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さいたま地方裁判所 平成14年(わ)608号 判決 2002年9月11日

主文

被告人甲を懲役16年に,被告人乙を懲役11年に各処する。

未決勾留日数中各120日を,それぞれその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人甲は,右翼団体Aの行動隊長で,風俗店Bの経営者であり,被告人乙は,同本部隊員で同店店長であるが,

第1

1  被告人乙及び同店店員Cが共謀の上,平成14年2月19日午後10時30分ころ,埼玉県熊谷市大字a同店駐車場において,Cにおいて,同店に客として来店し,帰ろうとしたDの腰付近に抱き付いて押し倒し,C及び被告人乙において,Dの脇を抱えるなどして同人を逮捕した上,同店に引きずり込み,Dにおいて,同店出入口ドアを施錠し,同店において,被告人乙らにおいて,Dを監視し,被告人乙からの連絡で同店に駆けつけた被告人甲,同本部隊員E及び同Fも被告人乙らの意図を察し,ここに5名共謀の上,Dを監視し,同月20日午前零時50分ころ,被告人甲,被告人乙及びEにおいて,Dの両手両足等をビニールテープで縛った上,ランドリーバッグに詰め込み,同駐車場に停車中の普通乗用自動車トランクに入れ,同車を発進させ,同日午前11時40分ころ,同県児玉郡b町大字c付近路上において同人を殺害するまでの間,同人を同店及び同車トランクから脱出することを不能にし,もって,同人を不法に逮捕監禁し,

2  被告人ら5名は,共謀の上,Dが個室内で相手をした風俗嬢を押し倒したことに因縁をつけ,Dから罰金名下に金員を喝取しようと企て,同月19日午後11時40分ころ,同店において,被告人甲において,Dに対し,その顔面を手拳で数回殴打し,その肩部等を数回足蹴にするなどの暴行を加えた上,「どう対処するか考えてくれ。店はあんたのおかげで店仕舞いしなくちゃならないし,女の子も明日から来なくなっちゃうかもしれないんだ。罰金と書いてあるんだから,それを踏まえて考えてくれ。7000円じゃ許せねえな。」などと語気鋭く申し向けて金員の交付を要求し,これに応じなければその生命,身体,名誉等に危害を加えるかのような気勢を示して脅迫し,Dをしてその旨畏怖させ,よって,その場で,同人から現金7000円を交付させて喝取するとともに,同人に5万円の支払約束をさせて財産上不法の利益を得,

第2被告人甲は,Dが,その後,やはり自分は悪くない,警察に行く,金は払わないと言い出したことから,舐められていると激昂するとともに,このまま同人を帰せば,警察に通報されるなどと考え,この上は,同人を口封じのために殺すしかないと決意し,被告人乙及びF,E,同右翼団体本部長Gにその情を明かし,ここに被告人両名は,F,E及びGと共謀の上,同月20日午前11時40分ころ,上記第1の1記載の路上において,同所に停車中の普通乗用自動車トランク内に横臥しているDに対し,被告人甲において,その頸部にハーフコートのベルトを巻き付けて力一杯絞め付け,よって,その場で,同人を窒息により死亡させて殺害し,

第3被告人甲は,G,H及びIと共謀の上,同日午後8時30分ころ,群馬県佐波郡d町大字e番地J株式会社d工場において,Dの死体を廃車車両に詰め込み,Iにおいて,同工場に設置されたスクラッププレス機を操作して同車両もろとも同死体を圧縮して損壊した上,そのころ,同死体の入った圧縮済みの車両を同工場甲プレス置場に放置し,もって,死体を損壊,遺棄した

ものである。

(証拠の標目)

(量刑の理由)

本件は,(一)右翼団体Aの行動隊長で,いわゆる風俗店の経営者の被告人甲,同本部隊員で同店店長の被告人乙が,同本部隊員F,同本部隊員E及び同店店員らと共謀の上,客として来店した被害者Dが個室内で相手をした風俗嬢を押し倒したことに因縁をつけ,被害者Dを逮捕監禁の上,罰金名下に金員を喝取することを企て,(1)同店駐車場で,帰ろうとする同人に抱き付いて押し倒し,その脇を抱えるなどして同店に引きずり込み,出入口ドアを施錠し,同人を監視し,引き続き,その両手両足等をビニールテープで縛った上,ランドリーバッグに詰め込み,普通乗用自動車のトランクに入れ,埼玉県内の山道に至るまで同車を疾走させるなどし,その間,同人を同店及び同車トランクから脱出することを不能にしたという逮捕監禁(判示第1の1の事実),(2)同店で,同人に対し,殴る蹴るの暴行を加えた上,金員の交付を要求し,これに応じなければその生命,身体,名誉等に危害を加えるかのような気勢を示して脅迫し,同人から現金7000円を交付させて喝取するとともに,5万円の支払約束をさせたという恐喝(判示第1の2の事実),(二)被告人甲において,口封じのために被害者Dを殺害しようと決意し,被告人乙,F,E,同団体県本部長Gにも協力を求め,共謀の上,上記山道で被害者Dを殺害したという殺人(判示第2の事実),(三)被告人甲は,Gや知人らと共謀の上,被害者Dの死体を廃車車両もろともスクラッププレス機で圧縮して損壊し,これを放置して遺棄したという死体損壊,遺棄(判示第3の事実)の事案である。

本件は,被告人甲経営の風俗店の客である被害者Dが酔余管を巻いていたのに対し,これに適切な対処をしなかった店長の被告人乙が手を焼き,帰ろうとする被害者Dを二人がかりで取り押さえて店に引きずり込むなどした上,客とのトラブルで手に負えないなどと言って被告人甲を呼び出し,店に赴いた同被告人も,一方的に殴る蹴るの暴行を加え,現金を喝取するとともに,金員の支払約束を内容とする書面を無理矢理作成させたところ,酩酊状態の被害者Dが自己の状況を弁えず,やはり自分は悪くない,警察に行く,金は払わないなどと,被告人らの神経を逆なでするような態度をとったことから,被告人甲において,舐められていると激昂するとともに,このまま被害者Dを帰せば,警察に通報されて自分は逮捕されることとなるが,そうなれば,ようやく長年の夢が叶って手に入れた店は潰れ,家庭も失うことになるなどと考え,この上は,同人を口封じのために殺すしかないと決意したものである。被告人甲は,風俗店を営む者として,酔客に対するあしらい方を心得ておくべきであるのに,自己らの要求に応じない被害者Dに対し,暴力的手段で屈服させようとし,手ひどい暴行を加え,被害者Dを帰すに帰せない状況を自ら作出した上,進退極まって自己保身のため殺害を決意したもので,接客を業とする者としてあるまじき行為というほかない。被告人甲からその情を明かされ,一旦はこれに反対したものの,同被告人から強い態度に出られるや,組織の一員として結局はこれに協力することにした被告人乙についても,同様に強い非難が加えられるべきである。

殺害に至る経緯についてみると,店で,被害者Dに対し,更に殴る蹴るの激しい暴行を加え,その両手両足等をビニールテープで縛った上,ランドリーバッグに詰め込んで,車(チェイサー)のトランクに入れ,スコップ,ビニールテープ等を積み込んで被告人甲が後部座席に乗り込み,被告人乙の運転で同車を発進疾走させた。F及びEは,車2台に分乗して追随した。途中,トランクからの異音に気付いた被告人らが様子を見るべく車を止めてトランクを開けるや,自らビニールテープを取ってランドリーバッグから抜け出していた被害者Dがトランクから飛び出し,助けてくれなどと叫びながら付近の畑へ逃げ出したところを追いかけ,被告人甲及びEが二人がかりでその頭部を所携のスコップで容赦なく叩き付けるなどした。ぐったりとした被害者Dを再び同車のトランクに押し込み,同車を発進疾走させ,FはEと同じ車に同乗して追随し,殺害場所等を探してfダムやg公園などに赴き,再度両手両足をビニールテープで緊縛し,被害者Dが身動きできないように布団を同人の周囲に詰めた後,被告人甲は,F及びEを帰宅させた。被告人甲は,夜も明けたことから,思い余ってGに殺害方法等を相談し,同人を通じて死体の処分方法についても目途をつけ,Gの指示で,人里離れた山道のh線道路まで同車を疾走させた。被告人甲は,トランク内で緊縛され,ぐったりしている被害者Dを鉄棒で撲殺しようとしたが,Gの助言で絞殺することとした。被告人乙が,被害者Dの上に座り込んで押さえ付けたところを,被告人甲が,その頸部にハーフコートのベルトを巻き付け,これを引っ張って絞め付けたが,まだ脈があったことから,更にベルトを引っ張って力一杯絞め付け,窒息死させたものである。このように,被告人らは,殺害を決意してから半日近くの間,被害者Dを車のトランクに入れ,殺害場所を求めて連れ回した挙げ句,同人の頸部をベルトで力一杯絞め付けて殺害したもので,正に残忍かつ,極悪非道な凶行というほかはない。

そして,被告人甲は,手筈どおり共犯者らと共謀の上,廃車車両に被害者Dの死体を積み込み,その上から布団を掛け,更に同車内に一斗缶を詰め込んだ上,同車ごとスクラッププレス機で圧縮して死体を損壊し,死体の入った圧縮済みの車を他の圧縮された車等と共に工場敷地内に放置し,その後鉄屑として中国に輸出されるに至らしめた。犯跡隠蔽のため死体を車ごとプレス機で圧縮するなどという,およそ人の尊厳に対する畏敬の念を感じさせないその所業は,人倫に悖る犯行としてこれまた厳しい非難に値する。

被害者Dは,相当な暴行を加えられるなどした上,理不尽な金員支払いを約束させられており,警察に行くなどと言うことは当然であり,何ら責められるべき点はない。被害者Dは,勤務先においても将来を嘱望され,円満な家庭を築き,待ち望んだ長女が漸く生まれ,その生育を楽しみにし,よき社会人として生活していたもので,偶々酔余訪れた風俗店の従業員から殺害されるとは夢想だにせず,激しい暴行を加えられ,長時間緊縛されたまま車のトランク内に監禁され,41歳という若さで,妻子を残したまま,理不尽にも殺害された無念さは察するに余りある。突然被害者Dを失った上,遺体をプレスされるなどし,変わり果てた遺体に対面した遺族の悲しみ,絶望感は多大で,その処罰感情は峻烈であり,被告人らに対し極刑を望んでいる。被害者Dの幼子は,未だ死の意味を理解できず,将来本件が同児に与えるであろう精神的衝撃,苦痛は計り知れない。本件が社会に与えた衝撃も軽視できない。

被告人らの個別的情状についてみると,被告人甲は,本件一連の犯行を終始主導し,殺害行為を発案し,実行行為の大半を自ら実行した主犯である。すなわち,同被告人は,行動隊長として,被告人乙,FやEにとって,組織上上位の地位にある者であって,いわばその地位を利用してこれらの共犯者を使って犯行を遂行したものである。殊に,被害者D殺害については,これらの共犯者から犯行を思い止まるよう進言されたのに,その考えを改めず,一人でも行うとして同人らを巻き込み,更には,その後県本部長のGからも犯行を思い止まることはできないかと言われた際も,あくまで自らの考えを押し通したものである。しかも,自ら被害者Dの頸部にベルトを巻き付けて絞め付けるという殺害の実行行為を行っている。その余の犯行についても,店での被害者Dに対する暴行の大半は被告人甲が行ったものであり,金員の交付要求は専ら同被告人が行い,喝取等の行為も同被告人の指示の下に行われた。その後の監禁等の行為も,概ね同被告人の指示の下に行われ,死体の損壊等も,同被告人の発意の下に行われたものであり,その後の口裏合わせ等も,同被告人が主導している。このような本件各犯行において同被告人の果たした役割に照らし,共犯者中その刑責は最も重い。しかも,同被告人は,被害者Dが酔余とった言動を非難し,本件が起こった原因はそこにあるかのような言辞を弄するなどしており,今一つ真摯な反省の情は窺えない。

被告人乙は,当初,事実関係を十分に確かめることもせずに,風俗嬢が被害者Dから性交されそうになったものと勝手に決め付けるなど,店長としての職責を果たすどころか,帰ろうとする被害者Dを取り押さえて店に引きずり込むなどした上,被告人甲を呼び出し,本件のきっかけを作ったものである。その後,被告人甲から被害者D殺害の情を明かされ,同被告人の意思が強固であることを知るや,組織の論理を優先させ,結局はこれに協力することとし,その後は同被告人の指示に唯々諾々と従い,店で被害者Dの両手両足等をビニールテープで縛った上,ランドリーバッグに詰め込み,これを車のトランク近くまで運ぶなどし,被害者Dを積んだ車の運転に当たり,殺害現場まで同人を連行した上,殺害の際には,同人の上に座って押さえ付け,脈を確かめるなど,本件の遂行上重要な役割を果たしており,その刑責は被告人甲に次いで重い。

他方,被告人甲については,事実を認めていること,同被告人の両親において,損害賠償の一部として100万円を弁護人に預け,その所有土地の提供を申し出ていること,前科がないこと,被告人乙については,事実を認めており,反省の情を示していること,同被告人の両親において,損害賠償の一部として100万円を供託していることなど,被告人らに酌むべき事情もある(なお,検察官は被告人甲に対し無期懲役を求刑するが,上記の事情その他諸般の情状,更には同種事案の量刑の実情に鑑み,有期懲役刑を選択するのが相当である。)。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金山薫 裁判官 山口裕之 裁判官 嘉屋園江)

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