さいたま地方裁判所 平成13年(ワ)1802号 判決 2005年12月14日
主文
1 第1事件原告・第2・第3事件被告Aの第1事件被告ら4名に対する,第1事件請求をいずれも棄却する。
2 第1事件原告・第2・第3事件被告A,第2・第3事件被告G及び第2・第3事件被告医療法人Fは,第2事件原告あいおい損害保険株式会社に対し,各自金1251万8167円及びこれに対する平成14年1月13日から支払済みまで年5分の金員を支払え。
3(1) 第1事件原告・第2・第3事件被告A及び第2・第3事件被告Gは,第3事件エース損害保険株式会社に対し,各自金1264万0144円及びこれに対する平成14年5月26日から支払済みまで年5分の金員を支払え。
(2) 第2・第3事件被告医療法人Fは,第3事件原告エース損害保険株式会社に対し,金711万2414円及びこれに対する平成14年5月26日から支払済みまで年5分の金員を支払え。
(3) 第3事件原告エース損害保険株式会社の第2・第3事件被告医療法人Fに対するその余の第3事件請求を棄却する。
4 第1ないし第3の事件を通じて,第1事件原告・第2・第3事件被告A,第2・第3事件被告G及び同医療法人Fと第1事件被告B,第1事件被告C,第1事件被告D,第1事件被告E,第2事件原告あいおい損害保険株式会社とのそれぞれの間に生じた各訴訟費用は,同A,同被告G及び同医療法人Fの負担とし,第3事件原告エース損害保険株式会社と第1事件原告・第2・第3事件被告A,第2・第3事件被告Gとの間に生じた各訴訟費用は同A,同被告Gの負担とし,第3事件原告エース損害保険株式会社と第2・第3事件被告医療法人Fとの間に生じた訴訟費用は,これを2分してその1を同医療法人Fの負担とし,その余を同エース損害保険株式会社の負担とする
5 この判決の第2項及び第3項の(1),(2)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者等の略称等
1 第1事件原告・第2・第3事件被告Aについては,以下全事件を通じて「被告A」という。
2 第1事件被告B,第1事件被告C,第1事件被告D及び第1事件被告Eについては以下全事件を通じて,それぞれ「被告B」,「被告C」,「被告D」,「被告E」という。
3 第2事件原告あいおい損害保険株式会社については,以下全事件を通じて「原告あいおい損保」という。
4 第2・第3事件被告医療法人F,第2・第3事件被告Gについては,以下全事件を通じて「被告医療法人F」,「被告G医師」という。
5 第3事件原告エース損害保険株式会社については,以下全事件を通じて「原告エース損保」という。
6 原告あいおい損保及び原告エース損保を一緒に呼称するときは「原告損保会社ら」という。
7 別紙事故目録1ないし3記載の各交通事故については,以下全事件を通じて「第1事故」,「第2事故」,「第3事故」と略称する。
第2当事者の申立て
1 被告A
(第1事件につき)
(1) 被告D及び被告Eは,被告Aに対し,連帯して450万円及び内金400万円に対する平成6年7月1日から支払済みまで年5分の金員を支払え。
(2) 被告B及び被告Cは,被告Aに対し,連帯して350万円及び内金300万円に対する平成9年9月13日から支払済みまで年5分の金員を支払え。
(3) 第1事件訴訟費用は被告D,被告E,被告B及び被告Cの負担とする。
(4) 仮執行宣言
(第2事件につき)
(1) 原告あいおい損保の第2事件請求を棄却する。
(2) 第2事件訴訟費用は原告あいおい損保の負担とする。
(第3事件につき)
(1) 原告エース損保の第3事件請求を棄却する
(2) 第3事件訴訟費用は原告エース損保の負担とする
2 被告B及び被告C
(第1事件につき)
(1) 被告Aの第1事件請求をいずれも棄却する。
(2) 第1事件訴訟費用は被告Aの負担とする。
3 被告D及び被告E
(第1事件につき)
(1) 被告Aの第1事件請求をいずれも棄却する。
(2) 第1事件訴訟費用は被告Aの負担とする。
4 原告あいおい損保
(第2事件につき)
(1) 主文第2項と同旨。
(2) 第2事件訴訟費用は被告A,被告G医師及び被告医療法人Fの負担とする。
(3) 仮執行宣言
5 原告エース損保
(第3事件につき)
(1) 被告A,被告G医師及び被告医療法人Fは,原告エース損保に対し,連帯して各自金1264万0144円及びこれに対する平成14年5月26日から支払済みまで年5分の金員を支払え。
(2) 第3事件訴訟費用は被告A,被告G医師及び被告医療法人Fの負担とする。
(3) 仮執行宣言
6 被告G医師及び被告医療法人F
(第2事件について)
1 原告あいおい損保の第2事件請求をいずれも棄却する。
2 第2事件訴訟費用は原告あいおい損保の負担とする。
(第3事件について)
1 原告エース損保の第3事件請求をいずれも棄却する。
2 第3事件訴訟費用は原告エース損保の負担とする。
第3事件の概要
第1事件は,被告Aにおいて,被告D及び被告Eに対しては第2事故による損害の賠償を,被告B及び被告Cに対しては第3事故による損害の賠償を,それぞれ自動車損害賠償保障法3条,民法709条に基づいて請求するものであり,第2事件は,原告あいおい損保において,被告A,被告G医師及び被告医療法人Fに対し,第3事故に関して自家用自動車総合保険に基づいて支払った保険金相当額を,被告Aが同事故よる傷害及び後遺障害の程度,範囲等を偽った詐欺であるとして,被告G医師らも故意ないしは過失によって虚偽の内容の診断結果を示したり,誤った診断書を作成する等して被告Aの行為に荷担したとして,不法行為,共同不法行為,使用者責任等に基づく損害賠償として求めるものであり,第3事件も自家用自動車総合保険の保険者である原告エース損保において,被告A,被告G医師及び被告医療法人Fに対し,第2事件と同様の理由により,第2事故において支払った保険金相当額他を損害賠償として求めるものである。
(当事者間に争いがない,ないしは,掲記の証拠により明らかな事実)
1(1) 被告A(昭和39年a月b日生)は,貨物自動車等の運転を職業とするものである。(弁論の全趣旨)
(2) 埼玉県北葛飾郡c町に所在するH病院は,訴外医療法人Iが経営しているものである。(弁論の全趣旨)
(3) 被告G医師は,H病院に平成6年7月以前から医師として勤務していたが,平成8年4月2日に被告医療法人Fの理事長としてG整形外科病院を開設したため,同病院の経営すると共に医師として診療に当たっているものである。
(丁7,弁論の全趣旨)
2(1) 被告Aと訴外Jとの間において,平成5年9月25日,第1事故が発生し,被告Aは,同事故において負傷(以下「本件第1傷害」という。)したとして,H病院に平成5年9月25日から同年12月26日までと平成6年2月28日から同年3月2日まで,同年5月25日から同月27日まで入院(合計99日間)し,平成6年6月30日まで通院した(以下「本件第1入通院」という。)。(甲9,同10,同20,同22,同41の1ないし6,乙1の2)
(2) 本件第1傷害については,H病院の勤務医であった被告G医師は平成5年9月30日以降その主治医となって,次とおりの傷病名の診断をした。(甲10,同21,同41の1ないし6)
① 平成5年9月25日の初診時
外傷性頸椎椎症,頭部打撲,両上肢打撲,両上肢擦過傷
② 平成6年5月25日入院時
頸椎捻挫,腰椎捻挫,外傷性腰椎椎間板ヘルニア
(3)① 本件第1傷害は,平成6年6月30日に症状固定(以下「本件第1治癒」という。)したとして,また,被告Aには,頸部及び上肢の疼痛,しびれ等の神経症状が後遺障害(以下「本件第1後遺障害」という。)として残存するとの後遺障害診断がされた。(甲11,同23)
② その後,本件第1後遺障害については,後遺障害等級14級10号に該当すると自動車損害保険料率算定会(以下「自算会」という。)によって認定された。(弁論の全趣旨)
3(1) 被告Aと被告Dとの間において,平成6年7月1日,第2事故が発生した。(甲12,同24,乙1の1)
(2) 被告Aは,同事故において負傷(以下「本件第2傷害」という。)したとして,次のとおり入通院(以下「本件第2入通院」という。)した。(甲13ないし16,同25,同26,同29,同30,同31,同42の1ないし5,丙2)
① H病院
平成6年7月4日から同年9月10日まで入院平成7年6月7日から同月28日まで入院平成7年9月19日から同年12月22日まで入院(合計186日間)平成6年7月1日から平成8年3月30日まで通院(実通院343日間)
② G整形外科病院
平成8年4月2日から平成9年9月13日まで通院(実通院329日間)
(3) 本件第2傷害については,H病院及びG整形外科病院においていずれも被告G医師によって,次とおりの傷病名の診断がなされた(甲13,同15,同16,同25,同29ないし31,同42の1ないし5,丙2)。
① 平成6年7月4日H病院における初診及び入院時
頸椎捻挫,腰椎捻挫,びらん性胃炎
② 平成7年9月19日,H病院に2回目の入院時
外傷性腰椎椎間内関節症,外傷性頸椎症,左腕神経引抜損傷外傷性肩関節周囲炎
③ 平成8年4月2日 G整形外科病院へ転院時
外傷性頸椎症,外傷性両膝関節症,外傷性腰椎椎間関節内関節症左腕神経引抜損傷,外傷性神経根性腰椎症
(4)① 原告エース損保は,被告D車の所有者で自賠法3条所定の運行供用者である被告Eとの間において,対人賠償保険金を無制限とする自家用自動車総合保険(以下「本件エース損保保険」という。)を締結していた。(弁論の全趣旨)
② 原告エース損保は,同保険契約に基づいて第2事故に関して合計1264万0144円(内訳,治療費106万6936円,通院費16万3020円,雑費17万0180円,装具その他9万2495円,仮払金265万円,休業損害849万7513円)を被告Aのために支払った。(乙2の1ないし28)
4(1) 被告Aと被告Cとの間において,平成9年9月13日,第3事故が発生した。(甲1,同2,同33,乙1の3)
(2) 被告Aは,第3事故において負傷(以下「本件第3傷害」という。)したとして,平成9年9月13日から平成12年2月27日までG整形外科病院に通院(実通院384日間)(以下「本件第3通院」という。)した。(甲3,同34)
(3) 本件第3傷害については,被告G医師によって,次とおりの傷病名の診断がされた。(甲3,同4,同34,同35,同47)
① 平成9年9月13日(初診時)
外傷性頸椎症 外傷性腰椎症
② 平成11年3月2日(後遺障害診断書)
外傷性頸椎症,外傷性肩板損傷,外傷に伴う目眩,頭痛,左上肢振戦左腕神経引抜損傷,外傷性神経根性腰椎症,外傷性両膝関節症,外傷性腰椎椎間内関節症
(4)① 本件第3傷害については,平成11年2月27日に症状固定(以下「本件第3治癒」という。)したと診断され,また,被告G医師の平成11年3月2日付後遺障害診断書(以下「本件第3後遺障害診断書」という。)において,「精神・神経の障害/他覚症状及び検査結果」欄に「歩行も介助具がなければ歩行困難の状態,上下肢筋力低下著明(特に左大腿周囲の筋萎縮著明)」との後遺障害(以下「本件第3後遺障害」という。)の診断がされた。また,被告G医師は,原告あいおい損保の訴訟代理人による弁護士法23条の2に基づく照会に対しても同様の回答をした。(甲4,同34,同35,同38)
② しかし,自算会は,平成11年9月13日,被告Aの第3事故についての本件第3後遺障害診断書に基づく後遺障害認定申請については,非該当とした。そこで,被告Aは,二度の異議申立て(以下「本件後遺障害異議申立」という。)をしたが,平成12年7月5日までに棄却された。(甲5ないし7,同36,同37,乙3)
(5)① 被告Bは,被告C車の自賠法3条所定の運行供用者である。同被告は,原告あいおい損保との間において,対人賠償保険金を無制限とする自家用自動車総合保険(以下「本件あいおい損保保険」という。)を締結していた。(甲1,同19)
② 原告あいおい損保は,同保険契約に基づいて,第3事故に関して被告Aのために合計1183万6167円(内訳 治療費426万6020円,交通費2万8820円,休業補償754万1327円)を支払った。また,後記の被告Aの行動調査の費用として68万2000円(合計1251万8167円)を要した。(甲39の1ないし5,同40,同49)
第4争点
(被告Aの主張)
1(1) 第1事故の態様は,被告Aが被告貨物車を運転して鷲宮高校方面から鷲宮駅方面に向かって信号機のない交差点を進行したところ(なお,被告貨物車の進行道路は優先道路である。),J車が右側から一時停止標識があるのにそれを無視して一時停止しないで交差点に進入したため,被告貨物車の右側運転席付近に衝突し,本件第1傷害を負ったものである。
(2) 被告Aは,平成9年6月19日,第1事故によって被った損害につき,訴外Jとの間で,賠償金を320万円とする訴訟上の和解(丙1)をした。
2(1) 第2事故の態様は,被告D車がセンターラインを超えて進行してきたため,被告タンクローリーの右側面と被告D車の右側面が接触したものである。
(2) 被告Aは,第2事故により次の合計1842万4095円の損害を被った。その既払金額を控除しても,その残存損害額は450万円(ただし,内50万円は弁護士費用)を下回らない。
治療費 106万6936円 通院費 16万3020円
入院雑費 21万3200円 装具費その他 9万2495円
休業損害 1361万8444円 慰謝料 327万円
3(1) 第3事故の態様は,被告C車がガソリンスタンドから道路に出るに際して,その店員の一時停止の指示を無視して前方及び左右の安全を確認せずに路上に勢い良く飛び出したため,被告A車の左側運転席付近に衝突し,被告A車はセンターラインを超えて押し出されたものである。
(2) 被告Aは,第3事故によって,弁護士費用50万円の他次の合計1246万7660円並びにその他治療関係の損害を被った。既に相当額の既払を受けているが,その既払金額を控除しても残存損害額は350万円(ただし,内50万円は弁護士費用)を下回らない。
通院費 3万8250円 慰謝料 179万円
休業損害 1063万9410円
4 よって,被告Aは,自賠法3条ないし民法709条に基づいて,被告D及び被告Eに対しては,連帯して450万円及び内金400万円に対する平成6年7月1日から支払済みまで民法所定年5分の遅延損害金の支払を,被告B及び被告Cに対しては,連帯して350万円及び内金300万円に対する平成9年9月13日から支払済みまで民法所定年5分の遅延損害金の支払を求める。
5 第3事故は,第2事故による外傷性腰椎症,外傷性頸椎症などの治療中に発生したもので,その受けた傷害の部位及び態様が殆ど同じものであるので,いずれの事故がどの程度の傷害の原因であるかの判別が付かなかったものである。
(原告損保会社ら)
1(1) 被告G医師の一連の診断及び病態評価には,医師に委ねられている診断・病態評価としての裁量の範囲を著しく逸脱している。その診療録(本件カルテ)の記載は,付された傷病名,施されたとする治療内容等につきその不自然な内容自体から信用できない。被告Aに対する治療行為が真に本件カルテの記載どおりに行われたかについても疑問がある。
(2)① 一般に外傷に起因する傷害については,受傷直後に最大症状を発現し,時間の経過と共に治療の効果も相俟って,その症状は軽減していくものである。したがって,傷病名についても初診時の一定の傷病名が診断される。また,確定判断等が必要である場合であっても,遅くとも受傷後1か月以内には,外傷に関する傷病名が診断確定されることが一般的である。
② しかし,本件第1ないし第3の各事故における被告G医師の傷病名は,時間の経過と共に著しく増加したばかりでなく,より重傷化しており,医学上極めて不自然である。
(3) 被告G医師作成の本件第1ないし第3の各傷害についてのカルテ(以下「本件カルテ」という。)から見ると,本件第1ないし第3の各傷害に対する,被告G医師の治療行為の内容等は,不合理・不自然である。
① 被告Aに対する治療は,その殆どが大量の神経ブロック注射を繰り返しただけである。そして,治療を継続したにも拘わらず,快復に向かわずに逆に悪化の一途をたどって,かえって重篤な傷病名が増加している。すなわち,第2事故に関連しては,平成6年7月から平成9年9月までの間にブロック及び腔内注射の施術は,本件カルテ上では合計900回に及ぶものである。ただし,そのブロック注射の目的,その効果についての本件カルテへの記載はされていない。本件カルテ上,被告G医師は,効果の確認できない同注射を続け,その他の治療を試みようとはしなかった。
② 神経ブロック注射は,その効果を確認しながら週1回程度施術して患者の様子を見るのが一般的な用法とされている。それであるのに,被告G医師は,肩甲上神経ブロック,星状神経節ブロック及び硬膜外ブロックの各注射を,1か月間に20ないし30回も施術を行ったことになっており,特に平成6年9月10日から平成7年9月19日までの約1年間に,脊椎椎間節注射と各種ブロック注射(トリガーポイント注射の回数を含まない。)を合計400回以上もしたことになっている。
頻繁な同一部位への注射は,いわゆる「注射たこ」の発生をさせるものであるが,被告Aにはそのような肉体的異変はないとされていることからすると,真実,同ブロック注射が本件カルテの記載どおりに施術されたことにも疑問がある。
(4) 第2,第3の各事故における個々の診断自体にも次のような不合理・不自然な点がある。
① 「左腕神経引抜損傷」との傷病名は,医学上存在しない。これを「左腕神経叢引抜損傷」と推測するとしても,「腕神経叢」とは,第5頸髄神経から第1胸髄神経までの神経根が複雑に吻合,分岐を繰り返し形成している神経叢であって,腕神経叢の損傷がある場合には,損傷された神経の以遠の支配筋は,初期にはその緊張度が低下して弾力性を欠いた柔らかい状態となるが,経時的に萎縮し結合組織の増生とともに硬くなるので,筋萎縮は視診上も明らかである。そして,腕神経叢引抜損傷とは,上記の神経根の一部若しくは全部が神経根レベルで引き抜かれて断裂が生じた状態の極めて重篤な傷害である(強力な外力に発症するもので,受傷直後には上肢の麻痺が出現する。オートバイの衝突による転倒事故によって発症することが知られている。)。
② その重大な症状を呈する腕神経叢引抜損傷という傷病が,それまで左上肢の麻痺の症状も見られなかったのに,第2事故から1年2か月以上経過して時点で突然出現したとしており,その医学的機序からして有り得ないものである。
なお,「左腕神経引抜損傷」が「左腕神経叢引抜損傷」と異なる「腕神経が伸展などにより軽微な損傷を受けたもの」についての診断名であるとする被告G医師の後記主張は,神経根の断裂を表す「引抜損傷」との客観的表現からは理解し得ない。
③ また,「外傷性肩関節周囲炎」なる病名も,「肩関節周囲炎」とは,いわゆる五十肩を表すもので,外傷性であるはずがない。「外傷性両膝関節症」も「両膝関節症」自体が外傷を機序とするものではない。
なお,上記外傷性両膝関節症等のために被告Aが装着していたとされる装具は,関節症には適応がなく,却ってその装着によって,筋萎縮や余計な疼痛や皮膚障害を生じさせるもので,症状の改善には役立たないものである。関節症のための装具としては,「支柱付サポーターとか膝折れ防止継ぎ手付き」等が一般的である。
④ 「外傷性腰椎椎間内関節症」とは,医学的に存在しない病名であって,腰椎内関節それ自体が存在しない。これは,被告G医師が第2事故の初診時から1年2か月余を経た時点で,被告Aの再入院をさせるに当たってされた診断の病名である。被告Aには何ら新たな増悪要因がないのに,被告Aの主観的な腰部に関する愁訴を理由に,これを交通事故に起因するものとして,わざと「外傷性」を課して医学上あり得ない傷病名の診断をしたものであると推測される。
「外傷性神経根性腰椎症」も医学上存在しない病名で,その内容は不明である。
2(1) 前記のとおり,被告Aには,本件第3後遺障害診断書において,本件第3治癒後に「歩行も介助具がなければ歩行困難の状態である。上下肢筋力低下が著明(特に左大腿周囲の筋萎縮著明)である。」との本件第3後遺障害が存する旨の診断が被告G医師によってされており,また本件カルテ上でも「歩行も装具などの介助具はなければ歩行不可」としているが,医学的には,歩行に介助具を要する状態であれば,筋力低下と共に廃用性の筋萎縮が生じ,下肢の周囲は健側よりも患側が明らかに短縮し,時間の経過により骨萎縮も生じるのが通常であるが,被告Aにはその症状が認められない。
(2)① 被告Aには,本件第3後遺障害は全く存在しないことが,原告あいおい損保の調査によって判明している。すなわち,被告Aは,平成12年7月28日,車載トラックに軽自動車を載せたり,同トラックを運転した後,タイヤ止めの木材を取り除いて,軽自動車をトラックから降ろすなどの激しい労働(以下「本件労働」という。)に従事していた。その際,被告Aは,何らの障害もないように,下肢の動きの悪いはずの片方の足に全体重をかけたり,方向転換をするときも患側下肢を踏ん張ったりしていた。さらに,車体の下に潜り込んで作業をした後,仰向けの姿勢から跳ぶように立ち上がったりしていた。そして,杖なしで正常に日常的に独歩していたもので,健常者と全く変わらない動作と生活行動を行っていた(以下「本件Aの行動状況」という。)ことがビデオカメラで撮影されている。被告Aのその動作は,被告Aが主張する後遺障害を有する者の行動ではないことは明らかである。
② なお,被告Aは,平成10年8月7日と平成11年2月16日に行われた,原告あいおい損保の係員との面談の際には,左足に装具を付けて現れて,その症状から就労は出来ないと報告していた。
そして,被告Aは,平成12年4月に自算会に対してした本件後遺障害異議申立においても,「(ア)筋力の低下から左足の第3,4,5足趾が動かない,装具や手摺りがないと階段の昇降ができない,缶ジュースやペットボトルの蓋が開けられない,和式トイレが使えない,座っていられない,(イ)著しい知覚障害があるので,物を持っていて知らないうちに落としたり細かい作業や細かい物を持つのが困難である,少しの段差で躓いてしまう,熱い冷たいが判らないので手を切ってもわからなかった,(ウ)腰から足先までのしびれ痛みが強いので,椅子に座っていても立っていても,横になったり足を投げ出しても,痛みが酷い。」等の障害が残存していると主張していた。また,被告Aは,平成9年12月には身障者3級の認定を受け,さらにその後平成11年3月18日には,同2級(要介護,杖なしでは歩行できない状態の障害)の認定を受けているのであるが,本件Aの行動状況からすると,上記報告は勿論,本件後遺障害異議申立の事由,身障者としての認定事由は,全て被告Aの虚偽の申告等に基づいてなされたものであることは明らかである。
(3) 被告G医師は,第3事故後の平成9年10月15日の原告あいおい損保の医療調査の際には,「第3事故により症状的には第2事故の治療成果が80パーセントまで達せられていたのに,20パーセント増悪して60パーセントの状態に戻ってしまった。」,「就労については2度目の受傷により,就労復帰が困難な状態になっており,見込みは立てられない。」との説明・回答をしていた。
さらに,平成12年2月18日の弁護士照会に対しては,「階段の昇降時及び動作時,すべてにおいてコルセットがなければ不可能。未装着の場合移動不可能な状態である。筋力低下は歩行障害から歩行困難へ変わっている。常に腰から左足趾のつま先までのしびれと痛みが酷く,椅子に腰掛けているときも足を投げ出して座っているときも,長時間立っているときも歩行するときも発生して困難になる。生活環境を変えないと,普通の生活が送れない。」などと,本件後遺障害異議申立時よりさらに症状が重篤であるような回答をしていた。しかしながら,その後,本件カルテ上何らの症状の改善の記録もないのに,真実には本件労働を行う等,本件Aの活動状況を行える状態にあったものである。
3(1)① 第3事故における事故態様と双方の車輌の損傷状況は,被告A車左側面のドア部分がへこんだ小破(修理費10万6575円)と,被告C車右バンパー軽微損傷(修理費2万円)と極めて軽微であった。したがって,被告Aが受けた衝撃も軽微であったもので,本件第3傷害も殆ど通院を要しない程のものであった。仮に,同傷害の治療につき通院が必要であったとしても,どんなに長くても1か月以内には完治する程度であったとしか推測できない。
② しかしながら,被告G医師は,平成7年9月19日のH病院への第2回目の再入院時に前記のとおりの傷病名の追加診断をし,さらに本件医療調査の際には,前記のとおり被告Aの就労は困難な状態にある等としていたものである。
(2)① 第2事故は,その事故態様と双方の車輌の損傷状況(被告タンクローリーは右ヘッドライトの一部とその周辺部が破損程度であり,被告C車を運転していた被告Dは全く負傷していない。)は極めて軽微であった。しかも,被告タンクローリーは,被告D車(普通乗用自動車)より大型で重量もある車輌で,その衝突も助手席側であることから,被告Aが受けた衝撃も極めて軽微であった。
② しかし,被告G医師は,被告Aの主観的症状の訴えのみから,第1事故と継続性のない「頸椎捻挫(いわゆる鞭打ち症)」の症状があるとの診断をしたのであるが,第2事故の態様からすると鞭打ち症が起きる可能性は殆どなかった。また,第1事故の症状を悪化ないし増悪させるものではあり得ないものであった。また,第1事故に関する後遺障害認定調査書においても,「腰部及び下肢の神経症状については,初診時の傷病名が外傷性頸椎症,頭部両上肢打撲,両上肢擦過傷とその治療経過等からして,事故によるものとは捉え難い。」とされている。
③ 第2事故は,第1事故の治療途中に生じたものである。被告Aは,本件カルテ上からは,第2事故当時,既に外傷性頸椎症,腰部及び下肢の神経症状があったのに,新たに頸椎捻挫と腰椎捻挫が発症したこととされた。しかし,被告Aに対して多数回に亘って行われたレントゲン検査によっても,被告Aには,その頸椎,腰椎,股関節,胸椎,膝関節等に何ら異常は認められていない。
④ 被告Aは,平成7年6月7日から同月28日までの間,第2事故後2度目の入院をし,左第4指神経癒着剥離手術を受けたが,同手術が第2事故に起因するものであることは,本件カルテの記載上全くなく,その手術部位からすると,第2事故との関連はない。
⑤ 本件カルテ上,被告Aが第2事故において,特別な治療を要するような傷害を負ったことを推測するに足りる客観的他覚的根拠に基づく所見は存在しない。被告G医師においては,単に被告Aの不定愁訴の申告のみから,上記重篤な傷病名を付して濃厚な治療を長期間続けたものである。また,第2事故が第1事故の症状を増悪せしめるようなものでなかったことは,前記のとおりである。このことは,被告Aが本件第2入院中に不在,外泊を繰り返していることからも明らかである。
(3) 第1事故による本件第1傷害は,打撲ないし擦過傷に過ぎないもので,筋肉,骨等には他覚所見は全くなかったことは,レントゲン検査,MRI検査,CT検査等によって確認されていた。すなわち,平成5年10月15日のMRIの検査による何ら異常がないことが確認されたころ,本件カルテには「週末外泊,よければ来週中に退院」との記載も見られる。
したがって,被告Aについては入院の必要はなかったのに,被告G医師は,平成6年6月30日にようやく症状が固定し,被告Aには本件第1後遺障害が存する旨の虚偽の内容の診断をしたものである。
被告Aには,第1事故においても,休業損害等の損害は発生する余地はなかった。仮に,被告Aに第1事故につき,入院しての検査,治療が必要であったとしても,平成5年10月22日までには退院できたものである。
なお,平成6年6月30日の本件第1治癒の診断は,その後の治療の根拠を第2事故に絞るためのものであって,第2事故発生後の便宜的措置に過ぎず,真実の診断結果ではない。すなわち,被告Aは,第2事故当時上記既往症があって,同事故と相当因果関係にある新たな傷害及び既存の症状の増悪があったものではない。
4(1) 被告Aは,自己の症状について,虚偽の申告を自算会や原告損保会社らに故意に行い,また,被告G医師に自覚症状として告げたものである。それに対して被告G医師は,被告Aの訴える同症状が虚偽のものであることを了知しながら,ないしは,虚偽であってもかまわないと認容して,又は,少なくとも医療従事者としての注意義務に著しく違反する過失により,診断の基礎となる臨床所見,検査所見が全く見られないにもかかわらず,被告Aの虚偽の訴えに沿う病態評価を行い,虚偽の診断,又は,医学常識にない診断をし,その診断書を作成したものである。
(2) その結果,原告損保会社らは,虚偽の内容の診断書を前提に対応することを強いられ,前記のとおりその保険金の支払を余儀なくされた。
5 以上によれば,被告Aは,第2,第3の各事故において殆ど受傷しなかったのに,本件第2,第3の各傷害を負ったとして,自己の症状について故意の虚偽の申告をして長期間に亘って治療を受け,両原告損保会社から保険金を詐取した。また,被告G医師においては,被告Aの詐病を漫然と受け入れて,医師として患者に対して医学的見地から相当かつ適切な診断,病態評価・治療を施して,かつ,それを的確に記載した診断書等を作成する義務があるにもかかわらず,その義務に違反して,故意(未必の故意を含む)に被告Aの詐病を奇貨として不必要な治療をし,又は,その必要限度を遙かに超える濃厚治療をして,さらに被告Aが如何にも重篤な状態であるかのような傷病名と症状を付した診断書等を作成した。又は,被告Aの詐病は,客観的所見が殆ど存しなかったのであるから,僅かな注意でそれに気付いたのに,それを漫然と見過ごすという重大な過失により,前記のとおりの医学的に誤った一連の診断,病態評価,治療行為を繰り返し,かつ実体に反する診断書等を作成したことにより,両原告損保会社にそれぞれ前記のとおりの保険金等の支払を余儀なくさせて各その支払相当額等の損害を与えた。
被告Aの前記行為と被告G医師の行為は,原告損保会社らに対し,それぞれ全体として不法行為を構成すると共に同時に民法719条所定の共同不法行為を構成する。また,被告G医師は,被告医療法人Fの代表者である理事であるので,被告G医師が被告医療法人Fの業務として行った範囲で民法44条に基づく共同責任がある。
(被告G医師及び被告医療法人F)
1(1) 被告G医師は,平成6年7月4日,第1事故につき,被告Aから聴取した受傷の転機と,背部から腰部にかけての痛みという自訴から「頸椎捻挫」,「腰椎捻挫」との傷病名を付したが,第2事故後,被告Aに下肢の神経根症状が著明になってきたため,腰部から左下肢にかけての神経根症状という趣旨で,「外傷性腰椎椎間内関節症」との傷病名を付してより詳しい診断名としたものである。「外傷性頸椎症」も頸椎捻挫の症状から付したもので,病名を追加したものではない。
(2) 本件第2傷害に対する傷病名も,「頸椎捻挫」,「腰椎捻挫」の被告Aの症状を適切に表現するために前記のとおり記載したものにすぎず,また,本件第3傷害に対する傷病名も,「外傷性頸椎症」,「外傷性腰椎症」の被告Aの症状を適切に表現するために,記載したのに過ぎず,いずれも傷病名を追加したのではない。
2(1) 「外傷性腰椎椎間内関節症」の傷病名について
① 腰痛症のうち原因的分類のできる腰痛を除いた原因不明のものを「腰椎症」と呼んでおり,それらの殆どは他覚所見が乏しいもので,その原因としては,筋・筋膜性などの軟部組織に由来するもの,姿勢不良等による疲労性のもの,椎間関節性の関節痛などが原因であるとされている。
② 被告Aは,平成6年9月10日,H病院を退院後も,遷延する腰痛を訴えており,左下肢の知覚低下も訴えていたが,X線検査,MRI検査などでは明らかな異常はなく,腰痛の新たな増悪要因もなかったが,被告G医師は,その原因を外傷による椎間関節の関節面の不適合によるものではないかと疑い,外傷による椎間関節に起因する症状という趣旨で,外傷性腰椎椎間内関節症との病名を付した診断をしたものである。
(2) 「左腕神経引抜損傷」について
上記傷病名は,原告損保会社らが主張する「腕神経叢引抜損傷」とは異なる病態を意味するもので,被告G医師は,被告Aに見られた左上肢の軽度の不全麻痺が,左腕を支配している神経のいずれかの部分に「腕神経叢引抜損傷」と同様の機序で軽度な損傷を被っているのではないかと考えて用いたものである。従って,一般的な傷病名ではない。
3(1) 被告Aは,第1事故により受傷したとして,背部から腰部の痛みを訴えて外来治療のみでは痛みも強くつらいのでと入院を希望していたものであり,軽微な交通事故でも外力を受けたときの状況や姿勢などから頸椎捻挫等の傷害を負うこともあることから,頸部捻挫,腰部捻挫の傷害を負ったと診断したものである。
なお,第1事故の本件第1傷害は,平成6年6月30日に治癒したのではなく,その日時は,被告Aに依頼されて便宜的に記載したものである。
(2) 被告Aは,平成6年9月10日にH病院を退院した後においても,遷延する腰,肩,左下肢等に痛みを訴え,さらに,左足の知覚低下を訴えていたものである。そこで,被告Aに対しては,外来での腰部硬膜外神経ブロック療法が行われていたが,十分な効果が見られなかったことから,入院管理の下に行う必要のある持続硬膜外カテーテル挿入による持続注入法による硬膜外ブロックを行うため,第2事故において再入院(平成7年9月19日から同年12月22日まで)措置を取った。
(3) 被告Aの第1ないし第3の各事故を通じての症状は,次のとおりである。
① 平成6年9月から12月当時,3回の測定値によれば,健側の右手(45㎏,47㎏,52㎏,)に比べて左手(20㎏,15㎏,24㎏)の握力は低下しており,カミソリが旨く使えないと訴えていた。そして,平成6年9月ころから平成7年5月ころまで左膝関節の痛みを訴えていた(それは,後記のとおり健側と患側の大腿周囲の差異があって,明らかに患側に筋萎縮が見られることからもその痛みの存在は明らかである。)。
② 平成6年11月ころから平成7年4月ころには「左手知覚鈍麻」,「左手しびれ+」,「4指,撓骨側知覚↓↓,しびれ感」等と左腕の知覚神経・運動神経に由来すると見られる症状(知覚低下)があった。
③ 第3事故の日である平成9年9月13日から,心因性とは見られない,「かなり振戦+」,「平行機能検査にてロンベルグ率の上昇,面積率の上昇」等があり,同年10月15日「知覚右上肢8/10,左上肢6/10,右下肢8/10,左下肢4/10」という知覚低下(鈍麻)が認められた。
④ 本件後遺障害診断の時点である平成11年6月12日ころは,上下肢の筋力は正常値の「5」から劣った「5マイナス」であった。
(4) 被告Aは,第2事故の時点では既に第1事故による頸椎及び腰椎の障害が残存しており,第3事故の時点では,第2事故の症状が完全には回復していなかったため,そのような既往症がある部位に衝撃が加われれば,軽微な衝撃でも,健常者には現れないような症状が出現することも十分あり得た。被告Aの病態は,その臨床症状自体は,脊髄損傷的なものを窺わせるものであったが,非典型的なものであったので,外傷性の疾患であることを前提に教科書的な正確な診断及び診断名をつけることと,確実に治癒することができる治療法を見つけることが困難なものであった。
(5) そのため,被告G医師は,被告Aが訴える疼痛に対して,硬膜外ブロック,星状神経ブロック等の痛みを緩和する治療を基本的に行ってきた。患者が痛みを訴えてくる以上,それに対する治療を行うのは医師として当然である。
被告G医師が被告Aに対して行った「ペインクリニック」とは,患者の疼痛を除去し,生活の質の維持・向上を図るもの(患者のQOLの改善を目的とする。)で,被告Aが多数回のブロック注射を受けざるを得なかったことは,被告Aが疼痛に苦しんでいたことを端的に示すものである。
4(1) 被告Aは,本件第3治癒後も歩行のためには介助具が必要であった。本件後遺障害診断書中の「介助具がなければ歩行困難」との記載は,「介助具をつければ困難でない」とするものである。
(2) 被告Aが膝関節症において使用した装具は,体格が大きいことと,若く活動的であることから通常用いられることが多い支柱付きサポーター等では保持力が弱く,疼痛の軽減及び歩容の改善にいたらないため,それより高度な機能性装具を装着させたものである。
(3) 被告G医師は,本件後遺障害診断書において,本件後遺障害の程度をことさら重篤に記載したことはないし,就労不能であるなどと記載したこともない。
5(1) 被告Aは,損保会社の調査等(ビデオの撮影)がなされた平成12年7月28日当日,薬剤の局所注射,腰部硬膜外ブロック,点滴の治療を受けた日であったので,被告Aはその治療の効果から正常な歩行や動作が可能であった。
(2) 被告G医師は,原告損保会社らの医事調査の際には,「被告Aの第3事故における症状は,第2事故における症状と同じであって,第2事故との関係があり,第3事故のみによって出現したものではないが,症状の線引きはできない。第3事故により従前の症状が増悪したのではないか。」との趣旨の回答をしたもので,「被告Aが就労が不能である。」等とは言っていない。むしろ,平成7年6月30日ころには原告損保会社らには「被告Aについては軽作業であれば問題ない。」と言っていた。
6(1) 被告Aの診察に当たっては次のことが認められたのであるから,被告Aは詐病ではない。被告Aは,下記のとおり医学的侵襲を伴う施術を受けており,また,詐病であればできるだけ忌避するはずの,被告G医師の多数回に亘る診察等を積極的に受けているのであるから,これを詐病とすることは不自然である。
① 被告Aの大腿周囲は,平成10年5月7日の計測によれば,右47センチメートル,左44.5センチメートルと著明に左足が有意に細い状態の筋萎縮があった。
② 被告Aには明らかな知覚鈍麻があった。すなわち,平成10年6月1日にはカッターナイフで左2指を切ったが判らなかったとして来院した。また,同年10月18日には,再度カッターナイフで切ったとする傷口(5㎝)の縫合(8ないし10針)を局所麻酔なしで行ったが,痛がらなかった。さらに硬膜外ブロックを皮膚表面の痛みがないと言うので麻酔なしで行っていたが,痛がらなかった。また,平成12年7月17日に行われた鍼灸治療においても,熱風を「つぼ」に充てた際,火傷しても気付かなかった。
③ 被告Aに施術されていた腰部硬膜外ブロック療法には,重篤な合併症である全脊椎麻酔(ショック状態になる。)が生じる虞があり,実際に被告Aは2度その合併症を引き起こし,生命の危機に直面したこともあったが,痛みが強くブロック注射以外では疼痛をコントロールできないことから,硬膜外ブロックの治療を続けていた。しかも,被告Aは,同施術において,その知覚鈍麻から通常針刺の際行われる局所麻酔を不要としていたものである。また,被告Aには,星状神経ブロック注射の効果があったことを示す眼瞼下垂等の症状(Homer症候群)も見られた。
④ 被告Aは,平成11年2月27日の本件第3治癒後は,治療費等に対する保険金給付を受けられなくなったが,自費(健康保険を使用)で治療を続けている。
(2) 仮に,被告Aの自訴が真実は詐病であったとしても,被告G医師は,それに気付かず被告Aの訴えに対して,痛みを和らげる治療を中心に診療に当たってきたもので,医師の診療として過失はない。
(3) 仮に,被告Aの自訴が詐病であって,かつ,被告G医師及び被告医療法人Fにつき損害賠償責任が認められるとしても,原告損保会社らは,いずれも保険事故の有無・程度並びに保険金支払に当たっての査定を専門にしている以上,医師の診断内容に疑問があるのであれば,その調査を行うこと等は当然であるから,それを懈怠して漫然とその保険金の支払をした原告損保会社らについては,被告G医師らの関係においては過失相殺がなされるべきである。
7 なお,被告G医師の診断に誤りがなかったことは,次のことからも明らかである。
(1) 訴外K病院の訴外L医師は,被告Aを,平成9年11月22日に初診し,平成11年2月26日,さらには平成13年4月28日において,「外傷性神経根性腰椎症」,「外傷性頸髄症」と診断して,「確実に治癒することができる治療法も見あたらない。」とし,そして,後遺障害については,「装具なしでは歩行不可」,「身障者2級に相当するかも?」との診断をしている。
(2) また,被告Aが両原告損保会社の指示を受けて受診したM病院の診察(カルテ)では,「両上下肢とも筋力の低下,常に震えがあり,歩行にびっこをひいている。足趾屈曲不能(左1,2趾,右3ないし5趾),巧緻運動障害や熱さ痛さがわからない等の知覚低下・障害がある。」との神経損傷に起因する症状があったので,「頸髄損傷」との診断がなされている。
第5当裁判所の判断
1 被告Aは,平成5年9月25日から平成9年9月13日の約4年間に第1ないし第3の各事故に遭い,本件第1ないし第3の各傷害を受けたとして,平成5年9月25日から平成11年2月27日までの期間,H病院及びG整形外科病院に連続して入通院したことは前記のとおりである。
そして,被告Aは,上記両病院での主治医であった被告G医師から,①本件第1傷害については,「外傷性頸椎症,頭部打撲,両上肢打撲,両上肢擦過傷」,次いで「頸椎捻挫,腰椎捻挫,外傷性腰椎椎間板ヘルニア」の診断を受けて本件第1入通院をし,平成6年6月30日に本件第1治癒したが,「頸部及び上肢の疼痛,しびれ等」の神経症状の本件第1後遺障害が残存したとの診断を受けたこと,②本件第2傷害については,当初「頸椎捻挫,腰椎捻挫,びらん性胃炎」,次いで「外傷性腰椎椎間内関節症,外傷性頸椎症,左腕神経引抜損傷,外傷性肩関節周囲炎」,さらにその後「外傷性頸椎症,外傷性両膝関節症,外傷性腰椎椎間関節内関節症,左腕神経引抜損傷,外傷性神経根性腰椎症」の診断を受けて本件第2入通院をしたこと,③本件第3傷害については,当初「外傷性頸椎症 外傷性腰椎症」,次いで「外傷性頸椎症,外傷性肩板損傷,外傷に伴う目眩,頭痛,左上肢振戦,左腕神経引抜損傷,外傷性神経根性腰椎症,外傷性両膝関節症,外傷性腰椎椎間内関節症」の診断を受けて本件第3入通院し,平成11年2月27日に本件第3治癒したが,「歩行も介助具がなければ歩行困難の状態,上下肢筋力低下著明(特に左大腿周囲の筋萎縮著明)」との症状の本件第3後遺障害が残存したとの診断を受けたことは前記のとおりである。
2(1) そして,証拠(甲6,同37,同38,同49,丙7)及び弁論の全趣旨によれば,被告Aは,埼玉県知事から平成9年12月には身障者3級の認定を受け,さらに平成11年3月18日には,同2級(要介護,杖なしでは歩行できない状態)の認定を受けたこと,被告Aは,平成11年2月16日等に行われた原告あいおい損保の係員との面談の際には,左足に装具を付けて現れ,その症状から就労は出来ないと報告したこと,また,被告Aは,平成12年4月にした自算会に対する本件後遺障害異議申立においても,「筋力の低下から左足の第3,4,5足趾が動かない。装具や手摺りがないと階段の昇降ができない。缶ジュースやペットボトルの蓋が開けられない。座っていられない。物を持っていて知らないうちに落としたり細かい作業や細かい物を持つのが困難である。」等の障害が残存して十分な動作が出来ない等と訴えていたこと,原告あいおい損保らによって実施された医療調査にあっては,被告G医師から,「第3事故により症状的には第2事故の治療成果が80パーセントまで達せられていたのに,20パーセント増悪して60パーセントの状態に戻ってしまった。」,「就労については2度目の受傷により,就労復帰が困難な状態になっており,見込みは立てられない。」との説明・回答がされていたこと,さらに,原告あいおい損保によって平成12年2月18日ころされた被告G医師に対する弁護士照会においては,「被告Aの症状は,階段の昇降時及び動作時,すべてにおいてコルセットがなければ不可能。未装着の場合移動不可能な状態である。筋力低下は歩行障害から歩行困難へ変わっている。常に腰から左足趾のつま先までのしびれと痛みが酷い。生活環境を変えないと,普通の生活が送れない。」等と診断されるとされていたことが認められる。
(2) ところが証拠(甲5ないし7,同18,同36,同37,同41の1ないし5,同42の1ないし5,同43の1ないし9,同45ないし47,同49,同50の1ないし5,乙3,同4の1,証人N,被告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,自算会は,平成12年7月5日,被告Aの第3事故についての本件第3後遺障害診断書に基づく後遺障害認定申請については,「外傷に伴う自覚症状の両上肢・下肢の知覚異常・疼痛・運動制限・筋力低下・持続的な頸部及び腰部痛,体幹においても知覚障害あり等の診断については,提出の医証・画像等の書証から,頸部のレントゲン画像では,頸椎には異常所見は認められず,MRI画像上,脊髄等への圧迫所見も認められない。また,画像上,事故前から第3事故に至る経時的推移に伴っての異常変化の所見も捉えられない。医証上の筋力,筋萎縮,反射軽度低下,知覚障害等の神経学的所見においても経時的な症状悪化を示す所見はない。」との医学的理由から非該当とされ,さらに二度の本件後遺障害異議申立もいずれも棄却されたこと,被告G医師の被告Aの前記本件第1ないし第3の各傷害についての診断に際しては,被告Aには客観的症状が殆ど認められなかったので,それを被告Aのほぼ自訴のみに依拠して独自の見解に基づく傷病名を診断として付したこと,また,専門医が現時点で検討しても,被告Aの自訴する症状に符合ないしそれを推測させるような客観的所見は,第1ないし第3の各事故を通じて本件カルテ上一切発見できないこと,そして,被告Aは,平成12年7月28日,車輌運搬用のトラックを単独で運転し,そのトラックに軽自動車を運転して載せたり,同トラックを運転して目的地に赴いて,重量のあるタイヤ止めの木材を取り外したり,積載していた軽自動車をトラックから細い渡り板の上をバックで運転して降ろすなどの本件労働を円滑な動作で行ったこと,しかも,特にその際には,被告Aは,障害があるとされている患側の片方の足に全体重をかけたり,方向転換をするときも患側下肢を踏ん張ったりする動作も見られたり,キャスターのついた板の上に仰向けに横たわった姿勢で自動車の車体の下に潜り込んで作業をした後,その仰向けの姿勢から跳ぶように元気よく立ち上がったりする動作も見られたこと,そして,そのころ杖や介助具もなしで普通に歩行していたもので,健常者と全く変わらない生活をしていたことが認められる(なお,被告Aの様子は,調査会社によってビデオに撮影されており,上記動作等を内容とする本件Aの行動状況は明らかである。)。
なお,被告G医師においては,「被告Aは,損害保険会社の調査において,ビデオの撮影がなされた平成12年7月28日には,G整形外科病院において,薬剤の局所注射,腰部硬膜外ブロック,点滴の治療を受けたので,その治療の効果からビデオで撮影されているような歩行や動作が可能であったものである。」等と主張し,被告G医師も同旨の供述をその本人尋問においてしているが,その供述内容は医学上非合理の点が多いこと,また,上記ビデオから見られる被告Aの動作が極めて機敏,かつ力強いもので到底,被告G医師の診断にあるような障害をもつ者(その痛みを麻酔注射等の痛み止めで防いでいる者)の動作とは見られないことからして,被告G医師の上記供述は全く措信できない。
(3) したがって,被告Aの少なくとも第2,第3事故における本件第2,第3の各傷害についての症状に関する被告G医師に対する自訴,又は,自算会,身体障害者の認定を受ける等のための被告Aの上記症状についての申告内容は,全くの虚偽であったもので,それらにおいて被告Aが主張している各傷害は,全くの詐病(以下「本件詐病」という。)であったと認めるのが相当である。
そして,証拠(甲18,同41の1ないし6,同42の1ないし5,同45,同46,乙4の1,証人N)及び弁論の全趣旨によれば,複数の専門医師が本件カルテを検討したところ,本件第1傷害によって残存した障害の部位が本件カルテ上不明であって,医学上その障害の存在自体は認定出来ないし,被告Aは第2事故においては受傷していない可能性が最も高いと見られること,さらに第3事故においては,仮に被告Aが傷害を負ったとしても,それは極めて軽微な「頸椎捻挫」,「腰椎捻挫」を超えないもので,短期間で後遺障害を残さず治癒する程度のものであったとしか見られないことが認められるのであるから,少なくとも本件第2,第3の各傷害における被告Aの自訴は虚偽のもので,本件詐病であったとする上記認定は,同医学的検討とも符合するものである。
なお,証拠(甲14,同27,丁5,同6,同8)によれば,被告Aを平成9年11月22日以降に診察した訴外K病院の訴外L医師は,被告Aの自訴からその傷病名を「外傷性神経根性腰椎症,外傷性頸髄症」と診断し,「確実に治癒することができる治療法も見あたらない。装具なしでは歩行不可,身障者2級に相当するかも?」との意見を述べており,また,M病院の医師も被告Aに「両上下肢とも筋力の低下,常に震えがあり,歩行にびっこをひいている。足趾屈曲不能,巧緻運動障害,知覚低下・障害がある。」との症状があるとして,その傷病名を「頸髄損傷」であるとの診断をしていることが認められるが,上記両病院の医師が診断した被告Aの症状は,前記のとおり同被告の真の症状ではないことは前記本件Aの行為から明らかであるので,その傷病名の診断及び後遺障害に関する意見等を以てしても,本件詐病である旨の判断は左右されない。
(4) 以上によれば,被告Aの,「第2事故によって1842万4095円の損害を被ったので,それに対する既払金額を控除しても残存損害額は450万円(内50万円は弁護士費用)を下回らないので,被告D及び被告Eに対しては同額の自賠法3条所定ないし民法709条に基づく損害賠償請求権を有している。また,第3事故によっても1246万7660円の損害を被ったので,それに対する既払額を控除しても,その残存損害額は350万円(内50万円は弁護士費用)は下回らなので,被告B及び被告Cに対しても,同額の自賠法3条所定ないし民法709条に基づく損害賠償請求権を有している。」との第1事件における主張は認められない。
3(1) 被告G医師にあっては,本件第1ないし第3の各事故において負ったとする被告Aの本件第1ないし第3傷害につき,H病院及びG整形外科病院において傷病名を付してその治療に当り,「(当事者間に争いがない,ないしは,掲記の証拠により明らかな事実)2の(1)ないし(3),3の(2)ないし(4),4の(2)ないし(4)」に記載のとおり,入通院した被告Aにつきその傷病名を診断して治療に当たったこと,本件第1及び第3傷害については,それぞれ本件第1,第3の各後遺障害が残存したとする各後遺障害診断をしたこと,そして,本件第1ないし第3傷害については,いずれもレントゲン,MRI等の画像やその他の検査等においては客観的所見はなかったこと,しかし,被告G医師は被告Aの自訴に基づいて上記傷病名を付したものであること,被告Aには本第3後遺障害が残存したと診断して,その診断を示す本件カルテや診断書等を作成したことは前記のとおりである。
ところが,被告Aの上記自訴は本件詐病であったことも前記とおりである。
(2) 被告G医師は,「被告Aの自訴が真実は詐病であったとしても,被告G医師は,それに気付かず被告Aの訴えに対して,それを信じて痛みを和らげる治療を中心に診療に当たってきたもので,医師の診療として過失はない。」旨主張するが,被告G医師において被告Aに存したものと診断したその症状,それに対する傷病名,その治療内容等については,証拠(甲3,同4,同8の1ないし3,同10,同11,同15,同16,同18,同21,同22,同23,同26,同29,同30,同31,同33,同34,同35,同38,同41の1ないし6,同42の1ないし5,同45ないし48,乙4の1,同5ないし8,同9の1ないし3,丙5の1ないし7,同6)及び弁論の全趣旨によれば,次のとおり,医学上極めて不合理,不自然あるいは明確な誤りがあることが認められる。
① 本件第1ないし第3の傷害を通してみると,被告Aは被告G医師の治療を受けながらも,その経過と共にそれ以前に本件カルテ上存在しなかった症状を表す傷病名が次々に増加すると共に,その症状も悪化,重症化したものとなったとする旨の診断がなされており,被告Aの症状は,医学上通常有り得ない経過を示している。
それに対して,被告G医師は,治療を続けても一向に軽快しない被告Aの自訴は,通常の医師であれば疑って当然であるのに,しかるべき検査,治療をしないで,漫然と点滴や痛み止めのみのブロック注射や理学療法を継続していただけであった。
② 被告G医師の付した上記傷病名のその殆どは,医学的には認められていないもので誤っており,故意に「外傷性」を付したのでなければ,被告G医師の医師としての医学知識を疑うに足りるものである。その診断自体についての医学的誤り,ないし疑問点等については次のとおりである。
(ア) 「頸椎症」,「腰椎症」は,加齢による変成が原因であって外傷性ではないので,それを「外傷性頸椎症」,「外傷性腰椎症」とした被告G医師の傷病名は誤りである。「神経根性腰椎症」,「両膝関節症」,「腰椎間(内)関節症」もいずれも疾病であって,それを外傷性として「外傷性頸椎症」,「外傷性腰椎症」とするのは誤りであり,医学的には意味不明である。
(イ) 「外傷性肩板損傷」は「外傷性肩腱板損傷」が正しい傷病名であるが,本件カルテを精査してもその診断に必須な検査がされておらず,診断根拠不明である。「外傷性腰椎椎間内関節症」との傷病名は,間違いであって,医学的には「腰椎椎間関節症」が正しい。
(ウ) 「左上肢振戦」「吐き気,めまい」等は症状であって傷病名ではない。そして,被告Aに対して診断された「頸椎症」や「肩腱板損傷」では,その症状として「振戦」は生じない。
振戦(上肢)の原因となり得る「外傷性脊椎症」は,強力な外力で脊椎骨折,脱臼の骨傷,椎間板損傷が発生し,その後数年の経過で損傷部位に限局性の変形性脊椎症所見が発生してきた場合の中枢神経神経系(脊髄等)の病変による疾病であるが,本件第1ないし第3事故において被告Aはそのような外力を受けて負傷したことはないことは本件カルテ上明らかである。また,脊椎症の場合には,腱反射は亢進しなければならないのに,反対にそれが「低下」したとされている。
(エ) 「左腕神経引抜損傷」は,「左腕神経叢損傷ないし左腕神経根引抜損傷」が医学的に正しい傷病名であり,同傷害があるときは,事故当初から左腕の運動麻痺が見られなければならないが,被告Aについては,事故後,左腕筋力は正常であったのに,その後突然重篤な傷病名が現れたのは医学常識上有り得ないことである。また,同傷害が存したときはそれに見合う後遺障害も存在しなければならないが,それがない。
(オ) 「肩関節周囲炎」は,いわゆる五十肩で外傷性ではないので「外傷性肩関節周囲炎」というような傷病名は医学上存在しないし,仮に五十肩が発症していたとしても,それは事故後別個の経緯で発生したものであることは明白であるが,被告Aの年齢からは考え難い。
(カ) 「頸椎性脊髄症」とは,「頸椎症性脊髄症」が医学的に正しい傷病名であり,加齢による退行変性が原因であって,外傷により生ずるものではない。被告Aにそれが存した旨の診断根拠は本件カルテ上にはない。むしろ,「脊髄症」の場合の症状は四肢の腱反射は「亢進」しなければならないのに,診断は「反射は全体的に軽度低下気味」とされており,認定された症状と診断が矛盾している。
(キ) 被告Aには,頸部以下の体幹,四肢全体に及ぶ感覚障害,知覚障害があると診断されているが,これは「頸髄」に病変がないと見られない症状であり,被告G医師の診断傷病名からは説明できない。そして,感覚障害,知覚障害が症状として発生する可能性がある不全型頸髄損傷であれば,損傷部位下の反射は亢進するが,被告Aに対する診断では前記のとおり「全体的に軽度低下気味」とされていて矛盾している。また,第2頸髄以下の知覚支配領域全てに感覚障害が生じるような場合であれば,受傷時に呼吸停止か生じるようなことが多いのに,その通常の機序とも矛盾しているもので,不自然極まりない。
(ク) 上下肢筋力低下著明の診断があるが,数値的にも筋力低下は著明ではない。したがって,被告Aは歩行可能であり,「介助具がないと歩行困難」との診断は矛盾している。また,被告Aに対しては,両松葉杖の貸し出しがされているが,松葉杖を必要とするような下肢筋力の低下は被告Aにはない。
③ 被告G医師の被告Aに対する治療経過(本件カルテの症状経過欄には「交通事故にて受傷」,「外来にて保存的に治療を行う」という2種類のゴム印が基本的には繰り返し押されているだけで,検査結果,症状経過等の記載がない。)についても,次のような医学上の疑問がある。
(ア) 被告Aは,平成6年1月29日から「左肘から先が痛い,痺れる。」との症状を訴えたが,何ら客観的症状は発見出来なかった。それであるのに被告G医師は,肩甲上神経ブロック,星状神経ブロック,脊椎椎間関節注射,腰部硬膜外ブロック等の神経ブロックと腔内注射を開始し,以降頻繁に行っていた。平成6年1月から平成11年2月末までの間にその痛み止めの注射回数は合計717回(乙6,内訳,星状神経ブロック242回,肩甲上神経ブロック162回,腰部硬膜外ブロック46回等)に及んだ。ただし,本件カルテ上には,ブロック注射の目的,効果についての記載はされていない。
神経ブロック注射は,それぞれに適応があり,なぜこのような各種ブロック注射を行う必要があったのか不明である。そして,通常は,神経ブロック注射は週一回で合計数回行うが,それで効果があるものである。効果がないものは中止するのが原則である。
(イ) 客観的所見がない程度の頸椎,腰椎捻挫は一般的には3ないし6か月間程度で軽快するのが普通である。被告Aの自訴は,それと大幅に異なったのであるから,医師としては,当然,それに見合った検査,治療がなされるべきであるのに,被告G医師においては,前記のとおり漫然と点滴や痛み止めのみのブロック注射や理学療法を漫然と継続していただけであった。被告Aに対しては,患者のいわゆる不定愁訴である自訴にのみしたがった対症療法のみがなされ,系統的な治療は殆どされていない。
すなわち,被告G医師においては,被告Aに客観的,他覚的所見はないにも拘わらず,奇異・不自然な(当初存在しなかった症状が,治療を受けた相当期間後に突然出現したことになっている。しかも本来外傷性ではない傷病に被告Aの症状がいかにも本件各事故と関連があるように,故意に「外傷性」が付加されている。),しかも見かけ上重篤な傷害と診断し,不定愁訴のみを理由として各種ブロック注射を延々と行ったもので,医学的根拠に基づいた治療とはみられないものである。
なお,仮に,被告Aに真実腰痛が存したとしても,それは本件カルテから加齢変性による椎間板ヘルニアが存したのではないかと疑われるので(済生会栗橋病院の診断参照),それによるものではないかと推測されるもので,本件各事故とは関連がない。
④ 第1ないし第3の各事故の各態様は軽微なものであって,特に第2事故は被告Aに治療を要するような傷害を生じさせるものでないことは明らかである。第1事故直後H病院で最初に被告Aを診た被告G医師と別の医師の所見によれば,被告Aの傷害は特別な治療は必要ない極めて軽い挫傷,打撲程度であって,短期間で退院は可能とされていたもので,その入院が長引いたのは,第1事故とは関係ない背部母斑の手術のためであった。
本件第3傷害の症状と診断されているものは,本件カルテ上は第2事故の症状と殆ど同じで,それが長引いていると見られるもので,新たに第3事故によって被ったという確実な症状なり,兆候は見られない。第3事故では負傷しなかった可能性が高い。しかも,その第2事故も被告Aの当初の自訴は腰部,背部痛であるが程度は軽いものであって,客観的,他覚的所見はなく,写真上起因した所見ないもので,特別な治療の必要もないものであったと見られるものである。
(3)① 以上(1),(2)において認定した事実及び判断によれば,被告G医師は,少なくとも,被告Aの第2,第3事故における本件第2,第3の各傷害に関する症状の自訴については,いずれもレントゲン,MRI等の画像やその他の検査等(なお,被告Aが訴える一部症状については,適性な検査を欠いたものもあった。)に客観的所見はなく,また,被告Aにはその既往症を増悪させる新たな客観的な事実も認められなかったのであるから,医師として適性な診断をする意思があれば,同自訴が医学的には矛盾ないし不合理なもので,有り得ない症状であることから容易に詐病であることに気付くことができたのに,被告G医師においては,それを全く意に介さずに,医学的にみて極めて問題のある一連の診断・病態評価・治療行為をし,かつ客観的実態に反する診断書を作成したものである。
なお,交通事故の被害者から,当初,頸椎捻挫,腰椎捻挫等を疑わせる自訴があった場合,それが医学上からすると疑わしい場合にも,その旨の診断を一応してその対処治療をして経過観察等をすることは,その後,客観的にはその診断が誤っていたとしても医師として非難されることはない。しかしながら,その後その患者の自訴が交通事故に関連して賠償金等の取得を目的とした詐病ないし少なくともそれに関連する虞があると見られる虚偽のものであったことが判明した場合(又は,医師として極容易にこれを知り得た場合)には,その診断を訂正し,少なくとも知った時点で直ちに治療を終了すべきであるのに,被告G医師にあっては,当然,被告Aの詐病が容易に疑われる段階に至って後も,むしろそれを故意に隠蔽して,ないしはさらにそれに乗じて治療費等を保険会社等から支払を受ける目的で,被告Aの虚偽の症状に見合う不合理な傷病名を付して治療を継続したのではないかとの疑いが,本件では推測されるものである。
したがって,被告G医師は,本件詐病につき被告Aとその診療の当初からの共同不法行為者であると判断するのが,本件では相当である(以下「本件虚偽診療行為」という。)。
② 被告G医師及び被告医療法人Fは,「原告損保会社らは,いずれも保険事故の有無・程度並びに保険金支払に当たっての査定を専門にしている以上,医師の診断内容に疑問があるのであれば,その調査を行うこと等は当然であるところ,それを懈怠して漫然とその保険金の支払をしたのであるから,原告損保会社らの損害を算定するに際しては,過失相殺がなされるべきである。」旨主張するが,本件証拠上両原告損保会社が,被告G医師の診断,治療行為の相当性を鵜呑みにして,被告Aないし被告病院等に治療費等を保険契約に基づいて安易に支払って,その損害額をことさらに拡大させたような事情は窺うことはできないので,被告G医師及び被告医療法人Fの上記主張は採用できない。
4(1) 原告エース損保は,被告D車の所有者で自賠法3条所定の運行供用者である被告Eとの間において,本件エース損保保険を締結していたこと,原告エース損保は,同保険契約に基づいて第2事故に関連して被告A他に合計1264万0144円を支払ったこと,原告あいおい損保は,被告C車の自賠法3条所定の運行供用者である被告Bとの間において,本件あいおい損保保険を締結していたこと,原告あいおい損保は,同保険契約に基づいて第3事故に関連して被告A他に対し合計1183万6167円を支払ったこと,そして,同原告においては被告Aに対する調査の費用として68万2000円(合計1251万8167円)を要したことは前記のとおりである。
そして,原告保険会社らの上記金員の各出捐は,被告Aの本件詐病による金員の詐取である不法行為と相当因果関係にある各損害と認められ,また,被告G医師の本件虚偽診療行為とも相当因果関係にある各損害と認められる(なお,その各出捐と各損害の間の相当因果関係を疑わせる事情は本件証拠上何ら窺われない。)。
そして,被告Aと被告G医師の上記各行為はいわゆる客観的関連共同行為として原告保険会社らに対する各共同不法行為を構成すると解される。
(2) 被告G医師は,H病院に医師として勤務していたが,平成8年4月2日に被告医療法人Fの代表理事としてG整形外科病院を開設したため,同病院を経営すると共に医師として診療に当たっているものであることは前記のとおりであるので,被告医療法人Fは,被告G医師が平成8年4月2日以降に行った本件虚偽診療行為によって両原告保険会社が被った各損害については,民法44条に従ってその賠償の責任があることは明らかである。
しかるところ,証拠(甲39の1ないし5,同40,乙1の1ないし28)及び弁論の全趣旨によれば,原告エース損保が第2事故に関連して支払った金額(合計1264万0144円)のうち少なくとも合計552万7730円(乙2の1ないし13)については,平成8年4月2日以前(被告G医師がH病院の勤務医師として本件虚偽診療に当たった期間)に支払ったものであることが認めらるので,被告医療法人Fがその責任を負うべき金額は,残額の711万2414円を上回らないものと認められる。
5 以上によれば,被告Aの被告D,被告E,被告B及び被告Cに対する,第1事件請求はいずれも理由がないので棄却し,原告あいおい損保の被告A,被告G医師及び被告医療法人Fに対する第2事件請求は理由があるので認容することとし,さらに,原告エース損保の被告A及び被告G医師に対する第3事件請求は全部理由があるので全額認容することとするが,原告エース損保の被告医療法人Fに対する第3事件請求については,そのうち金711万2414円及びこれに対する本訴状送達の日の後である平成14年5月26日から支払済みまで民法所定年5分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し,それを超える請求部分は理由がないので棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 廣田民生 裁判官 中山幾次郎 裁判官 上田真史)
file_3.jpg別紙