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さいたま地方裁判所 平成13年(わ)2361号 判決 2002年6月14日

主文

被告人を懲役4年に処する。

未決勾留日数中100日をその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,平成8年3月ころ,Aと知り合い,同年4月ころからa市内にあるAのマンションで同棲するようになった。Aは,当時,離婚した夫との間の子であるB(平成4年10月生)とC(平成6年11月生)を養育しており,被告人は,機嫌のよいときにはBやCをかわいがることもあったが,二人が騒ぐなどすると,殴る,けるなどの暴力を振るったり,後ろ手に手錠を掛けてたんすにつないだり,逆さ吊りにして風呂の水につけるなど,しつけの程度を超えたせっかんを加えた。このため,Cは,被告人に懐かず,あやそうとしても,脅えて泣き騒ぐなどしたが,これにいらだった被告人は,更に強いせっかんを加えるという状況に陥った。

被告人は,平成8年8月22日午後11時前,マンション居室において,Cをあやそうとして,「おいで。」などと声を掛けたが,Cが泣きながら被告人から逃げようとしたため,Cを抱きかかえてその頬を片手で挟むようにして口を押さえつけ,「うるせえ。」などと言った。

(罪となるべき事実)

被告人は,平成8年8月22日午後11時ころ,a市内にあるマンションの一室において,C(当時1歳8か月)に対し,胸倉を掴んで強く引き上げたり,激しく揺するといった類の,頸部に強度の過剰運動を生じさせる暴行を加え,同児に上位頸髄損傷等の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所において,同児を上記損傷に伴う急性呼吸障害により死亡させたものである。

(証拠の標目)

省略

なお,被告人は,捜査段階においては,「当夜,被害者の両頬を両手で軽く2,3回叩いたり,座っていた被害者の左側頭部を軽く押して二つ折りにした敷き布団の上に倒したことはあるが,被害者の胸倉を掴んで引っ張り上げたり,揺さぶったりしたことはなく,また,被害者を落としたり,殴ったり,足げにしたりしたこともない。」などと供述していたところ,当公判廷においては,「捜査のときは,事件から時間が経っていて,当時のことをよく覚えていなかったので否認したが,その後差し入れられた記録を読むなどするうちに,自分が叩いたことが原因ではないかと思うようになった。すなわち,向かい合って座っていた被害者の頭部を,片手に持っていた掛け布団で殴るようにしたところ,被害者が敷き布団の上に横倒しになったことがあるが,当時,いらいらしていて相当の力が入ってしまったので,そのときの反動で被害者の頸部に強い衝撃が加わったように思う。被害者はむち打ちみたいになって死んだと聞いたが,思い当たることといったらこのくらいであって,胸倉を掴んで急に引っ張り上げるようなことはしていない。」旨供述している。

ところで,被害者の遺体を解剖した医師D作成の鑑定書(甲18号証)及びDの検察官調書(甲19号証)によると,遺体には,第6頸椎を中心とする強い硬膜外出血と,延髄から頸髄における中心性の強い浮腫等があり,被害者の死因は,この上位頸髄損傷に伴う急性呼吸障害であると考えられるが,遺体には,このほかにも,前頸部に始まり,頸部をほぼ1周した後,右下顎角の上方で終わる,帯状の表皮剥脱,皮内皮下出血等があり,これも死の直前に生じた新しい創傷(擦過傷)と認められるとした上,被害者は,胸倉を掴んで勢いよく引き上げたり,揺さぶったりしたために死亡したと考えるのが最も合理的であるとされている。

被告人の公判供述において述べられている前記暴行のみによっては,これらの遺体に認められる損傷を説明し尽くすことができないことは明らかであって,被告人の公判供述を全面的に信用することはできないといわざるを得ないが,被告人が被害者に対し,医師Dが例示するような,頸部に強度の過剰運動を生じさせるような種類の暴行を加え,これによって被害者を死亡させたことは証拠上明らかであると認められるので,判示のとおり認定した。

(確定裁判)

被告人は,平成10年9月17日浦和地方裁判所越谷支部で強制わいせつ,窃盗,強制わいせつ未遂,傷害,器物損壊,覚せい剤取締法違反,詐欺の各罪により懲役3年6月に処せられ,その裁判は同年10月2日確定したものであって,この事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法205条に該当するが,これは前記確定裁判があった強制わいせつ等の各罪と同法45条後段の併合罪であるから,同法50条によりまだ裁判を経ていない判示の罪について更に処断することとし,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は,被告人が,同棲していた女性の次男に暴行を加えて死亡させた傷害致死の事案である。

被告人は,被害者らと共に暮らすことになったところ,幼い被害者が言いつけを守らなかったり,泣いたりすることにいらだち,常日頃からしつけというには程遠い虐待を加えて被害者に著しい恐怖感を植え付け,本件当日も,あやそうとして声を掛けたにもかかわらず,被害者が泣いて逃げ出したため,腹を立てて本件犯行に及んだもので,その理不尽で自己中心的な動機に酌量の余地は全くない。犯行態様をみても,泣くほかに抵抗する術のない被害者に対して情け容赦のない強度の暴行を加えており,甚だ悪質である。生じた結果は甚だ重大であって,物心も付かないうちに,逃げ場のない家庭内において,同居していた被告人から日常的に虐待された挙げ句,本件犯行により生後わずか1歳8か月でこの世を去った被害者の不幸な生涯を思うと,誠に不憫というほかなく,被害者の母親が被告人の厳しい処分を求めるのも当然である。被害者の遺族に対し,何らの慰謝の措置もとられていないこと,被害者と同居していて,本件を目撃した被害者の兄に与えた精神的衝撃が強いこと,被告人が,犯行後逃走し,本件で逮捕された後の捜査段階においては,被害者が死亡するようなせっかんをしたことはなく,自己に責任はないなどとして犯行を否認していたこと,公判廷に至って,自らの暴行により被害者を死亡させたことは認めたものの,日頃の被害者らに対する激しいせっかんの状況などについては明らかに虚偽の供述をしており,被告人が真に本件を反省しているのかどうか相当に疑わしい状況にあること,前科の内容などをも考慮すると,被告人の刑責は相当に重いということができる。

そうすると,被告人が,被害者と生活をともにした過程において、虐待に終始していたわけではなく,愛情をもって接しようとしたこともあったものと認められること,本件が前記確定裁判の余罪であることなど,被告人のために斟酌すべき事情を十分に考慮しても,被告人に対して主文程度の刑を科すことはやむを得ない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 大渕真喜子 裁判官 小笠原義泰)

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