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さいたま地方裁判所 平成14年(わ)976号 判決 2002年12月25日

主文

被告人を懲役13年に処する。

未決勾留日数中150日をその刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,右翼団体Mの群馬県本部の本部長,Aは同本部の行動隊長,B,C及びDはいずれも同本部の隊員であったところ,A,B,C,Dらは,平成14年2月19日夜,Aが埼玉県a市内で経営していた風俗店「H」に客として来店したE(当時41歳)が風俗嬢に性交を迫ったと因縁をつけてEを痛めつけるなどしたが,Eが警察に行くなどと言ったため,Aは,このままEを帰せば警察に通報されて店の経営が立ちゆかなくなるなどと考え,口封じのためEを殺害することを決意し,Bらに協力を求め,これを承諾したBらとともにEをランドリーバッグに詰め込んで自動車のトランクに入れ,Eにとどめを刺してその死体を始末するため同県b郡内のダムに行くなどしてみたが,適当な場所が見当たらず,そのうち夜も明けてしまったことから,困り果てた末,被告人を頼るしかないと考え,同月20日午前8時44分ころ,被告人に電話をかけ,それまでのいきさつを話した上,痛めつけたEを殺すしかないことを伝え,それに適当な場所を教えてほしい旨頼んだ。

被告人は,「何馬鹿なことを言ってんだ。医者に連れていくことはできねえのか。」などと言ってAを思いとどまらせようとしたが,Aがこれを受け入れようとせず,「兄貴には迷惑をかけないので,せめて殺す場所だけでも教えてくれませんか。」などと言った上,以前,死体をシュレッダーで処理すれば証拠が残らない旨話していたFに死体の処理ができるかどうか聞いてほしいなどと執拗に頼み込んだことから,Aの決意が固いことを知るとともに,配下のAに小心者と見くびられては組織内において面子が立たず,自己を頼るAを見捨てることもできないなどと考え,目的に添う場所として念頭に浮かんだ同郡内の資材置場をAに指示した後,直ちにFに電話して,「若い衆が人をさらって殺すと言っているんですけど,もしそいつを殺したら死体の処分をお願いできますか。」などと依頼した。

その後,被告人は,Aらと前記資材置場に向かったものの,たまたま当日は工事中であったことから,被告人は,Aらを連れて自己の経営するK工業の事務所に行き,Aに殺害を翻意するよう再度促してみたが,Aが,絶対に帰すわけにはいかないとして,「ほかにいい場所教えてくれませんか。どっかいい場所ないですか。」などと強く迫ったことから,もはやAの決意を変えることはできないと悟り,これに付き合うほかはないと考え,事務所を出て自動車に乗り,Aらを先導して人目につかない場所を探し求めた。やがて,林道L線に至り,被告人は,Aに「この辺りでいいんじゃないか。」などと言って自動車を止めたが,降りてきたAが自動車から鉄棒を持ち出そうとしたため,これを目にした被告人が,鉄棒で殴るのは残酷だし,血が飛び散って犯行が発覚するおそれが高くなるなどと考え,Aに対し,「そんなもんでやるな。ひもかなんかないか。」などと言ったところ,Aは,鉄棒を置いて,自動車の後部座席から自己のハーフコートのベルトを持ち出した。

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1A,B,C及びDと共謀の上,E(当時41歳)を殺害しようと企て,平成14年2月20日午前11時40分ころ,埼玉県b郡内の道路上において,Aが,殺意をもって,同所に停車中の普通乗用自動車トランク内に横臥しているEの頸部をハーフコートのベルトで力一杯絞めつけ,よって,即時同所において,同人を窒息により死亡させ,

第2A,B,G及びFと共謀の上,同日午後8時30分ころ,群馬県d郡内のI株式会社J工場において,Eの死体を廃車に積み込み,Gがスクラッププレス機を操作して車両もろとも同死体を圧縮した上,これを同工場Aプレス置場まで運搬して放置し,もって,死体を損壊・遺棄し

たものである。

(補足説明)

弁護人は,判示第1の殺人について,被告人には被害者を殺害する動機がなく,かえってAらを思いとどまらせようと努めたのであるから,共同正犯は成立せず,幇助犯が成立するにとどまると主張し,被告人もこれにそう供述をするので,以下検討する。

一  関係各証拠,殊に証人A,同Bの当公判廷における各供述と被告人の捜査段階における供述調書等を総合すると,被告人が本件に関与するに至った事情とその関与の程度については,判示犯行に至る経緯に記載したとおりであると認められる。

弁護人は,被告人の捜査段階の供述調書は,捜査官が被告人の弁解に耳を傾けようとせず,既に取り調べていたAの供述を押しつけることにより作成されたものであって信用できないと主張するが,これを精査してみると,被告人は,自らの刑責にとっての重要性を十分に理解した上で自己の弁解を交えつつ,Bの供述を始めとする共犯者らの供述とよく符合し,詳細かつ自然で迫真性のある供述をしている上,内容も逮捕以来ほぼ一貫しており,その信用性は十分といえる。

二  これに対し,被告人は,当公判廷において,次のとおり弁解する。すなわち,「Aは友人であって,上下関係は余りなく,本部長の威信を保つために殺害に協力するという必要性はない。Aに人殺しをさせたくはなかったので,資材置場を教えたのも,そこなら人目につき易く殺害を実行することは無理だろうと考えたからである。その後もAの決意が変わらないようなので,ともかく時間を稼ごうと考え,Aらを自動車で先導し,林道L線を通って山を越えてe町に出ようと思ったが,残雪が多くなってきたので危ないと思い,ユーターンして,後続していたAらにこの先にはもう行けないと伝え,Aの乗った自動車がユーターンしてくるのを待っていると,自動車から降りたAが鉄棒を取り出したので,「よせ。もう行くぞ。」などと言った。殺害場所を決めるような発言や,ひもによる絞殺を示唆する発言などはしていない。Aが被害者の首を絞めているところは,よく見えなかったが,何かやっている気配はあり,怖くて車の中にいたところ,しばらくしてAらが終わった旨報告に来た。」というのである。

しかし,被告人のこの弁解は,Aに人殺しをさせたくないと思っていたというにもかかわらず,Aの求めに応じてFに死体の処分をしてほしい旨取り次いだり,殺害場所までAらに同行した上,Aらが被害者を絞殺しているのを気配で察知していながら止めようともしないなど甚だ不自然である上,関係証拠を精査しても,残雪のため自動車の通行が阻害されたごとき形跡はなく,被告人の前記弁解は捜査段階における供述から著しく変遷していることなどをも併せ考えると,直ちにこれを信用することはできない。

三  そうすると,被告人は,被害者の最終的な殺害場所等を探しあぐねていたAから執拗に頼まれたことが発端とはいえ,被害者を殺害した場合に備えて死体の処分を知人に依頼して手はずを調えたばかりか,殺害場所までAらを先導し,殺害方法についても助言しているのであり,これに加えて,関係証拠によれば,被害者を殺害した後も,被害者の所持品の処分を指示し,死体の損壊・遺棄についてFとの交渉役を担うなど,犯行の発覚を免れるために積極的に行動していることなどが認められるのであって,その罪責はAらの犯行を幇助したにとどまるものではなく,被告人がAらと共謀して本件殺人を敢行したものと認定せざるを得ない。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は刑法60条,199条に,判示第2の所為は包括して同法60条,190条にそれぞれ該当するが,判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役13年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中150日をその刑に算入することとし,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の事情)

本件は,右翼団体の群馬県本部本部長である被告人が,行動隊長のA,隊員のB,同C,同Dと共謀の上,Aらが行った犯罪の口封じのために被害者を殺害することにし,ハーフコートのベルトで絞め殺したという殺人の事案(判示第1)と,Aらのほか,スクラップ加工業者らと共謀の上,被害者の死体を廃車もろともスクラッププレス機で圧縮して損壊した上,放置して遺棄したという死体損壊・遺棄の事案(判示第2)である。

被告人が本件殺人に関与することとなった経緯は判示犯行に至る経緯に記載したとおりであるが,電話を受けた被告人は,何とか殺害を思いとどまらせようとAを説得してはみたものの,Aの意思が固く,いたずらに説得を続けていては小心者と侮られて組織内において自己の面子が立たないなどと考え,犯行に加担することを決意するとともに,自らも関与する以上は確実に被害者を殺害して犯行の発覚を免れようとの考えのもとに本件殺人に及んでいるのであり,当時血が上りやすいAを制止できるだけの力があったのは被告人だけであったと思われることなども踏まえて考えると,犯行に至る経緯・動機には酌量の余地が乏しい。被告人は,また,自らAらを先導して犯行現場に赴いた上,出血により犯行発覚の危険が高まることを懸念し,殺害方法を鉄棒による撲殺から絞殺に変更することを示唆するなどしており,その結果,被害者はAから頸部をハーフコートのベルトで力一杯絞め上げられるなどして窒息死したもので,まことに残忍非道な犯行というほかない。

死体損壊・遺棄についても,自らスクラップ業者に連絡を取るなどして段取りをした上,死体を廃車に積み込み,車両もろともスクラッププレス機で圧縮して損壊し,これを工場敷地内に放置して遺棄し,その後,鉄くずとして中国に輸出しているのであって,この種の事案の中でも最も悪質な部類に属する犯行といわざるを得ない。

被害者は,職場で堅実な仕事ぶりを評価される一方,妻や4歳の長女とともに円満な家庭生活を営むよき社会人であったところ,酔余訪れた風俗店における行為を咎め立てされて苛烈な暴行を加えられた後,自動車のトランクに詰め込まれて長時間連れ回された挙げ句絞殺され,自動車を処理する強力なプレス機で圧縮された無惨な姿で発見されているのであって,この間に味わったであろう苦痛や恐怖は筆舌に尽くし難く,その無念さは察するに余りある。1か月近くの間,被害者の帰りを待ちわびた後,凶報に接し,犯行から半年を経て変わり果てた遺体に対面することとなった被害者の遺族の悲痛は計り知れず,その処罰感情が峻烈なのも当然である。

このような犯行に不可欠で重要な役割を果たした被告人の犯情は甚だ悪質であり,被告人が,犯行後,AやFらに口止めをしたり,Aらが逮捕された後も共犯者のCとともに2か月近くアパートなどを転々として逃亡生活を送るなどしていること,被告人には平成8年10月に傷害,恐喝の各罪で懲役2年(4年間執行猶予)の刑に処せられた前科があること,当公判廷において自己の刑責を軽減することを企図して不自然,不合理な弁解をしていることなどをも考慮すると,被告人の刑事責任は,共犯者中,Aに次いで重いといわなければならない。

そうすると,被告人が本件に加担するようになったのは,既に被害者の殺害を決意したAから協力を求められたことによるものであり,当初は殺害を思いとどまるようAを説得したこともあること,本件につき被告人なりの反省の念を示していること,被告人の取引先の会社社長が出廷し,被告人の日ごろの誠実な仕事振りについて述べていることなど被告人のために斟酌すべき事情を考慮しても,被告人に対し,主文程度の刑を科すことはやむを得ない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 若原正樹 裁判官 大渕真喜子 裁判官 小笠原義泰)

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