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さいたま地方裁判所 平成13年(ワ)199号 判決 2001年12月25日

主文

1  原告に対し、

(1)  被告智恵美は、別紙物件目録1、2記載の各土地について受け付けられている別紙登記目録1記載の持分移転登記、2記載の所有権一部移転登記

(2)  被告あさは、同物件目録1記載の土地について受け付けられている同登記目録1記載の持分移転登記

の各抹消登記手続をせよ。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

事実及び理由

第1  原告の請求

1  主文1項同旨

2  被告らは、原告に対し、連帯して二〇〇万円及びこれに対する平成一三年二月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

1  本件は、別紙物件目録1、2記載の各土地(以下「本件1の土地」、「本件2の土地」といい、総称して「本件土地」という。)の所有者であった原告が、本件土地につき、別紙登記目録1、2記載の持分移転登記(以下「本件1の登記」、「本件2の登記」といい、総称して「本件登記」という。)を受けている被告智恵美、本件1の土地につき、本件1の登記を受けている被告あさに対し、各抹消登記手続を求めるほか、被告らが本件登記を受けていたことによって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料の支払及び弁護士費用相当の損害賠償を求めている事案である。

2  前提となる事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨によって認定することができ、この認定を妨げる証拠はない。

(1)  当事者関係

原告と被告あさとは、昭和二五年七月一六日に婚姻の届出をした夫婦であって、両者の間には、長女である妃土美のほか、次女である被告智恵美の二子がいる。なお、原告は、再婚で、前妻島村クニ江の間に、長男起男一がいる。

原告は、先祖ら相続で取得した農地があったほか、競輪選手として身を立てていたが、昭和三七年には引退している。原告及び被告あさは、原告が競輪選手を引退する前の昭和三五年ころから、開設者及び開設資金の出処はともかく、薬局を経営するようになっていた。

しかし、原告と被告あさとの婚姻関係は、円満ではなく、遅くとも最終的には平成一一年七月ころから別居し、現在、離婚訴訟も係属中である。

(2)  本件土地の所有関係

本件土地は、いずれも原告が所有していたものである。

(3)  本件土地の登記関係

しかるところ、現在、本件土地については、被告智恵美が本件登記を、本件1の土地については、被告あさが本件1の登記を受けているが、その登記原因とされているのは、いずれも平成九年二月一二日付け贈与(以下「本件贈与」という。)となっている。

3  本件訴訟の争点

(1)  第1の争点は、本件登記の効力いかんであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、次のとおりである。

(被告ら)

① 原告は、被告あさと婚姻した後も、女性関係を繰り返すほか、被告あさに粗暴な振る舞いを続けていたため、夫婦間に諍いが絶えなかったが、被告智恵美が薬局を継ぐことになった平成七年五月には、本件1の土地の持分七一八二分の一〇〇〇を被告智恵美に贈与していた。

被告あさは、その後、原告から執拗に金銭を無心されたことから、本件土地(但し、被告智恵美に贈与していた前記持分を除く。)を被告らに贈与することを確約させて、原告に一〇〇〇万円を贈与することとし、その際、被告あさから一〇〇〇万円の贈与を受ける以上、後々のことは被告あさに任せる旨の確約書(乙1。以下「本件確約書」という。)を徴求している。

② 被告らは、前記確約書に基づき、平成九年二月一二日ころ、原告から本件1の土地の持分の贈与を受けることになって、本件1の登記を受けたほか、被告智恵美は、同日ころ、原告から本件2の土地の持分の贈与を受けることになって、本件2の登記を受けることになったものである。これが本件贈与であって、被告あさは、その後、本件登記につき、原告に異議がない旨の念書(乙3。以下「本件念書」という。)も徴求している。

③ したがって、本件登記は、本件贈与という実体関係に符合する有効な登記であるから、被告らにおいて、これを抹消すべき義務はない。

(原告)

① 原告が被告らに対して本件贈与をした事実はない。その主張に係る本件贈与の当時、原告と被告あさとの婚姻関係は完全に破綻していたのであって、原告が被告らに本件贈与をする状況にはなかった。

② 本件登記の申請に際しては、原告名義の署名捺印がある書類が用いられているが、原告本人の署名ではない。印影は、原告の印章によって顕出されたものであるが、その印章は、当時、原告が改印届をした印章であるところ、その改印後の印章を被告智恵美に預けることがあった際、被告智恵美と被告あさとが共謀して原告の印章を盗用して捺印したものである。被告らが提出している本件確約書及び本件念書についても同様である。

③ よって、原告は、本件土地の所有権に基づく妨害排除請求として、被告らに対し、前記のとおり、実体関係を欠く、不実の登記である本件登記の抹消登記手続を求める。

(2)  第2の争点は、本件登記が抹消されるべきものであったとして、原告が被告らに対して慰謝料の支払及び弁護士費用相当の損害賠償を求めることができるか否かであるが、この点に関する当事者双方の主張は、要旨、次のとおりである。

(原告)

① 原告は、生活費を捻出するため、本件土地を売却しようとしたが、本件登記が受け付けられていたため、これを売却することができず、生活費にも困窮し、多大の精神的苦痛を被ったが、その苦痛を慰謝するに足りる金員は一六〇万円をもって相当とする。

② また、本件登記の抹消を求めるため、原告訴訟代理人に本件訴訟を委任するほかなく、その弁護士費用相当の損害として、既に着手金として支払った二〇万円のほか、成功報酬として二〇万円、以上合計四〇万円の賠償が認められるべきである。

③ よって、原告は、不法行為に基づく損害賠償請求として、被告らに対し、前記①及び②の合計二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日(本件訴状送達の日の翌日)である平成一三年二月二五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

(被告ら)

原告の損害賠償請求は争う。

第3  当裁判所の判断

1  原告の登記請求について

(1)  被告らは、本件登記の実体関係として、原告の被告らに対する本件贈与を主張するところ、本件登記の申請用委任状には、原告名義の署名捺印があるほか、被告らが本件贈与を証する書証であるという本件確約書あるいは本件贈与を原告が承諾していたことを裏付けるという本件念書には、原告名義の署名捺印がある。

そこで、前記書類(登記申請用の委任状を除く。)の署名捺印が原告本人のものであるか否かについて検討すると、原告の供述(甲9及び12の陳述書を含む。以下同じ。)によれば、原告本人の筆跡ではないというのであるが、被告あさの供述(乙57の陳述書を含む。以下同じ。)並びに筆跡対照用に提出されている甲号各証及び乙号各証と対比し、かつ、被告らが原告名義の前記書類を殊更に偽造しなければならない理由もないことを併せ考えると、当該書類は、いずれも原告本人が自署して作成したものであると認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(2)  そこで、次に、前記書類の効力について検討すると、原告と被告あさとは夫婦であるが、原告及び被告あさの供述に弁論の全趣旨を総合すれば、その婚姻関係は、円満なものではなく、諍いが絶えない状態であったといっても過言でないように窺われるところであって、前記書類は、その時点、その時点において、原告が被告あさとの夫婦関係を決定的に破綻させることだけは何とか防止しようとして、被告あさの要求に応じ、飲んでも迷惑は掛けないとか、被告あさ以外の女性に金銭・財産を譲渡するようなことは決してしないとか、一切の不動産は被告あさに譲渡するとか、被告あさが原告名義の不動産の名義を被告あさに変更しても異議がないとか、被告あさに取り入るために作成している書面であることがその文言上で明らかである。当該書類をもって、原告が被告あさに対してその所有する不動産の全部を譲渡した趣旨に解するのは困難であって、破綻した夫婦がその時々の機微に応じて体面を取り繕うために作成したにすぎない書面というほかなく、その文言どおりの法的効力を認めることはできないというべきである。

現に、原告が被告あさに差し入れた前記書面がいずれもその記載された文言どおりに法的効力を生ずるものであったとすれば、本件登記に係る贈与を受ける前に、既に本件土地は被告あさに全部譲渡されていたことになるから、原告が被告ら主張の本件贈与をもって本件1の土地の持分を被告らに贈与し、本件2の土地の持分を被告智恵美に贈与し得る前提も、その必要もないはずであるのに、被告らが本件登記を受けているということは、それ以前に原告から授受された書面が、要は、前説示した程度の書面であって、法的効力を生ずるようなものでないことを認識していたことを物語るものである。そして、それ以前の書面がその程度の書面であったのに、その一環として作成されていることが明らかである本件確約書ないし本件念書のみが従前の書面の趣旨とは異なり、原告の本件土地の持分を実際に被告らに贈与する趣旨の書面であったと認め得るような事情の変更も窺われない。

この点につき、被告あさの前記供述中には、前認定に反するような部分もないわけではないが、原告及び被告あさの法的知識の有無・程度はともかく、前記書面をみれば、要するに、原告が本件土地を妻の被告あさに無断で処分するようなことがあってはならないことを原告に再三にわたって警告し、注意させた程度の書面にすぎず、本件確約書ないし本件念書を含め、そのいずれも直ちにこれによって原告から被告あさに対して本件土地が贈与されたとまで認め得るものではない。

(3)  したがって、本件登記は、その原因関係を欠く、不実の登記といわなければならないから、原告の本訴請求中、本件土地の所有権に基づく妨害排除請求として、被告らに対し、本件登記の抹消登記手続を求める部分は、その理由があるといわなければならない。

2  金銭請求について

(1)  原告は、本件登記が抹消されるべきものであることを前提に、被告らに対し、慰謝料の支払を求めるが、被告らが本件登記を受けていたことによって精神的な苦痛を被ったことは否定できないとしても、その苦痛は、本件登記が抹消されることによって解消され得る程度のものであって、事案の性質上、本件登記の抹消とは別に、さらに、被告らに対して慰謝料の支払を請求し得るほどの精神的苦痛を被ったとは認めることができない。

(2)  さらに、原告は、弁護士費用相当の損害賠償も求めるところ、登記請求は認められるが、慰謝料の支払請求は認められない本件事案に鑑みれば、原告が本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人弁護士に委任したとしても、被告らに対して賠償を求め得る弁護士費用相当の損害を認めることはできない。

(3)  したがって、原告の本訴請求中、被告らに対する慰謝料の支払及び弁護士費用相当の損害賠償を求める部分は、その理由がない。

3  よって、原告の本訴請求中、登記請求に係る部分は、これを認容し、金銭請求に係る部分は、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

物件目録<省略>

登記目録<省略>

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