さいたま地方裁判所 平成13年(わ)1468号 判決 2003年2月28日
主文
1被告人を懲役16年に処する。
2未決勾留日数中400日をその刑に算入する。
理由
(犯行に至る経緯等)
1 被告人の身上経歴及びB,被害者との関係等
被告人は,昭和52年11月17日埼玉県a市で出生し,翌年,b市内に住む夫婦の養子となり,地元の小,中学校を経て埼玉県立a高等学校に入学し,高校卒業後,d病院看護専門学校(以下「看護学校」ともいう。)に入学し,平成11年3月看護学校を卒業するとともに看護婦の国家試験に合格し,同年4月から看護婦としてd病院に就職して中央手術室に勤務するようになり,同年秋ころから,b市内の実家を出てc市内のアパートで一人暮らしを始めた。被告人は,中学校で吹奏楽部に所属していた際に楽器の修理業者として出入りしていたBと知り合い,高校>に進学した後も吹奏楽部に所属していたが,そこにもBが業者として出入りしていたことから,同人と言葉を交わすうちにやがて自分の悩みなどを打ち明けて相談に>のってもらったりするようになり,次第に同人に好意を寄せるようになって,高校3年生の平成7年夏ころには同人と肉体関係を結ぶなど,親しい仲となっていた。
ところで,被告人が入学した看護学校の同期生に被害者がおり,同女の自宅がb市内にあって,被告人と同じ路線の電車で通学していたことから,一緒に遊びに行ったり,国家試験の受験勉強をするなどして親しく交際するようになり,看護学校卒業後,同女も上記d病院に就職して中央手術室の勤務となったことから,同女が病院の寮を出て一人暮らしを始めると,互いのアパートに行き来するなどして親友として交際をするようになっていた。
被告人は,看護学校在学中から,将来結婚することをも視野に入れてBと交際し,女の友達としては被害者と交際していたが,平成11年ころ,自分に面白い友達がいると言ってBに被害者を紹介し,Bを交えて3人で食事に出掛けたり,遊びに行ったりしたことがあったが,被害者を紹介されたBは,同女に対して被告人にはない魅力を感じて次第に同女に興味を抱くようになり,翌平成12年8月ころには,被害者と情交関係を結ぶに至り,それ以降,二人は,被告人に対して後ろめたい気持ちをもちながらも密会をするようになった。一方,被告人は,こうしたBと被害者の関係には全く気が付かないでいたが,同年11月ころ,被害者からリサイクルショップで中古の冷蔵庫を買った話を聞き,同じころにBからもリサイクルショップに行って中古の冷蔵庫を見付けたという話を聞いたため,Bと被害者が密会しているのではないかという疑いを抱き,さらにそのころ,遊びに行ったBのアパートで洗濯物がきちんと畳んで置いてあるのを見付けたことから,更に疑いを深め,Bに気付かれないように同人の携帯電話を確かめたところ,洗濯をしてほしい旨の被害者にあてたメールが残っているのを見付けたため,ますます二人に対する疑いを深め,同年12月に入ってから,何気なく尋ねる振りをして,被害者に対してBのアパートのかぎを持っているのではないかと問いただしたところ,果たして,同女がBのアパートのかぎを差し出したことから,被告人は,親友の被害者が,自分の恋人であるBと密会していたことにショックを受け,早速,Bに対しても被害者との関係を問いただしてみた。しかし,Bは,被害者に頼まれてかぎを貸しただけであるなどと言い繕い,同女との交際を強く否定したので,被告人としても,Bが自分に隠れて被害者と浮気をしていることを信じたくない気持ちもあって,余りBを追及すると,これまでにも同人が別れ話を口にすることがあったので,Bに嫌われたくないとの思いから,自分でBの浮気の証拠を見付けてやろうと考えて,その場はうやむやのまま済ませていた。こうした出来事があった後の平成13年1月に入り,当直勤務を終えた被告人が,事前に来訪することを連絡せずに,Bのアパートの前に着いてから,これから同人のところに行く旨伝えて,同人の部屋を訪れようとしたところ,部屋から出てきた同人が,中に入ろうとする被告人の前に立ちはだかって部屋に入れようとしなかったことがあり,被告人としては,かつてないBの態度に不審を強め,Bの気持ちが被害者に傾いているのではないかと不安を抱くようになった。さらに同月末ころ,Bの不在の間に同人のアパートを訪れた被告人は,Bの帰りを待つ間に,被告人が同人にクリスマスプレゼントとして贈ったデジタルカメラの中に,Bの部屋で撮った下着姿の被害者の画像や被害者のアパートで撮影されたBと被害者がキスしている画像などが残っているのを見付けて,二人が情交関係を結んでいることをはっきりと知り,直ちに電話で被害者を問い詰めたところ,同女はBと関係があったことを認めたので,二度とBと連絡を取らないことを約束させるとともに,今度はBを問いただして,同人にも被害者と肉体関係があったことを認めさせたが,Bからは,逆に,被告人がBと被害者のことを疑ったからこうなったなどと言われて,原因を作った被告人が悪いなどと開き直られたため,Bを怒らせると,また,別れ話を持ち出されると考えて,Bの性格からして,Bの方から被害者と別れることはないと考えたものの,被害者がBとは連絡しないと約束してくれていたので,それに期待するしかないと考えて,自らを納得させていた。そして,このころから,被告人には,被害者さえいなければ自分がこんなに苦しむことはないのになどという気持ちが芽生えるようになった。
こうして,Bと被害者に情交関係があったことが明らかになったことから,被告人は,Bを怒らせて自分から気持ちが離れていくことをおそれて,Bの浮気を心配しながら不安な気持ちを抱いたまま,落ち着かない日々を過ごしていたが,先に被害者がBのアパートのかぎを持っていたので,Bも被害者のアパートのかぎを持っているに違いないと考えて,同年2月ころ,Bのアパートで,同人が入浴中に,同人の所持しているキーホルダーから被害者のアパートのかぎと思われるかぎを抜き取り,被害者が勤務に出てアパートを不在にしている機会をねらい,被害者のアパートに行ってかぎを確かめたところ,やはりそのかぎが被害者の部屋の合いかぎであり,さらに被害者の部屋の中に,Bの下着や歯ブラシ,ひげそりなどが置いてあるのを見付けて,Bが,依然として被告人に隠れて被害者と関係を続けていることが分かって強いショックを受けた。被告人は,既にBの気持ちは自分から離れてしまっているのではないかと不安を覚えるとともに,自分がBのかぎを使って勝手に被害者の部屋に入ったことが分かるとBに嫌われてしまうと思い,Bがいなくなったら生きていけないなどと思い悩み,食欲もなくなり,夜も眠れなくなって,そのため体重も減るなどして憔悴し,その一方で,病院では被害者が被告人を避けているように感じられて,自分に隠れてBと逢瀬を重ねている被害者の真意も分からず,Bの本心もつかみかねたまま,不安と焦燥の日々を過ごしていた。こうした日々を送っていた同月25日ころ,被告人が,勤務を終えた後,本を借りることを口実に被害者のアパートを訪れたところ,被告人の不安が的中し,被害者の部屋の前で,中から出てきたBと鉢合わせをするということがあった。被告人は,その場は冷静さを繕い,被害者を交えて3人でc市内のレストランに行き,食事をしながら話し合いの席をもって,二人に対して,自分にとってBは一番大切な人であり,被害者も一番の友達と思っている旨述べて,Bと被害者に対して,二人だけで会ったり,連絡を取り合ってほしくない旨自分の気持ちを率直に伝え,もし二人で連絡を取ったら自分に報告してほしいなどと言って,Bと被害者にその旨約束をしてもらった。
2 犯行に至る経緯
こうして,被告人は,Bと被害者に二人きりで会わない約束をさせたものの,その後も二人が被告人に隠れて会っているのではないかという不安が頭から離れず,被告人が勤務日で,Bと被害者が休みの時には仕事が手に付かず,仕事が終わるとBのアパートに行ってそこから出勤したり,勤務中に二人の携帯電話に電話を掛けて行動を確認したり,Bのキーホルダーから取った被害者のアパートのかぎを使って,被害者の勤務中に部屋の中に入ってBが訪れた痕跡がないか調べるなどしていたが,同年3月末ころ,被告人が,約束を守っていないのではないかと言ってBを責めたところ,逆にBから,「全部報告するという約束はしていない」などと言って開き直られたため,こうした強気に出るBの態度から,被告人は,二人の関係が続いていることを確信したが,このころには,Bの背信を責める気持ちよりも,Bをここまで夢中にさせ,自分がこんなに苦しんでいるのに平気な様子をしている被害者に対する憎しみの念が募っており,先に芽生えていた被害者さえいなければという気持ちが被告人の心を支配するようになって,Bを取り戻すために被害者を殺害し,証拠を隠すために死体を解体して処分することを考えるようになっていた。
こうして,被告人は,被害者を殺害することを考えるようになり,殺害方法について考えを巡らせるとともに,死体の処分方法についても日ごろ読んでいた漫画からヒントを得て,自己の看護婦としての知識経験から,死体をばらばらに解体して生ゴミとして投棄しようと考え,このころ,メモ用紙に,「糸ノコ,刃10本らい?,包丁,と石,肉をミンチにするキカイ,フードプロセッサー」などと記載し,さらに,勤務先の手術室から持ち出すものとして,「マスクガウン,くつした(ディスポ)opeぎ,帽子(はっとり),バケツ,アルコール,オイフ,メスハンドル4№21」などと記載した。そして,そのころ,被告人は,実家に帰った際に,父親が植木を切るのに使用していた金鋸を持ち出し,同年4月4日には,日用雑貨店で,包丁,砥石,フードプロセッサーを購入して準備をするとともに,被害者を殺害して死体を解体するのは自分のアパートでやるしかないと考えていたことから,どうやって被害者を自分のアパートに誘い入れるかについて考え,同年3月ころに,被害者から「また一緒に飲みたいね」などと言われていたことを思い出し,二人で酒を飲むことを口実に被害者を誘うことにした。一方,そのころ,勤務先の病院では新人看護婦の指導を担当する看護婦の選考が行われたが,希望していた被告人は選考に漏れ,被害者が選ばれたことから,被告人は落ち込んでしまい,被害者を早く殺害しようという気持ちに一層拍車を掛けることになった。同年4月5日,被告人は,被害者を殺さないと今の苦しみから逃れられないと思う一方,被害者を殺せばこれを隠すため更に苦しむことになるという気持ちもあって,内心,自分の誘いを断ってくれたらという葛藤を抱いたまま,勤務先の病院で顔を合わせた被害者に対して,「また一緒に飲もうか」と言って声を掛けたところ,同女は,被告人の誘いに簡単に応じてくれ,同女と,同女の当直勤務明けの同月6日に,被告人のアパートで飲酒をする約束をした。
同月6日,被告人は,午後零時からの遅番の勤務に就いたが,先輩看護婦から翌7日の当直の交代を依頼されて断り切れず,当直勤務が始まる夕方までは時間の余裕があると思い,同月7日の当直勤務を代わってやることにし,その代わり,4月9日には有給休暇をとることにした。同月6日午後9時30分ころ,勤務を終えた被告人は,病院を出て車で被害者のアパートに同女を迎えに行き,途中コンビニエンスストアに寄ってビールや酒のつまみを買い,被告人のアパートに向かったが,被告人は,被害者を殺害して死体を解体して処分しようと考えて,そのための道具を買いそろえるなどして準備をしていたものの,被害者をこの世から消し去りたいという気持ちを抱く一方で,これを行うのは本当の自分ではなく別の自分であるという思いが頭の中にはあり,被害者を乗せた車を運転してアパートに向かう途中においても,こうして被害者を自分のアパートに誘ったものの,本当に被害者を殺害する機会があるだろうかなどという不安もあって,具体的な殺害方法も決めかねていた。
同日午後10時ころ,アパートに着くと,被告人は,被害者を連れて部屋に入り,しばらく酒を酌み交わしながらテレビを見たり,たわいもない話をしていた,やがて翌7日午前2時ころ,Bの話題になって,被告人が,被害者に対して,「まだB君と連絡をとっているの。3人での約束を守るつもりはあるの。もうこれ以上私を苦しめるのはやめて」などと,今までなかなか言えずにいたことを一気に吐き出し,泣きながら尋ねたところ,被害者は,黙ったまま何も答えず,いい加減にしてほしいという顔をしていたが,やがて「B君はAちゃんと別れたいと言っているよ。もううんざりしていると言っているよ」などと言ったことから,その言葉を聞いた被告人は,Bを失うという絶望感に襲われるとともに,こうした事態を招いたのは被害者のせいであるとして激高し,とっさに同女を殺害しようと決意した。
(罪となるべき事実)
被告人は,以上のような経緯で,当時交際していたBが,職場の同僚で,親友でもある被害者(当時23歳)と密かに交際を続けていることに思い悩んでいたところ,Bの相手である同女に対して次第に憎悪の念を募らせるようになり,同女を殺害して,死体を解体して遺棄しようと企て,
第1平成13年4月7日午前2時ころ,埼玉県c市の被告人方自宅西側六畳間において,トイレに立とうとして被告人に背中を向けた同女に対し,殺意をもって,脱ぎ捨ててあったパンティストッキングを同女の頸部に巻き付けて強く絞め付け,よって,そのころ,同所において,同女を窒息死させて殺害し,
第2同月8日ころから同月12日ころまでの間,前記被告人方風呂場において,勤務先の病院から持ち出した手術用のメスなどを用いて,同女の死体の左右股関節,左右肩関節及び胸腹部を切断し,内臓を取り出し,さらに,左右膝関節,左右足関節,左右肘関節及び左右手関節等を切断し,金鋸で頸部を切断するなどして,同女の死体を損壊した上,同月10日ころから同月13日ころまでの間,前後4回にわたり,前記被告人方先ゴミ収集所及び同県e市B方南側ゴミ集積場において,上記損壊した死体をゴミ袋に入れて投棄し,もって,死体を損壊,遺棄したものである。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法199条に,判示第2の所為は包括して同法190条にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役16年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中400日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
なお,弁護人は,被告人は自ら警察に出頭して自己の犯罪事実を申告しているから,自首が成立すると主張する。しかしながら,関係証拠によれば,捜査機関は,被害者が行方不明となって間もなくから鋭意捜査を進めており,被告人を含む関係者の事情聴取等によって,被告人が,交際相手の男性と被害者との間で,いわゆる三角関係にあったことや,被告人が生前の被害者の最後の目撃者であることなどを把握しており,被告人が被害者の失踪事件に関係している可能性が極めて高いと判断していたもので,被告人が,警察に出頭する以前である平成13年7月17日には,被告人方アパートの検証を実施するなどしており,被告人方アパートの検証の結果,風呂場の床や壁などから大量のルミノール反応が出るとともに,血痕が発見されたことから,この時点において,被告人を本件殺人事件の有力な容疑者として認知していたものと認められる。一方,自宅の風呂場からルミノール反応が出たことから,犯行を隠しきれないと判断した被告人は,同月18日夜,Bに本件犯行を打ち明け,さらに,勤務先病院の上司である看護婦長に電話で被害者を殺害したことなどを打ち明けて,翌日,警察に出頭することを伝え,これを受けた上司が,警察に連絡を取って担当の捜査官に被告人からの電話の内容を伝えていることが認められるから,以上の事実によれば,被告人が警察に出頭した同年7月19日の時点においては,被告人が本件犯行の犯人であることは,捜査機関には既に発覚していたことが明らかである。したがって,本件において自首は成立せず,弁護人の主張は理由がない。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,高校時代から交際していた男性が職場の同僚である被害者と情交関係をもったことを知り,二人が被告人に隠れて交際を続けていることに思い悩み,相手の男性の背信を責める気持ちよりも,相手をここまで夢中にさせ,自分が苦しんでいるのに平気でいる被害者に対する憎悪の念を募らせた末,被害者を殺害し(判示第1の事実),被害者の死体をメスや金鋸等を用いてばらばらに解体して損壊した上,ゴミ袋に入れて遺棄した(判示第2の事実),殺人と死体損壊遺棄の事案である。
2 本件犯行に至る経緯等は前判示のとおりであって,被告人は,高校時代から交際していた男性が,職場の同僚で,親友でもあった被害者と肉体関係をもったことを知り,二人が被告人に隠れて交際を続けていることに思い悩み,二人だけで会わないことを約束させたものの,相手の男性の態度からなお二人の関係が続いているものと疑い,男性を取られてしまうのではないかという不安と焦燥の日々を送るうちに,相手の男性の背信を責める気持ちよりも,相手をここまで夢中にさせ,被告人が苦しんでいるのに平気でいる被害者に対する憎しみが高じてきて,被害者さえいなければという気持ちがいつしか被告人の心を支配するようになって,相手の男性を取り戻すために被害者を殺害しようと考えるようになり,殺害方法について考えを巡らすとともに,証拠を隠すために死体を解体して処分しようと考え,死体を解体するための道具を買いそろえたり,勤務先の病院から持ち出す道具をメモするなどして準備を整え,殺害の時期をうかがうなどしていたが,こうした被害者を殺害しないと苦しみから逃れられないという気持ちの一方で,被害者を殺害すれば更に苦しむことになるという気持ちもあって,内心の葛藤に悩み,逡巡していたものの,死体を解体する場所は被告人のアパートしかないと考えていたことから,怪しまれずに被害者を誘い出すために,一緒に飲酒しようなどと言って声を掛け,被告人の言葉を疑うことなく誘われてきた被害者と酒を酌み交わすうちに,やがて交際相手の男性の話題になるや,被害者から,相手の男性は被告人と別れたがっているなどと言われたことから,相手の男性を奪われたという絶望感に襲われるとともに,こうした事態を招いたのは被害者のせいであるとして激高し,とっさに被害者を殺害しようと決意し,脱ぎ捨ててあったパンティストッキングを被害者の頸部に巻き付けて強く絞め付けて殺害し,その後,約5日間掛けて被害者の死体を解体して損壊し,これをゴミ袋に入れて投棄しているのである。被告人が,長い期間にわたる内面の葛藤を経て,被害者に対する殺意を抱くようになり,その発現として犯行当日の行動がとられたものと考えられ,殺意の形成過程を全体として観察すれば,本件は,発作的,偶発的犯行とはいい難く,被告人は,交際相手の男性と被害者との間のいわゆる三角関係に悩みながら,問題解決のためには他の手段がいくらでもあり得たのに,自分本位の考え方に取りつかれて他に思いやる余裕を失い,視野狭さくに陥ったまま,ついに自己の心中における非合理的な意思をそのまま実行に移したもので,余りにも短絡的というほかなく,自己中心的かつ身勝手であって,犯行の経緯や動機に酌量すべき余地はない。
ところで,被告人は,公判廷において,被害者を殺害して,死体を損壊遺棄することについて事前に計画を立てて死体損壊等の用具を準備した記憶はないと供述し,また,被害者に対する殺意についてもあいまいな供述を繰り返し,被害者を殺害した状況についても気が付いたら被害者の首を絞めていた旨弁解供述している。
しかしながら,被告人は,捜査段階において,当初は,被害者に誘われて自室で一緒に飲酒していた際,被害者に言われた言葉にかっとなって同女を殺害し,その後に被害者の死体を解体して処分することを考えた旨供述していたが,その後,犯行の年の3月末ころには被害者に対する殺意を抱くようになり,殺害後の死体の処理についても考えを巡らせてその準備をした上,被害者を自室に誘って犯行に及んだ旨供述するに至っているのであり,こうした犯行に至る経緯について被告人の供述するところは,交際相手の男性やその他の関係者の供述と比照して矛盾がなく,符合しており,また,死体の損壊及び遺棄に必要な道具を準備した状況についての供述も,被告人が作成したメモの記載や品物を購入した事実によって客観的に裏付けられているのであり,さらに,被害者に対する被告人の感情の推移や被害者がこの世から消えてなくなればいいなどと思うに至った状況,殺害や死体損壊遺棄の手段について考えを巡らせた状況に関する供述なども,本人にしか語り得ない具体的かつ詳細なもので,被告人が,上申書で明らかにしている当時の心情に照らしてみれば,捜査段階における被告人の供述は十分に信用することができる。もっとも,被告人が意図していた,死体を解体するのに使用する道具の準備が中途半端なまま,被害者の殺害を実行に移していることや,実際に死体の解体に使用したメス等は,被害者を殺害した後に病院から持ち出していること,また,被害者の殺害を実行に移す目的で,被害者を自室に誘うことにした日の翌日の当直を,先輩看護婦に依頼されたためとはいえ,引き受けていることなど,犯行前の被告人の行動全般に照らしてみると,本件は,検察官が主張するように,必ずしも,事前の周到な計画及び準備を経た上での確定的かつ具体的な殺意に基づいた犯行であると断定することもできないのであって,被告人が,捜査段階において供述するように,それなりの準備を進めながら,内面の葛藤や迷い,逡巡する気持ちをも抱きながら,被害者と酒を酌み交わしていた際に,被害者の言辞に激高して,衝動的に殺害の決意を固めて実行に及んだとみるのが相当である。したがって,被告人は,被害者を殺害し,死体を損壊して遺棄することを考えながら,それなりの準備を進めていたものであるから,本件が突発的,偶発的犯行であるとは到底いえないのであり,殺害の態様に照らしてみれば,その時点において,被告人が確定的な殺意を有していたことは明らかであって,被害者を殺害した後,死体を損壊して遺棄した行為は,かねてから被告人が意図していたとおりの行動といえるのであって,その意味で,本件犯行を全体としてみれば,計画性があったことは否定できない。
ところで,医師C作成の鑑定書及び同人の公判供述によれば,被告人は,犯行当時,精神的に相当疲弊困ぱいし,その苦痛から逃れようとして,被害者に対して強い憎しみの感情を抱くうちに殺意が生じるようになったものの,良心に基づく合理的判断を下すことを避けようとして無意識のうちに心理的機序を働かせ,次第に現実感覚を喪失させていき,被害者を殺そうとしているのは自分とは別個の存在であるとの感覚をも抱きながら,死体を解体する道具を準備し始め,結局は被害者の言辞を契機に衝動的に殺害に及んだが,その後,犯行に及んだという強い心理的なショックから逃れるため,無意識のうちに次第に健忘に陥り,犯行に直結する記憶を欠落させていったのではないかと指摘されているところ,こうした指摘は,犯行に至る被告人の心理経過や犯行後の心情のほか,被告人が,公判廷において,記憶がないとあいまいな供述をしている理由についても合理的に説明し得ているものであり,したがって,記憶がない旨の被告人の供述をとらえて,被告人が虚偽供述をしており,反省の情がないとみるのは相当ではない。
3 そして,犯行の具体的態様をみるに,被告人は,犯行に及ぶことにちゅうちょを覚えながらも,被害者を自宅に誘って酒を酌み交わすうちに,被害者から交際相手の男性が被告人と別れたいと言っている旨聞かされて,これまでの感情が一気に高ぶって確定的な殺意を抱き,トイレに立つために被害者が背を向けたところを,とっさに背後からパンティストッキングを同女の頸部に巻き付け,かなりの間絞め続けて殺害しており,強固な犯意に基づいた残虐な手口であり,被害者が動かなくなると,被害者の死亡を確かめるために,呼吸や脈を確認し,さらに,死体を解体するために,被害者の死体を浴室に運び込んだ後も,みぞおち付近を包丁で突き刺して死亡を確認しているのである。こうして被害者の殺害を遂げた後,被告人は,包丁で死体の解体を行うことが困難であることが分かると,かねて計画していたとおり,その後,勤務先の病院から手術用のメスハンドルやメスの替え刃等を持ち出し,実家から持ってきた金鋸などとともにこれらの道具を使用して,病院の勤務が終わって自宅に帰ってくると,約5日間にわたって,死体の左右股関節,左右肩関節及び胸腹部を切断し,内臓を取り出し,さらに,左右の膝関節,足関節,肘関節及び手関節等を切断し,金鋸で頸部を切断して胴体から切り離す解体作業を淡々と行っているのであって,その情景は想像を絶するというほかなく,さらに,被告人は,こうしてばらばらに損壊した被害者の死体をゴミ袋に入れて,自宅アパート及び交際相手の男性のアパートの近くのごみ集積所等に投棄しているのであり,そこには遺体となった被害者に対する畏敬の念は一切うかがわれず,その冷徹非道さには戦慄を覚えざるを得ない。
被告人は,こうして自らの手に掛けて被害者を殺害しておきながら,その後も平然と病院で勤務に就いていたばかりか,被害者の行方が分からなくなったため,家族や病院関係者から心当たりを尋ねられてもこれを欺き続け,連日自宅で死体の解体作業を行い,ゴミ袋に入れた被害者の死体を投棄していたのであって,犯行から約3箇月後に被告人方の検証が実施されて,風呂場からルミノール反応が出るなどしたため,ついに犯行を隠ぺいし続けることができないと観念するまで,ひたすら無関係を装って,何事もなかったかのように振る舞い,被害者がいなくなったことで,安心したかのように相手の男性とよりを戻し,付き合い続けていたもので,犯行後の行動からは良心の呵責もうかがわれない。
被害者は,被告人の交際相手であることを知りながら,被告人に隠れて男性との関係を続けていたという事情はあるものの,男性からの誘いに応じて交際に及んでいたもので,生命まで奪われなければならないほどの落ち度があったということはできない。被害者は,被告人の手によって尊い一命を奪われ,わずか23歳で生涯を終えたもので,その無念の情は察するに余りある。かけがえのない被害者を奪われた両親はじめ遺族の心痛や悲嘆は筆舌に尽くし難く,とりわけ,本件においては,被害者の遺体が被告人によって無惨にも跡形もなく解体され,損壊されて捨て去られたため,遺族は被害者の遺体に対面することもかなわずに,被害者が殺害されて死亡したという事実を受け容れざるを得なかったものであり,遺族にとっても余りにも残酷というほかなく,遺族の憤りや怒りが峻烈を極めているのは当然であり,被告人に対して極刑を求める心情には同情の念を禁じ得ない。
以上に加えて,被告人から遺族に対する謝罪や慰謝の措置は十分なされているとはいい難い上,被告人が,公判廷において,被害者のことを忘れず,償いを続けるために,交際相手の男性との入籍をも視野に入れていると述べるなど,いまだに自己の責任を十分に自覚しているとは思われない,遺族に対して配慮に欠ける供述をしていることや,本件が,被告人の交際相手の男性を巡るいわゆる三角関係のもつれから,看護婦であり,年若い女性である被告人が,同僚の看護婦を殺害して,死体をばらばらに損壊して遺棄したという,病院関係者のみならず地域社会にも安と衝撃を与えた事件であって,社会的影響も軽視できないことを考えると,被人の刑事責任は相当に重いといわざるを得ない。
4 そうすると,被告人が,公判廷において,覚えていないなどとあいまいな供述を繰り返しながらも,犯行自体は素直に認めて,被告人なりに反省の情を示していること,本件犯行は,必ずしも用意周到に準備を経た上計画的に敢行されたものとも断定できず,殺害の実行の契機には多分に衝動的な要素もみられること,被告人には交通違反歴を除いて前科前歴がなく,看護学校卒業後,看護婦として特段の問題もなく生活を送ってきたものであること,両親が謝罪金を準備するとともに,被告人の更生に助力することを誓約していることなど,被告人のためにしん酌し得る事情を十分に考慮してみても,主文掲記の科刑は免れない。
(求刑懲役18年)
(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 森浩史 裁判官 片岡理知)