大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

さいたま地方裁判所 平成14年(わ)2048号 判決 2003年3月18日

主文

被告人を懲役1年6月に処する。

この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告人は,a市助役であった者であるが,

第1  各種管工事の施工業等を営むA株式会社の取締役であったBと共謀の上,同市が執行した同市立C学校給食センター調理室換気設備改修工事の指名競争入札において,同社に同工事を落札させようと企て,平成12年5月下旬ころ,被告人が,a市役所において,電話で,同市b町D株式会社事務所に居たBに対し,同工事の積算原価が4039万円である旨内報し,よって,同年6月2日,同市役所入札室において行われた同工事の入札に際し,A株式会社をして,入札・見積書比較価格4030万円を僅かに下回る4020万円で同工事を落札させ,

第2  土木建築工事の設計,施工等を営むE株式会社代表取締役であったFと共謀の上,

1  同市が執行した市道c号線側溝整備工事の指名競争入札において,同社に同工事を落札させようと企て,平成12年9月下旬ころ,被告人が,同市役所助役室において,Fに対し,同工事の積算原価が1649万円である旨内報し,よって,同月29日,上記入札室において行われた同工事の入札に際し,同社をして,入札・見積書比較価格と同額の1640万円で同工事を落札させ,

2  同市が執行した市道d号線側溝整備工事の指名競争入札において,同社に同工事を落札させようと企て,平成12年10月中旬ころ,被告人が,上記助役室において,Fに対し,同工事の積算原価が1840万円である旨内報し,よって,同月20日,上記入札室において行われた同工事の入札に際し,同社をして,入札・見積書比較価格1840万円を僅かに下回る1810万円で同工事を落札させ,もって,偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした。

(証拠)略

(量刑の理由)

本件は,市の助役であった被告人が,各種管工事の施工業等を営む会社の取締役,あるいは土木建築工事の設計,施工等を営む会社の代表取締役であった共犯者らと共謀の上,3度に亘り,同市が執行した三つの工事の指名競争入札において,これらの会社に工事を落札させようと企て,共犯者らにこれらの工事の積算原価を内報し,よって,その後行われたこれらの工事の入札の際,これらの会社をして入札・見積書比較価格と同額,ないしはこれを僅かに下回る額で落札させたという偽計競売入札妨害の事案である。

指名競争入札が行われる場合,工事の落札を希望する参加業者において,一般には公表されていない工事の積算原価につき,事前にその内報を受けるときは,入札・見積書比較価格(この価格が積算原価の端数を切り捨てて得られることは業者間で知られていた。)を知ることを可能にして,いわゆる業者間の調整を容易にし,落札可能な最上限の入札額を予想することを可能にし,業者間の調整により当該業者がいわゆるチャンピオンと決まれば,当該業者をして入札・見積書比較価格と同額,ないしはこれを僅かに下回る額で落札することを可能にし,当該業者に最大限の利益をもたらす反面,市をして不当に高い額での工事の施工を余儀なくさせ,それだけ市民の税金を無駄遣いさせることになるのであって,本件は,自由な業者間の競争により市にとって最も有利な条件での工事の施工を可能にしようとする競争入札の公正を害する悪質な犯行である。被告人は,共犯者らと個人的にも親しい付き合いをしていたところ,本件各工事の落札を目論む共犯者らからの求めに応じ,その積算原価を内報したもので,そのような行為が上記のとおり競争入札の公正を害することとなることを十分承知しながら,一度ならず三度に亘って同様の犯行に及んだものであって,そこに事の重大さに思いを致さない安易な姿勢が看て取れる。市助役という枢要な地位に就き,他の職員の範となるべき立場にありながら,安易にこのような犯行に及んだ被告人の姿勢は,公務員としての倫理観が欠如しているものというほかはなく,その意味でも強い非難に値する。現に入札・見積書比較価格と同額,ないしはこれを僅かに下回る額での落札,工事の施工という結果を招来させた。

このような事情に照らすと,被告人の刑責には重いものがある。

他方,犯行自体は認めており,被告人なりに反省の情を示していること,前科前歴はないこと,本件で4か月間近く身柄拘束を受けるという不利益を受けたこと,自ら蒔いた種とはいえ,本件で公務員の身分を失い,また,本件はマスコミでも大きく取り上げられたもので,一定の社会的制裁を受けたということができることなどの被告人にとって酌むべき事情もある。

そこで,これら諸般の情状を総合考慮し,今回は刑の執行を猶予することとした。

(求刑・懲役1年6月)

(裁判官 山口裕之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例