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さいたま地方裁判所 平成14年(わ)2号 判決 2004年12月10日

主文

被告人は無罪。

理由

第1本件公訴事実は,「被告人は,平成13年12月16日午前11時50分ころ,埼玉県さいたま市aA方1階和室において,長女B(当時5か月)に対し,殺意をもって,その鼻部及び口部を両手で塞いだ後,その頚部を両手で絞めつけ,さらに同所浴室において,同女をうつ伏せにして浴槽の水に浸した上,その背部等を押えつけ,よって,そのころ,同所において,同女を溺死させて殺害したものである。」というのであり,上記事実は,(証拠省略)を総合して,これを認めることができる。

第2しかしながら,当裁判所は,審理の結果,被告人は内因性の躁うつ病に罹患し,本件犯行当時はうつ病相期にあって重症であり,犯行がその影響下に行われたものであったと認め,被告人が是非善悪を弁識し,それに従って行動する能力を欠いていた疑いがあることから,本件行為は責任能力を欠く者の行為として罪とならないと判断した。以下,その理由を述べる。

1  前掲証拠のほか関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。

被告人は,父C,母Dの長女として神奈川県海老名市で出生し,学生時代は真面目で引っ込み思案な性格で,小学生のときにいじめを受けたこともあったが,勤勉で欠席や遅刻はなく,成績も良かった。専門学校を卒業後,被告人は,平成2年4月からテレビ番組制作会社に勤務し,東京都内で一人暮らしを始めたが,同3年3月ころ,後輩を指導する立場になると,自分は仕事ができず満足に後輩を指導できないなどと不安を募らせ,無断欠勤を繰り返すようになり,手首を切って自殺を図ったことから,同年4月ころ,実母に伴われて退職願を提出し,同社を退社した。

被告人は,仕事を辞めて暫くはふさぎ込んでいたが,その後一転して,今までいい子でいたけどやりたいことがあった,今やらなければできないなどとして,自動車学校やボーカルスクールに通い,ぱちんこ店やゲームセンターでアルバイトをするようになった。服装は派手になり,友人らに頻繁に電話をかけ,帰宅が深夜になることも多く,このころ,被告人は,ぱちんこ機器メーカーに勤務していたEといわゆるダイヤルQ2で知り合って交際を始めた。両親は被告人の仕事や交際相手について苦言を呈したが,被告人は,意に介さず,反発して家出することもあり,そのような被告人の様子を懸念した実母の勧めで,同年11月9日,G病院精神神経科を受診した際には軽い躁うつ状態と診断された。被告人は,同4年4月ころから再び気分が落ち込み,自宅に引きこもるようになったが,同年9月ころからはバンド活動を始めるなどし,Eとも交際を復活させ,同5年にはさいたま市内のマンションで同人と同棲するようになり,その後,同人の子を妊娠したことから,同8年8月18日同人と正式に婚姻した。

被告人は,妊娠中,その中毒症に悩まされたが,同9年2月25日,実家近くの病院で長男Fを出産した。長男は未熟児であったためすぐには退院できず,被告人は,実家から病院に通い長男に母乳を届けるなどしていたが,長男が未熟児で生まれたのは自分のせいだとして自分を責め,長男に届ける母乳が上手く搾れないなどと思い悩み,落ち込むようになった。その後,実家に長男を引き取ったが,被告人は,やはり育児に対する不安を訴え,特に,長男が寝入ったのを見て呼吸をしていないと思い込み救急車を呼んだことがあってからは,強い自己嫌悪に陥り,近隣の住民から悪口を言われているなどと感じ,死にたいと思うようになった。このため両親がG病院に相談に行き,投薬を受ける一方,被告人は,実母に子育てを手伝ってもらい,また,さいたま市内の自宅マンションに戻って以後は,同市内にある夫の実家に長男を預けて被告人がそこに通うなどして,子育てに慣れる努力をした。その結果,被告人は,徐々に自信を取り戻し,子育てに不安を感じることもなくなり,同年8月ころ,自宅マンションに長男を引き取って以降は,保健所の相談員にアドバイスを受けるなどして子育てに励んでおり,同年9月からHクリニックに不定期に3回ほど通院したが,気分の落ち込み等の症状はなくなった。

同12年12月ころ,被告人は,第2子の妊娠に気付き,医師や実父母からは出産に慎重な意見を受けたが,夫と相談の上,出産を決意した。被告人は,血圧が高かったため,一時は母子ともに危険な状態になったが,予定日よりも2か月早く同13年6月30日に帝王切開で長女Bを出産した。長女は出生時1180グラムと未熟児であったため,2か月ほど保育器に入ったまま入院していたが,被告人は,長男出産時とは異なりきちんと搾乳できていたことなどから,子育てに対して大きな不安を抱くことなく,自宅から長女の入院先まで母乳を届けるなどして子育てに励んでいた。同年8月28日に長女が退院し,被告人は,自宅で子供2人の育児に励んでいたが,同年10月半ばころから気分が落ち込み,家事が思うようにこなせず,長女の体重の増え方が気になるなど不安を抱くようになり,実母に電話で「お母さんだめなの,死にたい。」などと子育てに対する不安を打ち明けるようになった。また,被告人は,保健所に相談して同年11月2日に自宅で長女の体重を測定してもらい,生育状況に異常はなく,保健婦からも大丈夫だと励まされたが,不安は募る一方で,夫に相談して長女を夫の実家に預けたものの,気分の落ち込みは続き,次第に外出するのも怖くなり,長男の幼稚園への送り迎えもできないようになった。そして,同月11日,翌朝は長男を幼稚園へ送り届けなければならないと考えるうちに,長男がいなければいいなどと思って長男の首を絞めたことがあり,このときは,長男が苦しがるのを見てすぐに手を離したものの,帰宅した夫に長男の首を絞めたことを打ち明けると叱責され,長男は夫の実家に預けられるとともに,夫から翌朝には病院に行けと言われて腹や腕を蹴られた。しかし,被告人は,病院に行くこともできず,死にたいと強く思い,自殺する場所を探して自宅を出たものの自殺も遂げられず,結局,その足で実家に行き,母親の勧めでG病院を再受診し,うつ状態と診断された。被告人は,実家でも両親と言葉を交わすことはほとんどなく,家にこもり床についたまま身の回りのことも出来ない状態であったが,同年12月2日,被告人の夫が両親の反対を押し切って被告人を自宅マンションに連れ戻した。その後も,被告人の気分の落ち込みはひどくなる一方で,家事や育児もままならず,夫に「みんなが私に出て行けと言っている。」などと言うようになり,夫が幻聴だと言っても受け入れなかった。このころ,夫からは双方の親を呼んで話し合おうなどと言われたが,被告人は,離婚されたくない一心で,夫の実家で子育てすることを申し出て,同月7日から夫の実家に同居した。しかし,被告人は,やはり何もできずに横になっていることが多く,義母が被告人に代わって家事や育児に忙しくしている様子を見ては,自分は駄目な人間だと感じ,自殺したい,家を出て行かなければならないなどと考えるようになり,本件前日には実母に電話して実家に戻りたいと訴えたが,結局,実家に戻ることにはならなかった。

本件当日,被告人は,長男,長女と同室で横になっていたが,午前11時過ぎころ起き上がり,布団の上に正座して長女の寝顔を見つめるうち,同女を殺害しようと決意し,同日午前11時50分ころ,前記のとおりの本件犯行に及んだ。犯行直後,被告人は,長男が浴室にやってきたため,長女の死体が見えないように浴槽の上にふたを置き,長男を居室に連れ戻し,その後は,義母に長女の居場所を問われても何も答えず,同日午後6時40分ころ,帰宅した義父に長女の居場所を問われてようやく「お風呂。」と言った。被告人は,長女の死体を発見した義父から「何でこんなことをやったんだ。」と怒鳴り付けられても,ぼうっとして何ら反応しない状態であった。

2  以上の事実と,起訴前に被告人の精神鑑定を担当した医師I作成の精神鑑定書及び第3回公判調書中の同人の供述部分(以下「I鑑定」という。),鑑定人J作成の精神鑑定書及び第5回公判調書中の同人の供述部分(以下「J鑑定」という。),並びに,鑑定人K作成の精神状態鑑定書及び同人の当公判廷における供述(以下「K鑑定」という。)を総合し,被告人の責任能力について検討する。

(1)  被告人の病状について

ア J,K両鑑定は,いずれも,被告人が平成3年3月ころに発症した内因性の躁うつ病(双極性感情障害又は双極Ⅱ型障害ともいう。)に罹患し,本件犯行時にはそのうつ病相期にあり,重症であったと診断する。両鑑定とも,公判記録のほか被告人からの詳細な聴取,親族との面談,心理検査の結果等を参照し,K鑑定ではG病院における診療録も検討した上,いずれも客観的診断基準を考慮した合理的手法で鑑定された結果であり,両鑑定の結論が一致することにかんがみると,上記診断結果は十分に信頼し得るものである。

一方,I鑑定は被告人を中等度のうつ病と診断するが,同鑑定が捜査段階で実施されたいわゆる簡易鑑定で,鑑定資料や被告人との面接時間が限られていたことに加えて,I医師自身,被告人が鑑定時に亜昏迷状態にあって質問に対して思うように答えが返ってこず,被告人の病歴や犯行経緯について十分な聴取と理解が困難であったと述べていることに照らすと,鑑定資料に勝るJ,K両鑑定の方がより的確に被告人の症状を把握した診断といえる。

イ 検察官は,被告人が躁うつ病に罹患していたことは争わないものの,それが内因性のものではなく,また,その症状は特に重篤なものではなかったと主張するので,以下さらに検討する。

① 病因的検討

J,K両鑑定は,被告人には躁状態とうつ状態が繰り返し現れ,いくつかの病相期はとくに誘因なく始まっていること,うつの時期に好きな音楽への興味の喪失,早朝覚醒,精神運動制止等といった内因性うつ病を示唆するメランコリー症状が存在することなどから,被告人の躁うつ病が内因性のものであるとする点で一致する。これに対し,検察官は,被告人がうつ状態を呈するには出産という出来事が影響しており,また,Hクリニックでは単に産後のうつ状態と診断されたことなどから,被告人の精神疾患は心因性(反応性)のものであったと主張する。しかし,被告人が,長女を未熟児で出産した直後には特に不安を高めることがなかったにもかかわらず,出産後約3か月以上経過した後に合理的な誘因なくうつ状態を呈していること,また,長女を夫の実家に預けたり,被告人が実家に戻るなどして育児から解放された際にも,うつの症状が軽快することがなかったと認められることなどにかんがみると,被告人の症状が出産や育児ストレスといった外的誘因に基づく反応性のものとはいい難い。なお,被告人が上記クリニックに通院したのは,うつの症状が軽快した平成9年9月から12月の期間で,通院回数も少ないことから,同クリニックの診断結果が上記鑑定の結論を左右するものではない。

② 重症度について

J,K両鑑定は,被告人に意思の発動がなく,昏迷,亜昏迷状態に陥っていること,幻聴や妄想などの精神病像がみられることなどに照らし,その症状は重症であったと診断する点でも一致する。これに対し,検察官は,被告人が平成3年11月9日にG病院を受診した際には軽い躁うつ状態と診断されたこと,被告人の夫が被告人の異常を感知していないこと,被告人にこれまでは問題行動がみられなかったことなどを根拠に,被告人の症状はさほど重篤なものではなかったと主張する。しかし,上記G病院の診断は,被告人の発症後間もない時期のもので,むしろ初期症状の診断としてはJ,K両鑑定の結論に整合するものであるし,被告人の夫も,被告人が間欠期又は躁状態にあった時期について特段変わった様子がなかったと供述するに過ぎず,むしろ本件前には被告人がぼうっとしたまま動かないことが多く,幻聴様の体験を打ち明けることもあったなどとその異変を感知しているのであるから,同人の供述の一部のみを取り上げて上記のような結論を導くことは当を得ない。また,一般に躁うつ病患者が犯罪や問題行動に走る傾向にあるとはされないから,単に過去に問題行動がなかったというだけで病気の重症度を推し量ることはできない。

③ そして,前記認定のとおり,被告人は,平成13年10月半ばころから気分の落ち込みが激しく,自殺念慮や自殺企図がみられ,行動抑制により日常生活すらままならない状態が続いていたのであるから,J,K両鑑定の指摘するとおり,本件犯行当時に被告人がうつの病相期にあり重症であったことは明らかというべきである。

(2)  責任能力について

ア J鑑定によれば,本件は,重いうつ状態にあった被告人が,自責感,絶望感を強くするとともに,未熟児で出生した長女の発育状態に不安を抱き,駄目な自分の子供である以上,長女の将来は暗いなどとして,不憫な子供を救済するために行った犯行であるとした上,かかる犯行はうつ状態に影響された思考に基づくものであり,責任能力を欠くと結論付ける。しかし,後述のとおり,犯行動機に関する被告人の供述には変遷がみられ,必ずしも長女を救済することのみを唯一の目的として犯行に及んだものとは認め難いから,J鑑定は,犯行動機において異なる前提に立つものといわざるを得ない。

イ 他方,K鑑定は,犯行動機に関する被告人の供述に変遷がみられることを前提とした上,動機を次のように分類して個別に責任能力を検討する。すなわち,被告人は,①子育てから逃げたかった,②長女を殺害して死刑になりたかった,③自分のような駄目な人間の子供は幸せになれないから救済するために殺害した,④自分に離婚を切り出した夫に対する逆恨みとして犯行を行った旨4つの殺害動機を供述するところ,上記②,③の動機で犯行を敢行した場合には心神喪失が相当と考えるが,①の動機による短絡反応としての犯行であれば場合によって心神耗弱を認める余地があり,④の動機に基づくのであれば完全責任能力を認めることもできるとする。

ウ そこで,犯行動機について検討するに,確かに,被告人の供述には上記のような変遷がみられ,自分が満足に家事や育児をできない駄目な母親で,夫に離婚されれば発育が遅れている長女を育てていくこともできないと思い,子育てから逃げるために犯行に及んだと述べる一方,子育てから逃げたかったという意味について,長女を殺害して死刑になりたかったなどと説明し,また,自分の子供である以上,長女の将来は暗く,生きていても苦しむだけだから楽にするために殺害した,あるいは,夫を恨みに思い困らせてやろうとしたなどとも供述する。これらはいずれも意図的な虚偽供述とは考えにくく,時間の経過やうつ的認知の影響により記憶が変容したものとして理解されるところ,夫への逆恨みと述べる部分は,K鑑定の面接時に初めて現れた供述で,それ以前には述べられておらず,この前後に被告人の夫から離婚届が郵送され,離婚が成立した経緯にかんがみると,当時妄想を伴う抑うつ状態にあった被告人が,直近の出来事に影響されてうつ特有の自己否定的思考に陥り,かかる供述をなした可能性があり,被告人も,犯行に至る際には夫のことは考えていなかったとも供述するのであるから,犯行時にこれが真の動機として存在していたかは疑わしいといわざるを得ない。他方,被告人が捜査段階から繰り返し子育てから逃げたかったと述べていることにかんがみると,これが動機の1つであったことは事実と認められるが,その余の動機も,結局明らかな虚偽として排斥することはできず,また,被告人がこれらを別個のものとしてではなく相互に結び付けて供述することも考慮すると,これらの動機が犯行時に併存していた可能性も否定できないというべきである。

エ 検察官は,被告人が短絡的,衝動的に子育てから逃げたいと思って犯行に及んだに過ぎず,この場合にK鑑定によれば心神耗弱を認める余地があるとされるところ,被告人は,犯行時の意識も清明で,長女を殺害する罪責感と葛藤しながら犯行に及んでおり,犯行直後に浴室にやってきた長男には,長女の死体を見せないようにと思いやり,浴槽の上にふたを置いて長男を居室に連れ戻すなどしているから,一連の行動や思考は合理的で了解可能であり,責任能力を失ってはいなかったとする。

しかしながら,子育てからの逃避が主たる動機であるとしても,上記のとおり間接自殺や長女救済の目的が併存していたこともうかがわれ,単純に子育ての辛さから逃れるために短絡的に犯行に及んだものとは断じ難い。また,いずれにせよ犯行の基底には,長女が衰弱しているという不安にとらわれたことが大きく影響しているところ,実際には長女の体重が順調に増加し,健診の結果も発育に異常なしとされたことなどにかんがみると,こうした不安にとらわれ,他の可能性に思い至らせることがなかったこと自体が,およそ合理性を欠くというほかない。犯行は自己や長女に対する極端に低い評価,罪責感や希死念慮など,うつ特有の思考が反映されたものといえ,正常心理から理解できる範囲を超えたものといわざるを得ない。

そして,J,K両鑑定の指摘するとおり,一般に重いうつ状態にあっても必ずしも意識障害を伴うものではないから,被告人が犯行時に比較的清明な意識を保っていたことはうつの影響を否定する根拠とはならず,むしろ,執ように繰り返された殺害行為には異常なまでの徹底性があり,うつ特有の不安感や強迫感のあらわれとみることができる。

一方,被告人は,犯行時にある種の罪悪感を抱いた趣旨の供述をし,また,犯行直後に浴室にやってきた長男に対しては,「ショックを与えてはいけない。」と思い,浴槽の上にふたを置いて長女の死体を隠し,長男を居室に連れ戻すなどしたことが認められ,これらの点からすると,被告人が犯行当時,行為の是非善悪を弁識する能力を失っていなかったようにも思われる。しかしながら,被告人が,「やっちゃいけないことだということは頭の中にありましたが,もうその時はこうするしかないと思い込んでやっていました。」と供述するように,一般的な規範の問題は有していたにせよ,うつ特有の思考にとらわれ,長女を殺害するほかないものと確信し,しかるべき反対意識を喚起することができなかったことがうかがわれ,行為の是非善悪を弁識し,これに従って行動する能力を欠いていた疑いは払拭できない。また,うつ特有の思考に支配されて及んだ犯行であるがゆえに,被告人の行動にはある種の一貫性があり,見当識も失っていなかったと認められるから,長男に対して上記のように一見合理的な行動に出たことも,必ずしも矛盾するものではない。むしろ,被告人の行動を総じてみた場合には,長女殺害後6時間余りの間,犯行を申告することも隠ぺいすることもなく全くの無為に過ごし,帰宅して死体を発見した義父に叱責されても,何ら感情を表出することがなかったというのであるから,殺人という重大犯罪を行った者の行動としておよそ現実感に乏しく,精神疾患の影響が色濃くうかがわれるというべきである。

なお,検察官は,K鑑定において実施された心理検査の結果,被告人が元来,自己統制力が不足し,攻撃的で,困難な事態に立ち向かうのは絶対に避けるといった人格特徴を持つと診断されたことから,本件犯行はこうした被告人の本来の性格の発現であって,病気の影響を受けないものだと主張する。しかしながら,K鑑定人が指摘するとおり,同検査の結果は受検者のうつ状態による否定的な認知の仕方に左右される可能性があるところ,こうした検査結果のみに依拠して,被告人の元来の性格なるものを規定し,犯行がこれに基づくものであると断じることはできない。既にみてきたとおり,本件犯行に被告人の精神疾患が影響した可能性は否定できないところであって,所論は理由がない。

第3以上のとおり,本件犯行当時,被告人が本件行為の是非善悪を弁識し,それに従って行動する能力を欠いていた疑いは残るといわざるを得ないから,刑事訴訟法336条により,被告人に無罪の言渡しをすることとし,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役5年)

(裁判長裁判官 下山保男 裁判官 任介辰哉 裁判官 岩井佳世子)

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