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さいたま地方裁判所 平成14年(わ)967号 判決 2002年11月01日

主文

1  被告人を懲役3年に処する。

2  未決勾留日数中100日をその刑に算入する。

3  この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。

4  訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成13年5月ころ,携帯電話のいわゆる出会い系サイトで知り合った男性と交際を始め,やがて肉体関係を持つようになり,同年10月ころには自己が妊娠していることに気付いたが,妊娠の事実が明らかになると交際相手の男性に嫌われるのではないかと考えるとともに,大学生で,しかも未婚の身である自分が妊娠してしまったことを両親に知られるのをおそれ,さりとて中絶手術を受けることもためらわれ,周囲に対してひたすら妊娠の事実を隠して生活してきたものであるが,平成14年5月9日午前1時ころ,住居地の自宅で就寝しようとしたところ,突然陣痛が始まり,同日午前10時ころ,上記自宅の便所内で,一人で男児を出産したが,便器内で産声を上げている同児を目の当たりにして,その処置に窮するとともに出産の事実を隠ぺいしようと考え,とっさに同児に対して殺意を抱き,そのころ,上記自宅の便所内で,殺意をもって,便器内で産声を上げている同児の口腔内にトイレットペーパーの固まりを詰め込んでのどをふさぎ,よって,そのころ,同所において,同児を窒息死させて殺害したものである。

(事実認定の補足説明)

被告人は,産み落としたえい児の口腔内にトイレットペーパーを詰め込んだ際に,同児が死んでしまうかもしれないとは思ったが,殺害しようと企てたことはないと述べて弁解し,弁護人も,被告人には確定的殺意はなく,未必的な殺意にとどまると主張するので,以下,当裁判所が判示事実を認定した理由を補足して説明する。

1  関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

①本件犯行の態様は,被告人が,便器内に産み落とした直後の,産声を上げているえい児の口の中に,被告人の人差し指を入れてのどをふさごうとしたが,同児が泣きやまないため,トイレットペーパーを引きちぎって丸め,これを同児の口の中に2個詰め込んでのどをふさぎ,窒息死させて殺害したというものであること,②被告人は,自己が妊娠したことに気付いた後も,交際相手の男性や両親など,周囲の者に妊娠の事実をひたすら隠し,妊娠していることを知られないように振る舞い続け,中絶手術を受けることも,出産に向けた準備をすることもなく,漫然と臨月を迎え,自宅で,陣痛が始まった際も,母親に助けを求めることもせず,一人で,自宅の便所内で被害えい児を産み落とし,便器内で産声を上げて泣いている同児を目の当たりにするや,直ちに,上記のような態様で犯行に及んでいること,③犯行後,被告人は,殺害したえい児の死体を便器内から取り上げて,タオルで包み,母親に見つからないように着ていた自分のパーカーの内側に包み込み,便所の床に飛び散った出産時の血痕を拭き取るなどした後,同児の死体を自宅2階の自室内に運び入れ,はさみで臍帯を切断し,死体をシーツで包んで,布団を掛けて隠していること,④その後,被告人は,被告人の体調に異変があるのではないかと疑った母親から,病院へ行くように説得されたが,これを拒み,昼食のために帰宅した父親が呼んだ救急車で病院に搬送され,医師から診察を受けた際も,出産の事実を隠し,その後の検査結果から,妊娠し,出産した事実が判明するまで,妊娠と出産の事実を隠し続けていたこと,以上の事実が認められる。

2  ところで,被告人は,捜査段階において,妊娠の事実を周囲に打ち明けることができないまま出産を迎えてしまったことや,便所内で産み落としたえい児を殺害した状況,また,殺害後の自己の行動などについて,上記事実にそう具体的で詳細な供述をしており,その供述内容は自然で,無理がなく,信用性が高いと考えられるところ,検察官からなされた,えい児を殺害する被告人の真意を確かめる旨の質問に対しても,便器内で産声を上げているえい児の泣き声を止めて,殺してしまおうと思って,口の中に人差し指を突っ込み,のどの奥まで入れたが,同児が泣き止まなかったので,口の中にトイレットペーパーを突っ込めば息ができなくなって死ぬと思い,丸めたトイレットペーパーの固まりを口の中に詰め込んだ旨,一貫して確定的殺意があったことを認める旨の供述をしている。

3  前記1で認定した事実に,上記2の被告人の捜査段階の供述を併せて検討すると,被告人は,便器内に産み落としたえい児を,そのまま放置するにとどまらず,産声を上げて泣いているえい児の口の中に丸めたトイレットペーパーの固まりを詰め込むなど,積極的な行為に及んでいるのであって,こうした行為自体からして,被告人が確定的殺意を抱いていたことがうかがわれるところ,被告人の上記供述は,これにそう自然な内容であって,十分に信用できる。そうしてみると,被告人が,産み落としたえい児をあらかじめ殺害することを計画していたとまでは認められないものの,突然の出産の事実に直面し,混乱した気持ちの中で,えい児の処置に窮するとともに,出産の事実を隠したい一心で,とっさに殺意を抱いて犯行に及んだと認められるのであり,被告人に確定的殺意があったことは優に認定することができる。したがって,未必の殺意にとどまる旨の弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が,自宅の便所内で分娩したえい児の処置に窮した末,殺意をもって,同児の口腔内にトイレットペーパーの固まりを詰め込んで殺害したえい児殺の事案である。

犯行に至る経緯は,前判示のとおりであって,被告人は,自己が妊娠していることに気付いたものの,妊娠の事実を告げれば交際相手の男性に嫌われるのではないかと思い込み,また,大学生で,未婚の自分が妊娠したことを知れば,両親が悲しむのではないかと考え,交際相手にも,両親に対しても妊娠の事実を告げないまま,漫然と臨月を迎え,深夜,突然陣痛が始まるや,自宅にいた母親に助けを求めることもなく,一人で,自宅の便所内で男児を出産し,その処置に窮した末,とっさに同児を殺害しようと決意し,犯行に及んだというもので,混乱した心理状態にあったとはいえ,余りにも短絡的で,我が子に対する慈しみの気持ちを忘れた,身勝手で自己中心的な犯行といわざるを得ない。被告人は,便器内に産み落とされたえい児が産声を上げて泣いているのを見ながら,口の中に指を入れてのどをふさごうとし,さらに,泣き止まない同児の口の中に丸めたトイレットペーパーの固まりを詰め込んで,窒息死させて殺害しており,犯行態様は残忍というほかない。犯行後,被告人は,死体を自室に運んで,はさみで臍帯を切断し,死体に布団を掛けて隠ぺいしようとしており,犯行後の状況も芳しくない。殺害されたえい児は,この世に生を受けて間もなく,母親である被告人の手によって一命を奪われたもので,誠に不憫というほかない。これらの点からすると,被告人の刑事責任を軽くみることはできない。

しかしながら,他方,被告人が,本件殺人の事実自体は認め,殺害したえい児の冥福を祈ると述べて,真しな反省の態度を示していること,両親が監督を誓約し,交際相手の男性も,更生に助力すると述べていること,前科前歴がなく,犯行当時二十歳と若年であったこと,相当期間身柄の拘束を受けており,大学を自主退学していることなど,被告人のためにしん酌し得る事情も認められる。そこで,以上の情状を総合考慮し,主文のとおり量刑した。

(求刑 懲役4年)

(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 森浩史 裁判官 片岡理知)

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