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さいたま地方裁判所 平成14年(モ)10265号 決定 2002年5月09日

申立人(債務者)

株式会社カワカミ

申立人代表者代表取締役

甲野一郎

申立人代理人弁護士

別城信太郎

大畑道広

種谷有希子

相手方(債権者)

乙山二郎

相手方(債権者)

丙川三郎

相手方ら代理人弁護士

君和田伸仁

上記基本事件につき,申立人から移送の申立てがあったので,次のとおり決定する。

主文

本件申立てを却下する。

理由

申立人は,上記基本事件について当庁には管轄がないと主張して,「本件を大阪地方裁判所に移送する。」との決定を求めた。

しかし,上記基本事件の本案訴訟は,申立人の関東営業所(埼玉県戸田市所在)における業務に関するものである。したがって,その営業所の所在地を管轄する当庁は「本案の管轄裁判所」であり,管轄がある(民事保全法12条1項,民事訴訟法5条5号)。移送の申立てを却下したのはそのためである。

このように判断した理由は以下のとおりである。

1  前提となる事実

(1)  相手方らは,申立人に雇用され,申立人の関東営業所で勤務していた。関東営業所は,民事訴訟法5条5号の「営業所」としての実質を有する。

申立人は,相手方らに対し,配転を命じた(相手方乙山に対しては大阪市の大阪支店への配転,相手方丙川に対しては熊本市の九州営業所への配転)。(以上の事実は,疎明資料によって疎明されたと認めることができる。)

(2)  相手方らは,「この配転命令は不当労働行為の目的によるものであるし,業務上の必要性もないなどの理由で,無効である」と主張して,相手方らが大阪支店及び九州営業所において勤務する労働契約上の義務を負わないことを仮に定める仮処分(上記基本事件)を申し立てた(なお,本件移送の申立てがあった後,従来の申立ての趣旨を主位的なものとした上,予備的に,大阪支店及び九州営業所において勤務するよう命じた意思表示の効力を仮に停止するとの仮処分と,相手方らの勤務場所が関東営業所であることを仮に定めるとの仮処分の申立ても追加した)。

(3)  管轄について,相手方らは,「仮処分は申立人の関東営業所における業務に関する訴訟を本案とするものであるから,当庁に管轄がある」と主張する。

これに対し,申立人は,「本案訴訟は関東営業所における業務とは無関係である」と主張している。

2  管轄に関する相手方らの主張を認めた理由

(1)  相手方らの申し立てた仮処分の本案訴訟は,関東営業所からの配転命令が無効かどうかを争点とするものとなるから,申立ての趣旨が当初のもの(主位的申立て)のままで,関東営業所における業務に「関するもの」であるといってよい。

申立人は,「本案訴訟は関東営業所における業務とは無関係である」と主張する理由として,さまざまに述べているけれども,その要点は,結局,仮処分における(主位的)申立ての趣旨が「相手方らが大阪市及び熊本市で勤務すべき義務がないことを仮に定めることを求めるもの」であることの1点に尽きる。しかし,本案訴訟では,関東営業所から大阪市及び熊本市への配転命令が無効であるかどうかがほとんど唯一の争点になると考えられるのであり,仮に配転命令が無効であるとすれば,相手方らは関東営業所で勤務する義務を負うことになるから,予備的申立ての適否等について検討するまでもなく,本案訴訟は関東営業所における業務の目的に関係があると考えることができる。

(2)  このように考えることは,実質的にも妥当である。たとえば,A地に本店を有する企業に勤務する労働者が,B地の営業所からC地の営業所への配転命令を受けたとする。この配転命令の効力を争う訴訟を提起する際,仮にこれがB地の営業所における業務に関するものでないとすると,A地又はC地を管轄する裁判所に訴えを提起すべきことになる。これはかなり酷なことである。他方,その企業はB地に営業所を設け,B地で営業活動をし,そのためにその労働者をB地で勤務させてきたのであるから,B地に密接な関係を有している。したがって,B地で応訴させることにしても,(労働者がA地やC地で訴訟をしなければならなくなることと比較して)それほど大きな不利益を被るわけではない。

(3)  申立人は,「相手方らは,仮処分の申立ての後,配転命令に異議をとどめつつも配転命令自体には応じ,大阪及び熊本に着任済みであるから,大阪地方裁判所に移送しても,相手方らにとって不公平な結果を招くことはない。」と主張する。

しかし,(1)(2)に述べた理由で当庁に管轄があると判断される以上,この主張の当否は問題とならない。(2)に述べた例で,一般論としてはB地の裁判所に管轄があるけれども,労働者が異議をとどめつつC地への配転命令に応じると,その段階でB地の裁判所の管轄がなかったことになるというのは,とうてい採ることのできない議論である。

(裁判官 村上正敏)

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