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さいたま地方裁判所 平成13年(わ)870号 判決 2002年2月25日

主文

被告人を懲役4年に処する。

未決勾留日数中150日をその刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第1  長男A(平成9年2月3日生)の親権者として、同児の父で夫の甲と共に同児を保護する責任を負っていた者であるが、同人と暗黙のうちに意思を相通じて、平成9年4月18日ころから同年5月20日までの間、肩書住居地の被告人方において、同児に十分な授乳をせず、同児を低栄養状態に陥らせながら、これを放置し、よって、同日、同所において、同児を脱水を伴う低栄養により死亡するに至らせ、

第2  同13年1月10日午前10時ころ、上記被告人方において、三男Bに対し、その顔面に加熱した物体を接触させる暴行を加え、よって、同児に入院加療約37日間を要し、かつ、回復期間不明の瘢痕を伴う顔面熱傷の傷害を負わせた

ものである。

(証拠の標目)

(補足説明)

第1弁護人は、判示第1の事実につき、Aの死因を争い、また、被告人には同児に対する保護責任者遺棄致死罪の故意がない、判示第2の事実につき、Bの熱傷原因を争い、また、被告人には同児に対する傷害の故意がなく、被告人はいずれも無罪であると主張するので、以下、有罪と認めた理由について、補足して説明を加えることとする。

第2判示第1の事実について

1  関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

(1) 被告人は、平成6年8月23日会社員の甲と婚姻し、同年12月ころ肩書記載の住居地に入居し、専業主婦として家事全般を担当していた。被告人ら夫婦は、平成8年2月15日長女、同9年2月3日、長男Aを設けた。同児は、出生時、体重2414グラム、身長47センチメートルの健常児であり、同月17日、体重は2824グラムにまで順調に増加し、病院を退院した。

(2) 乳児の体重は、通常、生後3か月ころまでは1日当たり約30グラム増加するとされるところ、同年3月10日の1か月検診時、体重は3180グラムにしか増加しておらず、体重増加不良とされ、2週間後に再診を受けることとなった。同月24日の再診時、体重は2880グラムと300グラムも減少していたことから、同日、C病院に入院した。

(3) 同児は、入院時、体重は2834グラム、身長は51.4センチメートルで、前額左側に皮下血腫、左大腿部に骨折痕が認められ、肋骨が浮き出、手足が病的に細いなど、るいそう著名で、脱水症状に陥っていることを示す頭蓋骨頭頂部付近の大泉門の陥没が軽度見られ、生命の危険があった。入院時の問診の際、被告人らは、医師に被害児には1回当たり100ミリリットルのミルクを1日に4回与えていたと申告した。被害児と同じ月齢の乳児には、1回当たり120ミリリットルから150ミリリットルのミルクを1日に7、8回与える必要があり、被害児は、入院当日は点滴だけを受けたものの、翌日からはミルクも与えられ、点滴は入院4日目で中止された。当初ミルクの飲み方がうまくなかったものの、これは両親がミルクを飲ませていないため学習できなかったためと考えられ、病院での授乳によりすぐに上手になり、4月に入ると、1回当たり120ミリリットルのミルクを1日に7回与えてもほぼ全量摂取するようになり、同月齢の健常児と変わらない量のミルクが飲めるようになり、哺乳力が弱いということはなかった。4月1日夫甲は、医師との面談の際、被告人は、被害児は顔が気に入らないと言い、ミルクは泣くと与える程度で、定期的に与えていない、甲がミルクを与えようとすると、そんな子にミルクを与えなくていいと言うことがある旨の話をしていた。検査の結果、左大腿部骨折と頭部打撲の結果と思われる脳CT異常が判明したが、その余の内臓疾患や先天的な奇病を疑わせる異常は認められなかった。退院時の診断は、入院時と変わりはなく、体重増加不良、左大腿骨骨折、被虐待児症候群の疑いとされた。同病院は児童相談所に通報したが、被告人らは児童相談所の介入を受け入れず、被告人らの強い希望で同月18日に退院した。同児は、退院時、体重は3640グラムにまで増加し(入院していた26日間の体重増加は806グラムで、1日当たりの体重増加は平均して31グラムである。)、身長は57センチメートルにまで成長し、引き続いて十分な授乳がなされれば、順調な生育が期待できる状態にまで回復した。同病院の種々の検査によっても、被害児について、ミルクが飲めないとか、ミルクを与えても体重が増加しないといったことの原因となる疾患等は認められず、体重増加不良の原因は、育児上の問題で十分なミルクが与えられていなかったことしか考えられなかった。

(4) 被害児は、同年5月20日、死亡した。翌21日、同児は司法解剖されたが、解剖時、体重は3300グラム(正常値5000グラムから8000グラム)、身長は54センチメートル(正常値57センチメートルから66センチメートル)であった。皮下脂肪がかなり薄く、胸腺が6.1グラムと著しく萎縮しており(正常値30グラム前後。感染症や栄養不良状態にあったことを示す所見)、皮膚、粘膜、体腔の漿膜が乾燥感を呈し(脱水症状にあったことを示す所見)、腹腔を開いた際にケトン臭が感じられ(栄養不良状態にあったことを示す所見)、消化管内容が少なく、上口唇中央部、左口角部にびらん状乾燥部分、下腹部中央、臀部から大腿後面にかけてお襁褓かぶれ(線状、びらん状表皮剥脱)が認められた。死因は脱水を伴う低栄養と判断された。さらに、皮下脂肪がかなり薄いことや数日程度では生じない高度の胸腺萎縮がみられることなどを考慮し、少なくとも週や月単位の比較的長期間にわたって低栄養状態に陥っていたとされ、本屍については、死因となりうる外傷はみられず、また死因となる内因性器質的病変や重大な奇形はみられず、脱水、低栄養の原因となるような器質的病変も観察されなかった。本屍には陳旧性の肋骨骨折、左大腿骨骨折、脳挫傷が認められたが、いずれも治癒過程にあり、受傷から少なくとも1、2か月程度は経過しているとされた。

(5) 被告人ら夫婦の間では、育児は主として専業主婦の被告人が分担した。被告人は、ほとんど外出せず、一日中、長女、被害児と自宅にいた。甲の平日の帰宅時間は午後6時ないし7時ころであり、勤め先が近かったため、昼食をとりに自宅に帰ることもあった。又、長女は、順調に成長しており、幼児虐待を疑わせる徴候は認められない。

2  上記認定事実によると、被害児は、体重、身長共に正常な健常児として病院で出生し、入院中体重は順調に増加していたものの、1か月検診時には、体重増加不良がみられ、その2週間後の再診時には、体重が減少し、生命の危険がある状態にまで陥って入院したが、入院の翌日には、ミルクを飲み始め、10日後には、同月齢の健常児と変わらない量のミルクが飲めるようになり、体重も増加し、身長も伸びて、生後2か月半ころの退院時には、引き続いて十分な授乳がなされれば、順調な生育が期待できる状態にまで回復したのに、その1か月後に脱水を伴う低栄養状態により死亡したものである。しかも、医学的には、このような状態を招来させる原因となる疾患等は全く認められないのであって、死因は比較的長期にわたる授乳不足による低栄養であることは明らかである。そうすると、同児の死因は、平成9年4月18日のC病院退院時以降死亡時までの間の被告人らによる授乳不足であることに疑問の余地はない。

弁護人は、被害児の死因について、(1)同児を司法解剖して死因等を鑑定した医師Dは、公判で、同人ら作成の鑑定書の同児の死因に係る脱水・低栄養状態となる原因としては、比較的長期間にわたって何らかの疾患に罹患していた可能性や食餌摂取量(乳児ではミルクなど)の不足等が考えられるとの記載について、その割合、確率が判断できるかとの弁護人の問に対し、できない旨答えており、したがって、被害児の死因がミルクの摂取不足であると断定すること自体不可能である、(2)司法警察職員作成の検視調書の備考欄には司法解剖した結果脱水を伴う低栄養(病的体質)と認められ病死と判明したとの記載があり、これは、その時点で低栄養を招来させる原因たる何らかの病的体質を裏付ける所見が認められたことを意味する、(3)死因が授乳不足による低栄養状態であるとしても、直接の死因は、同児死亡の当日、被告人が、午後零時半ころ、同児に授乳後寝入ってしまい、以後授乳できなかったことにあることも十分にありうるなどと主張する。

しかし、(1)については、弁護人の主張は、D医師の証言及び同人ら作成の鑑定書を曲解するもので、弁護人の論難は理由がない。(2)については、弁護人指摘の検視調書の記載は、解剖医の中間的意見であり、その意見は最終的な意見である鑑定書において否定されており、このような記載に依拠する弁護人の論難は当を得ない。(3)については、そもそも健常児が僅か6時間程度授乳しなかったからといって死亡するとは考えられず、弁護人の主張は前提事実を異にする上、医学的所見とも相反するもので、到底採用できない。

3  保護責任者遺棄致死罪の故意について

被告人は、乳児である被害児の親権者として、夫甲と共に同児を保護する責任のある者であり、甲と共に保護責任者遺棄致死罪の責任を負うのは当然である。しかも、上記1認定の事実によれば、被害児には、乳児虐待を疑わせる種々の徴候が認められるところ、被告人がこの虐待行為に関与していたかどうかは明らかでないが、被告人は、専業主婦として被害児の育児を主に担当し、同児と一日中生活を共にしており、少なくとも、被害児のこのような異変や同児が栄養不良により痩せ衰えていることに気付かなかったとは到底考えられず、これを容認していたことは明らかであり、これに反する被告人らの供述は、責任逃れの弁解に過ぎず、信用できない。

弁護人は、被害児が病的体質であり、何らかの疾患により死亡した可能性があるとして被告人に故意がないと主張するが、上記で検討したとおり、その前提とする事実が認められないのであるから、採用できない。

4  その他弁護人の主張や被告人の弁解を逐一検討しても、上記認定は揺るがない。

第3判示第2の事実について

1  関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

(1) 被告人は、平成12年8月31日、三男Bを出産した。被告人ら夫婦には、当時、長女がおり、肩書記載の住居地で親子4人で生活していた。

(2) 同13年1月10日午前8時ころ、夫は長女を保育園に送った後、会社に出勤した。同日午前10時過ぎころ、被告人は夫に電話をしてBが熱傷を負ったのですぐ帰宅するように伝え、帰宅した夫と共に近くのE医院に同児を連れて行った。同児を診た医師から大きい病院へ行くよう指示され、被告人らは、同日午前11時ころ、F病院に赴き、同児は診察を受け、入院した。

(3) 同児は、入院時、顔面の約80パーセントに紅斑が認められ、浮腫が強く、目が開かない状態であり、左橈骨と尺骨、左第7肋骨に陳旧性骨折が認められ、右第3ないし第5肋骨にも仮骨形成の存在が疑われた。同児は、家族歴や多発骨折の既往、入院時の状況等から、乳児虐待が疑われ、同病院は、児童福祉法に基づき児童相談所に通告した。同病院においては、同児は、全治約二、三週間の顔面約80パーセントの熱傷(II度)と診断された。同児は、同月16日、G医療センターに転院し、同年2月15日まで、同センターに入院し、退院後も同センターで顔面熱傷の通院治療を継続していたが、その間の同年5月28日、同児の右頬及び両眼瞼部に残存したケロイドの完全消退は困難と診断された。

(4) 被害児の熱傷は、顔面に集中しており、顔面以外では、左頸部(左顎下から首の左側にかけて)にI度の熱傷があるだけで、その余の部位には頭部や耳部、鼻腔内(入口部には認められる。)や口腔内を含め熱傷はない。顔面は、鼻の両横や口の周りなど低い部分を除いて、ほぼ全面が熱傷を受けており、前額部、右頬の一部、下顎部は浅達性II度熱傷、上眼瞼、鼻柱、両鼻翼、両頬、上口唇は深達性II度熱傷であり、この部分は、他の部分に比べ、比較的長時間、高温に接触していたと考えられる。熱傷とその周辺との境界が明瞭であり、顔面の熱傷部分はその中心線に対してほぼ左右対称である。本件熱傷は、化学物質や火炎によるものではない。通常小児に浅達性熱傷が生じるには、55度の湯で2秒の皮膚への接触で十分であり、60度の湯であれば1秒で足りるといわれている。

2  このような創縁の著名さ、創の左右対称性、顔面の高い部分のみが特に深い熱傷となっていること、耳介、鼻腔内、口腔内に熱傷が存しないことに照らすと、本件熱傷は液体や気体が直接顔面に接触して生じたものでないことは明らかである。換言すれば、それ以外の方法で、液体、気体ほどの流動性はなく、固い板ほどの硬度まではない熱伝導性物質(一般家庭にあるものとしては、レトルトパックや蒸しタオルなどが想起されるが、それに限られるものでもない。)が顔面に接触して生じたものと解するのが相当である。

本件当日、夫が出勤するまでは被害児に特段の異常は認められなかったのであるから、被告人が夫出勤後自宅において上記物質を被害児の顔面に接触させ、判示の傷害を負わせたことは明白である。犯行時間については、夫が出勤後電話するまでの間が考えられるが、熱傷を負った被害児を長時間放置するものとは考え難いから、同日午前10時ころと認定するのが相当である。

3  被告人の供述

被告人は、同児の熱傷の原因について、同児を仰向けに抱いて椅子に座り、ミルクを作るため計量カップに約85度の熱湯を入れてテーブルの上に置いたが、同児が急にのけぞったため、あわてて右手で同児の頭を支えようとした際、右手がその計量カップの取っ手に引っ掛かり、テーブルの端のところでカップが倒れ、中の熱湯が至近距離にいた同児の顔面に掛かった旨ほぼ一貫して供述している。

しかしながら、被告人の供述する受傷状況は、上記で検討した諸点と矛盾するばかりでなく、被害児の左腕、左肩、胸に全く熱傷が存しないことや顔面から熱湯が流れ落ちた形跡がないこと、抱いていた被告人に全く熱傷が生じていないことなどの諸事情と相反するといわざるをえず、到底信用できない。

4  弁護人は、客観的な火傷の状況、草間医師の証言、警察の実験結果は、いずれも被告人の弁解を排斥できるものではなく、H医師の推測は信用できないと主張する。

そこで検討するに、上記2、3で検討したところから明らかなように客観的な火傷の状況は、被告人の供述と相容れないものであり、弁護人は何らの論拠を示すことなく自説を述べるもので理解し難い主張というほかない。次にI医師の証言は、被告人の弁解は被害児の熱傷の状況にそぐわない不自然なものであると明確に供述しており、弁護人指摘の供述部分は、同医師が受傷日に同児を初診した際に抱いた中間的な意見を述べたものに過ぎず、同人の証言の片言隻句を捉えて自説の論拠とする牽強付会な主張であって、採用できない。更に、警察における再現実験の結果は、勿論再現実験自体に内在する制約は存するものの、いずれの実験においても、被害児に見立てた人形の顔面のみならず、頭部や耳部にも、又、顔面の高い部分のみならず低い部分にも、熱湯に見立てた色水が掛かっているのであって、被告人の弁解の論拠となる証拠でないことは明白である。最後にH医師は、熱傷の専門医であり、十分な経験に基づいて資料を検討した結果を供述しており、弁護人の反対尋問に対しても、明確な理由を示しながら説明を加えており、その信用性に疑問を差し挟む点は存しない。弁護人主張のレトルト食品は、同証人が例示として示したものであり、当裁判所の認定も上記2のとおりであって、被告人がレトルト食品を使用したものと判断したものではないから、前提を欠く主張である。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は、刑法60条、219条(218条)に、判示第2の所為は、同法204条にそれぞれ該当するところ、判示第1の罪については同法10条により同法218条所定の刑と同法205条所定の刑とを比較し、重い傷害致死罪の刑により処断することとし、判示第2の罪について所定刑中懲役刑を選択し、以上は、同法45条前段の併合罪であるから、同法47条本文、10条により重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役4年に処し、同法21条を適用して未決勾留日数中150日をその刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法181条1項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、当時生後3か月の乳児であった長男Aの母として、父である夫と共に同児を保護する責任を負っていた被告人が、同人と暗黙のうちに意思を相通じて、同児に十分な授乳をせず、同児を低栄養状態に陥らせながら、これを放置し、よって、同児を脱水を伴う低栄養により死亡するに至らせたという保護責任者遺棄致死(判示第1の事実)、当時生後4か月の乳児であった三男Bの母である被告人が、同児に顔面熱傷を負わせたという傷害(判示第2の事実)の事案である。

長男Aは、健常児として出生し、十分な授乳さえなされれば、順調に生育することができたものであるところ、被告人らは、生活資金に困窮するなど特に経済上の支障があったわけでもなく、又被告人は、専業主婦として同児や長女の育児に専念できる状況にあったのに、長女を慈しみ育てる一方では被害児に対して敢えて十分な授乳をせず、緩慢死させたもので、その動機は被告人らが真実を明らかにしないので解明しえないが、証拠上窺われる本件の経緯によっても、特段酌量すべき事情は認められない。しかも、被告人らは、生後1か月半過ぎころ、被害児が授乳不足により栄養不良で痩せ衰え、入院が必要な事態に立ち至り、その際、医師らから授乳等について何度か育児指導を受け、一方、同児は、1か月弱の入院によって、引き続いて十分な授乳がなされれば、順調な生育が期待できる状態にまで回復したが、被告人は、入院中、ほとんど同児を見舞うこともなく、医師や看護婦らに対する不信感を一方的に募らせ、同児帰宅後の乳幼児虐待を危惧し、種々の解決策を示す医師らの助言、指導を一切聞き入れず、強引に退院させた後の約1か月間、同児に対して十分な授乳をせず、再び同児を栄養不良で痩せ衰えさせ、ついには同児を低栄養状態に陥らせて死亡させたもので、人の親としてあるまじき非道な犯行というほかはない。その生存を全面的に被告人ら夫婦に依存しているいたいけない被害児にこのようなむごい仕打ちを加えた被告人らは冷酷無情というほかなく、強い非難に値する。この世に生を受けながら、生みの親である被告人らから十分なミルクを与えられず、日々痩せ衰え、ついには、生後僅か3か月にして、脱水を伴う低栄養によって死亡するに至った被害児は、哀れというほかはない。被告人が専業主婦であり、夫が会社員であることを考慮にいれても、被告人と夫の果たした役割については、被告人らが真実を明らかにしないので不明である以上、その刑責に格別の差異が存するとまではいえない。

次に、傷害事件についてみるに、被告人は、生後僅か4か月の三男Bの顔面に熱傷を負わせる傷害事件を敢行したものであるが、その動機や具体的な犯行態様は、被告人が真実を明らかにしないので解明しえないが、被告人が身体の中でも最も目立つ顔面を狙って熱傷を負わせた光景を想起すると暗澹たる気持とならざるを得ず、その冷酷無情さには驚かざるを得ない。その結果、被害児は、回復期間不明の瘢痕を伴う熱傷を負い、犯行後10か月たった平成13年11月においてもかなりの瘢痕が右頬及び両眼瞼部に残存しており、その傷害の程度は重い。生後僅か数か月にして、母である被告人の手によって、このようなむごい仕打ちを受けた同児がその意味を理解する年齢に達した後、受けるべき試練を考えると、本件が同児に与えた精神的影響は計り知れない。

近時乳幼児虐待が社会問題化している折、本件は、夫と共に長男に十分な授乳をしなかったために子が死亡したという育児放棄型の虐待を敢行した被告人が、約3年8月後にまたしても三男の顔面に酷い熱傷を負わせたという虐待事案の中でも稀有な残忍非道な犯行であり、一般社会にもたらした衝撃の程度に鑑みると、その社会的影響も大きい。被告人は、夫と子供のみの世界を築き、社会との関わりを極端に嫌い独善的、自己中心的価値観に固執する生活を送るなかで、長男を死亡するに至らせたのに、悔い改めるどころか、一層その傾向を強め、夫の出勤中に三男に顔面熱傷を負わせたものである。しかも、当公判廷においても、自己の言い分を正当化すべく極めて不合理な弁解に終始し、挑戦的な言辞を弄するなどしており、一片の良心の呵責も窺うことはできない。まさに、被告人は、子供を養育する資質に欠けるものといわざるを得ず、本件と同様の行為に及ぶ可能性も否定できない。

以上によれば、被告人の刑責は相当に重い。

他方、被告人には前科前歴がないことなど被告人にとって酌むべき事情もある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金山薫 裁判官 山口裕之 嘉屋園江)

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