さいたま地方裁判所 平成13年(ワ)1709号 判決 2002年5月17日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は原告に対し,500万円及びこれに対する平成13年9月7日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,不動産競売事件において,別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を買い受けて取得した原告が,その取得後,本件土地に多量の産業廃棄物が埋蔵されていることが判明し,これがため原告は損害を被ったところ,同損害は,上記不動産競売事件において,現況調査をした執行官が,本件土地の埋蔵物について調査を尽くさず,現況調査報告書に埋蔵物の存在について記載をしなかった過失により生じたものであるとして,被告に対し国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めた事案である。
1 当事者間に争いがない事実
(1) 執行官による本件土地の現況調査
ア 浦和地方裁判所熊谷支部(現さいたま地方裁判所熊谷支部,以下「執行裁判所」という。)は,同庁平成6年(ケ)第178号不動産競売申立事件(以下「本件競売事件」という。)において,平成6年7月5日,同支部執行官(以下「担当執行官」という。)に対し,本件土地の現況調査を命じた。
イ 担当執行官は,同年9月19日,本件土地の所在地に赴き,近隣調査を行った。
ウ 次いで,担当執行官は,同年10月7日,本件土地の前所有者に面接調査を行った。
エ さらに担当執行官は,同年11月8日,本件土地の立入調査を行い,写真撮影を行った。
オ 担当執行官は,上記イないしエの現況調査の結果を総合して,本件土地についての現況調査報告書(以下「本件報告書」という。)を作成し,執行裁判所に提出した。本件報告書には,本件土地の現況地目を「雑種地」とする記載及び下記(ア)ないし(ウ)の各記載があり,また,本件土地の現況を撮影した写真等が添付された。
(ア) 本件土地全体に残土が,約5~6メートルの高さまで積まれて,雑草が繁茂していた。
(イ) 本件土地の前所有者Aの陳述
「本件土地は,平成2年に売買しましたが,売ってすぐに残土を積みはじめ,現在のようにしてしまった,土が崩れて家の畑に落ちて困っている。」
(ウ) 前所有者の陳述及び現況からみて,第三者の占有が認められなかったので,債務者兼所有者が占有していると認めた。
カ なお,本件報告書には産業廃棄物が埋蔵されている旨の記載はない。
(2) 原告の本件土地の取得
執行裁判所は,本件競売事件において,本件土地の最低売却価額を913万円と定め,原告がこれを915万円で買い受けて取得した。
2 争点
(1) 執行官の調査義務の範囲
(原告の主張)
原告が本件土地を取得した後,本件土地には多量の産業廃棄物が埋蔵されていることが判明した。
土地の埋蔵物は外見からはその存否が明らかでなく,埋蔵物についての調査義務が執行官に課されるのは,埋蔵物の存在可能性が周囲の状況から予見できる場合に限られるものといわざるを得ないが,本件土地については,土地の隆起の状態等から,何らかの埋蔵物があることは十分予見可能であったということができる。そうだとすれば,担当執行官には,本件土地の埋蔵物についても調査すべき義務があったものということができる。
それにもかかわらず,担当執行官は,その調査を怠り,本件報告書に本件土地に産業廃棄物が埋蔵されている旨の記載をしなかったのであるから,担当執行官には過失がある。
(被告の主張)
本件土地に多量の産業廃棄物が埋蔵されていることは知らない。
民事執行法57条1項,民事執行規則29条1項4号によれば,現況調査の目的物が土地である場合,土地の形状,現況地目,占有関係等につき調査して現況調査報告に記載すべきこととされているところ,地下の埋蔵物の有無は,「土地の形状」,「占有関係」のいずれにも当たらず,そもそも執行官には地下の埋蔵物の有無について調査する義務がない。
そして,本件報告書の記載内容及び添付写真からみると,本件土地の現況が十分に認識可能であり,また記載内容と本件土地の現況も一致しているのであるから,本件報告書の内容は民事執行法及び同法施行令所定の要件を満たしている。
よって,担当執行官に過失はない。
(2) 原告の損害
(原告の主張)
本件土地の最低売却価額は,執行裁判所において,本件報告書に基づき産業廃棄物が埋蔵されていないことを前提に決定したものであり,また原告も本件報告書を参考にして,かかる前提のもとで本件土地を915万円で買い受ける意思決定をしたものである。
それにもかかわらず,本件土地には産業廃棄物が多量に埋蔵されていたため,本件土地上に事務所を建設する予定であった原告としては,産業廃棄物が埋蔵されていない土地としての価額で買い受けた上に,産業廃棄物の撤去費用を支出せざるを得なくなった。上記撤去費用は少なく見積もっても500万円を下回ることはない。
よって,担当執行官が埋蔵物についての調査義務を怠ったことにより,原告は,少なくとも500万円の損害を被ったものである。
第3争点に対する判断
1 争点(1)(執行官の調査義務の範囲)について
(1) 前記1の当事者間に争いのない事実によれば,担当執行官は,本件土地の現況調査をするに当たって,地中の埋蔵物の有無,その種類,量等についての調査を経ておらず,本件報告書にもこの点についての記載のないことが認められる。
そこで,担当執行官が本件土地の地中の埋蔵物についての調査をしなかったことが,現況調査を行う執行官としての調査義務に違反したものとして,その過失といい得るかどうか,換言すれば,本件土地の現況調査を行う上で,その調査義務の範囲が地中の埋蔵物についてまで及ぶものであるかどうかについて検討する。
(2) 現況調査において執行官が調査すべき事項につき,民事執行法57条1項は「不動産の形状,占有関係その他の現況」と規定し,さらに,調査の目的物が土地であるときの現況調査報告書の記載事項につき,民事執行規則29条1項4号は,占有者及び占有に関する状況(同号ロ,ハ),土地上に建物が存するときのその建物の現況及び所有者(同号ニ)のほか,「土地の形状及び現況地目」(同号イ)と規定している。そして,ここでいう「土地(不動産)の形状」とは,土地の範囲のほか,平坦地であるか傾斜地ないし起伏を有する土地であるか,土地中に池沼,水路等が存在するかといった,外見上認識し得る土地の状況を意味するものと解され,当然に,外見上認識し得ない地中の埋蔵物までを含むものと解することはできない。
(3) のみならず,仮に,民事執行法57条1項所定の調査事項及び民事執行規則29条1項4号所定の現況調査報告書記載事項が例示であって,これらの条項が,調査事項ないし現況調査報告書記載事項として土地の埋蔵物を規定していないことの一事をもって,埋蔵物が現況調査に係る調査事項の範囲外であると断定し得ないとしても,以下のとおり,本件土地の現況調査を行う上で,その調査義務の範囲が地中の埋蔵物についてまで及ぶものと解することはできない。
すなわち,一般に,現況調査は,民事執行において,執行裁判所及び買受希望者に適切な判断資料を提供し,売却の適正化を図るという制度趣旨に基づくものと解されるが,他方,現況調査の実施については,民事執行の迅速な処理の要請に基づく時間的制約,現況調査の費用が執行費用の一部として売却代金から優先的に弁済されるため,過大な費用の支出は控えなければならないという経済的制約,執行官の権限の限界に伴う調査活動上の制約等の制度的な制約が存することも明らかであるから,現況調査の調査義務の範囲は,上記制度趣旨及びこれらの制度的な制約を考慮して,相当な限度で認められるものというべきである。
ところで,土地の埋蔵物は,土地の外見によって,その存否,種類,量等が明らかになるものではなく,これらの点を明らかにして,その全容を把握するためには,土地を掘削するなどして,地中の状況を調査する必要があり,通常,これには多くの時間と費用とがかかることは明白である。のみならず,現行法上,上記のような調査を完遂するのに必要十分な権限が執行官に付与されていると解することもできない。
そうすると,土地の埋蔵物については,土地の外見自体によって,これが存在する高度の可能性が認められ,かつ,上記制度的な制約が,その全容を把握する上でほとんど障害とならないような例外的な場合であれば格別,原則としては,執行官のする現況調査の調査義務の範囲に属するものではないと解するのが相当である。
この点につき,原告は,本件土地については,隆起の状況等から何らかの埋蔵物があることは十分に予見可能であったとし,それゆえに,担当執行官には,本件土地の埋蔵物についても調査すべき義務があったと主張する。
しかしながら,上記当事者間に争いのない事実によれば,担当執行官は,本件土地の前所有者から,土地の隆起の原因につき,残土を積み上げた旨の説明を受けていることが認められるところ,担当執行官として,これを疑って,埋蔵物存在の可能性が高度にあるものと認識すべき事情は見当たらないのみならず,上記制度的な制約が,本件土地について,埋蔵物の存否,種類,量等を把握する上でほとんど障害とならないとする事由も認められないから,原告の上記主張は採用することができず,他に,本件土地について,例外的に現況調査義務の範囲が埋蔵物にまで及ぶものと解する事情も認められない。
(4) したがって,担当執行官が本件土地の地中の埋蔵物についての調査をしなかったことが,現況調査を行う執行官としての調査義務に違反し,その過失に当たるものということはできない。
2 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石原直樹 裁判官 木本洋子 裁判官 中野哲美)
別紙物件目録(略)