さいたま地方裁判所 平成14年(わ)46号 判決 2002年6月18日
主文
被告人を懲役7年に処する。
未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 平成13年12月29日午前2時05分ころ,埼玉県a市(番地略)道路上において,運転開始前の飲酒の影響により,前方注視及び運転操作が困難な状態で,普通貨物自動車を時速約60キロメートルで走行させ,もって,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で上記自動車を走行させたことにより,そのころ,同市(番地略)道路上を進行中仮睡状態に陥り,同市(番地略)道路上において,同所左側端を歩行中のA(当時19歳),同B(当時20歳)及び同C(当時21歳)に自車左前部を衝突させ,よって,Aに脳挫傷の傷害を負わせ,同日午前4時09分ころ,同県b市(番地略)所在のc病院において,同女を上記傷害により死亡させるとともに,Bに頸椎損傷,外傷性くも膜下出血の傷害を負わせ,同日午前4時15分ころ,同県d町所在のe病院において,同女を上記傷害により死亡させたほか,Cに全治まで約2週間を要する頭部外傷,胸腹部,臀部打撲の傷害を負わせた,
第2 同日午前2時05分ころ,同県a市道路上において,前記のとおり,前記Aほか2名を負傷させる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して,上記Aら負傷者を救護する等必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった
ものである。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち,A及びBに対する各危険運転致死の点はいずれも刑法208条の2第1項前段(致死の場合)に,Cに対する危険運転致傷の点は同法208条の2第1項前段(致傷の場合)に,判示第2の所為のうち,救護義務違反の点は平成13年法律第51号(道路交通法の一部を改正する法律)附則9条による改正前の道路交通法117条,72条1項前段に,報告義務違反の点は同法119条1項10号,72条1項後段にそれぞれ該当するところ,判示第1の所為は,1個の行為が3個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として刑及び犯情の最も重いAに対する危険運転致死罪の刑で処断することとし,判示第2の所為は,1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として重い救護義務違反の罪の刑で処断することとし,判示第2の罪について所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役7年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入することとする。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,多量の飲酒をし,アルコールの影響により正常な運転をすることが困難な状態に陥っていることを認識しながら,あえて会社の同僚らと居酒屋等で飲酒して,運転を継続するうちに仮睡状態に陥り,道路左側前方を歩行中の被害者3名に自車を衝突させて,2名を死亡させ,1名に傷害を負わせ(判示第1の事実),さらに,被害者らを救護する等必要な措置を講ぜず,かつ,最寄りの警察署の警察官に報告をしないで,その場から逃走した(判示第2の事実)危険運転致死傷及び道路交通法違反の事案である。
被告人は,職場から貸与されている自動車を運転して帰宅する途中,居酒屋で飲酒していた同僚らに誘われて飲酒を始め,更にはしご酒をするなどして,長時間にわたり,相当量の飲酒をし,かなり酩酊していたにもかかわらず,早く帰宅したいとの理由から,運転代行を利用するようにとの同僚らの忠告を無視して,車両を運転し,アルコールの影響により正常な運転をすることが困難な状態であることを認識しながら,運転を継続した結果,本件事故を惹起したものであって,犯行の動機に酌むべき点は全くない。
犯行の態様は,同僚らの忠告を無視して運転を始め,アルコールの影響により,途中から視野が狭くなり,アクセル操作も思うに任せない状態となったにもかかわらず,制限速度が40キロメートル毎時と指定された歩車道の区別のない幅員約6メートルの片側一車線の住宅街の道路上を,時速約60キロメートルないし70キロメートルで運転を継続し,極端に視野が狭くなり,仮睡状態に陥るなどした結果,進路前方の道路左側端を2列縦隊で同方向に歩行中の被害者らの集団に全く気付かず,自車をC,A及びBの3名に順次衝突させて,Cを路上に転倒させて全治まで約2週間を要する頭部外傷,胸腹部打撲等の傷害を負わせ,Aをボンネットに跳ね上げた上,フロントガラスに衝突させ,そのまま疾走して約75メートル余り前方の路上に転落させて脳挫傷等の傷害を負わせて死亡させ,Bを約16メートル前方の住宅のブロック塀の上に跳ね飛ばし,頸椎損傷等の傷害を負わせて死亡させており,犯行後,呼気1リットル当たり0.55ミリグラムと高濃度のアルコールが検出されていることに照らしてみると,極めて危険かつ悪質な運転であったといわざるを得ない。その上,被告人は,飲酒運転の発覚を恐れて,事故を起こした自動車運転者として,まず行わなければならない被害者の救護や最寄りの警察署の警察官に対する事故の報告等をせずに,その場から逃走している。
被告人の無謀な運転行為の結果,2名の尊い命が失われ,1名が負傷しており,負傷した被害者も,本件事故状況に照らしてみると,衝突部位がわずかにずれておれば,一命を落としていた可能性も否定できないのであって,傷害にとどまったのは全くの幸運であったというほかない。死亡した被害者Aは,図書館司書になることを希望して大学で勉学に励んでいた当時19歳の女子大生であり,同じく死亡した被害者Bは,栄養士を目指して短大で学び,卒業後の就職先も内定していた当時20歳の女子大生であって,いずれもコンビニエンスストアの従業員として稼働していたアルバイト仲間であり,前日の夜,アルバイト仲間6名で忘年会を行い,帰宅する途中,本件事故現場付近の道路上を,2列縦隊で歩いていたところ,本件事故に巻き込まれたものであって,事故の状況は悲惨の一語に尽き,前途ある若い命を奪われた被害者2名の無念の思いは察するに余りある。死亡した被害者であるAの両親及び同じく死亡した被害者Bの母親ら,遺族の心痛,悲嘆は筆舌に尽くし難く,いずれも証人として出廷して,愛娘を失った悲しみを訴え,被告人に対する憤りの気持ちを述べて,厳しい処罰感情をあらわにしている。
ところが,これら被害者や遺族に対して,十分な慰謝の措置が講じられているとはいい難い上,被告人には,平成5年に速度違反の罪で,平成7年には酒気帯び運転の罪でいずれも罰金刑に処せられた前科のほか,速度超過を含む交通違反歴が少なからず認められ,妻や被告人自身の供述によれば,妻の忠告を無視して日ごろから飲酒運転を繰り返していた節もうかがわれる。これらの点からすると,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
そうすると,被告人が,事実を認め,二度と自動車の運転をしないと述べるとともに,被害者及び遺族らに対して謝罪の言葉を述べて反省の態度を示していること,妻と叔父が,被告人の更生に助力することを誓約していること,被害者らの被った損害については,加害車両の自動車保険により,いずれ適正な賠償がなされることが期待されること,被告人は,事故後現場から逃走したものの,約200メートルほど走行して引き返していること,事故当時,被害者3名は外側線の幾分車道側を歩行していたとみられること,その他,本件危険運転致死傷罪は,近時,飲酒運転や著しい高速度運転等の悪質かつ危険な自動車の運転行為による死傷事犯が少なからず発生しており,こうした悪質かつ危険な死傷事犯に対しては,従来の法律では事案の実態に即した適切な処分が困難であり,厳罰化が必要であるとの国民世論の高まりから新設された規定であって,こうした立法の趣旨は十分に尊重されるべきものと考えられることなど,被告人のために有利不利一切の事情をしん酌し,主文のとおり量刑した。
(求刑 懲役8年)
(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 森浩史 裁判官 片岡理知)