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さいたま地方裁判所 平成13年(ワ)1491号 判決 2002年8月30日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の請求

1  原告と被告との間の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)についての駐車場付き建物賃貸借契約の賃料は、平成11年8月1日から平成13年8月31日までは月額556万7600円、平成13年9月1日以降は月額518万1000円であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、2695万6672円及びうち1293万円に対する平成12年8月1日から、うち1402万6672円に対する平成13年8月1日からそれぞれ支払い済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、原告が被告から、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)上に建築された本件建物、及び、本件土地から本件建物の敷地を除外した残余の駐車場部分(以下「本件駐車場」という。)を借り受けているところ、原告が被告に対して、賃料が不相当に高額になったとして、平成11年8月1日から平成13年8月31日までの賃料が月額556万7600円であること、平成13年9月1日以降の賃料が月額518万1000円であることの確認を求め、従前の賃料額の支払い義務があることを前提に被告のなした未払い賃料と保証金返還請求権の相殺が無効であるとして、保証金2695万6672円及びうち1293万円に対する弁済期の翌日である平成12年8月1日から、うち1402万6672円に対する弁済期の翌日である平成13年8月1日から、支払い済みまで商事法定利率の年6パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求めている事案である。

第3  前提となる事実

本訴請求に対する判断の前提となる事実は、以下のとおりである(当事者間に争いがないか、あるいは、本件証拠ないし弁論の全趣旨によって認めることができる。この認定を妨げる証拠はない。)。

1  原告は、百貨小売業、飲食店、書店、公衆浴場等の経営等を目的とする株式会社である。

2  原告と乙山春夫(以下「春夫」という。)は、平成6年11月19日、原告は、春夫がその所有する本件土地上に原告の指定する仕様により建築する本件建物及び本件駐車場を借り受ける、との賃貸借契約の予約をした。

3  「春夫は、平成7年6月29日ころまでに、原告の指定する仕様に従い本件建物を建築し、同年7月12日ころ、本件建物及び本件駐車場を原告に引き渡した。

4  原告と春夫は、平成7年7月12日、本件建物及び本件駐車場につき、次の約定による駐車場付き建物賃貸借契約(以下「本件賃貸借」という。)を締結した。

(1)  使用目的 原告の経営する健康ランド(「健康ランドファミリー峯店」の名称で営業)

(2)  期間 平成7年7月12日から平成27年7月11日までの20年間

(3)  更新 期間満了の場合は、協議のうえ更新することができる。

(4)  賃料 月額656万7600円

(5)  支払方法 毎月末日限り翌月分前払い

(6)  賃料改定 3年経過毎に5パーセントを基準に改定する。ただし、賃料が土地若しくは建物に対する公租公課、土地若しくは建物の価格、その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物等の賃料に比較して著しく不相当となったときは、原告と春夫は、賃料の改定について協議する(以下「本件賃料改定条項」という。)。

(7)  諸費用の負担 春夫は、本件建物及び本件土地についての公租公課を負担する。原告は、本件建物、付帯設備及び本件駐車場の使用に関して生ずる水道・ガス・電気の使用料、町会費、衛生費、諸設備の保守費、その他の使用上の一切の費用を負担する。

(8)  補修等 春夫は、本件建物の本体部分、外構、本件駐車場(ただし、本件建物の付帯設備部分及び内装部分を除く。)の補修に要する費用を負担する。上記部分が原告の責めに帰すべき事由により破損したときは、その補修費は原告の負担とする。原告は、本件建物のうち、そのほかの部分の補修に要する費用を負担する。

(9)  敷金 3000万円

(10)  保証金 6億0449万0528円

ただし、平成7年7月12日以降、年3パーセントの利息を付して分割返済する。

5  原告は、春夫に対し、平成7年7月11日までに、敷金全額及び保証金のうち4億8298万8400円を、平成8年2月5日までに保証金残額1億2200万2128円を支払った。

6  保証金について、その後、原告と春夫は、平成9年7月末日を第1回弁済期として3184万1728円を支払い、平成10年から平成27年まで毎年7月末日限り3184万1600円を分割して支払い、これと同じ弁済期に1年間分の利息を支払う旨の分割返済の合意をした。春夫又は被告は、平成11年7月末日返済分まで、合意のとおり、保証金及び利息を支払った。

7  春夫は、平成9年12月26日、死亡し、被告が本件土地及び本件建物の所有権と本件賃貸借の賃貸人の地位を相続した。

8  原告は、被告に対し、平成11年7月1日ころ到達の書面をもって、本件賃貸借の賃料を、平成11年8月1日以降、従前の月額656万7600円から月額556万7600円に減額する(月額100万円の減額になる。)旨の意思表示をした。

9  原告は、被告に対し、賃料減額調停を申し立てた(川口簡易裁判所平成11年(ユ)第45号建物賃料減額調停申立事件)。平成12年7月19日、不成立により終了した。

10  原告は、平成11年8月分以降、原告が主張する賃料額556万7600円を支払い続けた。これに対し、被告は、原告に対し、平成12年7月24日、未払い賃料債権等1293万円(内訳・平成11年8月分から平成12年7月分までの賃料の不足額合計1200万円、これに対する消費税額60万円、未払い賃料の各弁済期の翌日から平成12年6月30日までの年6パーセントの割合による遅延損害金合計33万円)を自働債権として、被告が負担する保証金返還債務等合計4712万5568円(内訳・平成12年7月31日弁済期の保証金返還債務3184万1600円、保証金残額5億0946万5600円に対する平成11年8月1日から平成12年7月31日までの1年間の利息1528万3968円)を受働債権として、対当額で相殺するとの意思表示をした(以下「本件相殺1」という。)。被告は、平成12年7月31日までに、原告に対し、支払うべき保証金及び利息4712万5568円から未払い賃料等1293万円を相殺した残3419万5568円を支払った。

11  原告は、平成12年5月ころ、本件建物の空調機(以下「本件空調機」という。)の修理を業者に依頼した。その修理工事費用103万9500円について、原告は、被告にその負担を求めたが、被告は、これを拒絶した。

原告は、被告に対し、平成13年5月、原告が支払った上記修理費用の償還請求権を自働債権とし、平成13年6月分の賃料債務を受働債権として、対当額をもって相殺する旨の意思表示をした(以下「本件相殺2」という。)。原告は、平成13年6月分賃料として、上記相殺の残額452万8100円を支払った。

12  被告は、原告に対し、平成13年7月18日、未払い賃料債権等1402万6672円(内訳・平成12年8月分から平成13年7月分までの賃料の不足額合計1303万9500円、これに対する消費税額65万1975円、未払い賃料の各弁済期の翌日から平成13年6月30日までの年6パーセントの割合による遅延損害金合計33万5197円)を自働債権として、被告が負担する保証金返還債務等合計4617万0320円(内訳・平成13年7月31日弁済期の保証金返還債務3184万1600円、保証金残額4億円7762万4000円に対する平成12年8月1日から平成13年7月31日までの1年間の利息1432万8720円)を受働債権として、対当額で相殺するとの意思表示をした(以下「本件相殺3」という。)。被告は、平成13年7月25日、支払うべき保証金及び利息4617万0320円から未払い賃料等1402万6672円を相殺した残3214万3648円を支払った。

第4  当事者の主張

1  第1の争点は、本件賃貸借の平成11年8月1日から平成13年8月31日までの相当賃料額と平成13年9月1日以降の相当賃料額である。当事者の主張の要旨は、次のとおりである。

(原告)

以下の事情に照らし、本件賃貸借の賃料額は、著しく不相当になった。原告が賃料減額を求めた平成11年8月1日の相当賃料は月額556万7600円であり、本件訴状によって再度の賃料減額を求めた平成13年9月1日の相当賃料は月額518万1000円である。

(1) 地価の下落

本件賃貸借が成立した平成7年以降、地価は著しく下落している。

本件土地の近隣の土地の公示価格の変動率は、「別紙ファミリー峯店周辺地価変動率一覧」記載のとおりである。平成11年度の地価は、平成7年度の地価と比して81.39パーセントないし92.55パーセントの水準にまで下落している。平成13年度の地価は、平成7年度の地価と比して68.40パーセントないし83.51パーセントの水準にまで下落している。

(2) 地価の下落に伴い、公租公課も減額されている。

(3) 本件建物の営業状況及び原告の経営状況

本件建物での営業は、開業以降、赤字が続いた。大幅な人員削減などの原告の経営努力により、平成9年度から、単年度の経常利益は黒字に転化した。しかし、いまだ経常利益は極めて少ない状態にある。また、原告の全体の経営も、平成12年8月中間期の経常利益が前期比マイナス11.2パーセント、平成13年8月中間期の経常利益が前期比マイナス21.5パーセントと厳しい経営状況にある。

このような状況であるから、原告は、本件建物からの撤退を余儀なくされないために、早い時期から、被告に対して、賃料減額や修繕費の負担を申し入れた。

(4) 他店舗との比較

原告は、平成7年7月から、本件建物において、「健康ランドファミリー峯店」(以下「峯店」という。)を開業した。平成7年3月にも、茨城県猿島郡総和町大字下辺見において、「健康ランドファミリー総和店」(以下「総和店」という。)を開業している。峯店の延べ床面積は1173.12坪であり、総和店の延べ床面積は1002.4坪である。総和店が若干狭いものの、両店はほぼ同等の健康ランドの設備を有している。

総和店の賃料は、当初月額390万円であった。しかし、賃貸人との合意により、平成12年7月、月額320万円(坪単価3192円)に減額された。

両店の建築費用に差があり、さらに敷地の地価の相違を考慮するとしても、峯店の従前の賃料656万7600円(坪単価5598円)は、総和店に比して不相当に高額である。

(5) 近傍類似の賃料

賃貸建物の床面積が広いほど、賃料が下落する傾向がある。特に、倉庫、工場、大型レジャー施設などは、間取りを細分化する必要がなく、内装や外装に費用をかける必要がないことから、坪当たりの建築費が格段に安くなる。広大な建物であれば、建物本体の坪当たりの建築費も安くなる。

本件建物は、床面積合計3891.11平方メートルの広大な建物である。賃料比較の対照物件は、使用面積が3000平方メートル以上の物件が適切である。しかし、被告が調査した物件でも、床面積が3000平方メートル以上の建物はない。建物使用面積が約1000平方メートル以上の15個の物件を比較対照した結果が別紙「本件建物近傍賃料・本件土地近傍地価 比較対照表」である。

これによれば、平均坪単価賃料は、月額3819円になる。

本件賃貸借の従前の賃料の坪単価は、月額5579円(本件駐車場の占める割合を控除すれば、4983円)であり、原告主張の第1回目の減額賃料のそれは、月額4730円(本件駐車場の占める割合を控除すれば、4224円)であり、原告主張の第2回目の減額賃料のそれは、月額4401円(本件駐車場の占める割合を控除すれば、3931円)である。

本件賃貸借の従前の賃料額はもちろん、原告主張の減額賃料額も、近傍建物の賃料に比較して高額である。

(6) 被告は、本件建物及び本件駐車場が「商業施設」であることの特殊性を考慮すべきと強調する。しかし、賃料算定の方法につき、賃借人の営業損益を反映する特約ある賃貸借契約であればともかく、そうでない賃貸借契約においては、目的物が商業施設であっても影響しない。

(7) 相当賃料額

平成12年度の本件賃貸借の相当賃料は、別紙「賃料額計算書1」記載のとおりであり、月額533万8899円と計算される。平成11年度は、地価の下落幅を考慮すると、この金額より若干高額の賃料となる。

平成13年度の相当賃料額は、別紙「賃料額計算書2」のとおり、518万0727円と計算される。

(8) 本件賃貸借は、土地所有者が建物を建築して、長期間にわたって営業者に賃貸する形態をとっている。賃貸人は、初期に建物等の建築費を投資した後は、公租公課や補修費等の低額の負担しか発生しないで、長期間安定して賃料収入を得ることができる。賃貸人がフランチャイズ方式により自ら営業する場合と同様の投資回収期間5年によるのは相当でない。本件賃貸借では、5年間の投資回収を前提としていない。

(被告)

以下のとおり、本件賃貸借の賃料が著しく不相当になった事実はない。

(1) 本件賃貸借において、「賃料が土地若しくは建物に対する公租公課、土地若しくは建物の価格、その他の経済事情の変動により、または近傍同種の建物等の賃料が著しく不相当となったときは……賃料の改定について協議する」(第6条<2>)と合意された。本件賃貸借は、バブル経済の崩壊して相当期間が経過した後に成立し、その契約内容に、バブル経済の崩壊による不動産価格の下落及び低迷等その当時存在していたすべての経済状況(将来的予測を含む。)が織り込まれて締結された。原告は、それらを十分に認識して、本件賃貸借を成立させている。

(2) 地価の変動について

原告が賃料減額請求の理由とする地価の下落は、その対象とする土地の利用状況が全て「住宅」であり、本件土地が莫大な利益を生み出す商業施設営業のために利用されているとの特殊性を全く無視している。また、原告の提示する資料を前提としても、地価公示の対照土地で本件建物に最も近い標準地番号「川口-8」の地価の変動率は、本件賃貸借の成立時を基準として、第1回目の賃料減額の請求の時である平成11年度は僅か7.45パーセント、第2回目の賃料減額請求の時である平成13年度でも16.49パーセントにすぎない。

土地の価格の変動により、本件賃貸借の賃料が著しく不相当となったと言うことは到底無理である。

(3) 原告は、地価の下落に伴い、公租公課も減額されているとするが、本件建物の平成12年度及び平成13年度固定資産課税(補充)台帳登録証明書(<証拠略>)における価格は全く同じである。この点からしても、原告の賃料減額請求は理由がない。

(4) 原告の経営状況は、平成9年度以降に限ってみても、営業利益、経常利益及び当期利益のいずれの点においても、極めて好調な成績を計上している。

そもそも、原告の事業年度毎の経営状況が賃料に反映されるとすれば、被告の収益環境が不安になる。原告の経営状況は、賃料を減額する「その他の経済事情の変動」に相当しない。

(5) 近傍賃料との比較

本件賃貸借の従前の賃料額は、坪当たり月額4974円である(付属建物の面積も含める。)。

財団法人首都圏不動産流通機構の賃貸物件の照会システムで検索した結果によれば、本件建物の近傍である川口市にある同種の賃貸建物の賃料の坪当たり平均単価は、店舗事務所で月額9803円であり、工場で月額5499円であり、倉庫で月額4718円である。

本件賃貸借の賃料は、店舗事務所や工場の賃料に比較しても低額であり、収益環境が本件建物より劣る倉庫の賃料とほぼ同じ結果になっている。

(6) 原告主張の賃料額計算表は、年3パーセントの収益を想定している。しかし、年3パーセントとの収益率を採用する合理的な根拠はない。本件建物の商業施設としての特殊性を配慮していない。仮に、本件建物を原告と被告の共同投資物件とみなして賃料を判断するとしても、一般的な5年間の投資回収期間を考慮すべきである。本件賃貸借の投資回収率は、8.25年になり、本件建物の賃料は低額におさえられている。

2  第2の争点は、本件空調機の修理費用について原被告のいずれが負担するかである。当事者の主張の要旨は、以下のとおりである。

(原告)

本件空調機の補修費103万9500円は、被告が負担すべきである。

(1) 本件建物の付帯設備部分及び内装部分を除く本件建物の本体部分の補修に要する費用は、被告の負担とする旨の約定になっている。

ここでいう「付帯設備部分」とは、原告が建築費を負担した特殊設備(浴場設備等)工事、浄化槽工事、屋外看板工事、そのほか営業に必要な工事により原告が建築費を負担した設備を指す(甲4)。

なお、建築基準法2条1号は「建築物」には「建築設備」を含むものと定め、同条3号は、「建築設備」とは「建築物に設ける電気、ガス、給水、排水、換気、暖房、冷房、消火、排煙若しくは汚物処理の設備又は煙突、昇降機若しくは避雷針をいう。」と定めている。

(2) 本件空調機は、いずれも建物本体の天井に埋め込まれ、建物本体の一部をなしている。

したがって、本件空調機の修理費用は、被告が負担すべきである。

(3) 被告が締結した本件建物の火災保険契約では、空調設備も被告の所有として保険の対象となっている。本件空調機は、被告の所有となっているから、被告がその補修費用を負担すべきである。

(4) なお、原告は、平成11年3月にも「空調修理」を行い、その費用を負担した。これは、通常の使用に伴う保守管理の一貫として、本件賃貸借によって原告の負担とされている「諸設備の保守費」として支出したものである。本件空調機の修理工事は、経年の使用により故障した空調設備の大規模な補修であり、保守管理の域をこえるものである。

(被告)

(1) 本件賃貸借における補修に要する費用については、契約書の8条で明示しているし、諸設備の保守費については、契約書の9条で賃借人である原告の負担と定めている。

(2) 本件空調機は、天井への埋め込み式になっているものの、本件建物の本体部分ではないし、その補修の内容も、諸設備の保守費に該当するから、原告がその修理費を負担すべきである。

(3) 当事者がどの部分の補修費を負担するかは、当事者間の意思決定による。建築基準法の用語の定義を当事者の任意契約の内容としてスライドさせて考える必要は全くない。また、本件空調機の構造上の問題と本件空調機の補修費をいずれの当事者が負担すべきかの問題とは全く次元が異なる問題である。

(4) 被告は、建築物・建築設備、昇降機等の的確な維持管理のため、財団法人埼玉県建築住宅安全協会から定期報告を求められている。換気・空調設備については、建築設備に含められ、本体の建築物とは全く異なるものと位置付けられている。この点からしても、原告の主張するように本件空調機が建物本体の一部をなしていると言うことはできない。

第5  当裁判所の判断

1  第1の争点について

本件賃貸借の賃料が著しく不相当になったと認めることはできないから、原告主張の賃料減額は認められない。その理由は、次のとおりである。

(1)  本件賃貸借では、「平成7年7月12日から3年を経過するごとに、5パーセントを基準にして賃料の額を改訂するものとする。賃料が土地若しくは建物に対する公租公課、土地若しくは建物の価格、その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物等の賃料に比較して著しく不相当となったときは、前項にかかわらず、賃料の改定について協議するものとする(本件賃料改定条項)。」と定められている。

(2)  本件賃貸借は、いわゆるバブル崩壊後に成立していること、本件建物は、原告の指定する仕様により賃貸人がその費用の主な部分を負担して建築されていることなど上記認定した本件賃貸借の成立の経過からすれば、本件賃貸借の賃料及びその改定の約定は、敷金や保証金の金額・返還方法の約定を含めて、賃借人が相当長期間にわたって本件建物を賃借して営業することを前提にして、賃貸人の本件建物の建築資金の回収や本件土地の収益性、予測される将来の経済事情及びその変動等を考慮して決定されたものと解されるから、当事者が約定した賃料額あるいは本件改定条項に定めた基準による賃料額について、その変更を求めることができる賃料が「著しく不相当となったとき」とは、当事者が予想できなかった経済事情の変動があって、又は当事者が予想できなかった程度の経済事情の変動があって、本件賃貸借の約定賃料額を継続するのが不相当になった場合をいうものと解するのが相当である。

これを本件についてみれば、以下に検討するとおり、従前の約定賃料額が著しく不相当になったとは認めることができない。

(3)  地価の動向・公租公課の変動

本件証拠(<略>)によれば、本件建物の価格は下落していないこと、本件土地の周辺の土地の価格は下落しているが、その程度は、本件賃貸借の成立時と比較して、平成11年度の地価は約1割ないし2割前後の下落であり、平成13年度の地価は約2割ないし3割程度の下落であることが認められるから、当事者の予測できない経済事情の変動があり、従前の賃料額が著しく不相当になった、とまで認めることはできない。また、本件建物及び本件土地の公租公課が従前の賃料額が不相当になる程度に減額されたと認めるに足りる証拠もない。

(4)  近傍類似の賃料

本件建物は、駐車場付きの浴場であり、その利用目的、規模及び立地条件等に照らして、本件賃貸借と原告が主張する近傍賃料の事例とが近傍同種の事例であると認めることは困難であるから、本件賃貸借の賃料が近傍類似の賃料と比較して著しく不相当になったと認めることはできない。

(5)  本件建物の営業状況及び原告の経営状況

本件建物の営業状況が苦しく、原告の経営努力で黒字を確保していることは窺える。しかし、本件建物の営業状況を本件賃貸借の成立当時に予想できなかったとの事情を認めるに足りる証拠はない。また、本件賃貸借の賃料が本件建物の営業損益によって決定されるとの特約はないから、本件建物の営業状況や原告の経営状況をもって、従前の約定賃料額が直ちに著しく不相当になったとすることはできない。

(6)  他店舗との比較

原告は、本件建物である峯店の賃貸条件と総和店の賃貸条件を比較している。しかし、店舗の敷地の価格や立地条件、さらに店舗の建築価格等が相似しているとの事情は認められないから、総和店の賃料額をもって、峯店の賃料額が著しく不相当になったと認めることもできない。

(7)  他に、本件賃貸借の賃料額が不相当になったと認めるべき事情を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の賃料減額請求は理由がない。

2  第2の争点について

被告が本件空調機の修理費を負担すると認めることはできない。その理由は次のとおりである。

(1)  本件賃貸借の契約書(甲5)では、7条において、「賃借人は、本件建物、附帯設備及び本件駐車場の使用に関して生じる水道・ガス・電気の使用料、町会費、衛生費、諸設備の保守費、その他の使用上の一切の費用を負担する。」と定め、8条において、「賃貸人は、本件建物の本体部分、外構、本件駐車場(ただし、本件建物の附帯設備部分及び内装部分を除く。)の補修に要する費用を負担する。賃借人は、本件建物のうち前項以外の部分の補修に要する費用を負担する。」と定めている。

なお、本件賃貸借の予約の契約書(甲4)では、賃貸人が費用を負担する工事の中に空調工事が含まれており(7条)、補修する場合の費用の負担は7条及び8条1項に基づくものとするとしている(8条3項なお書き)。しかし、本件賃貸借の予約の契約書の8条3項なお書きの規定は、本件賃貸借の契約書には存在しない。したがって、被告が本件建物を建築する際に空調工事の費用を負担したからといって、本件賃貸借において、被告が空調工事部分の修理費用を当然に負担すべきであると解することはない。

(2)  そして、本件空調機は、その設備・機能に照らせば、天井への埋め込み式となっていっても、本件建物の本体部分と認めるのは相当でなく、本件建物の付帯設備と認めるのが相当であるし、本件空調機の修理工事がその内容や費用に照らして諸設備の保守費の範囲をこえると認めることもできないから、いずれにしても、被告が本件空調機の修理費用を負担するものと認めることはできない。建築基準法の規定や火災保険契約の取扱いをもって、上記認定説示を妨げることはできない。

3  以上の説示によれば、原告による本件相殺2は無効であり、被告による本件相殺1及び本件相殺3は有効であると認められる。

したがって、原告の保証金返還請求も理由がない。

第6  結論

よって、原告の本訴請求はすべて理由がないから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 本田敦子 白﨑里奈)

(別紙)物件目録<略>

(別紙)ファミリー峯店周辺地価変動率一覧<略>

(別紙)本件建物近傍賃料・本件土地近傍地価比較対照表<略>

(別紙)賃料額計算書1(健康ランドファミリー峯店)<略>

(別紙)賃料額計算書2(健康ランドファミリー峯店)<略>

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