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さいたま地方裁判所 平成13年(わ)1164号 判決 2002年5月17日

主文

1  被告人を懲役6年及び罰金100万円に処する。

2  未決勾留日数中240日をその懲役刑に算入する。

3  上記罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

4  押収してある覚せい剤(ビニール小袋入り)32袋(押番略,以下同じ。),同大麻樹脂(ストロー片入り)29本,同大麻樹脂(塊のもの)3塊,同大麻樹脂(ビニール小袋入り)6本,同大麻樹脂(ストロー片添付)1本,同大麻(ビニール小袋入り)18袋,同乾燥大麻(チャック付きビニール小袋入り又はビニール小袋入り)20袋,同コカイン(チャック付きビニール袋入り)1袋,同MDMA(淡い緑色錠剤で,YK2と刻してあるもの)15錠,同MDMA(黄土色錠剤で,XKと刻してあるもの)8錠及び同LSD(銀紙に包まれているもの)56片を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1イラン・イスラム共和国の国籍を有する外国人であり,入国審査官から上陸の許可等を受けないで本邦に上陸する目的で,平成9年6月25日,ニュー・ジーランドから航空機で千葉県成田市所在の新東京国際空港に上陸して本邦に到着した者であるが,そのころ同所に上陸した後引き続き平成13年6月4日まで千葉県a市(地番,アパート名省略)等に居住するなどし,もって,本邦に上陸した後引き続き平成12年2月18日から不法に在留し,

第2みだりに,営利の目的で,平成13年4月17日,埼玉県b市所在のc株式会社b営業所北側路上において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶状粉末約12.437グラム,大麻樹脂約71.26グラム,乾燥大麻約36.92グラム,麻薬であるコカインを含有する白色粉末約0.812グラム,麻薬である3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン(MDMA)を含有する錠剤32個及び麻薬であるリゼルギン酸ジエチルアミド(LSD)を含有する小紙片63片を所持したものである。

(事実認定の補足説明)

被告人は,公訴事実第2の事実について,営利の目的がないのはもとより,覚せい剤等の薬物を所持した事実はないと述べて弁解し,弁護人も,被告人の弁解供述に依拠して,被告人は覚せい剤等の薬物を所持したことはなく,営利の目的もないから,無罪であると主張するので,以下,判示第2のとおり認定した理由を,補足して説明する。

1(1)  はじめに,公訴事実第2記載の場所で,被告人の行動等を目撃したAは,検察官及び警察官に対して,要旨,次のとおり供述している。すなわち,公訴事実第2記載の日の午後2時15分ころ,公訴事実第2記載のc株式会社b営業所の北側路上において,白色の普通乗用自動車と赤色の普通乗用自動車が順次停車し,白色の自動車から被告人が降車して走り出し,赤色の自動車から降車した男が被告人を追い掛け,被告人が路上に倒れたところ,男が被告人に馬乗りになり,持っていたマイナスドライバーを被告人の首辺りに突き付ける格好をした,自分は,外国人同士のけんかだと思いびっくりした,自分が,被告人らの方に近づいて行ったところ,男は,持っていたドライバーで白色の自動車のタイヤ付近を刺すような格好をした後,赤色の自動車に乗り込んで,被告人に向かって3回くらい車を走らせて被告人をひこうとした,その後,男が運転していた赤色の自動車が走り去ったので,けんかが終わったと思っていたところ,バンという大きな音がし,音のした方を見ると,赤色の自動車が再び戻ってきていて,被告人が,その車とc興業のブロック塀の間に挟まれて,足から血を流していた,そこで,自分は,表に出ていた同僚に救急車を呼ぶように依頼し,被告人に,「じっとしていろ」と言ったが,被告人は,白色の自動車の方にはって行き,「手を貸して」と言ってきた,そこで,自分が左の肩を貸すと,被告人は,右手を首の後ろに回して自分の右肩をつかんで立ち上がり,白色の自動車の運転席のドアを開け,上半身を運転席に入れて,茶色っぽいポーチや物がたくさん入っている黒色ビニール袋を車内から取り出した,自分が,再度,被告人に肩を貸して被告人を立たせ,塀に寄りかからせるようにして座らせたところ,そのわずかの間に,どこにやったのか分からないが,被告人は黒色のビニール袋を手にしていなかった,その後,救急車が到着したので,自分は,救急隊員に被告人が車にひかれたと説明したが,被告人は,事故じゃないと言っていた。

(2)  Aの供述の要旨は,以上のようなものであるところ,その供述内容は,具体的かつ詳細で,不自然なところがなく,被告人とは全く面識のない同人が,偶然,現場で被告人が赤色の車に乗っていた男に襲われ,車にひかれるなどした前後の状況等,間近に目撃した事実を率直に供述しているもので,本件現場で,Aと同様に,被告人の行動を目撃していたBの警察官に対する供述とも符合し,後記(3)で認定する現場の客観的状況とも整合しているから,十分信用できる。

(3)  そして,関係証拠から認められるところの,Aが,被告人に肩を貸して寄りかからせたc興業のブロック塀の敷地の内側からは,公訴事実第2記載の覚せい剤等の薬物の入った黒色ビニール袋が発見されていること,また,被告人が運転していた前記白色の自動車のコンソールボックスの中から,被告人がなりすましていたイタリア人であるCあての平成12年11月21日付けから平成13年4月9日付けまでの15枚のガソリンを給油した際の領収書と,運転席のサンバイザーの裏側からC名義の国際自動車運転免許証1通が発見されていることなどを併せ考えると,被告人は,赤色の自動車に追われて,白色の自動車を運転して本件現場付近に至り,降車して逃げようとしたが,赤色の自動車の運転者に襲われ,同車とブロック塀に挟まれて右足に大けがを負ったものの,それにもかかわらず,居合わせたAの助けを借りて立ち上がり,救急車が到着する以前に,白色の自動車内から,覚せい剤等の薬物の入った黒色ビニール袋を取り出し,これをc興業のブロック塀の内側の敷地内に放り込んで隠匿した事実が合理的に推認できる。そして,以上の事実によれば,被告人は,自己の管理する白色の自動車内で,公訴事実第2記載の覚せい剤等の薬物を,黒色ビニール袋に入れて保管していたと認められるから,覚せい剤等の薬物を被告人が所持していたことは明らかである。

2(1)  一方,被告人は,捜査,公判を通じて,被告人が運転していた白色の自動車は,本件当日,Dと称する知人から運転を依頼されて乗っていたもので,途中,Dの指示でガソリンスタンドで待機していた際,車内の掃除をしたところ,コンソールボックスの中に黒色ビニール袋があり,その中に白い粉などが入っているのに気が付き,麻薬などの怪しい物だと思い,後部トランクも確認したところ,ゴミ袋のような袋にビニール袋が一杯入っていたので,掃除をやめてDが来るのを待っていた,Dが赤色の自動車に乗ってきたので,車内の物が何かを聞いたところ,Dは怒り出し,被告人の胸を2回殴り,赤色の自動車に付いてくるように命じたので,仕方なく白色の自動車を運転して付いて行った,しかし,Dとこれ以上関わりたくなかったので,途中で赤色の自動車を追い越し,本件現場で車を停めて降車して,Dの自動車の方へ歩いて行くと,Dも車から降りてきて,被告人が「運転したくない」と言ったところ,けんかとなり,Dが折りたたみ式ナイフを取り出して襲ってきたので,その場から走って逃げた,その後,Dの運転する赤色の自動車にひかれ,ブロック塀の間に足を挟まれ,その場に倒れた,その際,そこにいた人に肩を借りたこともないし,白い粉などが入った黒色ビニール袋を白色の自動車内から外に出したこともないと述べて弁解している。

(2)  しかしながら,被告人の上記弁解供述は,先にみた信用できるA供述に明らかに反する上,たまたま当日Dの指示で運転したという自動車内から,被告人がなりすましていたCあての領収書が多数発見されたことについて合理的な説明がされておらず,また,被告人は,白色の自動車内に麻薬等が入っていると思われる黒色ビニール袋が存在していたと供述しているのに,車内からはそのようなビニール袋が発見されていないのであって,客観的事実と明らかに矛盾している。のみならず,供述内容自体も,被告人に自動車の運転を依頼したというDが,運転を断ったという理由だけで被告人に対してナイフで襲い掛かったり,被告人を車でひこうとしたというのも不可解というほかないから,到底信用できない。

3  以上の事実に加えて,関係証拠によれば,被告人が所持していた黒色ビニール袋の中には,ビニール小袋32袋に小分けされた覚せい剤が約12.437グラム,ストロー片29本に小分けされた大麻樹脂が約71.26グラム,ビニール小袋16袋に小分けされた大麻樹脂が約15.58グラム,ビニール小袋6袋に小分けされた大麻樹脂が約5.28グラム,ビニール袋に入れられたストロー片1本に添付された大麻樹脂が約0.61グラム,ビニール小袋18袋に小分けされた大麻が約17.65グラム,チャック付きビニール袋又はビニール小袋20袋に小分けされた乾燥大麻が約36.92グラム,チャック付きビニール袋1袋に小分けされたコカインが約0.812グラム,MDMA淡緑色錠剤が20錠及び黄土色錠剤が12錠,銀紙63片に小分けされたLSDが約0.925グラム在中していたことが認められるところ,これらの覚せい剤や大麻,麻薬等の種類が多く,所持量も多量であり,いずれも小分けされて密売に適した状態で保管されていたこと,上記の各種の薬物の外にも,計量用のはかりや多数のストロー,ビニール小袋等が,被告人の運転していた白色の自動車内から発見されていること,更に関係証拠からうかがわれる被告人の収入の状況等をも併せ考えれば,被告人が,これらの薬物を営利の目的で所持していたことを優に推認できる。

以上の理由により,判示第2のとおり,認定した次第である。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は出入国管理及び難民認定法70条2項(70条1項1号,3条)に,判示第2の所為のうち,覚せい剤を営利目的で所持した点は覚せい剤取締法41条の2第2項,1項に,大麻を営利目的で所持した点は大麻取締法24条の2第2項,1項に,麻薬を営利目的で所持した点は包括して麻薬及び向精神薬取締法66条2項,1項にそれぞれ該当するが,判示第2は1個の行為が3個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として最も重い覚せい剤取締法違反罪の刑で処断することとし,各所定刑中判示第1の罪については懲役刑を,判示第2の罪については情状により懲役刑及び罰金刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,懲役刑については同法47条本文,10条により重い判示第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をし,その刑期及び所定金額の範囲内で被告人を懲役6年及び罰金100万円に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中240日をその懲役刑に算入し,上記罰金を完納することができないときは,同法18条により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置し,押収してある覚せい剤(ビニール小袋入り)32袋は判示第2の罪に係る覚せい剤で犯人の所持するものであるから,覚せい剤取締法41条の8第1項本文により,同大麻樹脂(ストロー片入り)29本,同大麻樹脂(塊のもの)3塊,同大麻樹脂(ビニール小袋入り)6本,同大麻樹脂(ストロー片添付)1本,同大麻18袋及び同乾燥大麻20袋は,判示第2の罪に係る大麻で犯人の所持するものであるから,大麻取締法24条の5第1項本文により,同コカイン(チャック付きビニール袋入り)1袋,同MDMA(淡い緑色錠剤で,YK2と刻してあるもの)15錠,同MDMA(黄土色錠剤で,XKと刻してあるもの)8錠及びLSD(銀紙に包まれているもの)56片は,判示第2の罪に係る麻薬で犯人の所持するものであるから,麻薬及び向精神薬取締法69条の3第1項本文により,いずれもこれらを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,偽造パスポートを用いて本邦に密入国した上,不法に本邦に在留し(判示第1の事実),覚せい剤,大麻樹脂,乾燥大麻,コカイン,MDMA,LSDなどの違法な薬物を営利の目的で所持した(判示第2の事実)事案である。

被告人は,イタリア人であるC名義の偽造パスポートを使用し,他国を経由して本邦に密入国した上,不法在留したもので,在留期間が相当長期間に及んでいることに加え,過去に退去強制された処分歴があることを考えると,犯情は悪質である。また,被告人は,営利の目的で,たくさんの種類の違法な薬物を,多くの量所持していたばかりか,所持の態様が,いずれもビニール小袋等に小分けされて,いつでも売却できる状態にあったことを考えると,これらの薬物が社会に拡散される危険性は大きかったといえるのであり,極めて悪質である。加えて,被告人が,捜査,公判を通じ,自己の刑責を免れるために不自然,不合理な弁解に終始しており,反省の態度が見られないことを併せ考えると,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。

そうすると,被告人には,本邦における前科がないこと,判示第2の犯行の際に負傷しており,現在も歩行するのに障害があることなど,被告人のためにしん酌し得る事情を十分に考慮してみても,主文掲記の科刑は免れない。

(求刑 懲役8年及び罰金100万円並びに覚せい剤,大麻及び麻薬の没収)

(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 森浩史 裁判官 片岡理知)

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