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さいたま地方裁判所 平成13年(行ウ)29号 判決 2002年12月04日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の申立て

1  原告

(1)  被告が原告に対し平成13年2月28日付けでした保育園入園不承諾処分(和福第499号)を取り消す。

(2)  訴訟費用は,被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨

埼玉県和光市民である原告(父親)は,被告和光市長(以下「被告市長」という。)に対し,児童福祉法(以下,原則として「法」という。)24条1項に基づき,その子(0歳児)につき,自己の居住地区外である東京都板橋区に所在する私立白鳩保育園(以下「白鳩保育園」という。)への入園申込み(いわゆる広域入所の申込み)をした。

この入園申込みを受けた被告市長は,被告訴訟参加人東京都板橋区長(以下「参加区長」といい,被告市長と合わせて「被告ら」という。)に対し,白鳩保育園への保育の実施願い(入所協議)をしたところ,参加区長は,原告の申込みにつき,いわゆる母指数方式(特に母親の状態に着目して指数化した数値により,入所の可否につき判定するもの。)を用いて選考した結果(法24条3項),当該児童は,希望者多数により入所可能な順位に達しないとの理由で,被告市長に対し,上記入所協議を不承諾とする旨を回答した。

上記回答を受けた被告市長は,平成13年2月28日付けで,原告に対し保育園入園不承諾処分(以下「本件処分」という。)をした。その処分理由は,「定員に比較して入所希望者が多く入所可能な順位に達しないため」というものであった。

本件は,原告が,本件につき実施された母指数方式による選考は法24条3項所定の「公正な方法で選考」したものとはいえず,したがって,本件処分は違法であると主張して,被告市長に対し,本件処分の取消しを求めた事案であるところ,被告らは,これを争い,上記選考方法は公正なものであると主張している。

本件の争点は,法24条3項との関係における本件処分の違法性に関する双方の主張の当否である。

なお,参加区長は,原告の訴えを不適法とし,訴え却下の申立てをしたが,弁論の全趣旨に照らし,本件口頭弁論終結時において,その申立てを撤回したものと認める。

2  基本的事実関係(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)

(1)  当事者等

ア 原告(昭和35年8月20日生)は,その肩書地において,妻であるA(昭和40年12月17日生)及び3人の子(長女・B[平成8年3月22日生],二女・C[平成10年7月8日生]及び長男・D[平成12年10月2日生])と同居している。

原告は,昭和55年5月1日付けで東京都水道局に入局し,現在,東京都板橋区高島平a丁目b番c号に所在する同局板橋北営業所に勤務しており,また,妻Aは,日本大学医学部附属練馬光が丘病院(東京都練馬区光がa丁目b番c号所在)に勤務する看護師である。

イ 被告市長は,和光市を統轄し,これを代表する長であり,法24条1項に基づき,保育所入所(保育の実施)の決定権限を有する者である(法32条2項参照)。

参加区長は,白鳩保育園の所在する板橋区の区長であり,保育の実施等が適切に行われるように,他の地方公共団体と相互に連絡及び調整を図るべきものとされている(法56条の6第1項参照)。

(2)  原告の保育の実施の申込み等

ア 原告は,平成12年10月12日,前記板橋北営業所長に対し,Dの育児のために育児休業の請求をし,同所長は,同日,期間を同年11月27日から翌平成13年4月13日まで(4か月18日間)として,これを承認した。

そして,原告は,平成12年11月30日付け保育園入園申込書をもって,被告市長に対し,法24条1項,2項に基づき,居住地の市町村以外の市町村に所在する保育所である白鳩保育園への入所を希望する旨の入園の申込み(保育の実施の申込み)をした(以下「本件申込み」という。)。

イ 上記保育園入園申込書の記載内容は,保護者の氏名,居住地,生年月日及び職業としてそれぞれ原告のものが,保育の実施に係る児童の氏名及び生年月日としてそれぞれDのものが記載されているほか,次のとおりである。

(ア) 現在の保育の状況

育休中の父親が保育している(復職予定日・平成13年4月13日)。

(イ) 保育園について

第1希望  白鳩保育園(第2希望以下は記載されていない。)

希望する理由  自宅に近い

入園希望期間  平成13年4月1日から同19年3月31日まで

保育を必要とする理由  家庭外労働

ウ 本件申込みを受けた被告市長は,平成13年1月19日付けで,参加区長に対し,Dにつき,法24条により,板橋区管内の保育所(白鳩保育園)での保育の実施を依頼する旨の「保育の実施について(協議)」と題する書面(和福第395号)を送付した(以下「本件協議」という。)。

(3)  参加区長の選考等

ア 参加区長は,平成12年11月1日から,平成13年4月1日からの板橋区内の保育所についての入園募集を行っていたが,当該年度の白鳩保育園における0歳児クラスの募集人員(定員)は,9人であった。

イ 参加区長は,白鳩保育園における0歳児クラスへの入所希望者が,本件協議を受けたDを含めて合計21人であり,募集人員(定員)を上回っていたことから,法24条3項に基づき,選考を行うことになった。

ウ 板橋区における上記の選考の方法

(ア) 板橋区は,以下の条例等によって,申込みに係る児童についての保育に欠ける事由の有無及び保育に欠ける程度等を判断し,保育の実施(保育園の入園)につき承諾ないし不承諾を決定している。

a 「東京都板橋区保育の実施に関する条例」(昭和62年3月12日板橋区条例13号,以下「区条例」という。)

b 「東京都板橋区児童福祉法施行規則」(昭和40年3月31日東京都板橋区規則12号,以下「区規則」という。)

c 「板橋区保育の実施要綱」(甲13号証,昭和56年12月25日区長決定,以下「本件要綱」という。)

「板橋区保育の実施事務運営要領」(甲9号証,以下「本件要領」という。)

(イ) 区条例及び区規則における関係規定の内容は,以下のとおりである。

「区条例2条(保育の実施基準)

保育の実施は,児童の保護者のいずれもが次の各号のいずれかに該当することにより,当該児童を保育することができないと認められる場合であって,かつ,同居の親族その他の者が当該児童を保育することができないと認められる場合に行うものとする。

一 昼間に居宅外で労働することを常態としていること。

二ないし七 (略)」

「区規則4条の2(保育の実施基準)

保育の実施条例(区条例)第2条に規定する保育の実施基準は,別表第1(本判決別紙1(省略)と同一)に定める細目及び期間とする。

同 4条の3(保育所入所児童の選考)

法(児童福祉法)第24条第3項の規定に基づく選考は,別表第1に定める指数を基準とし,その指数の高い者から順次保育の実施を承諾するものとする。

2  前項の場合において,指数が同位のときは,保護者の状況,児童の状況,同居の親族の状況,世帯の経済状態を勘案し,決定するものとする。」

(ウ) 本件要綱は,区条例及び区規則に基づく板橋区における保育の実施に関し,必要な事項を定めることを目的として定められたもので(1条),区長は,児童の保育に欠ける状況の確認及び区規則4条の3に規定する入所児童の選考を適正かつ公正に行うために,保育所入所選考会議を設置する(2条),区長は,選考会議を経て,保育の実施の可否を決定する(3条),区長は,保育の実施の申込みが,(1) 区規則4条の2に定める保育の実施基準に該当しないとき,(2)保育の実施基準に該当するが,希望保育園において欠員がないとき等に該当するときは,申込みを不承諾とする(7条)等と規定している。

また,本件要領は,本件要綱の施行について必要な事項及び様式を定めるものであるところ(第1),その第4は,保育の実施予定児童の順位の決定方法につき,次のとおり規定している。

「1 選考会議において保育の実施予定児童の順位を決定する場合には,規則別表第1に規定する指数及び調整指数の数値の高い児童を優先する。

2 同一指数の者にあっては,次の順により選考する。

(1)  規則別表第1に規定する指数の数値の高い児童を優先する。

(2)  規則別表第1に規定する調整指数3点の項目に該当する児童を優先する。

(3)  規則別表第1に規定する調整指数2点の項目に該当する児童を優先する。

(4)  規則別表第1に規定する調整指数により減算する項目に該当しない児童を優先する。

(5)  規則別表第1に規定する調整指数により減算2点の項目に該当しない児童を優先する。

(以下略) 」

(なお,本件要領の文言は,平成3年4月の改正により「児童の母親」から「児童の保護者」へと変更された。)

(エ) 板橋区は,区規則4条の3及び同別表第1によって指数化を行う場合,父母が存在する世帯については,「主に保育に当たる保護者の状況」として,母親の状態に着目して指数化を行うものとする解釈運用を採用していた(以下「母指数方式」という。)。

なお,区条例,区規則,本件要綱及び本件要領のいずれも,一般的に公にされていたものであり,更に,板橋区は,上記の母指数方式による解釈運用,すなわち,父母が存在する世帯については,現在の社会情勢等から,当面の間,実施基準においては母を中心にみることとしている旨も,「板橋区保育の実施事務運営要領 解釈と運用問答集」(甲10号証)等によって,一般的に公にしていた。

エ 参加区長が,白鳩保育園の0歳児クラスに申し込んだ21人につき,選考会議を経た上,上記の選考方法によって選考を行った結果は,以下のとおりであった。

(ア) 区規則4条の2及び別表第1に基づき,母親の状態に着目して指数化を行ったところ,別紙2(省略)「指数一覧表」の「母指数」欄記載のとおり,合計指数31点の者が1人,30点の者が11人,29点の者が2人,28点以下の者が7人であった。

そして,合計指数31点の者1人及び30点の者のうち3人は,白鳩保育園以外の他の保育園を第1希望としていたため,これら4人は,それぞれ他の保育園に入園することが決定し,残りの合計指数30点の者8人が白鳩保育園に入園できるものと選考された。

そこで,募集人員(定員)の残りは,1名となった。

(イ) 次順位に当たる合計指数が29点の者は,Dと他の児童(別紙2(省略)中のNo.13「M子」)の2名であり,また,両者とも区規則別表第1の1における合計指数は,30点であった。

次いで,同別表第1の2による調整指数をみると,Dについては,番号11(未就学児童が3人以上いる場合)が適用されて調整指数+1点,母親であるAの勤務先が板橋区外(練馬区)であったため,番号16(入所月までに転入予定なしで勤務地なし)が適用されて調整指数-2点と評価された。これに対し,M子については,板橋区外に住んでいたが,母親の勤務先が板橋区内であったため,番号15(入所月までに転入予定なしで勤務地あり)が適用されて調整指数-1点と評価された。

D   番号11(調整指数+1),番号16(調整指数-2)

M子  番号15(調整指数-1)

(ウ) 以上の結果に基づいてDとM子につき,上記本件要領第4の2を適用すると,同(1)から(4)までの関係では,両者の順位は同じであったものの,Dには調整指数-2点の項目があるのに対し,M子にはこれがなかったことから,同

(5) の適用により,M子が,Dに優先することとなり,同女が白鳩保育園に入園できるものと選考された。

オ 以上のとおりの選考の結果,参加区長は,平成13年2月28日付けで,被告市長に対し,Dの入所に係る本件協議を不承諾とする旨の回答(「保育所入所について(回答)」13板児保第1303号)をした(以下「本件回答」という。)。

(4) 被告市長による本件処分

ア 本件回答を受けた被告市長は,平成13年2月28日付けで,原告に対し,本件申込みにつき保育の実施をしない旨の本件処分をし,原告は,同年3月1日,これを知った。

イ 本件処分の処分理由は,白鳩保育園の「定員に比較して入所希望者が多く入所可能な順位に達しないため。」というものであったが,これは,参加区長からされた本件回答の選考結果に基づくものである。

ウ 原告は,本件申込みにおいて,第2希望以下の保育園を挙げていなかったものの,本件処分を受けて,平成13年3月5日,第2希望として和光市立みなみ保育園を追加する旨の申込みをし,被告市長は,上記申込みを受けて,平成13年3月5日頃,Dにつき,同年4月1日から平成19年3月31日まで,みなみ保育園において保育を実施する旨の入所決定処分(保育園入園承諾処分)をした。

その結果,Dは,平成13年4月1日から,みなみ保育園(和光市所在)において保育の実施を受けているが,原告は,白鳩保育園を第1希望とする保育実施の申込みを依然として維持している。

(5) 原告の不服申立等

原告は,平成13年3月7日付けで,被告市長に対し,本件処分を不服として異議申立てをしたが,被告市長は,同年4月3日付けで,異議申立てを棄却する決定をした(平成13年4月5日送達)。

(6)  原告は,平成13年6月28日,本件訴えを提起した。

3  争点(法24条3項と本件処分の違法性)に関する当事者の主張

(1)  原告

母指数方式による選考は,公正な方法ということはできないから,同方式による選考は,法24条3項に適合しない方法として違法であり,したがって,同方式による選考に基づく本件処分は,取り消されるべきである。

ア 区条例等の解釈,運用として母指数方式を採用することの違法性法6条は,「この法律で,保護者とは,親権を行う者,未成年後見人その他の者で,児童を現に監護する者をいう。」と規定しているところ,原告は,本件保育実施の申込み当時,育児休業をとり,現にDを監護していたものであるから,まさしく,同条にいう保護者に当たる。

本件要領の文言が平成3年4月の改正により「児童の母親」から「児童の保護者」へと変更されたことによって,法は勿論のこと,区条例,区規則,本件要綱及び本件要領のいずれにおいても,児童の母ないし母親なる文言は存在しないこととなり,単に保護者という文言があるのみとなったのであるから,区条例等にいう保護者を「母親」と解釈運用する根拠は失われたものというべきである。

そもそも,参加区長による選考は,本来,申込みをした保護者についてすれば足りるというべきである。すなわち,申込みをした保護者が母親であれば,母親を基準に本件規則別表第1を適用し,申込みをした保護者が父親であれば,父親を基準に本件規則別表第1を適用すれば足りるものである。

したがって,区規則別表第1にいう「主に保育に当たる保護者」につき,父母が存在する世帯においては母を指すものと解釈運用し,母指数方式を用いて選考を行ったことは,違法というべきである。

イ 母指数方式自体の違法性

母指数方式による選考は,児童の保護者として母を中心にみるものであるところ,これは,保護者を母のみに限定することに帰するものであり,憲法24条,育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律,男女共同参画社会基本法及び雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保などに関する法律等の趣旨に反するものというべきである。特に,父親を育児に参加させることによって,母親の負担を軽減させ,母親が社会の活動に参画する機会が確保されることは,男女共同参画社会基本法の趣旨に適うものであり,母親のみを保育の実施の選考において優先するような考え方を採るべきではない。

仮に,区規則別表第1において,申込みをした保護者のみについて指数化を行うものではないとしても,上記の法の趣旨からすれば,両親の状態をそれぞれ指数化し,これを合算するいわゆる合算値方式を採用することが適切というべきであり,その意味で,母指数方式による選考は,法24条3項所定の「公正な方法で選考」したものとはいえないというべきである。

(2)  被告ら

母指数方式による選考は,法24条3項に適合する公正な方法というべきであるから,同方式による選考に基づく本件処分は,適法である。

ア 区条例等の解釈運用として母指数方式を採用したことの適法性について

(ア) 本件要領の文言は,平成3年4月の改正により,「児童の母親」から「児童の保護者」と変更されたが,この文言の変更は,単に文言整理を行ったに過ぎないものであり,母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断するという従来からの区条例等の解釈運用を変更する趣旨のものではない。

すなわち,制定当初から法24条は「保護者」と規定しており,「母親」と規定したことはないにもかかわらず,その解釈運用の指針を示した国の通知である「児童福祉法による保育所への入所の措置基準について」(昭和36年2月20日付け児発129号厚生省児童局長通知)は,「市町村長が,児童福祉法第24条本文の規定により保育所への入所の措置をとる場合においては,事前にその家庭の状況を実施につき十分調査,把握し,その家庭構成の状況とくに保育担当者である母親の労働形態,家庭環境その他の状況等を十分勘案し,入所の可否を決定すること。」として,母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断するという解釈を示している。そして,上記通知は,その後の法改正に伴って発せられた「児童福祉法施行令等の一部を改正する政令(児童家庭局関係)の施行等について」(昭和62年1月13日・児発21号厚生省児童家庭局長通知)によって廃止されたが,この通知によると,政令で定める保育所の入所措置の基準は,「法が趣旨としている入所措置の要件を法律の規定とあいまって明確にするものであって,その基本的な考え方は,上記旧通知をもって示していた考え方を変更するものではない」,とされているのであるから,上記の母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断するという解釈は何ら変更されていないのである。

したがって,区規則別表第1にいう「主に保育に当たる保護者」の解釈運用として,特に母親の状況を勘案する母指数方式によることが否定されるものではないというべきである。

(イ) 区規則別表第1にいう「主に保育に当たる保護者」を,家庭における保育の実態に着目し,個々の家庭において父母のいずれが保育を担当しているか,また,その割合はどの程度であるかといった具体的事情を勘案して決することは,事実上不可能といわざるを得ない。

けだし,公正な選考を実施するためには,考慮する要素に客観性が必要とされるところ,上記のような個別具体的な事情は,保護者の主観に頼らざるを得ないものであるし,更に,限られた短期間に選考を実施する必要があることに鑑みると,そのような個別具体的な事情を勘案して「主に保育に当たる保護者」を決定するのでは,選考の公正さが保ちがたいからである。

(ウ) したがって,区規則別表第1にいう「主に保育に当たる保護者」を,父母が存在する世帯については母を指すものとして解釈運用することは,法24条3項の趣旨に適合するものというべきである。

イ 母指数方式自体の適法性について

(ア) 原告は,参加区長がした母指数方式による選考は,憲法24条をはじめとする前記の一連の男女平等法の趣旨に反すると主張するが,原告が摘示する法律の趣旨ないし目的は,児童福祉法のそれと異なるものであって,それらの法の趣旨ないし目的によって,法24条3項にいう選考方法の合理性や適法性が直ちに左右されるものではない。

そして,法24条3項は,「公正な方法で選考」すべき旨を定めるが,その選考方法について具体的に規定していないことに照らすと,選考方法の選択に関する権限は市町村長の裁量に委ねられているものというべきである。

(イ) 母性は,全ての児童が健やかに生まれ育てられる基盤であり,とりわけ,生涯にわたる人間形成の基礎を培う極めて大切な時期にある乳幼児にとって,母性の愛情や監護は,父性のそれにも増して重要である。

参加区長は,このような児童の乳幼児期における母子関係の重要性に鑑みて,法24条3項に定める選考を行うに当たり,乳幼児にとって最も重要な母子関係を欠くこととなる児童を優先するため,まず,母親の状況に着目して指数化を行う母指数方式を採用し,その上で,児童の家族の状況等を総合的にみるために,単親世帯など特に優先すべき事情がある場合(区規則別表第1の2,番号5),母親が十分に保育に当たることができない事情がある場合(同番号1ないし4),母親のみならず父親や他の家族等の状況などを考慮すべき事情がある場合(同番号13,17)等には,調整指数を設けて加減することで,保育に欠ける程度を判断し選考しているものである。

このような基準に基づいて参加区長がした選考は,児童の福祉に適うものであって,合理性を有し,法24条3項にいう「公正な方法で選考」したものに該当するというべきである。

(ウ) 東京都特別区においては,法24条3項による選考方法として,参加区長と同じく,母親の状態に着目して指数化する母指数方式,両親の状態をそれぞれ指数化し,これを合算する合算値方式,両親の状態をそれぞれ指数化し,それぞれの指数のうち低い方の数値によるとする低指数方式が,各々採用されている。

このように,東京都特別区では,母指数方式,合算方式及び低指数方式というそれぞれ異なった方式が採用されているところ,そのうち,母指数方式のみが,他の方式と比較して著しく不合理であって,およそ選考方式としての公正を欠くものといえないことは明らかであるから,参加区長がした母指数方式による選考は,法24条3項所定の「公正な方法で選考」したものに該当するというべきである。

そして,参加区長は,このような選考結果に基づいて決定し,本件回答を行ったものであるから,これを受けてした被告市長による本件処分は,適法なものというべきであるし,参加区長が本件回答のとおりの判断をしている以上,被告市長としては,これを尊重して然るべきものである。

第3当裁判所の判断(法24条3項と本件処分の違法性について)

1  基本的事実関係に加え,証拠(丙2号証,4号証,6号証,8号証)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  法6条は,「この法律で,保護者とは,親権を行う者,未成年後見人その他の者で,児童を現に監護する者をいう。」と規定し,また,かねてから,法24条は,当該児童につき保育に欠けるところがある場合において保護者から申込みがあった場合には,保育を実施すべき旨を規定している。

そして,厚生省は,昭和36年2月20日,上記保育所の入所の措置基準を定め,同年度から実施するに際し,その運用の留意点を示すため,知事及び指定都市市長宛の児童局長通知を発した(「児童福祉法による保育所への入所の措置基準について」(昭和36年2月20日付け児発129号)。

同通知によると,「市町村長が,児童福祉法第24条本文の規定により保育所への入所の措置をとる場合においては,事前にその家庭の状況を実施につき十分調査,把握し,その家庭構成の状況とくに保育担当者である母親の労働形態,家庭環境その他の状況等を十分勘案し,入所の可否を決定すること。」として,母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断するという解釈が示されており,そこで示された前記入所の措置基準においても,その趣旨に沿った内容が規定されていた。

(2)  その後,昭和61年12月26日法律109号により,保育所入所措置に関する事務が機関委任事務から市町村等の団体委任事務に改められ,昭和62年4月1日から実施されることになったことにより,法24条は,これを受けた改正がされ,市町村は政令で定める基準に従い条例で定めるところにより,保護者の労働又は疾病等の事由により,児童の保育に欠けることがあると認めるときは児童を保育所に入所させて保育する措置を採らなければならないものとされたところ,その際,発せられた知事及び指定都市市長宛の厚生省児童家庭局長通知(「児童福祉法施行令等の一部を改正する政令(児童家庭局関係)の施行等について」(昭和62年1月13日・児発21号)は,条例制定の際の参考となるよう保育所入所措置条例の準則を示すとともに,その運用に関する留意事項を示した。

この通知は,上記昭和36年通知を廃止したが,同時に,「政令で定める措置の基準は,法が趣旨としている入所措置の要件を法律の規定とあいまって明確にするものであって,その基本的な考え方は,昭和36年通知をもって示していた考え方を変更するものではないこと。」としていたため,昭和36年通知において示されていた,母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断するという法の解釈の態度には変更がないとの趣旨に解されるものであった。

(3)  区条例以下の上記法規等は,上記法改正に応じて整備されてきたものであるが,板橋区においては,上記の事実経過から,母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断するという法の解釈は維持されているとの見解のもとに区条例以下の上記法規等を解釈運用し,区規則別表第1にいう「主に保育に当たる保護者」の解釈運用として母指数方式を採用してきた。

(4)  板橋区における保育所入所選考は,毎年4月1日入所分につき,その年の2月上旬から中旬にかけ,約2週間ほどの期間にわたり,ほぼ毎日選考会議を開催して行われる。

板橋区内には,保育所が83所(公立45所,私立38所)あり,その全ての保育所への入園児童が,選考会議によって決定される。

そして,平成13年4月1日入所に関する選考会議においても,入所申込みの際提出された保育所入所申込書,家庭状況届出書,勤務証明書等に基づき,児童の家庭の状況,保護者の就労状況等についてあらかじめ電算入力し,これを各保育所各クラスごとに待機者一覧表として出力した上,再度,保育所入所申込書,家庭状況届出書,勤務証明書等の記載等と確認しながら,基本的事実関係において認定したとおりの方式によって,各児童の指数を算定し,入所承諾対象児童及び不承諾児童を決定した。

(5)  東京都においては,保育所入所選考方法として,現在,板橋区のほか,千代田区,文京区,墨田区,目黒区,中野区,荒川区及び江戸川区(合計8区)が母指数方式(母親の状態に着目して指数化するもの)を採用し,中央区,新宿区,江東区,品川区,大田区,世田谷区,渋谷区,杉並区,練馬区,足立区及び葛飾区(合計11区)が合算値方式(両親の状態をそれぞれ指数化し,合算するもの)を採用し,港区,台東区,豊島区及び足立区(合計4区)が低指数方式(両親の状態をそれぞれ指数化し,低い方の数値によるもの)を採用している。

したがって,東京都の特別区においては,そのいずれもが,申込みをした保護者のみにつき指数化するという方式を採用してはいない。

(6)  平成13年4月入所に係る白鳩保育園入所選考において,本件で実施に行われた母指数方式による選考のほか,仮定的に,区規則別表第1に基づき,合算値方式及び低指数方式によって選考するとした場合の各結果は,それぞれ別紙2(省略)「指数一覧表」中の「母指数」欄,「合算値」欄及び「低指数」欄のとおりとなる。

これによると,Dは,母指数方式,合算値方式及び低指数方式の3方式のうちでは,合算値方式によった場合のみ,白鳩保育園に入園できるものと選考されることになる。

2  原告は,区条例等の解釈運用として母指数方式を採用したことは違法であり,また,母指数方式自体も違法であるから,同方式によった選考は法24条3項の要求する公正な方法によるものということはできず,したがって,同方式による選考に基づく本件処分は,取り消されるべきであると主張するので,以上の事実関係に基づき,上記論点につき判断する。

(1)  法24条3項所定の「公正な方法」について

法24条3項は,保育所入所の選考につき,「市町村は,一の保育所について,当該保育所への入所を希望する旨を記載した前項の申込書に係る児童のすべてが入所する場合には当該保育所における適切な保育の実施が困難となることその他のやむを得ない事由がある場合においては,当該保育所に入所する児童を公正な方法で選考することができる。」と規定しているが,それ以上には,その具体的な内容につき何らの定めをしていない。

ところで,保育実施の前提となる「保育に欠ける程度」につきいかなる区分を設け,そこにおいて,いかなる児童を優先し,いかなる児童を劣後させるかについては,具体的に保育の実施に当たる当該市町村等の社会的経済的実情に即した福祉政策に基づく合理的裁量に委ねられるのでなければ,その適切な処理が期待できないものというべきであるから,法は,上記の選考の具体的な方法については,その実施に当たる市町村等の合理的な裁量に委ねているものと解するのが相当である。

そうであるとすれば,前記のとおり,本件においては,選考の判断基準が予め設定公表されているものであるところ(行政手続法5条参照),この解釈運用が,社会通念上著しく妥当性を欠き,上記趣旨からみた合理的裁量権の範囲を逸脱し,又は,これを濫用しているものと認められない限り,その判断基準に基づいてされた選考は,法24条3項所定の「公正な方法」でされたものと評価すべきものと解される。

(2)  区条例等の解釈運用として母指数方式を採用したことの違法性について

ア 板橋区においては,保育所入所選考のための判断基準として,区条例,区規則,本件要綱及び本件要領等の法規等を整備してきたものであるところ,前記認定の事実経過から,母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断するという法の解釈は維持されているとの見解のもとにこれらを解釈運用し,区規則別表第1にいう「主に保育に当たる保護者」の解釈運用として母指数方式を採用してきたこと,そして,Dに関する白鳩保育園入所選考においても,この方式に基づいて選考を行ったものであることは前記のとおりである。

イ そして,前記の事実経過,特に,児童福祉法の解釈に関する厚生省児童局長ないし児童家庭局長による前記内容の通知が示されていること等からみて,上記昭和62年の法改正後においても,母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断することを許容する法の解釈が維持されていると理解することは不合理とはいえないものというべきである。

そうであるとすれば,児童福祉法,ひいては区条例等の解釈運用として,児童の保護者として,母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断するという母指数方式を採用すること自体が許されないものと解することはできないものというべきである。

ウ 次に,母指数方式によると,区規則別表第1の「主に保育に当たる保護者」の状況によって所定の指数化を行うに際し,板橋区では,これを,父母が存在する世帯については母を指すものとして解釈運用することになる。

区規則別表第1は,保護者として父母が存在する世帯においても,父母の一方のみにつき所定の指数化を行う趣旨のものであるから,父母のいずれにつき指数化を行うべきかは解釈が必要とされるが,父母のいずれが家庭において現実に「主に保育に当たっているか」を認定することによって決するのでは,その判断が困難で客観性に乏しく,限られた期間内に選考を実施することにも支障が生じかねないことからすると,必ずしも公正な選考の実施に資するものではなく,むしろ,母が主に児童の保育に当たっているのが現在の社会の一般的な実情であると考え得ることからみて,安定的かつ類型的判断を可能にするという見地から,主に保育に当たる保護者としては,母を指すものと解釈運用することにはそれなりの合理性が認められるものというべきである。

そうすると,参加区長が,白鳩保育園に係る前記の選考において,区規則別表第1を,父母が存在する世帯については母を指すものとして解釈運用したことは合理的であり,社会通念上著しく妥当性を欠くとみることはできないものというべきである。

エ これに対し,原告は,本件要領の文言が変更されたことを根拠として,区条例等にいう保護者を「母親」と解釈運用する根拠は失われたものと主張するが,上記昭和62年の法改正後においても,母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断することを許容する法の解釈が維持されていると理解することは不合理とはいえないことは,前記説示のとおりである(本件要領の文言変更が,原告指摘のような意味を有するものと認めることはできない。)から,上記原告の主張は,採用することができない。

また,原告は,区規則別表第1につき,申込みをした保護者についてのみ指数化を行うべきものと解釈すべき旨主張するが,そのような解釈は,実務上採用されていないこと前記のとおりであるし,保育所入所決定を得るために,実際の家庭の保育状況に関係のない,指数化において有利な結果をもたらすことになる保護者を申込者とする保育申込みを招くおそれがあるものであって,不合理というべきである。

更に,原告は,原告自身が育児休業をとり,現実にDの保育をしていることをもって,原告が保護者であるとし,Dの白鳩保育園の入所選考においては原告につき指数化すべき旨主張するかの如くであるが,Dの入園希望期間が平成13年4月1日から同19年3月31日まで(6年)であるのに比し,原告の取得した育児休業の期間は平成12年11月27日から翌13年4月13日まで(4か月18日間)に過ぎないのであり,しかも,前記の事実関係からすると,同期間においても,原告がDの養育を主として担当するとは即断できないものというべきであるから,板橋区における上記の解釈運用にかかわらず,原告についてのみ例外的な取扱いをしなければ社会通念上著しく妥当性を欠くとみることは困難である。

以上のとおり,原告の上記主張は,いずれも採用することができない。

(3)  母指数方式自体の違法性について

ア 児童福祉法,ひいては区条例等の解釈運用として,児童の保護者として,母親の状態に着目して保育に欠ける程度を判断するという母指数方式を採用すること自体を許されないものと解することはできないことは,前記のとおりである。そして,そのほかの選考方式も児童福祉法の解釈として許容され得るものであるとしても,前記のとおり,母指数方式は,東京都特別区においてみると,その3分の1を超える特別区において現に採用されている方式であり,また,女性の社会進出を支援する等の見地から保育所入所選考において母を優先的に扱うことにも一定の合理性が認められるものであること,また,板橋区における前記認定の母指数方式の具体的内容には格別不合理な点があると認めることはできないことからすると,板橋区において,母指数方式を採用したことは,合理的であって,社会通念上著しく妥当性を欠くということはできないものというべきである(板橋区においては,母指数方式による解釈運用が採られていることについて,一般的に公にしてきたことは,前記のとおりである。)。

イ これに対し,原告は,母指数方式による選考は,憲法24条をはじめとする前記の一連の男女平等法の趣旨に反すると主張するが,それらによって上記説示の妥当性が左右されるものとは解されない。

また,原告は,仮定的に,合算値方式を採用すべき旨主張するが,合算値方式が採り得べき選考方法の一であることは否定できないとしても,母指数方式も許容される一方式であることは前記のとおりであるから,板橋区において合算値方式を採用しなかったからといって,それが社会通念上著しく妥当性を欠くことになるものでないことは,いうまでもない。

したがって,原告の主張は,採用することができない。

(4)  以上によると,本件において,参加区長がした母指数方式による選考は,社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとは評価できないものというべきであるから,法24条3項所定の「公正な方法」で実施されたものというべきである。

3  本件処分の適法性

本件処分は,いわゆる広域入所の保育実施の申込みに対してされたものであって,処分庁である被告市長と異なる行政庁である参加区長のした選考結果に基礎をおく処分であるから,参加区長のした選考結果に瑕疵がある場合に本件処分がその瑕疵の効果を引き継ぐと解すべきかは一つの問題であるが,本件においては,上記説示のとおり,参加区長のした選考が法24条3項所定の「公正な方法」で実施されたものであって,瑕疵のない適法なものと認められるのであるから,それに基礎をおく本件処分は,当然,適法なものというべきである。

4  結論

以上の次第で,原告の請求は,理由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担につき,行訴法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 都築民枝 裁判官 渡邉健司)

裁判長裁判官 田中壯太は,転補につき署名押印できない。 裁判官 都築民枝

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