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さいたま地方裁判所 平成14年(わ)971号 判決 2002年10月08日

主文

被告人甲を懲役1年10月に,被告人乙を懲役1年6月に,被告人丙を懲役1年6月にそれぞれ処する。

被告人乙に対し,未決勾留日数中60日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人甲は,東京都西東京市a町b丁目c番d号に主たる事務所を置き,特別養護老人ホーム及び老人デイサービスセンター等からなる老人福祉施設Aを経営することを目的として設立を企図していた社会福祉法人Bの設立代表者であり,同会設立後は同会理事長となった者,被告人乙は同会の設立準備委員であり,同会設立後は平成11年12月まで同会の顧問であった者,被告人丙は同会の施設建設を請け負った株式会社Cの代表取締役であるが,被告人3名は共謀の上,社会福祉法人Bが設立の認可を受けて上記施設を設置するについて,国庫補助金を財源の一部とする老人福祉施設等施設・設備整備費補助金(以下「間接補助金」という。)の交付を申請するに当たり,同法人の資産として上記整備費の約4分の1に相当する自己資金が必要であるのに,必要な資金が調達できなかったことから,あたかも必要な自己資金があるように偽って不正に補助金の交付を受けようと企て,平成11年2月から同年3月までの間,東京都新宿区ef丁目g番h号所在の東京都福祉局地域福祉推進部推進指導課及び東京都高齢者施策推進室保健福祉部地域施設課の担当係員に対し,同会の法人設立に際して被告人甲及びその養母Dの両名には同会に寄付するだけの資力がなく,かつ,同会に寄付する意思もないのに,これあるように装い,上記両名の預金残高が合計4億2万円ある旨内容虚偽の残高証明書及び法人設立が認可された際には直ちに上記両名が合計3億7741万9368円を同会に寄付する旨の内容虚偽の贈与契約書等を提出するとともに,その旨虚偽を申し向け,上記両名が上記預金から同金員を払い戻して同会に寄付し,同会に必要な法人事務費,運転資金,土地購入資金及び施設整備費等に関する自己資金を充実させるかのように偽り,次いで,東京都知事から社会福祉法人設立の認可を受けた後,上記担当係員らから上記残高証明書が偽造であることを看破されるや,同年5月から同年8月ころまでの間,上記地域施設課の担当係員に対し,上記両名が金員を他から借り入れて同会に寄付した事実がないのにこれあるように装い,上記両名が同年5月6日及び同年6月7日の2回にわたり合計3億7742万3368円を借用したとする内容虚偽の金銭借用証書2通,Cが準備したいわゆる見せ金により上記両名から同会への同金額の振込入金を仮装しその旨記帳された同会名義の貯金通帳写し等を提出するとともに,その旨虚偽を申し向け,上記両名が同金額を借用して同会に寄付し,同会の自己資金を充実させた旨偽り,さらに,平成12年1月7日及び同年2月8日ころ,上記東京都高齢者施策推進室保健福祉部地域施設課の担当係員に対し,同会の施設・設備整備についての自己資金が1億6386万0697円ある旨の内容虚偽の事業計画書を提出するなどして上記間接補助金の交付を申請し,よって,同年2月9日ころ,上記東京都高齢者施策推進室長である分離前の相被告人丁をして,同補助金の交付決定をさせ,同年3月9日及び同年5月30日,同決定に基づき,東京都の担当係員をして,前記所在の東京都庁第一本庁舎1階にある株式会社E銀行本店東京都庁出張所に開設した社会福祉法人B建設会計理事長甲名義の普通預金口座(口座番号 略)に合計6億7809万4000円を振込入金させ,もって,偽りその他不正の手段により間接補助金の交付を受けた。

(証拠の標目)

(量刑の理由)

本件は,社会福祉法人を設立し,特殊養護老人ホームの運営に乗り出そうとした被告人らが,担保の付着した土地以外に自己資金がほとんどなく,補助金の交付が受けられる状況になかったにもかかわらず,自己資金があるかのように装うなどして不正に多額の補助金を取得したという事案である。

その犯行動機は結局のところ利欲的なものであったといわざるを得ない。多額の保証債務を負い,自己所有不動産に抵当権を付されていた被告人甲は,当初はマンション建設などにより負債整理を考えたがやがて断念し,次いで,Fから,金がなくても老人ホームを経営することができる,一気に債務を返還できるなどと言われ,これに従うなどして本件犯行に及んだものであり,利欲目的以上に社会福祉に対する情熱があったとは認め難い。また,以前に老人ホーム設立に関わった経験を有していた被告人乙は,Fからの紹介で報酬目当てにB設立準備委員になって本件犯行に及んだものであり,被告人丙は,被告人甲らに自己資金がないことを知りながら,Cが老人ホーム建設を請け負うことで利益をあげようとして本件に加わったものと認められる。いずれについてもその犯行動機に酌量の余地は乏しい。

犯行態様について見るに,被告人甲,被告人乙は,当初から社会福祉法人設立に必要な自己資金などないにもかかわらず当局をごまかして法人設立を認めてもらうべく銀行名義の偽造文書を提出するなどしてその認可を得,その後偽造が見破られて補助金の交付が停止されるや,今度は被告人丙に依頼して内容虚偽の残高証明書を作らせるなどした上,議員らに仲介を依頼したり,あらかじめCが施設建設工事を請け負うことを前提に,建設工事費を水増しして請求するなどしており,まことに巧妙なものであったといえる。

不正に受け取った補助金の額は判示のとおりの額であってこれだけでも極めて多額といってよいが,法律の処罰対象となる間接補助金以外にも,東京都から土地購入の助成金として平成12年2月に5億6610万8000円を取得しているほか目黒区等からの補助金も得ている上,他の公的金融機関からも融資を受けており,これらを含めれば被告人らが不正な方法で取得した補助金等の金額は更に多額となる。設立されたBの理事長になった被告人甲の得た利得は極めて大きいといえる。 被告人乙は,本件に関わったことにより1900万円という高額の報酬を得ており,また,被告人丙の経営するCは,本件工事を受注するなどしたことから,被告人丙の供述しているところによれば未回収分を含めると8000万円余りの利益を得ていることからして,被告人乙,被告人丙も多額の利得を得ているといえる。これに対して,不正に受け取った補助金について全く返還等はなされていない状況にある。なお,被告人らは,老人ホームが支障なく運営されていることをもって,結果的に補助金は適正に使われたかのように主張するが,そもそも補助金交付の要件として一定の自己資金を必要とされているのは,十分な自己資金を持たない経営基盤の弱い法人による老人ホーム運営は,結局不安定なものにならざるを得ず,ひいては周囲,社会に不利益をもたらしかねないからであり,たまたま現時点で支障なく運営がなされているからといってそのことにより,被告人らのした行為の違法性が減弱されるということにならないというべきである。

そうすると,被告人らの刑事責任はいずれも重いというべきであり,違法行為を見抜いていた東京都の担当者において,あくまでも厳正な態度を貫き,法律に従った措置をとっていたならば,補助金の不正支給は避けることができたといえること,被告人甲については,夫が身障者であることもあって社会福祉に尽くそうとする意欲がなかったわけではなく,他方で,Fらに勧められるままに老人ホーム経営を企図し,ついには本件犯行に及んだもので,その経過に同情の余地がないではないこと,被告人乙は報酬を得る目的で本件犯行に加わり,東京都との折衝などにおいて中心的役割を果たしていた者であるが,B内部の立場としては従属的地位にあったと評価できるのであり,その受け取った報酬額も,平成7年4月のB設立準備委員会発足時にその委員になってから顧問を退任するまでの4年半余りの期間の地位,活動に対する報酬自体としては不当な額とまではいえないこと,被告人丙については,会社の苦境を打開するために無理をしても仕事を取り,利潤を追求しようとした心情は理解し得ないではないこと,被告人らには前科はなく,あるいはあってもさしたるものではなく,現在は本件犯行を反省していると認められることなど被告人らのために酌むべき事情を十分に考慮しても,本件が刑の執行猶予を相当とする事案とはなし難く,主文の実刑に処するのはやむを得ない。

(裁判官 大澤廣)

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