さいたま地方裁判所 平成13年(行ウ)20号 判決 2002年6月26日
原告
甲
原告
乙
原告ら両名訴訟代理人弁護士
萩原猛
被告
朝霞税務署長
藤巻克夫
同指定代理人
澁谷勝海
川上昌
萩原一夫
内田健文
北田聖一
若山政行
東野登代次
萩庭隆伸
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の申立て
1 原告ら
(1) 被告が、平成8年10月26日死亡の丙に関する相続税について、原告甲に対してした平成11年6月22日付け更正処分のうち、納付すべき税額2億1616万4400円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも平成13年3月1日付け裁決により一部取り消された後のもの。)を取り消す。
(2) 被告が、上記丙に関する相続税について、原告乙に対してした平成11年6月22日付け更正処分のうち、納付すべき税額1506万3400円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、いずれも平成13年3月1日付け裁決により一部取り消された後のもの。)を取り消す。
(3) 訴訟費用は、被告の負担とする。
2 被告
主文同旨
第2事案の概要
1 事案の要旨
本件は、亡丙から、遺言に基づいて遺産を取得した原告らの相続税につき、被告が、原告らの申告は、同女の第三者(丁)に対する2500万円の貸付金債権等を相続財産から除外して過少に申告したものであるとして、それぞれ更正処分及び過少申告加算税賦課決定をしたところ、原告らが、上記貸付は、真実は貸付でなく贈与であるから、当該貸付金債権は相続財産に含まれないと主張して、各更正処分(ただし、裁決により一部取り消された後のもの。)及び各賦課決定(同前)の取消しを求めた事案である。
これに対し、被告は、上記貸付は、真実の貸付であって贈与ではなく、したがって、当該貸付金債権は相続財産に含まれるから、各更正処分及び各賦課決定は適法であると主張している。この認定問題が本件の争点である。
2 基本的事実関係(顕著な事実ないし当事者間に争いがない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)
(1) 当事者等
亡丙(明治35年10月9日生、以下「丙」という。)は、平成8年10月26日に死亡した。
丙の推定法定相続人は、長男の戊(昭和4年7月15日生、以下「戊」という。)及び長女の原告甲(昭和9年7月28日生、以下「原告甲」という。)であり、原告乙(昭和46年3月23日生、以下「原告乙」という。)は、原告甲の長男である(甲1、2号証)。
なお、丁(昭和18年12月5日生、以下「丁」という。)は、丙の姪の夫(丁からみると、丙は義理の伯母に当たる。)であり、A市役所に勤務する地方公務員である。
(2) 丁を借主とする金銭消費貸借証書の存在等
ア 丙を貸主、丁を借主、原告甲を証人(立会人)とする平成2年12月13日付けの金銭貸借証書と題する書面(甲7号証、以下「本件証書」という。)が存在する。
その記載内容は、次のとおりであり、丙、丁及び原告甲の三者による記名押印がされている(以下、本件証書による契約を「本件契約」という。)。
「貸主丙(以下「file_2.jpg」という。)と借主丁(以下「file_3.jpg」という。)との間において、次のとおり金銭の貸借をする。
1 貸借に係る金額 25,000,000円
2 返済期限 25か年 ただし、2か年は据置とする。
3 返済方法 毎月金50,000円とし、残金については、退職金をもって充てることとする。
4 担保file_4.jpgに係る退職金又は、file_5.jpg加入のGの生命保険
5 相続file_6.jpgがfile_7.jpgに対し返済中、file_8.jpgに事故あるときは、本証外file_9.jpgの相続人甲がその債権を相続するものとする。
6 その他
(1)file_10.jpg、file_11.jpgは縁戚に当たるので、file_12.jpgは特に上記金員に対する利子を免除する。
(2) その他必要に応じ、file_13.jpg、file_14.jpg協議の上定めるものとする。
この貸借を証するため、file_15.jpgの相続人甲立会いのもと、本書を作成し、各自各一通を保有することとする。各自記名押印する。」
イ 丙は、平成2年12月13日、B銀行和光支店の同女名義普通預金から2500万円を払い出し、同支店長振出に係る同額の自己宛小切手の交付を受け、同日、これを丁に交付した。丁は、同日、これを自己の住宅購入代金の一部支払のため使用し、翌14日、この小切手は、所持人により取立てに出され決済された。
(3) 丙の遺言
ア 丙は、平成4年2月10日付けで公正証書による遺言(浦和地方法務局所属公証人作成、平成4年第272号、以下「本件遺言」という。)をした。
イ 本件遺言書の内容は、次のとおりであり(甲3号証)、原告らは、本件遺言に従って、丙の相続財産をそれぞれ取得した。
丙の所有する一定の不動産を、原告甲に相続させ(1項)、あるいは、原告乙に遺贈する(同2項)。
丙名義の預・貯金債権を原告甲に相続させる(同3項)。
上記各財産を除くその余の丙の財産の全部を原告甲に相続させる(同4項)。
なお、本件遺言末尾には、「この遺言では、遺言者の長男戊には、財産を相続させることはしていないが、それは平成元年4月に遺言者の夫(戊の父)Hが亡くなった際、Hの遺産の中から不動産、現金等の相当の財産を、右戊に相続させてあるという事情があるからである。」と記載されている。
(4) 課税処分の経緯等
ア 相続税申告と修正申告の勧奨
(ア) 原告らは、平成9年8月15日、被相続人を丙とする相続税(以下「本件相続税」という。)について、別紙1「本件各課税処分の経緯」(以下「経緯表」という。)の「当初申告」欄記載のとおり、それぞれ申告をした。
(イ) 被告は、その後間もなく、原告らに対し、以下の点につき、修正申告するよう勧奨した。
a 原告甲の平成2年分の譲渡所得に対する所得税及び地方税について、被相続人(丙)による立替金が存在し、これが相続税の課税財産となる。
b 被相続人(丙)が、平成2年12月13日付けで丁と交わした本件証書に記載された2500万円については、丁に対する貸付金であるから、相続税の課税財産となる。
c 被相続人(丙)が、平成2年12月20日付けで戊と交わした金銭貸借契約書に記載された4940万円については、戊に対する貸付金であるから、相続税の課税財産となる。
イ 修正申告
原告らは、被告からの前記勧奨事項のうちaについてのみ、勧奨に応じることとし、平成11年6月16日、本件相続税につき、別紙1経緯表の「修正申告」欄記載のとおり、それぞれ修正申告をした。
ウ 本件各更正処分及び本件各賦課決定
被告は、前記勧奨事項のb、cについても相続税の課税財産に含まれるとして、平成11年6月22日付けで、原告らそれぞれに対し、別紙1経緯表の「更正・決定」欄記載のとおり、各更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。
エ 原告らの異議申立て等
(ア) 原告らは、平成11年6月30日、本件各更正処分及び本件各賦課決定に対し、別紙1経緯表の「異議申立て」欄記載のとおり、各異議申立てをした。
各異議申立ての理由は、前記勧奨事項b、cにつき、これらはいずれも貸付金ではなく、贈与であって、相続税の課税財産には含まれないというものであった。
(イ) これに対し、被告は、平成11年9月28日付けで、原告らの異議申立てをいずれも棄却する決定をした。
オ 原告らの審査請求等
(ア) 原告らは、前記各異議申立て棄却決定を不服として、平成11年10月1日、国税不服審判所長に対し、別紙1経緯表の「審査請求」欄記載のとおり、各審査請求をした。
各審査請求の理由も、前記異議申立ての理由と概ね同旨であった。
(イ) これに対し、国税不服審判所長は、平成13年3月1日付けで、前記勧奨事項bについては、貸付金債権であって、贈与ではなく、相続税の課税財産に含まれるものであるが、同事項cについては、貸付金債権ではなく、贈与と認められるから、相続税の課税財産には含まれないと判断し、cの事項については、審査請求を理由があるものと認め、その限度で、別紙1経緯表の「審査裁決」欄記載のとおり、本件各更正処分及び本件各賦課決定の一部を取り消す旨の裁決をした。
(5) 本訴提起等
ア 原告らは、平成13年4月27日、本件各更正処分(ただし、裁決により一部取り消された後のもの)及び本件各賦課決定(同前)の取消しを求めて、本訴を提起した。
イ 原告らは、本訴の係属中である平成13年9月3日、丁に対し、本件契約の趣旨が贈与ではなく、金銭消費貸借契約であり、当該貸付金債権が相続税の課税財産に含まれると認定されて、原告らが敗訴した場合には、丁に対して貸金返還請求訴訟を提起することになるとして、行訴法7条、民訴法53条に基づき、訴訟告知をした(同月5日送達)。
この訴訟告知につき、丁は、平成13年11月16日付け(同月19日受付)の書面で、当裁判所に対し、本件契約の趣旨は、自己を債務者とすう貸金契約であり、この件に関しては、国税当局の2年来の事情聴取においても明らかにしている等と連絡してきた。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 被告
ア 原告らの相続税の課税価格及び納付すべき相続税額及びその算定の経緯は、別紙2「本件各更正処分及び本件各賦課決定の根拠及び適法性」記載のとおり(特に、同別紙の別表1「課税価格等の計算明細表」及び別表2「税額算出表」参照)であり、相続税の課税財産の範囲の認定、価額評価及び課税計算等に誤りはなく、本件各更正処分及び本件各賦課決定は、適法である。
イ 本件契約の趣旨について
本件の具体的事情に照らせば、丁と丙の間で締結された本件契約は、その文言どおり、金銭消費貸借契約と認定すべきであり、したがって、当該貸付金債権は、相続税の課税財産の範囲に含まれるものというべきである。すなわち、
(ア) 丁が丙の姪の夫であることや、丙らの所有土地の譲渡に尽力したこと等を考慮すれば、本件証書において担保の差入れが約定されながら、実際には、具体的な担保権の設定までされていないとしても、不自然ではない。
(イ) 本件契約の締結に際して、丙は、上記の事情から、丁に対し当該金員を贈与してもよいとの意向を表明したが、丁は、他の親戚から非難されることを避けるため、敢えて借入金とした上で返済することを約したものであるから、このような具体的事情に照らせば、当該貸金の返済の期限ないし条件が通常より債務者に有利に設定されたことも不合理ではない。
(ウ) 丁は、本件証書所定の据置期間が経過した平成4年12月以降も、約定返済金を弁済していないが、これは、丁が、便宜、他の借入金を優先して返済し、当該貸金債務は、最終的には退職金をもって返済する予定にしているためであって、これを贈与金と認識しているからではない。
そして、丁は、現在、A市役所吹上出張所長の職にあり、平成19年3月頃退職する予定であるところ、退職時には3000万円余りの退職金の受領が見込まれているから、丁の返済能力に疑問はない。
(2) 原告ら
ア 本件契約に基づく合意が金銭消費貸借であり、当該貸付金が相続税の課税財産の範囲に含まれるとする被告の主張は、争う。
イ すなわち、丙は、丁に対し、実質的には贈与する意思で前記金員を交付したことは、以下の点からみて明らかであって、丁は、贈与税の負担をを回避するために、本件証書により金銭消費貸借契約を仮装したにすぎない。
そうすると、上記金員交付により貸付金債権は発生せず、したがって、これが相続税の課税財産の範囲に含まれるものではない。
(ア) 本件証書によれば、担保が定められていて、貸金債務の履行が確保されているかのごとくであるが、実際には、丙ないし原告甲は、本件証書に記載された退職金債権や生命保険金請求債権につき、具体的な担保権の設定を受けていない。
(イ) 本件証書所定の返済方法によれば、返済期限は25年(2か年は据置とされるから、契約時から27年後)であり、その間、毎月5万円づつ弁済すべきものとされているから、弁済総額は1500万円、残債は1000万円となり、この残債については、丁の退職金によって支払われることが予定されているということになる。
しかし、丁の退職金支給が現実化する年は、本件証書作成後16年であって、分割金の返済期間の最終時点より11年も早く退職金が支給されてしまうことになるのであって、残債につき、退職金をもって一括返済される保障はない。本件証書が真正の金銭消費貸借契約書であれば、このような不合理な返済方法の定めを置くはずはない。
(ウ) 丁は、本件契約に基づく割賦弁済金につき、今まで1回も返済をしていない。このことは、前記金員交付が贈与の趣旨でされたものであることを示すものというべきである。
第3当裁判所の判断
1 証拠(甲7号証、乙1号証、6号証、11号証、証人丁)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 丁は、平成2年頃、丙及び原告甲から、丙の所有土地の譲渡先の紹介を依頼され、自己の勤務の関連で情報を得たCと再三にわたって譲渡交渉を行い、その結果、当初の予想を超えた高価格で売買契約をまとめることができた。
(2) 丙は、丁のこの尽力に感謝し、また、日常生活においても、何かと丁の世話になっていることもあり、その頃、丁が自宅を購入することになっていたことを契機として、丁に対し必要な資金援助を申し出た。
丙は、丁に対し、援助に係る金員は返済しなくともよいとの意向を示したが、丁は、平成2年12月13日、前記小切手を受領するに際し、金額が高額であり、また、贈与を受けるとなると他の親戚から非難されることも考えられるとし、返済が長期にわたるけれど、借入金として返済することにしたい旨丙に申し入れ、丙も、結局これに応じることになった。
そこで、丁は、自己の経済的状況を踏まえ、本件証書に記載された程度の返済条件を希望する旨申し入れたところ、丙は、同女の相続人は、原告甲であるから、同原告が承知するならかまわない旨述べ、同原告の了解のもとで、これを了承した。なお、丙、原告甲及び丁は、丁が上記借入金を返済できなかった場合は、最終的には丁の退職金や生命保険金によって返済をするしかないことについても了解しており、丁は、退職時における残債務は、退職金によって一括返済することを予定していた。
かくして、丁は、前同日、以上の合意内容を踏まえて、丙及び原告甲立ち会いのもとで、前記の記名部分を含む本件証書を作成し、丙及び原告甲において、各々名下に実印を押捺した。
(3) 本件証書所定の返済条件によれば、丁は、平成4年12月から毎月5万円を返済すべきものであったが、同人は、平成4年4月、D大学に再入学し、そのための費用を要する状態であったことや、Eに対する返済を優先する必要などにより、原告甲の理解を得て、前記割賦弁済金の返済開始を留保して、現在に至っている。
その後、丁は、現在に至るまで、D大学への通学を継続し、平成11年には、修士号を取得し、現在は、博士号の取得過程にある。
(4) 原告甲は、本件相続開始後の平成10年10月12日付けで、丁に対し、本件契約に係る貸付金債権の存在を確認するため、添付した念書に署名押印の上返送を求める旨の文書を送付した。
これに対し、丁は、前記文書に添付された念書の記載文言に受け入れられない表現があったことから、これに反発し、念書を返送することはしなかったが、原告甲が本件契約書に基づく貸付金債権を相続したことに異存はなかったので、平成11年4月30日付けで、本件証書の存在及び本件証書に従い速やかに対処することを確認する旨の原告甲宛確認書を作成し、これを原告甲及び課税当局である被告に提出した。
(5) なお、丁の退職は、平成19年3月31日と予定されている。そして、丁は、貸付金債務として前記金員を返済することを当然と考えているが、退職後は、大学院で取得した学位を生かして事務所等を開く希望があるので、返済条件につき、原告甲との再度の話合いを望んでいる。
2 以上の認定事実によれば、丁と丙は、本件証書によって2500万円の金銭消費貸借契約(本件契約)を締結したものであるから、本件契約に基づく貸付金債権は、丙に関する相続税の課税財産の範囲に含まれるものと認めるのが相当である。
これに対し、原告らは、前記のとおり、丁に対する2500万円の金銭交付は、贈与としてされたものとみなければ不自然であるとし、したがって、被告主張の貸付金債権は発生せず、相続税の課税財産を構成するものではないと主張する。
しかしながら、前記認定の丙と丁の個人的関係と本件証書作成に至る経緯等をみれば、具体的な担保権の設定がされていないことや、返済条件が著しく緩やかであること、これまで丁が弁済をしていないこと等原告ら指摘の事由は、必ずしも金銭消費貸借成立の事実と矛盾するとはいえないというべきであり、他に前記認定を左右すべき証拠は見当たらない。
3 以上のとおりであるから、本件契約に基づく貸付金債権は、相続税の課税財産の範囲に含まれると認められるところ、弁論の全趣旨によれば、その他の点に関する相続財産の範囲の認定、価額評価は、被告主張のとおりに認定することができ、その課税計算についても違算はないと認められるから、本件各更正処分は適法なものというべきである。
4 また、被告が原告らに対し、前記貸付金が相続税の課税財産になるとして修正申告を勧奨したことをはじめとする前記認定事実に照らせば、原告らが本件契約に基づく貸付金債権を相続財産の課税範囲から除外して申告をしたことにつき、国税通則法65条4項所定の正当な理由があると認めることはできず、かつ、本件各賦課決定に係る税額算出についても違算はないと認められるから、本件各賦課決定は適法なものというべきである。
5 結論
以上の次第で、原告らの請求は、理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法7条、民訴法61条、65条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 都築民枝 裁判官 渡邉健司)
file_16.jpg別紙