さいたま地方裁判所 平成13年(わ)417号 判決 2002年9月13日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
理由
(犯行に至る経緯等)
1 被告人の身上,経歴等
(1) 被告人は,新潟県a町で出生し,地元の小中学校を卒業した後,経済的な理由から2度の編入学を経て愛知県b市内の定時制高校に進学し,昭和42年に大阪府内の大学を卒業して東京都内にある外資系航空会社に就職し,営業の仕事に従事していたものであるが,昭和50年に同社のc営業所長に赴任してから,接待費や交際費等の名目で会社の金を使い込むようになり,やがてこれが会社の知るところとなって昭和52年ころ同社を退職した。その後,被告人は,都内の広告代理店などに就職したが,またしても会社の金を着服するなどしたため,退職を余儀なくされ,以来,転職を繰り返し,その間,妻とも離婚し,平成元年ころ,勤めていた貿易会社で知り合ったAと,平成3年ころから埼玉県d市内にある同女のマンションで同棲生活をするようになった。
被告人は,平成2年ころ,勤めていた貿易会社の業績が悪化したため,先行きに不安を感じて同社を退職したが,バブル期に聞いた独立すれば成功するとの甘い考えから,Aら周囲の者の助言に耳を貸さずに,銀行から融資を受ける信用や人脈もないまま,姉や弟から借金をし,Aのマンションを担保に入れて金融業者から借入をして,平成3年8月,米国からのゴム塗料の輸入販売等を業とする有限会社Bを設立した。ところが,事業計画の見通しの甘さや明確な経営計画もなかったことから,同社は営業を開始したものの販売実績が伸びずに赤字経営が続き,平成4年春ころにはゴム等の輸入資金にも窮するようになり,Cなど,いわゆる街金融と呼ばれる金融業者からも融資を受けるなどしてその場をしのいでいたが,平成6年11月,事実上倒産し,その結果,被告人は,Cからの借入金300万円を含めて,消費者金融等から総額約450万円ほどの借金を抱えてその返済に追われることとなった。借金を抱えた被告人は,平成7年ころから,交通事故等の調査会社に嘱託社員として勤務するようになったが,給与の大半を借金の返済に充て,当時,ガス会社に勤めていたAの収入や同女に消費者金融等から借金をしてもらい,何とか生活費を賄っていた。ところが,その後,平成9年に,当時,居住していたAのマンションの競売手続が開始されたため,被告人は,Aとともに埼玉県e市内の賃貸マンションに移り住んだが,借金の返済のほかにマンションの賃料も払わなければならなくなったため,生活はますます苦しくなり,家賃の負担を軽くするために,被告人とAは,平成11年12月24日,同市内にあるf団地g号棟h号室に転居した。
(2) 平成12年,Aはリストラに遭って退職を余儀なくされ,その分の収入が減ったため,被告人の生活は一段と苦しくなっていたが,そのころから,一時請求が途絶えていたCからの請求が,同社を引き継いだという株式会社Dを経営するEからあり,同社に対しても毎月8万円を返済することとなり,しかも,その後,Aの失業保険の給付も打ち切られたため,被告人の生活はますます苦しくなり,そのころ,自己破産の手続を進めていたAから,被告人も自己破産するよう勧められたが,被告人は「破産すると会社がやれなくなる」などと言ってこれを拒絶し,借金の返済のために更に借金を重ねるなどして,生活はいよいよひっ迫していた。
こうして,被告人は,月々の生活費にも事欠くようになったため,嘱託社員として勤めていた交通事故調査の仕事の合間に副業としてプリペイド式携帯電話の販売をしようと考え,平成13年7月4日,Eからその資金にすると言って,新たに30万円を借り入れたが,仕事を始める具体的な目処もなく,返済期日の同年10月3日に返済できる当てもないまま,これを借金の返済や生活費等に費消してしまった。その後,返済の確認を求めてきたEに対して,被告人は,適当なうそを言って30万円の返済期限を同年11月3日に延長してもらい,さらに,同月2日,Eに連絡をして,同月6日に30万円を持参して支払う約束をしたが,同月6日,その用意もできないままEと会い,その際,被告人は,同人から厳しく返済を迫られたため,同月9日には毎月の支払分8万円に損害金を加えて30万円全額を返済するなどと出任せを言ってその場をしのいでいた。
2 被害者の身上
被害者Vは,夫Fと昭和39年5月2日婚姻し,長女,次女の2子をもうけ,上記f団地が第1期分譲された昭和48年ころ,同団地i号棟j号室に入居したが,二人の娘が嫁いだ後は,夫Fと二人で暮らしており,同団地の住人が主催する「e映画愛好会」に夫とともに入会して上映会に参加するなどして,二人の娘や孫との行き来を楽しみに生活していたもので,その後,「e映画愛好会」に入会したAと一緒に愛好会の仕事をしたこともあり,被告人とも面識をもっていた。
3 犯行に至る経緯
(1) 前記のとおり,被告人は,Eと,平成13年11月9日に毎月の返済分の8万円のほか,借用した30万円を全額返すと約束したものの,Aや親族からはもはや借金もできず,現金を工面する方法をあれこれ思い悩み,これ以上返済を延ばすことはできないと考え,次第に追い詰められた気持ちになっていた。そして,借金する当てもないことから,この上は強盗でもするほかないなどと漠然と考えたりしていたが,同月8日,床に就いた後,いよいよ明日までに40万円近くの現金を用意するためには強盗をするほかないと考えるようになり,銀行から出てきた年配の女性を人通りの少ない路上で刃物で脅して所持金を奪うか,あるいは,民家へ押し込んで現金を奪おうなどとあれこれ考えを巡らせていたものの,その一方で,うまい具合に銀行から出てくる年配の女性がいるかどうか分からず,また,見知らぬ家で確実に現金を奪うことができるかどうか分からないなどとも考え,結局,知り合いの家で強盗をしようと考えるに至った。こう考えた被告人は,同じf団地に住むVに思い至り,同女とは映画愛好会で言葉を交わしたくらいで,さして親しくはなかったものの,同女方であれば,日中は夫が仕事に出掛けていて同女が一人で留守番をしているはずであるから,押し込み強盗をするなら同女をねらうほかないと考えるに至った。
翌9日午前3時ころ,目を覚ました被告人は,前夜思い付いたV方での押し込み強盗を考えながらも,なかなか決心がつかず,そこで,まず,銀行から出てくる年配の女性を探して,それが見付からなかった場合に,V方で強盗を行うことにし,台所から包丁(押番号省略)を取り出して新聞広告の紙を巻き付けて鞘(押番号省略)を作り,これを上着の内ポケットにしまい込み,さらに,緊縛するのに使用する電気コードを準備した上,同日昼ころ,自宅を出て,車でe市駅前付近を徘徊した。しかし,路上強盗ができそうな適当な女性を見付けることができなかったため,やはり路上強盗は無理だと思い,いよいよV方に赴く決心をした。被告人は,f団地に向けて車を走らせると,団地付近の公衆電話からV方に電話をかけ,被害者が自宅にいることを確認するとともに「映画愛好会のことでお聞きしたいことがあるのですが」などと訪問の口実を言い,車内にあった軍手と手袋を片方ずつ持ち出して,V方に向かった。
(2) V方を訪れた被告人は,台所兼居間に通されて,平静を装って同女と映画愛好会の話などをしていたが,やがて話題が途切れると,突然「実は,今日お伺いしたのは,お金の話で伺ったんです」などと言って,借金の話を切り出した。これを聞いた同女は,驚いた様子を見せながらも,財布の中から1万3000円くらいの現金を取り出して被告人に差し出し,借金の理由などを問いただして,サラ金などから借金している人にこれ以上金は貸せないなどと言って,被告人の申込みを断った。そこで,被告人は,持ってきた軍手と手袋を両手にはめると,準備してきた包丁を取り出してこれを同女の胸元に突き付け「包丁持ってきてんだ。今日中に30万円必要なんだ。もっとあるだろう」などと言って脅迫したところ,おびえた同女が,10万円の入った封筒を取り出してテーブルの上に放り投げ,すかさず被告人がこれを取ろうとすると,同女は,いきなり「強盗すんの」などと大声で叫んだので,被告人は,同女の口を塞ごうとしたり,「刃物持っているんだ。殺すぞ」などと脅したりしたが,同女が,なおも大声で「強盗,助けて」などと叫ぶなどして抵抗したため,被告人は,同女をうつ伏せにして押さえ込み,ホットカーペット(押番号省略)のコードで両手首を縛りつけたが,それでも同女が「助けて,誰か,誰か」などと叫んで抵抗を続けるので,被告人は,このまま同女に騒がれては周囲の住人に気付かれ,目の前にある現金すら奪えなくなると考え,同女を殺害し,現金を強取しようと決意した。
(罪となるべき事実)
被告人は,以上のような経緯で,V(死亡当時65歳)を殺害して現金を強取しようと決意し,平成13年11月9日午後2時40分ころ,埼玉県e市f団地i号棟j号室の同女方台所兼居間において,殺意をもって,同女をうつ伏せに押さえ付けた上,背後から所携の電気コードを同女の頸部に巻き付けて強く絞め付け,さらに,同女方にあった電気コード(押番号省略)を同女の頸部に巻き付けて緊縛し,よって,そのころ,同所において,同女を頸部圧迫により窒息死させて殺害し,同女所有又は管理に係る現金約11万3000円を強取したものである。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法240条後段に該当するところ,所定刑中無期懲役刑を選択し,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中120日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,借金の返済に窮した末,強盗をしてでも現金を手に入れようと考え,同じ団地に住み,趣味のサークルを通じて顔見知りとなった被害者から金員を強取しようと企て,包丁や電気コードを準備した上,被害者方を訪れて借金を申し込んだが,これを拒絶されたため,被害者を殺害して金員を強取しようと決意し,被害者の頸部に電気コードを巻き付けて絞殺し,現金11万3000円を強取した強盗殺人の事案である。
本件犯行に至る経緯及び犯行の動機は,前判示のとおりであって,被告人は,先の見通しもなく,明確な経営計画もないまま会社を設立し,やがて経営に失敗して借財を抱え,借金の返済に追われる生活をするようになり,その返済に窮した末,強盗をしてでも現金を手に入れようと考えるに至り,年配の女性に対する路上強盗や押し込み強盗など,方法をあれこれ考えるうちに,同じ団地に住み,映画愛好会を通じて顔見知りとなった被害者に思い至り,同女の娘は二人とも既に嫁いでおり,現在,夫と二人暮らしで,夫も現役で働いているので昼間は不在であり,金銭的にも不自由していないはずだと考え,さらに,被害者方が団地の一階の角にあって人目に付きにくく,逃走するにも便利であるとして被害者にねらいを定め,さして親しくもない同女が借金に応じてくれるとは思っていなかったものの,とりあえず同女に借金を申し込み,断られたら,同女から金員を強取するとともに,同女とは顔見知りであるので,犯行の発覚を妨げるために同女を殺害しようと決意して犯行に及んだというもので,短絡的で自己中心的であって,酌量すべき余地は全くない。
犯行の態様も,あらかじめ映画愛好会のことで訪問したいと言って同女方に電話をかけ,同女から来訪を承諾されるや,平静を装って同女方を訪れ,応対した被害者と映画愛好会の話をした後,突然,借金の話を切り出し,被害者からこれを断られるや,両手に手袋をはめ,持ってきた包丁を取り出して,これを被害者に突き付けて脅迫し,悲鳴を上げて逃れようとする被害者の口を塞ぎ,うつ伏せにして馬乗りになって押さえ込み,なおも助けを求めて,必死に抵抗する被害者の手首をコードで縛り上げ,自宅から持ってきた電気コードを頸部に巻き付けて強く締め付けており,周到で計画的である。その後,室内を物色中に,被害者が「ゲボッ」という音とともにつばを吐き出すのを認めるや,被害者を確実に殺害するために,うつ伏せになっている被害者に再び馬乗りになり,室内にあった電気コードを被害者の頸部に二重,三重に巻き付けて首の後ろで交差させ,左右に強く引っ張って絞め付け,これを結束するなどして,まさに息の根を止めようとしているのであって,極めて強固な殺意に基づいた,冷酷で執よう,残忍な手口である。
被告人は,被害者を殺害した後,遺体をそのままにして室内を物色し,指紋を拭き取るなど犯跡の隠ぺいを図り,その日のうちに強取した金員で借金の一部を返済し,その後,3度にわたって警察官から事情聴取を受けても虚偽のアリバイを述べるなどしていたばかりか,被害者の通夜にも平然と参列するなどしていた。
被害者は,二人の娘を嫁がせた後,現役で働いている夫と二人で,近くに住む娘や孫らと行き来し,孫の成長を楽しみに平穏な毎日を送っていたもので,犯行の前日には娘らから誕生祝いの食事をご馳走になるなどして幸せなときを過ごしていたのであり,その翌日に,突然,被告人の凶行の犠牲となり,恐怖と苦痛の中でその一生を閉じたものであって,無念の情は察するに余りある。妻であり,母親であり,また,祖母でもある被害者を突然奪われた夫をはじめ娘や孫ら,遺族らの心痛や悲嘆は筆舌に尽くし難く,被告人に対して極刑を求める心情には同情の念を禁じ得ない。本件犯行が,団地住民はじめ近隣住民に与えた衝撃や不安も軽視できない。被告人からは,これまで遺族に対する慰謝の措置は何も執られておらず,今後その見込みもない。これらの点からすると,被告人の刑事責任は極めて重いといわざるを得ない。
そうすると,被告人が,事実を認め,被害者及び遺族に対して謝罪の言葉を述べて反省の情を示していること,前科がないことなど,被告人のためにしん酌し得る事情を十分に考慮してみても,被告人に対しては,しょく罪のため,その終生をもって償わせるのが相当である。
(求刑 無期懲役)
(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 森浩史 裁判官 片岡理知)