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さいたま地方裁判所 平成13年(行ウ)27号 判決 2002年7月10日

主文

1  甲事件原告及び乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,原告らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の申立て

1  甲事件

(1)  原告

ア 被告が,平成13年5月9日,原告に対してした土地区画整理法84条2項に基づく備付簿書閲覧請求(ただし,さいたま市αの施行地域内に宅地を所有する組合員約250名から被告に提出された従前の宅地の地積更正の申請に係る書類全部に関するもの)拒否処分を取り消す。

イ 被告は,原告に対し,金10万円を支払え。

(2)  被告

請求棄却

2  乙事件

(1)  原告

ア 被告が,平成13年4月25日,原告に対してした土地区画整理法84条2項に基づく備付簿書閲覧請求(ただし,さいたま市αの施行地域内に宅地を所有する組合員約250名から被告に提出された従前の宅地の地積更正の申請に係る書類全部に関するもの)拒否処分を取り消す。

イ 被告は,原告に対し,金10万円を支払え。

(2)  被告

請求棄却

第2事案の概要

1  事案の要旨

被告組合員である原告らが,それぞれ被告に対し,土地区画整理法(以下「法」という。)84条2項に基づく備付簿書の閲覧請求をしたところ,被告は,施行地区内に宅地を所有する組合員約250名から被告に提出された従前の宅地の地積更正の申請に係る書類全部(以下「本件申請書等」という。)に関する部分につき閲覧請求を拒否する各処分をした。

本件は,原告らが被告に対し,上記拒否処分の各取消し及び被告が当該簿書等を主たる事務所に備え付けず,かつ,違法に上記簿書閲覧拒否処分をしたことにより精神的損害を被ったとして,国家賠償法(以下「国賠法」という。)に基づき損害賠償を請求している事案であり,争点は,簿書閲覧拒否処分の適否(具体的には,本件申請書等が法84条所定の備付簿書に該当するか)及び上記国賠法上の損害賠償請求権の成否である。

2  基本的事実関係(争いのない事実)

(1)  被告は,平成12年8月18日,埼玉県知事の認可を受けて設立された土地区画整理組合である(法14条1項,法3条2項)。

同日,同知事がした設立認可公告(法21条3項)には次の記載がある(ア,ウ,エについては,定款にも同様の規定がある。)。

ア 組合の名称 大宮市β第一特定土地区画整理組合

イ 事業施行期間 平成12年8月18日から平成24年3月31日まで

ウ 施行地区 大宮市γ,δ,ε,ζの各一部

大宮市ηの一部

エ 事務所の所在地 大宮市θ1番地

オ 設立認可の年月日 平成12年8月18日

カ 事業年度 毎年4月1日から翌年3月31日まで

キ 公告の方法 事務所及び大宮市役所の掲示板に掲示して行う。

(なお,平成13年5月1日,浦和市,大宮市及び与野市の3市が合併して,さいたま市となった関係で,上記公告事項のうち施行地区,事務所の所在地,公告の方法の欄に記載されている「大宮市」は,同日以降「さいたま市」と変更となっている。)

(2)  原告らは,いずれも,被告の施行する土地区画整理事業(事業の名称は,大宮都市計画事業β第一特定土地区画整理事業である。)の施行地区内(大宮市[さいたま市]α)に宅地を所有する者であり,被告の組合員である(法25条1項)。

(3)  甲事件原告は,平成13年5月9日,弁護士吉田聰(以下「吉田弁護士」という。)を代理人として,乙事件原告は,同年4月25日,弁護士常木茂(以下「常木弁護士」という。)を代理人として,それぞれ,被告に対し,法84条所定の備付簿書全部(本件申請書等もこの備付簿書に含む,と主張した。)の閲覧を請求したところ,被告は,本件申請書等は,同条所定の備付簿書には該当しないとして,その閲覧をいずれも拒否した(その余の簿書の閲覧には応じた。以下,この原告らそれぞれに対する2件の閲覧拒否処分を併せて「本件拒否処分」という。)。

3  争点についての当事者の主張

(1)  本件拒否処分の適否

ア 被告

法84条2項により閲覧請求の対象となるのは,同条1項に規定する簿書に限られる。原告らは,本件申請書等は,同項にいう政令で定める簿書の内容を規定した土地区画整理法施行令(以下,単に「施行令」という。)73条のうち4号所定の「施行地区内の宅地について権利を有する者の氏名及びその権利の内容を記載した簿書」に該当すると主張するが,本件申請書等は,あくまでも,基準地積が確定される前の準備段階において作成された書面等であって,その内容が決定されたものではない。すなわち,未だ,権利地積の形成途上における作成書類に過ぎず,権利の内容にまで高まったものとはいえないから,同号所定の簿書には該当しないというべきである。

したがって,本件拒否処分は,適法である。

なお,本件申請書等の提出を受けて,基準地積が決定された場合には,基準地積決定調書が作成されるものとされており,これが,同号所定の簿書に該当することになるから,閲覧請求の対象となるのであるが,これらは,現在のところ作成されるに至っていない。

イ 原告ら

本件申請書等は,備付簿書の内容に誤りがあるとして,これを更正するために提出されたものであるから,施行令73条4号所定の簿書に該当するものと解すべきであり,したがって,本件拒否処分は,同4号の解釈を誤った違法な処分というべきである。

(2)  国賠法上の損害賠償請求権の成否

ア 原告ら

(ア) 本件拒否処分は,それ自体が,前記のとおり,違法な公権力の行使であって,国賠法上も違法である。

(イ) のみならず,原告らの備付簿書閲覧請求に対し,被告の主たる事務所において閲覧させなかった本件拒否処分を含む被告の行為は,同様に違法である。すなわち,

a 法84条1,2項は,施行者は,主たる事務所に所定の簿書を備え付けておかなければならず,利害関係者からの閲覧請求は,正当な事由がないのに拒んではならないと定めている。

また,組合の定款には事務所の所在地を記載するものとされているのであるから(法15条4号),本来,すべての事務所の所在地を記載しなければならないものである。したがって,定款に記載された事務所が1か所であれば,当該事務所が主たる事務所として特定されるものというべきである。

b 原告らは,それぞれ弁護士を代理人として,予め被告に対し,法84条2項所定の利害関係者として,被告の定款に記載された唯一の事務所(すなわち,主たる事務所に当たる。)である「大宮市θ1番地」の事務所(以下「①事務所」という。)に備え付けられた簿書全部(本件申請書等を含む。)の閲覧を求める旨通知した上,常木弁護士(乙事件原告代理人)は,平成13年4月25日に,吉田弁護士(甲事件原告代理人)が同年5月9日に,それぞれ上記①事務所に赴いたところ,被告から,閲覧要求に係る備付簿書は,同事務所には備え付けられておらず,別の場所に保管されていると告げられ,被告職員の案内で,同所から約4キロメートル位離れた旧大宮市内の別の場所に連れて行かれ,そこで,漸く,本件申請書等を除くその他の簿書の閲覧をすることができた(本件申請書等については,前記の理由で閲覧を拒否された。)。

このように,主たる事務所に所定の簿書を備え付けず,同所での簿書閲覧をさせなかった被告の行為は,国賠法上違法というべきである。

(ウ) 原告らは,被告から違法な本件拒否処分を受け,また,主たる事務所での備付簿書の閲覧ができず,他の事務所に赴かざるを得なかったことにより,精神的損害を被ったが,この損害に対する慰謝料としては,各10万円を下らないものというべきである。

イ 被告

原告らの主張は,争う。

(ア) 本件申請書等は,法84条所定の簿書に該当しないから,本件拒否処分は適法であり,国賠法上違法となることはない。

(イ) 被告は,定款に記載された前記①事務所のほか,大宮市ι-112(以下「②事務所」という。)及び大宮市大字β698ー2(以下「③事務所」という。)の3か所に事務所を置いており,②事務所を連絡所,③事務所を組合の総会及び理事会の会場,総代選挙人名簿の縦覧場所,投票場所,簿書保管場所として利用していた。この3か所の事務所のうちでは,③の事務所が法84条1項所定の主たる事務所に当たる。

そして,法15条4号により定款に記載される事務所は,必ずしも主たる事務所を意味するものではないから,被告が定款に記載された①事務所に簿書を備え付けていなかったからといって,法84条に違反するものではない。

なお,被告は,常木弁護士及び吉田弁護士からの備付簿書閲覧請求通知に対し,簿書は,③事務所において閲覧できる旨事前に連絡していたにもかかわらず,両弁護士は,①事務所を訪れたので,③事務所に案内した上,同事務所で閲覧に応じたものである。

第3当裁判所の判断

1  本件拒否処分の適否について

(1)  法84条は,「関係簿書の備付け」との見出しのもと,その1項において,「施行者は,規準,規約,定款又は施行規程並びに事業計画又は事業基本方針及び換地計画に関する図書その他政令で定める簿書を主たる事務所に備え付けておかなければならない。」と,その2項において,「利害関係者から前項の備付簿書の閲覧の請求があった場合においては,施行者は,正当な事由がないのに,これを拒んではならない。」と各規定し,この備付義務の違反及び正当な事由のない閲覧拒否に対しては,過料の制裁規定が設けられている(法145条,146条)。更に,上記同条1項の規定を受けて,施行令73条は,法84条1項に規定する政令で定める簿書として,「一 土地区画整理事業に関し,当該施行者が受けた行政庁の認可その他の処分を証する書類,二 組合にあっては,組合員名簿,総会及び総代会の会議の議事録並びに通常総会の承認を得た事業報告書,収支決算書及び財産目録,三 [略] 四 施行地区内の宅地について権利を有する者の氏名(法人にあっては,その名称)及びその権利の内容を記載した簿書」と規定している。

これらの規定によると,法84条2項に基づく利害関係者の簿書閲覧請求権は,同条1項の規定により,施行者に対し主たる事務所における備付けが義務づけられた上記簿書について生ずるものと解される。

そして,これらの規定の趣旨は,土地区画整理事業が開始されると施行地区内での一定の建築行為が制限され,仮換地指定等の処分が強制的に課せられるなど宅地又は宅地に存する建築物その他の物件に関する権利を有する者に重大な影響を及ぼすので,関係権利者がその土地区画整理事業について正確な理解と判断を持つことができるように,施行者に関係簿書の備付けを義務づけるとともに,利害関係者の要求に応じて,これら関係簿書を閲覧させる義務を課することにあると解されるから,施行令74条4号所定の簿書とは,そこに記載された権利者及び当該権利の内容が区画整理事業に基づく換地処分の対象となる権利者の名簿をさすものと解される。

以上によると,本件拒否処分の適否の判断は,原告らが閲覧を求めた本件申請書等書類が,備付簿書のうち,上記施行令73条4号所定の簿書に該当するか否かにかかるものというべきである。

(2)  そこで,検討するに,土地区画整理事業が土地区画整理組合によって施行される場合には,地積の決定の方法に関する事項は,定款に記載しなければならないとされているところ(法15条12号,施行令1条1項2号),これに関する被告の定款の規定は,次のとおりである。

「73条 換地設計において,換地を定めるときの基準となる従前の宅地各筆の地積(以下「基準地積」という。)は,法21条3項の規定による組合設立の認可の公告があった日(以下「基準日」という。)現在における土地登記簿地積とし,基準日現在において登記されていない宅地については,組合が実測した地積とする。

74条1項 宅地の所有者は,その登記されている地積が事実に相異すると認めるときは,基準日から60日以内に,理事に基準地積の更正を申請することができる。

2項 基準地積の更正を申請しようとする者は,申請書に次に掲げる書類を添付し,組合に提出しなければならない。この場合において,その所有者の有する宅地が2筆以上にわたり連続しているときは,その全部について申請しなければならない。

一 宅地の境界について隣接する宅地の所有者の同意があることを証する書面

二 宅地の実測図(原則として縮尺250分の1とし,周囲の辺長及び求積に必要な事項を記載したもの)

三 隣接する宅地の地積及び所有者の氏名を記入した見取図

四 隣接する宅地との境界標識の種別,境界点の位置及び境界点間の距離を記入した境界表示図

3項 理事は,第1項の規定による申請があった場合は,申請人の立会いを求めて当該申請に係る宅地の地積を実測等により確認しなければならない。この場合において,宅地の地積の実測に当たり,必要があるとき,その宅地に隣接する所有者の立ち会いを求めることができる。

4項 理事は,前項の規定により確認した地積が前条の基準地積と相違する場合は,基準地積を更正しなければならない。」

これらの規定に照らすと,原告らが,法84条所定の備付簿書に該当すると主張している本件申請書等は,この74条1項及び2項に規定する申請書及び添付書類をさすと解されるところ,その後には,申請人等の立会いの下での実測等の確認作業及び基準地積の更正手続が予定されているのであり,乙12号証及び弁論の全趣旨によると,上記手続の結果として,基準地積決定調書が作成されることを認めることができる。

そうすると,このようにして作成される基準地積決定調書に記載される権利者及び当該権利の内容が区画整理事業に基づく換地処分の対象となるものというべきであるから,上記の説示に照らし,この基準地積決定調書は,施行令73条4号所定の簿書に該当するものと認めるのが相当である。

これに対し,本件申請書等は,この基準地積決定調書作成に至る手続において,その端緒となる資料に過ぎず,その内容等が区画整理事業に基づく換地処分の対象となるものではないから,未だ,同号所定の簿書に該当すると認めるには不十分というべきである。

(3)  そうすると,これと同旨の見解のもとに,本件申請書等の閲覧を拒否した本件拒否処分は適法であるから,その取消しを求める原告らの請求は,いずれも理由がない。

2  国賠法上の損害賠償請求権の成否について

(1)  本件拒否処分と国賠法上の違法行為

前記説示のとおり,本件拒否処分は適法であるから,原告らにおいて本件申請書等の閲覧ができなかったからといって,被告の行為を国賠法上違法とみる余地はない。

(2)  ③事務所における閲覧と国賠法上の違法行為

ア 原告らが,本件申請書等以外のその他の備付簿書につき,①事務所において閲覧することができず,③事務所まで出向く必要があったことは,前記のとおりである。

イ ところで,組合の事務所の所在地は,定款の記載事項(法15条4号)であり,かつ,設立認可における公告事項(法21条3項)でもあって,関係者は,これらから当該組合の事務所の所在地を容易に知り得るのである。これらの趣旨に鑑みれば,組合の事務所が複数ある場合には,定款には,すべての事務所の所在地を記載することが予定されているものというべきであって,そのうちの一つの事務所の所在地を記載すれば足りるというものではない。

しかるに,証拠(甲1号証,乙3号証)及び弁論の全趣旨によると,被告は,定款に記載された事務所として①事務所,連絡所として②事務所,総会及び理事会会場,総代選挙人名簿の縦覧場所,投票場所,簿書保管場所として③事務所の合計3か所の事務所を設置していることを認めることができるのであって(上記事実関係によれば,③事務所が被告の主たる事務所であると認めるのが相当である。),それにもかかわらず,定款には,①事務所の所在地しか記載していなかったものである。

以上の事実関係によれば,被告の定款の事務所の所在地の記載は,不十分とのそしりは免れないものというべきである。そして,複数の事務所がありながら,定款には1か所の事務所の所在地しか記載されていない場合,それは主たる事務所の所在地であると認識されるのが通常と考えられるから,主たる事務所である③事務所の所在地でなく,①事務所の所在地しか記載されていない被告の定款の記載は,この意味でも不適切というべきである。しかしながら,当該事務所が主たる事務所であるか否かは,その事務所としての実質により決定されるべきことであるから,被告において,主たる事務所である③事務所に所定の簿書を備え置いたこと自体を違法ということはできない。

そうすると,被告の主たる事務所が①事務所であり,同所に簿書の備付けがなかったことを前提とする原告らの主張は,採用することができない。

ウ ところで,証拠(乙4号証ないし8号証,9号証の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,吉田弁護士(甲事件原告代理人)及び常木弁護士(乙事件原告代理人)からされた簿書閲覧請求に係る通知に対し,それぞれ,備付簿書の閲覧場所を③事務所と明示して回答したにもかかわらず(常木弁護士宛の再度の回答文書では,閲覧場所を③事務所とした上,地図まで送付している。),常木弁護士は,平成13年4月25日に,吉田弁護士は,同年5月9日に,それぞれ①事務所を訪れたので,被告は,同弁護士らを③の事務所まで案内して,そこで簿書の閲覧に応じたものであることが認められる。

原告らは,定款記載の①事務所に簿書の備付けがなく,同所で簿書の閲覧ができなかったため,③事務所に赴かざるを得なかったとして,精神的苦痛を受けたと主張するが,上記認定事実によれば,同弁護士らは,原告らの閲覧請求に対し,被告から閲覧場所を具体的に指摘しての回答がされていることを知りながらこれを無視して,自らの見解に基づいて指定場所以外の場所(①事務所)に出頭したものであるから,原告らにおいて精神的苦痛を被ったと認めることはできないものというべきである。被告の定款における事務所所在地の記載が,前記の次第で不適切であったとしても,本件の事実関係のもとにおいては,上記判断は,左右されるものではない。

エ そうすると,被告の国賠法上の違法行為によって損害を被ったとする原告らの請求は,いずれも理由がない。

3  以上の次第で,原告らの各請求は,いずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 都築民枝 裁判官 渡邉健司)

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