徴収に係る所得税についての各納税告知処分及び不納付加算税の各賦課決定処分並びに平成5年7月から平成5年12月までの期間分の源泉徴収に係る所得税についての納税告知処分及び重加算税の賦課決定処分(ただし、いずれも平成11年11月30日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2  原告の被告熊谷税務署長に対するその余の請求及び被告国税不服審判所長に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告と被告熊谷税務署長に係る部分については、これを4分し、その1を同被告の、その余を原告の負担とし、原告と被告国税不服審判所長に係る部分については、全部原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告熊谷税務署長が平成8年2月22日付けでした原告に対する下記の各処分を取り消す。

(1)  平成2年5月1日から平成3年4月30日までの事業年度以降の法人税の青色申告の承認の取消処分

(2)  平成2年5月1日から平成3年4月30日までの事業年度の法人税のうち、納付すべき税額978万3400円を、平成3年5月1日から平成4年4月30日までの事業年度の法人税のうち、納付すべき税額1055万7800円を、平成4年5月1日から平成5年4月30日までの事業年度の法人税のうち、納付すべき税額58万0900円をそれぞれ超える部分及び平成5年5月1日から平成6年4月30日までの事業年度の法人税の各更正処分並びに重加算税の各賦課決定処分

(3)  平成2年5月1日から平成3年4月30日までの課税事業年度の法人臨時特別税のうち、納付すべき税額17万1900円を超える部分の法人臨時特別税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分

(4)  平成3年5月1日から平成4年4月30日までの課税事業年度の法人特別税のうち、納付すべき税額17万6200円を超える部分の法人特別税の更正処分及び重加算税の賦課決定処分並びに平成4年5月1日から平成5年4月30日までの課税事業年度の法人特別税の決定処分及び重加算税賦課決定処分

(5)  平成4年5月1日から平成5年4月30日までの課税期間の消費税のうち、納付すべき税額306万3100円を、平成5年5月1日から平成6年4月30日までの課税期間の消費税のうち、納付すべき税額296万5300円をそれぞれ超える部分の消費税の各更正処分及び重加算税の各賦課決定処分

(6)  平成3年1月から平成3年6月まで、平成3年7月から平成3年12月まで、平成4年1月から平成4年6月まで、平成4年7月から平成4年12月まで、平成5年1月から平成5年6月までの各期間分の源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分及び不納付加算税の各賦課決定処分並びに平成5年7月から平成5年12月までの期間分の源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び重加算税の賦課決定処分

2  被告国税不服審判所長が平成11年11月30日付けでした原告の上記請求の趣旨1項記載の各処分に対する審査請求についての裁決のうち、原告の請求を棄却した部分についての裁決を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

第2事案の概要

1  事案の要旨

被告熊谷税務署長は、コンクリート型枠製造業を営む原告に対して、原告が総勘定元帳等において乙(以下「乙」又は「乙」ともいう。)に対する架空外注費及び有限会社B(以下「B」又は「B」ともいう。)に対する水増し外注費を計上して法人税等の確定申告及び修正申告をしたとして、平成8年2月22日付けで、青色申告承認の取消し、平成2年5月1日ないし平成6年4月30日までの各事業年度における法人税に係る各更正処分、平成2年5月1日から平成3年4月30日までの課税事業年度における法人臨時特別税に係る更正処分、平成3年5月1日から平成4年4月30日までの課税事業年度における法人特別税に係る更正処分、平成4年5月1日から平成5年4月30日までの課税事業年度における法人特別税に係る決定処分、平成4年5月1日から平成6年4月30日までの各課税期間における消費税の各更正処分、上記各処分に係る重加算税の各賦課決定処分、平成3年6月期間分ないし平成5年12月期間分の源泉所得税の各納税告知処分、上記各納税告知処分に係る不納付加算税及び重加算税の各賦課決定処分(これらの各処分を併せて「本件課税処分等」という。)を行った。

原告は、本件課税処分等を不服として、国税不服審判所に対して審査請求をしたが、被告国税不服審判所長は、一部を除き審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

そこで、原告は、被告熊谷税務署長に対しては、被告熊谷税務署長には本件課税処分等の処分権限がないこと、本件課税処分等に至る税務調査には重大な違法があること、原告の取引には架空取引及び水増し取引はなく、実際に取引は存在したこと等理由として、本件課税処分等の取消しを求め、また、被告国税不服審判所長に対しては、本件裁決は原告に口頭での意見陳述をさせなかった等の手続上の違法があると主張して、本件裁決の取消しを求めた。

2  基本的事実関係(証拠等の摘示のない事実は、争いのない事実である。)

(1)  当事者等

ア 原告は、コンクリート型枠製造業を営む株式会社であり、甲(以下「甲」ともいう。)は原告の代表取締役を、丙(以下「丙」ともいう。)及び甲の妻である丁(以下「丁」ともいう。)は原告の取締役を務めていた。

イ Bは、原告の外注業者であり、戊(以下「戊」という。)が代表取締役を務めていた。

ウ 乙は、原告の外注業者であり、乙が経営していた。

(2)  本件課税処分等に至る経緯

ア 原告の確定申告

原告は、以下の年月日に各事業年度又は各課税事業年度における法人税、法人臨時特別税及び法人特別税及び各課税期間における消費税について別表2ないしの7、9及び10の「確定申告」欄記載のとおり確定申告した。

年月日

事業年度、課税事業年度

又は課税期間

別表・

証拠

法人税

平成3年6月29日

平成2年5月1日から

平成3年4月30日まで

(平成3年4月期)

別表2

甲67

平成4年7月1日

平成3年5月1日から

平成4年4月30日まで

(平成4年4月期)

別表3

甲68

平成5年6月30日

平成4年5月1日から

平成5年4月30日まで

(平成5年4月期)

別表4

甲70

平成6年6月28日

平成5年5月1日から

平成6年4月30日まで

(平成6年4月期)

別表5

甲71

法人臨時特別税

平成3年6月29日

平成2年5月1日から

平成3年4月30日まで

(平成3年4月課税事業年度)

別表6

法人特別税

平成4年7月1日

平成3年5月1日から

平成4年4月30日まで

(平成4年4月課税事業年度)

別表7

消費税

平成5年6月30日

平成4年5月1日から

平成5年4月30日まで

(平成5年4月課税期間)

別表9

平成6年6月28日

平成5年5月1日か

ら平成6年4月30日まで

(平成6年4月課税期間)

別表10

イ 原告の修正申告等

(ア) 原告は、平成3年12月20日、平成3年4月期の法人税及び平成3年4月課税事業年度の法人臨時特別税について別表2及び6の「修正申告等」欄記載のとおり修正する旨の申告をした。

被告熊谷税務署長は、平成3年12月27日付けで別表2の「修正申告等」欄記載のとおり、法人税に係る過少申告加算税の賦課決定処分をした。

(イ) 原告は、平成7年2月14日、平成6年4月期の法人税について別表5の「修正申告等」欄記載のとおり修正する旨の申告をした(甲72)。

被告熊谷税務署長は、平成7年6月27日付けで、平成3年4月期以降の法人税の青色申告の承認の取消処分をし、同月30日付けで、別表2ないし別表10の「更正・決定」(ただし、別表8は「決定」)の同日欄記載のとおり本件各事業年度の法人税、平成3年4月課税事業年度の法人臨時特別税、平成4年4月課税事業年度の法人特別税及び本件各課税期間の消費税の各更正処分並びにこれらの重加算税及び過少申告加算税の賦課決定処分、平成4年5月1日から平成5年4月30日までの課税事業年度(平成5年4月課税事業年度)の法人特別税の決定処分及びその重加算税の賦課決定処分をするとともに、同日付けで別表11の「納税告知・決定」欄の記載のとおり、平成3年1月から同年6月まで(平成3年6月期間分)、平成3年7月から平成3年12月まで(平成3年12月期間分)、平成4年1月から同年6月まで(平成4年6月期間分)、平成4年7月から平成4年12月まで(平成4年12月期間分)、平成5年1月から同年6月まで(平成5年6月期間分)の源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分及び不納付加算税の各賦課決定処分並びに平成5年7月から平成5年12月分(平成5年12月期間分)の源泉所得税納税告知及び重加算税の賦課決定処分(以下、平成7年6月27日付け及び同月30日付けの各処分を併せて「本件当初処分」という。)

(ウ) 原告は、本件当初処分を不服として、平成7年8月21日に異議申立てをしたところ、被告熊谷税務署長は同年11月16日付けで本件当初処分の全部を取り消した(甲31、32)ため、原告は同日、上記異議申立てを取り下げた。

(3)  本件課税処分等

被告熊谷税務署長は、平成8年2月22日付けで、平成3年4月期以後の法人税の青色申告の承認の取消処分(以下「本件青色申告承認取消処分」という。)をするとともに、別表2ないし11の「更正・決定」(ただし、別表8は「決定」)の同日欄記載のとおり、平成3年4月期、平成4年4月期、平成5年4月期及び平成6年4月期の各事業年度の法人税に係る各更正処分、平成3年4月課税事業年度の法人臨時特別税に係る更正処分、平成4年4月課税事業年度の法人特別税に係る更正処分、平成5年4月課税事業年度の法人特別税に係る決定処分、平成5年4月課税期間及び平成6年4月課税期間に係る消費税の各更正処分(以下、上記各更正処分及び決定処分を併せて「本件更正処分等」という。)、本件更正処分等に係る重加算税の各賦課決定処分(以下「本件重加算税賦課決定処分」という。)、平成3年6月期間分、平成3年12月期間分、平成4年6月期間分、平成4年12月期間分、平成5年6月期間分及び平成5年12月期間分の源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分(以下「本件納税告知処分」という。)並びに平成3年6月期間分ないし平成5年6月期間分の各不納付加算税及び平成5年12月期間分の重加算税の賦課決定処分(以下、本件裁決により一部取り消された後の本件納税告知処分とその附帯税を併せて「本件納税告知処分等」という。)を行った(本件課税処分等。甲1ないし5、7ないし11)。

本件青色申告承認取消処分を除いた本件課税処分等の概要を表にまとめると以下のようになる。

処分

事業年度等

附帯税

法人税

更正処分

(別表2)

平成3年4月期

重加算税

更正処分

(別表3)

平成4年4月期

重加算税

更正処分

(別表4)

平成5年4月期

重加算税

更正処分

(別表5)

平成6年4月期

重加算税

法人臨時特別税

更正処分

(別表6)

平成3年4月課税事業年度

重加算税

法人特別税

更正処分

(別表7)

平成4年4月課税事業年度

重加算税

決定処分

(別表8)

平成5年4月課税事業年度

重加算税

消費税

更正処分

(別表9)

平成5年4月課税期間

重加算税

更正処分

(別表10)

平成6年4月課税期間

重加算税

源泉徴収所得税

納税告知処分

(別表11)

平成3年6月期間分

不納付加算税

平成3年12月期間分

不納付加算税

平成4年6月期間分

不納付加算税

平成4年12月期間分

不納付加算税

平成5年6月期間分

不納付加算税

平成5年12月期間分

重加算税

(4)  審査請求等

ア 原告は、本件課税処分等を不服として、平成8年3月21日に、本件更正処分等及び本件納税告知処分等について、同月27日に、本件青色申告承認取消処分についてそれぞれ異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成8年7月1日付けで、別表1ないし11の「異議決定」欄記載のとおり、平成5年4月課税期間に係る消費税の更正処分及びその重加算税の賦課決定処分については一部を取り消し、その他の部分についてはいずれも棄却するとの異議決定をした。

イ 原告は、上記異議決定を不服として、平成8年7月31日、国税不服審判所に対し、審査請求をした(以下「本件審査請求」という。)。

被告国税不服審判所長は、平成11年11月30日付けで、別表1ないし11の「審査請求裁決」欄記載のとおり、本件納税告知処分等については一部を取り消したが、その他の部分についてはいずれも棄却するとの裁決をした(本件裁決)。

ウ そこで、原告は、平成12年1月26日、本件訴えを提起した。

3  争点

(1)  被告熊谷税務署長に本件課税処分等の処分権限があるかどうか(争点1)。

(2)  税務調査の違法性(争点2)。

(3)  原告とBとの間の取引(Bルート)に水増し計上があり経費否認されるかどうか(争点3)。

(4)  原告と乙との間の取引(乙ルート)に架空計上があり経費否認されるかどうか(争点4)。

(5)  本件青色申告承認取消処分の適法性(争点5)

(6)  本件更正処分等の適法性(争点6)。

(7)  本件重加算税賦課決定処分の適法性(争点7)。

(8)  本件納税告知処分等の適法性(争点8)。

(9)  被告国税不服審判所長の裁決手続の適法性(争点9)

4  当事者の主張

(1)  争点1(被告熊谷税務署長に本件課税処分等の処分権限があるかどうか)

(原告の主張)

ア 前提事実

(ア) 原告は、本店所在地を三重県桑名郡から三重県桑名市へ、平成8年1月29日付けで移転し、同年2月13日に登記しているのであるから、原告の本店は平成8年2月13日には、「三重県桑名市」であり、同じく納税地も同所である。

(イ) 納税地指定通知書は、平成8年2月17日の土曜日に、原告の移転前の住所である三重県桑名郡のC有限会社(以下「C」という。)方の事務所にあてて配達された(以下、この通知書を「本件納税地指定通知書」という。)。

(ウ) 本件課税処分等は、平成8年2月22日付けである。

(エ) 本件納税地指定通知書は、日曜日を挟んで19日の月曜日に転送措置が採られ、原告は、同転送文書を平成8年2月26日に受領した。

イ 納税地指定処分の効力発生

納税地指定処分は、同通知書が原告に送達されたときに初めてその効力を発生する。

したがって、原告に本件納税地指定通知書が送達されたのが平成8年2月17日であれば、被告熊谷税務署長が平成8年2月22日になした本件課税処分等は有効となるが、同通知書が送達されたのが平成8年2月26日であれば、それに先立つ本件課税処分等は、課税処分権限なき者がなした課税処分であり無効である。

ウ 本件納税地指定通知書が原告に送達されたのは、平成8年2月26日である。

本件において実際に受け取った者が、他社宛文書であることを知って転送措置をし、同文書を現実に原告が受領した2月26日に送達があったとするか、原告住所ではない別法人事務所に送達された文書を、別法人の「関係者」なるものが受け取ったとする2月17日に送達されたとするのかは、名宛人に権利を付与しあるいは義務を課す行政処分の効力発生日との関係において、決定的な違いがあり、課税庁側の都合でこれを無限定に緩めることはできないのである。送達の意義に厳格さを求める所以である。

また、本件においては、その期間の差はわずか9日であり、被告熊谷税務署長が本件納税地指定通知書の送達を確認して、本件課税処分等をすれば済むことであった。それを無理矢理2月22日付けの本件課税処分等を強行した課税庁側の失態を擁護する実質的必要性は全く存在しないのである。

以下、詳論する。

エ 送達場所は本来の原告住所地でなければならない

(ア) 前述したように、本件納税地指定通知書が「三重県桑名郡」のCに配達された平成8年2月17日当時、原告の本店所在地は、「三重県桑名市」である。

国税通則法12条1項によれば、「(その書類は)その送達を受けるべき者の住所又は居所に送達する。」とされており、商法54条及び民法50条と併せ、法人に対する送達場所は「本店又は主たる事務所の所在地」と解される。法人税法によれば「国内に本店又は主たる事務所を有する法人の納税地は、その本店又は主たる事務所の所在地としている。」とあるから、納税地もまた本店所在地である。

(イ) 原告が本店所在地を変更した理由と変更後の営業実態は以下のとおりである。

甲は、阪神大震災後、関西方面で復興事業が増大することを見込み、今後の仕事を関西方面に重点を移すこととして、本店の移転を行った。甲は、三重県の桑名に生を受け、その近隣で35歳まで生活をし、桑名には本人名義の住居があり本籍もそのままである。桑名に本社移転を行うに当たっては、陣頭に立って業務を行うためにまず単身赴任をした。甲は、本人名義の住居を従業員に会社の寮として貸与したため、実兄の住所に身を置くこととして住民票を異動し、桑名と深谷を行き来して業務を行っていた。

原告が、平成7年5月18日に、まず三重県員弁郡に本店移転し登記したときには、既に三重県桑名市において休眠会社であったD株式会社の工場事務所と工作機械及び事務所内設備など全部含めて借用することで双方が合意し、桑名市の工場事務所と併せて、月額20万円の貸借契約を締結した。そして、原告は次のとおり工場・事務所を確保した。

E敷地 500坪

事務所床面積 6坪

応接室 3坪

食堂 5坪

F敷地 100坪

事務所床面積 10坪

直ちに本店を桑名市に移転しなかったのは、桑名市に休眠会社であったが「有限会社G」という名称の法人登記があり、類似商号となるので、原告の事業目的である「一般製缶等の制作販売」を事業目的から除外するように法務局から指導を受けていたことによる。そこで、原告は、いったん本店所在地を長島町に移転した上、類似商号問題を解決した上で、桑名市に移転したのであり、既に事業の実体は平成7年12月には本願寺の住所に備わっていた。

とすれば、事業の実態からみても原告の本店所在地は桑名市である。

(ウ) したがって、処分者が納税者の旧住所地に送達した場合、旧住所地への到達をもって送達があったと評価することは到底できず、それが転送されて、本来の住所地に届いた時点で初めて送達の効果が発生するのである。

オ 納税地が送達住所地として認められる場合は限定されている納税地を「送達すべき場所」であるとする規定は存在しない。通達においても、「送達を受けるべき者に、住所及び居所を有する等その送達すべき場所が2以上ある場合には、そのいずれもが送達場所として適法であるが、特別な事情がない限り、その者の住所にするのが適当である。特別な事情とは、例えば、事務所又は事業所の所在地を納税地としている場合等のように送達すべき書類と緊密な関係があるときは、その納税地に送達することが適当である(基本通達12条関係1)。」としており、住所又は主たる事務所を有していて、かつ、主たる事務所を納税地としている場合の特例として納税地への送達を認めるにすぎない。

したがって、国税通則法の明文規定を離れて、一般的に納税地を送達場所として拡大するのは違法であり、特段その必要性がないのに、納税地への送達を原則とし、住所地への送達を例外とするのは明らかに誤りである。

カ 仮に、前住所地への送達が許される場合があるとしても、それは送達者が住所地の変更を知らない場合に限られる。

書類の送達先については、そもそも本店住所地と定められているのであるから、仮に、「届けられている納税地に送達すればよい」とする税務処置上の特例を認めるとしても、それは原則・例外の関係にある。例外を承認するのは、実質的な理由によって課税庁に有利に扱う特例を承認した過ぎないから、実質的な事情が存在しない場合、すなわち、実際に税務署側が納税者の住所地変更を認識していた場合にまで、その例外規定を適用するのは必要性がない。

しかるに、本件においては、税務署は、原告住所が、登記簿上も実質的にも変更されていた事実について、十分に認識していたのである。また、「C(有)方」の記載は原告の登記簿謄本には一切現れない表示であり、税務署が原告の住居地変更を知っていたのは明らかである。

このように税務署側が原告の住所変更を知っていた場合、わざわざ旧住所に納税地指定通知書を送付しなければならない「特別な事情」は存在しないことになるのであるから、このような場合においてまで旧住所地への納税地指定通知書の送付を有効と解すべき理由はないのである。

したがって、本件においては、納税地指定通知書を送達すべき場所は、あくまでも原則通り原告住所地でなければならないのである。

キ 受送達者が特定されていない

(ア) 被告熊谷税務署長は、2月17日に送達があったとする根拠として、本件納税地指定通知書を受領した者が受送達者本人ではなくても、「受送達者本人の同居人、使用人その他本人と一定の関係があって、その者が送達書類を受領すれば遅滞なく受送達者本人に到達させることを期待できる者が受領することによって、送達は完成すると解される」と主張するが、「原告代表者の兄が経営する法人の関係者」すなわち「別法人の関係者」という以外には、受送達者を特定しない。実際受送達者が、本人とどのような関係にあることから、遅滞なく本人に送達させることを期待できるのか等の判断が問われる本件では、そのような者であるか否かについて具体的に検討されなければならないのである。

しかるに、被告熊谷税務署長の主張によれば、本件納税地指定通知書を受領した者は、「別法人の関係者」という以外には特定されておらず、この概念中には、別法人の従業員や、債権者、単なる知人も含まれており、かかる者が本件納税地指定通知書を受領したとしても、「使用人その他の従業員又は同居の者で書類の授受について相当のわきまえのある者」に該当しないのは明らかであるから、「別法人の関係者」が本件納税地指定通知書を受領したことをもって、何故に原告に対する送達があったと評価できるのか、被告熊谷税務署長の主張は、到底容認することができない主張なのである。

このように、少なくとも被告熊谷税務署長は、その主張をするに当たり、本件納税地指定通知書の受領者を具体的に特定しなければならないはずであるが、被告熊谷税務署長は、そのような主張を全くしていない。このような本件納税地指定通知書の受領者の具体的特定を欠いた被告熊谷税務署長の主張は、主張自体失当のそしりを免れない。

(イ) また、本件送達は郵便書留による送達であるから、被告熊谷税務署長らにはその受領者及び送達に係る郵便記録が存在するはずであり、何故にそれを提示の上、受領者を特定して主張しないのか甚だ疑問である。被告熊谷税務署長らが提示しないことからすれば、被告熊谷税務署長が主張する「関係概念」にすら該当しない者が受領したことを被告熊谷税務署長自身自認していることは明らかである。

ク 「原告の兄が経営する法人の関係者」は、受送達者にはなり得ない

(ア) 受送達者の意義

受送達者の意義は、そのものに送達があったこともって、本人に対する行政処分の効果が発生することにあるのであるから、その解釈に当たっては、本人に効果を及ぼすことが適当な関係者は誰かという観点からその範囲を確定することになる。

受送達者に、親族一般は含まれない。親子・夫婦・兄弟であっても別住所であるならば、送達の受領者としては認められない。同居人とは名宛人と同一住所であるためにその親密性が認められる者であり、「名宛人の支配下に入った」とする認定に符合する。従業員等使用人は、名宛人と労働契約関係にありその指揮命令の下のある者であって、かつ、社会的には法人として一体の人格の中に包摂される者として認識されるから、受送達者として認められるのである。

(イ) 被告熊谷税務署長の主張は、本件における受送達者を「原告代表者の兄が経営する法人の関係者」とする。しかし、たとえ原告代表者の兄が経営する法人であっても、原告とは法律的に無関係な別法人の関係者は、原告の関係者ではないのである。

その上で、被告熊谷税務署長の主張は、結局のところ受送達者について条文解釈を離れて、「原告代表者の兄が経営する法人の関係者」なる者が、本件納税地指定通知書の受領を拒否せず、原告宛に転送したことから、受領すれば遅滞なく受送達者本人に到着することが期待できる者が受領したといえるという実際的な理由を挙げるのみであるが、その根拠は明らかではない。また、社会の実態とも相違する。同一住所に書留が来た場合に、無関係な者がうっかりと受領するケースはしばしばあるし、開封して初めて自己宛の文書でないと気が付くケースですらまれではない。中にはそのまま自己宛でないと判断して破棄するケースすらあり得る。また、転居する者が、転居に当たって新住所を告げておくのは社会常識として当然の措置であり、受送達者と法律的に無関係な者が、受送達者の新住所を知っているのは極めて自然な事態である。本件でも、2月17日の土曜日に配達された郵便物が、第三者宛であることに気が付いた者が、日曜日を挟んで19日月曜日に第三者の住所地に転送措置を採ったものであり、極めて自然な措置である。

被告熊谷税務署長の主張は、何らの説得力も持たない社会常識が欠如した被告熊谷税務署長独自の考えにすぎないばかりか、そのままでは、無限定となってしまい、民事訴訟法・国税通則法の規定に反し、かつ判例違背となる。

(ウ) したがって、「別法人の関係者」にすぎない者が本件納税地指定通知書を受領した本件においては、この「別法人の関係者」は受送達者になり得ないのであるから、本件納税地指定通知書の送達は無効であり、2月17日に送達の効力は発生しない。

ケ 「副本」送達は送達とは認められない

(ア) なお被告熊谷税務署長は、予備的に「平成8年2月22日に納税地指定通知書の副本が原告(深谷市)に送達されているので、原告が同日には指定処分について了知し得た」と主張するが、このような事実は存在しない。

平成8年2月22日に、深谷市所在の建物の郵便受けに入れられたのは、「納税地指定通知書『写』」であって副本ではない。

「副本」は、「正本」に対する意味で用いられ、「正本」も「副本」も、いずれも原本であり、「正本」は主たる目的に、「副本」は従たる目的に使用するため作成するものであって、原本である「副本」は「写し」とは異なる。

行政処分は、通常は行政処分に係る通知書が相手方に到達したときにその効力が生じ、仮執行宣言付き判決と同様の効果を持つ。行政処分に係る通知は、行政処分の効力の発生、その時期や出訴期間の定めなどと関係し、通知を受領する者の利害に重大な影響を与える。それ故、行政処分に係る通知は、偽造変造等のおそれのある写しでは足りず、原本であることが当然に要求されているというべきである。国税通則法も通知は写しで足りるなどとする規定は存在せず、例えば、国税通則法28条1項は、「更正又は決定は、税務署長が更正通知書又は決定通知書を送達して行う」と規定するが、「更正通知書」及び「決定通知書」は原本を指すというのが通常の理解であり、実務上も原本が送達されており写しの送達で足りるなどとはされていない。これに対し、同法84条3項は、「異議申立てについての決定は、・・・異議決定書の謄本を送達して行う。」としているが、このような特別な規定がない限り、通知書については当然に原本の送達が要求されているというべきである。原本を送達すべき場合に写しを送達した場合、その送達は無効であり行政処分の効力は生じない。

民事訴訟法においても、判決(民事訴訟法255条2項)、更正決定(同法257条、同規則160条)、仮執行宣言付支払命令(同法391条2項、同規則236条)等の当事者の利害に重大な影響を及ぼすものについては、原本と同じ効力を持つ正本の送達が要求されている。正本を送達すべき場合に謄本を送達したときは、その送達は無効と解されている。

しかも、本件において送付されたのは、作成名義人の押印がある本件納税地指定通知書そのものの写しでもなく、文書作成名義人の押印さえないものである。

このような文書の送付によって、行政機関の確定的な意思が通知されたとみることは到底できないはずである。

(イ) なお、被告熊谷税務署長は、本件課税処分等に係る通知書及び本件納税地指定通知書の副本は、平成8年2月22日、深谷市に差置送達により送達されたと主張するが、上記通知書等が送付されたとする平成8年2月22日時点における原告の本店所在地は、桑名市であったのであるから、同所が国税通則法12条5項2号の「送達すべき場所」である。

また、当日は、深谷市所在の原告代表者宅建物には丁が終日在宅していたが、同女は、熊谷税務職員が送達のために来訪した事実を知らない。国税通則法12条5項2号にいう「書類の受領を拒んだ場合」という要件に該当することはない。

(ウ) また、仮に「副本」が2月22日に送達されたとしても、この「副本」の送達日をもって効力発生日としたのでは、なぜ正本の送達が必要とされているのか、そもそも正本の送達を必要とする法の趣旨を没却させてしまう。さらに被処分者の認識可能性で足りるというのでは、口頭や電話による連絡をもって効力の発生を認めることになってしまうのであるから、まさに暴論であるということができる。

コ 結論

以上検討したように、国税庁の原告に対する本件納税地指定通知書の送達が平成8年2月26日である本件では、本件課税処分等は、平成8年2月22日付けであるから、被告熊谷税務署長には、本件課税処分等の当時には、原告に対する課税処分などの権限はなかったのである。

(被告熊谷税務署長の主張)

ア 納税地指定の規定

(ア) 法人税法18条の規定

法人税法18条1項は、同法16条(内国法人の納税地)又は同法17条(外国法人の納税地)の規定による納税地が法人の事業又は資産の状況からみて法人税の納税地として不適当であると認められる場合には、その納税地の所轄国税局長(政令で定める場合には、国税庁長官。)は、これらの規定にかかわらず、その法人税の納税地を指定することができる旨規定している。

なお、上記「政令で定める場合」(国税庁長官が納税地を指定する場合)とは、納税地指定前の納税地と納税地指定後の納税地の所轄国税局が異なる場合とされている(法人税法施行令17条)。

また、法人税法18条2項は、同条1項の規定により法人税の納税地を指定したときは、納税地の指定を行った法人に対し、書面によりその旨を通知する旨規定している。

(イ) 消費税法23条の規定

消費税法23条1項は、同法20条(個人事業者の納税地)、同法21条(個人事業者の納税地の特例)又は同法22条(法人の納税地)の規定による納税地が個人事業者又は法人の行う資産の譲渡等の状況からみて当該資産の譲渡等に係る消費税の納税地として不適当であると認められる場合には、その納税地を所轄する国税局長(政令で定める場合には、国税庁長官。)は、これらの規定にかかわらず、その資産の譲渡等に係る消費税の納税地を指定することができる旨規定している。

なお、上記「政令で定める場合」(国税庁長官が納税地を指定する場合)とは、納税地指定前の納税地と納税地指定後の納税地の所轄国税局が異なる場合とされている(消費税法施行令44条)。

また、消費税法23条2項は、同条1項の規定により消費税の納税地を指定したときは、納税地の指定を行った個人事業者又は法人に対し、書面によりその旨を通知する旨規定している。

イ 納税地指定の趣旨

納税地とは、納税者が国税に関する法律に基づいて申告、申請、請求、届出、納付等の行為をする際の、その相手方となるべき税務官庁を決定する基準となる場所であり、また、国が納税者に対して国税に関する法律に基づく承認、更正、決定、徴収等の行為をなす場合の、その権限を有する税務官庁を決定する基準となる場所でもある。したがって、納税地を確定する趣旨は、特定の国税に関する納税者と国との間の法律関係において、その納税者と税務官庁との結びつきを特定の場所を介して決定づけることにあるということができる。

そして、法人税及び消費税の納税地は、法人の選択に委ねられており、法人の意思に基づき自由に定めることができるものとされているところ、法人の事業又は資産の状況からみて法人税及び消費税の納税地が不適当と認められる場合には、上記アのとおり、国税庁長官又は国税局長の判断によって、その納税地を指定することができることとされたものである。

この納税地指定の趣旨は、納税者の便宜というよりも、法人の原則的納税地である本店又は主たる事務所の所在地が、常に当該法人の経営実態の把握に適当とはいえないところから、その事業の状況よりして、政府において、課税資料の収集が容易であり、したがって、課税処分の適正の担保に資するような土地を特に納税地として指定し、その土地を管轄する税務署長において、当該法人の課税関係を処理する途を開いたものと解されている(東京地裁昭和40年6月23日判決・行政事件裁判例集16巻7号1173頁)。

ウ 納税地が不適当と認められる場合

法人税における納税地の指定は、上記イのとおり、法人の選択した納税地が、その法人の事業又は資産の状況からみて不適当であると認められる場合に行うこととなるのであるが、具体的には、次のような事項を勘案して、総合的に営業活動の本拠地がいずれにあるかを判断して行うこととされている。なお、次に掲げる事項には、それぞれ具体的な判断事項があり、上記判断結果を基にして、総合的に法人の納税地を判断することになる。

① 法人の定めている本店又は主たる事務所において、その法人の経営の監督、把握、事業活動がどの程度行われているか、また、本店又は主たる事務所以外の場所においてこれらの事項がどの程度行われているか。

② 事業の取引行為、例えば、商品若しくは原材料等の購入、商品若しくは製品の販売等の取引、これらの取引代金の授受及び金融取引が主としていずれの場所で行われているか。

③ 法人の役員又は業務執行社員が、いずれの場所に生活の本拠(住所又は居所)を有し、かつ、いずれの場所において法人の業務を執行しているか。

④ 法人の所有する資産の所在場所が、主としていずれの場所にあるか。

⑤ 法人の経理、特に取引の記帳、整備及びその取りまとめの状況は、主としてどの場所において行われるか。

⑥ 上記①から⑤までのほか、税務署において、その法人の所得金額を捕そくし、又は計算をする場合において、いずれの税務署においてすることが、最も適当であるか。

なお、消費税における納税地指定の判断も法人税における場合に準じて行われることになることはいうまでもない。

エ 本件納税地指定処分について

(ア) 本件納税地指定処分等の経緯

本件納税地指定処分に係る経緯は、次のとおりである。

a 原告は、本店所在地を埼玉県深谷市から三重県員弁郡へ平成7年5月11日付けで移転し、同月18日に登記した。

b 原告は、本店所在地を三重県員弁郡から埼玉県深谷市へ平成7年6月1日付けで移転し、同月7日に登記した。

c 原告は、本店所在地を埼玉県深谷市から三重県桑名郡へ平成7年12月16日付けで移転し、同8年1月4日に登記した。

d 原告から、被告熊谷税務署長及び桑名税務署長に対し、本店(納税地)を深谷市から、三重県桑名郡へ異動する旨が記載された異動(変更)届出書が平成8年1月4日に提出された。

e 原告は、本店所在地を三重県桑名郡から三重県桑名市へ平成8年1月29日付けで移転し、同年2月13日に登記した。

f 国税庁長官は、原告の納税地を埼玉県深谷市と指定する本件納税地指定通知書を、三重県桑名郡のC方原告あて、平成8年2月16日に郵送し、三重県桑名郡に所在する原告代表者の兄が経営する法人の関係者が、本件納税地指定通知書を同月17日に代理受領した。

g 原告から桑名税務署長に対し、本店(納税地)を三重県桑名郡から三重県桑名市へ異動する旨が記載された異動(変更)届出書が平成8年2月23日に提出された。

h 原告から国税庁長官に対し、本件納税地指定処分に係る異議申立書が平成8年3月4日に提出された。

i 国税庁長官は、原告の異議申立てを棄却する異議決定を平成8年5月31日付けで行った(乙10)。

(イ) 本件納税地指定処分時における事業所等の状況

本件納税地指定処分時における原告の事業所等の状況を調査した結果は、次のとおりであった。

a 指定納税地は原告代表者の自宅であり、原告が、本店移転をするまでは、同地を本店として長期間事業を継続していたこと。

b 原告の指定納税地の周辺には2つの工場があり(深谷市)、同工場には合わせて10名程度の従業員が常勤し、また、原告の所有する土地、建物、工作機械等の事業用資産のほとんどがこれらの場所にあること。

c 原告の主要な取引先及び取引銀行については、本店移転後においても、指定納税地の周辺に存在していること。

d 原告の経理事務については、本店移転後も、経理担当役員である原告代表者の妻が指定納税地である自宅で行っていること。

e 原告は、本店移転後の平成7年12月26日に、納税地として指定納税地を記載した法人税の予定申告書及び消費税の中間申告書を同地を所轄している熊谷税務署長に提出していること。

f 原告の代表者甲は、本店移転後の平成7年12月26日に、住民票を指定納税地から三重県桑名市(原告代表者の兄の自宅)に異動したが、甲の自宅は指定納税地に存在しており、同人の家族も依然として同所で生活していたこと。

また、原告の代表者は眼病のため、自宅近くのH病院に通院していたこと等からすると、同人の生活の本拠は指定納税地と認められること。

g 原告の関与税理士であるI税理士(以下「I税理士」という。)は、埼玉県深谷市の事務所にて、原告の決算事務等を行っていたこと。

h 三重県桑名郡は、原告代表者の兄が経営する法人の所在地であり、埼玉県深谷市から、同所へ本店を移転した後も、原告の本店としての人的・物的設備がないこと。

(ウ) 結語

以上のとおり、本件納税地指定処分は、原告の事業及び資産の状況を調査した上、上記(イ)の事実を総合勘案して判断したものであり、上述した原告の一連の本店移転は、本件納税地指定処分時において何ら実体を伴うものでないことから、原告の選択した本店所在地を納税地とすることは不適当であるとしてなされたものである。

なお、原告は、平成11年6月18日付けで、被告熊谷税務署長に対し、本店(納税地)を三重県桑名市から、埼玉県深谷市に異動する旨の異動(変更)届出書を提出している。

オ 国税通則法12条の規定

国税に関する法律の規定に基づき課税庁が発する書類の一般的な送達手続は、国税通則法12条に規定されており、同条1項は、「国税に関する法律の規定に基づいて税務署長その他の行政機関の長又はその職員が発する書類は、郵便による送達又は交付送達により、その送達を受けるべき者の住所又は居所(事務所又は事業所を含む。以下同じ。)に送達する。ただし、その送達を受けるべき者に納税管理人があるときは、その住所又は居所に送達する。」と規定し、書類の送達方法及び送達すべき場所を定めている。

カ 送達の方法

(ア) 上記オのとおり、国税通則法12条1項は、国税の規定に基づく書類の送達手法として、郵便による送達と交付送達を規定しているが、これらの送達方法のうち、いずれの方法が原則であり、いずれの方法が補充的であるかについては規定していない。しかしながら、行政効率及び同項が郵便による送達を先に規定していることにかんがみれば、郵便による送達を原則的な送達方法としているものと解されている。

(イ) 国税通則法12条は、交付送達については、その具体的方法として、送達すべき場所において、その送達を受けるべき者に書類を交付して行う旨の原則を規定し(同条4項)、上記に代わる方法として、①送達すべき場所において書類の送達を受けるべき者に出会わない場合には、その使用人その他の従業員又は同居の者で書類の受領について相当のわきまえのあるものに書類を交付できる旨(同条5項1号、いわゆる「補充送達」)、②書類の送達を受けるべき者及びその他上記①に規定する者が送達すべき場所にいない場合又はこれらの者が正当な理由がなく書類の受領を拒んだ場合には書類を差し置くことができる旨(同条5項2号、いわゆる「差置送達」)を規定しているものの、郵便による送達については、その具体的方法を規定していない。

キ 送達すべき場所

(ア) 国税通則法12条1項は、国税に関する法律の規定に基づく書類の送達すべき場所は、原則として、送達を受けるべき者の住所又は居所であることを定めているが、この住所又は居所の意義については、租税法に規定がないことから、その解釈は、民法又は商法の規定によるべきであると解されているところ(大阪高裁昭和61年9月25日判決・シュトイエル302号35頁、金子宏「租税法第七版補正版」・116頁及び117頁参照)、法人の住所について、民法50条は、法人の住所はその主たる事務所に存するものとする旨、商法54条2項は、会社の住所はその本店の所在地にあるものとする旨規定している。したがって、国税に関する書類を法人に送達する場合の送達すべき場所は、原則として、当該法人の本店又は主たる事務所の所在地であると解される。

(イ) ところで、法人税法16条及び消費税法22条は、国内に本店又は主たる事務所を有する法人の納税地は、その本店又は主たる事務所の所在地とする旨規定し、法人税法20条は、法人の納税地に異動があった場合、つまり、法人の本店又は主たる事務所に異動があった場合には、その異動前の納税地の所轄税務署長及び異動後の納税地の所轄税務署長にその旨を届け出なければならない旨規定している。

つまり、法人税法は、法人の住所地である本店又は主たる事務所の所在地を納税地としており、法人の住所地である本店又は主たる事務所の所在地に異動があった場合は、その旨の届出を義務付けている。

したがって、この納税地は、通常、法人の住所地と一致することになるので、この納税地が住所地として送達すべき場所になる。

(ウ) ただし、法人の住所地と届出がなされた納税地が一致していない場合には、本店又は主たる事務所の所在地のほかに、納税地も送達すべき場所であると解される。

つまり、大量かつ回帰的に発生する事務に対応する課税庁において、書類の送達を行う都度、個別に住所地を調査するなどして確認することは、その事務量からして到底不可能である。特に、会社の場合は、会社の実態と無関係に本店の所在地を自由に決めることができるため、会社の住所地を自由に変更することも可能であり、課税庁においてそれを常に把握することは不可能である。そこで、前記のとおり、法人税法20条は、法人の住所地に異動があった場合には、その旨の届出を義務付けているのである。したがって、法人の納税地、つまり法人の住所地に異動があっても、その旨の届出がなければ、課税庁との関係においては、法人の納税地、つまり、法人の住所地の異動があった旨を主張し得ないと解すべきである。なぜなら、このように解さなければ、法人税法20条の趣旨が没却されてしまい、およそ課税庁としての事務処理が不可能になるからである。そして、この結果、法人の住所地に異動があっても、その旨の届出がなされない間は、異動前の納税地が当該法人の住所地として、送達すべき場所になると解される。

特に、会社の本店の所在地を頻繁に異動している場合に、本店の所在地が唯一の送達すべき場所であると解すると、大量かつ回帰的に発生する事務に対応する課税庁は、およそ事務処理が不可能になることは明らかであるから、納税地として届出がなされている場所が送達すべき場所であると解さなければならない。

このことは、例えば、法人税法18条によって、法人税の納税地指定の処分をする場合で、会社の本店の所在地には、当該会社の実体がないときに、当該本店の所在地が会社の住所地であるから送達すべき唯一の場所であると解することは相当ではなく、課税庁との関係においては、指定する納税地も当該会社の住所地であるとして、書類を送達すべき場所であると解すべきであることからも明らかである。

(エ) このように、法人税法は、法人税の納税地を、国税に関する行為の基準となる場所としているのであるから、この納税地も、法人の本店又は主たる事務所の所在地とともに、会社の住所地として送達すべき場所になると解される。

そして、この結果、大量かつ回帰的に発生する事務に対応する課税庁が、法人に対して国税に関する法律の規定に基づく書類を送達する場合は、まず、納税地を送達すべき場所として、事務処理をすることになる。

ただし、例えば、納税地が送達すべき場所であるとして郵便による送達をしたところ、転居先不明などの理由で返戻され、その後の調査で転居先の住所地が判明した場合には、その転居先の住所地に再度送達することができることも国税通則法12条の規定上、当然である。

ク 送達の意義

(ア) 一般に、送達とは、書類の送達を受けるべき者がその書類を受領し、その書類に記載された内容を了知し得る状態に達することであるが、これはその書類が送達の相手方の支配下に入れば足り、名宛人が現実に書類に記載された内容を了知しなくとも、送達の効力は生ずると解されている(「DHCコンメンタール国税通則法1」963頁)。

(イ) そして、特に郵便による送達の場合には、前記のとおり、具体的な送達方法についての規定がないことから、郵便物が名宛人の住所等に配達されることによって送達されたものとされ、名宛人が現実に送達書類を了知し得なかったとしても通知の効果は否定されず、また、当該書類の送達は受送達者が現実に直接その書類を受領し了知することを要するものでなく、その内容を了知することができる状態におけば足りるものと解されるから、受送達者本人ではなく、本人の同居者、使用人その他本人と一定の関係があって、その者が送達書類を受領すれば遅滞なく受送達者本人に到達させることを期待できる者が受領することによって送達が完成するものと解されている(東京高裁昭和53年5月30日判決・訟務月報24巻9号1844頁、同旨の判決として、福岡地裁昭和54年10月31日判決・訟務月報26巻2号322頁)。

ケ 本件納税地指定通知書の送達

(ア) 本件納税地指定通知書の送達に係る経緯

本件納税地指定通知書の送達に係る経緯は、次のとおりである。

a 原告は、本店所在地を深谷市から、三重県桑名郡へ平成7年12月16日付けで移転し、同8年1月4日に登記した。

b 原告から、桑名税務署長に対し、本店(納税地)を深谷市から、三重県桑名郡へ異動する旨が記載された異動(変更)届出書が平成8年1月4日に提出された。

c 原告は、本店所在地を三重県桑名郡から三重県桑名市へ平成8年1月29日付けで移転し、同年2月13日に登記した。

d 桑名税務署長は、国税庁長官の指示により、本件納税地指定通知書を原告から提出された上記bの異動(変更)届出書に記載された異動後の本店(納税地)の所在地である三重県桑名郡あて、平成8年2月16日に書留郵便により郵送した。

e 原告代表者の兄が経営する法人の関係者(乙8の2枚目及び甲14によれば、Cの社長であり原告代表者の親族であるKと推認される)が、書留による郵便物を平成8年2月17日に受領した。

f 上記eの関係者は、平成8年2月17日に受領した郵便物を、別の郵便物として、長島郵便局から平成8年2月19日に三重県桑名市あて郵送した。

g 原告から桑名税務署長に対し、本店(納税地)を三重県桑名郡から三重県桑名市へ異動する旨記載された異動(変更)届出書が平成8年2月23日に提出された。

h 上記fの郵便物が桑名郵便局により、平成8年2月26日に配達完了された。

(イ) 本件納税地指定通知書の送達すべき場所

国税に関する書類を法人に送達する場合の送達すべき場所は、上記キで述べたとおり、法人税法20条所定の届出書に記載された納税地と解されるところ、桑名税務署長が本件納税地指定通知書を書留郵便により発送した平成8年2月16日の時点において、原告から桑名税務署長に提出されていた法人税法20条所定の届出書は、上記(ア)bの届出書である。

そうすると、原告に対して本件納税地指定通知書の送達すべき場所は、上記届出書に記載された異動後の納税地である三重県桑名郡ということになるところ、桑名税務署長は、上記(ア)dのとおり、本件納税地指定通知書を三重県桑名郡あて郵送しているから、本件納税地指定通知書は送達すべき場所に送達されている。

(ウ) 本件納税地指定通知書の受領者

本件納税地指定通知書は、上記(ア)eのとおり、原告代表者の兄が経営する法人の関係者が、平成8年2月17日に受領しているが、上記ク(イ)で述べたとおり、郵便の方法による送達の場合には、郵便物が名宛人の住所等に配達されることによって通知を受けたものとされるのであり、また当該書類の送達は受送達者が現実に直接その書類を受領し了知することを要するものでなく、本人の同居者、使用人その他本人と一定の関係があって、その者が送達書類を受領すれば遅滞なく受送達者本人に到達させることを期待できる者が受領することによって送達が完成するものと解されていることからすれば、原告代表者の兄が経営する法人の関係者が、書留による郵便物を受領した時点で本件納税地指定通知書の送達は完成したといえる。

なお、受送達者と何ら関係のない者の所に書類が送達されたとすれば、上記送達を受けた者は、上記送達書類の受領を拒否するか返戻するのが当然であり、まして受送達者の正しい住所など知らないのであるから、自ら受送達者の正しい住所に転送することなど考えられないことはいうまでもないところ、上記(ア)fのとおり、原告代表者の兄が経営する法人の関係者は、原告の異動後の納税地である三重県桑名市へ転送しているのであるから、本件納税地指定通知書は、送達書類を受領すれば遅滞なく受送達者本人に到達することが期待できる者が受領したといえることは明らかである。

(エ) また、原告は、本件納税地指定処分について、国税庁長官に対し、平成8年3月4日付けで本件納税地指定処分に係る異議申立てをし、国税庁長官は、同年5月31日付けで原告の上記異議申立てを棄却する異議決定を行っているところ、同異議決定には、「申立人は、本件課税処分等を不服とする理由として、本件課税処分等に係る通知書が新本店ではなく旧本店に発送されたことを挙げています。しかし、このことは、本件課税処分等に係る通知書を発送する前に、申立人から本店の異動届出書が提出されなかったことから、通知書を旧本店に発送したものであり、しかも、書留郵便により旧本店に発送された通知書は、同所に所在する法人(申立人の代表者の兄が経営する法人)の関係者によって代理受領されていることからすると、その代理受領の時において本件課税処分等の有効な送達がなされたものと認められます。」と記載されており、原告代表者の兄が経営する法人の関係者が代理受領した時、すなわち平成8年2月17日に本件納税地指定通知書の有効な送達がされたと明確に判断されている。しかし、これに対して、原告は、行政事件訴訟法14条1項の法定の出訴期間内に本件納税地指定処分の取消訴訟を提起していないのであるから、本件納税地指定処分は、本件納税地指定通知書の送達日を含め、適法に確定していることは明らかである。

(オ) 結語

以上のとおり、本件納税地指定通知書は、原告代表者の兄が経営する法人の関係者が本件納税地指定通知書を受領した平成8年2月17日の時点で、原告に対する送達が完成し、本件納税地指定処分は効力が生じたというべきである。

コ 本件納税地指定通知書の送達に係る予備的主張

(ア) 仮に、原告が主張するとおり、本件納税地指定通知書が原告へ送達されたのが平成8年2月26日としても、平成8年2月22日に、被告熊谷税務署長がした本件課税処分等に係る通知書と同時に本件納税地指定通知書の副本が原告に送達されているのであるから、原告は、遅くとも平成8年2月22日には本件課税処分等及び本件納税地指定処分について了知し得たことは明らかである。

(イ) すなわち、行政処分に係る通知書の副本の効力については、裁判例において、審査決定書を普通郵便によって発送したところ、原告から上記決定書が送達されていないと申立てがあったため、上記申立て後に上記決定書の写しを送付した事例の出訴期間の適否を争う事件において、原告に上記決定書が送達されたことが推定できないから、本訴の出訴期間は上記決定書の写しが到達した日の翌日から出訴期間を起算すべきである旨判示し、上記決定書の写しの送達による行政処分の効力の発生が認められている(福岡地裁昭和32年4月9日判決・行裁事件裁判例集8巻4号612頁)。そして、送達場所については、「送達の目的は、送達を受けるべき者をして当該送達にかかる書類をできるだけ確実に、かつ、できるだけ速く受領させるということにあるから、送達の方法及び場所をいずれにするかの選択に当たっても、右送達の目的の観点からこれを判断すべきである。株式会社にあってはその住所はその本店にあるものとされ、その本店の所在地は定款に記載されるとともに登記によって公示されるが、通常その本店の所在地が当該株式会社の営業を統括する場所的中心としての位置を占めている場合が多いので、株式会社に対する書類は通常その住所、すなわち登記された本店の所在地へこれを送達すれば足りるといえるわけである。しかしながら、株式会社の登記された本店の所在地が当該株式会社の営業を統括する場所的中心地としての位置を占めているとはいえず、他にこれを占めている事務所があるなど本店所在地よりも確実に、かつ、より速く当該株式会社あての書類を受領しうる事務所等がある場合には、右事務所等へ送達することも適法かつ妥当であるといえる場合もある」(東京地裁昭和48年11月14日判決・税務訴訟資料71号802頁、同控訴審である東京高裁昭和50年2月27日判決・税務訴訟資料80号347頁)とされている。

(ウ) 本件においては、本件課税処分等に係る通知書及び本件納税地指定通知書の副本は、原告の指定納税地である埼玉県深谷市に差置送達により送達されたのであるが、上記指定納税地は、原告の選択した納税地が、原告の事業又は資産の状況からみて不適当であることから原告の事業及び資産の状況を調査した上判断した営業活動の本拠地である。したがって、上記指定納税地は、原告の選択した納税地(本店所在地)よりも確実に、かつ、より速く原告あての書類を受領し得る場所であることは明らかである。

(エ) 以上のとおり、仮に本件納税地指定通知書の送達による効力が平成8年2月17日に生じていないとしても、本件納税地指定通知書の副本が平成8年2月22日に原告の指定納税地に送達されたことにより、本件納税地指定処分は効力が発生したというべきであるから、本件課税処分等は適法である。

したがって、遅くとも、本件納税地指定通知書の副本が原告の指定納税地に送達された平成8年2月22日には、本件納税地指定処分は効力が発生したというべきである。

(2)  争点2(税務調査の違法性)

(原告の主張)

ア 調査の経緯

(ア) 平成6年7月26日、甲の実兄が急死し、翌27日午後5時から、亡兄の居宅の存する三重県桑名郡にて通夜が行われ、また28日には、葬儀が行われることになった。甲は、通夜及び葬儀のため26日に通知を受け、直ちに三重県の郷里に向かったため、27日は不在であった。

甲の妻丁は、通夜儀式に出席すると同時に、その準備全体に従事するため、27日午前10時ころ自宅を出て、新幹線等を乗り継いで駆けつけるという予定であった。三重県桑名郡の亡兄宅までは埼玉県深谷市から約5時間を要するものであった。

丁は、原告の月末の支払関係の仕事があり、その決済業務の必要性から、どうしても処理しておかなければならない最低限の業務が残っていたため、甲と共に郷里には向かえなかった。

丁は、こうした残業のため、26日も明け方まで事務処理に負われ、また葬儀のための旅支度でほとんど徹夜状態であったため、疲労と睡眠不足で極度に疲弊した状態であった。

27日朝、丁は手形作成等の業務が完了次第、三重県桑名郡に向かう予定であり、一階の座敷には、旅行鞄、喪服(着物一式)、男物二着、着物類、テーブルには、数珠、香典袋、洗面道具、下着化粧品等が置かれてあり、すべて準備されている状態であった。

このような中、突然2名の税務職員が玄関先のチャイムを鳴らして、「熊谷税務署のLですが社長はいますか。」と言って、断りなく玄関に入り込み、ドアを後ろ手に閉めて、ドアを背にして2名で立ちふさがった。

同じころ、原告の2か所の工場へも4名の税務職員が無予告臨場したしたが、社長の不在を聞いて調査せず署に戻った。

この際に税務職員は、同工場に居合わせた原告の取引会社であるMのNに対して、その身分を確認することなく、同人に税務職員であることを伝え、かつ原告会社の代表者の所在を確認した。

これらの事実については、甲及び丁は全く不知であった。丁は、単に税務職員が1人遅れて臨場したと思い、甲は工場にまで調査が及んだという重大な事実を全く知らされることがなかった。

(イ) 同日、午前9時30分ころに甲宅玄関のチャイムが鳴り、「熊谷税務署ですが、社長はいますか」と聞かれたので、丁は「社長は、兄が亡くなったので三重県まで出かけていっておりません。」と答えると、「奥さんですか、ちょっと出て下さい」と言われたので、丁は何事かと思いながら2階から玄関に行ってみると、ガラスの玄関ドアを通して2名の男性が立っているのが見えた。ドアを細めに開けて「何でしょうか。」と尋ねると、年齢が30代と思われるのに髪の毛がなく、黒っぽい背広を着た者の方が「熊谷税務署のLですが、社長はいないですか。」と言いながら断りなくドアを広く開けて玄関に入り込み、続いてもう1名の者も入り込みドアを閉めて、2名で並んでドアを背にして立ちふさがった。丁は土間から上がりかまちのマットの上に正座するかたちで税務職員に応対せざるを得なくなった。

同人らは突然「調査に来ました。」と言ったので、丁は「税理士さんからは何も調査の話は聞いていませんし、社長にも税務署から調査依頼は来ていません。

今日突然来られても困ります。実は、主人の兄が心臓発作のために風呂場で急死したと昨日知らせがあって、主人は三重県へ帰っているのです。私も弟の嫁ですから、すぐに行って手伝いをしなければいけないし、義姉のことも心配なので早く行きたいのです。今日は、調査などには応じる時間的余裕はありません。葬式が終わればいつでも調査に応じられますので、日を改めて出直して下さい。」と再三再四、2名の者に状況を説明し、「まだ仕事も残っていますので、急いでやっているところです。今日は通夜ですから早く行かないと間に合わなくなってしまいます。」と要請した。ところが、同人らは、全く聞き入れようとはしなかった。

同人らは、表情一つ代えず、悔やみの一言を言うでもなく、「通常の仕事の状態を見せてもらうだけだ。」、「要するに、ありのままの仕事の様子を見せてもらうだけだから。」と代わる代わる言い、丁の要請を無視した。丁は同人等が言っている調査内容の意味がよく理解できず、同人らの強引さに異常を感じたため「何か特別な問題があるとか、会社の申告に間違いでもあったのですか。」と調査の根拠を聞いたが、それには一切答えず、「調査がしたい」の一点張りで帰ろうとはしなかった。

そして、30分程度の押し問答の末、同人らは脅すように「帳簿はここにあるんでしょう。」と大声で丁に詰め寄った。突然訪問した同人らの、調査理由も告げない高圧的な態度にショックを受けた丁は、自分の言っていることを同人らが全く信用していないのではないかと思い、手の打ちようがないため、思案の末やむを得ず、本当に通夜葬儀に行っていることと、そのために調査に応じられないことを甲に話してもらうほかないと思い、「主人に電話を入れてみます。」というと、同人らは「そうしなさい。」と命令調で言った。

(ウ) 丁は「本当は兄が亡くなって泣いている席にこういう要件でわざわざ電話をかけたくない。ましてや行き先が行き先ですから、その場にいるかどうか分かりませんが、少々お待ち下さい。」と言って、立ち上がり、親類の電話を書き出したアドレス帳を取りに座敷の引き戸を開けて室内に入ったところ、同人らは許可なく、丁について室内に侵入してしまった。

そこには甲が電話で説明するまでもなく、ボストンバック、喪服、和装喪服一式、着替え下着、洗面化粧道具が鞄に収納するように準備され、机の上には、御霊前袋、数珠などが置かれ、一目で遠方への葬儀の旅支度と理解できる状態であった。

同人らは室内に侵入して、それらを目にして、明確に丁の言い分が正当な理由であることを認識できたはずである。それにもかかわらず、丁が甲に電話をかけることをためらっているのに引き止めもせず、丁のそばに立ったまま無言で室内の様子を眺めていた。丁は「こういうわけですから、早く仕事を終わらせたいので、調査は無理です。帰ってもらえませんか。」と同人らに訴えたが、同人らは全く聞き入れなかった。

丁は、通夜の席に電話をすることに躊躇しながらも「税務職員2名が突然来て、調査をさせろと言って何度断っても帰らない。」と甲に報告した。甲とLが電話でやりとりしている間、丁はもう1名の者に対して「今日来られたのは、テレビニュースで見るようなマルサとか犯罪捜査のような特別な調査なのですか。」と質問した。すると、その者は「いいえ違いますよ。それなら令状がいりますからそういう調査じゃないですよ。」と言った。

甲は電話をLに代わらせて、事情を説明し、「とにかくこういう状態なんだから今日は調査に応じられない。葬儀が終わって帰ったらいつでも調査に応じられるので、葬式が終わってからにしてくれ。家でも通夜も葬儀もするので、人手が足りなくて困っている。今も女房に早く来るように言ったほどだ。今日は私もいないし、税理士もいないこういう日に突然来て調査といわれても困る。」と断った。甲は親族や縁者のざわめきの中で、落ち着いて話ができる状態ではないにもかかわらず、長時間にわたってLに「今日は無理だから後日にしてくれ。」と要請したが、Lはこれに全く答えずに、「とにかく調査したい」、「1時間だけでもいい。」、「帳簿を見るだけだ。」と執拗に調査の実行を強要した。

甲は、同人らに怒りをおぼえたが、親族や縁者の目の前で大きな声を出すような不謹慎なことはできないため、やむなく不本意ながら帳簿を1時間以内ならば見せることを許可した。甲は、Lが熊谷税務署の法人税調査官として従前の調査を行った調査官と同様に一定の手続にしたがって円滑に行われるものと信じていた。

(エ) 甲はLとの電話の後、東京のO顧問税理士(以下「O税理士」という。)と、異業種交流会の会員同士でもあり、甲宅の近くに住む、P税理士(以下「P税理士」という。)に電話をかけて事情を説明し、心配だから調査の様子を聞いてもらいたいとの依頼をした。

丁は、電話をLから代わると再び甲と話し、「彼らは、令状がないのだから普通一般の調査といっています。2階に帳簿があるからそれを見てもらえばよいですね。きちんと記帳してあるから問題ないと思うし、こういう緊急状態なのだから、帳簿を確認したらすぐに帰るでしょう。」と報告した。そして、亡き義兄家族の様子や通夜の段取りの打合せをした。その後知人からお悔やみの電話の応対をしていると、突然玄関のドアを開けて「熊谷税務署から2人来ているだろう」と言って入ってきた者がいた。丁が受話器を持ったままうなずくと、その者は無断でいきなり上がってさっさと座敷へ入っていき、先に来ていた2名と合流した。

丁が3名のいる室内に入ると、旅支度と葬儀の喪服、着替え等が雑然と並べてある間にそれぞれが座っていた。2名が3名になったことで、裏切られたような気がしたと同時に圧倒されるような恐怖をおぼえた。初対面の者に対するごく一般的な挨拶はなく、3名のうち誰が上司なのか全く分からず、それぞれの身分証明書を提示して身分を明かそうとする者は1人もいなかった。机に置かれてある御霊前袋や数珠を見ても、3名のうち誰1人として弔いや悔やみの一言はなかった。ましてや、人の死や忌引きに出会っても、ひとまずその場を辞退しようとする者もいなかった。

(オ) 丁は、少し落ち着きを取り戻し、同人らに3期分の帳簿が2階にありますから、ここに持ってきます。」というと、同人らは一斉に立ち上がりかけたので、さらに恐怖を感じ「1人来て運ぶのを手伝ってくれれば結構です」というと、Lが立ち上がった。

2階に行き、丁の個室と事務作業をかねて使用している室内で、Lに「これが帳簿、書類の入っている箱ですのでお願いします。」と言って、平成3年度から平成6年度分の、まだ税務調査されていない年度の段ボール箱を指し示した。これは、3期分ごとに調査があるために、いつ調査があっても良いように用意しておいたものであった。

丁は、段ボールの1つを抱えて階下に運ぼうとしたが、Lはじろりとその段ボール箱を確認した後、おもむろに丁が月末の支払のため手形や小切手の発行振込準備等の業務を行っていた机の前にあぐらをかいて腰を落とし、室内を見渡した。

そして「さてと、社長さんと奥さんの個人の預金通帳を出してもらおうか。」と命令した。Lはさらに「どこに置いてあるんだ。」と丁に詰め寄り、丁はこの者達は何者だろうと驚き、次々に悪い想像が頭をかすめ、今にも階下にいる2名の者が一斉に立ち上がってくるような予感がして、丁は身の危険を感じて恐怖感で頭がいっぱいになり、混乱状態に陥った。丁は、気持ちを落ち着けると「法人の調査に来ているのに、個人の預金通帳をなぜ見せなければならないんですか。個人のものは関係ないんですから、お断りします。帳簿を見るだけと言ったではありませんか。」と抗議をしたが、Lは「どこへ行っても個人のものから先に見せてもらっている。そのために来ているんだから。これは合法です。」とすごむような口調で言い張った。

丁は合法という意味に疑問を抱きつつも、Lが合法という以上、提示しなければ違法行為になるかもしれないと思い、Lに後ろから追い立てられるように1階に行くと、2名の者がいる座敷の押入れを開けて、小型の金庫から預金通帳だけを取り出そうとした。ところが、後から遅れて合流した者がいつのまにか丁のそばにぴったりと寄り添い、大声で「金庫の中のものを全部ここへ出せ。」と命令した。丁は恐怖の余り声も出せず、体の震えがとまらなくなった。

手首に金色の磁気ブレスレットをしたその者は、金庫の中身を全部抜き出し、土地建物の権利証、生命保険証書のファイルをLに手渡し、預金通帳やキャッシュカード等の入ったバックを若い丸顔の者に手渡した。そして金庫から出した現金を自分で数えてメモをとり、500円記念硬貨も自ら数えて同じくメモをした。

そして、自分の持参した白紙を取り出すと、印鑑ケースを開けて、その白紙に捺印した。実印を無断で捺印された丁は驚き、怒りと恐怖を感じながら「なぜこんなことまでするのですか。」と抗議をしたが、ブレスレットをした者はそれを一切無視した。

Lは、整理されているファイルから権利証等を勝手に次々と抜き出して見ており、バックを手渡された丸顔の者は、中の者を抜き出し、預金通帳を開けてメモをとった。また、祝い事のために用意してあった新しい紙幣の入った封筒を丁に渡して「数えろ。」と命令した。丁は手が震えてうまく数えることができないでいると、「だいたいいくらあるか。」と聞いた。丁が金額を答えると「封筒の表に書いてある金額と違うなあ。」と言った。丁はパニック状態になって声も出せず、Lは終始無言で、他の2名にやりたい放題やらせていた。

(カ) ブレスレットの者が「会社の方も見せてもらおう。」と言って立ち上がり、つられるように、通帳をメモしていた者も「預金通帳をコピーしたい」と言い同時に立ち上がった。先にブレスレットの者が2階に上がっていき、もう一方の者が玄関を出て行った。

丁は2階に上がっていく者の後を追っていくと、2階の3部屋のうち、先ほどLが入った部屋の引き戸が少し開いていたためか、ブレスレットの者は勝手にそこへ入っていった。ブレスレットの者は、1階で行ったのと同様に、会社専用の金庫の所在を確認すると、丁を威圧して「中身を全部出せ」と命令した。この部屋は丁の個室でもあり、同人は置いてある一面鏡のドレッサーの引出し、女性の下着類の入っている整理ダンス、押入れ等を自分の手でまさぐり、くまなく捜索した。当然不自然なものは一切なかった。丁は、令状のない調査であるにもかかわらず、下着の入った整理ダンスまで捜索するのを目の当たりにしてまさしく犯罪捜査かマルサであると確信させられた。また一方で、税務職員を偽る強盗ではないかという疑念も捨てられず、たとえようのない恐怖を感じた。

(キ) 丁とブレスレットの者が2階にいるとき、甲から連絡を受けた税理士から電話があった、丁は税理士に「個人と会社の金庫の中身を全部調べられています。」と報告すると、驚いた税理士は「調査担当者に代わって下さい。」と言ったので、同人に「電話に出て下さい。」と受話器を渡そうとしたが、黙殺して電話に出ようとしなかった。やむなく丁は「一階の人に出てもらいます。」と了解をとって電話を1階に切り替えて階下に降りていった。

丁は、その後は2階に上がって行かなかったので、同人の調査過程を知らず、何が行われたか全く分からなかった。

丁は、Lに税理士からの電話を伝えるべく、1階に下りていった。すると、丁が2階に行っている間にコピー機がセットされており、Lがもう一方の者へ不動産権利書等を手渡してコピーさせていた。同人らは「預金通帳をコピーする。」と言っていたが、それだけでなく金庫の中身をすべてコピーしていると思われた。

税理士は、甲に依頼されてたとおり、Lに「すぐに帰ります。」と、確約させた後、丁に「任意調査のもとで、彼らのやっていることは違法である。」と説明し、無予告調査に怒りをあらわにしていた。しかしその後もLは、税理士との約束を無視して、再び書類を抜き出してコピーさせていたので、丁はLの前に正座して「先ほどは合法といったけれど、こんなやり方の調査が合法だなんて聞いたことがありません。14年間商売してきて、税務調査も経験していますけれど、今まで一度もこんなことはありませんでした。税理士も事務所開設以来初めてだと言っています。」と抗議をした。それに対し、Lは「奥さんが知らないだけで、我々はこんなことはしょっちゅうやってますよ。」とせせら笑った。丁は「社長の兄が亡くなって、通夜や葬式があるんですよ。こんな時でもこんなひどいことができるのですか。」というと、「葬式であろうが何であろうがやれるんだよ。」、「取締役が1人でもいればやれるんだ。合法だ。」とLは勝ち誇ったように言った。

そのときP税理士から電話があり、丁は洗いざらいLらの行為を報告した。P税理士は「私が税理士として今まで一度も聞いたこともないひどい調査だ。」と言った。しばらくすると、2階からブレスレットの者が「終わったから。」と言って、バックを抱えて降りてきた。その時、再び税理士から電話があり「さっきは、すぐに帰ると言ったのにまだいるのか。早く帰ってもらいなさい。」と強く言った。時計を見ると11時35分になろうとしていたので、丁は気持ちを落ち着かせて「通夜に間に合わないから帰って下さい。まだ、仕事も残っていますから。」と言った。

(ク) 2階から下りてきた者が、Lと並んで座ったまま「元帳を見たいので、貸して欲しい。」と言った。帳簿を1時間見るという甲との約束を破り、3期分の帳簿書類を提示したのに調査もせず、今さら元帳を見たいなどと言われて、丁は憤りと不信でいっぱいになり「今後はすべて社長と税理士立会いのもとで、葬式から帰ってから相談します。」と断った。それでも帰ろうとしないため、丁は知人に電話をかけ「誰かこちらへ来てほしい。」と頼むと、しばらくして「帰るから。」と大声で言いながら3名がぞろぞろ部屋を出てきた。3名は丁の周りを取り囲むと、Lが「葬式からいつごろ帰るのか。」と質問し、「帰ることを見計らってまた来る。」と言いおいて出て行き、ブレスレットの者は後を振り返って「片づけないで悪いな。」と言い、後の1名は無言のまま引き上げていった。

(ケ) 税務職員と名乗った名の者が出て行った後、丁は生涯で一度も経験したことのない恐怖と緊張から解放されて、あらためて身に危険が及ばなかったことに安堵したが、金庫の中に入っていた物件がすべて出されたままの状態で放置されており、旅の支度や喪服、数珠、御霊前袋等が散乱している光景を見ているうちに、これが本当に税務調査であるのか不安に思えてきた。

義兄の死の現実がよみがえる、不安と惨めさに打ちのめされながら、丁は徐々に冷静さを取り戻し、こんなことをする人間が公務員であるはずがないと考えた。

警察に通報しようと思ったが、Lと名乗った者が本当に税務署に実在するのか、また署長による調査命令が出ていたのかを聞くことが先決と考え熊谷税務署に電話をして確認した。

(コ) 丁は熊谷税務署に電話をした後、Lらが放置していった書類を整理し、汚れや破損をチェックしてファイルに戻し、預金通帳、現金、記念硬貨、商品券等も改めて金庫に入れた。ただし、甲と丁の実印は警察の指紋鑑定に役立つかもしれないと思い、自らは触れないようにした。また、一部預金通帳やキャッシュカードが見あたらなかった。

急激なストレスから頭痛と嘔吐に苦しみながら、丁が再び仕事にとりかかり、支払等の準備をし、銀行への用件を済ませ、それから旅支度をしてタクシーを呼んで自宅を出たのは3時になっていた。当然通夜には間に合わず、亡き義兄宅に到着したのは9時ころであった。事情を知らない親類の縁者からは、弟の嫁として顰蹙をかったのは当然である。丁はこの調査によって、この日一度も食事を取ることができず、調査による精神的ショックから体調を崩し、その後も心労が重なったため、葬儀から戻ると数日間入院し、その後も通院せざるを得なくなった。

当然営業にも支障をきたし、会社や家族にも迷惑をかけた。

イ 質問検査権の限界

各個別租税法において、必要な資料の取得収集を可能ならしめるため、税務職員には、質問検査権、すなわち課税要件事実について、関係者に質問し、関係の物件を検査する権限が認められている(所得税法234条、法人税法153条以下等)。

しかし、これらの規定は、いわゆる行政調査を認めるものであって、相手方の意に反して事業所等に立ち入り、各種物件を検査するという強制調査を認めるものでないのはもちろん(最高裁昭和63年12月10日判決・訟務月報35巻6号979頁)、税務職員がこの質問検査権を行使する際には、その身分を示す証明書を携帯し、関係人の請求があったときは、これを提示しなければならず(所得税法236条、法人税法157条等)、しかも、この規定は単なる訓示規定ではなく、強行規定であって、これに違反する質問・検査は違法であり、それに対しては応答義務ないし受忍義務は発生しないと解されている(最高裁昭和27年3月28日判決・刑集6巻3号546頁)。

そして、質問・検査が、広い意味で租税確定手続の一環であるのみならず、公権力の行使であって、納税義務者の利害関係に種々の影響を及ぼすことに鑑みると、質問・検査が、例えば相手方の意に反して検査を強行した場合等、その前提要件を欠く場合など著しい違法性を有する場合は、それに基づく更正・決定は違法になると解されている(東京高裁平成3年6月6日判決・訟務月報38巻5号878頁、京都地裁平成7年3月27日判決・判例時報1554号117頁等)。

また、所得税法234条に基づく質問検査の時期、方法等に関し、広島高裁松江支部平成5年4月22日判決は、納税者の実状を無視した調査は質問検査の裁量の範囲を逸脱していると判断している。

以下、本件における調査の実態について論じるが、本件調査が違法であることは明らかである。

ウ 本件調査の違法性

(ア) 通夜当日の調査強行

本件調査は、原告代表者の実兄の通夜当日に強行されるという社会通念に著しく反した断じて許されざる調査である。

そもそも私たちは、古来より伝統的に、様々な宗教的行事を通じ死者を大切に供養している。そして、このような慣行、風習は守られるべきものである。死亡した直後には、遺族・親類等が集まって、故人の遺体とともに夜通し過ごし故人の生前の徳を偲ぶ通夜を行い、その後、厳粛に葬儀を執り行うことにより故人と最後の別れを告げることになる。そして、遺族・親類等は、深い悲しみの中にあるにもかかわらず、様々な準備・段取りを行う必要があり、その悲しみを癒すための期間として、官庁、民間企業においても「忌引き」期間が認められており、この期間に通夜・葬儀にかかわること以外を断ることは我が国においては「公序良俗」として認められているのである。ところで、「特に事前通知のない税務調査においては、勤務時間開始前の調査とか、顧客が最も多いときにあえて調査に来るとかのことによるトラブルがあるようである。合理的理由がないにもかかわらず、このような時間に調査をなすことは調査権の濫用である」(北野弘久編・現代税法講義〔2訂版〕299頁)とされており、本件はいわんや通夜当日という代替不可能な日時における調査であったのであるから、「調査権の濫用」に止まらず、違法調査であったといえるのである。

税務職員は国家公務員であり「全体の奉仕者」(憲法15条2項、国家公務員法96条1項)であるのであるから、法令を遵守することはもちろん、社会通念に著しく反する行為をすることも許されず、通夜当日に強行された本件調査は、社会通念に著しく反する行為なのである。

したがって、原告代表者の実兄の通夜当日に強行された本件調査は、公序良俗に反する違法な調査であると断じることができる。

(イ) 本件調査に対し原告代表者の同意は存在していない

本件調査は任意調査である。したがって、本件調査が適法といえるためには、原告代表者又はそれに類する者の同意が必要であることについては争いがなく、同意が存在しない任意調査は違法である。

そして、本件調査に関しては、原告代表者等の同意は存在せず、よって、本件調査は違法調査である。

そこで、本件調査に際して、原告代表者である甲の真意に基づく「承諾(同意)」があったか否かについて検討する。

原告代表者としては、当日は実兄の通夜であるという事情について全く聞く耳を持たない非常識も甚だしい税務職員の前に、桑名への出発時間が迫る中、業務に追われ、かつ心寂しい思いをし困惑している妻1人を残し、妻にそれ以上の負担をかけることができなかったこと、周囲の目もあって通夜の準備をしている席上、調査に応じる応じないとそれ以上通夜・葬儀の準備とは無関係の事柄について何十分も電話でやり取りするわけにはいかず、一刻も早く電話を終えさせなければならなかったこと、妻にはとにかく一刻も早く駆けつけてもらいたかったこと等の理由から、Lの「帳簿を1時間だけ」という説明に万策尽きた状態で強引に押し切られてしまったのである。

税務運営方針によれば、「(4)納税者に対する応接」中には、「ロ納税者の主張には十分耳を傾けるとともに、法令や通達の内容等は分かりやすく説明し、また、納税者の利益となる事項を進んで知らせる心構えが必要である。」とされている。そして、この「納税者の利益となる事項」には、当然ながら、税務調査を応諾するか否かについての選択の自由があること、すなわち、都合が悪ければ調査を断るとができるということや、さらには、関与税理士に調査に対する立会いを求める権利があるというも含まれている。

そして、現実に行われた調査も、原告代表者に対して約束した「帳簿」には一切目もくれず、原告代表者の妻を威圧して金庫を開けさせ、不動産権利証、会社名義及び個人名義の通帳さらには個人の実印、現金、キャッシュカード、箪笥及び押入の中にさえ及んでいるのである。

これらのことからすれば、本件調査における原告代表者の承諾(同意)は、同人の抗拒不能・困惑に乗じて得られたもの、ないしは偽計を用いた結果得られたものであったということができるのであって、有効な承諾(同意)ではないのである。

そして、本件調査における原告代表者の「承諾(同意)」が、その困惑に乗じて得られたものであることを裏付ける事情としては、原告代表者は、Lとの電話を終えた直後に、P税理士に電話をし、同税理士に対し、「様子がおかしいから見に行ってほしい」と要請していること、さらには、顧問税理士のO税理士も「早急に切り上げて、もう、帰ってもらってくれ」と依頼していることが挙げられる。

仮に、原告代表者が、本件調査に関し、真意に基づいて承諾(同意)していたのであれば、Lとの電話を終えた直後に2人もの税理士に対し、依頼をすることはあり得ない。

それにも関わらず、原告代表者が、税理士に対して上記のような依頼をしたのは、実兄の通夜や葬儀の準備のため、親族や近所の者が慌ただしく段取りしている中、故人の最も近い親族である自分が、いつまでも通夜や葬儀とは無関係の電話をしているわけにはいかないという事情と、妻を「人質」に取られた状況の下、妻を護り、そして一刻も早く妻を解放してやりたいという気持ちから、Lの執拗かつ一方的な「お願い」に一度は根を上げてしまったものの、「納税者の主張に十分耳を傾け」てもらえず、税務調査を応諾するか否かについての選択の自由があり、都合が悪ければ調査を断るとができるはずであるにもかかわらず、自身が特異な状況下にあったことを利用された結果、困惑に基づいて承諾(同意)してしまったからである。

また、上記のように、決して真意から出たものではないものの、原告代表者が一応してしまった承諾(同意)は、「帳簿だけ」と限定したものであった。そして、あまりにも当然のことではあるが、Lの説明によれば、調査の対象は会社であり、個人の申告に関係する調査、あるいは個人の資産も調査の対象になるという話は全く出なかったのであるから、そこにおける承諾(同意)は、「原告会社」の帳簿に限定されていたのであって、「原告会社」以外、すなわち「甲」個人や「丁」個人の資料には及んでいないのである。そもそも個人資料について調査されることについて原告代表者は全く予測していなかったのであるから、予測できなかったことについて承諾(同意)するということは論理的にあり得ないのである。しかし、本件調査において行われた実際の調査は、上記のように不動産権利証、会社名義及び個人名義の通帳さらには個人の実印にさえ及んでいるのである。

この点につき、京都地裁平成7年3月27日判決・判例時報1554号117頁は、「Rらは何ら1階部分における金銭調査について承諾を得ていなかったのであるから、違法である」と断じており、この点のみを取り上げても、本件調査が違法であったというそしりは免れないのである。

(ウ) 本件調査に対し原告代表者の妻の同意も存在していない

原告代表者の妻も、実質上は労務及び経理を担当している従業員にすぎないものの、形式上は原告の取締役であることから、同人の承諾(同意)の有無についても検討する。

原告代表者の妻は、夫の実兄の通夜に最も身近な親族として参加し、また準備に携わるために、少なくとも午後3時には桑名に到着しようと考えていた。通夜(厳密には通夜式)は午後6時には始まり、読経、焼香等の後、最後に喪主はお礼の挨拶を行い、その後お礼と供養を兼ねて、弔問客に料理を施す通夜ぶるまいがなされる。そして、当然ながら、この通夜の前には様々な準備が必要であり、この準備は、通常親族や近隣の「女手」によってなされるのである。このような通夜自体のみならずその準備作業に故人の実弟の妻である原告代表者の妻が遅参することは、業者任せで通夜の準備をする都会とは異なり、親族と近隣の者で準備をする地方では決して許されることではなく、そうであるからこそ、原告代表者の妻は、前日来徹夜で経理関係の仕事をし、仕事が終了次第出発できるよう、通夜・葬儀に必要な品々を用意しつつ、会社の経理等を行っていたのである。また、原告代表者の妻が用意していた品々には、自分ののみならず夫の喪服も含まれていた。原告代表者の妻が通夜に遅参した場合には、夫の着用する喪服がないということを意味するのであって、このような事情からしても、原告代表者の妻は、必ず午後3時ころまでには桑名に到着していなければならなかったのである。

そして、深谷市の自宅から、桑名の実兄宅までは約5時間ほどかかるのであって、以上からすれば、午前中の調査を承諾するはずはないのである。このような原告代表者の妻が、自ら「午前中なら」と、時間的余裕がない通夜当日、自ら調査を承諾(同意)するということはあり得ないのである。

原告代表者の妻は、今日は夫の実兄の通夜なので調査は無理である。調査は後日にして欲しい旨、繰り返し繰り返し何度も当日の調査を断ったにもかかわらず、Lらは全く聞く耳を持たず、能面のような表情で繰り返し直ちに調査させるよう迫るだけであったことから、時間だけが無為に過ぎていってしまうので、原告代表者から直接断ってもらおうと考え、夫である原告代表者に助けを求めて電話しているのであって、原告代表者の妻が調査に対して承諾(同意)したとの事実は存在していない。

さらに、印影の採取は、1階と2階においてそれぞれなされているが、Tが1階で原告代表者である甲及び同人の妻である丁個人の実印を押印するに当たっては、明確に原告代表者の妻は、その行為に対し抗議したにも関わらず、Tに無視されたのであり、しかも、そもそも甲個人の実印の印影採取に関しては、同人の妻である丁に承諾権限は存在せず、もちろん甲の承諾は存在していない。また、2階においてなされた印影の採取に関しては、採取されている時点には原告代表者の妻は、O税理士からの電話をLに取り次ぐために1階に降りており2階にはおらず、原告代表者の妻が全く知らない間になされているのである。

このように、印影の採取に当たって、Tが証言するような原告代表者の妻の包括的ないし黙示の承諾さえ存在せず、反対に明確な拒絶と不知があったのである。

そして、印影採取に関しては、明確な承諾が必要とされているのである。この点につき、京都地裁平成7年3月27日判決・判例時報1554号117頁は、「質問検査権が、罰則の制裁によって、相手方は質問検査を受忍することを間接的心理的に強制されるだけで、相手方において、あえて質問検査を受忍しない場合は、それ以上直接的物理的に強制し得ないという意味において『任意調査』とされている性格から考えて、相手方の明確な承諾を要するというべきであり(中略)承諾を得ないで2階に上がって行った行為は違法であるといわなければならない」と明確に判示している。

(エ) 本件調査は密室における立会人不在の調査である

本件調査は、税務職員3名が1階(L及びS)と2階(T)に分かれて実施されている。他方、本件調査現場に立ち会ったのは原告代表者の妻1人のみである。

①原告代表者の妻がLとともに2階に上がっていた際に、1階にてT及びSが何をしていたのかは当然分かるはずがない。同様に、②原告代表者の妻がTとともに2階に上がっていた際に、1階にてL及びSが何をしていたのかも分からず、さらに、③原告代表者の妻が2階にTを残し、O税理士からの電話をLに取り次ぐべく1階に降りた際に、2階でTが何をしていたのかは分からない。

本件調査の後日、原告代表者らが熊谷税務署に本件調査に対しての厳重抗議を行いに赴いて初めて、③の状況の際に、Tは、原告代表者の妻に知られることなく印影の採取を行っていたことが判明したのであって、これ以外に、原告代表者の妻が立ち会っていなかったことを利用していかなる調査が行われたのかは現在においてさえその詳細は不明である。

このような調査が違法であることは論をまたない。本件はあくまでも任意調査であり、その調査が適法であるか違法であるかは、ひとえに承諾(同意)の有無にかかっている。しかるに、立ち会いなく行われた調査が、承諾(同意)の範囲内で行われた否かを明らかにする術はなく、調査の適法性を担保するためには、当然立会人が要求されるのである。とすれば、調査に際して単に形式上立会人が存在していたというのでは足りず、当然、個別具体的な調査に対応して、その調査の適法性を担保するために各々立会人が存在していることが要求されるはずである。

かかる意味においても、本件調査は違法調査であると断じることができる。

(オ) 調査理由の不開示

a 申告納税制度

租税債務の内容を具体化する納税義務の確定には、現行法では、申告納税方式、賦課課税方式、自動的確定方式(特別の手続を必要としない)の3種がある。申告納税方式は、納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とし、その申告がない場合又はその申告が正しくない場合に限り、課税庁の処分(更正決定)により確定するものである。賦課課税方式は、納付すべき税額が専ら課税庁の処分により確定するものである。

申告納税方式においては、納税義務の確定は第1次的には納税者によって行われ、それが法律に適合している限り課税庁の介入する余地はない。この確定方式のもとでは、納税者の申告により納税義務を確定する義務が課されているとともに、納税者に第1次的判断権ないし第一次確定権が付与されている。納税者がこの第1次的判断権を適正に行使しないとき、又は全くこれを行使しないとき、課税庁が第2次的、補充的に当該納税義務を確定するのである。申告納税制度は国民主権の原理に適合するものとして、また租税の効率的徴収の要請に合致するものとして、第2次大戦後、従来の賦課課税方式に代えて、とりわけ国税について一般に利用されるようになった。納税者のこの自己賦課という理念は、租税債務に関する課税庁と納税者の本質的対等性の実現という要請を導くが、税収の安定的かつ確実な確保という他方の要請との緊張関係にあり、納税義務とその範囲に関わる納税者と課税庁との両者の対等性と、不完全な課税要件事実を補正する課税庁の処分が、公権力の行使たる行政行為として、一方的に納税義務を確定する制度との間で、具体的な手続過程をめぐり常に厳しく争われる。

我が国法人税法の根本原則たる申告納税制度の下にあっては、調査対象者となった納税者には、なぜ自らが調査対象者になったのかについて、課税庁が「調査を必要とする」(法人税法153条)合理的な根拠と理由についてその開示を求める請求権が存在し、その開示がない限り任意調査を拒み得る権利があるのである。

b 納税者の権利についての先例・国会決議違反

上記の原理はいくつかの裁判例その他においても確認されている。

もっとも上級審は変更されている。また行政が採るべき指針として国会決議も存在する。

① 「我が国税法が、申告納税制度を原則としている以上、原則として税額は、納税者の意思によって確定するものと解すべきであって、税務署長が例外的に決定、あるいは更正するために調査を行う場合には、そうするだけの合理的な根拠と理由を有しなければならないというべきである。したがって、右の見地からすれば、所得税法234条1項にいう「必要あるとき」とは、適正・公正な課税が合理的に是認される場合であって、収税官吏の個人的な恣意が許されないことは明らかである。………反面調査・臨宅調査のいずれにおいてもその調査に当たっては、調査の相手方が要求する限り、調査理由を開示するべきである。前述の必要性の要件の実効性を担保するためにも、また質問検査権の行使が任意調査であって、相手方の承諾を得てする調査であることからしても当然のことである。それゆえ被調査者は、調査の理由の開示がない場合にはその調査を拒み得る」(静岡地裁昭和49年2月9日判決・判例時報65号36頁)。

② 「税の徴収確保と被調査者の私的利益の保護との調和するところで、質問検査権の限界を考察すると、被調査者は当該税務職員に対し、調査の合理的必要性の開示を要求でき、右要求がいれられない限り、適法に質問検査を拒むことができる」(千葉地裁昭和46年1月27日判決)。

③ 「税務行政の改善については、税務調査に当たり、事前に納税者に通知するとともに、調査の理由を開示すること」(1974年72国会『中小業者に対する税制改正等に関する請願』1403号)。

エ 以上のとおりであり、本件調査には著しい違法があり、本件課税処分等は取り消されるべきである。

(被告熊谷税務署長の主張)

ア 本件調査の経緯について

(ア) 原告の概要等

原告は、昭和55年4月24日に名称を有限会社A、本店所在地を東京都足立区綾瀬として、建築用金物、土木建設資材用部品等の製作販売、鋼製型枠、一般製缶等の製作販売等に関する事業を営むことを目的として設立され、昭和57年10月25日に本店所在地を埼玉県深谷市(なお、同所は昭和60年5月に住所表示が、埼玉県深谷市に変更となった。)に移転し、平成元年11月21日に株式会社に組織変更し、名称を株式会社Aとした。

(イ) 被告熊谷税務署長は、原告から提出された本件各係争年分の確定申告等の内容について検討したところ、入手していた情報から、原告には公表外の取引口座の存在が想定されたため、原告の法人税及び消費税等の申告が適正になされているか否か確認する必要があると判断した。

被告熊谷税務署長は、上記事情から、調査の事前連絡を行うと、公表外の取引口座に係る証拠の隠滅及び関係者等と通謀されることにより取引内容の全容の解明ができないおそれがあることから、事前連絡を行わないこととし、熊谷税務署職員のU総括上席調査官、同L上席調査官、同S国税調査官、同T国税調査官、同V国税調査官及び同W大蔵事務官(以下、調査担当者らの官職・職名については、単に「調査官」と記載する。)に、原告の調査を命じた。

イ 本件調査等の経緯

(ア) 平成6年7月27日

a 本社における調査内容

L調査官、S調査官及びT調査官(以下、3名を併せて「L調査官ら」という。)が、原告の本社(埼玉県深谷市)で行った税務調査(以下「本件本社調査」という。)の内容は、次のとおりである。

L及びS両調査官は、平成6年7月27日午前9時30分ころ、原告の本社兼甲の自宅(以下「本社」という。)へ税務調査のために臨場した。

L及びS両調査官が、本社に臨場し、玄関のインターホンを押したところ、丁と思われる者が玄関の戸を開け応対に出たため、L調査官が原告代表者の妻であるかを確認したところ、同女が肯定したので、熊谷のLと名乗った上、甲の所在を尋ねたが、不在である旨回答された。

L及びS両調査官は、それぞれ、身分証明書及び質問検査章を提示しながら、L調査官が、原告の税務調査のために伺った旨告げ、甲が所在している場所及び不在の理由を丁に尋ねたところ、丁は、昨日急に甲の兄が亡くなり、通夜に出席するため三重県の桑名に出掛けている旨及び自分もこれから桑名に出掛ける予定である旨返答した。

L調査官が丁の出掛ける予定の時間を尋ねたところ、丁は、午前10時ころに会社の決済関係で経理担当者が来ることになっており、出掛けるのは午後2時ころの予定である旨返答した。

L調査官が調査に協力してもらいたい旨依頼したところ、丁は、これから出掛けなければならないので、後日にしてもらいたい旨申し立てた。

L調査官は、公表外の取引口座の有無や会社と個人の口座の区別の有無等の確認のため、個人名義の預金通帳を把握する必要があったが、前記の事情を考慮し、短時間で調査を終了しようと考え、再度、丁に対して、午前中だけでも調査へ協力してもらいたい旨依頼したところ、丁から、午前中ならとの承諾を得た。

L調査官は、深谷市所在の原告の工場(以下「第1工場」という。)及び同市地所在の原告の工場(以下「第3工場」という。)に熊谷税務署職員が臨場しているので、取締役である丁から、右各工場の責任者に連絡し、調査に協力するように指示してもらいたい旨依頼したところ、丁はこれを承諾し、電話をするために廊下の奥に行った。しばらくして戻ってきた丁は、第1工場に電話をしたが同工場の従業員は誰か2人みえたがすぐ帰ったと言っている旨回答した。

L調査官が調査のために部屋に入る承諾を求めたところ、丁から承諾を得たため、L調査官らは玄関から廊下へ上がった。

廊下へ上がり、L調査官は、上司である熊谷税務署法人課税第3部門のX統括国税調査官(以下「X統括官」という。)に第1工場に誰も臨場していない理由の確認及び原告代表者が実兄の通夜に出席するために不在であるが、丁から午前中の調査に協力することの承諾を得た旨の報告をするため、丁に電話を借りたいと申し入れたところ、丁から承諾を得た。L調査官が廊下の奥にある電話の所へ案内される途中、S調査官は廊下を上がってすぐ左側にある和室に丁から入るよう促されたが、同調査官は和室入口前の廊下で待っていた。

L調査官は、X統括官に対し、電話で上記状況を報告したところ、X統括官から、甲の承諾を得てから調査に着手するようにとの指示を受けた。上記指示を受けたL調査官は、丁に対し、甲に連絡を取りたい旨申し入れたところ、丁は、いったん和室に入って電話番号を調べた後、甲へ電話をした。

甲に電話が通じたので、L調査官は、丁と電話を替わり、甲に対して、熊谷税務署の職員のLと名乗り、税務調査に伺っていることを告げると甲はできれば別の日にしてもらいたい旨申し立てたが、L調査官が、丁は午前中であれば調査に協力できると承諾しているので、調査に協力して帳簿書類や預金通帳等の確認をさせてもらいたい旨要望した。

すると、甲は、事業の現状について話した後、L調査官が、再度、今日は事情もあるようだし、1時間程度で調査を終了するつもりなので、調査に協力してもらいたい旨依頼したのに対し、1時間程度であれば調査へ協力することを承諾した。L調査官は、その旨を丁に伝えるよう依頼し、午前9時50分ころに和室にいた丁と電話を替わった。

上記電話の後、L調査官が丁とともに和室に入ると、間もなくX統括官からL調査官あての電話がかかったため、電話に出た丁は、L調査官を呼びに和室まで戻ってきた。X統括官からの電話の内容は、甲から調査の承諾を得られたかどうかの確認とT調査官が本社へ向かっていることの連絡であった。

L調査官と丁が和室に戻ると、再度電話が鳴り、丁が電話の応対をしている時、T調査官が、インターホンの呼出ボタンを押し、玄関ドアを開け、税務署の職員である旨告げたところ、丁は、廊下の奥から和室の方を手で指し示したので、玄関左側の和室を覗き込むと、L及びS両調査官が入口付近に立っていたことから、丁に声を掛けた上で和室へ向かった。

T調査官が和室に入ると、間もなく丁が和室へ戻ってきて、税理士からの電話に出てほしい旨の要請があったため、L調査官は丁とともに電話口へ向かった。

L調査官が電話に出たところ、原告が委任しているO税理士からの電話であり、事前連絡がない旨及び甲が通夜で不在にしている旨申し立て、早急に本社から退去するよう要請された。そこで、L調査官が、事前連絡をしない調査を行う場合があること及び甲と丁から、1時間程度、調査を行うことについて承諾を得ている旨O税理士に説明したところ、同人の理解を得られたので、O税理士からも丁に調査に協力するように伝えてほしい旨依頼し、和室に戻っていた丁と電話を替わり、L調査官は和室に戻った。なお、丁が和室に戻っていた際、T調査官は、身分証明書及び質問検査章を丁に提示して、氏名を告げた。

午前10時5分ころ、丁が和室に戻ってきたので、L調査官は、調査を開始する旨告げ、帳簿書類の保管場所を尋ねた。

丁は、本社の2階が原告の事務室になっており、帳簿書類は2階の事務室に保管しており、事務室の帳簿を取ってくる旨申し立てたので、L調査官らが同行しようと3人とも立ち上がったところ、丁は、1人だけ付いてくればよい旨申し立て、L調査官が丁に同行して2階へ上がった。

事務室には、机の上に帳簿書類、手形、小切手などが置いてあり、L調査官は、帳簿書類の保存場所を丁に確認した後、個人名義の預金通帳の保管場所を尋ねた。丁から和室の金庫に保管している旨返答があったので、L調査官は、金庫を確認したい旨依頼した。

丁は、個人の物は、関係ない旨申し立てたが、L調査官が同族会社なので、個人と会社のものが区別してあるかどうかも含めて確認したい旨説明すると、丁は、これを承諾した。

L調査官と丁は和室に戻り、丁は、和室にある金庫を開け、預金通帳を数冊取り出した。この時、T調査官が金庫の中の物をすべて見せてもらいたいと依頼したところ、丁は金庫内にあった物をすべて畳の上に出したので、L調査官らは、金庫から出された物の確認を始めた。

T調査官が在中物を確認しようと手にした封筒の中身が現金だったので、丁に現金を数えるように依頼したところ、これを承諾し、数え始めようとした。

T調査官は、金融機関の帯封がついたままの1万円の束が2束あったので、帯封がついているものは使っていなければ数えなくてよい旨指示し、丁は、帯のないものだけ数え、T調査官に373枚ある旨回答した。

S調査官は、丁が金庫の中から出したバックの中身を確認したところ、多数の商品券、封筒に入った現金、預金通帳及びキャッシュカードなどが入っていたので、T調査官の指示に続いて、丁に商品券の枚数及び現金を数えるように依頼した。丁は、商品券及び現金を数えた後、S調査官に、額面500円の商品券が91枚、現金が1万円札で18枚ある旨回答した。

L調査官は、金庫の中から出されたファイルの中身を確認していたが、ファイルの中には、土地、建物の権利証及び生命保険等の証書が入っていた。

T調査官は、調査時間に制約があることから丁1人で現金等を数えてもらうと時間がかかると思い、500円硬貨等の小銭は、私が数えさせてもらいますと丁に承諾を求めた上で小銭を数えた。小銭を数え終えた後、丁の目前で、丁が金庫内から出した印鑑の印影を持参した用紙に押印していたが、丁から拒否されたり、抗議を受けることはなかった。

T及びS両調査官は、丁が現金を数え終わると、紛失するといけないので現金をしまうように指示したところ、丁は、これを承諾し金庫の左脇に現金の入った封筒を置いた。

S調査官が、預金通帳の中身の確認を要望したところ、丁は、これを承諾した。なお、S調査官は、預金通帳が10数冊と多かったことから、内容の検討までには至らなかった。

T調査官が丁に、桑名に行く時刻に間に合うかどうか等について尋ねると、丁は、大丈夫である旨答えた。

それで、T調査官が、原告の船橋営業所について話しをし、上記船橋営業所の住所・電話番号を丁に尋ねると、丁は、しばらく待つよう言いながら和室を出て行き、間もなく名刺を持って戻ってきた。

丁が名刺を見ながら住所を言い始めたので、T調査官が名刺を見せてもらいたい旨要請すると、丁は名刺をT調査官に渡したので、T調査官は、名刺の住所・電話番号を書き写した後、丁に名刺を返却した。なお、名刺は、原告の取締役丙のものであった。

T調査官は、帳簿書類を確認するため、丁に事務室に同行してもらいたい旨要望すると、丁は了解した。

このとき、L調査官が調査の残り時間も余りないので預金通帳等を複写させてもらいたい旨要請すると丁は、コピー機は2階にある旨返答したが、L調査官が、コピー機は持参してきているので、電源を使用させてもらいたい旨要望すると、丁は、これを承諾したので、L調査官が本社を出て、乗ってきた自動車までコピー機を取りに行った。

丁と事務室に行ったT調査官が帳簿書類及び預金通帳の保管場所を尋ねたところ、丁から、机の上にあった帳簿及び預金通帳の入っているバックを提示された。T調査官は、帳簿及びバックの中身は後ほど確認させてもらう旨明言し、部屋の隅の紙袋を指差しながら、中身を尋ねると、丁から古い書類が入っている旨返答があったので中を見ると古い書類が入っていた。

T調査官は、この紙袋も後ほど確認させてもらう旨明言し、紙袋の近くにあった整理タンスを指差し、何か原告のものは入っていないかと尋ねると、丁は領収書が入っている旨返答したので、T調査官が、上記整理タンスの引出しを開けることを依頼すると、丁は、承諾した旨返事をしながら右整理タンスの上部にある小物入用の引出しの1番上段部分を開けた。T調査官が下の段も確認したいので引出しを開けるよう依頼すると、小物入れ部分の2段目及び3段目だけ開けた中には、未整理の領収書が散乱して保管されていた。

この時、2階事務室内の電話が鳴り、丁が電話に出た。T調査官は丁から、O税理士からの電話なので替わってほしい旨要請されたが、前回の電話をL調査官が受けていることから、L調査官に応答してもらいたい旨要請すると、丁は、これを承諾し、1階に降りていった。

L調査官は、S調査官と持参したコピー機で預金通帳を複写していたが、丁から電話を替わるように要請されたため、廊下に出て電話を替わった。相手はO税理士であり、すぐに帰るように要請された。L調査官が了解すると、O税理士はすぐ帰るようにと念を押した後、一方的に電話を切った。

L調査官は、和室に戻りS調査官に作業を急ぐように指示して預金通帳等を複写していると、丁が和室の入口に立ったまま、事前連絡がない調査は違法調査だと強い口調で抗議を始めたため、L調査官が事前に連絡をしないで行う調査もあり、違法な調査ではない旨説明すると、丁は和室を出て行き、どこかに電話をしている様子であった。

2階のT調査官は、丁から提示されたバックの中身及び紙袋の中身を確認していたが、確認が終わったため1階に降りた。なお、この時、事務室内にあった印鑑の印影を持参した用紙に押印したものであるが、和室で印影を押印したときに丁から拒否されたり、抗議を受けることはなかったことから、丁の承諾は得ているものと判断して行ったものである。

その後、L調査官は、電話が終わり和室に戻ってきた丁から、1時間以上経過したので帰るよう申し立てられたため、これを承諾したが、S調査官が預金通帳の複写をまだ終えておらず、丁に対して、預金通帳の口座番号を控えさせてもらいたい旨要請し、S調査官に口座番号を急いで書き写すよう指示し、コピー機を片づけた。

T調査官が総勘定元帳だけでも借りたい旨依頼したが、丁から貸出しを拒否され、再度帰るように促された。

T調査官は、丁が金庫から出した書類を丁に片づけるように促しても、丁は、帰るよう言うので、T調査官は、金庫から出された預金通帳や書類等をテーブルの上に一箇所にまとめて置いてから、片づけをしないまま帰ることについて謝罪しつつ、L調査官及びS調査官とともに玄関口へ向かうと、丁は、玄関口まで見送りに来た。

玄関口から退出する際、T調査官が甲が桑名から戻ってくるのはいつごろになるかと尋ねると、丁は、1週間後くらいだと思う旨返答した。L調査官は、甲が戻ってくるころに連絡する旨告げて、本社を午前11時20分ころ退出した。

b 第1工場の調査内容

U調査官及びT調査官が、原告の第1工場で行った税務調査の内容は、次のとおりである。

U及びT両調査官は、平成6年7月27日午前9時30分ころ、原告の第1工場へ税務調査のために臨場し、U調査官が、第1工場から出てきた従業員らしい男性に甲の所在を尋ねると、甲は不在で詳細は事務所内の女性に聞くようにとの返答があった。

このため、U及びT両調査官は、プレハブ1階の事務所のガラスサッシの戸を開けて、U調査官が中にいた女性に甲の所在を尋ねたところ、女性は、甲は不在であること及び親戚に不幸があって三重県の桑名に出掛けている旨返答した。

さらに、U調査官は、上記女性に第1工場に原告の責任者がいないか尋ねたが、誰もいないとの返答だったので、甲が戻る予定を尋ねたところ、1週間後くらいに戻ると甲が言っていた旨返答があったため、午前9時40分ころ辞去した。

U調査官は第3工場へ、T調査官は本社へ、それぞれの様子を確認するために向かった。

c 第3工場の調査内容

V及びW両調査官が、原告の第3工場で行った税務調査の内容は、次のとおりである。

V及びW両調査官は、平成6年7月27日午前9時40分ころ、原告の第3工場へ税務調査のために臨場し、V調査官は、第3工場内にいた従業員らしい男性に甲の所在を尋ねると、工場にはいないが、自宅にいるのではないかと返答があった。

V調査官は、工場の責任者がいないか尋ねたところ、男性は、工場長のような責任者は決まっていないこと及び取締役もここにはいない旨返答した。

V及びW両調査官は、上記男性から身分を問われたため、それぞれ、身分証明書を提示し、氏名を告げた。

このころ、U調査官が、第3工場に到着し、V及びW両調査官を工場の外窓から手招きして呼び出し、甲が親戚の葬儀に出席するために不在である旨伝えた。

それで、V及びW両調査官は、工場内に戻り、これで帰ることを告げ、午前9時50分ころ辞去した。

(イ) 平成6年7月27日以降の調査

平成6年7月27日以降の主な調査の経緯は、以下のとおりである。

平成6年8月5日、丁及びY民主商工会事務局長(以下「事務局長」という。)が熊谷税務署に来署し、本件本社調査に対する抗議を申し立てた。

平成6年8月19日、原告から請願書の提出(以後、平成6年10月27日、平成6年12月26日、平成7年1月26日付けで通算4回の請願書が提出された)。

平成6年10月13日、甲に調査日程について連絡したが、請願書への回答がないことを理由に調査協力を拒否された。

平成6年10月18日、再度、甲に調査日程について連絡したが、請願書への回答がないことを理由に調査協力を拒否された。

平成6年10月28日、甲、丁及び事務局長が熊谷税務署に来署し、本件本社調査に対する抗議及び請願書への回答を要求した。

平成6年11月28日、甲、丁及び事務局長が熊谷税務署に来署し、本件本社調査に対する抗議及び請願書への回答を要求した。

平成6年11月30日、原告の関与税理士であるI税理士から、調査日程の調整を行う旨の申し出があった。

平成6年12月5日、I税理士から、同年12月9日に調査に応じる旨の連絡があった。

平成6年12月9日、X統括官及びV調査官が本社に臨場し、帳簿調査を実施した。

平成6年12月12日、X統括官及びV調査官が本社に臨場し、帳簿調査を実施した。

Bとの取引について問題点を指摘し、約束手形の裏書の解明を依頼した。

平成6年12月22日、X統括官からI税理士へ、上記臨場調査時に依頼した事項の進行状況の確認及び督促を行った。

平成7年1月19日、X統括官からI税理士へ、上記臨場調査時に依頼した事項の進行状況の確認を行った。

平成7年1月26日、甲、丁及び事務局長が熊谷税務署に来署し、調査方法への抗議を申し立てた。その後、銀行発行の約束手形の裏書証明書を提示したが、第1裏書人のみの証明書であった。

平成7年2月6日、甲、丁及び事務局長が熊谷税務署に来署し、調査の早期処理を要請した。

平成7年2月7日、銀行調査の際、甲、丁及び事務局長が調査の妨害を行った。

平成7年2月14日、原告から、平成6年4月期の法人税に係る修正申告書が提出された。

平成7年2月15日、銀行調査の際、甲及び事務局長が調査の妨害を行った。

平成7年2月20日、銀行調査の際、甲及び事務局長が調査の妨害を行った。

平成7年2月21日、原告が浦和地裁熊谷支部に国家賠償法に基づく損害賠償請求の訴えを提訴した。

平成7年4月18日、Z(屋号をaと称する。以下、両者を総称して「Z」という。)に対する調査を行い、Bへの不正加担の事実を把握した。

平成7年4月24日、Bに対する調査を行い、原告の不正加担の事実を把握した。

平成7年5月31日、丙に対する調査を行い、乙ルートに係る原告の不正計算を把握した。

平成7年6月13日、甲が乙ルートに係る原告の不正計算について自認した。

平成7年6月27日、本件調査による1回目の青色申告の承認の取消通知書を交付送達した。

平成7年6月30日、本件調査による1回目の課税処分に係る更正通知書等を発送した。

平成7年8月21日、原告から、本件調査による1回目の青色申告承認取消処分及び各課税処分に係る異議申立書が提出された。

平成7年11月16日、本件調査による1回目の青色申告承認取消処分の取消通知書及び各課税処分に係る取消通知書を交付送達した。

平成7年12月26日、本件課税処分等に係る通知書等を発送した。

平成8年1月4日、原告から、本店所在地異動届書が提出された。

平成8年1月8日、平成7年12月26日に発送した本件課税処分等に係る通知書が郵便局から返戻された(本店所在地の移転を理由に受領を拒否)。

平成8年2月16日、桑名税務署から原告に対し、本件納税地指定通知書を発送した。

平成8年2月17日、甲の兄が経営する会社の関係者により、本件納税地指定通知書が代理受領された。

平成8年2月22日、本件課税処分等に係る通知書等を交付送達しようとしたが、丁が受領を拒否したため、本社の郵便受箱に差置送達した。

ウ 本件調査が適法であること

(ア) 本件調査の経緯に照らし、同調査は適法であること

上記のような本件調査の経緯に照らせば、これが被調査者である原告の承諾を得て行われたことは明らかであり、その他違法とされるべき点は認められない。

(イ) 本件調査が違法である旨の原告の主張はそれ自体失当であること税務調査は、課税庁が課税標準及び税額等を認定するに当たり、その資料を収集するための手続にすぎず、それ自体が客観的な課税要件ではないから、その調査手続が違法であるからといって、そのことのみで課税処分が違法になるものではなく、また、課税処分取消訴訟は、客観的に所得の有無、額を争うものであるから、当該課税処分が客観的な所得に一致する限り、その資料が違法な調査手続によって収集されたからといって、直ちにこれに基づく課税処分に取り消すべき瑕疵があるとはいえない。ただ、当該調査手続の違法性の程度が刑罰法令に触れたり、公序良俗に反する程度に至った場合には、これによって収集された資料を課税処分の資料に用いることはできず、その結果、当該課税処分が客観的な所得に一致すると認めるに足りる資料を欠き、違法として取り消されることがあるにとどまるものである(広島地裁平成2年7月20日判決・税務訴訟資料180号312頁、水戸地裁平成2年6月19日判決・税務訴訟資料176号1282頁、那覇地裁昭和63年8月10日判決・行政事件裁判例集39巻7・8号790頁及び東京地裁昭和61年3月31日判決・判例時報1190号15頁)。

しかるところ、本訴において法廷に顕出された証拠資料に、本件調査によって収集されたものは一切ないから、仮に同調査に重大な違法があるとしても、そのために証拠から排除されるべき資料はない。

したがって、仮に原告主張のとおり本件調査が違法であるとしても、そのこと自体は本件課税処分等の適法性に何ら影響するものではなく、原告の主張は、本件課税処分等の取消しを求める理由としては失当というほかない。

(3)  争点3(原告とBとの間の取引(Bルート)に水増し計上があり経費否認されるかどうか)

(原告の主張)

被告熊谷税務署長は、Bが原告に外注金額を請求する際に丙からの要請により、BとZとの間で架空外注費を計上したと主張しているが、原告代表者である甲はこの事実を全く知らされていなかった。

その意味で、原告は、金員をだまし取られた被害者であっても、水増し取引の主体であったということはできず、原告に対して不正行為を行い、不正に利益を取得し、不正申告をしていたのは、B、Z、丙の三者ということになる。

取引行為における対価の支払は、双方の様々な原価計算(見積)に基づいて協議する中で適正な価格が定められる。すなわち、物品などの原価・経費・利益率など諸般の事情を考慮した上で定められることになるが、取引行為の相手方が、どのような事情のもとに、どのように自己の経費や利益率を考えるかは、その者の自由な判断であり、他方当事者としては、自己の考える原材料等の原価・経費・利益率などの算定の上、総額において適正と判断できるものであれば、相手方の内部事情については特段の興味をもつものではない。その意味で、原告としては、Bに対する外注費は適正な価格であると判断したのであり、一度支払った金員が、B内部において、どのように費消されたかについては何ら関知するところではないのである。

すなわち、原告がBに対して、適正な価格の支払をした後に、Z・丙が金員を不正に取得したことをもって、さかのぼって原告の支払が不適正な価格の支払であったとの解釈の転換をすることはないのである。

また、被告熊谷税務署長は、丙が原告の専務取締役の名刺を持っていたこと及び原告の発行済株式総数の25%を保有する株主であったことから、丙の行為を原告の行為と無関係ではないとし、原告がBと水増し取引をしていたとするが、丙が原告の株主及び取締役の地位にあったとしても、B・Z・丙の原告に対する犯罪行為についてまで、全く何も知らなかった原告がその責めを負わなければならないいわれはなく、本件に関する丙の行為は原告の行為と無関係であり、同視されるべきものではない。

したがって、Bルートについては原告の架空計上には当たらないから経費否認をするのは不当である。

(被告熊谷税務署長の主張)

ア 取引の概要

Bへの外注工事を水増しした取引(Bルート)は、丙が、Bに対して、外注費を水増しし、水増しした分をZに対する外注費として仮装するように指示して行っていたものである。

その概要は、丙が水増し分の取引内容を考え、Bに対して、正規の取引以外に右水増し取引による工事代金を記載した請求書を作成させて正規の取引であるかのように装い、原告に対して工事代金の請求を行っていたものである。

Bは、水増し分を含む工事代金を、原告から、数枚の約束手形に分けて受領し、右水増し分相当額を丙に渡していた。

丙は、Bから受け取った水増し工事相当額の約束手形をZ名義のb信用金庫習志野駅前支店の普通預金口座で取り立て、現金で払い戻した後、Zに対して、水増分の15%相当額を手数料として支払い、残額を個人的に費消していた。

イ 水増し外注費の金額

被告熊谷税務署長が、Bルート分の水増し外注費として認定した金額は、次のとおりである(別表12参照)。

平成3年4月期---1500万7000円

平成4年4月期---2155万1000円

平成5年4月期---1434万8500円

平成6年4月期---708万7000円

ウ 本件架空取引等の損金計上について

(ア) 架空経費の損金計上について

法人税法22条1項は、内国法人の各事業年度の所得金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とする旨規定し、同条3項は、内国法人の所得金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、当該事業年度の収益に係る売上原価等の原価の額及び当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用の額並びに当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るものと規定している。

したがって、架空取引による経費を損金として計上する余地はない。

すなわち、原告取締役の丙は、平成2年10月ころ、Z及びBの代表者戊との合意の下、原告がBに型枠等の製造工事を発注したように仮装し、経費を架空計上するとともに、当該経費相当額の一部を協力者のZに交付し、その余は丙が取得することを始めた。

経費の架空計上の具体的な態様は、原告がBに工事を発注する際、丙が戊に指示して、工事代金を水増しした原告あての虚偽の請求書を提出させるとともに、水増し相当分はBが更にZに発注したように装わせ、原告がBあてに、正規の工事代金額の約束手形とは別に、水増し相当分の額の約束手形を振り出し、これを丙がb信用金庫習志野駅前支店のZ名義の銀行口座で取り立てて現金化するというものである。

また、これにより捻出された金員は、丙がZにその15%を手数料として支払い、残金は丙が取得していた。

(イ) 経費の架空計上に当たらないとする原告の主張が失当であること原告は、前述した事実関係それ自体は認めつつ、原告代表取締役の甲は丙の不正行為を認識しておらず、原告はBからの請求に従って工事代金を支払ったものであるから、経費の架空計上には当たらない旨主張する。

しかし、丙は原告取締役で、原告の営業担当者であるから、丙が戊と交渉して工事代金額を決定すれば、その額が原告とBとの問で合意された正規の工事代金額となるのは当然であって、このことは、その額を原告代表取締役の甲が認識していたか否かに左右されない。そして、戊は丙の指示を受け、原告に対し、正規の工事代金額を超過する額を記載した請求書を提出したが、原告がBに支払ったのは、うち正規の工事代金額のみであって、超過分の金額はBではなく丙に支払ったのである。ところが、原告は、Bに支払った正規の工事代金額のみならず、丙に支払った超過分の金額をも工事代金として計上したのであるから、この超過分について経費の架空計上に当たることは明白である。

このことは、原告が超過分の金額に関し、損害賠償請求名下に丙にその支払を請求し、示談金としてその支払を受けたことからも明らかであって、これを正規の工事代金としてBに支払ったとする原告の主張は失当というほかない。

エ 以上のとおり、原告がBとの取引を偽装して経費を架空計上するとともに、当該経費相当額の一部を協力者のZに交付し、その余を丙に支給した事実も明白である。

(4)  争点4(原告と乙との間の取引(乙ルート)に架空取引があり経費否認されるかどうか)

(原告の主張)

ア 原告が乙に対して発注した外注工事は、原告・乙間の正規の取引である。

イ 原告は、いわゆる青色申告事業者であって本件課税処分等対象の年度において、各事業年度、各課税事業年度の法人税、法人臨時特別税、法人特別税及び消費税について、いずれも確定申告書に基づき法定申告期間内に申告し、それぞれ申告納税額を納付している。

青色申告事業者は、現金出納帳、当座勘定表、総勘定元帳、売掛帳、買掛帳、預金通帳、手形帳、賃金台帳、当座照合表、請求書及び領収書等を備え付けることが求められているが、原告は、青色申告事業者が備えるべきそれらの法定事業帳簿を備えている。

帳簿の完備している本件では、取引の存在及びその内容は、帳簿上の記載と帳簿の記述を補強する取引書類、金銭の流れを証明する関係記録の存在によって相当程度の蓋然性をもってその存在は立証されている。

ウ 原告は各年度において外注工事を実際に乙に発注していた。この事実は、原告の作成していた総勘定元帳に計上され、補助簿として外注ごとに区別されて計上されている。さらに、上記発注の事実は乙からの請求書によって確認され、原告の支払事実は当座勘定照合表によって証明され、乙発行の領収書及び支払ルートによって補強される。

次いで、乙への外注工事発注の事実は、同工事の元工事(原告が受注者となった工事)の存在によって立証される。すなわち、元工事発注者からの注文書、原告の元工事発注者に対する請求書、発注者からの支払通知書等によって元工事が存在していることは明らかである。

エ 被告熊谷税務署長認定の不当

(ア) 被告熊谷税務署長が乙ルートを架空取引とするのは、一に丙供述の存在である。しかし、丙は、平成7年5月31日に熊谷税務署に乙ルートは架空工事であったと自発的に供述しているところ(乙12)、その動機はBルートに関し1億円近くもの横領金を取得しておきながら、甲との交渉において返済を3000万円以下に押さえようと企て、甲を牽制するべく脱税の共犯者に仕立てようとしたものであることは明らかである。その後、丙は、甲に対しては6月7日になって5月31日に乙12の熊谷税務署で言った内容は事実に反すると言ったり(甲84)、逆に6月8日になって熊谷税務署に甲84の内容は虚偽であるとしたり(乙29添付)、供述が二転三転している。そして、裁判所における証言内容も、乙に実際に仕事を頼んだのかどうかについては、ある個所では実工事と言ってみたりある個所では架空工事と言ってみたり、全く一貫性、統一性がない。このように丙供述は全く信用性がなく、丙供述のみに頼った乙ルートが架空であるとの被告熊谷税務署長の認定は全く不当である。

(イ) 被告熊谷税務署長は、丙作成の大学ノート(以下「本件ノート」という。乙17)の存在を指摘するが、それは丙が請求書や注文書・領収書を工場事務所に持参するときに携帯し、原告代表者やdら原告の社員が確認してサインしたものにすぎない。それに「I50、H50、W」その他の記載がある部分が存在するとしても、サイン以外の部分に甲が記載したことはないし、サイン以外の部分に記載された文字や数字の意味について原告代表者は全くわからない。それを丙は、乙ルートに関する裏金の分配を示すと供述するが、何らの根拠もないでたらめのものである。

(ウ) 被告熊谷税務署長は、原告と乙との取引はすべて仮装した架空外注であるとするが、原告は被告熊谷税務署長主張の各年度において、外注工事を実際に乙に発注していた。原告が乙に発注した工事は、原告が主としてe株式会社(以下「e」という。)から受注した工事の全部又は一部であり、元工事が存在している事実は、元工事の受注事実(甲34ないし57)、eに対する請求事実(甲34Aないし57A)、eから原告に対する代金支払事実(甲34Bないし57B)により証明されている。そして、これに対応する乙への発注工事があり、履行されたことが乙から原告への請求書と領収書(乙13、14)から明確に立証される。

しかも、元工事が一括して乙に丸投げされたのではない。例えば、乙13の8の工事をみると、同工事(fビル向型枠、gビル向型枠兼用部材及び改造費)については、乙に6型分が、Bに部材一式が、hに部品がそれぞれ分けて発注されている(甲91ないし95)。また、甲128の1ではeのiビル新築工事向型枠が乙とBに、甲128の2ではj(株)本社新社屋新築工事向型枠が、同じくBと乙に分けて発注されている。元工事が存在し完成されているとすれば、乙に対する発注が架空工事という認定は成り立たない。e等元工事発注者は、発注した工事が完成したからこそ、その代金を原告に支払っているからである。発注工事が完成しないのに、代金を支払う会社は存在しない。

(エ) しかも、乙は、本件課税処分等対象期間中の平成3年から平成5年にかけて、真実原告との取引があったことを前提として青色申告している(甲64ないし66)。乙は、原告や株式会社k(以下「k」ともいう。)との上記期間の取引を示した取引メモを作成していた(甲74、75)。kについては被告熊谷税務署長側で提出した乙42(k側の記録)と一致する。乙の各年度の申告側の内訳(総売上額・各月売上額)は乙の残したメモ(甲74、75)、乙13の請求書の金額、乙42のk側の記録と極めて近似し、乙の申告内容が正確であることが裏づけられる。乙に事業実体がなく、原告・乙間の取引が架空であるとすることは、乙の申告内容に照らしても到底いうことはできない。

(オ) また、被告熊谷税務署長が乙ルートが架空であることの重要な根拠とした丙から甲、丁に対する還流金の存在は、被告熊谷税務署長の悉皆的調査によっても、何ら証明されていない。被告熊谷税務署長は還流金の存在を調べるため原告の10近くの銀行や農協に執拗な調査を行った。このような調査にもかかわらず、原告には今日に至るまで簿外所得の痕跡もなく、説明不能な資産増加や原告関係者の借名口座や仮名口座もなかった。口座以外の資産の増加も存在しなかった。丙供述に基づく、甲らへの還流金の存在、つまり裏金の一部が甲らに支払われたとの被告熊谷税務署長認定は、この点においても明らかに破綻している。

オ 以上から、原告・乙間の取引は存在したのであり、被告熊谷税務署長が架空取引であるとして経費否認をしたのは不当である。

(被告熊谷税務署長の主張)

ア 取引の概要

原告が、乙への外注工事を仮装した取引(乙ルート)は、甲及び丙が、乙へ型枠等の製造工事を外注したように仮装することを合意した上、平成2年11月から行ったものである。

その概要は、丙が請求内容を考え、その内容を記載した請求書を乙に依頼して作成させ、上記請求書記載の工事代金相当額の領収書を乙に作成させて正規の取引であるかのように装っていたものである。

工事代金の支払は、上記工事代金相当額から、乙への貸付金相当額を控除した金額の小切手を振り出すことにより行っており、上記小切手の取立ては、丙名義のm銀行北習志野支店の普通預金口座で行っていた。

丙は、上記m銀行北習志野支店口座で取り立てた小切手を現金で払い戻し、乙に手数料として架空工事代金額の15%相当額を支払い、残金については、丙が13分の5、甲が13分の5、丁が13分の3の割合で分配していた。

甲及び丁に対する分配金の支払は、原告の第1工場事務所で丙が丁の分を含めて甲に手渡していたものである。

イ 架空外注費の金額

被告熊谷税務署長が、乙ルート分の架空外注費として認定した金額は、次のとおりである(別表13の「計上金額」欄参照)。

平成3年4月期---682万円

平成4年4月期---1461万6000円

平成5年4月期---1003万2715円

平成6年4月期---165万8300円

ウ 丙供述は信用性が高いこと

原告は、丙の供述は虚偽である旨主張するが、丙の供述は、以下のとおり、他の証拠によって十分裏付けられているから、その信用性は高いといえる。

(ア) 乙は、平成2年8月ころに原告の外注費として稼働することをやめており(乙39、40、甲)、原告も平成2年8月末日時点で乙への貸付金の残高を計算していること(原告の補助簿3頁、乙33)、乙は同年11月以降は株式会社kの外注先として稼働し、その際、同社から弁当代を立て替えてもらっていたこと(乙42)の各事実が認められる。

(イ) 丙は、経費の架空計上に伴い原告が乙あてに振り出した小切手につき、丙が同人名義の銀行口座で取り立てて現金化した旨供述するところ(乙12)、原告の乙に対する工事代金の支払は、平成2年8月までは銀行振込等であったが(乙33)、原告が経費の架空計上を開始したとされる同年11月以降、小切手の振出に変更され、かつ、当該小切手はいずれも、m銀行北習志野支店の丙名義の銀行口座で取り立てられており(乙16)、原告が乙あてに振り出した小切手は乙に交付されることなく、丙が換金したと認められる。

(ウ) 丙は、原告が経費の架空計上により捻出した金員につき、乙にその15%を手数料として支払った旨陳述するところ、原告が経費の架空計上を開始したとされる平成2年11月以降、乙作成の各請求書には、現地出張費等の名目で、一律工事代金額の15%相当の金額が記載されている(乙13)。平成2年8月以前の乙の請求書にも現地出張費等の計上はあるが、これらは一律工事代金額の15%で算定されてはおらず(乙38)、この点は、乙以外の外注先作成の請求書においても同様であって(甲130等)、乙作成の前記各請求書(乙13)の請求内容は明らかに不自然といわざるを得ない。原告がかかる請求書に対応する金員の支出を繰り返したこと自体、経費の架空計上を目的として前記各請求書を乙に作成させたことの証左といえる。

(エ) 丙は、原告が経費の架空計上により捻出した金員につき、乙に手数料として支払った後、残余を甲及び丙がそれぞれ13分の5、丁が13分の3の割合で丙が分配し、甲と丁の取り分は併せて甲に交付していた旨陳述するところ、丙作成のノート(本件ノート。乙17、37)には、一部これに沿う記載が認められる。

すなわち、乙作成の平成3年2月28日付け請求書記載の工事代金は120万円であり(乙13の2)、同年3月20日にその支払名下に小切手が振り出され(乙15の1)、同月27日にm銀行北習志野支店の丙名義の銀行口座で現金化されたところ(乙16の2)、本件ノートの同日欄には「①乙領収証1枚」との記載に続けて、赤色ペンによる「甲」の署名と「I50.H50.20」との記載がある。

乙作成の平成3年3月31日付け請求書記載の工事代金は130万円であり(乙13の3)、同年4月16日にその支払名下に小切手が振り出され(乙15の1)、同月18日に丙名義の上記銀行口座で現金化されたところ(乙16の3)、本件ノートの同月19日欄には、「4/19丙50.甲50.30」との記載がある。

乙作成の平成3年6月29日付け請求書記載の工事代金は150万円であり(乙13の6)、同年7月15日にその支払名下に小切手が振り出され(乙15の2)、同月18日に丙名義の上記銀行口座で現金化されたところ(乙16の6)、本件ノートの同月19日欄には、「①乙領収証1枚」との記載に続けて「(H100、I50)」との記載と「甲」の署名がある。

乙作成の平成3年10月31日付け請求書記載の工事代金は55万円であり(乙13の9)、同年11月15日にその支払名下に小切手が振り出され(乙15の3)、同月19日に丙名義の上記銀行口座で現金化されたところ(乙16の9)、本件ノートの同月21日欄には、「11/21甲37現金」との記載がある。

乙作成の平成3年11月30日付け請求書記載の工事代金は160万円であり(乙13の10)、同年12月13日にその支払名下に小切手が振り出され(乙15の4)、同月18日に丙名義の上記銀行口座で現金化されたところ(乙16の10)、本件ノートの同月16日欄には、「12/16甲100」との記載がある。

(オ) さらに、原告が経費の架空計上により捻出した金員につき、乙に手数料として支払った後の残余を甲が分配して取得した事実については、甲も税務調査の際に自認したものである。

すなわち、甲は、平成7年6月13日、原告の本社で税務調査を受けた際、関東信越国税局法人課のn専門官に対し、上記事実を認めた上、追徴税額が総額6000万円以内であれば修正申告する旨を述べ(甲140、乙32、n)、さらに、同月26日には熊谷税務署を訪れ、p調査官に修正申告した場合の追徴税額を尋ね、p調査官から、その見込額が記載されたメモの交付を受けている(乙48)。

甲は上記事実を自認したことを否定するが、甲自身が作成したメモに、「税金総額6000万円までなら払う。」などの記載があること(甲140)、原告の代理人であるI税理士作成の異議申立書に、「代表取締役甲が、『納税額がどのくらい増加するのか、はたして納税可能な金額なのか』を聞きに、・・・出署してp上席調査官から別添のメモ(原告が修正申告した場合の追徴税額の見込額が記載されたメモ。乙48添付)を受け取った」などの記載があること(乙48)に照らせば、甲が上記事実を自認したことは明らかである。

エ 経費の架空計上を否定する原告の主張が失当であること

原告は、経費の架空計上を否定するとともに、乙との取引が架空でない証拠として、乙が工事代金相当額を収入に含めて確定申告した事実を指摘する。

しかし、原告は、原告が乙あてに振り出した小切手を丙が同人名義の銀行口座で現金化した事実について、何らの合理的説明もしていない。また、乙が工事代金相当額を収入に含めて確定申告した事実にてついては、乙が一方で原告に協力して収入を架空計上しつつ、他方で人件費等の経費も架空計上すれば、乙は何ら不利益を負わないから、かかる事実は、原告が乙との取引を偽装したことを否定するものではない。

オ 以上のとおり、丙の陳述は、客観的証拠に裏付けられており、その信用性は高いといえ、さらに、原告が経費の架空計上により捻出した金員を甲らが分配して取得した事実について、甲も税務調査の際には自認していたものである。

したがって、原告が乙との取引を偽装して経費を架空計上するとともに、当該経費相当額の一部を協力者の乙に交付し、その余を原告代表取締役の甲や原告取締役の丙らに支給した事実は明白というべきである。

(5)  争点5(本件青色申告承認取消処分の適法性)

(原告の主張)

原告に対する本件青色申告承認取消処分の理由は、原告と乙との取引が全て架空取引であって、原告がその取引について「仮装・隠ぺい」という「事実」の認定である。

そして、青色申告には、帳簿の備付けなどの義務に対応して課税上の特典があるとされるが、青色申告承認が取り消されると、それ以降の申告においても上記特典が認められず、原告はこれによって極めて深刻な報復措置を受けたことになる。今日までのその不利益は経済的に極めて重大であり、納税者に対する不利益処分の認定については、極めて慎重になされなければならない。

しかし、原告と乙の取引はすべて存在しており、架空取引ではない。

「仮装・隠ぺい」の意義については下記の重加算税の場合と同様であり、原告がその取引について「仮装・隠ぺい」した事実もなく、本件青色申告承認取消処分は違法である。

(被告熊谷税務署長の主張)

ア 青色申告制度について

所得税法あるいは法人税法に規定する青色申告の制度は、納税者が自ら所得金額及び税額を計算し自主的に申告して納税する申告納税制度のもとにおいて、適正かつ公平な課税を実現するために不可欠な帳簿等の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであって、適式に帳簿書類を備え付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する(所得税法148条1項、法人税法126条1項)者について、当該納税者の申請に基づき、その者が特別の申告書(青色申告書)により申告することを税務署長が承認するものとし、その承認を受けた年分あるいは事業年度以後青色申告書を提出した納税者に対しては、推計課税を認めないなどの課税手続上の特典及び課税標準・税額の計算において種々の特典を与えるものである(最高裁昭和62年10月30日判決・判例時報1262号91頁参照)。

イ 青色申告承認の取消しについて

上記のとおり、青色申告者あるいは青色申告法人には、様々な特典が付与されているところ、青色申告の承認を受けた納税者は、右特典を受ける前提として、所得税に係るものにあっては所得税法施行規則56条ないし64条、法人税に係るものにあっては法人税法施行規則53条ないし59条で定めている帳簿書類を備え付け、記録し、保存すべき義務を負い(所得税法148条1項、法人税法126条1項)、右保存がない場合には、青色申告の承認は取り消されるものとされている(所得税法150条1項、法人税法127条1項)。その取消しの制度は、青色申告の承認を受けた者について、その承認の効力をそのまま存続させることを不適当ならしめるような事実が新たに生じたために、その効力を失わせる行為である。

ウ 青色申告承認の取消しの要件

(ア) 法人税法127条1項は、青色申告の承認を受けた法人について、次に掲げる事実がある場合には、税務署長はそれぞれ掲げる事業年度までさかのぼって、その承認を取り消すことができる旨規定している。

「1その事業年度に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が法人税法施行規則53条ないし59条で定めるところに従って行われていないこと。当該事業年度

2 その事業年度に係る帳簿書類について税務署長の指示に従わなかったこと。当該事業年度

3  その事業年度に係る帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること。当該事業年度

4  確定申告又は清算中の所得に係る予納申告の規定による申告書をその提出期限までに提出しなかったこと。当該申告書に係る事業年度」

(イ)  青色申告の承認の制度は、一定の者について特典を与えるものであり、その取消しの制度は、その特典を与え続けることを不適当ならしめるような事実が新たに生じたときに、将来にわたってこれを与えないこととするものにすぎず、制裁ではないから、その取消しのためには、将来にわたって特典を与え続けることが客観的にみて不適当と判断されれば十分であって、そのことに関し青色申告法人の代表者に帰責事由がある場合に限るとは解されない。このことは、法人税法127条1項3号後段が、「その事業年度に係る帳簿書類‥の記載又は記録をした事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること」と定め、帳簿書類の内容が客観的にみて信頼性に欠ける場合を挙げていることからも明らかというべきである。

したがって、法人税法127条1項3号にいう隠ぺい、仮装については、青色申告法人の備え付けるべき帳簿に、客観的にみて隠ぺい、仮装に当たる記載が存すれば足りるというべきである。

エ 本件青色申告承認取消処分の根拠及び適法性

(ア)  原告は、平成3年4月期の総勘定元帳において、乙に対して外注費を支払ったものとして、架空外注費合計682万円を計上し、右帳簿記載に基づき法人税の確定申告及び修正申告をしているが、前述のとおり、乙に対する外注工事の発注の事実はなく、仮装経理したことは明らかである。

なお、原告は、平成3年4月期以降も上記と同様の方法で架空外注費を計上していた。

(イ)  上記行為は、青色申告制度の趣旨に反するものであって、法人税法127条1項3号に規定する「その事業年度に係る帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること」に該当するものである。

したがって、被告熊谷税務署長のした本件青色申告承認取消処分は適法である。

(6) 争点6(本件更正処分等の適法性)

(原告の主張)

ア 前述のようにBルートについて経費否認をすることは不当であり、乙ルートは架空取引ではないから経費否認することは不当である。

イ 本件では丙に非申告所得があり、Bには架空経費の計上による「仮装・隠ぺい」があった。所得が発生したところに課税があるのが税法の原則である。

納税義務は、課税物件がある者に帰属することによって成立し、課税物件の帰属した者が納税義務者となる。この課税物件と納税義務者との結びつきを、課税物件の帰属という。課税物件とは、課税の対象とされる物・行為又は事実のことで、納税義務が成立するための物的基礎をなす。所得税法12条は、「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属すると見られる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律を規定する。」と規定しているが、これを実質所得者課税の原則という。

ウ 法的にも実質的にも所得は丙・Bに存在する

本件は、B・丙・乙(乙について被告熊谷税務署長は、原告・乙の取引はすべて架空であると認定するが、これは誤りである。)に発生した所得は、帰属の実質においても、行為当事者の認識においても、経済的実質においてそれぞれB・丙・乙に発生した所得である。

法律上も、Bの所得については、原告との外注取引を基にして原告からBに正当に支払われた外注費用であり、丙の所得については、Bに原告からの発注を仲介した見返りにBから丙に支払われたいわゆるバック・マージンと言うべき手数料であり、乙の所得については、原告から乙に正当に支払われた外注経費であり、仮に、乙から丙に手数料が支払われたとすればそれも、乙から原告からの発注を仲介した見返りに丙に支払われた手数料であって、実質所得者課税の原則に従って、それぞれ所得が発生した当事者を納税義務者とするのが当然である。

エ 原告には「租税回避行為」は存在しない

そして、税法解釈の実質主義が具体的に問題となる場面として、「租税回避行為」が挙げられる。

そもそも納税者の立場から実質課税を論ずれば、「所得なきところに課税なし」の大原則に立って、「租税回避行為」と認定されるべき事実関係がなければ、本件は経済的実質においても法律的認定においても、所得はB・丙・乙に発生しているのであるから、課税処分は原告ではなく、B・丙・乙になされなければならない。

そして、「租税回避行為」が認定されるためには、法形式や名義あるいは外観等と、真実の実体あるいは経済的実質等が異なっていること等の要件が必要であるが、本件においては原告にはこのような「租税回避行為」と目されるような行為は一切なく、どのような角度から見ても、原告に対する課税処分が不当であることは明らかである。

(被告熊谷税務署長の主張)

ア 法人税に係る更正処分の根拠及び適法性

(ア)  法人税に係る更正処分の根拠

a 平成3年4月期について

(a) 所得金額---5792万0516円

上記金額は、下記①の金額に同②ないし④の金額を加算した金額である。

① 申告所得金額---2836万8216円

上記金額は、原告の平成3年4月期の法人税修正申告書記載の所得金額である。

② 架空外注費の金額---2182万7000円

上記金額は、前述した原告が支払った乙ルート分の外注費682万円及びBルート分の外注費1500万7000円の合計金額である。

原告は、上記外注費について、総勘定元帳の外注費勘定に計上し、本事業年度の損金の額に算入しているため、損金の額への算入を否認した。

③ 損金の額に算入した道府県民税及び市町村民税の金額---300円

上記金額は、損金の額に算入され道府県民税及び市町村民税を損金の額に算入していた金額である。

④ 減価償却費の償却限度超過額---772万5000円

上記金額は、平成3年4月期の法人税の修正申告において、租税特別措置法42条の6(電子機器利用設備を取得した場合等の特別償却又は法人税額の特別控除)及び同法45条の2(中小企業者の機械等の特別償却)の特別償却により減価償却費を算出した機械(ファインプラズマ加工機)に係る損金算入額997万8124円のうち、原告に対する本件青色申告承認取消処分により、特別償却が不適用となることから、上記規定による特別償却を否認した後の償却限度額225万3124円を超える額である。

(b) 納付すべき法人税額---2124万9900円

上記金額は、下記①及び②の合計額から同③の額を控除した額である(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)。

① 所得に対する法人税額---2096万円

上記金額は、法人税法66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)1項及び2項の規定(ただし、平成10年法律第24号改正前のもの。以下同様である。)により、前記の所得金額5792万0516円のうち、800万円以下の部分については100分の28の税率を、800万円を超える部分4992万円(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)については、100分の37.5の税率を、それぞれ乗じて合計した額である。

② 課税留保金の税額---38万4500円

上記金額は、法人税法67条1項の規定により、留保金額384万5000円(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)に100分の10を乗じた額である。

③ 控除所得税額---9万4587円

上記金額は、法人税法68条(所得税額の控除)1項及び同法施行令140条の2(法人税額から控除する所得税額の計算)の規定により、利子・配当等の収入について既に源泉徴収されていた税額である。

b 平成4年4月期について

(a) 所得金額---6373万1322円

上記金額は、下記①の金額に同②の金額を加算した金額から、同③及び④の金額を減算した金額である。

① 申告所得金額---3149万6357円

上記金額は、原告の平成4年4月期の法人税確定申告書記載の所得金額である。

② 架空外注費の金額---3616万7000円

上記金額は、前述した、原告が支払った乙ルート分の外注費1461万6000円及びBルート分の外注費2155万1000円の合計金額である。

原告は、上記外注費について、総勘定元帳の外注費勘定に計上し、本事業年度の損金の額に算入しているため、損金の額への算入を否認した。

③ 減価償却費の償却認容額---38万5735円

上記金額は、上記ア(ア)a(a)④の計算により損金算入を否認したことにより、翌期以降の帳簿価額が増加するため生じる償却不足額135万1875円から、平成4年4月期の法人税の確定申告において損金の額に算入した機械(q)に係る減価償却費のうち、原告に対する本件青色申告承認取消処分により、租税特別措置法42条の6(電子機器利用設備を取得した場合等の特別償却又は法人税額の特別控除)及び同法45条の2(中小企業者の機械等の特別償却)適用できなくなり、上記規定による特別償却を否認した後の償却限度額30万1918円から原告が平成4年4月期の損金の額に算入していた償却額126万8058円の差額96万6140円を差し引いた額である。

④ 未納事業税認容額---354万6300円

上記金額は、平成3年4月期の法人税更正処分に対応する納付すべき事業税の増加分である。

(b) 納付すべき法人税額---2266万5900円

上記金額は、下記①の額から②の額を控除した額である(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)。

① 所得に対する法人税額---2313万9125円

上記金額は、法人税法66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)1項及び2項の規定により、前記の所得金額6373万1322円のうち、800万円以下の部分については100分の28の税率を、800万円を超える部分5573万1000円(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)については、100分の37.5の税率を、それぞれ乗じて合計した額である。

② 控除所得税額---47万3190円

上記金額は、法人税法68条(所得税額の控除)1項及び同法施行令140条の2(法人税額から控除する所得税額の計算)の規定により、利子・配当等の収入について既に源泉徴収されていた税額である。

c 平成5年4月期について

(a) 所得金額---2214万3155円

上記金額は、下記①の金額に同②を加算した金額から、同③及び④の金額を減算した金額である。

① 申告所得金額---291万4512円

上記金額は、原告の平成5年4月期の法人税確定申告書記載の所得金額である。

② 架空外注費の金額---2438万1215円

上記金額は、前述した原告が支払った乙ルート分の外注費1003万2715円及びBルート分の外注費1434万8500円の合計金額である。

原告は、上記外注費について、総勘定元帳の外注費勘定に計上し、本事業年度の損金の額に算入しているため、損金の額への算入を否認した。

③ 減価償却費の償却認容額---128万4372円

上記金額は、上記ア(ア)a(a)④の計算により損金算入を否認したことから、翌期以降の帳簿価額が増加するため生じる償却不足額111万5297円と、上記ア(ア)b(a)③の計算で損金算入を否認したことから、翌期以降の帳簿価額が増加するため生じる償却不足額16万9075円との合計額である。

④ 未納事業税認容額---386万8200円

上記金額は、平成4年4月期の法人税更正処分に対応する納付すべき事業税の増加分である。

(b) 納付すべき法人税額---730万8660円

上記金額は、下記①の額から②の額を控除した額である(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)。

① 所得に対する法人税額---754万3625円

上記金額は、法人税法66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)1項及び2項の規定により、前記の所得金額2214万3155円のうち、800万円以下の部分については100分の28の税率を、800万円を超える部分1414万3000円(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)については、100分の37.5の税率を、それぞれ乗じて合計した額である。

② 控除所得税額---23万5006円

上記金額は、法人税法68条(所得税額の控除)1項及び同法施行令140条の2(法人税額から控除する所得税額の計算)の規定により、利子・配当等の収入について既に源泉徴収されていた税額である。

d 平成6年4月期について

(a) 所得金額---395万1174円

上記金額は、下記①の金額に同②の金額を加算した金額から、同③及び④の金額を減算した金額である。

① 申告所得金額---△156万7220円

上記金額は、原告の平成6年4月期の法人税修正申告書記載の所得金額である。

② 架空外注費の金額---874万5300円

上記金額は、前述した原告が支払った乙ルート分の外注費165万8300円及びBルート分の外注費708万7000円の合計金額である。

原告は、上記外注費について、総勘定元帳の外注費勘定に計上し、本事業年度の損金の額に算入しているため、損金の額への算入を否認した。

③ 減価償却費の償却認容額---105万9606円

上記金額は、前記ア(ア)a(a)④の計算により損金算入を否認したことから、翌期以降の帳簿価額が増加するため生じる償却不足額92万0120円と、ア(ア)b(a)③の計算で損金算入を否認したことから、翌期以降の帳簿価額が増加するため生じる償却不足額13万9486円との合計額である。

④ 未納事業税認容額---216万7300円

上記金額は、平成5年4月期の法人税更正処分に対応する納付すべき事業税の増加分である。

(b) 納付すべき法人税額---97万6600円

上記金額は、下記①の額から②の額を控除した額である(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)。

① 所得に対する法人税額---110万6280円

上記金額は、法人税法66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)1項及び2項の規定により、前記の所得金額395万1000円(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)に、100分の28の税率を乗じた額である。

② 控除所得税額---12万9614円

上記金額は、法人税法68条(所得税額の控除)1項及び同法施行令140条の2(法人税額から控除する所得税額の計算)の規定により、利子・配当等の収入について既に源泉徴収されていた税額である。

(イ)  法人税に係る更正処分の適法性

被告熊谷税務署長が、前記ア(ア)のaないしdで主張する原告の納付すべき税額は、平成8年2月22日付け法人税に係る各更正処分の額(別表2ないし5参照)と同額であり、本件法人税に係る更正処分は適法である。

イ 法人臨時特別税に係る更正処分の根拠及び適法性

(ア) 法人臨時特別税に係る更正処分の根拠

a 平成3年4月課税事業年度について

① 課税標準法人税額---1796万円

上記税額は、湾岸地域における平和回復活動を支援するため平成2年度において緊急に講ずべき財政上の措置に必要な財源の確保に係る臨時措置に関する法律(以下「臨時措置法」という。)11条2項の規定により、被告熊谷税務署長が本訴において主張する原告の平成3年4月期の所得に対する法人税額2096万円から、300万円を控除した残額である。

② 納付すべき税額---44万9000円

上記税額は、上記の課税標準法人税額1796万円に、臨時措置法12条により100分の2.5の税率を乗じた金額である。

(イ)  法人臨時特別税に係る更正処分の適法性

被告熊谷税務署長が、上記(ア)で主張する原告の納付すべき税額は、平成8年2月22日付けの法人臨時特別税に係る更正処分の額(別表6参照)と同額であり、本件法人臨時特別税に係る更正処分は適法である。

ウ 法人特別税に係る更正処分及び決定処分の根拠並びに適法性

(ア)  法人特別税に係る更正処分及び決定処分の根拠

a 平成4年4月課税事業年度の更正処分の根拠について

① 課税標準法人税額---1913万9000円

上記税額は、法人特別税法9条2項の規定により、被告熊谷税務署長が本訴において主張する原告の平成4年4月期の所得に対する法人税額2313万9125円から、400万円を控除した残額(ただし、国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 納付すべき税額---47万8400円

上記税額は、上記①の課税標準法人税額1913万9000円に、法人特別税法10条の規定により100分の2.5の税率を乗じた金額(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

b 平成5年4月課税事業年度の決定処分の根拠について

原告は、平成5年4月課税事業年度の法人特別税の確定申告書を提出していない。

① 課税標準法人税額---354万3000円

上記税額は、法人特別税法9条2項の規定により、被告熊谷税務署長が本訴において主張する原告の平成5年4月期の所得に対する法人税額754万3625円から、400万円を控除した残額(ただし、国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 納付すべき税額---8万8500円

上記税額は、上記①の課税標準法人税額354万3000円に、法人特別税法10条の規定により100分の2.5の税率を乗じた金額(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(イ)  法人特別税に係る更正処分及び決定処分の適法性

被告熊谷税務署長が、前記ウ(ア)a及びbで主張する原告の納付すべき税額は、平成8年2月22日付け法人特別税に係る各更正処分の額(別表7及び8参照)と同額であり、本件法人特別税の更正処分及び決定処分は適法である。

エ 消費税に係る更正処分の根拠及び適法性

(ア) 消費税に係る更正処分の根拠

a 平成5年4月課税期間について

① 課税標準額---5億4913万円

上記金額は、原告の平成5年4月期の消費税確定申告書記載の課税標準である。

② 課税標準額に対する消費税額---1647万3900円

上記金額は、上記①の課税標準額に消費税法(平成6年法律第109号による改正前のもの。以下同様である。)29条の規定により消費税率100分の3を乗じた金額である。

③ 控除対象仕入税額---1270万0587円

上記金額は、消費税法30条1項の規定により、課税標準額に対する消費税額から控除することができる課税仕入等に係る金額であるが、原告の確定申告書記載の金額から、前述の架空外注費等の合計金額2438万1215円に対応する課税仕入税額71万0132円を控除した金額である。

④ 納付すべき税額---377万3300円

上記金額は、上記②の課税標準額に対する消費税額から、上記③の控除対象仕入税額を控除した金額(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

b 平成6年4月課税期間について

① 課税標準額---3億6873万2000円

上記金額は、原告の平成5年4月期の消費税確定申告書記載の課税標準額に、原告が平成7年2月14日付けで提出した平成6年4月期の法人税修正申告書に記載している売上計上金もれ額30万3125円に103分の100を乗じた額29万4296円を加算した金額である(ただし、国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)。

② 課税標準額に対する消費税額---1106万1960円

上記金額は、上記①の課税標準額に消費税法29条の規定により消費税率100分の3を乗じた金額である。

③ 控除対象仕入税額---783万3091円

上記金額は、消費税法30条1項の規定により、課税標準額に対する消費税額から控除することができる課税仕入等に係る金額であり、原告の確定申告書記載の金額から、前述した架空外注費等の合計金額874万5300円に対応する課税仕入税額25万4717円を控除した金額である。

④ 納付すべき税額---322万8800円

上記金額は、上記②の課税標準額に対する消費税額から、上記③の控除対象仕入税額を控除した金額(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(イ) 消費税に係る更正処分の適法性

被告熊谷税務署長が、前記エ(ア)a及びbで主張する原告の納付すべき税額は、平成8年2月22日付け消費税に係る各更正処分の額(別表9及び10参照。ただし、平成5年4月課税期間分については、異議決定により一部取り消された後のもの)と同額であり、本件消費税に係る更正処分は適法である。

(7) 争点7(本件重加算税賦課決定処分の適法性)

(原告の主張)

ア 「仮装・隠ぺい」とは何か

原告には更正処分に併せて重加算税が課税されている。

重加算税の課税根拠として国税通則法68条は、「第65条第1項(過少申告加算税)の規定に該当する場合(略)において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、当該納税者に対し、政令で定めるところにより、過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額(略)に係る過少申告加算税に代え、当該基礎となるべき税額に100分の35の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税を課する。」と規定している。これについて、「隠ぺい、仮装の行為は納税者個人の行為に限定されず、その従業員や家族等が右行為をした場合においても納税者がそれを知っているかどうかにかかわりなくこの条の要件である『隠ぺい、仮装』となる。例えば、取締役及び監査役が故意に会社代表者に報告せず、隠ぺいしていたことが推認される場合においても重加算税が課される。」として、この要件を無制限に拡大して解釈する見解もある(財団法人大蔵財務協会編「国税通則法精解」657頁)。多数の学説は、このような解釈に批判的であり、最高裁判決においても未だ一般的基準が示されているとは言えない。

イ 納税者以外に無制限に拡大することに対する批判

まず、そもそもは法が「納税者が」と規定しているにもかかわらず、「納税者以外の者」に無限定に拡大する解釈は、これが行政罰であるとしても罪刑法定主義・租税法律主義の原則上法律解釈とは言い難い。国税通則法の規定の文言に忠実に解釈すると、隠ぺい又は仮装の行為者は、個人については、納税者本人に限定すべきであり、法人については、その法人を代表すべき代表取締役及び権限のある役員等に限定すべきであるということになる。

ウ 仮装・隠ぺいに故意は不要か

認識の要不要については、最高裁は、「納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではない。」としている(最高裁昭和62年5月8日判決)。しかし、学説では、脱税目的を要しないという解釈は、徴税の実をあげることを重視しすぎた解釈である等の批判が多く出されている。なお、過少申告の故意(脱税目的)はともかく、「仮装・隠ぺい」の認識が必要な点はほとんど争われない。また、少なくとも、「仮装・隠ぺい」の事実を知らず、知らないことに「責任がない」場合、あるいは知らないことに「期待可能性がない」場合には本条が適用されないというべきであり、本件はまさにそれに当たる事案である。

エ 納税者以外を含むとしても無限定ではない

納税者以外を含むが、「無限定に含む」とする先例は見当たらない。

むしろ、「例えば、従業員が隠ぺい又は仮装した場合においても、その従業員の地位及びその状況に応じて判断すべきである。つまり、その従業員が家族等であって、本人のために隠ぺい又は仮装して過少申告したような場合においては、本人がそれを知りうるかあるいは知りうる状況にあること、さらには、その隠ぺい等によって得られる利益が本人の同一利害集団に属することなどの関係にあるから、その隠ぺい又は仮装による重加算税は、本人が負うべきであろう。これに反して、このような利害同一集団に属さない従業員(つまり、赤の他人)が、自らの利益のために行われた隠ぺい又は仮装による過少申告は、隠ぺい仮装はその従業員のみの利得を目的としたものであって、納税者自身は全くあずかり知らないところであるから、これに対しては重加算税は課すべきでないということになろう。」(武田昌輔「使用人等による不正行為と租税ほ脱に関する若干の考察」税理30巻5号3頁)、「一般的には、その行為者の権限関係と隠ぺい・仮装行為の目的が問題となろう。(略)例えば、行為者に関しては、納税者本人の申告行為に重要な関係を有する部門(経理部門等)に所属し、相当な権限を有する地位(課長等)に就いている者の隠ぺい・仮装行為は、特段の事情がない限り、納税者本人(法人の代表者)の行為と同視すべきであろうし、(略)それほど権限を有していない従業員の場合には納税者本人の行為と同視することは酷であろう。」(品川芳宣「重加算税」税務事例20巻9号49頁)等の見解が説かれている。

これらの議論でまとめることができるのは、納税者(法人の場合は代表者)以外の第三者の行為の場合、その目的が、

① 納税者の利益を図る目的か、自己の利益のためか、

② 会社の経営に参画したり、経理処理を担当したりするものであるのか、単なる従業員と見るべきなのか、という区分をしている点である。

会社の経営に参画しない者で、専ら自己の利益を図る目的で行われた本件はこの点でも、国税通則法に定める重加算税の要件に該当しないというべきである。

なお、国税庁の平成12年7月3日付けの各加算税取扱いに関する「事務運営指針」を見ると、所得税の重加算税の取扱いについて以下のとおりとされている。

「重加算税の賦課基準

(1) いわゆる二重帳簿を作成していること。

(2) (1)以外の場合で、次に掲げる事実があること。

① 帳簿、決算書類、契約書、請求書、領収書その他取引に関する書類を、破棄又は隠匿していること。

② 帳簿書類の改ざん、偽造、変造若しくは虚偽記載、相手方との通謀による虚偽若しくは架空の契約書、請求書、領収書その他取引に関する書類の作成又は帳簿書類の意図的な集計違算その他の方法により仮装を行っていること。

③ 取引先に虚偽の帳簿書類を作成させる等していること。

(3) 事業の経営、売買、賃貸借、消費貸借、資産の譲渡又はその他の取引について、本人以外の名義又は架空名義で行っていること。

(4) 所得の源泉となる資産(株式、不動産等)を本人以外の名義又は架空名義により所有していること。

(5) 秘匿した売上代金等をもって本人以外の名義又は架空名義の預貯金その他の資産を取得していること。

(6)(7) 略

(8) 調査の際の具体的事実の質問に対し、虚偽の答弁を行い、又は相手先をして虚偽の答弁等を行わせること及びその他の事実関係を総合的に判断して、申告時における隠ぺい又は仮装が合理的に推認できること。」国税庁自身の指針に従っても本件は、上記いずれの要件にも該当しない。第三者の不正行為(誠実義務違反による外注先との通謀により不当領得の事実)を代表者が知らなかった本件は、上記重加算税の賦課要件(青色申告の取消要件にも)に該当しないことは明らかと言わなければならない。

オ 法人の従業員・役員による「不正行為」と所得の帰属

(ア) そもそも経費否認には当たらない

そもそも、本来は「第三者が自己の利得を図るための不正行為」と「納税者の仮装・隠ぺい」とは明確に区別されて論ずべきものである。

確かに、原告会社「社員」であった丙は、自己の業務遂行について、「原告のため誠実に行うべき職務誠実義務」があり、丙が取引先と謀って、原告の支払金の一部を私する行為は誠実義務違反となる。原告は、丙が誠実に義務を執行すれば負担しなくとも済むはずであったと「仮定」できる外注への支払の一部を、自己の損害金として計上し、丙に対して損害賠償請求権を行使することができる場合があると言えるが、本件のような形態の不正行為を単純に丙による横領と構成することはできない。横領の法律的定義から言って異なることは明らかである。

また、背任だとしても原告における「仮装・隠ぺい」とは全く別の場面の問題である。

(イ) 本件では取引当事者間では、実体的な取引が存在し、取引金額は合意され、合意された取引金額が支払われて、それは事実に即して記帳されていた(原告の帳簿記載)。外注先であるB・乙に支払われた代金が、B・乙と丙の間の「合意」によって一部が丙に支払われたとしても、それは代金の外注先における「使途」にすぎない。

バックマージン・手数料・「贈与」若しくは「賄賂」と認定されるべきものであるが、取引の「仮装・隠ぺい」には当たらない。

丙とB・乙間の、原告に対する「背任的通謀」があり、仮にその通謀がなかったならば、取引金額は「より低廉になった場合があるであろう」と推定されたとしても、「なったであろう低廉な価格」と本件での合意代金との差額を、「仮装・隠ぺい」部分と見なすことはできない。それは、原告に対する、丙・Bあるいは乙間の義務違反に基づく私法的な損害金の存否及び額の問題である。

原告は不正行為の被害者であり、課税者に対する「仮装・隠ぺい」行為とは到底いえない本件において、青色申告承認の取消・重加算税賦課決定処分を正当化する根拠は全く存在しない。

(ウ) 本来は原告に対してではなく、丙に課税処分すべきであった。

丙は、B・乙間の一連の取引を通じて恐らく1億円に近い所得を得、その所得によって資産を形成していた。被告熊谷税務署長は、原告関係の税務調査を通じてその実態を把握し、原告に教示さえしていた。現に課税庁は、Bの共犯者Zには課税処分を行っている。

丙の所得は、法律的にはBとの通謀により、Bから得た手数料である。仮に、原告・乙間でも丙が手数料を得ていたとしても同様である。上記通謀の事実と、丙の誠実義務違反による「不当利得」の事実を原告は知らないから、あえて、法律解釈の無理を押して、原告に課税する合理的理由は全く存在しない。課税原則に従って、「丙に課税」し、Bの外注経費を架空取引として否認すれば済んだのである。

(エ) このように、丙の行為は、国税通則法68条の「納税者(原告)の仮装・隠ぺい」とは言えず、さらには、誠実義務を有する丙が原告に対し詐欺・背任行為を図ることを予測して原告はその管理・監督をするまでの義務はなく、かつ、丙の詐欺・背任行為は、「原告において容易に知り得る状況があったにもかかわらず、漫然放置したという事情」がなく、「知らなかったことに期待可能性がなかった」とまでいうことはできないから、本件において重加算税を賦課する根拠はない。

(被告熊谷税務署長の主張)

ア 重加算税の意義

国税通則法68条は、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、過少申告加算税、無申告加算税又は不納付加算税の代わりに、重加算税を課すると規定している。

重加算税は、納税者が隠ぺい又は仮装という不正手段を用いた場合に、これに特別に重い負担を課すことによって、申告納税制度及び源泉徴収制度の基盤が失われるのを防止することを目的とするものであるから、通常の過少申告加算税、無申告加算税又は不納付加算税とは別個独立の処分ではなく、重加算税の賦課処分は、上記過少申告加算税、無申告加算税又は不納付加算税の税額に一定の金額を加えた額の加算税を賦課する処分であり、通常の加算税の賦課に相当する部分をその中に包含していると解されている(最高裁昭和58年10月27日判決・民集37巻8号1196頁参照、金子宏・租税法(第7版)510頁)。

イ 隠ぺい又は仮装の意義

国税通則法68条にいう事実の隠ぺいとは、売上除外、証拠書類の廃棄等、課税要件に該当する事実の全部又は一部を隠すことをいうとされ、また、事実の仮装とは、架空仕入、架空契約書の作成、他人名義の利用等、存在しない課税要件事実が存在するように見せかけることをいうものとされている(金子宏・前掲租税法510頁)。

ウ 本件更正処分等における隠ぺい又は仮装

本件更正処分等(ただし、平成5年4月課税期間の消費税については、異議決定後のもの)に基づき、新たに納付すべきこととなった税額のうち、国税通則法65条4項所定の正当な理由に該当するものはなく、その全額に過少申告加算税が課されることとなるが、上記アで述べたとおり、右過少申告加算税が課されることとなる税額のうち、隠ぺい又は仮装の事実に基づく税額については、重加算税が課されることとなる。

本件においては、原告は、架空外注費を正規の取引であるかのように損金の額に算入していたのであり、上記行為は、国税通則法68条にいう隠ぺい又は仮装に該当することは明らかである。

エ 本件重加算税賦課決定処分における根拠

(ア) 本件法人税に係る賦課決定処分の根拠

a 平成3年4月期について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額---827万円

上記金額は、所得金額5792万0516円から重加算税の対象となる架空外注費の金額2182万7000円を控除して算出した税額1277万4875円に課税留保金の税額38万4500円から重加算税の対象となる架空外注費に係る9万1600円を控除した金額29万2900円を加算し、控除所得税額9万4587円を控除した金額1297万3100円を、納付すべき法人税額2124万9900円から控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額---289万4500円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

b 平成4年4月期について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額---1208万円

上記金額は、納付すべき法人税額2266万5900円から、原告の平成4年4月期の確定申告における納付すべき税額1057万7800円を控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額---422万8000円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

c 平成5年4月期について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額---672万円

上記金額は、納付すべき法人税額730万8600円から、原告の平成5年4月期の確定申告における納付すべき税額58万0900円を控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額---235万2000円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

d 平成6年4月期について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額---97万円

上記金類は、納付すべき法人税額97万6600円から、原告の平成6年4月期の修正申告における納付すべき税額0円を控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額---33万9500円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

オ 法人臨時特別税に係る賦課決定処分の根拠

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額---20万円

上記金額は、平成3年4月期の所得金額から、重加算税の対象となる架空外注費の金額2182万7000円を控除して算出した重加算税対象がないものとした場合の原告の平成3年4月課税事業年度の納付すべき税額24万4350円を納付すべき税額44万9000円から、控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額---7万円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

カ 本件法人特別税に係る賦課決定処分の根拠

(ア) 平成4年4月課税事業年度について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額---30万円

上記金額は、平成4年4月期の納付すべき税額47万8400円から、原告の平成4年4月課税事業年度の確定申告における納付すべき税額17万6200円を控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額---10万5000円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

(イ) 平成5年4月課税事業年度について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額---8万円

上記金額は、平成5年4月期の納付すべき法人特別税額8万8500円(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額---3万2000円

上記金額は、国税通則法68条2項の規定により上記①の金額に100分の40の割合を乗じて算出した金額である。

キ 消費税に係る賦課決定処分の根拠

(ア) 平成5年4月課税期間について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額---71万円

上記金額は、平成5年4月期の納付すべき法人税額377万3300円から、原告の平成5年4月課税期間の確定申告における納付すべき税額306万3100円を控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額---24万8500円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

(イ) 平成6年4月課税期間について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額---25万円

上記金額は、平成6年4月期の納付すべき法人税額322万8800円から、原告の平成6年4月課税期間の確定申告における納付すべき税額296万5300円を控除した金額26万3500円のうち、過少申告加算税の対象となる金額8800円を除いた金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額---8万7500円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

ク 本件重加算税賦課決定処分における適法性

被告熊谷税務署長が主張する本件重加算税賦課決定処分による加算税の金額は、平成8年2月22日付けの本件重加算税賦課決定処分の額(別表2ないし10参照。

ただし、平成5年4月課税期間分については、異議決定により一部取り消された後のもの)と同額であり、かつ、国税通則法65条4項所定の正当な理由があるとは認められないことから、本件重加算税賦課決定処分は適法である。

(8) 争点8(本件納税告知処分等の適法性)

(原告の主張)

以上の事実関係からもはや明らかなとおり、原告とB、原告と乙との取引において、架空取引はない。

また、被告熊谷税務署長は、乙から原告に対する還流金があるとして、原告及び丁に賃金認定をしたが、これは虚構に虚構を重ねた認定である。

使途不明の支出がある場合に、それが使途不明金と認定されると、法人の所得金額の計算上、損金算入を否認されるにとどまるが、役員賞与と認定されると、法人の側において、損金不算入とされる外、役員の所得に加算されて所得税を計算し、法人には源泉徴収所得税が発生する。

したがって、使途不明金の支出が役員に支給されたものか否かの事実認定が重要となるが、これをいくつかの間接証拠によって認定する手法を参考として挙げる(「使途不明金と役員賞与」租税判例百選84頁)。

イ 法人に簿外の所得(資産)が存在すること。

ロ 法人の簿外所得に見合う法人の預金その他の資産が、一応十分な調査によっても発見されないこと。

ハ その法人が、代表者及びその親族によって支配される個人的会社ないし同族会社であること。

ニ 簿外所得の処分について、納得するに足る合理的な説明を、その法人の代表者及び補助者がしないこと。

ホ その法人の代表者が、法人の簿外収益に係る資金を受領し、或いは簿外預金等を事実上自由に出し入れできるなど、支配管理の事実があること。

ヘ その法人の代表者又はその親族について、個人の申告所得金額等によっては説明のできない純資産の増加又は消費支出が存在すること、その他、法人の資金と役員個人の資金とが混淆している事実が存在していること。

しかしながら、本件において原告側に丙からの還流金があった事実を認めることはできず、原告に仮装・隠ぺいはなかったと言わなければならないから、本件課税処分は違法であり、甲・丁・丙に対する給与認定と源泉徴収義務違反の認定も到底それを維持することはできない。

また、丙に対する源泉徴収義務をいうのは、被害者である原告に対していかにも不当であって、源泉徴収の本来の制度目的からいって正当とはいえない(京都地裁平成14年9月20日判決参照)。

(被告熊谷税務署長の主張)

ア 本件納税告知処分の根拠

(ア) 原告は、乙ルートにより捻出した金員(別表13)のうち、乙に支払っていた手数料等以外について、甲に13分の5、丁に13分の3、丙に13分の5を、それぞれ支払っていたものである(別表14参照)。

(イ) 原告から支給した臨時の給与支給額

原告が、甲、丁及び丙に支給した臨時の給与は、次のとおりである。

a 平成3年6月期間分---499万9995円

甲---192万3075円

丁---115万3845円

丙---192万3075円

b 平成3年12月期間分---608万9994円

甲---234万2306円

丁---140万5382円

丙---234万2306円

c 平成4年6月期間分---601万9992円

甲---231万5381円

丁---138万9230円

丙---231万5381円

d 平成4年12月期間分---612万9990円

甲---235万7689円

丁---141万4612円

丙---235万7689円

e 平成5年6月期間分---139万9998円

甲---53万8461円

丁---32万3076円

丙---53万8461円

f 平成5年12月期間分---139万9998円

甲---53万8461円

丁---32万3076円

丙---53万8461円

(ウ) 源泉所得税の額

所得税法186条1項1号イ及び同法190条の規定に基づき計算した、原告の納付すべき源泉所得税の額は、次のとおりである。

a 平成3年6月期間分---128万6239円

甲---64万7691円

丁---13万8774円

丙---49万9774円

b 平成3年12月期間分---166万7825円

甲---89万0073円

丁---16万9026円

丙---60万8726円

c 平成4年6月期間分---170万1287円

甲---87万9842円

丁---18万5555円

丙---63万5890円

d 平成4年12月期間分---173万2373円

甲---89万5918円

丁---18万8945円

丙---64万7510円

e 平成5年6月期間分---36万1315円

甲---20万4615円

丁---2万5600円

丙---13万1100円

f 平成5年12月期間分---38万4215円

甲---20万4615円

丁---2万6000円

丙---15万3600円

イ 本件納税告知処分の適法性

被告熊谷税務署長が、上記アで主張する原告の納付すべき税額は、平成8年2月22日付けの源泉所得税の各納税告知処分の額(別表11参照。ただし、裁決により一部取り消された後のもの)と同額であり、本件納税告知処分は適法である。

なお、本件納税告知処分は、原告が、平成3年6月期間分から平成5年12月期間分において、乙との取引を偽装して経費を架空計上するとともに、当該経費相当額の一部を協力者の乙に交付し、その余を原告代表取締役の甲や原告取締役の丙及び丁に支給した事実を根拠とするものである。そして、法人の役員に対し一定の利益が当該法人から支給された場合には、その趣旨は一般に給与所得とみるのが相当であり、当該法人は、所得税法28条1項、183条1項に基づき源泉徴収義務を負うものであって、このことは、法人の役員が自己の私益を図るため当該法人の資産を横領するなどした場合であっても同様である(さいたま地裁平成15年8月27日判決)。

なお、原告は、上記経費相当額の一部を甲及び丁が取得した事実を否定するが、仮にこれを丙が甲及び丁と分配せず、自ら全額取得したとしても、丙は原告取締役であるから、その全額が丙に賞与として支給されたとされるにすぎず、原告が源泉徴収義務を負うことに変わりはない

ウ 本件納税告知処分に係る不納付加算税及び重加算税の根拠並びに適法性

(ア) 本件納税告知処分に係る不納付加算税の根拠

本件納税告知処分は適法であるところ、原告が本件納税告知処分に係る源泉所得税の額を法定納期限までに納付しなかったことは、国税通則法67条1項に該当し、また、原告に国税通則法67条1項の正当な理由があるとは認められないことから、国税通則法67条1項の規定に基づき不納付加算税の額を計算すると、以下のとおりである。

a 不納付加算税の基礎となる税額

平成3年6月期間分---128万円

平成3年12月期間分---166万円

平成4年6月期間分---170万円

平成4年12月期間分---173万円

平成5年6月期間分---36万円

上記金額は、本件納税告知処分により納付すべき平成3年6月期間、平成3年12月期間、平成4年6月期間、平成4年12月期間及び平成5年6月期間分の各源泉所得税の額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

b 不納付加算税の金額

平成3年6月期間分---12万8000円

平成3年12月期間分---16万6000円

平成4年6月期間分---17万円

平成4年12月期間分---17万3000円

平成5年6月期間分---3万6000円

上記金額は、国税通則法67条1項の規定により、上記のaの金額に100分の10の割合を乗じて算出した金額(ただし、国税通則法119条4項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

(イ) 本件納税告知処分に係る重加算税賦課決定処分の根拠

a 本件重加算税賦課決定処分の根拠事実が存すること

本件重加算税賦課決定処分は、原告が、平成3年4月期ないし平成6年4月期の事業年度において、乙及びBとの取引を偽装して経費を架空計上し、総勘定元帳に虚偽の記載をした上、かかる記載に基づき法人税の確定申告等をした事実を根拠として、国税通則法68条1項及び3項に基づきなされたものである。

したがって、本件重加算税賦課決定処分が適法であることは明らかである。

b 国税通則法68条1項及び3項にいう隠ぺい、仮装に当たること原告の主張は必ずしも明らかでないが、乙及びBとの取引を偽装して経費を架空計上した事実それ自体を否定するとともに、仮にかかる事実があるとしても、少なくとも原告代表取締役である甲の関与は認められないから、国税通則法68条1項及び3項にいう隠ぺい、仮装には当たらないと主張するようである。

しかし、国税通則法68条1項及び3項の趣旨は、加算税を課すべき過少申告等の行為が課税要件事実の隠ぺい、仮装という手段で行われた場合に、違反者に行政上の制裁として重加算税を賦課することにより、申告納税制度の適正円滑な運営を図ろうとする法技術上の制度であるから、納税者において仮装、隠ぺいした事実に基づき申告するという認識を要さず、結果として過少申告の事実があれば足りるものである(大阪高裁平成13年7月26日判決・判例タイムズ1072号136頁参照)。

そして、仮に、甲の関与が認められないとする原告の主張に従ったとしても、本件では、丙は原告取締役で、原告の営業担当者として取引先との交渉を一任されていたものであり、原告代表取締役である甲の陳述によるも、甲が丙に対し、作業日報や作業証明書等を提出させるなどして監督権限を行使した形跡は全くうかがえない。しかも、原告は、自らの経済活動を行うに当たり、丙をその履行補助者として業務に当たらせていたもので、丙の行為は、そのまま原告の行為と評価し得るから、本件においては、原告自身が隠ぺい、仮装を行ったものと評価されるべきである。

原告の主張は、原告が丙に乙やBとの交渉を任せきり、丙の報告を鵜呑みにして作成した総勘定元帳に基づき申告したところ、これに虚偽の記載が存したため、客観的にみて、原告が仮装、隠ぺいの事実に基づく申告をしたことになったというにすぎないから、原告が重加算税賦課の要件を満たしていることは明らかであって、失当というほかない。

c そして、本件納税告知処分は適法であるところ、原告が本件各納税告知処分に係る源泉所得税の額を法定納期限までに納付しなかったことは、国税通則法67条1項に該当し、また、原告に国税通則法67条1項所定の正当な理由があるとは認められないことから、国税通則法68条3項の規定により重加算税の額を計算すると、以下のとおりである。

① 重加算税の基礎となる税額

平成5年12月期間分---38万円

上記金額は、本件納税告知処分により納付すべき平成5年12月期間分の源泉所得税の額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の金額---13万3000円

上記金額は、国税通則法68条3項の規定により、不納付加算税に代え、上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

(ウ) 本件納税告知処分に係る不納付加算税及び重加算税賦課決定処分の適法性被告熊谷税務署長が主張する原告の本件納税告知処分に係る不納付加算税及び重加算税賦課決定処分に係る納付すべき税額は、平成8年2月22日付け本件納税告知処分等の額(別表11参照。ただし、平成3年12月期間及び平成4年6月期間については、裁決により一部取り消された後のもの)と同額であり、かつ、国税通則法67条1項所定の正当な理由があるとは認められないことから本件納税告知処分に係る不納付加算税及び重加算税賦課決定処分は適法である。

(9) 争点9(被告国税不服審判所長の裁決手続の違法性)

(原告の主張)

ア 口頭意見陳述の機会を与えなかった違法

(ア) 国税通則法101条1項、84条1項には、「担当審判官は、審理請求人から申立てがあったときは、審査請求人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならない。」とある。

この規定は、「当事者主義的構造の長所をできるだけ採り入れることによって、審査請求人の権利利益の保護に十全を期そうとしたものである。すなわち、口頭で意見を述べる機会を付与することによって、イ職権審理が専断の弊に陥るのを避けることができ、ロ審査請求書においては十分に意を尽くせなかった不服理由についてこれを敷衍、補充することができ、ハ補佐人制度を利用して主張を補強することができる。」と説明される。

そこで、「口頭意見陳述の申立てがあった揚合には審理庁は必ず、審査請求人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならないから、その申立てがあった場合に、機会を与えないか又は審査請求人とって、意見陳述が不可能に均しい機会を与えたことによりその陳述が行われないままにされた裁決は違法となる。」とされる(異議通達84条関係4)。

(イ) 原告は次のとおり国税不服審判所に対して、書面又は口頭により意見陳述の機会を与えるように求めた。

① 平成8年7月31日付け審査請求書において書面で要求

② 上記審査請求の趣旨及びその理由(その2)において書面で要求

③ 平成9年6月23日付け書面で要求

④ 平成10年11月及び12月にI税理士を通じて要求

⑤ 平成11年9月20日に直接甲が口頭で要求

そして、原告は上記請求を取り下げていない。

よって、陳述を行わせることなくなされた本件裁決は違法である。

(ウ) 被告国税不服審判所長は、審判官と原告ないし、その代理人税理士が面談したことをもって、あたかも口頭意見陳述の機会を与えたかの如き主張をする。しかし、面談は国税不服審判所の実務上行われている単なる事実行為であるにすぎず、審判官がその必要性を認めた場合に、適宜審判官の判断によって行われるものであり、特に法律上の根拠を持つ行為ではない。これに対して、口頭意見陳述は、上記のように手続が定められている国税通則法において審査請求人に対して法的に保障されている審査請求人の権利であってその申立てがあった場合には必ず応答すべき義務を国税不服審判所は負っており、面談と口頭意見陳述とではその性格を大いに異にしているのであるから、面談の事実をもって口頭意見陳述の機会を与えたとはいえないことは当然である。

このように、口頭意見陳述は審査請求の当事者たる国民及び利害関係人に権利として保障され、国税不服審判所において、面談といった事実行為を行ったというような理由によって、これを拒否し得るものではないと解するのが相当であり、審査請求人たる原告から口頭による意見陳述の機会を得べき旨の申立てを受けたのに、原告に、その機会を与えなかったのは違法というべく、したがって、かような審理に基づいてされた国税不服審判所の裁決には瑕疵があるといわなければならず、その裁決は取り消されなければならない(同旨東京地裁昭和45年2月24日判決)。

イ 裁決手続の独立性の侵害

国税不服審判所は、国税に関する法律に基づく処分に係る審査請求を専門的に処理する機関として設置されている。その審理は、国税庁の執行系統とは分離された、審査請求の審理裁決を行うための専門機関である国税不服審判所に設置される国税審判官によって行われる。国税不服審判所は請求人と被告熊谷税務署長との間に立って、第三者的に審理、裁決することが求められている。

しかるに本件裁決は、関東信越国税局の訟務官室が主導したもので、国税審判官の独立した審判が行われなかった違法がある。

ウ 閲覧請求権の拒絶

国税通則法96条1項、2項は、審判請求人は被告熊谷税務署長が提出した処分の理由となった事実を証する書類その他の物件の閲覧等を求めることができる旨規定している、

しかるに審査請求人(原告)が平成9年6月33日付け請求の閲覧請求書、同年7月22日付け同閲覧事項の追加請求書、同年11月26日付け同閲覧事項の特定書にもかかわらず、同年12月5日の「閲覧の実施」においては、その閲覧を認めなかった。

審査請求人が閲覧した書類が被告熊谷税務署長の提出した資料のすべてであるとすると、被告熊谷税務署長は「処分の理由となった事実を証する書類その他の物件」を全く提出しなかったということになり、国税不服審判所は、その裁決に当たり、「処分の理由となった事実を証する書類その他の物件」が全くないまま、本件裁決の前提たる事実認定を行ったという違法が存する。

エ 裁決理由の不記載・理由附記の欠落

本件裁決には、審査請求人が権利として請求した口頭意見陳述の機会を与えなかった違法があるが、裁決書には、その事実及びその理由について記載がない。

したがって、理由附記欠缺の違法がある。

オ 審判官任命通知書の不履行

審査請求があった場合、国税不服審判所は、事件ごとに一人の担当審判官と2人以上の参加審判官が指定される。担当審判官と参加審判官は、その過半数の意見により議決される。よって国税不服審判所は担当審判官を任命し、その旨審査請求人に通知しなければならない(国税通則法施行令33条)。通知は定められた様式でこれを書面で行わなければならない。変更も又同じである。平成9年7月30日、国税不服審判所は担当審判官としてyを任命し、その事実を審査請求人に通知し、審査請求人は通知書を受理した。yは、平成11年7月11日付けで「木曽税務署長」に任命されている。

平成11年7月11日付けでは、担当審判官の変更についてその通知はない。

よって、本件裁決当時、本件審査請求については、適法な任命通知が行われた審判官は存在しなかった違法がある。

カ 以上のように、本件裁決には違法があるから、取り消されるべきである。

(被告国税不服審判所長の主張)

ア 口頭意見陳述の機会を与えなかった違法について

(ア) 本件審査請求における原告の主張等の経緯について

本件審査請求の担当審判官は、原告から「審査請求の趣旨及び理由」と題する書面(その1からその40まで延べ40通に及ぶ。)の提出を受けたほか、①平成9年10月2日、甲、丁及びI税理士に対し、約3時間50分(同順号28)、②平成10年11月13日、I税理士に対し、約2時間15分(同順号57)、③同年12月17日、I税理士に対し、約1時間45分(同順号61)、④平成11年9月20日、甲、丁及びI税理士に対し、約2時間(同順号83)の合計9時間50分間にもわたって面談し、それ以外にも書面をもって十分にその意を尽くせないところを述べる機会を与えた。

そして、担当審判官は、上記④の面談の終了に当たって、甲、丁及びI税理士に対し、言い尽くせなかったことがあるか否かを確認したところ、上記3名から明確な応答がなかったため、もし同日の面談で言い尽くせなかったことがあれば、同月中に書面で提出してもらいたい旨要請し、上記3名はこれを了承した。

そして、平成11年9月30日に、原告から「審査請求の趣旨及び理由(その40)」と題する書面が担当審判官あてに提出されたので、当該書面を収受した旨を連絡すべく担当審判官の命を受けた国税副審判官J(以下「J副審判官」という。)がI税理士に電話をした際、I税理士から「審査請求の趣旨及び理由(その40)で当方の主張は区切りということにしたい」旨の申出があり、次いで、同年10月12日、被告熊谷税務署長から「審査請求の趣旨及び理由(その40)」に対する意見はない旨の意見書の提出を受けたJ副審判官が上記意見書の内容をI税理士に告知したところ、I税理士は右意見書の日付けを確認しただけで、その他の申出や要請をしたことはなく、その後、本件裁決がなされるまでの間、原告及びその代理人から担当審判官又は審判所職員に対して、電話連絡、文書の送付等の接触は何らなかった。

(イ) 国税通則法101条1項、84条1項が審査請求人に口頭意見陳述の機会を保障した趣旨は、審査請求人の手続的権利を保障することによって、職権審理の専断を防止し、また、審査請求の審理が書面審理を基調としつつ、口頭意見陳述をさせることによって、書面のみでは十分にその意を尽くせないところを補充させ、もって、公正な審理に資するためであると解すべきであり、当該口頭意見陳述の方式については、国税通則法が何ら規定を設けていないことにかんがみるならば、いかなる方法でそれを実施するかは、上記制度の趣旨、目的に反しない範囲で事案の審理に当たる審判官の合理的裁量にゆだねられていると解するのが相当である(熊本地裁平成7年10月18日判決・税務訴訟資料214号172頁参照)。

したがって、口頭意見陳述の手続に関して裁決を取り消すべき固有の瑕疵の存否については、専らかかる観点から判断すべきものであり、本件審査請求において、担当審判官が「口頭意見陳述についてのお知らせ」をもって口頭意見陳述の日時、場所を指定していないことを理由に本件裁決は違法であるとする原告の主張は失当である。つまり、かかる通知及び指定は、国税不服審判所における事務運営指針であり、国税通則法上、裁決をするための要件ではない。

さらに、前述のように、本件において、①担当審判官は、述べ4回合計延べ9時間50分間にわたり、原告提出の40通に及ぶ書面をもってしても十分にその意を尽くせないところを口頭で述べる機会を与えたこと、②担当審判官は、平成11年9月20日の面談の終了に当たって、これまでに言い尽くせなかった点があれば書面で提出するよう要請したこと、③同年9月30日、I税理士は、担当審判官に対して、「審査請求の趣旨及び理由(その40)」を提出するとともに、J副審判官に対し、同日提出した同書面をもって審査請求人の主張は区切りということにしたい旨述べたこと、さらに、④I税理士は、同年10月12日、上記書面について被告熊谷税務署長からの意見はない旨電話連絡したJ副審判官に対して、機会を改めて口頭で意見を述べる機会を与えることを求める旨の申立てはもちろん、審理の進行についての意見や要望は何ら述べなかったこと、⑤その後、本件裁決がなされるまでの1か月半余りの間、原告及びその代理人から担当審判官又は審判所職員に対して、それまでは頻繁になされていた電話や文書の送付等による接触が全くなかったことからすれば、本件において、担当審判官は、原告に対して、十分に口頭で意見を述べる機会を与えたというべきであり、他方、原告自身もその主張を尽くしたと認識していたというべきである。

したがって、本件においては、担当審判官は、原告に対して、口頭で意見を述べる機会を十分に与え、原告の手続的権利を保障するとともに、原告の主張を十分に斟酌して審理を行ったというべきであるから、原告からの口頭意見陳述の申立てに対する担当審判官の判断、対応は合理な裁量の範囲内において行われており、本件裁決に何ら違法な点はない。

イ 裁決手続の独立性の侵害の違法について

国税訟務官室は、審査請求事件の一方当事者である被告熊谷税務署長側の組織にすぎず、被告国税不服審判所長や担当審判官が、職務遂行に当たってその指揮命令に服するものでないことは、審査請求の制度上自明のことである。このことは、裁判官が、職務遂行に当たり、訴訟関係人その他外部からの圧力ないし誘惑に屈せず、独立してその職権を行使することと、何ら異なるところはない。国税不服審判所長が、国税訟務官室の指示に従って裁決をするという事態は、国税不服審判制度の存在意義を根本から否定するものといわざるを得ず、およそあり得ない。

したがって、原告の主張のうち、被告国税不服審判所長が本件裁決をするに当たって国税訟務官室の指示に従ったとする点は、理由がなく、失当である。

また、原告の主張のうち、被告国税不服審判所長が原処分を維持する旨の誤った裁決をしたとする点は、裁決固有の瑕疵をいうものではないから、主張自体失当である。

このように、被告国税不服審判所長が国税訟務官室の指示に従い、原処分を維持する旨の誤った裁決をしたとする原告の主張は理由がなく、あるいはそれ自体失当であって、本件裁決に取消原因となる違法事由は認められない。

ウ 原告に所要の書類等の閲覧をさせなかった違法について

被告国税不服審判所長は、平成9年12月5日、国税通則法96条2項に基づき、原告に対し、①確定申告書等、②法人税決議書等、③法人税額等の更正通知書及び加算税の賦課決定通知書等、④異議申立書、⑤異議決定書及び⑥法人税調査関係書類の各書類を閲覧させているから、原告の主張は理由がない。

また、仮に原告の主張が、被告国税不服審判所長は、上記各書類以外に閲覧させるべき書類等が存するのに、その閲覧を拒否したとの趣旨であるとしても、国税通則法96条2項所定の閲覧請求権は、審査請求人に有利な裁決を得るための手続的利益を保障したものであるから、裁決がその取消事由に該当するほどの違法性を帯びるのは、審査請求人が閲覧拒否に係る書類等に対し適切な主張や反証を提出することによって、当該裁決の結論に影響を及ぼす可能性のある場合に限られると解されるところ(大阪高等裁判所昭和56年9月30日判決・判例時報1050号61頁)、本件においては、そもそもいかなる書類等の閲覧を拒否されたとするのかすら判然とせず、本件が上記の場合に当たることの主張、立証は全くないから、原告の主張は失当である。

このように、被告国税不服審判所長が原告に所要の書類等の閲覧をさせなかったとする原告の主張は理由がなく、あるいはそれ自体失当であって、本件裁決に取消原因となる違法事由は認められない。

エ 裁決書に裁決の理由を附記していない違法について

前記アで述べたとおり、被告国税不服審判所長が本件裁決をするに当たり、担当審判官は、原告に口頭意見陳述の機会を十分に与えたものであるから、原告の主張は前提を欠いており、理由のないことは明らかである。

また、国税通則法101条1項により準用される同法84条5項は、「…その維持される処分を正当とする理由が明らかにされていなければならない。」と規定しており、これはその文言から明らかなとおり、判断の根拠について記載を要求するものである。したがって、原処分を維持する旨の裁決についてみれば、同条項により記載が必要とされるのは、原処分を維持するとの判断に至った根拠にとどまり、審査請求人に口頭意見陳述の機会を与えたか否かなどの審査手続に関する事項はこれに当たらない。

この点からも、原告の主張は理由がないというべきである。

このように、被告国税不服審判所長が裁決書に裁決の理由を附記していないとする原告の主張は理由がなく、本件裁決に取消原因となる違法事由は認められない。

オ 担当審判官の変更に際し、原告にその氏名及び所属を通知しなかった違法について被告国税不服審判所長は、担当審判官を上記のとおり変更した際、その翌日である平成11年7月27日、原告に対し、担当審判官を国税審判官xに変更した旨記載した「担当審判官変更の通知について」と題する書面を送付し、その氏名及び所属を通知しているから、原告の主張に理由のないことは明らかである。なお、上記通知書の作成日付は、誤って「平成9年7月27日」と記載されているが、上記通知書は平成11年7月27日に発送されており、その内容も本件審査請求の担当審判官を従前のyからxに変更するというものであるから、その作成日付が正しくは「平成11年7月27日」であることは、受領者において容易に理解し得るところであり、現に原告自身、その後、従前のy審判官ではなくx審判官と面談しながら、担当審判官の交代について何ら問いただしていないのである。

原告は、「平成11年7月11日以降の日付では、担当審判官の変更についてその通知はない。よって、本件裁決当時、本件審査請求については、適法な任命通知が行われた審判官は存在しなかった違法がある。」(下線部は被告国税不服審判所長指定代理人)と主張するが、かかる主張には何ら理由がなく、失当といわなければならない。

このように、被告国税不服審判所長が担当審判官を変更した際、原告にその氏名及び所属を通知しなかったとする原告の主張も理由がなく、本件裁決に取消原因となる違法事由は認められない。

第3当裁判所の判断

1  争点1(被告熊谷税務署長に本件課税処分等の処分権限があるかどうか)

(1)  認定事実

ア 原告の本店所在地の登記等

原告は、本店所在地を埼玉県深谷市から三重県員弁郡へ平成7年5月11日付けで移転し、同月18日に登記した(乙3)。

原告は、本店所在地を三重県員弁郡から埼玉県深谷市へ平成7年6月1日付けで移転し、同月7日に登記した(乙4)。

原告は、本店所在地を埼玉県深谷市から三重県桑名郡へ平成7年12月16日付けで移転し、同8年1月4日に登記した(乙4)。

原告は、平成8年1月4日、被告熊谷税務署長及び桑名税務署長に対し、本店(納税地)を深谷市から三重県桑名郡へ異動する旨が記載された異動(変更)届出書を提出した(乙5及び6)。

原告は、本店所在地を三重県桑名郡から三重県桑名市へ平成8年1月29日付けで移転し、同年2月13日に登記した(乙4)。

原告は、平成8年2月23日、桑名税務署長に対し、本店(納税地)を三重県桑名郡から三重県桑名市へ異動する旨が記載された異動(変更)届出書を提出した(乙9)。

イ 本件納税地指定処分

国税庁長官は、平成8年2月8日付けで、原告の納税地を埼玉県深谷市と指定する通知書(本件納税地指定通知書)を作成した(乙2)。

関東信越国税局長は、平成8年2月14日、被告熊谷税務署長に対し、原告の指定納税地である埼玉県深谷市に本件納税地指定通知書の副本を送付するように通知した(乙2)。

桑名税務署長は、国税庁長官の指示により、原告の納税地を埼玉県深谷市と指定する通知書を、宛先に「桑名郡C有限会社方株式会社A殿」と記載し、平成8年2月16日に桑名郵便局から書留郵便により郵送した(甲12、乙7、43)。

そして、甲の兄であるKが経営するCの関係者が、本件納税地指定通知書を同月17日に受領した(甲14、乙8の2枚目)。

同月19日、Cの関係者が、長島郵便局から、本件納税地指定通知書を三重県桑名市にあて書留郵便により郵送し、同月26日に甲が上記郵便物を受け取った(乙8)。

平成8年2月当時、Cの本店所在地は登記簿上、三重県桑名市であり(甲14)、三重県桑名郡の土地はⒶ漁業協同組合が所有していた。しかし、同土地上にはK所有名義ではあるが、Cの名を冠した工場建物があった(甲15、16)。

ウ 本件課税処分等

被告熊谷税務署長は、平成8年2月22日、本件納税地指定通知書写1通及び本件課税処分等に係る各通知書12通の計13通を埼玉県深谷市において上記通知書を交付しようとしたが、原告代表者の妻丁により受領を拒否されたため、上記土地の駐車場奥の壁埋込み型ポストに差し置く方法により送達した(乙23)。

エ 異議申立て等

原告から国税庁長官に対し、本件納税地指定処分に係る異議申立書が平成8年3月4日に提出された。

国税庁長官は、平成8年5月31日付けで原告の異議申立てを棄却する決定を行った(乙10)。

オ 原告は、平成11年6月18日、被告熊谷税務署長に対し、本店を三重県桑名市から埼玉県深谷市へ異動する旨が記載された異動(変更)届出書を提出した(乙11)。

(2)  判断

ア 問題の所在

本件課税処分等は、被告熊谷税務署長が行ったものであるが、本件課税処分等に先立って平成8年2月8日付けでなされた本件納税地指定処分により納税地が埼玉県深谷市とされている。そして、本件納税地指定処分が無効であれば、本店又は主たる事務所の所在地が納税地であり、平成8年2月22日現在では原告の本店所在地は三重県桑名市にあったから、被告熊谷税務署長の本件課税処分等の権限の有無が問題となる。そこで、本件では本件納税地指定通知書が有効に送達されたものかどうか検討する。

イ 送達に関する法令の定め

(ア) 法人税法18条1項は、納税地が法人の事業又は資産の状況からみて法人税の納税地として不適当であると認められる場合には、その納税地の所轄国税局長(政令で定める場合には、国税庁長官。)は、法人税の納税地を指定することができると規定している(消費税法23条も同趣旨)。これは、法人の原則的納税地である本店又は主たる事務所の所在地が常に当該法人の経営実態の把握に適切とはいえない場合があり、その事業の状況により課税資料の収集が容易であって、適正な課税処分を行うにふさわしい土地を特に納税地として定め、その土地を管轄する税務署長において、当該法人の課税関係を適正かつ円滑に処理することを目的としているものと解される。

そして、法人税法18条2項は、国税局長は、納税地を指定したときは、法人に対し、書面により通知をすると規定しており、書類の送達方法については、国税通則法12条以下の規定によることになる。

(イ) 国税通則法12条1項は、書類は、郵便による送達又は交付送達により、その送達を受けるべき者の住所又は居所(事務所及び事業所を含む。)に送達すると規定している。そして、条文の文言から明らかなように、郵便による送達と交付送達のどちらの方法を選択するかは、送達を行う者の裁量に任されているといえる。

そして、送達場所については、同条項は「住所又は居所」に送達するとしているが、「住所又は居所」について特段の規定はなく、その解釈は、民法及び商法の規定によることになる。法人の住所については、民法50条は、法人の住所はその主たる事務所に存するものとし、商法54条2項は、会社の住所はその本店の所在地にあるものとしている。したがって、国税に関する書類の送達場所は、法人の場合であれば、原則として当該法人の本店又は主たる事務所の所在地であるといえる。

一方、国税通則法が送達に関する規定を設けた趣旨は、国税に関し、税務署長等の発する書類がその趣旨のものとして名宛人のもとに確実に、かつ、速やかに送達され、上記送達によって前後の手続が適正に進行することを確保することにある。

したがって、国税に関する書類は、通常は登記された本店の所在地へ送達すれば足りるが、その他届出がなされている納税地にもなすことができ、他に本店所在地より確実に、かつ、迅速に当該法人あての書類を受領しうる事務所等がある場合には、当該事務所へ送達することも許されるといえる。

(ウ) ところで、法人税法20条は、法人の納税地に異動があった場合には、その異動前の納税地の所轄税務署長及び異動後の納税地の所轄税務署長にその旨届出なければならないと規定している。この規定は、大量の納税者をかかえる課税庁において常に個別の住所地を調査することは困難であることから、納税地の把握を容易にし、事務の円滑化を図るために設けられたものと解される。そこで、納税地指定における通知についてはその当時の本店所在地のみならず納税地として届出された場所に通知することも許容されるといわなければならない。

(エ) そして、本件においては、送達場所は納税地として届けられている長島町とされているから、この点に違法があるとはいえない。

ウ この点、原告は、「仮に、前住所地への送達が許される場合があるとしても、それは送達者が住所地の変更を知らない場合に限られる。書類の送達先については、そもそも本店住所地と定められているのであるから、仮に、『届けられている納税地に送達すればよい』とする税務処置上の特例を認めるとしても、それは原則・例外の関係にある。例外を承認するのは、実質的な理由によって課税庁に有利に扱う特例を承認した過ぎないから、実質的な事情が存在しない場合、すなわち、実際に税務署側が納税者の住所地変更を認識していた場合にまで、その例外規定を適用するのは必要性がない。本件においては、被告熊谷税務署長は、原告住所が、登記簿上も実質的にも変更されていた事実について、十分に認識していたのである。また、『C(有)方』の記載は原告の登記簿謄本には一切現れない表示であり、被告熊谷税務署長が原告の住居地変更を知っていたのは明らかである。このように被告熊谷税務署長が原告の住所変更を知っていた場合、わざわざ旧住所に納税地指定処分通知書を送付しなければならない『特別な事情』は存在しないことになるのであるから、このような場合においてまで旧住所地への納税地指定処分通知書の送付を有効と解すべき理由はない。」と主張する。

しかしながら、確かに、本件納税地指定通知書の宛名には「長島町C有限会社方株式会社A殿」と記載されているものの、被告熊谷税務署長が通知書を発信した段階で原告の本店が長島町から桑名市へ住居変更したことを知っていたことを認めるに足りる証拠はない。原告が本店を長島町から桑名市へ住所変更の登記をしたのは平成8年2月13日であり、国税庁長官が桑名税務署を通じて本件納税地指定通知書を書留郵便の方法により長島町の前本店所在地宛に発信したのはその3日後の同月16日であったことに照らせば、むしろ、被告熊谷税務署長はその当時原告の長島町から桑名市への住所移動の事実を知らなかったとみる方が自然である。また、乙28によれば、長島町土地上にはCの工場があったことが明らかであるから、本件納税地指定通知書の宛先を「C有限会社方株式会社A殿」としたのは、郵便が確実に配達されるよう配慮した結果であることは明らかである。そうすると、書留郵便の宛先が「長島町C有限会社方株式会社A殿」となっているとしても、その宛先は全体として長島町の原告宛と優に認定しうるから、上記原告の主張は前提を欠くもので採用できないというほかはない。

エ 受送達者

郵便による送達の場合、通常の取扱いによる郵便(書留は含まれない。)によって書類を発送した場合は、その郵便物は、通常到達すべきであった時に送達があったものとされ(国税通則法12条2項)、名宛人が現実に送達書類を了知したか否かによって通知の効力は影響されない。

とすれば、郵便による送達は、その内容を了知しうる状態におけば足りると解されるから、受送達者本人ではなく、本人の同居者、使用人その他本人と一定の関係があって、その者が送達書類を受領すれば遅滞なく受送達者本人に到達させることを期待できる者が受領することによって完成するというべきである。

そこで、本件を検討すると、上記のとおり、送達書類には「長島町C有限会社方株式会社A殿」と記載されていること、Cは原告代表者甲の兄Kの経営する法人であるが、本件納税地指定通知書は平成8年2月17日にCの関係者により受領されたことが認められる(そして、その翌々日の19日に桑名市の原告の登記簿上の本店所在地に郵送する手続が取られ、26日には桑名市の当時の原告本店所在地に配達されていることが認められる。)。以上の事実によれば、本件納税地指定通知書は、平成8年2月17日に原告が納税地かつ原告本店所在地として届け出ていた長島町において、事理弁識能力のある者(乙8によれば、Cの代表者で原告代表者の兄であるKと推認される。)により受領されていると認められるから、原告はほどなくその内容を了知し得る状態にあったというべきであり、2月17日の段階で原告に対する送達が完了したとみるのが相当である(その後、本件納税地指定通知書が実際に桑名市の原告住所に転送され、配達されたのが同月26日であったとしても前記認定を左右するものではない。)。

オ まとめ

したがって、本件納税地指定通知書は、平成8年2月17日に有効に送達されているものであり、違法なものとはいえないから、本件課税処分等当時(平成8年2月22日)、被告熊谷税務署長には課税権限があったことは明らかであり、原告の主張には理由はない。

2  争点2(税務調査の違法性)

(1)  認定事実

争いのない事実に加え、証拠(甲20、22ないし29、58ないし60、X、T、L、丁)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

ア 本件調査に至る経緯

(ア) 被告熊谷税務署長は、原告から提出された確定申告書等の内容から法人税等の申告内容が適正かどうか確認するために原告を税務調査の対象とすることとし、公表外の取引口座に係る証拠の隠滅及び関係者等と通謀されるおそれもあり、原告に対し事前連絡を行わずに平成6年7月27日に調査を実施することとした。

熊谷税務署法人課税第3部門の統括国税調査官として勤務していたXは、事前に調査官のL、S、V、T、W、Uと調査方法について打合せを行い、税務調査に当たっては、LとSは本社、UとTは深谷市所在の原告の工場(第1工場)、VとWは同市所在の原告の工場(第3工場)に赴き調査を行うことを決めた。

(イ) 本件調査の前日である平成6年7月26日、甲の兄が死亡し、三重県桑名郡において同月27日に通夜が、同月28日には葬儀が行われることになっていた。

甲は、通夜及び葬儀のために同月26日に三重県桑名郡に向かっていた。丁は、通夜儀式に出席する予定であったが原告の月末の支払関係の仕事があり、その決済業務の必要性から、深谷市の原告事務所に残っていた。

イ 本件調査

(ア) 第1工場

TとUは、平成6年7月27日午前9時30分ころ、第1工場を訪れたところ、工場内から男性が出てきたため、上記男性に甲の所在を聞いたところ、上記男性は甲は不在である旨回答した。

また、TとUは第1工場事務所内のプレハブの女性に甲の所在を尋ねたところ、上記女性は甲は実兄に不幸があって三重県の桑名に出かけており、1週間後くらいに帰ってくる旨回答した。

そこで、TとUは自動車で第3工場へ向かい、Uが第3工場前で降り、Tは本社へ向かった。

(イ) 第3工場

Uは第3工場に向かっていたVとWと合流し、両名に対し、甲が実兄の通夜・葬儀に出席するために不在であることを告げた。

そして、Uが電話でXに上記の状況を伝えたところ、XはUに対して帰署するように告げた。

(ウ) 本社

a 平成6年7月27日午前9時30分ころ、LとSは、本社へ訪れ、本社玄関前のインターホンを鳴らした。丁は玄関の扉を半分ほど開けて応対し、Lは、丁に「熊谷のLですが。社長さんはいますか。」と尋ねたため、丁は、不在である旨回答した。そこで、Lが甲がどこへ出かけたか尋ねたところ、丁が「どちら様ですか」尋ねたため、Lは、「熊谷税務署のLです。」と名乗った。そして、Lがちょっといいですかと丁に告げて玄関内に入った。

L及びSが玄関内に入り、丁は「今日はどういったご用ですか」と尋ねたところ、Lは「Aの税務調査で伺った」と返答した。そして、丁は、L及びSに対し、甲は、甲の兄が前日に亡くなったために、通夜に出席するために三重県の桑名に出かけており、自分もこれから三重県の桑名に向かう予定である旨を述べた。さらに丁は、調査は後日にしてほしい旨述べたところ、Lは、日常の経理状態を確認したいと旨述べ、今日中に調査に応じてもらえるように要請した。しかし、丁は、甲や税理士がいないので調査に応じることはできないこと、通夜に行かなければならないから調査に応じる時間的余裕はないことを伝え、調査の根拠を尋ねるなどしたが、Lは、調査の理由については説明はせず、午前中だけでも調査に応じてほしいと重ねて頼み、そのようなやりとりを経て、丁は、いったんは午前中だけならと返答した。

b L及びSは、丁のあとに続いて本社の玄関から廊下にあがった。Lは、丁に電話を借りたいと申し入れ、丁はこれを承諾し、Lを廊下の奥の電話の場所へ案内した。そして、Lは、午前9時45分ころXに電話をかけ、甲は甲の実兄の通夜・葬儀に出席するために三重県桑名市に出かけて不在であること、丁も通夜・葬儀に出席するために出かける予定であるが、午前中だけなら税務調査に応じることに承諾したことを告げた。XはLからの上記報告を受けたが、Lに対し、本社の調査をはじめるに当たっては甲の承諾を得るようにと指示をした。

Lは、丁に対し、甲と連絡を取りたいと申し入れたところ、丁は、甲のいる三重県桑名郡にある甲の兄の自宅へ電話をかけた。そして、甲との電話が通じたため、丁は、甲に税務職員が2名きていること、調査を後日にしてもらうように頼んでいるが聞き入れてもらえないことを伝えた。そして、丁は、電話をLと代わり、Lは、甲に対し、熊谷税務署のLと名乗り、税務調査に来ている旨を告げたところ、甲は、別の日にあらためてもらうようにLに要請した。そこで、Lは、今日中に調査を行いたいこと、日ごろ記帳している帳簿書類や預金通帳等の確認をしたい旨を要請したが、甲は事業の現状について話しをした上でなおも別の日にしてもらうように申し立てたため、Lは、事情もあることなので1時間くらいで調査を引き上げるので協力して欲しいと再度頼んだところ、甲は、Lに「1時間くらいであればしょうがないでしょう」と告げた。

そこで、Lは、甲に対して、丁に調査に協力してもらえるように話してもらうように頼んだ上で、電話を丁と替わった。そして、甲は丁に対し「何度断ってもLはしつこくて引き下がらない。帳簿を見るだけで、1時間以内に帰ると言っているから、帳簿の保存と記帳状態を確認させて早く帰ってもらいなさい。」と言った。

甲と丁が上記の電話をしている間、LとSは、本社の玄関を入って左手にある和室にいた。和室の中には喪服や数珠が置かれており、L及びSはそれらの存在を目にしていた。

c 甲は、上記丁との電話を終えた後、P税理士に電話をかけ本社の様子を見に行って欲しいと告げ、その後、O税理士にも電話をかけ、調査官に早急に切り上げて帰ってもらうように告げてもらうように依頼をした。

d その後、Xは、甲の承諾が得られたかどうかを確認するために本社に電話をかけたところ、丁が出たため電話をLと替わってもらった。そして、Lは、Xに甲から1時間程度であれば税務調査を受ける旨の承諾を得たという報告をし、XはLに第1工場及び第3工場は税務調査を行っていないこと及びTが本社に向かっていることを告げた。

e その後、O税理士が本社に電話をかけ、丁が電話に出た。午前10時ころ、O税理士と丁との電話の最中に第1工場から本社に向かってきたTが玄関のドアを開けて「おはようございます。税務署の者ですが。」と声をかけて玄関を上がり和室に入った。

Lは、Tに電話に出ているのが甲の奥さんであることを伝えていたところ、丁は、Lに対し、O税理士からの電話に出て欲しいと告げたため、Lは、丁とともに電話のところへ向かい、電話に出た。O税理士は、Lに自分が原告から申告書の作成等を委任されている税理士であると告げた上で、本件調査を行うに際しては事前連絡がなく、甲が通夜で不在にしていることを申し立て、早急に本社から退去するように伝えた。Lは、O税理士に事前連絡しないで調査を行う場合があること、甲と丁から1時間程度の調査を行う承諾を得ていることを告げ、O税理士からも丁に税務調査を協力するように伝えてもらうように依頼した。

上記の間、Tは、Sから、調査に際して、甲から1時間程度であれば調査に応じる旨の承諾が得られたことを聞いた。

その後、O税理士との電話を終えたLは、丁と電話を交替し、和室に戻った。

丁もその後間もなくO税理士との電話を終え和室に戻った。

f 午前10時5分ころ、丁、L、S及びTの4人が和室に集まった。Lは、帳簿書類の保管場所を丁に尋ねたところ、丁はLらに「3期分の帳簿が2階にありますからここに持ってきます」と答えた。すると、Lら3人は、一斉に立ち上がったため、丁は「1人来て運ぶのを手伝ってもらえれば結構です。」と述べ、Lが丁ともに2階に上がることになった。

g 丁とLは共に2階に上がり、事務室内に入った。事務室には帳簿書類、手形、小切手などが置かれていた。Lは、丁に甲と丁の個人の預金通帳を見せてほしいと告げたが、丁は、個人関係の預金通帳は1階の和室にある金庫の中に保存していると答えたため、Lは1階の金庫を見せて欲しいと要請した。これに対し、丁は、「個人のものは関係ないんじゃないですか。」と言ったが、Lは、「同族会社であるから、会社と個人の関係を調べるために見せてもらう必要がある。」と述べた。丁は、さらに「個人と会社はきっちり分けているから絶対に混同なんかしていません。」と述べたが、Lは、どこへ行っても個人の預金通帳から見せてもらっており、そのようなことも合法である旨告げて、さらに丁に個人の預金通帳を見せるように要請した。そのため、丁は、Lと共に1階に下りた。

h 1階の和室では、S及びTが待っていた。丁と共に1階に下りてきたLは「1階の金庫から見せてもらうから。」とS及びTに伝えた。そして、丁が1階の金庫から預金通帳数通を取り出したところ、Tが背後から丁に対し「金庫の中の物を全部見せてくれませんか。」と要請したため、丁は金庫の中の物を全部畳の上に出した。Tは、土地建物の権利証等のファイルをLに渡し、預金通帳やキャッシュカードが入ったバックをSに渡した。その後、Lら3人は、和室中央のテーブルを挟んで丁の向かい側に座り、書類の確認作業を行った。そして、Tは、手にした封筒の中を確認したところ中身が現金であったため丁にその現金を数えるように指示したところ、丁はその現金を数え、373枚あるとTに回答した。一方、Sは、バックの中から商品券、現金、預金通帳及びキャッシュカードを取り出し、そのうち現金の入った封筒をあけて中の現金を丁に数えるように指示し、Tは、500円硬貨については自分が数える旨言った。

Tは、自分で小銭を数えた後、金庫の中又は金庫の上にあった甲及び丁の実印を手に取り、その場でTが税務署から持ってきていた白紙の紙にそれらの印影を押印した。Lは、T、S及び丁が上記の確認作業を行っている間、ファイルの中から土地や建物の権利証等を取り出し確認していた。丁が現金を数え終わると、S及びTは、丁に対し、現金をしまうように指示し、丁は現金を金庫の脇に置いた。

i 上記確認作業を終えた後、Tは、会社関係の帳簿書類を見せてもらいたい旨丁に告げ、Tは丁と共に2階へ上がった。その際に、Lは丁に預金通帳をコピーしたい旨述べた。丁は、Lにコピー機は2階にある旨回答したが、Lは、丁にコピー機を持参してきているので、電源を使用させてもらうことを依頼し、丁はこれを承諾した。

丁と共に2階に上がったTは、会社専用の金庫を前にして、丁に対し、中身を全部出すように依頼した。そして、丁が金庫の中から会社の預金、預金通帳、印鑑等の入ったバックと会社の土地建物権利書等を取り出した。Tは、権利書等を見た後バックの中にあった通帳を抜き出して確認した。Tはさらに、整理ダンスを指さし、丁に何か会社の物はあるかと尋ねたところ、丁は領収書が入っている旨回答したため、Tは丁に開けてもらえますかと整理ダンスの引き出しを開けるよう依頼した。丁が、整理ダンス上部の小物入れ用の引き出しの1番上段部分を開けたところ、未整理の領収証が散乱して入っていたので、Tはつまみ上げて確認した。さらに2段目、3段目も開けてもらったところ、やはり未整理の領収証が散乱して入っていたのでTは同様に確認した。

Tが上記のように整理ダンスの中を確認している最中、O税理士から電話があり、丁は2階の電話機に出た。O税理士は丁に対し、「すぐに税務職員に替わってください。」と告げたので、丁は、2階にいたTに対して「税理士からの電話なので替わって欲しい。」と告げたが、TはL調査官と直接話をした方がよいとして電話に出なかった。そこで、丁は、電話を1階に切り替えた上で、1階に下りていった。

j 丁とTが2階にいる最中、L及びSは、運び入れたコピー機で土地や建物の登記済権利証等を複写していた。

1人で1階に下りた丁は、Lに対し、税理士からの電話なので替わって欲しいと告げた。Lは、電話に出たところ、O税理士はLに対し、すぐに帰るように申し立てた。Lはすぐ帰る旨回答したが、O税理士はさらにLに対しすぐに帰るように念を押した。その後Lは電話を丁と替わったところ、O税理士は丁に「通夜に間に合わなくなるから帰って下さいとはっきり彼らに言いなさい。」と言った。

丁がO税理士との電話を終えた後もL及びSは書類のコピーを続けていた。

すると、丁は、Lのそばに行き、Lに対して、「税理士は事務所始まって以来の酷い調査だと言っています。『奥さんが断っているし、社長もいないし、しかもお通夜の席にきて、普通の調査ならまだしも、金庫の中を開けて個人の調査を始めるというようなことは、不当だ』というふうに税理士さんも言っている。こんなやり方の調査が合法なんて聞いたことがありません。14年間商売していてこんな酷い調査を受けたことはありません。」と抗議したところ、Lは、事前に連絡をしないで行う調査も合法であり、このようなこともあると回答した。丁は、「そういうことは、税理士からも誰からも聞いていませんよ。

それに主人がいないのにこんなことできるんですか。」と尋ねると、Lは、社長の同意も得ているし、取締役である丁がいれば合法であると答えた。

その後、丁は、P税理士から電話がかかってきたため電話に出てP税理士に対しても今までの調査の内容を説明したところ、P税理士は、丁に対し「私がこういう仕事を始めて、初めて聞くほど酷い調査だ。」と述べた。

k 丁が1階に下りた後、2階はT一人となっていた。Tは、丁から提示された物を確認した後、机の上にあった印鑑、三文判が何本かあり、その印影をTが持ってきていた白紙に押印した。その後、Tは、1階に下りた。

l Tが1階に下りてきたちょうどそのとき、丁はO税理士と電話していた。

丁は、上記O税理士との電話の後、Lらに対し、「調査が1時間以上になるので帰って下さい。」と強く言った。すると、Lは、丁の申し入れを承諾した。

Lは、預金通帳のコピーが終わっていなかったため丁に通帳の口座番号を控えさせて欲しい旨依頼した上で、Sに対し、急いで書き写すように指示し、Lはコピー機を片づけた。一方Sは、丁に対し、「元帳を見たいので貸して欲しい。」と依頼したが、丁は「社長が戻ってきて、税理士の許可を得た上で帳簿をお貸しします。」と回答した。

Tは、丁に対し金庫から出した書類を金庫内に片づけるように指示したが、丁は、すぐ帰るように言うのみであった。そこで、TとSは、金庫から出した預金通帳や書類等をテーブルの1か所にまとめて置いた。その間、丁は、工場に電話をし、本社へ誰か来てもらうように頼んだ。丁の電話後、Tは丁に「片づけなくて悪いですね。」と告げて、L、S及びTの3人は玄関口へ向かった。

そして、Lらが玄関口から退去する際に、Tは、社長が桑名から戻ってくるのがいつごろになるかと尋ねたため、丁は、1週間後ぐらいだと思う旨回答し、Lは、甲が戻ってくるころに連絡すると述べた。そして、午前11時20分ころLら3人は本社を退去した。

m Lは、午前11時30分ころ、Xに電話をし、本社を出たことを報告し、午前11時50分ころLら3人は熊谷税務署に帰署した。

ウ 本件調査後の状況

(ア) 当日の抗議

丁は、同日午前11時40分ころ、熊谷税務署に電話を掛け、3人が税務調査を行ったのかどうかを確認し、さらに、本件調査の苦情を述べた。

(イ) 甲らの抗議

甲、丁及びY民主商工会事務局長の(以下「」という。)は、平成6年8月5日、午後1時ころ熊谷税務署を訪れ、同税務署の総務課長、課長補佐が応対した。

部屋に案内された甲らは総務課長のに対し、本件調査に来た調査官の名前を尋ねたため、はL、S、Tの三人である旨答えた。丁はL以外の名前は知らなかったと述べた。

そして、甲は、に対して、本件調査について、担当調査官らが丁に金庫を開けさせ、中の書類を全て提出させた上で勝手に調べ、持参したコピー機で中の書類をコピー機で複写していったこと、個人の実印の印影を勝手に押印していったこと、丁のバックに手をいれて通帳を抜いたこと、丁が出かける時間だといっても税務調査をやめなかったこと、担当調査官はいずれも身分証明書を提示せず名前も名乗らなかったこと等を述べるとともに、調査担当者らに謝罪させ、実印の印影を押印した紙や複写した預金通帳等の7月24日の調査で収集した資料すべてを返還するように要求した。

しばらく交渉の後、は、を通じてXに対し、甲の実兄の通夜の日に調査を実施したことについての甲らの心情が分からなくはなく、今後の税務調査の進行上収集した資料をいったんすべて返還した方がよいのではないかと伝えたところ、Xは、甲や丁の承諾を得て行った調査であり返還するといった類のものではないと答えた。しかし、しばらくしてからから実印の印影を押捺した紙については課長の意向で返すよう指示されたので、Xは調査関係書類が納めているファイルから実印が押されている紙を課長補佐に渡し、はそれを甲らのいる席に持っていった。その後からXに対し、依然として甲らの抗議は続いており、甲の実兄の通夜に税務調査を行ったことについて甲らの心情も分からないわけではなく、事態収拾と今後の税務調査の進行上、収集した資料をひとまず返還し、再度税務調査を実施するようにとの指示があったので、Xは、調査関係書類が納められているファイルから収集した書類を取り出し、甲らのいる部屋に持っていき権利証の写しや預金通帳の写しを甲らに渡した。

甲は、原告の実印や銀行印、従業員の認め印がなされた紙を見て、Xに対し、自分は税務署の職員に白紙委任はしていないと述べ、さらに、個人の通帳のコピーがまだあるはずであると述べた。Xは、預金通帳の口座番号等のメモは署の用紙に書いたものであり、渡すわけにはいかない旨説明したが、甲らは、渡せないなら焼却してくれと要求したため、が灰皿の上で2、3枚のメモをライターの火で燃やした。

その後、甲は、本件調査を担当した職員に謝罪させるように要求した。Xは、不適正な調査をしたわけではないから謝罪することはできないと述べたが、なおも甲らは大声で抗議を繰り返し、謝罪を要求した。

そこで、一旦部屋を出たはXに対して謝罪して再度調査を実施する方がよい旨述べたため、Xは、L、T、Sに甲と丁に謝罪するように要請し、L、T、Sは甲らの部屋に入り、自らの身分証明書、質問検査章を甲と丁に見せて謝罪をした。甲は、Lらに対して自分は帳簿以外の調査については承諾していないと述べ、さらに、どうしてそういう調査をしたのか、調査の理由は何か等尋ねるなどして問いつめたが、Xは甲に対し、事実に関しては後で確認すると述べ、Lら3人を戻らせた。

その後、甲は、に対し文書で謝罪するように要請したが、はそれはできないと回答した。そして、午後5時を過ぎたころ、甲らは熊谷税務署から帰った。

(ウ) 請願書の提出

甲は、平成6年8月19日、同年10月27日、同年12月26日、平成7年1月26日の4回にわたり、丁は、平成6年10月27日に、被告熊谷税務署長に対し、本件調査は違法であるとして、本件調査を行った理由等を文書で回答するように求めた請願書を提出したが、被告熊谷税務署長は文書で回答することはしなかった。

(エ) 国家賠償請求訴訟

原告、甲及び丁は、平成7年2月21日、違法な本件調査により精神的損害を被ったとして、国家賠償請求訴訟を提起した。

しかし、平成7年11月16日、被告熊谷税務署長が本件当初処分を取り消したため、原告らは上記国家賠償請求訴訟を取り下げるに至った。

(2)  判断

ア 質問検査権の意義

国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、法人税、所得税その他の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するために税務当局による実効性のある質問検査制度が欠くべからざるものであることは、何人も否定し難いところである。

ところで、この質問検査権は、相手方たる納税者の承諾がなくとも納税職員が一方的直接的に物理的に強行し得るという性格のものではなく、この意味においていわゆる任意調査の権限に止まるものであるが、納税者等も正当な理由のない限り、質問検査に応じなければならない一般的な受忍義務がある(質問に対する不答弁並びに検査の拒否・妨害に対しては刑罰が課せられる。法人税法162条2号、所得税法242条8号等)。そして、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、質問検査の必要があり、かつこれと相手方との私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解せられる(最高裁昭和47・11・12判決・刑集26巻9号554頁、最高裁昭和48・7・10決定・刑集27巻7号1205頁)。

なお、法人税法153条は、法人に対して質問検査権を行使できる旨規定するが、法人に対する質問検査権の直接の対象者としては法人の代表者の他、業務に従事する家族、使用人その他の従業員も含まれると解される。しかし、代表者の権限と家族、従業員等の権限には自ずと差違があるから、代表者が不在等の場合には、家族、従業員の立場や与えられた権限、調査の時間、場所、対象等具体的状況を勘案した上でその承諾の有無、範囲等を判断する必要がある。

ところで、税務調査は、広い意味では租税確定手続の一環をなすものであるが、基本的には前記のとおり租税の公平、確実な賦課徴収のため税務当局が課税要件の内容をなす具体的事実の存否を調査する手段として認められた権限であって、上記調査により課税標準の存在が認められる限り課税庁としては課税処分をしなければならない。そして、課税処分の取消訴訟においては、客観的な課税標準の有無等が争われるのであるから、調査手続の単なる瑕疵は当該処分の適否には直接影響を及ぼさず、調査の手続が全く同意なく行われる等刑罰法規に触れ(あるいはこれとほぼ匹敵するような事情の存在が認められ)、公序良俗に反しまたは社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯びるような場合に限り当該課税処分は違法となり、取消原因となると解するのが相当である。

イ これを本件についてみるに、本件調査は、平成6年7月27日午前9時半ころ開始されたものであるが、丁は玄関先に立ったL及びSに対し、甲の実兄が前日に亡くなったため、主人は通夜のため三重県の桑名に出かけており、自分もこれから三重県の桑名に向かう予定なので、調査は後日にしてほしい旨何度も告げている。そして、Lは、Xの指示もあって、三重県にいた甲に電話したところ、甲からも調査は別の日にしてもらいたいと繰り返し言われ、和室には喪服や数珠が置かれ、丁や甲の言っていることは嘘ではなく、丁が間もなく葬儀のため出発しなければならないことは、Lらも十分認識し得る状況にあった。ところで、質問検査の時期、場所、方法等については、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているとはいえ、自ずから社会通念上相当の限度があるものであり、上記のような義兄の急死に伴う通夜、葬儀の出席のため間もなく遠方に出発しなければならないという切迫した状況に照らすと、納税者の側で調査を別の日にしてもらいたいと要請するのは正当かつ当然の要請であって、これをもって税務調査に対する不当な協力拒否ということはできず、丁としては、調査は別の日にしてもらいたいとしてそれ以上の協力をせず、そのまま桑名に出発しても、是認され得る状況にあったというべきである。このような中で、丁は、最初は午前中だけならと言い、甲は1時間程度ならと税務調査を了解したのであるが、Lは帳簿書類や預金通帳等の確認をしたいと述べており、甲も丁に帳簿の保存と記帳状態を確認させて早く帰ってもらいなさいと述べ、同様の趣旨はLにも伝えたと推認されるから、当日の調査は、丁の側で任意に会社の帳簿書類等を提示し、Lらが1時間位その内容の点検を行う程度のことが当事者の意識としては予定されていたというべきである。また、本社内の建物には丁1人しかおらず、逆に税務署の人間は、S、T、Lと男性3人という状況であったから、いかに税務署員という身分を明かしているとはいえ、女性の恐怖心とプライバシーの利益等を考慮すると、調査はできるだけ1階の玄関に近い場所で行い、2階などへの立入りを希望する場合には明確な了承を得た上そこでの時間は必要最小限の時間に止める等の配慮が要請されていたというべきである。

そして、当日の調査を要約すると、概ね、

① 午前10時5分ころ、会社の帳簿類を1階に下すためとして丁に同行してLが2階に上がり、2階の状況を確認

② Lが個人の通帳類を見せてほしいということで丁とともに1階和室に戻り、和室内金庫から全部の物を出して、通帳、現金、商品券、土地建物権利証等を確認

(甲、丁の実印押捺を含む)

③ 会社の帳簿類を見せてくれということで、丁に続いてTが2階に上がる(そこで、会社金庫の中の物を全部出し、通帳、現金、権利証を確認。整理ダンスの小物入れの1段目から3段目まで順次丁に開けさせて中身を確認。丁不在中に机にあった印鑑、三文判を押捺。)。その間1階では、Lらが持参したコピー機で個人通帳類や権利証をコピー

④ O税理士から2回目の電話があり、丁は強く退去要求

⑤ 午前11時20分ころLら退出

という流れとなるが、前記のとおり甲や丁としては、承諾を与えた段階では会社の帳簿の記帳や通帳類の確認を想定していたものであり、それなのにLら税務署員が1階の個人用の金庫の在中物を全部とり出させて点検したり、2階の部屋に税務署員が立ち入り、そこにあった整理タンスの中まで点検したりしたことは予想を超えるもので、甲や丁が本件調査は承諾の範囲外でプライバシーの侵害である等として激しく税務署に抗議した気持ちは理解できないではない。

しかし、原告のような同族会社の場合、会社の帳簿、預金証書類などと経営者やその家族の預金関係などが混然となって保管されている例もままあり、Lが個人関係の通帳類を見せてほしいと言ったのに対し、丁は結論的には了承している。

1階金庫の中の物もTらの要請に応じて全部丁は取り出し、そこにあった実印を押すのをTが白紙に押すのも丁は現認している。Tが2階に赴いたのは2階に会社の帳簿類が置いてあるためであり、整理タンスの小物入れをTが開けさせたのも、ここには会社関係の物はないのかという問いに領収書類が入っていると丁が答えたためで、Tが2階にいた時間も比較的短時間であったことが認められる。

そうすると、原告は過去に税務調査に非協力であったわけでなく、甲や丁も調査自体を拒否したわけではなく、通夜に出発しなければならないので別の日にしてもらいたいと言っていただけであるから、被告熊谷税務署長においてあえて当日税務調査を強行したのが妥当であったか議論の余地があり、調査の内容も会社の帳簿記帳等を中心にすべきではなかったか等の批判の余地はあるが、調査を全体的にみても(又個人用金庫の中身を出させたり2階整理タンス小物入れを開披させて点検した等の事柄を個別的にみても)、なお甲、丁の明示または黙示の承諾の範囲を逸脱しているとみるまでに至らない(なお、2階机上にあった印鑑類を白紙に押すことについては、Tとしては、丁がその場にいなかったのであるから、事後的にせよ了解を得ておくべきであったが、丁は、1階の預金通帳類のコピーと1階での甲らの実印を白紙に押すことについては特段の異議を述べておらず、2階机上にあった印鑑、三文印の押捺について特にそれを拒絶したとは考え難いから、前記判断を左右するものではない。)。

ウ そうすると、本件調査に国家賠償法上の問題が生ずるかどうかはともかく、本件各処分の取消原因となるほどの重大な違法があったとは認められないから、この点の原告の主張は採用できないというべきである。

3  争点3(原告とBとの間の取引(Bルート)に水増し計上があり経費否認されるかどうか)

(1)  認定事実

ア 原告会社の概要

(ア) 業務概要

原告は、昭和55年4月24日に設立され、平成元年11月21日現在の商号で業務を行うようになった。

原告の事業はコンクリート用鉄製型枠製造業であり、ビル建築などに使われるプレキャストコンクリート(あらかじめ工場で作るコンクリートの製品のことをいい、略して「PC」という。)を成型する型枠を顧客先が作成した設計図に基づいて製作する。

使用材料は一般鋼材が主で、加工工程は切断、曲げ、溶接、組立、仕上げ、(塗装)完成、出荷に分かれている。

(イ) 発注形態

顧客である発注元はゼネコンのプレキャスト、コンクリート部門及び製品メーカーであり、その顧客から設計図を受け取り、型枠数と仕様、納期等を打ち合わせて見積りをする。金額交渉を経て、口頭発注後に作業に取りかかる。

(ウ) 工程

営業担当者が受注した際に、自社工場及び外注先の工程を勘案して、それぞれの製作担当者と打合せを行い、見積金額、受注金額等を記入した実行予算書を作成し、提出する。完成検査は、製作者の自主検査を行い、出荷責任者のチェックを経て出荷される。なお、客先担当者の立会検査のある場合は営業担当者と出荷責任者が立ち会う。

出荷後に、設計変更・追加工事等が依頼された場合は、製作担当者が、出張工事を行う。型枠の不備、不良や兼用型枠で型替え作業依頼を受けた時も同様に行う。

(エ) 外注関係

a 外注形態

原告が受注した工事を仕上げる方法としては、原告の第1工場で原告従業員が製作する場合の他に、社内外注と社外外注として発注して下請けを依頼する場合がある。

社内外注は、原告と雇用関係にない他社の従業員が原告の工場内で働き製作する場合を指し、社外外注は、他の業者が原告の工場を使用せずに他の業者が自ら又はさらに他の業者に下請けを依頼し製作する場合を指す。

b 平成3年から平成6年当時の原告の外注先

原告の一般外注(社外外注)業者として、B、D株式会社、株式会社等があった。

社内外注としては、、M等があった。

c 外注への発注方法

一般外注(社外外注)業者については、簡単な型枠図、客先の設計図、仕様書等で説明し、金額と納期の打合せをして、口頭で発注し、要求があれば注文書を発行していた。

d 外注の工事完了

社内外注の場合は、製作した製品は原告において配送し、一般外注については概ね直送していた。

外注工事の完了は、原告の担当者が完了検査を行い。合格を確認した後、出荷となる。

e 現場設置型枠の施行

型枠部材を設置指定場所に持ち込み、原告担当者と作業者で、プレキャスト工場担当者と打合せを行い、指定された場所で作業を実行する。施工完了時は作業者と工場担当者で立会検査し、両者が完了後終了する。原告担当者への報告は、図面にサインするか。作業証明書、作業日報で行っていた(以上、甲)。

(オ) 原告の経理

当時の原告の経理担当の社員は2人おり、その統括として丁が毎月の売上、支払等を集計し、経理を管理していた(甲)。

イ 原告と丙の関係

(ア) 甲は、昭和53年ころ、千葉県のⒾの営業担当者であった丙と知り合った。

丙は、昭和55年ころ、原告に出資をし、原告の取締役となった。

原告の株主は甲、丙、丁の3人であり、平成7年に丙が原告の株式を甲に譲渡する以前の株式数は、発行済株式数200株のうち、甲が124株、丙が50株、丁が26株であった(甲、丙、甲67ないし71)。

(イ) 原告における丙の主な業務は、仕事を新しく受注するための営業活動であり、書類の受渡し、営業の報告、経費の請求等を行うために本社へ来る程度で、専ら丙の自宅を拠点として営業活動を行っていた。また、丙は、丙が担当していた取引先の見積書、原価計算書、請求書の作成等の事務処理も行っていたが、それらの記帳は丙の妻が行っていた(甲、丙)。

(ウ) 丙が原告から受け取っていた給与は、平成2年度が828万円、平成3年度が900万円、平成4年度が948万円、平成5年度が960万円であり、も原告の事務員として原告から年間100万円程度の賃金を受け取っていた(甲67、68、70、71、丙)。

ウ Bルートの概要

(ア) Bの設立

甲は、昭和55年ころに仕事を通じて戊と知り合った。戊は、原告の取引先のの経理等の責任者として勤務していたが、が倒産したため、甲は、戊に原告の工場を使用させ、原告の社内外注先として戊と取引を行うようになった。そして、戊は、昭和63年ころBを設立した(甲、甲123)。

その後、戊が原告の工場を出て独立することになったが、甲は、戊の独立の際、独立資金の全額を戊に貸し付けた。また、原告の従業員数名を戊に預け、原材料の仕入れについても原告が肩代わりして支払い、工事代金と相殺するように便宜を図った。そして、原告は、Bが原告の第2工場として協力すべく、Bに対して技術指導等も行った(甲、甲85、86)。

(イ) Bの取引関係

戊は以前からeの仕事を請け負っていたが、戊が原告の社内外注先となって以降は原告のeからの仕事も増えた(乙25)。そして、eへの営業については丙が担当していた。

そして、上述のような経緯を経て、原告は、受注先のバキュームコンクリート、e等の型枠工事を原告の第1工場や社内外注で製造するとともに一部をBに発注するようになった(甲)。

(ウ) Bルートの計画

丙は、Bが設立された昭和63年ころから、原告とBとの間の取引における外注費の水増しをし、架空の経費を計上して架空経費相当額を丙個人が取得していた(丙、乙25、甲123等)。

そして、平成2年ころ、原告とBとの取引における外注費の水増しをし、架空の経費を計上した上で、その架空経費相当額の工事をBがaに発注したように装い、Zが受注した工事代金額である架空経費相当額を丙が取得するというBルートを計画した(丙)。

そこで、丙は、戊及びZに対し、Bルートに関する説明及び依頼をし、戊及びZもBルートについて合意をした(乙25、乙19)。丙は、平成2年10月17日、Zの合意を得た上で、Z名義の印鑑を購入し、b信用金庫習志野駅前支店の「Z」名義の普通預金口座を開設し、この口座をBルートによる取立て専用の口座として利用することとした(乙18、乙29別紙1)。

(エ) Bルートの具体的態様

Bルートの具体的態様は次のとおりである。

原告がBに工事を発注する際に、丙が戊に、正規の工事代金を水増しした金額を記載した原告あての請求書を作成させた上で、原告に提出させる。さらに、戊とZとの間で、水増し相当分についてBがaに発注したように書類を作成し、取引を仮装する。一方で、原告は、Bに対し、正当な工事代金額の約束手形の他に、上記水増し相当分の額の約束手形を振り出す。そして、丙は、aの領収書を持って戊の元へ向かい、その領収書と引き替えに上記約束手形を戊から受け取る。これを丙(若しくは妻)が上記Z名義の口座で取り立てて現金化し、丙が、その現金のうち15%を手数料としてZに支払い、残金を丙が取得した(丙、乙25、乙19、乙18)。

上述のようなBルートにより、平成2年11月30日から平成7年1月4日まで、Aより上記Z名義の口座に入金されている(乙18)。

そして、丙は、平成7年3月ころ、Zに対して、ZからBへの請求書及び領収書の作成を辞める旨告げ、上記口座の通帳をZに返還した(乙19)。

丙はその後、原告がBに対し振り出した約束手形を第3者に裏書するなどした上で架空計上分を取得し、平成7年6月ころまで利益を得ていた(丙。甲123)。

(2)  Bルートに係る金額の経費としての損金不計上性

ア Bルートについては、前記のとおりであり、本件課税処分等の対象となる取引として、b信用金庫習志野駅前支店のZ名義の普通預金口座において平成2年11月30日の84万5000円から平成7年1月4日の25万9000円までの間にAより入金された各金額相当分について原告からBとの間の取引において水増しされ、架空に経費が計上したものと認められる。

そして、その金額は以下のとおりである(別表12)。

平成3年4月期 1500万7000円

平成4年4月期 2155万1000円

平成5年4月期 1434万8500円

平成6年4月期 708万7000円

ところで、法人税法22条1項は、内国法人の各事業年度の所得金額は、当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とする旨規定し、同条3項は、内国法人の所得金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、当該事業年度の収益に係る売上原価等の原価の額及び当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用の額並びに当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るものと規定している。

したがって、上記架空取引による金額は経費として損金計上することはできない。

イ この点、原告は、「甲はBルートによる架空外注費計上の事実を知らなかったのであるから、原告は、金員をだまし取られた被害者であっても、水増し取引の主体であったということはできず、原告に対して不正行為を行い、不正に利益を取得し、不正申告をしていたのは、B、Z、丙の三者ということになる。取引行為における対価の支払は、双方の様々な原価計算(見積り)に基づいて協議する中で適正な価格が定められる。取引行為の相手方が、どのような事情のもとに、どのように自己の経費や利益率を考えるかは、その者の自由な判断であり、その意味で、原告としては、Bに対する外注費は適正な価格であると判断したのである。また、丙が原告の株主及び取締役の地位にあったとしても、B・Z・丙の原告に対する犯罪行為についてまで、全く何も知らなかった原告がその責めを負わなければならないいわれはなく、本件に関する丙の行為は原告の行為と無関係であり、同視されるべきものではない。したがって、Bルートについては原告の架空計上には当たらない。」と主張する。

確かに、丙、甲の供述、甲143、144に鑑みても、Bルートによる架空計上について甲が知らないところで行われたと認められる。

しかし、丙は原告の株式200株のうち50株を有する取締役であって、単なる一従業員と同視することはできない。そして、丙が代金を決定し、Bと契約を締結した場合は、ほぼそのままの形で原告とB間の取引となっている以上、原告代表者甲の認識を問うまでもなく、原告・B間の架空の計上は原告の経費として架空に計上されたものと認めるべきである。すなわち、Bルートは、丙が利得を得るためにその利得分を正規の取引代金に意図的に上乗せして取引代金を設定し、経費を計上しているのであって、水増し分は、丙は甲らに不正を知られないように取引を仮装しているにすぎないのであり、実質的には、丙が仕組んだ原告・B間の取引の水増し分は直接丙の利得となっているとみることができるのであって、原告・B、B・Z間の2段階の取引を介在するからといって、原告・B間の取引代金をそのまま正規なものと評価することはできない。

換言すれば、戊は丙の指示を受け、原告に対し、正規の工事代金額を超過する額を記載した請求書を提出したが、原告がBに支払ったのは、うち正規の工事代金額のみであって、超過分の金額は実質的にはBではなく丙に支払ったと見るのが相当である。ところが、原告は、Bに支払った正規の工事代金額のみならず、丙に支払った超過分の金額をも工事代金として計上したのであるから、この超過分については経費の架空計上に当たるというべきである。そうすると、原告の上記主張は採用できない。

4  争点4(原告と乙との間の取引(乙ルート)に架空計上があり経費否認されるかどうか)

(1)  被告熊谷税務署長は、原告と乙の取引は架空であり、乙ルートの経費は架空に計上されたものであると主張するところ、原告は、乙ルートは実額取引であり、架空工事ではないと主張するので以下判断する。

関係する証拠(適宜掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 乙の実態等

乙は、もとは丙の紹介により乙の名で原告の社内外注をするようになり、原告の工場で働いていた(甲)。

平成元年当時、乙には乙との4人が勤務していた。上記4人は、遅くとも平成元年3月ころには第2工場(B)に移り、そこで仕事をするようになった。

は、第2工場に移ってすぐに辞め、平成2年5月ころに乙とも第2工場での業務を行わなくなった(は以後、平成3年3月以降継続的に株式会社に勤務しており、他で働いたことはない)。なお、従業員の給料は、Aの工場内で働く以前は乙が支払っていたが、平成元年3月以降は、Bの従業員であるが乙、の給料を計算し、Aが上記3名に支払っていた(乙39ないし41)。

このような形態で、平成2年の8月ころまでは、乙は原告の社内外注先とされていたが、平成2年の8月ころ乙が体調を崩したため乙はいったんS市へ戻り、原告との取引も中断した(甲)。しかし、平成2年秋ころ、丙から甲に乙を社外外注先として使いたい旨連絡があり、甲も特に異論はなかった。

しかし、平成2年の11月以降は、株式会社kは乙を社内外注としており、月に十数日分の弁当代等もkが出して相殺していた(乙42)。

なお、乙42によれば、kの乙に対する買掛は次のとおりである。

平成2年11月 53万5000円

同年12月 56万円

平成3年1月 61万5000円

2月 50万円

3月 70万円

4月 68万円

5月 58万5000円

6月 56万5000円

7月 58万5000円

8月 57万円

9月 57万円

10月 57万円

11月 64万5000円

12月 195万円

平成4年1月 62万円

2月 63万円

3月 82万円

4月 91万円

5月 なし

6月 55万円

7月 45万円

8月 なし

9月 なし

10月 80万円

11月 73万円

12月 85万円

平成5年6月77万円

7月 78万円

8月 76万円

イ 丙と甲との経営分担等

原告の営業活動のうち、約3分の2は甲が担当し、3分の1は丙が担当していた。

そして、甲が担当していた営業に係る外注管理は甲が行い、丙が担当していた営業に係る外注管理は丙が行っていた。原告が仕事を受注した場合、事前に丙と甲は甲91のような社外秘の原価表を作成し、それにより甲は丙が発注する予定の外注先と外注値段を把握していた。そして、工事検査については、甲が管理している外注先の仕事の工事完了は甲が完了検査を行い、丙が管理している外注先に係る工事完了は丙が検査をしていた。

丙はeの営業を担当しており、丙が管理していた外注先としてはBその他があった。eの営業に関し、丙はeからの受注、外注先への工事発注、工事完了検査、eへの請求書の作成まで一手に引き受けており、外注先への支払に関しても、甲は丙が持参する請求書、領収書などをほぼそのまま受領していた。

乙については、原告の社内外注であった平成2年8月ころは、甲が管理する外注先であったが、同年8月ころいったん乙が清水に帰り取引が中断した後、同年秋から社外外注として取引再開した後は丙が管理する社外外注先の扱いとなった。そして、甲は丙が営業担当するeの工事に関しては、外注先の選定や外注値段もほぼ丙に任せ、乙が丙の管理する外注先となって以降は、甲は乙に対する仕事の発注に関与することもなく、乙の仕事の完成などに立ち会うこともなかった(以上、丙、甲)。

丙は、ほぼ毎月1~2回の割合で原告の本社を訪れた際に、eへの請求書や下請(外注先)の請求書、領収書などを甲や原告の他の社員に届け、乙の請求書や領収書も同様であった。そして、丙は、乙の請求書等と交換に原告振出の小切手を受け取り(乙15の1ないし8)、それを丙の取引口座であるm銀行北習志野支店の「丙」名義の普通預金口座に入金し、数日後には出金していた(乙16の1ないし24)。

なお、原告の補助簿には、乙の請求書、領収書、小切手(乙13ないし15)の記載内容に合致する取引内容、支払が記載されており、矛盾するところはない(乙33)。

また、丙は、自らが担当・管理する取引の請求書、注文書、領収証等の書類を原告の工場へ持参して原告に提出する際に、書類の受渡しの確認のために作成した大学ノート(本件ノート。乙17)も一緒に持参していた。本件ノートは丙の妻が記載したものであり、年月日、取引の相手方、書類名称等が鉛筆又は黒のボールペンで記載されていた。甲又は原告の従業員は、丙から書類を受け取る際に、丙から提出された本件ノートの内容を確認し、サインをして丙に返していた(丙、甲、乙17、37)。

ウ 被告熊谷税務署長が乙ルートを探知した経緯等

(ア) 熊谷税務署は、平成7年4月18日、B、

、Z(a)、b信用金庫習志野駅前支店に対する調査を行った。

上記調査により、Zは丙から依頼されて不正取引に加担し、ZからBへの請求書の額面金額の15%相当額の手数料を現金で受け取っていた旨供述し、b信用金庫のⓆはZ名義の普通預金口座(乙18)を開設し、利用しているのは丙である旨供述した(乙29別紙1)。

(イ) 平成7年4月24日、B及び

の代表者戊が熊谷税務署に訪れ、X調査官、n専門官(関東信越国税局法人課)に対し、丙の指示によりZに対する架空の外注費を計上し、原告に対する請求書に水増しする方法で不正取引に加担していた旨の供述をした(乙25)。また、同日、調査官のが丙の取引銀行であるm銀行北習志野支店に臨場し、丙の取引口座を調査したところ、原告からの給与以外に毎月多額のA振出の小切手が取り立てられていることが判明した(n)。

戊は、同日、甲の元を訪れて上記熊谷税務署においてXらに話したものと同様の事実を甲に伝えた(甲)。

4月28日、Xは、上記事実を確かめるために甲に電話をしたが、甲は、甲が調査をしたのちに、原告の元へ来てほしい旨回答した。

5月10日、Zが架空取引の預金通帳を持って、甲の元を訪れた(甲)。

(ウ) 5月11日、甲とI税理士は、丙の元を訪れて、戊にBルートの話を聞いたことを伝え、丙が手にした金を原告に返すように要求した。そして、丙は同日付けで原告の取締役を辞任し、さらに、丙と甲は、丙が所有していた原告の株式50株を甲に譲渡することを約した(丙、乙12)。

(エ) 5月17日、Zは、千葉東税務署のに対して、平成2年の夏ごろ、丙から、

①丙の指示に従った取引内容、取引金額等を記載した請求書を作成すること、その請求書と同額の領収書を作成すること、②請求書と同額の原告振出の手形に裏書をすること、③手形を取り立てるためのZ名義の口座を開設し、丙がZ名義の印章を購入し、使用することを依頼され、平成7年3月ころには、丙から、請求書、領収書の作成をやめると告げられ、Z名義の通帳と印鑑の印章を渡されたとする申述書を提出した(乙19)。

(オ) 5月27日、丙は、甲との間で、I税理士を立会人として、丙が甲から借入金として6100万円が存在することを確認することを内容とする申述書を作成した(乙12)。

(カ) 5月30日、nは、甲からI税理士のいないところで話しをしたい旨の電話を受けたため、本社を訪れ、甲と丁に対し、丙の不正行為による架空外注費等計上の手口、A振出の手形でZ名義の口座に換金され、丙が利得したと思われるものが平成元年の4月期から計算すると合計9600万円位になることを説明した。さらに、その場合の課税処理の方法、被告熊谷税務署長としては法人税としては経費否認をせざるを得ないこと等を説明した上で、原告は丙から回収することを考えないのか、原告が自主的に修年申告することで解決が図れるかどうか等についても議論した(甲120)。

(キ) 5月31日、丙は熊谷税務署を訪れ、調査官のX、p及び専門官のnに対し、丙が行っていたBに対する架空外注費以外にも甲と丙で共同して乙に対する架空外注費を計上していたこと、乙ルートは、丙が請求書の内訳を考え、乙に請求書を作成させて甲に届け、甲から小切手を受け取り、m銀行北習志野支店の丙名義の普通預金口座において現金化して、領収書との引き替えに乙に15%相当の手数料を支払い、残金を丙が5、甲が5、丁が3の割合で分配するというものであったこと、上記金員の受渡しは丙が乙と甲に現金で手渡す方法で行ったこと、5月27日に作成した申述書は、丙が甲からZが受け取ったのが900万円であるといわれたためにBルートにより丙が受け取った金額は約5100万円であると考え、さらに、乙ルートによって捻出した3000万円のうち甲が受け取った2000万円を除いた1000万円を丙が受け取ったことから、それらの合計である6100万円を借入金として甲に返す約束をしたものであること、上記乙ルートにより丙が得た1000万円についてはボーナスとして受領したものであったが、甲の指示により上記借入金に含めさせられたこと、丙がBルートに係る上記のような不正を行うことになった動機は、甲がBに架空外注費を請求させるなどの不正を行っていたので自分も行うようになったこと等を述べた(乙12)。

(ク) 6月2日、nは甲に電話をし、乙に対する外注費にかかる不正取引について確認したところ、甲は、自分はそのようなことを行っていないと否定した。そこで、nは甲に丙の供述は具体的であり、後日乙に対する外注費について帳簿の調査をする必要がある旨伝えた。

6月5日、甲は、nの下へ電話をかけ、I税理士を解任し今後はP税理士に関与をお願いし、損害賠償請求訴訟を取り下げて修正申告する方向で相談したい旨伝えた。

(ケ) 6月7日、丙は、Xとpに対し、丙が作成した本件ノート(乙17)を提出し、本件ノートは、丙が請求書等を作って持っていったときに甲に受領印をもらうものであると説明した。

(コ) 同日、丙は甲の元を訪れ、自らの不正行為を詫びるとともに、5月27日に約した6100万円の借入金についてそのうち1000万円については賞与として扱ってもらいたいこと、3500万円を2回に分けて分割して支払うこと、2500万円については原告設立以来の功績を考慮して丙が原告に対して有する報奨金などとして相殺することを考慮して頂きたい旨の書面を準備して甲の署名を求めたところ、甲はそれを拒んだ。そして、甲は、丙に対し、上記5月31日に丙が熊谷税務署に話しをした内容は事実に反するものであり、甲に謝罪する旨の申述書に署名するように強く要請したため、丙は上記申述書に署名した(乙29、甲84)。

(サ) 6月8日、丙は、nとpに対し、7日に甲との間で作成した文書の内容は虚偽であると供述した(乙29添付)。

(シ) 6月9日、nは新たに原告の代理人となったP税理士と面接し、これまでの経緯を説明し、問題点の解明のため帳簿調査の必要がある旨伝え、P税理士も承諾した。その後P税理士から6月13日に税務調査を受けることを甲が了承した旨の電話があった。

(ス) 6月12日、浦和地方裁判所熊谷支部は、債権者を原告、債務者を丙、請求債権は丙がBルートにより9674万6000円着服横領したことにより原告が丙に対して有する9674万6000円の損害賠償金のうち6100万円を請求債権として丙所有の不動産を仮に差し押さえる旨の仮差押決定をした(乙34)。原告は、同日付けで、丙を懲戒解雇した(甲80)。

(セ) 6月13日、午前10時ころ、nとpが本社を訪れ、甲、丁、P税理士の立会いのもとで税務調査を行った。甲らは、午前中にnの求めに応じ、乙の請求書、領収書、補助簿等の関係書類を呈示し、nらは甲や丁の助けも得てそれらをコピーした(甲119、乙13、14、21、33)。

(ソ) 6月21月、Xとpが熊谷税務署に来署したP税理士に対し、これまでの調査結果とその結果に基づく更正処分予定金額を説明した。

6月26日、甲は、熊谷税務署を訪れ、pに対し、修正申告した場合の見込税額が記載されたメモの交付を受けた(乙48)。

しかし、甲は、修正申告には応じなかったため、被告熊谷税務署長は、平成7年6月27日付けで、平成3年4月期以降の法人税の青色申告の承認の取消処分をし、同月30日付けで、本件当初処分を行った。

(タ) 7月25日、原告は丙との間でBルートに関する紛争について、丙が原告に対し、既払い金1500万円の他、5800万円の支払義務があることを認め、平成7年7月25日限り2000万円、同年8月25日限り1500万円、同年8月末日限り2300万円支払うことを約した示談契約を締結した(甲118)。

(チ) 原告は、本件当初処分を不服として、平成7年8月21日に異議申立てをしたところ、被告熊谷税務署長は同年11月16日付けで本件当初処分の全部を取り消した(甲31、32)ため、原告は同日、上記異議申立てを取り下げた。

その後、平成8年2月22日付けで、被告熊谷税務署長は本件課税処分等を行った。

(2)  判断

ア 丙供述の評価

まず、丙は、前記のとおり、平成7年5月31日に被告熊谷税務署長に乙ルートは架空工事であったと供述しているところ(乙12)、甲に対しては6月7日になって5月31日に乙12の熊谷税務署で言った内容は事実に反すると言ったり(甲84)、逆に6月8日になって同被告に甲84の内容は虚偽であるとしたり(乙29添付)、供述が二転三転しており、当裁判所における証言(第13回口頭弁論期日)内容も乙に実際に仕事を頼んだのかどうかについては、ある個所では実工事と言ってみたりある個所では架空工事と言ってみたり、一貫性、統一性がない。また、被告熊谷税務署長に対し乙12のような供述をしたのは、甲との交渉において自己の返済分をできるだけ少なくするために甲を牽制するためであると優に推認される。このような丙供述の動機の不自然、人柄の不誠実性、一貫性のない供述態度等はその供述内容の信憑性判断に当たっても十分考慮される必要がある。

しかし、丙は、結論的には、最後まで乙ルートは架空であったとの供述を維持しており、前記のように、丙は社外外注先としての乙を管理し、甲からはeの仕事の外注先として乙との外注契約を一手に任されていた責任者であるところ、その責任者が乙ルートは架空工事であったと言明している以上、いかに上記のような事情があるとしても、直ちに丙供述を全面的に信用性がないとして排斥することはできず、むしろ後記のような諸々の間接的事実と合わせ考えると、丙供述中乙ルートが架空工事であったとの点についてはそれなりの信憑性を認めざるを得ない。

イ 小切手の決済方法の不自然

前記のとおり、丙は乙から原告宛請求書を甲の下へ届け、甲から小切手を受領し、その小切手をm銀行北習志野支店の丙名義の普通預金口座で現金化している。しかし、真実乙に対し工事を外注しその工事費を支払うべきものなら、そのまま乙に小切手を渡せば足りるのであり、かつその方が普通のやり方であって、上記のような決済方法は何としても不自然である。

ウ 乙13の1ないし24の仕事内容と乙の事業実態との不合致また、乙13の1ないし23によれば、平成2年11月から平成4年12月にかけて、原告から乙にほぼ毎月月額百数十万円の外注がされたことになっているが、一方、乙42によれば、乙は、平成2年初冬から平成5年夏にかけて、kの社内外注として働いていたものであり、その受注金額は月に10数日社内で弁当をとるほどの働いていたものの多くは月額50万円台から7、80万円台である。ところで、乙が独自に自社工場や自社作業場を持っていた形跡はない。そうすると、独自の作業場を持たない乙がkでそのように社内外注として働いていながら、一方丙の管理する社外外注先として毎月平均百数十万円もの外注仕事を遂行し得たかどうかは極めて疑問であるといわなければならない(なお、甲64ないし66によれば、乙は、平成3年は外注を用いず、4、5年は外注を用いている記載があるが、その記載は不明確であり、甲64、65からだけでは、乙が独自の外注先を有していたとは認定し難い。)。しかも、乙13の1ないし24によれば、ほとんどの仕事について工事金額の15%に相当する現場出張費が付加されているが、その現場出張費の内容も明らかでなく一律に本体工事の15%となっていることも不自然である。また、乙1ないし24に記載された工事は、もし実際に施工されるとすれば、その外注金額からして、決して短時日でできるような内容のものではないものと判断される。こうした面でも、乙が一方においてkにおいて月の半分以上働きながら、他方において丙の指図により乙13の1ないし24に示されるような現場出張を伴う多額の工事を実際に施工し得たとすることには疑問がある。

エ 丙の乙に対する外注工事契約操作の可能性

丙はe関係の仕事については、eに対する受注、請求の関係だけでなく、実際の工事の施工・検査、下請への発注等一手に引き受けていたことは前記のとおりである。そして、Bルートについても乙は前記のような操作により水増し請求分の利得をしていたことに照らすと、乙ルートについても丙が架空工事を正規工事の中にもぐりこませることは十分できたものと認められる。

すなわち、丙はeから工事を受注したとき、それを社外外注先に丸投げするときは甲に甲124の5にみられるような原価計算表を提出し、甲もそれが原告に利益をもたらす限りはそれを承認し、それ以降の社外外注先に対する具体的な発注は丙に任せ、工事現場の立会いも工事検査にも立ち会わなかったことが認められる。そうすると、丙としては、原価計算表により社外外注費の範囲内でおさめる限りは、具体的な工事の完成については原告から全権を委ねられていたといっても過言ではない。そして、平成2年初冬以降、乙は丙が管理する社外外注先としての扱いを受けていたものであり、丙としては、eから仕事を受注した時、具体的にどういうやり方で工事を完成させるかは一任されていたことが認められる。すなわち、丙は、eからの仕事が来た場合、甲に対しては原価計算書で「○○という社外外注先に○○円で外注予定」と記載したものの、その社外外注費用が原告に利益をもたらす限りは社外外注先の選定、その社外外注先の仕事の中身と費用は甲から一任されていたものであり、丙としては、例えばeから受けた工事が1000万円の場合、原価計算表では社外外注先A社に700万円、B社に100万円と記載して甲の承認を得た場合でも、実際はA社1社に700万円で全部の仕事をやらせ、B社分100万円は架空の請求書を作成して原告にB社分として支払わせる等の方法で、利得する機会はあったものと認められる。

そして、原告作成に係る別表15「乙・工事支払明細書」によれば、乙から原告に提出された請求書に係る工事金額に関し、原告がeやバキュームコンクリートに請求した同一工事の総工事金額を対比すると、いずれも10~20%の金額で、丙としては、前記のような架空工事の請求を全体としてのeに対する請求の中にもぐりこませる操作をすることは十分可能な状況にあったものと認められる。

請求書番号

乙の請求金額

工事名

(略記)

Aのe等に対する

請求総金額

乙13の1

122万円

iビル

987万2000円

165万5000

jビル

1467万5000円

乙13の2

138万

782万9000円

乙13の3

149万5000円

1273万円

乙13の4

52万円

ビル

957万1725円

74万5000円

ホテル

1365万

乙13の5

161万円

gビル等

812万6700円

乙13の6

167万円

790万円

乙13の7

115万円

ビル

178万7500円

乙13の8

165万円

gビル等

206万円

乙13の9

63万2500円

ビル

736万8700円

乙13の10

184万円

ビル

1495万5000円

乙13の11

74万7500円

ビル

806万7100円

乙13の12

103万5000円

1294万2000円

乙13の13

82万円

ビル

1000万円

56万円

1227万円

乙13の14

138万円

ビル他

969万円

乙13の15

126万5000円

ほか

1105万7000円

乙13の16

111万3430円

1398万8000円

乙13の17

113万7120円

911万2500円

乙13の18

106万6050円

1055万5500円

乙13の19

110万1585円

435万6250円

乙13の20

112万5275円

銀行

242万2500円

乙13の21

198万9740円

ビル

1000万1000円

乙13の22

174万1215円

1226万1600円

乙13の23

165万8300円

ほか

750万1400円

乙13の24

165万8300円

439万円

オ 結論

以上のような、丙供述、小切手の決済方法、乙がkの社内外注として稼働しながら同時に乙13の1ないし24の社外外注をなし得たとみるのは不自然であること、乙13の1ないし24中の現場出張費の不自然性、丙が架空の乙に対する工事請求書を正規のe関連工事の外注工事請求の中に組み入れることは可能であったこと等を総合すると、乙ルートは丙が供述するとおり、架空工事であったと認定するほかはない。

そして、架空取引として計上されたものは損金として算入することはできないところ、乙ルートによる架空取引と認められる金額は以下のようになる(別表13)。

平成3年4月期 682万円

平成4年4月期 1461万6000円

平成5年4月期 1003万2715円

平成6年4月期 165万8300円

(3)  原告の主張について

これに対し、原告は、①丙の供述は雑ぱくすぎ、変遷しかつ丙の不誠実の態度からも根底から信用できず、丙には偽証する動機や経済的な見返りもある、②原告は正確に帳簿類を備えている、③乙は青色申告者であり原告との取引を含めて確定申告しているのであることからも乙ルートが架空でないことを裏付ける、④e等からの元工事が存在すれば架空取引ということはありえない、⑤乙ルートに関する架空取引の丙から甲、丁への還流金の存在が認められない等を根拠として、乙ルートは現実の取引であり、これを架空とした被告熊谷税務署長の認定は砂上の楼閣であると主張する。

しかし、①については、丙は、乙との外注契約の責任者であり、その責任者であった者が乙との契約は架空工事契約であったと述べている以上、いかに丙の人柄や供述動機、一貫性等に問題があるとしても、それだけで直ちに丙供述の信憑性を全面的に排斥することはできないことは前記のとおりである。また、小切手の決済方法の不自然など乙ルートは架空工事であるとする丙供述に見合う客観的証拠も存在する。

また、②は丙が持参した乙との外注契約に係る請求書や領収書類は、正規の外注工事と判別できないものであったから、原告においてそれに沿う補助簿等の帳簿記載をしたことは当然のことであり、原告における帳簿記載内容と、丙が持参した乙作成名義の請求書、領収書の内容が一致が直ちに乙ルートが架空でなく実額取引であったことの傍証となるものではない。

また、③については、たしかに甲64ないし66によれば、乙は、平成3年ないし5年分について確定申告をし、その事業収入として、ほぼkの仕事から得る外注金額と乙13のし1ないし24の請求書に示される原告からの外注金額をほぼ合算した金額を申告していることが認められる。しかし、同証拠によれば、乙は、平成3年分の売上を約2414万円、平成4年分の売上を約2171万円、平成5年分の売上を838万円としているが、乙がその期間kの社内外注として稼働しながら乙13の1ないし24に示されるような工事をなし得たか疑問があることは前記のとおりであるし、また、平成3年分の確定申告書(甲66)では給料賃金の内訳として、<ア>、<イ>に給与合計約1739万円を支払った記載があるが、これらの者の住所その他の特定は判然とせず、乙は青色事業者といいながら(しかも、乙27の33頁によれば乙は一時従業員が30名もあったという供述書を審判書に提出していることが認められる。)、上記の者らの給料支払に関し源泉徴収をしていないというのは不自然というほかはない。また、平成4年分の確定申告書(甲64)では、給料賃金の内訳記載がなく、外注工賃として990万1000円との記載があるがこの内容も不明である。これらを考慮すると、甲64ないし66の平成3年ないし5年分の乙の確定申告書の内容は真に乙の事業実態を正確に示しているかどうか多大な疑問が残るといわなければならない。

さらに、丙は乙に乙13の1ないし24の請求書の金額の約15%に相当する金員を支払う代わりに、請求書や領収書の作成を依頼したと述べているところ、乙がこれに応じたとすれば、乙が請求書の金額に相当する収入があったとして確定申告することはあり得ることである。そうすると、③の点も前記判断を左右するに足りない。

また、④については、eの工事完成があったとしても、丙が乙に対する架空工事の請求を正規の請求の一部としてもぐりこませることは可能であったことは前記のとおりである。

また⑤の点については、甲は乙に対する外注に関しては丙に任せ、自らはほとんど関与することがなかったのであり、たしかに、後記のとおり、乙ルートに関し丙から甲らに対する還流の事実を認めるに足りる十分な証拠は認め難いものの、そのこと自体は乙に対する外注が実額取引でなく架空であるとの前記認定を左右するものではない。

そうすると、前記原告の主張は採用することができない。

5  争点5(本件青色申告承認取消処分の適法性)

法人税法127条1項は、青色申告の承認を受けた法人について、同項1ないし4号に掲げる事実がある場合には、税務署長はそれぞれ掲げる事業年度までさかのぼって、その承認を取り消すことができる旨規定し、3号は、「その事業年度に係る帳簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由がある場合当該事業年度」と規定している。

そして、本件では、上記認定のとおり、乙ルートは架空取引であり、原告は原告乙間の取引を経費として計上し、備付け帳簿に記載していたのであるから、上記法人税法127条1項3号に該当するといわざるを得ない(なお、乙ルートに関し、代表取締役である甲の関与が認められないとしても、原告の行為が仮装・隠ぺいに当たることについてはなお後述する。)。

したがって、被告熊谷税務署長がした本件青色申告承認取消処分は適法である。

6  争点6(本件更正処分等の適法性)

(1)  法人税に係る更正処分

ア 平成3年4月期について

(ア) 所得金額 5792万0516円

上記金額は、下記①の金額に同②ないし④の金額を加算した金額である。

① 申告所得金額 2836万8216円

上記金額は、原告の平成3年4月期の法人税修正申告書記載の所得金額である。

② 架空外注費の金額 2182万7000円

上記金額は、前述した原告が支払った乙ルート分の外注費682万円及びBルート分の外注費1500万7000円の合計金額である。

原告は、上記外注費について、総勘定元帳の外注費勘定に計上し、本事業年度の損金の額に算入しているが、損金の額への算入は否認される。

③ 損金の額に算入した道府県民税及び市町村民税の金額 300円

上記金額は、損金の額に算入され道府県民税及び市町村民税を損金の額に算入していた金額である。

④ 減価償却費の償却限度超過額 772万5000円

上記金額は、平成3年4月期の法人税の修正申告において、租税特別措置法42条の6(電子機器利用設備を取得した場合等の特別償却又は法人税額の特別控除)及び同法45条の2(中小企業者の機械等の特別償却)の特別償却により減価償却費を算出した機械(ファインプラズマ加工機)に係る損金算入額997万8124円のうち、原告に対する本件青色申告承認取消処分により、特別償却が不適用となることから、上記規定による特別償却を否認した後の償却限度額225万3124円を超える額である。

(イ) 納付すべき法人税額 2124万9900円

上記金額は、下記①及び②の合計額から同③の額を控除した額である(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)。

① 所得に対する法人税額 2096万円

上記金額は、法人税法66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)1項及び2項の規定(ただし、平成10年法律第24号改正前のもの。以下同様である。)により、前記の所得金額5792万0516円のうち、800万円以下の部分については100分の28の税率を、800万円を超える部分4992万円(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)については、100分の37.5の税率を、それぞれ乗じて合計した額である。

② 課税留保金の税額 38万4500円

上記金額は、法人税法67条1項の規定により、留保金額384万5000円(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)に100分の10を乗じた額である。

③ 控除所得税額 9万4587円

上記金額は、法人税法68条(所得税額の控除)1項及び同法施行令140条の2(法人税額から控除する所得税額の計算)の規定により、利子・配当等の収入について既に源泉徴収されていた税額である。

イ 平成4年4月期について

(ア) 所得金額6373万1322円

上記金額は、下記①の金額に同②の金額を加算した金額から、同③及び④の金額を減算した金額である。

① 申告所得金額 3149万6357円

上記金額は、原告の平成4年4月期の法人税確定申告書記載の所得金額である。

② 架空外注費の金額 3616万7000円

上記金額は、前述した、原告が支払った乙ルート分の外注費1461万6000円及びBルート分の外注費2155万1000円の合計金額である。

原告は、上記外注費について、総勘定元帳の外注費勘定に計上し、本事業年度の損金の額に算入しているため、損金の額への算入は否認される。

③ 減価償却費の償却認容額 38万5735円

上記金額は、損金算入を否認したことにより、翌期以降の帳簿価額が増加するため生じる償却不足額135万1875円から、平成4年4月期の法人税の確定申告において損金の額に算入した機械(q)に係る減価償却費のうち、原告に対する青色申告承認取消処分により、租税特別措置法42条の6(電子機器利用設備を取得した場合等の特別償却又は法人税額の特別控除)及び同法45条の2(中小企業者の機械等の特別償却)が適用できなくなり、上記規定による特別償却を否認した後の償却限度額30万1918円から原告が平成4年4月期の損金の額に算入していた償却額126万8058円の差額96万6140円を差し引いた額である。

④ 未納事業税認容額 354万6300円

上記金額は、平成3年4月期の法人税更正処分に対応する納付すべき事業税の増加分である。

(イ) 納付すべき法人税額 2266万5900円

上記金額は、下記①の額から②の額を控除した額である(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)。

① 所得に対する法人税額 2313万9125円

上記金領は、法人税法66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)1項及び2項の規定により、前記の所得金額6373万1322円のうち、800万円以下の部分については100分の28の税率を、800万円を超える部分5573万1000円(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)については、100分の37.5の税率を、それぞれ乗じて合計した額である。

② 控除所得税額 47万3190円

上記金額は、法人税法68条(所得税額の控除)1項及び同法施行令140条の2(法人税額から控除する所得税額の計算)の規定により、利子・配当等の収入について既に源泉徴収されていた税額である。

ウ 平成5年4月期について

(ア) 所得金額 2214万3155円

上記金額は、下記①の金額に同②を加算した金額から、同③及び④の金額を減算した金額である。

① 申告所得金額 291万4512円

上記金額は、原告の平成5年4月期の法人税確定申告書記載の所得金額である。

② 架空外注費の金額 2438万1215円

上記金額は、前述した原告が支払った乙ルート分の外注費1003万2715円及びBルート分の外注費1434万8500円の合計金額である。

原告は、上記外注費について、総勘定元帳の外注費勘定に計上し、本事業年度の損金の額に算入しているため、損金の額への算入は否認される。

③ 減価償却費の償却認容額 128万4372円

上記金額は、損金算入を否認したことから、翌期以降の帳簿価額が増加するため生じる償却不足額111万5297円と、損金算入を否認したことから、翌期以降の帳簿価額が増加するため生じる償却不足額16万9075円との合計額である。

④ 未納事業税認容額 386万8200円

上記金額は、平成4年4月期の法人税更正処分に対応する納付すべき事業税の増加分である。

(イ) 納付すべき法人税額 730万8600円

上記金額は、下記①の額から②の額を控除した額である(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)。

① 所得に対する法人税額 754万3625円

上記金額は、法人税法66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)1項及び2項の規定により、前記の所得金額2214万3155円のうち、800万円以下の部分については100分の28の税率を、800万円を超える部分1414万3000円(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)については、100分の37.5の税率を、それぞれ乗じて合計した額である。

② 控除所得税額 23万5006円

上記金額は、法人税法68条(所得税額の控除)1項及び同法施行令140条の2(法人税額から控除する所得税額の計算)の規定により、利子・配当等の収入について既に源泉徴収されていた税額である。

エ 平成6年4月期について

(ア) 所得金額 395万1174円

上記金額は、下記①の金額に同②の金額を加算した金額から、同③及び④の金額を減算した金額である。

① 申告所得金額 △156万7220円

上記金額は、原告の平成6年4月期の法人税修正申告書記載の所得金額である。

② 架空外注費の金額 874万5300円

上記金額は、前述した原告が支払った乙ルート分の外注費165万8300円及びBルート分の外注費708万7000円の合計金額である。

原告は、上記外注費について、総勘定元帳の外注費勘定に計上し、本事業年度の損金の額に算入しているため、損金の額への算入は否認される。

③ 減価償却費の償却認容額 105万9606円

上記金額は、損金算入を否認したことから、翌期以降の帳簿価額が増加するため生じる償却不足額92万0120円と、損金算入を否認したことから、翌期以降の帳簿価額が増加するため生じる償却不足額13万9486円との合計額である。

④ 未納事業税認容額 216万7300円

上記金額は、平成5年4月期の法人税更正処分に対応する納付すべき事業税の増加分である。

(イ) 納付すべき法人税額 97万6600円

上記金額は、下記①の額から②の額を控除した額である(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)。

① 所得に対する法人税額 110万6280円

上記金額は、法人税法66条(各事業年度の所得に対する法人税の税率)1項及び2項の規定により、前記の所得金額395万1000円(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨て後のもの)に、100分の28の税率を乗じた額である。

② 控除所得税額 12万9614円

上記金額は、法人税法68条(所得税額の控除)1項及び同法施行令140条の2(法人税額から控除する所得税額の計算)の規定により、利子・配当等の収入について既に源泉徴収されていた税額である。

オ まとめ

以上のとおりであり、原告の納付すべき税額は、平成8年2月22日付け法人税に係る各更正処分の額(別表2ないし5参照)と同額であり、本件法人税に係る更正処分は適法である。

(2)  法人臨時特別税に係る更正処分

ア 平成3年4月課税事業年度について

① 課税標準法人税額 1796万円

上記税額は、湾岸地域における平和回復活動を支援するため平成2年度において緊急に講ずべき財政上の措置に必要な財源の確保に係る臨時措置に関する法律(臨時措置法)11条2項の規定により、被告熊谷税務署長が本訴において主張する原告の平成3年4月期の所得に対する法人税額2096万円から、300万円を控除した残額である。

② 納付すべき税額 44万9000円

上記税額は、上記の課税標準法人税額1796万円に、臨時措置法12条により100分の2.5の税率を乗じた金額である。

イ 以上のとおりであり、原告の納付すべき税額は、平成8年2月22日付けの法人臨時特別税に係る更正処分の額(別表6参照)と同額であり、本件法人臨時特別税に係る更正処分は適法である。

(3)  法人特別税に係る更正処分及び決定処分

ア 平成4年4月課税事業年度の更正処分の根拠について

① 課税標準法人税額 1913万9000円

上記税額は、法人特別税法9条2項の規定により、被告熊谷税務署長が本訴において主張する原告の平成4年4月期の所得に対する法人税額2313万9125円から、400万円を控除した残額(ただし、国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 納付すべき税額 47万8400円

上記税額は、上記①の課税標準法人税額1913万9000円に、法人特別税法10条の規定により100分の2.5の税率を乗じた金額(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

イ 平成5年4月課税事業年度の決定処分の根拠について

原告は、平成5年4月課税事業年度の法人特別税の確定申告書を提出していない。

① 課税標準法人税額 354万3000円

上記税額は、法人特別税法9条2項の規定により、被告熊谷税務署長が本訴において主張する原告の平成5年4月期の所得に対する法人税額754万3625円から、400万円を控除した残額(ただし、国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 納付すべき税額 8万8500円

上記税額は、上記①の課税標準法人税額354万3000円に、法人特別税法10条の規定により100分の2.5の税率を乗じた金額(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

ウ 以上のとおりであり、原告の納付すべき税額は、平成8年2月22日付け法人特別税に係る更正処分及び決定処分の額(別表7及び8参照)と同額であり、本件法人特別税に係る更正処分及び決定処分は適法である。

(4)  消費税に係る更正処分

ア 平成5年4月課税期間について

① 課税標準額 5億4913万円

上記金額は、原告の平成5年4月期の消費税確定申告書記載の課税標準である。

② 課税標準額に対する消費税額 1647万3900円

上記金額は、上記①の課税標準額に消費税法(平成6年法律第109号による改正前のもの。以下同様である。)29条の規定により消費税率100分の3を乗じた金額である。

③ 控除対象仕入税額 1270万0587円

上記金額は、消費税法30条1項の規定により、課税標準額に対する消費税額から控除することができる課税仕入等に係る金額であるが、原告の確定申告書記載の金額から、前述の架空外注費等の合計金額2438万1215円に対応する課税仕入税額71万0132円を控除した金額である。

④ 納付すべき税額 377万3300円

上記金額は、上記②の課税標準額に対する消費税額から、上記③の控除対象仕入税額を控除した金額(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

イ 平成6年4月課税期間について

① 課税標準額 3億6873万2000円

上記金額は、原告の平成5年4月期の消費税確定申告書記載の課税標準額に、原告が平成7年2月14日付けで提出した平成6年4月期の法人税修正申告書に記載している売上計上金もれ額30万3125円に103分の100を乗じた額29万4296円を加算した金額である(ただし、国税通則法118条1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)。

② 課税標準額に対する消費税額 1106万1960円

上記金額は、上記①の課税標準額に消費税法29条の規定により消費税率100分の3を乗じた金額である。

③ 控除対象仕入税額 783万3091円

上記金額は、消費税法30条1項の規定により、課税標準額に対する消費税額から控除することができる課税仕入等に係る金額であり、原告の確定申告書記載の金額から、前述した架空外注費等の合計金額874万5300円に対応する課税仕入税額25万4717円を控除した金額である。

④ 納付すべき税額 322万8800円

上記金額は、上記②の課税標準額に対する消費税額から、上記③の控除対象仕入税額を控除した金額(ただし、国税通則法119条1項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

ウ 以上のとおりであり、原告の納付すべき税額は、平成8年2月22日付け消費税に係る各更正処分の額(別表9及び10参照。ただし、平成5年4月課税期間分については、異議決定により一部取り消された後のもの)と同額であり、本件消費税に係る更正処分は適法である。

(5)  原告の主張について

原告は、「本件において、B、丙、乙に発生した所得は、帰属の実質においても、行為当事者の認識においても、それぞれB、丙、乙に発生した所得である。法律上も、Bの所得については、原告との外注取引を基にして原告からBに正当に支払われた外注費用であり、丙の所得については、Bに原告からの発注を仲介した見返りにBから丙に支払われたいわゆるバック・マージンと言うべき手数料であり、乙の所得については、原告から乙に正当に支払われた外注経費であり、仮に、乙から丙に手数料が支払われたとすればそれも、乙から原告からの発注を仲介した見返りに丙に支払われた手数料であって、実質所得課税の原則に従って、それぞれ所得が発生した当事者を納税義務者とするのが当然である。」と主張する。

しかしながら、確かに法人の所得その帰属を判定するに当たっては、単に当事者によって選択された法律的形式だけではなく、その経済的実質にも着目して検討吟味すべきものではあるが、これまで認定したとおり、乙ルートは原告乙間の取引を架空のものとして、Bルートは原告B間の取引に水増し分を加えてそれぞれ金員を捻出したものであり、乙ルートの架空外注費分、Bルート外注費水増分は損金としての算入は否定されるのが相当である以上、原告の所得がその分増加することは法人税の計算上やむを得ざるところであって、原告の主張は採用できない。原告は、原告・B間の取引は正常な取引であり、Bルートにより丙の得た利益はBから丙に支払われたいわゆるバックマージンと扱われるべきであるとか、乙に対する外注は架空ではなく実額取引であったとの主張をするが、これらの主張がいずれも採用できないことは既に当裁判所の判断の3(2)の項(本判決153頁以下)、4(2)(本判決164頁以下)の項で述べたとおりである。

また、原告は、本件更正処分等のうち、Bルートの分についての仮払金とした点をとらえて不合理であると指摘する。しかし、Bルートに関し法人税の計算において水増し分の損金計上が否定される場合丙の利得分を仮払金と扱うことは原告にとって最も有利な取扱いであったと認められる(すなわち、これを丙個人が利得し、丙に帰属したものと扱うと、いわゆる認定賞与として原告には法人税の増加のほか所得税の源泉徴収義務不履行の問題が発生し、原告らに対する税負担が更に増加するおそれがあった。)。そうすると、本件において、Bルート水増し分を仮払金と認定したことは何ら不相当とはいえない。

7  争点7(本件重加算税賦課決定処分の適法性)

(1)  隠ぺい又は仮装

国税通則法68条は、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、過少申告加算税、無申告加算税又は不納付加算税の代わりに、重加算税を課すると規定している。

国税通則法68条にいう事実の隠ぺいとは、売上除外、証拠書類の廃棄等、課税要件に該当する事実の全部又は一部を隠すことをいうとされ、また、事実の仮装とは、架空仕入、架空契約書の作成、他人名義の利用等、存在しない課税要件事実が存在するように見せかけることをいうものとされている。

重加算税の制度は、納税者が過少申告をするについて隠ぺい、仮装という不正手段を用いた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の制裁を科することによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものであり(最高裁平成7年4月28日判決・民集49巻4号1193頁参照)、このような制度趣旨に鑑みれば、重加算税を課し得るためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の基礎となる事実の全部又は事実を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したことを要するが(最高裁昭和62年5月8日判決・裁判集民事151号35頁)、従業員を自己の手足として経済活動を行っている法人においては、その者の行為が納税者たる法人の行為と認められるような場合には、隠ぺい・仮装行為が代表者の知らない間に従業員の行為によって行われた場合であっても、その隠ぺい又は仮装に基づき過少申告などの結果が発生していれば重加算税を課すことができると解するのが相当である。

本件においては、Bルートについては、原告代表者である甲が原告・B間の取引に水増しがあったことを知らなかったとはいえ、丙はe関係の仕事の外注に関しては契約、外注金額の取扱い等を一任され、原告・B間の契約において、発注を担当し、工事代金の交渉を行い、その契約の成立から工事の引渡しまで担当し、管理していたのであり、また、丙が担当した業務はいずれも原告の会社としての営業活動であり、すべて原告と相手方の関係となるのであるから、丙の行う行為は、原告の担当者として原告の行為とみるほかない。とすれば、丙が、Bルートにおいて架空の水増し分を計上し、その事実を仮装すべく原告・B間に正規の工事代金で取引が行われ、その工事をBが行い正規の工事代金が支払われたかのように原告・B間の取引を裏付ける帳簿書類等を作出したのであるから、原告が国税通則法68条の事実の仮装を行ったと認定するのが相当である。

このことは、乙ルートについても同様であって、原告・乙間の取引が仮装であるにもかかわらず、原告においてその取引が実際に存在したかのように帳簿書類が作成されているから、乙ルートについても原告に国税通則法68条所定の仮装・隠ぺい行為があったと認定するのが相当である。

したがって、乙ルート及びBルートともに上記のような事実の仮装に基づいて確定申告したものというべきである。

(2)  本件法人税に係る重加算税賦課決定処分

ア 平成3年4月期について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額 827万円

上記金額は、所得金額5792万0516円から重加算税の対象となる架空外注費の金額2182万7000円を控除して算出した税額1277万4875円に課税留保金の税額38万4500円から重加算税の対象となる架空外注費に係る9万1600円を控除した金額29万2900円を加算し、控除所得税額9万4587円を控除した金額1297万3100円を、納付すべき法人税額2124万9900円から控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額 289万4500円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

イ 平成4年4月期について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額 1208万円

上記金額は、納付すべき法人税額2266万5900円から、原告の平成4年4月期の確定申告における納付すべき税額1057万7800円を控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額 422万8000円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

ウ 平成5年4月期について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額 672万円

上記金額は、納付すべき法人税額730万8600円から、原告の平成5年4月期の確定申告における納付すべき税額58万0900円を控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額 235万2000円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

エ 平成6年4月期について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額 97万円

上記金額は、納付すべき法人税額97万6600円から、原告の平成6年4月期の修正申告における納付すべき税額0円を控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額 33万9500円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

(3)  法人臨時特別税に係る重加算税賦課決定処分

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額 20万円

上記金額は、平成3年4月期の所得金額から、重加算税の対象となる架空外注費の金額2182万7000円を控除して算出した重加算税対象がないものとした場合の原告の平成3年4月課税事業年度の納付すべき税額24万4350円を納付すべき税額44万9000円から、控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額 7万円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

(4)  本件法人特別税に係る賦課決定処分

ア 平成4年4月課税事業年度について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額 30万円

上記金額は、平成4年4月期の納付すべき税額47万8400円から、原告の平成4年4月課税事業年度の確定申告における納付すべき税額17万6200円を控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額 10万5000円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

イ 平成5年4月課税事業年度について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額 8万円

上記金額は、平成5年4月期の納付すべき法人特別税額8万8500円(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額 3万2000円

上記金額は、国税通則法68条2項の規定により上記①の金額に100分の40の割合を乗じて算出した金額である。

(5)  消費税に係る重加算税賦課決定処分

ア 平成5年4月課税期間について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額 71万円

上記金額は、平成5年4月期の納付すべき法人税額377万3300円から、原告の平成5年4月課税期間の確定申告における納付すべき税額306万3100円を控除した金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額 24万8500円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

イ 平成6年4月課税期間について

① 重加算税の計算の基礎となるべき税額 25万円

上記金額は、平成6年4月期の納付すべき法人税額322万8800円から、原告の平成6年4月課税期間の確定申告における納付すべき税額296万5300円を控除した金額26万3500円のうち、過少申告加算税の対象となる金額8800円を除いた金額(ただし、国税通則法118条3項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

② 重加算税の額 8万7500円

上記金額は、国税通則法68条1項の規定により上記①の金額に100分の35の割合を乗じて算出した金額である。

(6)  まとめ

加算税の金額は、以上のとおりであり、平成8年2月22日付けの本件重加算税賦課決定処分の額(別表2ないし10参照。ただし、平成5年4月課税期間分については、異議決定により一部取り消された後のもの)と同額であり、かつ、国税通則法65条4項所定の正当な理由があるとは認められないことから、本件重加算税賦課決定処分は適法である。

(7)  原告の主張について

原告は、乙及びBとの取引を偽装して経費を架空計上した事実それ自体を否定するとともに、仮にかかる事実があるとしても、少なくとも原告代表取締役である甲の関与が認められないから、国税通則法68条1項及び3項にいう隠ぺい、仮装には当たらない旨主張する。

しかし、本件では、丙は原告取締役で、原告の営業担当者として元工事がe関連のものではBや乙に対する外注先との交渉を甲から一任されていたものであり、丙の行為は、そのまま原告の行為と評価し得るから、本件においては、原告自身が隠ぺい、仮装を行ったものと評価して差し支えないというべきである。仮に甲が丙に乙やBとの交渉を任せきりにし、内容について詳らかにせず、丙の報告を鵜呑みにして総勘定元帳を作成し、それに基づき申告をしたところ、これに虚偽の記載が存したため、客観的にみて、原告が仮装、隠ぺいの事実に基づく申告をしたことになったという場合でも前記判断を左右するものではない。したがって、原告の主張は採用できない。

8  争点8(本件納税告知処分等の適法性)

(1)  被告熊谷税務署長は、丙、甲、丁は、乙ルートの経費の架空計上により捻出した金員につき、乙に手数料を支払った後の残額を、甲と丙がそれぞれ13分の5、丁が13分の3の割合で分配し、丙は甲と丁の取り分を併せて甲に交付していたとし、これに沿うものとして、丙供述(特に乙12)、丙作成の本件ノート(乙17。特に本件ノートの平成3年3月27日、4月19日、7月19日、11月21日、12月16日欄の記載)を挙げ、かつ、甲は税務調査の過程で上記事実を自認したと主張する。

これに対し、原告は、丙供述は全く信用性がなく、丙作成の本件ノート(乙17)は、丙が請求書や注文書・領収書を工場事務所に持参するときに携帯し、原告代表者やdや原告の社員が確認してサインしたものにすぎず、それに「I50、H50、W」その他の記載がある部分が存在するとしても、サイン以外の部分に甲が記載したことはないし、サイン以外の部分に記載された文字や数字の意味について原告代表者は全くわからず、甲が税務調査の過程で裏金の分配を自認したこともないと主張するので、以下検討する。

(2)  丙供述の検討

丙は、最初平成7年5月31日に、熊谷税務署を自ら訪問し、Xやnに、乙ルートは架空工事であり、それにより捻出した金は丙5、甲5、丁3の割合で分配していたと供述した(乙12)。ところが、丙は、甲に対しては6月7日になって5月31日に乙12の熊谷税務署で言った内容は事実に反すると言ったり(甲84)、逆に6月8日になって被告熊谷税務署長に甲84の内容は虚偽であるとしたり(乙29添付)、供述が二転三転している。ところで、丙は、長年共同して事業を行ってきた甲の信頼を裏切り、Bルートの水増し工作で判明している分だけでも9000万円近くを横領した背信的性向を有する者であり、その供述の動機は、税務当局に正直に脱税の真実を話すというよりは、甲との返済金の交渉に関し、甲も脱税の共犯者であるとして税務署に摘発させ、甲の追求を鈍らせ、甲との交渉を有利に運ぼうという狙いがあったことが優に推認される。そこで、丙供述の信憑性判断には慎重な態度が必要であるが、中味的にも次のような疑問がある。

① 丙は、Bルートは甲は知らず、乙ルートのみ甲と相談して行ったものであるとするが、Bも乙も共に丙が管理していたe関係の社外外注先であって、普通に考えて一方のみ代表取締役と相談して架空取引を立案し、他方は代表取締役に知られることなく長年水増しを実行し得たというのはそれ自体不自然である。

② 丙が供述するとおり、乙ルートは甲と丙で立案し、乙の架空取引で浮かした金のうち15%は乙に支払い、残金を丙5、甲5、丁3の割合で分配することを合意したというであれば、何も小切手を丙に渡し丙口座で換金し、その後分配するなどという迂遠な方法をとる必要はない。すなわち、原告としては乙に現金で支払をしたことにして、乙に支払う分と丙取得分を丙に現金で渡し、残りは甲が留保しておけば足りるのであって、丙が供述する分配方法は不自然である

③ 後記のように、本件ノート(乙17)の記載は多くの点で疑問がある。これらから、丙供述中、乙ルートで浮かせた金を丙5、甲5、丁3の割合で分配していたとの点は疑問の余地があり、これを裏付けるに足りる十分な証拠もなく、それのみでは被告熊谷税務署長の主張を認めるに足りない。

(3)  本件ノート(乙17)について

ア 証拠(丙、甲、乙17、37)によれば、丙は、自らが担当・管理する取引の請求書、注文書、領収証等の書類を原告の工場に持参して原告に提出する際に、書類の受渡しの確認のために作成した大学ノート(本件ノート)も一緒に持参し、本件ノートは丙の妻が記載したものであり、年月日、取引の相手方、書類名称等が鉛筆又は黒のボールペンで記載され、甲又は原告の従業員は、丙から書類を受け取る際に、丙から提出された本件ノートの内容を確認し、サインをして丙に返していたことが認められる。

丙の本件ノート(乙17)で乙に関する記載内容は、次のとおりである(国税不服審判所裁決書の別表9。乙27の63頁)。

年月日

場所

相手先

種類

枚数

その他(サイン他摘要)

H2.12.5

工場持参

請求書

1枚

(d<印>)

H2.12.15

工場持参

乙氏

請求書

(1,500,000)社長に手渡す

H3.3.14

工場持参

請求書

2枚

(甲サイン)

H3.3.27

工場持参

領収証

1枚

(甲サイン)I50、H50、w

4/16乙再請求書2枚

4/30〃 1枚

4/15領収書1枚

}4/16<ウ>(株)打合せ時に渡す

4/19丙50、甲50、30

H3.5.15

工場持参

請求書

1通

(甲サイン)

H3.5.22

工場持参

領収書

1枚

(甲サイン)

H3.6.14

工場持参

領収証

1通

(甲サイン)

H3.7.4

工場持参

請求書

1通

(d<印>)

H3.7.19

工場持参

領収証

1枚

(甲サイン)(H100、I50)

H3.7.31

工場持参

請求書

1通

(d<印>)

H3.8.20

工場持参

領収証

1通

(d<印>)

H3.8.28

工場持参

請求書

1通

(d<印>)

H3.10.3

工場持参

領収証

1通

(d<印>)

H3.10.31

工場持参

請求書

1枚

(d<印>)

H3.11.21

工場持参

請求書

領収証

1通

1通

11/21甲37現金

12/16甲100

(d<印>)

H3.12.19

工場持参

領収証

1通

(d<印>)

H3.12.28

工場持参

請求書

1通

(d<印>)

H4.1

領収証

1通

(d<印>)

H4.2.6

請求書

1部

(d<印>)

H4.2.21

工場持参

領収証

1通

(d<印>)

H4.2.28

工場持参

請求書

1部

(d<印>)

H4.3.27

工場持参

領収証

請求書

1枚

1枚

(d<印>)

H4.4.28

工場持参

請求書

領収書

1枚

1枚

(d<印>)

H4.5.21

工場持参

領収証

1枚

(d<印>)

H4.5.29

工場持参

請求書

1枚

(d<印>)

H4.6.19

工場持参

領収証

1枚

(d<印>)

H4.6.29

工場持参

請求書

1枚

(d<印>)

H4.7.21

工場持参

領収証

1枚

(d<印>)

H4.7.30

工場持参

請求書

1枚

(d<印>)

H4.8.21

領収証

1枚

(d<印>)

H4.9.2

工場持参

請求書

1通

(d<印>)

H4.9.18

工場持参

領収証

1枚

(d<印>)

H4.9.29

工場持参

請求書

1枚

(d<印>)

H4.10.19

工場持参

領収証

1枚

(d<印>)

H4.10.28

工場持参

請求書

1部

(d<印>)

H4.11.19

工場持参

領収証

1枚

(d<印>)

H4.11

工場持参

請求書

1枚

(d<印>)

H4.12.19

工場持参

領収証

1枚

(d<印>)

H4.12.26

工場持参

請求書

1枚

(d<印>)

H5.1.21

工場持参

領収証

1枚

(d<印>)

H5.6.29

工場持参

請求書

1枚

(d<印>)

H5.7.20

工場持参

領収証

1枚

(d<印>)

これによれば、平成2年12月5日から平成5年7月20日まで、丙は、原告本社に乙関連の請求書や領収書を持参した機会が42回あるが、このうち「甲」のサインのあるのは6回にすぎない。しかも、その最終は平成3年7月19日であって、それ以後は「甲」の受領印は全くなく、原告の事務員dの印のみが押捺されている。

しかし、被告熊谷税務署長の主張は、平成2年12月15日から平成5年7月15日にかけて24回にわたり小切手が換金され、ほぼその都度丙から甲らに分配されたというもので、丙がいうように、乙作成名義の請求書や領収書を甲に届ける機会に現金を渡していたというのであれば、6回しか「甲」の受領印がないのはおかしいし、平成3年7月19以降は全く甲の受領サインがないのも不自然である。

イ もっとも、本件ノート(乙17)中、具体的な現金配分の記載を窺わせる次のような記載がある。

① 平成2年12月15日 工場持参

乙氏 請求書(1500,000)

社長に手渡す

② 平成3年3月27日 工場持参

乙 領収証 1枚 <甲> I50、H50、20かw

4/16 乙 再請求書 2枚

4/30 〃      1枚}4/16<ウ>(株)打合時に渡す

4/15領収書     1枚

4/19 丙 50、甲 50 30

③ 平成3年7月19日工場持参

乙 領収証 1枚(H100、I50) <甲>

④ 平成3年11月21日 工場持参

乙 請求書 1通

〃 領収証1通 <d>

11/21 甲37現金

12/16 甲100

上記記載について、被告熊谷税務署長は、これらは丙が供述するとおり、乙への15%の取り分を控除した残額の丙5、甲5、丁3の割合の分配にほぼ符合しており、丙の供述に沿うものであると主張する。

しかし上記記載によると、平成2年12月15日は丙100万円・甲150万円(割合は丙2、甲3)、平成3年3月27日は丙50万円・甲に50万円、w(丁)20万円(割合は丙5、甲5、丁2)、平成3年4月19日は、丙50万円・甲80万円(割合は丙5、甲8)、平成3年7月19日は丙50万円・甲100万円(割合は丙1、甲2)、平成3年12月16日は丙60万円、甲100万円(割合は丙3、甲5)という具合の分配を示すことになるが、毎回ごとにこのように分配割合が異なるというのは奇妙というほかはない。もっとも、丙は、配分の割合は、概ね丙5、甲5、丁3の割合であり、毎回同じ割合に分配するのではなく、バランスをとって数字を合わせた旨供述しているが、ことは現金の分配であり、毎回の分配の記録が存在していたとの形跡はなく、このような雑ぱくなやり方で分配がなされたのかについては疑問が残る。また、毎回異なった割合で分配がなされたというならなぜ本件ノートに甲の受取りのサインのある分配の記録が数日しか記載されていないのか奇妙であり、この点の丙の供述は信憑性が十分ではない。

なお、上記記載中、平成3年3月27日の記載は、「甲」のサインと「I50、H50、w」の部分は同色の赤サインペンで書かれ、丙は甲の自筆と供述するが、甲は自筆であることを否定しており、甲140によれば甲の数字の書き方はやや乱雑なのに対し、本件ノートの「I50、H50、w」の部分は手慣れた文字であり、平成3年4年4月19日欄の「丙50、甲5030」の欄の文字や平成3年7月19日欄の「(H100、I50)」の数字とも似ていることに照らすと、丙の妻の記載の可能性も否定できず、上記平成3年3月27日の記載をもって、乙ルートに関する裏金の分配を示すということもできない。平成3年7月19日欄の「(H100、I50)<甲>」欄の記載についても同様である。

(4)  ア次に、被告熊谷税務署長は、乙ルートによる捻出された金員のうち、乙に手数料として支払った後の残金を甲らが分配して所得した事実については、税務調査の際に自認した旨主張する。

具体的には、甲は、平成7年6月13日、n専門官に対し、上記事実を認めた上、追徴税額が総額6000万円以内であれば修正申告する旨述べ(甲140、乙32)、さらに、同月26日に熊谷税務署を訪れ、p調査官から、修正申告した場合の追徴税額の総額の見込みが記載されたメモの交付を受けている(乙48)ことから、甲の自認の事実は明らかであるとする。

イ まず、nの供述は概ね、「6月13日の調査は概ね午前10時過ころから開始し、まず甲から平成6年7月27日の調査について抗議を受けた(30分程度)後、nが甲に調査の経緯等を説明し、調査の協力を求めて了解を得て、乙ルート、Bルートの説明をするとともに、午前中帳簿調査により乙ルートが架空取引であることを確認し、午後の調査では、午前の調査で判明した事実に基づき、乙に支払ったはずの小切手が丙口座で取り立てられているのは不自然であること、丙は乙に支払った手数料を除いて甲らと分配していたと言っていること、丙の備忘録には甲に現金を渡したときの甲のメモが残っているということを述べて事実はどうなんですかと質問したところ、甲は丁が席を立ったところで認めざるを得ませんねと答え、さらに使い道については、不正加担の手数料として乙に450万円、丙の取り分として1000万円、残りの約1500万円は大手ゼネコンの関係者に対して領収証の取れないお金に使ったと述べた。その後、それまで甲らは帳簿類のコピーを一切拒んでいたにもかかわらず補助簿や領収書類のコピーを認めたので約130枚ほどのコピーを取った。しかし、甲に対する質問てんまつ書などは作成していない。」というものである。

しかし、甲は自認の事実を否定し、当日の税務調査に終始同席していたとみられるP税理士も甲の事認の事実については否定している(甲81、P)。

そして、甲119の当日の録音テープの反訳によれば、テープ開始時からまもなくしてnが甲に帳簿書類類のコピーを依頼すると甲はそれに応じ、書類のコピーを開始し、テープ開始後1時間20分程度経ったところでnはコピーした書類を持って昼食のためいったん外出していると認められ、その間終始和やかな会話が続いており、甲がnの依頼に応じ書類を確認し、丁が自らコピーをとっているなど甲及び丁の協力的な様子がうかがえる。そして、午前の調査が10時から開始して12時ころに終了したのであれば、甲119は10時40分ころからの調査の様子を表しているといえる。したがって、nの供述のうち午前中に乙ルートの説明等をして帳簿調査を行ったとする部分と午後になって甲が分配を自認してからようやくコピーを認め、開始したとする部分については甲119と明らかに矛盾する。また、午前中の調査の和やかな雰囲気と甲らの協力的な姿勢から考えると甲や丁は乙ルートに関して丙から提出を受けた請求書、領収書等の記載の真実性を全く疑っていない様子であり、簡単に乙ルートに関し、それが架空であり丙とともに脱税していたことを自認するような状況にあったとも思われない。

これらからすると、nの供述内容は、かなり記憶違いの部分があることが窺われる。また、nは分配金の使い道について尋ねると、甲は「大手ゼネコンの関係者に領収証のとれないお金に使った。」と答えたとしているが、そうであれば、甲らの認定賞与でなく使途不明金としての取扱いの可能性が出てくるし、丁に至っては甲の供述内容からも丁への分配金の帰属は証明されていない。また、nにおいては、甲が修正申告の意向を示していたという段階においても、甲や丁に対する質問てんまつ書等を作成していない。そうすると、n供述から直ちに甲の自認を認めることはできない〔ただし、原告は、平成7年6月13日の調査は、午前中で終わったもので、午後の調査はなく、n供述は虚偽である旨主張するが、甲119によれば、nは外出する際「いったん」外出する旨を述べており、甲も「1時」ころになるかということをnに尋ねており、甲のメモ(甲140)によれば、6月13日の項に「AM10:00~11:50.外出.1:15~3:00まで.n、p、P→P税ムで話し合う。」の記載があるところ、この記載は1時15分から3時まで外出というよりは、午後は1時15分から3時まで税務調査が行われ、その後n専門官、p調査官、P税理士がP税理士事務所に赴いて話し合ったと見るほうか自然であるから、調査は午後も行われたとみるべきである。〕。

ウ 次に、甲140の甲のメモに「税金総額で6000万円までなら払う。」との記載があることが認められるが、上記記載は、その前に「(丙自白6100万円)」の記載があることからわかるように、甲は丙と交渉し、平成7年5月27日に丙から6100万円返還する旨約束させているから、その範囲内で税金を支払うという意向であったとみるべきである。そうすると、上記記載をもって甲が乙ルートの捻出金の分配を認めた証拠となるとはいえない。また、甲が6月26日に熊谷税務署を訪れ、p調査官から、修正申告した場合の追徴税額の総額の見込みが記載されたメモの交付を受けている(乙48)ことは認められるものの、その内容は各年度の法人税、加算税の追徴分を掲げ、「法人税約3493万円、加算税約1158万円計約4652万円、この他に源泉所得税及び地方税が必要となります」というもので、この記載から直ちに甲が乙ルート分配金を前提とした源泉所得税の賦課を了承していたものであるともいえない。そして、甲は結論的には修正申告を拒否している。

そうすると、n供述、甲140の記載、乙48添付のp調査官作成のメモを甲が受け取っていることなどを総合しても、被告熊谷税務署長の主張を認めるに足りない。

(5)  以上によれば、乙ルートに関し、甲や丁が丙から分配金を受けていたという事実は認めるに足りる十分な証拠はない。これらからすると、乙ルートに関し捻出された金員は丙口座に換金されたことによりいったん丙の管理下に入ったが、その性質は、原告代表者である甲の了承があったと証拠上認められないことや丙の原告における地位、職務内容、丙は平成7年7月25日に原告に7300万円を支払う約束をしその後実行されていること(甲118、甲)、その他の事情を勘案し、Bルートの場合と同様、丙への仮払金として処理するのが相当である(被告熊谷税務署長が、Bルートに関しては仮払金と扱い、乙ルートに関しては認定賞与としたのは、前者については代表者たる甲の関与はないが、後者は代表者である甲自ら関与したと認定したことの違いと推察される。しかし、上記のとおり、乙ルートに関しても、Bルートと同様甲の関与は証拠上認められないと判断される以上、Bルートと乙ルートで丙が取得した金員について、取扱いを異にする合理的理由はない。)。

そうすると、乙ルートに関し原告に源泉徴収義務はなく、本件納税告知処分並びにこれを前提とする不納付加算税及び重加算税賦課決定処分は、全部取り消されるのが相当である。

9  争点9(被告国税不服審判所長の裁決手続の適法性)

(1)  認定事実

争いのない事実及び甲61、62、63、89及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

ア 本件審査請求の経緯

弁論の全趣旨によれば、本件審査請求後の経緯は別表16のとおりであることが認められる。

イ 面談の内容

平成10年11月13日、I税理士はy審判官に対し、口頭陳述を展開しようとしている旨述べた(甲89)。

平成11年9月20日、甲は、x審判官に対し、口頭意見陳述の準備をする旨述べた(甲89)。

ウ 原告からI税理士へのFAX

甲は、平成11年12月6日、同年12月10日に口頭陳述のために用意した文章をI税理士へFAXをしてI税理士の意見を求めた(甲61ないし63)。

(2)  口頭意見陳述の機会を与えなかった違法について

ア 国税通則法101条1項、84条1項は、担当審判官は、審査請求人から申立てがあったときは、審査請求人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならないと規定している。

上記規定は、審査請求人の手続的権利を保障し、公正な審理に資するため、その意見を口頭で主張する機会を与えたものである。そして、このような趣旨に鑑みれば、審査請求人から口頭意見陳述の申立てがあるにもかかわらず、意見陳述の機会を与えず裁決を行ったときは違法というべきであるが、審査請求人に十分に意見陳述の機会が与えられ、その主張を十分述べたと解される場合には、意見陳述を制限することも許されると解される。

イ そこで、本件を検討すると、平成9年10月2日に甲、丁、I税理士が、平成10年11月13日にI税理士が、平成10年12月17日にI税理士が、平成11年9月20日に甲、丁、I税理士がそれぞれ担当審判官と面談を行っているほか、原告は、「審査請求の趣旨及び理由」と題する書面40通を提出している。そして、平成11年9月20日の面談以後、原告が口頭意見陳述の申立てを行ったと認めることはできない。

仮に、平成11年9月20日の甲のx審判官に対する口頭意見陳述の準備をする旨述べたことが口頭意見陳述の申立ての意を含むものであったとしても、上述のように面談を4回の合計10時間弱も行っているほか、原告が審査請求を行ってから3年以上もの間原告は書面を40通も提出したのであるから、原告には意見陳述の機会が十分に与えられ、かつ、その主張を十分に述べたというべきである。

したがって、本件裁決手続には違法はない。

ウ なお、原告は「口頭意見陳述は、上記のように手続が定められている国税通則法において審査請求人に対して法的に保障されている審査請求人の権利であってその申立てがあった場合には必ず応答すべき義務を国税不服審判所は負っており、面談と口頭意見陳述とではその性格を大いに異にしているのであるから、面談の事実をもって口頭意見陳述の機会を与えたとはいえない」と主張するが採用できない。

国税通則法は、口頭の意見陳述をいかなる方法で実施すべきかに関する規定はなく、いかなる方法でそれを実施するかは、上述の趣旨・目的に反しない範囲で担当審判官の合理的裁量に委ねられていると解される。そして、本件では、担当審査官が甲、丁、I税理士らと面談を行って口頭で意見を述べることのできる期日を設けており、かつ、甲らもその期日に担当審判官に意見を述べていることからも、その方法に原告の手続的権利を損なうような点はなかったというべきである。また、口頭意見陳述の方法について、他に法の趣旨・目的に反するような事情は窺えず、結局、担当審判官の裁量を逸脱したとはいえない。

したがって、いずれにせよ本件裁決手続に口頭意見陳述を与えなかった違法はない。

(3)  裁決手続の独立性の侵害の違法について

原告は、本件裁決は、関東信越国税局の訟務官室が主導したものであるから国税不服審判所審判官の独立した審判が行われなかった違法があるとするが、本件全証拠によってもそのような事実を認めることはできない。

したがって、原告の上記主張には理由がない。

(4)  原告に所要の書類等の閲覧をさせなかった違法について

国税通則法96条2項は、「審判請求人は、担当審判官に対し、原処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を求めることができる。この場合において、担当審判官は、第三者の利益を害するおそれがあると認められるとき、その他正当な理由があるときでなければ、その閲覧を拒むことができない。」と規定している。

弁論の全趣旨によれば、被告国税不服審判所長は、平成9年12月5日、国税通則法96条2項に基づき、原告に対し、①確定申告書等、②法人税決議書等、③法人税額等の更正通知書及び加算税の賦課決定通知書等、④異議申立書、⑤異議決定書及び

⑥ 法人税調査関係書類の各書類を閲覧させていると認められる。そして、原告がその他に具体的にいかなる書類等の閲覧を求めたものか明らかでなく、被告国税不服審判所長が原告に所要の書類等の閲覧をさせなかったとする原告の主張はその前提を欠くものといわざる得ない。

したがって、原告の主張には理由はない。

(5)  裁決書に裁決の理由を附記していない違法について

国税通則法101条1項、84条5項は、審査請求についての決定で当該審査請求に係る処分の全部又は一部を維持する場合における異議決定書の理由においては、その維持される処分を正当とする理由が明らかにされていなければならないと規定しているが、これは、裁決機関の判断を慎重ならしめるとともに、裁決が裁決機関の恣意に流れることのないように、その公正を保障するためと解されるから、附記すべき理由においては、請求人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにする必要がある。そして、審査請求を棄却する場合には、原処分の通知書の附記理由と相まって、原処分を正当として維持する理由を明らかにしていれば足りる。そして、本件の裁決書には上記の趣旨において十分な理由が附記されていると認められる。

この点、原告は、本件裁決には、口頭意見陳述の機会を与えなかったことに関し、その事実及び理由の記載がないと主張するが、上記のとおり、必要とされる理由は結論に到達した過程を明らかにすれば足り、特段の事由がない限り、審査手続に関する事項を理由として記載する必要はない。

したがって、上記原告の主張は理由がない。

(6)  担当審判官の変更に際し、原告にその氏名及び所属を通知しなかった違法について

国税通則法94条は、国税不服審判所長は、審査請求に係る事件の調査及び審理を行わせるため担当審判官1名及び参加審判官2名以上を指定すると規定し、同法施行令33条は、担当審判官を指定したときは(担当審判官を変更したときも同様)、遅滞なく、審査請求人にその氏名及び所属を通知しなければならないと規定している。

本件においては、被告国税不服審判所長は、担当審判官をyからxに変更した翌日である平成11年7月27日、原告に対し、担当審判官を国税審判官xに変更した旨記載した「担当審判官変更の通知について」と題する書面を送付したことには争いはない。とすれば、国税通則法施行令に定める通知を怠ったとはいえない。なお、上記通知の日付けに誤りがあったとしても、審判官変更の事実は上記通知書から明らかであり、また、甲及びI税理士も上記審判官の交代後、x審判官と面談しているところ、上記通知手続について何ら問いただすことをしていないのであるから、上記通知に違法とすべき瑕疵があるとはいえない。

したがって、被告国税不服審判所長に上記国税通則法及び施行令に定める手続に関する違法があったとは認められず、被告国税不服審判所長が担当審判官を変更した際、原告にその氏名及び所属を通知しなかったとする原告の主張には理由がない。

(7)  まとめ

以上のとおりであり、被告国税不服審判所長の本件裁決手続に取り消されるべき違法はなく、原告の請求には理由がない。

10  結論

以上のとおりであって、原告の請求のうち本件納税告知処分(平成3年6月期間分、平成3年12月期間分、平成4年6月期間分、平成4年12月期間分、平成5年6月期間分、平成5年12月期間分の源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分。ただし、本件裁決により一部取り消された後のもの。)並びにこれを前提とする不納付加算税及び重加算税の各賦課決定処分(不納付加算税については、平成3年6月期間分、平成3年12月期間分、平成4年6月期間分、平成4年12月期間分、平成5年6月期間分。重加算税については平成5年12月期間分。ただし、本件裁決により一部取り消された後のもの。)の取消しを求める部分は理由があるが、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 裁判官 松村一成)