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さいたま地方裁判所 平成13年(わ)1360号 判決 2002年3月06日

主文

被告人を懲役3年6月に処する。

未決勾留日数中130日をその刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,a弁護士会所属の弁護士であるが,Aから,Bを相手方とする不動産仮処分命令申立事件及び所有権移転登記抹消登記請求事件並びに財産管理を受任し,埼玉県b市所在のC銀行D支店に「A代理人弁護士甲」名義の普通預金口座を開設していたところ,

第1上記仮処分命令申立事件に関し,平成11年4月14日,f地方裁判所g支部が担保取消決定を行ったことにより,同日,f地方法務局g支局から供託還付金として額面800万9600円の小切手1通の交付を受け,翌15日,上記C銀行D支店において,同小切手を換金し,現金800万9600円をAのため業務上預かり保管中,そのころ,ほしいままに,自己の用途に費消する目的で,上記口座に入金せず,これを着服して横領し,

第2上記口座に入金された現金3709万6730円をAのため業務上預かり保管中,同年6月1日,同支店において,ほしいままに,上記口座から現金1300万円の払い戻しを受け,もって,これを着服して横領した

ものである。

(証拠の標目)

(補足説明)

第1弁護人は,(1)Aとの間で被告人の弁護士費用(着手金及び報酬)は2000万円とするとの合意があり,判示第1の事実に係る800万9600円及び判示第2の事実に係る1300万円のうちの350万円は,この合意に基づき弁護士費用として受領したものであり,また,(2)上記1300万円の残額950万円は,自宅金庫内に保管し,Aのための経費として使用していたものであって,被告人はこれらの金員を横領したものではないから,判示いずれの事実についても無罪であると主張し,被告人もこれに沿う供述をするので,以下,有罪と認めた理由について,補足して説明する。

第2事実関係

関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。すなわち,

1  被告人は,a弁護士会所属の弁護士であり,埼玉県g市内に事務所を構え,自宅でも執務していた。収入は,被告人が現金等で受け取り,妻Eに手渡すなどして自宅で保管し,事務員のFらは関与していなかった。Eは,自宅保管の現金の収支について,メモ書き程度のノートをつけていた。

Aは,大正14年2月10日生まれで,婚姻歴はなく,同県h町大字i番地の土地に,知的障害のあるGと同居していた。被害者AはGが日雇に出かけて得る収入のほか,定期収入はなく,その暮らし振りは,大変に貧しかった。

Hは,被害者Aの近隣住民であり,20年来Aから土地を借りるなどしており,Aと近所付き合いをしていた。

被害者Aは,以下の不動産を所有していた(いずれも公簿上の表示による。)。

(1) 本件係争地3筆

同町大字i字j番  山林 4127m2

同所k番  雑種地 484m2

同所l番  山林 3960m2

(2) その他の土地

(一) 同町大字i字mn番  畑 185m2

同所n番  畑 659m2

同所o番  宅地 522.31m2

同所p番  畑 766m2

(二) 同町大字qr番  田 686m2

同所s番  田 936m2

同町大字i字t番  畑 998m2

同町大字i字u番  田 615m2

(三) O名義

同町大字i字v番  田 530m2

同町大字i字w番  田 826m2

同所x番  田 269m2

同町大字i字y番  畑 998m2

(3) 居宅及び物置

居宅 同町大字i字z番地 155.37m2

付属建物(居宅1棟,物置3棟)同所 159.48m2

2  平成9年,被害者Aは,Bに対し,係争地3筆を代金700万円で売り渡し,その旨の所有権移転登記が経由された。被害者Aは,その代金が実勢価格に比して余りに安いことを知り,その取戻しについて,Hに弁護士への相談を頼んだ。同年12月18日,Hは,被告人の事務所に電話し,Fが応対したが,同人のメモには,Hからの聴取内容について,1億6000万円はする土地をBに530万円で売らされたとの記載がある。

3  同10年1月20日,被告人は,Fと共にH方で,被害者Aから,紛争の経緯やAの生活状況等を聴取した上,係争地の取戻しとAの財産管理を依頼され,着手金100万円を受領した。被告人は,依頼内容等を同年2月20日付け「事件解決についての依頼と財産管理等についてのお願い」と題する書面にした。同日,被害者Aは依頼者として,Hは立会人として,それぞれ同書面に署名押印した。同書面には,(1)被害者Aが,係争地の取戻しと財産管理を被告人に委任すること,(2)所有財産を処分換金すればBに対する裁判費用はできると思うこと,(3)居住地にAとGが住める10坪程度の家を建築してもらい,老後の生活が安心してできる程度の収入が毎月入れば十分であること,(4)死後被告人の手数料を払った上に残金が出たときは,町に寄進してもらえば結構であるなどとの記載があり,係争地が別紙物件目録一として掲げられ,同目録二には,上記(2)のその他の土地及び(3)の居宅,物置(表示は異なる。)が掲げられているが,弁護士費用の具体額の記載はない。

4  同年2月21日,被告人は,I及びJと話し合った。被告人のメモには,Iは5000万円くらいは貸せる,それなりの報酬や金利は支払う予定,5000万円の内訳として,処分禁止の仮処分をする際の予納金,Bに返還する現金580万円のうちの不足分140万円(100万円の誤記と思われる。),相続に伴う税金の支払い等々,約10坪の居宅を被害者Aに作る費用,裁判費用等などとの記載がある。

同月23日,被告人は,Iらと再び話し合った。被告人のメモには,被害者Aの居宅の敷地を担保に1000万円の融資を受ける,建物は既に朽廃している,居宅の前の畑に被害者Aの家を建てる,B名義になっている土地を5000万円でJに売却し,JからJ不動産会社に約9000万円で売却し,その差額約4000万円をIとJで折半する,1000万円は処分禁止の仮処分の供託金及び必要経費として,4000万円は相続税,弁護士手数料,売主の税金,仲介手数料などとの記載がある。

5  被告人は,Iから裁判資金として,3000万円を借り入れるとの交渉をまとめ,Iから1000万円を受け取り,同年3月11日,C銀行D支店に「A代理人弁護士甲」名義の普通預金口座(以下「代理人口座」という。)を開設し,Iからの借入金1000万円を入金した。通帳と印鑑は被告人が保管管理していた。

6  被告人は,Iからの借入金に関して,同年3月13日付け「確認書(平成10年3月9日H宅における合意内容について)」を作成し,被害者Aは借主として,Hは立会人として,それぞれ同書に署名押印した。同書には,Iは,被害者Aに対し,Bに対する裁判費用,生活費,公租公課の支払い等のために,3000万円を約定金利で期限1年の約束で貸与する(同書上貸主は有限会社Kとなっているが,同社の実質的経営者はIである。),被害者Aは,Bとの裁判で勝訴し,係争地を取り戻したときは,これを被害者Aに現金2000万円を支払うことを条件に,J不動産を介し,他に処分換金し,Iに対する借受金債務の弁済,更にはJ不動産に対する手数料,裁判費用(弁護士費用を含む)等に全部費消し,Hに対する謝礼としてうち100坪を譲渡することを承諾するとの記載があるが,弁護士費用の具体額の記載はない。

7  同月13日,被害者Aの遺言公正証書が作成されたが,Hは公証人役場に同道していない。その内容は,第1条として,遺言者は,その所有する係争地のほか,上記1(2)のその他の土地中の(一)記載の土地4筆及び(3)記載の居宅,物置をKに遺贈する,第2条として,係争地を除く土地建物は,同月9日付け金銭消費貸借契約に基づき,Kから借り受けた3000万円のうちの1500万円に充当し,係争地は,勝訴して取戻しができたときは,上記借受金債務の残額と利息に充当する,第3条として,被告人を遺言執行者に指定するというものであるが,第2条の趣旨は必ずしも明確なものではない。

8  被告人は,f地方裁判所g支部に被害者Aを債権者,被告人をその代理人,Bを債務者として,係争地についての処分禁止の仮処分を申し立て,同月23日,800万円の担保を立てさせて処分を禁止する旨の仮処分決定が出された。被告人は,代理人口座から800万円を払い戻して供託した。

9  同年4月14日,Kから代理人口座に残金2000万円が振り込まれたが,同月17日,被告人は,Iに1000万円を返済した。

10  被告人は,同月17日,被害者Aを原告,Bを被告とする,係争地についての所有権移転登記抹消登記手続請求事件を提起した。同訴訟において,被告人は,係争地の鑑定評価書を書証として提出したが,同評価書によれば,同年7月1日の鑑定時における評価額は約1億円である。

11  被害者A代理人の被告人がIに宛てた同11年3月25日付け「売り渡し証明書」が作成され,Hは立会人として署名押印したが,被害者Aの署名等はない。同書には,上記訴訟で勝訴したときは,係争地と別紙添付の各不動産(空欄)筆をIに計5000万円で買い受けてもらうことになったなどとの記載があるが,被害者Aの家の建築に関する記載はない。

12  同月26日,一審判決があったが,売買契約は公序良俗に反し,無効であるとして所有権移転登記の抹消登記を命じる全面勝訴の判決であった。

13  同月29日,Iから代理人口座に3000万円(上記11の売買代金額5000万円と借入金残額2000万円を相殺した額)が振り込まれた。

14  同年4月,被告人は,被害者Aから郵便貯金通帳を受け取った。その口座には,Bが支払った係争地の代金の残額四百数十万円が入っていた。同月6日,被告人は,同口座から400万円を払い戻した。被害者Aは,この郵便貯金を少しずつ下ろして生活費に充てていたことから,生活に困窮した。郵便局に提出された貯金の払戻しを被告人に委任する旨の委任状には,「A」の署名と「A」の押印があるが,これらは被害者Aがしたものではない。同日,被告人は,この400万円を代理人口座に入金した。

15  同月,Bは控訴した。同月12日,被告人は,Bとの間で,裁判外の和解を成立させた。その内容は,被害者Aが供託金800万円を含め和解金1100万円を支払うことを条件に,Bが控訴の取下げと担保取消しの同意等をするというものであった。Bは,同日,担保取消しの同意等をし,同月13日,控訴を取り下げた。同月14日,被害者Aの勝訴判決が確定した。

16  同日,被告人は,供託還付金として額面800万9600円の小切手の交付を受け,同月15日,これを換金し,そのころ,うち300万円をEに手渡し,うち500万円は,同月16日,L信用金庫にM(被告人の養女)名義の定期預金口座を開設して,入金した。この約800万円が弁護士費用として受領された旨の領収証等の書面はない。

17  同年6月1日,被告人は,代理人口座から1300万円を払い戻した。うち350万円が弁護士費用として受領された旨の領収証等の書面はない。

18  被告人は,被害者Aを売主,株式会社N(実質的経営者はIである。)を買主として,係争地並びに上記1(2)の土地中(三)のO名義の土地4筆以外の(一)(二)の土地8筆及び(3)の居宅を代金5000万円(係争地を3500万円,その余の土地建物を1500万円)で売り渡した。同月15日付け売買契約書には,被害者Aの署名押印があるが,立会人としてHが掲げられているものの,同人の署名押印はなく,買主は,念書(一)記載の内容の居住用建物1棟を売主の為に建設する義務を負うとの条項は定めたものの(同契約書には,右念書は添付されていない。),建設場所等についての言及はない。

19  同年8月24日,被告人は,代理人口座からBの口座へ1100万円を振り替え,和解金を支払った。B作成の同年9月6日付け領収証がある。

20  Hは,被害者Aの窮状を知り,被告人に生活費の支給を求めた。被告人は,同年7月以降同12年8月まで,被害者Aに月10万円程度,合計185万円を支払ったが,そのほとんどについて,被害者A作成の領収証がある。

21  同11年10月25日,株式会社Nは,株式会社Pに対し,係争地を7500万円で売却した。

22  同12年5月以降,Hは,被告人に対し,再三にわたって,事件処理に係る収支等を明らかにするように求めたが,被告人はこれを無視した。

23  同13年2月16日,本件に関し,検察庁から被告人に呼出しがあり,同月17日,被告人の取調べが行われ,同月23日,被告人の自宅の捜索差押えが実施された。その際,自宅金庫内から,「A殿の件」と記載されたメモ書きと約650万円の現金が発見された。

24  被害者Aの家はいまだ建築されていない。同月26日時点の代理人口座の残高は,535万8567円であった。

第3関係者の供述概要

1  H

(1) 平成10年1月,被告人は,Fと訪れ,被害者Aと私に対し,係争地取戻しの裁判は100パーセント勝つ,供託金1000万円程を裁判所に納める,裁判費用は1000万円もあれば余る,この2000万円程は知り合いの不動産屋から借りる,勝訴して取り戻した係争地を不動産屋に優先的に安く売却してほしいと説明し,係争地の取戻しと財産管理を受任した。財産管理の内容は,被害者Aの家の建築,老後の生活資金,Gに100万円,私に係争地の一部(100坪)をくれる,残った時は町に寄附するなどであった。同日,被害者Aは,被告人に着手金100万円を渡し,Fか被告人のどちらかに仮領収証を貰った。被害者Aや私が弁護士費用を心配して聞くと,被告人は任せておけば大丈夫などと言った。具体的な額を示すことはなかった。費用や報酬の一覧表を見せられたこともない。

(2) 同年3月9日,被告人,I,Jが訪れ,Iから3000万円を借り,係争地を売ったお金で返済することになった。「確認書」には,被害者Aの家の建築や被害者Aの生活資金に関する記載がないが,係争地は価値があるので,それらを含んで,被害者Aに2000万円が残る趣旨と理解した。被告人は,それらの点は,被害者Aを公証人役場へ連れて行って約束書を作成すると言っていた。被害者Aに残るのが2000万円だけで,諸経費を引いた残りはすべて弁護士費用になるといった説明は受けていない。係争地以外の被害者Aの土地を遺贈するといった話は出ていなかった。後から遺言書を見て驚いた。

(3) 同11年3月25日,被告人は,I,Jと共に,突然私を訪ね,裁判は次回で勝つが,裁判費用がなくなった。被害者Aが住んでいる土地の一部を売らなければならないと言い,「売り渡し証明書」に私の署名を求めた。被害者Aは呼ばなくていいのかと聞くと,責任は取る,任せておけば大丈夫と答えた。私は,同書上,係争地以外の土地が特定しておらず,不安だったが,被告人を信頼し,金が足らないのなら勝てない,敗けたら被害者Aの自宅も抵当で取られてしまうと考え,署名した。その場で被告人に印鑑を貸している。被告人らから,係争地は3500万円,その他の不動産は1500万円で売却するとの話は聞いていない。

(4) 被告人から,裁判に勝訴したこと,和解内容,供託還付金を報酬とすることは聞いていない。私は,勝訴までの間,遺言書作成と株式会社Nへの売却の件を除き,被告人と被害者Aの話し合いにはほぼ立ち会ったが,被告人から,弁護士費用の額などの説明を受けたことはない。被告人は,私が被害者Aとの話し合いに立ち会うことについて,被害者Aにかみ砕いて説明してほしいからだと言っていた。

(5) 同年5月末ころ,私は,被害者Aから,いつ家が建つかと相談され,被告人に,家のことや税金の支払,私にくれる100坪のことを問い合わせたところ,うるさいと言われた。同年夏ころ,私は,被害者Aから窮状を訴えられ,被告人に生活費の支給や郵便貯金通帳の返還を再三求めた。生活費の支給は,私を介して行われたことが数回あるが,通帳の返還には関与していない。同12年5月以降,被告人に対し,裁判費用などの収支を明らかにするよう求めたが,回答はなかった。代理人口座の通帳は,見たこともない。

2  F

私は,H方への2回の訪問の際,被告人が被害者Aらに弁護士費用を説明する場面を見たことはない。後日,被告人から着手金100万円を受領したと聞いた。それ以外の金銭授受は聞いていない。同10年3月13日付け「確認書」中の係争地の売却代金が残った時は弁護士費用などとして全部費消するとの話は,訪問の際には出ていない。後日,遺言書の内容を見て,被害者Aの真意であるか疑いを持った。当時,被害者Aは,はい,はい,分かりましたと頷いていたが,理解できたかは分からない。Hは,被害者Aとの意思疎通に不可欠な存在であった。同11年4月,被告人の指示で,Sが被害者A名義の郵便貯金通帳から400万円を払い戻したが,被害者Aの払戻委任状の署名は,同人の意思を確認せず,私が代筆した。同年7月ころ,Hから,被害者Aが生活できず困っている,生活費を送ってほしいと連絡があり,被告人は,支給を始めたが,段々支給を渋るようになった。被害者Aから生活費の受領証を毎回貰った。通常,報酬を受領した時は領収証を出していた。同12年7月ころ,Hは,被告人に弁護士費用等の精算を求めてきた。

3  E

被告人は,着手金,報酬金を貰うと,私にその現金を手渡した。私は,依頼人の名前などをノートに記載した。自宅の食器戸棚で現金を保管し,事務所経費,私達の生活費などに使用した。代理人口座の通帳は見覚えがあるが,被害者Aに対する領収証は見たことがない。上記ノートの「4月」「4/4」「A」「8(5)」「A」の記載は,被告人が,私に封筒入りの300万円を手渡した上,被害者Aの通帳から800万円下ろした,500万円は被害者Aの家を建てるなど諸経費に使うと言ったことを意味する(取調べ当初,この記載の意味を思い出せず,被告人に聞いたが,被告人も分からないとのことであった。取調べを受ける過程の平成13年9月,自分で思い出した。)。私は,手渡された300万円が被害者Aの報酬であると思った。800万円が報酬との話は聞いていない。被告人に頼まれ,1300万円を代理人口座から払い戻したが,被害者Aの報酬であるなどと聞いたことはない。被告人の指示で私の口座から400万円を下ろしたが,その使途は知らない。

4  被告人の当公判廷における供述

(1) 同10年1月20日又は2月10日に,被害者AとHに対し,訟廷日誌中の報酬基準を示しながら,弁護士費用の額について,係争地が約2億円であることを前提に,標準の弁護士費用は2400万円だが,係争地の取戻しと財産管理を含めて2000万円(内,着手金660万円)にすると説明した。着手金は,同日,100万円を受領し,残額560万円は勝訴した時にもらうことにした。Fは,弁護士費用の話をした時には同席していなかった。話し合いの内容は,「事件解決についての依頼と財産管理等についてのお願い」と題する書面を作成したが,被害者AやHは了解していた。

(2) Iから借入をする際のメモ書きには弁護士費用の記載があるものの,その額(2000万円)の記載がないのは,書いていないだけである。同年6月30日,着手金として120万円を代理人口座から払い戻して受領した。定かではないが,Hを介し被害者Aに受領したと説明した。弁護士費用として,供託還付金として交付された小切手を換金した現金800万円と,その後払い戻した1300万円中の350万円を受領した。受領したころ,被害者AやHに受領したと言ったが,350万円を報酬にすることは,被害者Aらと相談していない。通常は,弁護士費用を受領すると領収証を発行するが,被害者Aとは信頼関係があったので発行しなかった。

(3) 同11年4月中旬,Hの態度が急変した。同人は,更に被害者Aの財産を狙っていると疑ったので,Hから被害者Aの財産を隠すため,代理人口座から950万円を払い戻し,自宅1階金庫で保管管理し,被害者Aのために使用した。

(4) 弁護士費用額は,当初2000万円であったが,その後減額した。減額後の額やいつ減額を決定したかなどを被害者AやHに説明したと思うが,記憶が定かではない。減額する時に書面は作成していない。結局,被害者Aから受領した弁護士費用総額は,千七,八百万ぐらいになったが,計算していないし,定かではない。

(5) 当初,係争地を5000万円で売却しようとしたが,Bが控訴し,そのころIが借入金の返済を求め始め,係争地をJ不動産に売却する話もなくなるなど事情が変化したため,係争地の外全部の不動産をIに売却することになった。被害者A及びHは,不動産全部の売却を承諾していた。Hと被害者Aは一体であり,Hの意思は被害者Aの意思につながるから,被害者Aは立ち会っていないがその承諾があったものである。被害者Aの家の建築は,Iがすることになっていたが,同人が約束を遵守しなかった。

(6) 後日,Hから明細を明らかにするよう求められたが回答しなかったのは,答える意味や価値がないと思ったからである。

第4検討

以下,関係者の供述の信用性について検討を加えることとする。

1  前記第2で認定した事実をもとに,被告人が被害者Aから委任を受けた事務の処理状況をまとめると,次のようになる。すなわち,被害者Aは自宅建物及び本件係争地2597坪の外に約2421坪の土地を所有していたものであるが,係争地の同10年7月時点の鑑定評価額は約1億円であり,現に同11年10月時点の売買価格は7500万円である。被害者Aは,被告人に係争地の取戻しと財産管理を依頼したばかりに,1年半程の間にO名義以外の不動産の全てを失ってしまったものであり,売却代金5000万円についても,Iからの借入金2000万円,裁判外の和解金の支払いの一部300万円,被害者Aの事務処理に関する諸経費812万円を差し引くと,1888万円しか手許に残らない計算となり,これから弁護士費用を控除すると,被害者Aの得た利益は更に減少することとなる。被告人は被害者Aの生活費として185万円を支払っているが,郵便貯金(残高448万円)を被害者Aから受け取って管理していたから,その一部を充てたものといえる。

さらに,その経過を仔細に見ると,被告人は,同10年2月20日,事件の依頼を受けた際には,被害者Aに同人らが住める住居を新築し,老後の生活ができる程度の収入を毎月保証することを条件として本件係争地の売却処分を委せるとの約束をしていたのに,3月13日には係争地を売却した代金から2000万円を被害者Aに残し,その残額は,諸費用として費消することを承諾させ,同日付けの公正証書では,本件係争地及び上記第2,1,(2)(一)の土地,(3)の建物を融資元に遺贈し,両土地及び建物を借入金及びその利息に充当することを約定させ,6月15日には,O名義以外の被害者A所有の不動産全部を5000万円で売却させたものである。しかも,被告人は,事件の依頼を受けた直後に,Iらと,係争地を売却,転売して,その利益をIらが山分けするかのような相談をしたが,その際,依頼事項の内容をなす被害者Aの生活資金の支給の話は出ていなかった。また,被害者Aが少しずつ下ろして生活費に充てていた郵便貯金の通帳を,被害者Aが生活に困窮することが十分に予測される状況下で,被害者Aから受け取り,その口座から貯金のほとんどを払い戻して代理人口座に移してしまい,その後,被害者Aの窮状を知ったHから被害者Aへの生活費の支給を求められて初めて,月々10万円程度を被害者Aに支給するに至り,それも次第に渋るようになった。また,Bに対する訴訟は全面勝訴したのに,Bが控訴するや,すぐさま1100万円もの和解金をBに支払うことを条件に同人が控訴を取り下げる旨の裁判外の和解を成立させ,同和解上では担保取消に係る供託還付金800万円はこの和解金に充てられることになっていたのに,その還付を受けるや,直ちにこれを自ら取得した。更には,O名義以外の被害者Aの所有不動産全部をNに売却する契約書には,買主は,念書(一)記載の内容の居住用建物1棟を売主の為に建設する義務を負うとの条項は定めたものの(同契約書には,右念書は添付されていない。),建設場所等についての言及はなく,既に係争地は全て他に売却処分されており,約定の建物が建築される見込はない。

このような経緯に鑑みると,被告人は,被害者Aが老齢等の理由から,裁判や財産管理といった問題に十分な理解力を有していないことに付け込んで,依頼事項の処理に係る特段の必要もなかったのに,係争地のみならずO名義以外の被害者Aの所有不動産全部を売却処分し,関係者らと共に多額の利益を分配しようとしたものであって,売買契約が公序良俗に反し無効であるとの理由で全面勝訴したのに,相手方が控訴するや和解金1100万円で控訴を取り下げる旨の裁判外の和解を成立させたことにも窺われるように,被告人が受任した事務を誠実に履行したものでないことは明らかである。

2  右検討を踏まえて関係者の供述をみるに,

(1) H,F,Eの供述は,その内容に特段不自然不合理な点はなく,相互に矛盾する点も特に存しない。殊に,Fは,長年被告人の法律事務所に事務長として勤務したものであり,本件に直接の利害関係を有していず,殊更,被告人に不利益な供述をするとは考え難い。Hの供述は,Fの体験した部分については,同人の供述により裏付けられており,これは,信用性を高める事情といえる。Hの供述中,具体的な弁護士費用額の合意や被告人から弁護士費用として具体的な額の金員を貰うといった話がなかったとする点は,被害者AやHが署名した文書には,弁護士費用に係る記載があっても,具体的な額の記載は一切ないことや,本件では,被害者Aから被告人に弁護士費用として金員が授受されたことに係る領収証等の書面が存しないこととよく符合している。また,Hは,被害者Aが生活に窮したのをみかねて,被告人に生活費の支払いを度々求め,被告人が受任事務の内容を明らかにしないことから,Q弁護士に相談し,a弁護士会に善処方を求める一方では,民事,刑事の手続をとることとなり,本件告訴に至ったものであるが,Hのこのような行動は,Hには本件の経緯について説明し,承諾を得ていたとの被告人の供述とは整合しないものであって,むしろ,Hが「お願い」「確認書」「売り渡し証明書」に署名押印しているものの,当時,自分や被害者Aは被告人のことを信頼していたことから,被告人に求められるままに,その内容を十分理解することなく署名押印したとの供述を裏付けるものといえる。

弁護人は,Hは,やくざ風の者に脅迫されたことを契機として,本件について自らの責任を追及されることを恐れ,被告人に全ての責任を負担させるため,上記のような行動に出たものであり,同人の供述は信用できないと主張する。

確かに,Hは,Bから元被害者Aの所有であった45坪の土地を買い受け,買主のNから100坪の土地の譲渡を受けており,被害者Aの土地に関して一部利益を受けていることは明らかであるが,Hは立会人に過ぎず,本件受任事務は,専ら被告人がこれを引受け処理しているのであって,Hが被告人に責任を転嫁する理由は存しないのであるから,弁護人の主張は採用できない。

(2) 被告人は,当公判廷において,弁護士費用は2000万円とするとの合意があり,800万円と1300万円のうちの350万円は,弁護士費用として受領したものであり,1300万円の残額950万円は,被害者Aのために保管していたなどと供述しているところ,被告人は前述のとおり,本件受任事務に関して多数の書類を作成しているが,具体的な報酬額を記載した書面は一切作成されていない。しかも,弁護士費用2000万円との合意は,係争地の価値が2億円以上あることを前提にしたものというが,その後鑑定評価額は約1億円と出て,さらに,その後の景気の低迷から売りにくい状況になったといい,その他諸々の事情の変更があったというところ,その受任事務の内容も次第に膨らんできており,それらに応じて弁護士費用額も当然変化する(方向としては下がる)というものの,その点についての話を被害者AやHにしたかどうかについて,およそ曖昧な供述しかできないし,報酬額変更に関する書類も存しない。さらに,弁護士費用を受領すると領収証を切るのが通例であるというところ,800万円あるいは350万円という高額の報酬を受け取っている本件においてそのような措置を採らなかった理由について何ら合理的な説明ができない。また,Bとの間の裁判外の和解では,被害者AやHの了解をとったとするものの,これを証する書面は一切作成されていない。そもそも財産管理の依頼を受けながら,その受任事務の処理状況や収支状況(一部事務員によるものはあるが,全体像を示すものはない。)を記録するなどして残していない。

このように,被告人は被害者Aの財産処分に関する書類は,弁護人の質問にもあるようにわざわざ立会人としてHの署名押印までも求める用心深さを示しているのに,報酬額に関する書類が一切存しないのは,被告人の公判供述の不自然さ,不合理さを端的に示すものといえよう。

次に,被告人は,1300万円の残額950万円は被害者Aのために自宅金庫において保管していたと供述しているが,家宅捜索の際発見された現金は約650万円に過ぎず,これとても,被告人が,検察庁からの呼出しがあったことから,自宅の捜索の実施を予想し,その前日に,被告人の求めによってEの口座から払い戻された400万円がその原資の一部になっているのであって,被告人の右供述は明らかに虚偽である。

被告人の供述内容は,全体として責任逃れの供述が多く,被害者Aからの受任事務の履行状況や預り金の使途状況についても忘れたなどとして曖昧な供述に終始しており,前記認定の本件の推移について,被害者AやHに説明をし,承諾を得たとするものの,当初の説明から状況が変遷した理由について,説得的な説明を何らなしえていず,Nとの売買契約書に立会人としてHを明記しているのに,同人の署名押印がなされなかったことについても,同様である。供託還付金800万円を含め和解金1100万円を支払うということになっていたのに,この800万円を還付を受けた時点で弁護士費用として受領するというのは,被告人がBに和解金を支払ったのは,この和解から数か月後のことであることに照らし不合理といえ,又,代理人口座から1300万円を払い戻した理由についての説明や裁判外の和解をした理由も到底納得できるものではない。

結局,被告人の供述を前提とすると,被害者AはO名義以外の不動産全部を処分した代金中から被告人に2000万円を報酬として支払い,手許には一銭も残らず,住む家もないこととなってしまい,当初の依頼内容とは全く異なる無一文の結果となるのであって,甚だ不合理というほかない。

次に,被告人は,同13年3月5日付け検面調書においては,800万円は,被害者Aに代わって還付を受け,被害者Aのために保管していたものであり,M名義の定期預金を設定したころ,報酬として500万円もらい,1300万円と4月22日R弁護士に渡した100万円を合わせ,合計で2100万円から2200万円の報酬をもらっていると供述し,800万円が弁護士費用であるとの供述はしていなかったもので(それ以前の取調べの際には,1300万円が報酬であるとの供述をしていた。),被告人の供述には不自然な変遷がある。

以上検討したとおり,被告人の供述は,物的証拠や関係者の供述の裏付けを欠き,内容的にも不自然,不合理な点が多々見受けられ,不自然な供述変遷もあり,到底信用できない。

3  そうすると,被告人は判示の約800万円及び1300万円を業務上預かり保管していたところ,被害者Aとの間で弁護士費用を2000万円とするとの合意はなかったものであり,被告人はこれらの金員を着服横領したものというほかはない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は,いずれも刑法253条に該当するが,以上は,同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により犯情の重い判示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中130日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は,弁護士である被告人が,事件の依頼者の所有に係る現金約2100万円を,被害者Aのために預かり保管中,ほしいままに,これを自己の用途に費消する目的で着服して横領したという業務上横領2件の事案である。

被告人は,弁護士として,被害者Aの全幅の信頼を得て,土地取戻しの個別事件にとどまらず,財産の管理を託されたのに,被害者Aが老齢等のため,このような問題に十分な理解力を有していないことや法律知識の乏しさにつけ込んで,被害者Aの財産から多額の利益を得るべく,いかにも誠実に事件の処理に当たっているかのように装い,言葉巧みに被害者Aの土地を処分し,金員などを取り上げた上,外形上書類を整えるなどして取り繕い,自己の利益のために着服したものである。弁護士としての法律知識を悪用した巧妙かつ悪質な犯行である。被害額は多額にのぼっている上,被害者Aは,大正生まれの高齢者で,土地を騙し取られた失敗から,二度と同種の被害に遭うことがないよう,折角弁護士である被告人に依頼をしたのに,ほとんどの財産を失った上,生活に困窮し,特別養護老人ホームに緊急保護されるに至ったものである。被害者Aの受けた被害は,財産的なものにとどまらず,生活の基盤を一挙に奪われた精神的打撃は甚大で,不憫というほかはない。しかるに,現在に至るまで,被害弁償は何らなされていない。弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命としており,高い職業倫理を保持し,社会から信頼される存在であるべきところ,被告人は得体の知れない者らと手を組み,本件に及んでおり,その職業人としての矜持や倫理観の欠如は甚だしい。本件は,弁護士の業務上横領事件として,弁護士や法曹全体に対する社会の信頼を大きく傷つけており,その社会的影響は大きい。しかるに,被告人は,被害者Aの財産管理人として不注意であった,民事上の責任は否定できないなどと,一応反省の弁らしきことを述べてはいるものの,種々不合理な弁解を弄するなどして犯行を全面的に否認し,Hに責任を押し付け,責任逃れの態度に終始しており,真摯な反省の情は認められない。

以上によれば,被告人の刑責は相当に重い。

他方,被告人には前科前歴がないことなど,被告人にとって酌むべき事情もある。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金山薫 裁判官 山口裕之 裁判官 嘉屋園江)

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