大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成13年(ワ)494号 判決 2001年11月30日

原告(以下「原告太郎」という。)

甲野太郎

(以下「原告花子」という。)

甲野花子

原告ら訴訟代理人弁護士

相川俊明

被告(以下「被告寺」という。)

宗教法人妙宣寺

代表者代表役員

山口宣道

被告(以下「被告宣道」という。)

山口宣道

(以下「被告哲済」という。)

山口哲済

(以下「被告乙野」という。)

乙野次郎

被告ら訴訟代理人弁護士

増岡由弘

青田容

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  原告らの請求

被告らは、連帯して、

原告太郎に対し、三億六七四三万円

原告花子に対し、五三一二万円

及び以上の各金員に対するいずれも平成一〇年六月一〇日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、当庁(当時・浦和地方裁判所)において破産宣告(以下「本件破産宣告」という。)の決定を受けた株式会社××(以下「××」という。)の代表取締役であった原告太郎及び取締役であった原告花子が、その申立人であった被告哲済において、××に対する破産の申立適格も、また、××に破産原因もない場合であるのに、同被告の子である被告宣道、同被告が代表役員である被告寺及び××のもと取締役であった被告乙野と共謀し、破産裁判所を欺罔して本件破産宣告を決定させたことにより、損害を被ったと主張して、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。

第3  前提となる事実

1  本訴請求に対する判断の前提となる事実は、以下の2ないし4のとおりであって、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨によって認めることができ、この認定を妨げる証拠はない。

2  当事者等

(1)  原告太郎は、××の代表取締役、原告花子は、××の取締役であった。

(2)  ××は、建築工事、不動産売買等を営業目的とする株式会社であったところ、後記4のとおり、破産宣告を受けた。これが本件破産宣告である。

(3)  被告寺は、宗教法人、被告宣道は、その代表役員である。

(4)  被告哲済は、被告宣道の父親である。

(5)  被告乙野は、平成七年七月二一日、××に取締役として入社したが、平成九年八月二九日に取締役を辞任している。

3  ××と被告寺との関係

××は、被告寺との間で、かねて墓園造成等に関する業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)を締結していたが、その業務に係る報酬金債権をめぐって争いがあり、現在、後記破産管財人が原告となって被告寺に対して当該報酬金の支払を求める訴訟(当庁平成一二年(ワ)第二〇五号事件)が係属している。

4  本件破産宣告のてん末

(1)  被告哲済は、平成一〇年六月一〇日、当庁に対し、××に対する貸金債権及び連帯保証人としての事前求償権を有する債権者として、債務者である××の破産宣告を申し立て、当庁平成一〇年(フ)第七四三号事件として係属した。

(2)  ××は、同年七月一七日午前一〇時、当庁から破産宣告を受けたが、同時に、権田陸奥雄弁護士が××の破産管財人に選任され、現在、破産手続が進行中である。

(3)  原告太郎は、××の代表者として、本件破産宣告の決定に対し、即時抗告の申立てをしたが、即時抗告期間を徒過していることを理由に、当庁において、不適法として却下されている。

5  ××の銀行取引停止処分

××は、本件破産宣告を受ける前の平成一〇年五月一日、銀行取引停止処分を受けている。

第4  本件訴訟の争点

1  第一の争点は、本件破産宣告は、被告らの欺罔行為により、破産裁判所が錯誤に陥って決定したものであって、この場合に、本件破産宣告が破産手続において確定していても、被告らが原告らに対して不法行為責任を負うことになるのか否かであるが、この点に関する原・被告らの主張は、要旨、以下のとおりである。

(原告ら)

(1) 申立適格の欺罔につき

被告哲済は、以下のとおり、破産裁判所に対し、同被告に申立適格があると誤信させ、本件破産宣告を決定させたものである。すなわち、第一に、被告哲済の貸金債権については、弁済期が未到来であったところ、債務者に破産原因がある場合は格別、破産原因がない場合には、期限未到来の債権を有する者には、破産の申立適格がないというべきであるのに、同被告は、××に対する貸金債権の弁済期が到来していると虚偽の申立てをしている点において、第二に、被告哲済の連帯保証人としての事前求償権については、主たる債務である川口信用金庫(以下「川口信金」という。)に対する手形債務につき、××と川口信金との間で、手形の書換えがされたことにより、旧手形債務が消滅し、これに伴い、被告哲済の連帯保証債務も消滅したので、同被告の××に対する事前求償権が発生する余地がなく、仮に、連帯保証債務が書換後の新手形債務について存続するとしても、川口信金が同被告に対する連帯保証債務を免除している点において、いずれにしても、被告哲済には、××の破産を申し立てる適格がなかったものである。

(2) 破産原因の欺罔につき

また、被告哲済は、以下のとおり、破産裁判所に対し、××に破産原因があると誤信させ、本件破産宣告を決定させたものである。すなわち、××は、破産宣告当時、被告寺に対し、本件契約に基づく報酬金債権を有していたので、債務超過や支払不能の状態にはなく、破産原因がなかったにもかかわらず、被告哲済は、破産裁判所に対し、前記報酬金債権は無効であると虚偽の事実を報告し、破産原因を欺罔していたものでもある。

(3) 被告らの責任につき

本件破産宣告は、本件業務委託契約に基づき被告寺が××に対して負担する報酬金債権の支払を不当に免れるため、被告哲済において、被告寺、同宣道、同乙野と共謀して、前記(1)及び(2)のとおり、申立適格及び破産原因を欺罔し、破産裁判所を錯誤に陥らせて決定させたものであって、このような場合には、当該決定が破産手続上で確定しているときでも、その申立てが不法行為を構成するものである以上、独立の訴えをもって損害賠償を請求することは妨げられないというべきであるから、被告らは、その申立てを受けて決定された本件破産宣告によって××の代表取締役あるいは取締役であった原告らが被った損害を賠償すべき責任がある。

(被告ら)

(1) 申立適格の欺罔につき

被告哲済の××に対する貸金債権については、弁済期が平成一〇年一二月末日であることは、申立書に明確に記載されているから、同申立書の「弁済期限を経過するもその弁済をしない。」との記載は、誤記であることが明らかであって、裁判所を欺罔する内容とはいえないし、破産の申立権を有する債権者とは、破産宣告があれば破産債権者となるべき債権を有する者であり、その債権は期限付債権であってもよいから、弁済期の到来は破産申立ての要件でない。また、被告哲済の事前求償権についても、原告ら主張の手形の書替えがされた事実はなく、その主たる債務である××の川口信金に対する手形債務は消滅していない。したがって、いずれにしても、被告哲済が、本件破産宣告の申立てをするに際して、申立適格を欺罔した事実はない。

(2) 破産原因の欺罔につき

債務者の支払不能は、破産原因であって、支払停止は、支払不能を推定させる(破産法一二六条一項、二項)ところ、法人、特に、企業破産の場合には、手形取引を行っていることが多いので、銀行取引停止処分の前提となる不渡手形を生じさせることが代表的な支払停止行為とされている。また、仮に法人に財産があったとしても、換価、回収が困難であれば、支払不能とされるところ、××は、平成一〇年五月一日、銀行取引処分停止を受け、さらに、原告らは、××が被告寺に対して二億五〇〇〇万円の報酬請求権を有すると主張するが、その存否をめぐって争いがあるばかりか、その支払期限は到来しておらず、××が直ちにこれを換価、回収し支払資金にあてることができる状態になかった。したがって、××には、破産原因があり、この点についても、被告哲済が破産裁判所を欺罔した事実はない。

(3) 被告らの責任につき

本件破産宣告に係る決定は、既に確定しているのであるから、その決定の効力を覆すことは、再審手続が可能である場合は格別、別訴をもってしても、許されず、したがって、本件において、原告らが本件破産宣告の不当を原因として、被告らに対し、損害賠償を求めることはできない。

2  第二の争点は、被告らが原告に対して損害賠償責任を負う場合に、被告らが賠償すべき原告らの損害の額であるが、この点に関する原告らの主張は、要旨、以下のとおりである。

(1)  役員報酬・給料収入に係る損害

××の破産により、原告らは、いずれも役員報酬及び給料収入相当額の損害を被った。その額は、平成九年三月から同一三年二月までのもので、原告太郎につき四八〇〇万円、原告花子につき四〇八万円である。

また、被告寺により本件契約に基づく報酬金(二億五〇〇〇万円)が支払われることを前提として、××から原告らに対し、功労金が支払われる予定となっていたが、××の破産により、その支払もされなかったが、その額は、原告太郎につき一五〇〇万円、原告花子につき九六六万円である。

さらに、××の破産により、原告らは、将来(七〇歳に達するまで)得べかりし役員報酬を得ることができなくなったが、その額は、原告太郎につき一億八〇〇〇万円、原告花子につき一九三八万円である。

(2)  資産喪失による損害

××の破産により、原告太郎は、同人所有の土地、建物を競売により失ったが、その額は、土地が三二四三万円、建物が四〇〇〇万円である。

また、××の破産により、原告太郎が××設立のために負担した諸費用も填補されるべき損害というべきであるが、その額は二〇〇万円である。

(3)  精神的苦痛による損害

××の破産により、原告らは精神的苦痛を被ったが、これを慰謝するには原告太郎につき五〇〇〇万円、原告花子につき二〇〇〇万円が相当である。

(4)  弁護士費用相当の損害

原告らは、本件訴訟を原告ら訴訟代理人に委任し、弁護士費用として、(1)ないし(3)の合計額の九パーセント相当額を支払う旨約束した。

(5)  ××の連帯保証人としての損害

××の破産により、原告太郎は、××の債権者から連帯保証債務合計一億三六八六万七七七八円の請求を受けている。

(6)  原告らの本訴請求額

原告らは、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記損害の一部である、原告太郎においては、(1)ないし(3)の合計三億六七四三万円、原告花子においては、(1)及び(3)の合計五三一二万円及び以上の各金員に対するいずれも本件破産宣告の申立ての日である平成一〇年六月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第5  当裁判所の判断

1 原告らは、本件破産宣告につき、被告哲済の欺罔によって破産裁判所が被告哲済の申立適格及び××の破産原因を誤って決定したことを前提に、被告らが原告らに対して不法行為責任を負うと主張するところ、破産宣告は、破産裁判所が破産法において授与されている権限の行使として同法所定の要件を具備する場合に決定するものであって、その決定の当否は、原則として、当該破産手続で予定されている不服申立てによって是正されるべきものであるから、特段の事情のない限り、破産裁判所に申立てが認容されて破産宣告がされている場合には、申立人が、その申立てにつき、破産者などから不法行為責任を追及される余地はないというべきである。

しかしながら、判決手続についてみると、判決の成立過程において、訴訟当事者が、相手方の権利を害する意図のもとに、作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行ない、その結果、本来あり得ない内容の確定判決を取得し、かつ、これを執行した場合においては、当該判決が確定しているからといって、そのような当事者の不正が直ちに問責しえなくなるいわれはなく、これによって損害を被った相手方は、仮にそれが確定判決に対する再審事由を構成し、別に再審の訴を提起し得る場合であっても、なお独立の訴によって、不法行為による損害の賠償を請求することを妨げられないものと解されるところである(最高裁昭和四四年七月八日第三小法廷判決・民集二三巻八号一四〇七頁参照)。

したがって、破産手続についてみても、訴訟手続と非訟手続という違いはあるが、既に破産宣告決定が確定している場合でも、前記したような事情があるときは、その主体はともかく、不法行為を理由とする損害賠償請求が認められる余地があるといわなければならず、破産宣告決定の確定を理由として、申立人が損害賠償責任を一切免れ得る旨の被告らの主張は採用し得ない。

2 そこで、本件破産宣告の申立てないし決定に至る手続において、原告ら主張の被告哲済の破産裁判所に対する欺罔行為があったといえるか否かについて検討する。

(1) 申立適格の欺罔について

証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば、被告哲済が本件破産申立ての際に申立債権として申立書に記載した××に対する貸金債権は、期限付債権であり、破産申立時では、弁済期が未到来であったことが認められるが、期限付債権を有する者も破産申立権者に該当するから(破産法一七条、一三二条一項)、被告哲済が××に対する破産の申立適格を有していたことは明らかである。

この点につき、原告らは、破産原因が認められる場合には、期限付債権を有する者も申立適格を有するが、破産原因が認められない場合には、申立適格を欠くように主張するが、破産手続における申立適格の有無と、申立ての理由の有無、すなわち、破産原因の有無とを混同した主張であって、失当というほかない。

そうすると、被告哲済が申立書に記載した××に対する連帯保証人としての事前求償権の主たる債務である××の川口信金に対する手形債務が消滅しているのか否か、その帰すうについて検討するまでもなく、被告哲済は、××の債権者として、その破産を申し立てる適格を有していたから、破産裁判所がこの点を誤って本件破産宣告を決定したと認める余地はない。なお、原告らは、前記貸金債権について、申立書に、「弁済期限を経過するもその弁済をしない」と記載されていることをもって、被告哲済が裁判所を欺罔したように主張するが、同記載の直前には、被告哲済の有する貸金債権の弁済期が平成一〇年一二月末日であることが記載されていること、同被告による破産申立てが同年六月一日であることからして、申立時に同債権が期限未到来であったことは明らかであるから、その記載によって破産裁判所が欺罔されたなどとは到底認められない。

(2) 破産原因の欺罔について

原告らは、××が債務超過の状態にはなかったとして、本件破産宣告の誤りをいうが、法人の破産原因は、破産法の規定する債務超過の場合に制限されるものではなく、自然人の場合と同様に、破産法の規定する支払不能の場合にも、認められるところ、××は、平成一〇年五月一日、銀行取引停止を受けているのであって、当該事実により支払不能が推定されるから(破産法一二六条二項)、債務超過の有無について言及するまでもなく、××については破産原因が存していたと認められる。

原告らは、前記のとおり、××が債務超過の状態になかったというが、そうであれば、支払不能の事態に至らないはずであって、手形の不渡りによって取引停止処分を受けたということは、その前提となる手形の不渡処分を回避するための資金関係も十分でなかったからというべきである。

仮に当該手形の支払義務につき、受取人ないし所持人との間で争いがあったとしても、支払不能の状態になかったのであれば、支払銀行に異議申立提供金を預託して不渡処分を回避するのがいわば当然の措置であるのに、その措置すら講じられていないのであるから、この点からみても、××が支払不能の状態にあったことは明らかであって、原告ら主張の××の本件業務委託契約に基づく被告寺に対する報酬金債権の帰すうは、××の取引停止処分に係る支払不能を原因とする本件破産宣告の効力を妨げるものではない。

(3) 被告らの責任につき

以上説示したところによれば、本件破産宣告は、××に対して債権を有する被告哲済が××の受けた取引停止処分を破産原因である支払不能として申し立てた点において、その申立てに理由があることから決定されたものであって、破産裁判所の判断に申立債権者の欺罔行為が入り込むような事案でないことは自ずと明らかであるから、前記した事情の有無について検討するまでもなく、被告哲済が本件破産宣告を原因として不法行為責任を負う余地はなく、したがってまた、同被告とその余の被告らとの共謀の有無について検討するまでもなく、その余の被告らが不法行為責任を負う余地もない。

3  よって、原告らの本訴請求は、原告ら主張の損害の有無及びその額、さらに、本件破産宣告を受けた××本人ではない原告らがその賠償を求め得る立場にあるか否かについて判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・滝澤孝臣、裁判官・本田敦子、裁判官・白﨑里奈)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例