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さいたま地方裁判所 平成13年(モ)1710号 決定 2003年3月25日

主文

1  相手方は,別紙第2文書目録記載の文書を当裁判所に提出せよ。

2  申立人らのその余の申立てを却下する。

理由

/>第1 当事者の申立て

1  申立人(原告)ら(以下(原告ら)という。)

相手方は,別紙第1文書目録記載の文書を当裁判所に提出せよ。

2  相手方(被告)(以下「被告大学」という。)

本件申立てを却下する。

第2 原告らの主張

1(1)  別紙第1文書目録記載の文書(以下「本件報告書」という。)は,被告大学の○○医科大学総合医療センター(以下「被告大学病院」という。)における甲野花子の医療死亡事故(以下「本件医療事故」という。)について,その発生状況,原因及び被告大学病院耳鼻咽喉科医師に対する処分等が記載されているものである。

(2)  本件報告書は被告大学が所持している。

(3)  本件報告書によって証明すべき事実は,本件訴状の第2の2,3に記載した事実である,

ア  甲野花子の死亡についての本件基本事件の被告大学らの責任,

イ  甲野花子の死亡原因の隠蔽についての被告A(以下「被告A」という。),被告B,被告C,被告D,被告大学の責任である。

2(1)  原告甲野太郎,原告甲野春子は,甲野花子の法定代理人として被告大学と診療契約を締結していたところ,本件報告書は,上記のとおり本件医療事故の発生状況及び原因の調査結果が記載されたものであるから,原告ら主張の本件損害賠償債権の有無に関する事項が記載されている。したがって,本件報告文書は,民事訴訟法(以下「法」という。)220条3号所定の法律関係文書に該当するので,被告大学は提出義務がある。

(2)  本件報告書は,法220条4号掲記の文書には該当しないので,被告大学は提出義務がある。

ア  被告大学は,本件報告書については,それを埼玉県,文部科学省等に対する本件医療事故の報告として提出しているのであるから,被告大学内部における本件医療事故の関係者に対する懲戒処分のみにその使用の目的を限定していたものではないので,同条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(いわゆる内部文書ないし自己使用文書)には該当しない。

イ  被告らは,本件医療事故に関しての捜査機関の事情聴取に応じて,同機関に対し,本件報告書との記載内容と同様の内容の説明ないし供述をしているはずである。また,甲野花子のカルテが本件訴訟に証拠として提出されている以上,もはや本件報告書に特有の守秘義務事項は存在しない。

したがって,本件報告書の記載内容中には,被告大学が主張する法196条該当事項ないし法197条の守秘義務事項は存在しないので,法220条4号イ,ハに掲記の文書には該当しない。

3  被告大学は,原告らに対し,甲野花子の死因について文書で報告することを約束しているし,正式な調査委員会を設置して本件医療事故についての調査を行って,その結果を公表するとしていたものである。

本件報告書は,その経緯で設置された調査委員会において究明された医療事故の原因及び検討された防止対策に基づいて作成されたものであって,内容の公表をある程度想定して作成されたものである。

4  本件報告書は,被告大学における本件医療事故についての懲戒処分結果が明らかにされていることから,その懲戒処分の根拠となった甲野花子の死亡事故の原因事実及び被告らの不法行為責任を立証する上での重要な証拠である。

第3 被告大学の主張

1  文書提出命令の申立てにおける「証明すべき事実」は,具体的な事実が示されるべきところ,本件申立てにおける原告ら主張の「死亡についての責任,死亡原因の隠蔽についての責任」は,証明された事実から導かれるべき判断・評価である。

2(1)  本件報告書は,被告大学に設置された医療事故調査委員会(以下「本件委員会」という。)によって作成されたものであるが,その作成について法令上何ら定めるところはなく,これを作成するか否か,何をどの程度記載するかは,本件委員会に一任されているものである。

(2)  本件報告書は,被告大学が本件医療事故の関係者に対する懲戒処分を行うために,専ら被告大学内部において使用することを目的(以下「本件被告の目的」という。)として作成された私的な内部文書であって,外部の者にその記載内容を公表することを予定しているものではない。そして,法220条3号後段の法律関係文書にはあたらない。なお,被告大学の賞罰委員会規則は,賞罰委員会の委員は,議事の経過,出席者の意見その他議事の内容は,一切他に漏らしてはならないとされている。

(3)  本件委員会は,被告Aほか関係者16名から事情聴取を行い,①本件医療事故の発生原因,②患者側への不適切な対応,③社会的・道義的問題の発生原因,④医療事故防止対策と今後への提言の項目につき調査をして,本件報告書を作成して,賞罰委員会委員長に提出した。

本件調査報告書は,事情聴取記録と報告,提言部分が一体をなしているものであり,その中には被告大学病院内部における,将来にむけての積極的提言のための医療体制への批判的調査,改善等を含んでいるものである。

(4)  被告大学は,平成12年12月11日,賞罰委員会の本件調査報告書に基づく諮問を受けて,被告A他の者に対する懲戒処分をした。

3(1)  被告大学は,平成13年1月1日付けで,2名の副センター長のうち1名を医療事故の防止対策の強化のために,医療安全担当に任命した。そして,被告大学病院には,医療安全対策室を設置して,それぞれの医療現場において医療事故防止・予防のためのマニュアル策定等をおこなった。

(2)  被告大学病院長は,医療事故再発防止策を開示する目的のために,平成13年4月7日付けで「医療事故調査委員会報告書要旨(以下「本件要約書」という。)」を作成し,これを公表することにした。そして,管轄の保健所を介して埼玉県に提出すると共に,本件医療事故の遺族である原告らにも交付済みである。

したがって,本件要約書の公表は,本件調査報告書が公表される目的で作成されたことを推認させるものではない。

4  本件委員会は,本件被告の目的のためにのみ使用することとして,上記事情聴取を行ったものであるから,本件報告書が上記目的外に使用されたり,公表されるときには,本件被告の目的のために公表されないこと等を前提にして,本件医療事故についての事実関係の事情聴取や,現医療態勢についての批判やその改善方についての任意かつ自由な提言に応じてもらった者の信頼を裏切ることとなる。その結果,被告大学は,今後の医療事故の調査が困難になり,ひいてはそれに基づくその防止・予防策の策定が困難になる虞がある。また,事情聴取を受けた者の中の被告A他の5名の医師らは,既に業務上過失致死の嫌疑で告訴されているのであるから,それらの者らは,黙秘権の告知もなく事情聴取された供述録聴書をその告訴の資料として用いられることとなる不利益を被ることになる。

したがって,本件報告書は,個人のプライバシー等が侵害されたり個人ないし団体の自由な意見形成が阻害されたりするなど,その開示によって所持者側に看過し難い不利益が生ずる虞がある文書に当たるものである。

5  本件報告書は,本件医療事故についての事後調査の結果をまとめたものであるから,本件訴訟においては,その立証は,診療録等の書証や診療やその後の説明に当たる等した医師らの人証で充分代替しうるものであるので,本件提出命令の必要性はない。

また,提出命令の対象とならない内部文書であっても,特段の事情があるときはその対象となる。その特段の事情とは,「代替性のない重要な証拠であって,真実発見に不可欠であること,提出しないと当事者間の衡平を欠くこと」等である。しかし,本件訴訟では上記のとおり,他の証拠が十分存在するところから,本件報告書には,上記特段の事情は存在しない。

6  被告大学は,原告らに対して,甲野花子の死因について文書で報告することにつき,要望されたことはあるが,それを約束したことはない。

第4 当裁判所の判断

1  本件は,被告大学病院に入院していた甲野花子が,被告大学病院の医師によって抗癌剤を過剰投与されたことによって死亡した医療過誤につき,主治医その他治療に関係した耳鼻咽喉科所属の医師ら,並びに病院管理者らにも責任があるとし,また,その死因を隠蔽する行為があったとして,その相続人及び親族において,医療事故自体による損害賠償及び固有の慰謝料等を,上記医師ら個人と被告大学に対して求めている事案である。

そして,記録及び本件報告書を法223条6項所定のいわゆる「インカメラ手続」で調査した結果によれば,次のことが認められる。

(本件報告書が作成されるに至った経緯)

(1)  被告大学は,本件医療事故自体の原因究明とその防止対策,本件医療事故からの教訓と事故再発防止策の提言について検討すること,並びに本件医療事故についての学内での懲戒処分の必要性の有無の資料を得ることを目的(以下「本件目的」という。)として,被告大学専務理事Q他6名で構成する医療事故調査委員会を設置する必要があると判断し,平成12年10月14日,被告大学総合医療センター医療事故調査委員会(本件委員会)を発足させた。

(2)  本件委員会は,事情聴取対象者を,被告大学病院耳鼻咽喉科の医師・看護婦(9名),抗癌剤に関する専門医・薬剤部長(3名),事故当時の執行部の医師(5名),事務長ら合計17名として,それらの者らから,本件医療事故の個別的事情と被告大学病院の医療,薬剤,一般管理事務,緊急時事故対応の各システムないしその実情の聴取(以下「本件聴取」という。)を行った。  (3) その後,本件委員会は,上記聴取の結果をふまえて,本件医療事故の発生原因等と医療事故防止対策と今後への提言を取り纏めて本件報告書を作成し,それを,本件事故関係者に対する被告大学の雇用契約上の懲戒処分のための報告資料として,被告大学の賞罰委員会委員長に提出した。

(4)  そして,本件報告書の目的の一つである今後の医療事故防止対策に資するためと,本件医療事故の原因等の報告のために,被告大学病院長は,平成13年4月7日付けで,本件報告書の本件委員会の報告及び提言部分に基づいて本件要約書を作成し,それを管轄の保健所を介して埼玉県に提出すると共に,本件医療事故の遺族である原告らにも交付する等して公表した。

(本件報告書の構成等)

(1)  本件報告書は,別紙第2文書目録部分である平成12年12月11日付の「○○医科大学総合医療センター医療事故 調査委員会報告書」部分(以下「本件報告提言部分」という。)と,平成12年12月付の「○○医科大学総合医療センター医療事故 事情聴取記録」部分(以下「本件事情聴取部分」という。)に分けられ,そして,本件報告提言部分は,初頭の「はじめに」から「第一章 死亡事故発生の原因」,「第二章 ご家族への不適切な対応」,「第三章 社会的・道義的問題発生の原因」,「第四章 医療事故防止対策と今後への提言」,「おわりに」の部分で構成され,本件事情聴取部分は,診療関係の被告A他の医師,看護婦,薬剤部門の医師,管理部門の管理者,事務部門の者ら17名からの事情聴取書によって構成されている。

(2)  ただし,本件事情聴取部分を構成している各被聴取者の事情聴取記録は,証言を一問一答方式の体裁で一応記録されたものであるが,全部については録音を取ってテープを起こしたものではなく,そのテープも外部の騒音等から発言内容を聞き取れないとするところも多々あるものである。

そして,その各被聴取者の範囲も,本件医療事故の直接の関係者に限られず,その聴取内容や聴取態様も,本件医療事故自体にのみ関わるものではなく,各被聴取者の個々の仕事内容や,被告病院の医療システム一般等に及ぶものであったし,被聴取者について,雇用契約上の上司ないし被告大学における管理システムの上位の地位にある者等の面前で,その被聴取者(原告らに告訴されていた者,現在,起訴されている者を含む。)に対しては,自己が刑事訴追を受ける虞がある事項の質問に際しても,黙秘権その他その防御権を告知されることなく,さらに,弁護士等の援助,助言,付き添い等が認められない状況下で聴取されたものであった。

2  ところで,一般的に病院内での人為的ないし施設上の原因等に起因する医療関係事故は,病床数,患者数,受診者数等の一定割合で遺憾ながら発生しているのが現実であり,その中の一部がいわゆる医療関係者に法的責任が問われるべきか否か問題になる可能性があるいわゆる医療過誤等である事件(アクシデント)であって,他の大部分は事実ないし出来事(インシデント)であるとされていることは公知である。

そして,患者ないし受診者のみならず医師,看護婦等を含めた医療関係者の安全を図るためには,上記医療関係事故全てについて客観的な報告を受けて,その原因を究明し,それに対する人的,物的又は制度的に防止かつ改善する措置及び方法を,その各関係部門に勧告する機関(以下「安全管理機関」という。)が設置される必要があるとされている。

しかも病院等では,一般的には,予算的かつ組織的権限は,理事長,理事会等が統括している事務管理部門にあり,医療措置上の権限は,病院長他の各医師が有しており,また,医師の指示を受ける看護部門,薬剤部門もそれぞれ独立の権限を有していて,その関係ないし指揮命令系統は複雑である。しかも,安全管理機関は,近時,上記原因の究明等の上記目的を果たすためには,日頃からその情報収集に当たるトップ機関にも直接に提言,勧告ができる,上記各部門から独立した常設の機関である必要があるとされていることも公知のことである。

そして,安全管理機関には,その情報が全て集まることが制度的に保障される必要がある。そのためには,その報告は事実を客観的に報告するもので,その報告によって報告者に不利益が生じるものでないこと,また,安全管理機関もその原報告自体については,それを医療関係事故の原因の解明とその防止の措置の提言という目的のためにのみ使用することが義務づけられることによって,その制度的保障が図られる必要があることも明らかである。

3(1)  ある文書が,法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるか否かについては,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は法220条4号ニ所定の文書に当たるとするのが相当であるが,然らざる場合は該当しないものと一般的には解される(最高裁判所第二小法廷平成11年11月12日決定)。

(2)  そこで,上記基準にしたがって本件報告書を検討すると,本件報告書は,上記のとおり性質の異なる本件報告提言部分と本件事情聴取部分に分けられるものであり,その各部分の内容及びその作成過程等,特にその目的からすると,本件事情聴取部分については,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると団体等の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められるもので,法220条4号ニ所定の除外文書に当たるが,本件報告提言部分については,集められた資料等から本件事故についての原因を解明して医療機関としての責任の所在を明らかにし,それに基づく被告大学の懲戒委員会への答申と,今後の同種事故の防止のための対策と被告大学の医療システムの改善への提案をしているものであるから,上記除外文書には該当しないものであると解するのが相当である。

また,本件報告提言部分と本件事情聴取部分に対する上記判断については,本件訴訟におけるその代替証拠の存否,適正等の点を考慮してもその変更の要はないし,かつ,その判断を左右するに足るような特段の事情も本件記録上見受けられない。

4  以上によれば,原告らの本件申立てのうち,本件報告書のうちの別紙第2文書目録記載の本件報告提言部分についての文書提出命令を求める部分は理由があるので認容することとするが,その余の本件事情聴取部分については理由がないので却下することとして,よって,主文のとおり決定する。

別紙

第1文書目録<省略>

第2文書目録<省略>

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