さいたま地方裁判所 平成14年(ワ)399号 判決 2004年6月25日
原告 X
同訴訟代理人弁護士 武井共夫
西本暁
野呂芳子
金谷達成
須山園子
三品篤
被告 武蔵証券株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 本杉明義
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、6533万0889円、並びに、うち5831万2451円に対する平成13年9月26日から、及び、うち701万8438円に対する平成14年4月4日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2原告の請求原因
1 当事者
(1) 原告
ア 原告(昭和18年9月生まれ)は、高校卒業後、東洋信託銀行で半年間勤務した。昭和39年に結婚して専業主婦となった。昭和53年から昭和60年まで、第一法規出版株式会社に勤務した。平成元年から平成6年まで、図書関係の会社である株式会社フジ・テクノシステムに勤務した。平成6年、図書関係の株式会社を設立しようとして、上記会社を退社した。平成7年9月、夫が交通事故で死亡したため、会社設立の計画は頓挫した。以後、遺族年金による生活を送っている。
イ 原告は、平成6年ころから、将来の生活を考えて、被告とは別の会社を利用して安全性を重視したリスクが少ない優良個別株や転換社債等を購入した。
原告は、平成6年5月24日、初めて証券会社に口座を開設した。バブル崩壊以前に証券取引はしていない。
(2) 被告は、肩書住所地に本店を置く、有価証券の販売及び媒介などを目的とする株式会社である。
2 被告との取引に至る経緯・取引内容
(1) 原告は、平成8年6月ころ、被告上尾支店において、証券取引口座設定契約を締結した。個別株を売買するなどの取引を開始した。被告会社の担当者は、Bであった。
原告が被告と取引を始めたのは、顧客の大半が地元の人間であるから悪質な営業活動や強引な勧誘はしない、従業員を採用する際も地元に親族が住んでいることを考慮し、堅実な経営をしている旨のBの説明を信じたためである。
取引開始後、1年半くらいまで、Bからの情報を信じて、Bに勧められるまま個別株を売買した。その資金は、保険金等からまかなった。
(2) Bは、平成9年10月ころ、株式市場が低迷しているときは債券が買いですと言って、債券やオプション取引など原告の聞き慣れない取引を強引に勧誘した。平成9年11月、「塩漬けになっている株を生かせる対応策を発見しました。絶対取り戻せますよ。」「すごい取引なんです。オプション取引というのですが、絶対に儲かる。確実に儲かるし、何より絶対安全です。」などと電話で言って、オプション取引を勧誘した。Bは、旅行先、帰省先、食事中、買い物中など、昼夜問わず自宅に電話した。携帯電話にもしつこく電話をした。訪問による勧誘も繰り返した。
(3) Bは、平成10年1月16日午前9時過ぎ、「今日昼ころ伺います。今年こそオプション取引契約して下さい。」と電話で申し入れた。原告は、「検討のためのパンフレットやオプション取引をわかりやすく説明したものなどを送ることを頼んでおいたのに、正月休み中に届いていない。」旨を告げて応対した。Bは、「パンフレットはない。自分の言うことがそんなに信用できないか。」と申し出た。原告は、「墓参りや通院などの予定が入っている。」旨を言って電話を切った。
原告が用事を済ませて帰宅すると、Bが原告宅前に待っていた。Bは、「電話で話していても埒があかないから、口座設定の契約書を持ってきました。とにかく契約だけしておいて、後でXさんの都合のいい時期をみて取引を開始すればいいじゃないですか。」と言って、強引な勧誘をした。原告が老眼鏡が壊れていて小さな字が見えないからと断っても、Bは、僕が説明しますと言って、口頭でオプション取引の説明をした。Bは、安全性を強調した説明をし、日経平均の現在値が1か月後の第2金曜日までに上がるか下がるか予想するだけのものですとオプション取引を勧めた。
原告は、「約諾書、今日置いて帰って。よく読んでサインしておくから。」と言った。Bは、「こんなに長く説明させておいて、眼鏡がないから読めないはないでしょう。絶対安全で、大丈夫ですと断言しているのに。」と大声で言った。原告は、「B君、今説明したことに絶対間違いはないわね。信じて大丈夫なのね。」と念を押して、オプション取引設定約諾書に署名・押印した。
(4) 原告は、別紙1記載のとおり、平成10年1月19日から平成13年9月17日までの間、被告との間で、日経平均株価オプション取引(以下「本件オプション取引」という。)を行なった。本件オプション取引で差引3867万5651円の損失を計上した。娘のC名義の取引口座でのオプション取引は、原告に関係はない。
(5) Bは、オプション取引設定約諾書に署名・押印してから3日後の平成10年1月19日、電話で、原告に対し、「今日から取引を開始しましよう。オプション取引を始めますよ。」と連絡してきた。原告は、「契約してから1週間も経っていないのよ。」旨答えた。Bは、「大丈夫ですよ。実際にやってみて儲けて、儲かったお金がXさんの口座に入金されたら、信じてもらえると思います、口先だけで、いくら危険性はありません、安全確実です、必ず儲かりますと説明したところで、絵に描いた餅ですから。それよりも一度儲かったら、信じられますよ。」と言って、取引を勧めた。原告は、「本当に大丈夫か。」と念を押しつつ、Bに言われるままオプション取引の売建をした。
オプション取引の存在も知らなかった原告は、参考資料のないまま取引を開始したことに不安であった。Bの「パンフレットはないんです。」との言葉や何度も繰り返す「絶対安全です。」の言葉を信じて取引を始めた。
初回取引の収支は、プラスであった。後に届いた取引報告書や金銭預り書などを念入りにチェックしてみた。疑問と思うようなところはなかった。Bが主導権を握ったまま、少しずつ取引が続いた。
原告は、本件オプション取引において、いつどれだけ買い、どれを売るかの判断材料はまったく与えられなかった。Bの「まかせて下さい。」「やりましょう。」との言葉に対し、原告は、「大丈夫なのね。」と念を押すほかなかった。ほとんどBの言われるがままに取引を行った。
(6) 平成11年3月(取引開始から1年3か月後)、Bは、原告に対し、手数料の誤認説明を行った。
すなわち、Bは、売建した分を期日まで持っていて損失が出た場合には手数料はかからない旨説明していた。しかし、平成11年3月11日の取引で、かからないと言われていた手数料が引かれていることに気付いた。原告が指摘すると、Bは、経理担当者のミスであると言って、手数料分を返金してきた。しかし、後日、Bの上司に確認したところ、Bが手数料について誤った認識をしていたことが分かった。
(7) 取引報告書に到着していないものがあったり、受渡計算書に抜けているものがあったりすることが分かった。原告は、平成13年4月に再発行された伝票を見て初めて多額の損失が発生していることを認識した。Bに確認すると、Bは、次の事実を告白した。
ア オプション取引の内容や仕組み等を正確に把握していなかった。
イ 預り資産が大きかったため、どんなに株価の下落があろうと不足金の発生はないと思った。
ウ 建玉を期日まで建てたままにしてマイナスの出た取引には、手数料がかからないと認識していた。
エ リスクはない、絶対安全と説明してしまったため、損害が少額のときは自分の金でてん補した。
オ 株価がいつ反発してもおかしくないと判断し、プットの売建を中心に取引をした結果、株価の下落とともに損害額がふくれ上がった。
カ 株価の下落により多数の損失を出して動揺し、ロールオーバーをした。その結果、当初の額をはるかに上回る損失が発生した。
(8) Bは、損失を埋める目的で、平成13年3月13日、原告に無断で、別紙1のとおり、リスクヘッジのための先物取引(以下「本件先物取引」という。)を行い、107万9266円の損失を計上した。
(9) Bは、多額の損失が出た後も、「僕が何とかしますから。」などと言って、ロールオーバーと称する損失先送りの手法を何度か行った結果、当初の額をはるかに上回る損失を発生させた。
被告から、原告に対し、強引な入金の要求がされるようになった。
原告は、Bから説明を受けた内容と実際の取引内容が異なることを述べて、被告の上尾支店長Dや本社営業部長Eと話し合いを求めた。しかし、被告は、保護預りとなっている株券や転換社債の強制売却を求めた。原告は、別紙2記載のとおり、株式や投資信託を売却(以下「本件売却」という。)させられた。
3 オプション取引とその危険性
(1) オプション取引
ア オプション取引とは、金融派生商品(デリバティブ)の一種である。
オプションとは、特定の商品(株式、債券、通貨等)を将来の一定期日又は一定期間内に、予め指定した価格で、買付又は売付を行う権利のことである。買付を行う権利を「コール・オプション」(以下「コール」という。)、売付を行う権利を「プット・オプション」(以下「プット」という。)という。オプション取引をする者が予め指定した価格を「権利行使価格」という。将来の一定期日を「満期日」という。
オプション取引とは、このような権利を売買する取引である。当事者の一方が相手方にオプションを付与し(オプションの売り)、相手方がこれに対して「オプション料」もしくは「プレミアム」(以下「オプション料」という。)と呼ばれる対価を支払う(オプションの買い)。細分化すると、コールの買い取引、コールの売り取引、プットの買い取引及びプットの売り取引の4種類がある。
イ 商品が日経平均株価であるオプション取引の場合を例にとると、次のようになる。
(ア) コールの買いの場合、日経平均株価が上昇して権利行使価格とオプション料の合計値を上回れば、それが金額に換算されて、買い手の利益となる。日経平均株価がどんなに下落しても、買い手の損失は、既に支払ったオプション料に限定される。
(イ) プットの買いの場合は、日経平均株価が下落して権利行使価格からオプション料を差引いた額を下回れば、それが金額に換算されて、買い手の利益となる。日経平均株価がどんなに上昇しても、買い手の損失は、既に支払ったオプション料に限定される。
(ウ) コールの売りの場合は、日経平均株価が権利行使価格を上回らない場合はオプション料が売り手の利益になる。日経平均株価が権利行使価格とオプション料との合計額よりも上昇するにつれて売り手の損失は無限に拡大する。
(エ) プットの売りの場合は、日経平均株価が権利行使価格を下回らない場合はオプション料が売り手の利益になる。日経平均株価が権利行使価格からオプション料を差し引いた額よりも下落するにつれて売り手の損失は無限に拡大する。
ウ 原告が行ったオプション取引は、ヨーロピアンタイプである日経平均株価のオプション取引である。これは、大阪証券取引所で行われている、主に特定の日経平均株価を満期日に権利行使価額で売る取引(売建)である。
具体的には、取引に入る際に、証券会社への手数料・消費税等の税金を除いたオプション料分を受け取り、満期日に買い手から権利行使を受けなかった場合には、オプション料分を自己の利益として確定的に取得する。一方、満期日に権利行使を受けた場合には、その権利行使に応えることになる。
(2) オプション取引の危険性
ア 投資判断の困難性
オプション取引はその仕組みが難解であり、一般人には理解しづらい。対象となる商品が株価指数という抽象的な数値であるため、その値動きの予測について、現物取引よりも更に専門的な分析能力と情報が必要となる。オプション取引市場の投資主体は、主に証券会社や機関投資家などである。一般投資家がオプション取引をする場合は、その仕組みに関する十分な理解が必要である。一般に個人投資家には向いていない。
イ 現物取引との対照
現物株への投資の場合、相場が自己の予想と異なる値動きをしても、原則として投資資金が目減りすることはあってもその全額を失うことはない。オプションの買いの場合、満期日までに反対売買、権利行使ができなかった場合、支出したオプション料を全額失うことになる。
オプション取引は、使用する資金に比べて損益の金額の比率が高くなる。オプション取引の売り手は、取引開始時では取引の対象となっている商品の価額より少額の証拠金を用意すればよい。オプション取引の買い手は、取引開始時は対象商品より低価格のオプション料の資金が必要となる。取引終了時に権利行使がされた場合、対象商品の現実の価額と権利行使の価額との差額が決済される。このとき、対象商品の価額が問題とされるため、多額の損益が計上される。売りのオプション取引の場合には、損失は無限定である。オプション取引は、投機性・危険性が高い取引である。
ウ オプション取引における売建特有の危険性
オプション取引の売り手は、満期日において、買い手が権利行使をするか否かの選択権を有するのに対して、買い手の権利行使を拒否する権限を持たないため、買い手と異なり、その投資判断を誤った場合、無限の損失を被るおそれがある。
オプション取引の売建は、当初、オプション料の入金があるため、利益が上がったと錯覚しやすい。オプション料は、満期日に権利行使となって被る損失と比較すると少額である。
オプション取引の買い手は、損失はオプション料の価額に限られる。オプション取引の売り手は、相場の動きで損失額は理論上、無限定である。予め証拠金の差入れが必要である。相場の値動きによって、追加証拠金の差入れが必要となる。売り手に資金力がない場合、追加証拠金の重圧が無理な投資行為を生む危険性がある。
エ ロールオーバーの危険性
ロールオーバーとは、当初売建していたオプションについて、買い手による権利行使もしくは買戻しなどによって損失が生じた場合に、その権利行使・買戻しとほぼ同時に、新たな売建のオプション取引をして、その損失額に見合う金額のオプション料の入金を得ることである。
ロールオーバーは、累計として損失が発生していない外形を作り出せる。これを繰り返すと、大きな損失を被る危険性がある。
4 被告の本件オプション取引における注意義務違反
(1) 適合性原則違反
ア 適合性原則とは、証券会社が、投資勧誘に際して、投資者の投資目的・財産状態・投資経験等に鑑みて不適当な証券取引をしてはならない原則である。この適合性原則は、「投資者本位の営業姿勢の徹底について」(昭和49年12月2日蔵相2211号)の通達や日本証券業協会の公正慣習規則により、長く証券会社が顧客に対して守るべき原則とされてきた。証券取引法43条は、適合性原則を法的に明文化した。
適合性の有無の判断は、投資商品の種類・性格、取引規模、顧客の目的・意向・知識・経験・能力・財産・収入、勧誘の態様などを総合勘案すべきである。
イ 原告は、次のとおり、本件オプション取引の適合性がない。
(ア) 原告の経歴等
原告の学歴は、高卒である。高校を卒業後、銀行に就職した。半年程度で退職した。その後、図書関係の会社に勤務した。本件オプション取引を開始したときは、主婦であり、無職で年金を受給していた。被告での取引の資金は、平成7年に事故で亡くなった原告の夫の保険金であった。
(イ) 原告の投資経歴等
a 原告は、平成元年から国際証券(現在の三菱証券)に原告名義の取引口座を有していた。
国際証券に入庫していた株式(①エヌ・エム・ビーセミコンダクター、②東京電力、③住友金属、④三井銀行、⑤ナビックスライン、⑥日本電信電話、⑦日立製作所)は、原告の父から形見分けの形で譲り受けたもの又は原告の父が原告名義で購入したものである。原告は、自分で株券を購入していない。
原告は、平成6年以降、国際証券で取引をしていない。
b 原告は、平成8年以前から東和証券(現在のUFJつばさ証券>に原告名義の口座を有していた。
原告は、証券会社から勧められた株式を、安全性を重視して、取引した。株取引を頻繁には行っていない。
平成7年の東和証券での株式購入は、8月11日のショウワカイウンの株式購入と9月5日の不動建設及び住友建設の株式購入の2回であった。
c 原告は、平成12年6月ころに野村證券に取引口座を開設した。被告と取引をする平成8年以前に、野村證券と取引をしていない。
d 被告主張のような東京三菱銀行で億単位のコール取引はしていない。
e 以上のとおり、原告が自ら株式取引をするようになったのは、東和証券の口座を開設した後である。
本件オプション取引を行う前の原告の証券取引経験は、株式、転換社債及び投資信託である。デリバティブ取引を行ったことはなかった。
(ウ) 被告での株式取引
原告は、Bに勧誘されるままに株式を購入した。Bは、連日のように頻繁に、しつこく株式取引を勧誘した。
購入した株式の銘柄は、Bが勧誘したものである。原告は、どの銘柄が仕手株か理解していなかった。
(エ) 情報収集
原告は、日本経済新聞か朝日新聞のどちらか1紙を購読していた。証券業界紙などは購読していない。四季報はBからもらっただけである。その他会社情報や株式関連書籍を含めて全く読んでいない。
原告は、他の証券会社から投資情報を入手したり、パソコンやファックスで投資情報を入手していない。野村證券からのレポートは、Bの依頼で送ってもらっていたのであり、原告は読んでいない。
(オ) 原告の理解及び判断力
原告は、オプション取引の仕組みや危険性を理解していなかった。「コール」及び「プット」という言葉を聞いたのは、本件オプション取引を開始してから1年が経過した後であった。
受渡計算書の記載漏れを指摘できたのは、再発行された受渡計算書であったため、原告が目を通したからである。
ウ 仮に、原告が大卒の資産家で、長年にわたって複数の証券会社で証券取引を行ってきており、証券取引の知識・経験を豊富に有していた、との被告の主張が正しいとしても、オプション取引の売建に関しては、損失が無限大になるおそれがあるので、それなりの規模の法人であったり、通常の証券取引について十分な知識及び経験があったりしても、特段の事情がない限り、適合性を満たさない。原告は、オプション取引の適合性がない。
エ 被告は、上記経歴の原告に適合しないハイリスクな取引であるオプション取引、特に個人投資家に適合しないオプション取引の売建を勧誘した点において、適合性原則に違反している。
(2) 説明義務違反
ア 証券取引における証券会社の説明義務
(ア) 証券取引における説明義務は、「投資家に対し正確な情報を提供する義務」と「誤った情報や誤解を生じさせるような情報の提供の禁止」の内容からなる。
(イ) 金融取引における説明義務の根拠としては、証券取引等の金融取引においては情報開示が必要であり重要であること、金融商品取引が複雑で、危険性があり、金融商品の内容や価値が複雑であること、銀行、保険会社、証券会社などが専門的知識や情報の収集・分析能力などで顧客に対して優位であることが挙げられる。
(ウ) 上記のとおり、オプション取引や先物取引は、一般投資家にとってなじみがなく、周知性が乏しく、仕組みも複雑で危険性も高い。したがって、顧客に勧誘するに当たり、証券会社はオプション取引や先物取引の仕組みとその危険性を、顧客がよく理解できるまで十分に説明し、それを確認すべきである。
証券取引法40条は、有価証券オプション取引や先物取引について取引概要を記載した書面の事前交付を義務づけている。日本証券業協会の公正慣習規則9号、協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則第6条の3も、証券会社に対し、オプション取引や先物取引に関する説明書交付義務及び説明義務を課している。
特にオプション取引は、仕組みが大変複雑で理解しにくい。買建には、① 期限があり、期限までに行使又は売却しないとオプションが無価値になるので投資した金額の全てを失う危険性が高いこと、② 価格形成の要因が複雑で、予測が困難であること、③ 投資金額に比較して価格変動の幅が大きいことなどの要素がある。売建には、① 少額の証拠金だけで取引ができる(代用有価証券を差し入れればさらに少ない資金の用意で済む。)ので、オプション料分が直ちに入金されて損益を観念しづらいこと、② 損害が理論的には無制限であり、個人投資家が投資するには危険が大きいことなどの要素がある。被告は、これらの点をよく説明しなければならない義務があった。
イ 被告の従業員には、次のような説明義務違反がある。
(ア) 原告は、オプション取引の仕組み・危険について理解することもなく、Bに言われるがままに本件オプション取引を行った。
(イ) Bは、オプション取引の勧誘に際して、原告に対し、その内容を「日経平均の現在値が、1か月後の第2金曜日までに上がるか下がるかを予想するだけのもの」という程度の説明しか行っていない。手数料に関しては誤った説明もあった。また、「コール」「プット」「ストラングル」などの用語の意味や内容及び株価指数の概念などについても説明していなかった。
Bは、原告に対し、シミュレーション取引による説明もしていない。
(ウ) Bは、原告に対し、株価指数オプション取引説明書を交付していない。
取引の継続中、損失を計上した時期の受渡計算書やその他の資料が原告に届けられないことがあった。
(エ) Bは、原告に対して、日経平均株価の動向を判断する上で重要となる経済その他に関する情報を提供していない。
日経平均株価の対象銘柄の入れ替えについても十分な説明はなされなかった。
(オ) 平成11年にBが原告に対して、手数料について誤認説明を行ったことは、顧客に十分な説明をしていなかったことを示す。
ウ 被告の従業員は、本件オプション取引の説明義務の対象となる事項について、説明が不十分で、原告が十分理解していないのに、本件オプション取引を行った義務違反がある。
(3) 断定的判断の提供等
ア オプション取引や先物取引では、虚偽の表示又は重要な事項について誤解をもたらす表示をして勧誘する行為は禁止されている(証券取引法157条2号、42条1項9号、証券会社の行為規制等に関する命令4条1号)。価格等が騰貴又は下落することの断定的判断を提供することが禁止されている(証券取引法42条1項)。
イ 被告従業員のBは、原告に対し、オプション取引について、絶対安全な取引である、確実に儲かります、危険性のある投機的な取引ではない、先物取引などのような取引と違い追加金がないなどと断定的な判断を提供し、安全性を強調した虚偽の事実を述べて勧誘した。
ウ 被告の従業員は、不実表示を伴う勧誘をし、断定的判断を提供する違法行為をした。
(4) 誠実公正義務・忠実義務・善管注意義務違反及び合理的根拠の法理違反
ア 証券会社は、次のとおり、善管注意義務・忠実義務・誠実公正義務及び合理的根拠を必要とする義務を負う。
(ア) 顧客に対し、善管注意義務を負う(商法552条1項、民法644条)。
(イ) 顧客との利益相反行為が禁止され、忠実義務を負っている(商法552条2項、民法108条、証券取引法39条)。
(ウ) 証券会社が単に顧客の売買の指示の取次をするにすぎないときは、証券会社には正確に執行する義務が存するだけである。
しかし、証券会社が顧客に投資助言を与え、顧客もそれに従って売買の指示をするという関係にあるときは、証券会社が顧客に対して負う義務は、それにとどまらない。証券会社が顧客に投資勧誘ないし投資助言をする際には、それが意見の表明という形をとろうと事実の表示という形をとろうと、合理的な根拠が必要とされる。合理的な根拠を欠く場合には、そのような勧誘ないし助言は、違法と解される。これを合理的根拠の法理という。証券会社の誠実公正義務(証券取引法33条)に根拠がある。
イ 被告には、次の言動があった。
(ア) 被告の従業員は、原告に対し、オプション取引の危険性・仕組み等を正しく説明していない。オプション取引は、絶対安全な取引である、危険性のある投機的な取引ではない、追加金の発生はないなどと安全性を強調して説明した。
(イ) 手数料については誤った説明をした。
(ウ) 多大な損害が生じたとき、ロールオーバーによって損失を先送りし、損失を拡大させた。
ウ 被告従業員の勧誘文言、説明内容及び行動は、誠実公正義務、忠実義務、善管注意義務及び合理的根拠の法理に違反した、違法な行為である。
5 先物取引の無断取引
被告は、原告に無断で、本件先物取引を行った。その損失は、原告に帰属しない。被告は、原告に帰属するものとして原告口座からその損失を差し引いた。
6 被告の責任
(1) 被告は、民法715条に基づき、本件オプション取引の執行につき使用人がなした不法行為により、原告が被った損害を賠償する責任がある。
(2) 被告は、本件オプション取引に関する債務不履行により、原告が被った損害を賠償する責任がある。
(3) 原告に無断でした本件先物取引による損失は原告に帰属しないから、被告は、原告に対し、先物取引による損失額相当の預託金を返還する義務がある。
7 原告の損害
原告は、上記の違法行為によって、次のとおり、合計6533万0889円の損害を被った。
(1) 本件オプション取引による損害 3867万5651円
原告は、別紙1記載のとおり、本件オプション取引をすることによって、合計3867万5651円の損害を被った。
(2) 本件先物取引による損失 107万9266円
被告は、原告に無断で、平成13年3月13日、日経平均13-06の先物取引を行って、原告口座から107万9266円を出金した。
(3) 株式・投資信託の売却による損害 1463万6800円
原告は、別紙2記載のとおり、本件オプション取引の担保として預けていた株式・投資信託を売却した。これは、本件オプション取引による損失の穴埋めのために行われた。本件オプション取引の勧誘と相当因果関係がある損害である。売却された株式の平成16年4月19日の終値と売却された投資信託の基準価格からして、原告は、1463万6800円の損害を被った。
(4) 慰謝料 500万円
原告は、取引過程において、入金の強要などの恐怖を受け、多大な損害を被ったことによって、精神的苦痛を受けた。
(5) (1)~(4)の合計 5939万1717円
(6) 弁護士費用 593万9172円(請求額の約1割)
(7) 請求額 6533万0889円
8 よって、原告は、被告に対して、民法715条の使用者責任又は民法415条の債務不履行による損害賠償請求権、及び、預託金返還請求権に基づき、6533万0889円、並びに、うち5831万2451円に対する不法行為の日以後である平成13年9月26日から、及び、うち701万8438円に対する訴状送達の日の翌日である平成14年4月4日から、各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第3原告の請求原因に対する被告の答弁
1 請求原因1について
(1) 同(1)イの事実は否認する。
原告は、取引開始のころ、共立女子大学を卒業し、東洋信託銀行に入社した旨説明していた。
原告は、平成元年には既に国際証券で株式取引を行っていた。原告は、株式相場が好調だった時代から仕手株を含めて株式取引を頻繁に行っている。
(2) 同(2)の事実は認める。
2 請求原因2について
(1) 被告との口座の開設時期は、平成8年7月1日である。同月3日には、時価総額3000万円相当の株券の入庫があった。
原告は、Bから提案のあった銘柄をそのまま鵜呑みにして購入を決定することはなかった。売却も、自らの相場観で決定していた。原告は、投資スタンスが慎重であり、自分の意向を押し通すタイプであった。
(2) 同(2)の事実は否認する。
株式や株価に関する取引に利益とリスクが表裏一体としてあることは当然のことである。絶対に儲かる、確実に儲かる、何よりも安全ですなどの言葉は禁句であり、言うはずがない。
Bは、営業の常識として、度々電話や自宅訪問をした。しかし、原告の迷惑となるような押しつけがましい言動はしていない。
(3) 同(3)の事実は否認する。
(4) 同(4)の事実は認める。
原告は、取引開始後、平成10年度には約430万円の利益を得た。平成11年度には約250万円の利益を得た。平成12年5月には、娘のC名義の取引口座でもオプション取引をした(この口座では、利益を出して取引を終了した。)。
(5) 同(5)の事実は否認する。
Bは、原告の指示で、毎日、午前中と午後に2回ずつ原告に電話をし、週に1、2回原告宅に訪問した。原告は、電話や面談で自ら注文した(ほとんど自分で値段を指示する指値注文だった。)。
(6) 同(6)の誤認説明があったことは認める。
Bが手数料について誤認説明したとき、原告は、儲かっており、Bの誤認説明を取り立てて問題にしなかった。
(7) 同(7)の事実は否認する。
証券会社は、顧客が証券取引を行った都度、取引報告書等の作成・交付が義務付けられている(証券取引法41条、証券会社に関する内閣府令30条)。被告は、誤配・遅配などの事務処理上のミスがないように、JIP(日本電子計算)に作成・交付を委託し、同社から直接顧客へ送付される手続をとっていた。原告は、取引の都度、取引報告書の送付を受けている。本件オプション取引において大きな損が発生した分についてのみ抜けていたということはない。Bは、受渡計算書を原告に渡して説明していた。
未決済建玉残高通知書及び未決済建玉期日の案内も、JIPから発送されていた。オプション取引建玉消滅のお知らせは、被告支店ではなく本社管理部から顧客に発送されている。
原告は、平成12年4月以降、本件オプション取引で損失を発生させ、現金を入金して損失に対応した。平成12年11月13日に約1080万円、平成13年3月6日に150万円、同月7日に350万円、同月16日に800万円、同年4月10日に150万円、同月11日に155万円を入金した。平成13年4月に再発行された伝票を見て初めて多額の損失を認識するはずがない。
(8) 同(8)の事実中、先物取引によって107万9266円の損失を計上したことは認めるが、その余は否認する。
平成13年3月13日に行った日経225先物取引の売建4枚、同月19日の買い戻しの取引は、原告の指示に基づいて行われた。無断取引ではない。本件先物取引の売建は、原告の日経平均が下がるとの予想から、既に行われていたオプション取引のヘッジ方法として、Bが原告に説明して行われた。
(9) 同(9)の事実は否認する。
ロールオーバーは、原告から損失を挽回したいと言って取引継続の要望があったことから、Bが説明した手法である。原告は、その危険性について理解した上で行った。
3 請求原因3について
オプション取引の一般的な説明は認める。
原告が行ったオプション取引は、同一満期日に異なる権利行使価格のプット及びコールを売るストラングルの売りである。
4 請求原因4は争う。
(1) 同(1)(適合性原則違反)は争う。
ア 原告は、被告と現物取引を行った。その対象銘柄は投機性の高い、いわゆる仕手株といわれる銘柄(阪和興業、本州製紙、兼松日産農林、宮越商事、かろりーななど)がほとんどであった。原告は、リスクをいとわない投機意欲の極めて旺盛な投資家であった。
イ 原告は、新聞、経済紙、四季報、会社情報(なお四季報と会社情報は内容において殆ど差異はないが、原告は両方を比較検討していた。)、株価チャート、株に関する書籍や証券業界紙(株式新聞、株式市場新聞など)を購読していた。パソコンでリアルタイムの情報を入手したり、ファックスなどで、他の証券会社から、自分で投資情報を積極的に取り寄せたり(野村證券の主席研究員兼経済学者のレポートも取り寄せて読んでいた。)して、十分に検討した上で、購入を決定し、株式取引などを行っていた。
ウ 原告は、被告において取引口座を開設する以前から長年にわたり(少なくとも平成元年から)、野村證券、国際証券、東和証券など複数の証券会社で証券取引を行っていた。証券取引などの投機取引の知識・経験が豊富な投資家である。投資判断能力及び情報収集・分析能力に長けた投資家である。個人投資家としてはプロの部類に属する投資家であった。
原告の投資経験・知識、投資意向、資産状態のいずれの面においても、本件オプション取引は原告に適合している。適合性原則に違反しない。
(2) 同(2)(説明義務違反)は争う。
ア 被告の従業員Bは、原告に対し、オプション取引の基本的な内容をひととおり説明した。日経平均株価指数オプション取引とは、一定期間内に一定の価格(権利行使価格)で日経平均株価を買う権利(コール)、売る権利(プット)を売買する取引であること、基本的な手法として「コールの買い」「コールの売り」「プットの買い」「プットの売り」があることを説明し、さらにその組み合わせである「ストラドルの買い」「ストラドルの売り」「ストラングルの買い」「ストラングルの売り」があることを説明し、その上で、原告の理解を深めるためのシュミレーション取引を行った。
原告が実際に取引を開始するまでの約3か月の間、Bは、面談及び電話で度々オプション取引の説明を行い、リスクについても説明した。特に売建の場合、理論的には損失が無限大であることなどについて、再三説明した。
イ 原告は、Bからオプシヨン取引に関する取引説明書等の交付を受けた上で先物・オプション取引口座設定約諾書及び「取引説明書の内容を確認し、私の判断と責任において取引を行う」旨が明記された取引確認書に自ら署名・押印して取引を開始した。原告は、本件オプション取引の内容を十分に理解していた。
ウ 本来的に危険を伴い、投資家の自己責任原則が妥当する証券取引の世界においても、証券会社の断定的判断の提供などの作為的行為により、投資家の投資判断が不当に歪められた場合には、その行為が杜会的相当性を逸脱する限りにおいて、違法と評価される。また、説明義務の懈怠が作為と同程度の違法性を帯びる場合、説明義務違反という不作為的行為についても、違法と評価される。
もっとも、説明義務の対象は、「重要事項」に限定され、その内容は、① 価格変動リスク、② 信用リスク、③ 期間の制限などとされている(金融商品販売法第3条。ただし、本件オプション取引は、同法施行以前のものであり、適用はない。)。
そもそも、取引の詳細な内容は、投資家の投資判断に直結せず、むしろリスクとリターンの総合考慮の上で投資判断を行うことから、説明義務の「範囲」も、当該取引の概要及び内在するリスクにとどまり、価格形成の要因やレバレッジ効果、オプション料の内容のような投資判断の一要素にすぎない内容についてまで証券会社が法的な説明義務を負うものではない。
説明義務の「程度」は、当該投資家の投資経験・知識、理解力・判断力に応じて相対的に定まる。当該投資家が理解できる程度の説明を行えば足りる。
投資家の個人的な努力、内心の問題について踏み込んで証券会社に義務を課すことは、立証困難な義務を証券会社に課すことになる。本来的に投資家に課せられる自己責任原則に反して証券会社に過度な義務を負担させる結果になる。
したがって、さらに進んで投資家に「理解させる義務」「理解したことを確認する義務」まで証券会社が負担するものではない。
エ Bは、原告に対し、本件オプション取引を開始する約3か月前から資料を利用して取引の仕組み及びリスクを度々説明した。また、自作のシュミレーション表を使用して具体的に説明した。それに対して、原告は、「Bさん、説明が上手いわね。よく分かったわ。」と述べ、Bの説明内容を十分に理解した。
また、取引を開始した後も、3年以上にわたり原告が取引を継続して行う過程で頻繁に情報提供を行っていた。説明義務を十分に尽くした。
オ 原告のオプション取引の理解
原告は、平成10年1月に本件オプション取引を開始し、多数のオプション取引を行う中で、取引内容に精通した。多額の損失が発生するようになった平成12年5月の時点においては、自らの投資判断でオプション取引ができる程になっていた。
原告は、証券会社の営業マンである被告従業員Bとオプション取引について対等に会話をしている。オプション取引の内容を十分理解していた。
(3) 同(3)(断定的判断の提供等)について
株式、株価に関する取引では、利益とリスクが表裏一体的に伴うので、「絶対に儲かる。」「確実に儲かる。」「何よりも安全です。」などの言葉は禁句である。しかも、結果がすぐ現われるから、このような顧客の誤解を生むような言動は、出来ない。
本件オプション取引の投資勧誘の際に、被告の担当者Bが不実表示や断定的判断の提供を行った事実はない。
(4) 同(4)(誠実公正義務違反・合理的根拠の法理違反)は争う。
被告は、原告に対し、豊富で的確な情報を提供した。取引の最終的判断は、原告が行った。
ロールオーバーは、特殊な手法ではない。単に新規売建によるオプション料で手仕舞いによる実現損をカバーして取引を継続するにすぎない。証券取引法などによって禁止されている手法でもない。原告が新資金による実現損の穴埋めを嫌がったため、被告担当者Bがロールオーバーの意味内容及び危険性を十分に説明し、原告は、合意の上で、ロールオーバーを行った。
5 請求原因5(先物取引の無断取引)は争う。
平成13年3月上旬ころ、原告からBに「野村證券の話ではまだ日経平均が下がると言っている。」などの電話があった。Bは、既に行っている本件オプション取引のヘッジ方法として、本件先物取引を案内し、原告宅で3回にわたり説明資料を持参して取引内容の説明を行った。そして、同月13日に、Bが原告に相場状況を報告した際、原告は、「日経平均が下がりそうだから。」と述べて、売建4枚を1万1790円で指値注文を行った。
本件先物取引は、原告の指示に基づくものである。
6 請求原因6は争う。
7 請求原因7は争う。
本件売却は、原告が本件オプション取引上の損金支払を拒否したため、口座設定約諾書所定の受託契約準則に則って被告が処分して損金に充当したものである。
本件オプション取引の効果が原告に帰属する以上(原告の損害賠償請求は損金が原告に帰属することを前提とする。)、損金未払による受託契約準則に則った本件売却は、有効かつ適法である。本件売却による損失は、本件オプション取引と相当因果関係はない。
第4当裁判所の認定した事実
当事者間に争いのない事実に、<証拠省略>及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
1 当事者
(1) 原告(昭和18年○月○日生まれ)は、被告で取引口座を開設した平成8年6月当時52歳であった。
高校卒業後、約半年ほど東洋信託銀行に勤務した。昭和39年に結婚した。昭和53年ころから昭和60年ころまで、第一法規出版株式会社で勤務した。平成元年ころから平成6年ころまで、図書関係の会社である株式会社フジ・テクノシステムで勤務した。その後、理工系の図書を出版する仕事に従事した。原告は、単なる専業主婦ではなく、出版関係の仕事の経験があった。
平成7年9月、夫を交通事故で亡くし、保険金を得た。
(2) 被告は、埼玉県熊谷市に本店を置く、有価証券の販売及び媒介などを目的とする株式会社である。
B(昭和40年○月○日生まれ)は、被告の従業員である。平成8年6月当時、被告の上尾支店で営業を担当していた。平成9年4月から課長代理となった。
2 原告の証券取引の経験等
(1) 原告は、平成元年には国際証券(現在の三菱証券)に原告名義の取引口座を有していた。大宮支店との取引があった。
原告は、国際証券において株式を購入した(原告本人は、国際証券で購入された原告名義の株式は、原告の父が原告名義で購入した旨供述するが、信用できない。)。
(2) 原告は、当時の勤務先近くに店舗のあった東和証券(現在のUFJつばさ証券)に原告名義の口座を有し、株式の購入をしていた。
(3) 原告は、被告と取引開始後も、野村證券との取引口座を開設して取引している。
3 本件オプション取引前の原告と被告の取引状況
(1) 平成8年6月ころ、原告は、地元の証券会社との取引を考えて、被告の上尾支店に電話した。電話に出たBの応対が謙虚であったところが気に入り、被告と取引を開始することにした。
(2) 平成8年7月1日、原告は、被告の上尾支店に取引口座を開設した。同月3日、原告は、既に手元にあった株券及び転換社債合計24銘柄(当時の時価合計は3000万円程度であった。)を被告に持ち込んで入庫した。投機性の高い銘柄と言われている、ニチロ、不動建設、本州製紙等の株式も含まれていた。
(3) 被告は、原告を、手持ち資産が5000万円から1億円で、公社債、投資信託及び株式の普通取引の経験はあり、株式の信用取引の経験はない客であると把握した。
(4) 平成8年8月15日、原告は、上記24銘柄、並びに、平成8年7月8日及び15日に被告で購入した2銘柄(後記(5)ア及びイ)の合計26銘柄の株券及び転換社債を被告から出庫して、返却を受けた。
Bは、原告を一般の客と同じように対応したことで、原告が気分を害したものと考えた。原告を慎重に対応すべき客として扱い、こまめに相場状況等を伝えることとした。
平成8年9月13日、原告は、上記合計26銘柄の株券及び転換社債を再び被告に持ち込んで、入庫した。
(5) 原告と被告の株式取引の内容は、次のとおりである。
ア 平成8年7月8日、原告は、阪和興業の株式を1株401円で2回にわたり合計5000株の買い取引をした(平成13年9月27日、本件オプション取引の精算のために処分した。)。
イ 平成8年7月15日、原告は、川崎重工の転換社債を1口100円で5000口の買い取引をした(平成13年9月28日、本件オプション取引の精算のために処分した。)。
ウ 平成8年10月8日、原告は、武富士の株式を1株8210円で100株の買い取引をした。同日、武富士の株式を1株8230円で100株の買い取引をした。同日、武富士の株式を1株8250円で400株の買い取引をした(原告は、上記武富士の株式合計600株を、平成8年12月12日に1株9030円で売却し、30万5391円の利益を得た。)。
エ 平成8年10月11日、原告は、兼松日産農林の株式を1株1670円で1000株の買い取引をした(原告は、上記兼松日産農林の株式1000株を、平成8年10月17日に1株2180円で売却し、43万9840円の利益を得た。)。
オ 平成8年10月17日、原告は、宮越商事の株式を1株721円で2回にわたり合計3000株の買い取引をした(原告は、上記宮越商事の株式合計3000株を、平成8年10月22日に1株870円で売却し、36万4719円の利益を得た。)。
カ 平成8年10月23日、原告は、宮越商事の株式を1株861円で1000株及び1株860円で2000株の買い取引をした(原告は、上記宮越商事の株式合計3000株を、平成8年11月7日に1株1166円で売却し、79万3818円の利益を得た。)。
キ 平成8年10月25日、原告は、かろりーなの株式を1株600円で2回にわたり合計5000株の買い取引をした(原告は、上記かろりーなの株式合計5000株を、平成13年9月27日、本件オプション取引の損失の精算のため売却した。)。
ク 平成8年10月30日、原告は、兼松日産農林の株式を1株3140円で1000株の買い取引をした(原告は、上記兼松日産農林の株式1000株を、平成8年11月5日に1株3480円で売却し、22万9636円の利益を得た。)。
ケ 平成8年11月7日、原告は、森電機の株式を1株677円で3000株の買い取引をした。
コ 平成8年11月13日、原告は、ヒラボウの株式を1株710円で2回にわたり合計3000株の買い取引をした(原告は、平成13年10月10日、上記ヒラボウの株式合計3000株を持ち出し出庫した。)。
平成8年11月13日、宮越商事の株式を1株1040円で1000株の買い取引をした(原告は、上記宮越商事の株式1000株を、平成13年9月28日、本件オプション取引の損失の精算のため売却した。)。
サ 平成8年11月15日、原告は、宮越商事の株式を1株920円で1000株の買い取引をした(原告は、上記宮越商事の株式1000株を、平成13年9月28日、本件オプション取引の損失の精算のため売却した。)。
シ 平成9年4月2日、原告は、住友精密工業の株式を1株695円で2回にわたり合計2000株の買い取引をした(原告は、上記住友精密工業の株式合計2000株を、平成13年9月28日、本件オプション取引の損失の精算のため売却した。)。
ス 平成9年7月22日、原告は、ニチアスの転換社債を1口100円で合計2000口の買い取引をした(原告は、上記ニチアスの転換社債合計2000口を、平成13年9月28日、本件オプション取引の損失の精算のため売却した。)。
セ 平成11年11月9日、原告は、NTTの株式1株を166万6000円で募集購入した(原告は、上記NTTの株式1株を、平成13年9月28日、本件オプション取引の損失の精算のため売却した。)。
ソ 平成12年1月7日、原告は、ソニーの株式を1株2万3700円で100株の買い取引をした(原告は、平成13年10月10日、上記ソニーの株式100株を持ち出し出庫した。)。
タ 平成12年1月27日、原告は、スミセイ日本株グロース・オープンの株式200株を1株1万円で募集購入した(原告は、上記スミセイ日本株グロース・オープンの株式200株を、平成13年9月27日、本件オプション取引の損失の精算のため売却した。)。
チ 平成12年9月19日、原告は、ヒューネットの株式を1株780円で1000株の買い取引をした。同月20日、原告は、ヒューネットの株式を1株820円で1万株、1株840円で2回にわたり合計4000株の総計1万4000株の買い取引をした(原告は、上記ヒューネットの株式合計1万5000株を、平成12年10月5日に1株1100円で売却し、377万8821円の利益を得た。)。
ツ 平成12年10月16日、原告は、ヒューネットの株式を1株1190円で合計5回にわたり合計1万株の買い取引をした。同年11月8日、原告は、ヒューネットの株式を1株1080円で5回にわたり合計1万株の買い取引をした。同月30日、原告は、ヒューネットの株式を1株865円で5000株の買い取引をした(原告は、平成13年10月10日、上記ヒューネットの株式合計2万5000株を持ち出し出庫した。)。
(6) 上記株式取引が行われた期間、Bと原告は、ほとんど毎日電話で話をしていた。Bは、週に1回程度、原告宅を訪問した。原告は、被告に対し、四季報と会社情報の両方を持参するように依頼していた。Bは、原告に対し、毎日のように株式新聞の早刷り版をファックスで送っていた。
(7) Bは、原告とのやりとりの中で、原告から、次のように聞かされていた。
すなわち、原告の実家は、山林を所有するなど資産家である。原告は、原告の娘と同様に共立女子大学を卒業している。原告の息子及び娘は一流会社に勤務している。原告は、結婚をする前には銀行に勤務していた。原告の夫は、一流商社に勤務しており、退職して大学教授等の著作物を出版・販売する会社を設立した。原告の夫は、複数の証券会社で原告よりも規模の大きい株式取引を行っていた。原告の夫は、1、2年前に交通事故で亡くなった。原告は、夫の設立した会社で経理を担当していた。原告は、被告で取引口座を開設する10年以上前から株式取引を行っていた。原告の同級生が国際証券の支店長をしており、原告はそこで株式取引を行っていた。原告は、野村證券の植草レポートを入手している。証券会社から株価情報等をファックスで毎日送ってもらっている。
(8) 原告は、長期保有することを予定する債券や投資信託等を案内しても、あまり関心を示さなかった。Bは、原告に対し、いわゆる仕手株である阪和興業、本州製紙、兼松日産農林、宮越商事、かろりーな等の銘柄を紹介した。
Bは、原告から、株式が塩漬けになってしまって困る旨聞かされた。原告は、Bに対し、何か儲かるものはないかと尋ねていた。
3 本件オプション取引の締結
(1) Bは、平成9年11月ころ、原告に対し、オプション取引を紹介した。原告は、株式相場が低迷していて、日経平均株価が小幅な動きであるときに利益を得られることで、オプション取引に関心を示した。
(2) Bは、原告に対し、電話で何度かオプション取引の説明をした。平成9年11月18日、同年12月1日、同月18日及び同月24日ころの4回にわたり、原告宅を訪問してオプション取引を説明した。
(3) Bは、オプション取引について、おおよそ次のような説明をした。
オプション取引とは、選択権付き売買のことである。買う権利をコール、売る権利をプットと言う。オプション取引には、権利行使価格と権利行使期間が予め定められている。基本的な手法には、コールの買いとコールの売りとプットの買いとプットの売りがある。ストラングルの売り(日経平均株価が小幅な動きをすると予想される場合、行使価格の異なるコールとプットを売る手法であり、日経平均株価の動きが2つの行使価格の間に入ると利益になる。)やストラドルの売り(日経平均株価がより小幅な動きをすると予想される場合、行使価格の同じコールとプットを売る手法であり、日経平均株価の動きがオプション料の範囲内であると利益になる。)を説明した。コール及びプットの買いの場合は、相場観がはずれた場合の損失は、当初支払ったオプション料に限定されるが、コール及びプットの売りの場合は、相場観がはずれた場合の損失は、理論的には限定されないことを説明した。
(4) さらに、Bは、原告に対し、シミュレーションをして、オプション取引を説明をした。
(5) 平成9年12月、原告は、Bに対しオプション取引を開始する旨を伝えた。Bは、年末に長期の休みが入り、権利行使価格の値段が徐々に小さくなっていくので、年末年始でもう一度シミュレーションし、年明けからオプション取引することを提案した。
(6) 平成10年1月16日、原告は、株価指数オプション取引説明書を受領して、先物・オプション取引口座設定約諾書及び株価指数オプション取引に関する確認書に署名押印した。
4 本件オプション取引の態様
(1) 原告の行った本件オプション取引の経過は、別紙1のとおりである。
(2) 原告は、Bが薦めた、同一満期日に権利行使価格の低いプット及び権利行使価格の高いコールの売建をする手法(日経平均株価が両者の権利行使価格の間に収まるとプット及びコールのオプション料がそのまま利益となる。)を中心に本件オプション取引を行っていた。
(3) もっとも、平成10年2月25日、同年6月11日及び平成11年9月14日には、原告は、日経平均株価が大きく上昇すると見込んで、日経平均株価が上がっていく場合に理論的には利益が無限であるコールの買建を提案し、コールの買いの注文も行った。
(4) 原告は、本件オプション取引において、指値注文で取引を行った。
(5) Bは、本件オプション取引が開始されてから、ほぼ毎日、午前中は寄付前後と10時30分ころの2回、午後は、1時30分ころと2時30分ころの2回の合計4回程度、原告に電話をして連絡を取った。
そのほか、ほぼ毎日、株価チャート、オプションの価格表、日経平均株価及び日経平均先物の1分刻みの変動が記載されているものをファックスで送った。
Bは、1週間に1、2回程度、原告宅を訪問した。Bは、原告に対し、1か月単位で手書きの損益計算書を作成して渡した。金銭預り証の交換の際は、受渡計算書を持参して、オプション取引の損益状況を示して、前回からの金員の変動を説明し、前回の金銭預り証に原告の署名押印を受けて回収し、新たな金銭預り証を交付していた。
(6) 平成11年1月、Bは、原告から、売建が満期日で損失が出た場合に手数料がかかるのかとの質問を受けた。Bは、手数料はかからないと思うと誤った回答をした。後日、原告は、取引報告書を見て、上記の場合でも手数料が引かれていたことに気付き、その旨をBに指摘した。原告は、Bから、手数料相当分として2万3000円を受け取ったのみで、Bが誤った回答をしたことに関し、特に問題にすることはなかった。
5 平成10年及び11年の本件オプション取引の損益状況等
(1) 原告は、平成10年の1年間で、別紙1のとおり、47回のオプション取引を行った。個々の取引では損失が出た場合もあった。全体で約430万円の利益を得た。
(2) 原告は、平成11年の1年間で、別紙1のとおり、39回のオプション取引を行った。個々の取引では損失が出た場合もあった。全体で約250万円の利益を得た。
(3) 本件オプション取引の1回の取引枚数は、平成10年の1年間は、1枚がほとんどであった。平成11年に入ってからは、1回の取引で5枚ないし10枚程度に枚数が増えてきた。
取引枚数が増えてくると、原告は、Bに対し、しばしば、預託している担保株式で建てることのできる枚数を確認した。
6 C名義のオプション取引
(1) 原告は、オプション取引で利益を得たことから、娘であるCのために同人名義でオプション取引をすることを望んだ。
(2) 平成12年5月1日ころ、Cは、先物・オプション取引口座設定約諾書及び株価指数オプション取引に関する確認書に署名押印した。
(3) 平成12年5月9日から、C名義によるオプション取引が開始された。被告との折衝は、もっぱら原告が担当した。
(4) 平成12年11月ころまで、15回程度のオプション取引を行った。差引39万2000円余りの利益を得た。
7 平成12年及び13年の本件オプション取引の損益状況等
(1) 平成12年4月に日経平均株価の対象銘柄の大幅な入れ替えがなされた。日経平均株価は大幅に下落した。原告は、日経平均株価の値下がりについて、一時的な値下がりでいずれ回復するとの見込みから、平成12年4月17日から同年5月11日までの間、プットの売建の取引をした。
(2) ところが、日経平均株価の下落が続き、平成12年5月11日に保証金の不足が生じた。
Bは、原告に対し、電話で、保証金が不足したことを伝えた。原告は、Bが十分説明しないから悪いと言って、保証金の追加入金を拒否した。
Bは、やむなくロールオーバーの手法(新たなオプションの売建取引をして得たオプション料を損失に充てて取引を継続する手法)によることを提案した。原告は、ロールオーバーによることを了解した。
(3) 平成12年5月12日、原告は、合計16枚のプットの売建の権利履行によって、合計約460万円の損失が発生した。同日、原告は、単価65万5000円のプットの売建を4枚(約定金額合計262万円)の取引と単価77万5000円のプットの売建を4枚(約定金額合計310万円)の取引をした。オプション料約550万円で損失を填補して、オプション取引を継続した。単価65万5000円のプットの売建4枚は、平成12年7月14日に権利履行によって、差引249万円程度の利益を得た。単価77万5000円のプットの売建4枚は、平成12年8月11日に権利履行によって、差引200万円程度の損失が発生した。
(4) 平成12年6月には、プットとコールの売建のオプション取引を行い、利益を得た。
(5) 平成12年8月11日、原告は、単価97万5000円のプットの売建を6枚(約定金額合計585万円)の取引をした。平成12年12月8日の権利履行によって、差引575万円程度の損失が発生した。
(6) 平成12年8月25日と同年9月のプットとコールの売建のオプション取引で利益を得た。
(7) 平成12年11月のコールの売建のオプション取引で約77万円の利益を得た。同月のプットの売建のオプション取引で約94万円の損失を生じた。
(8) 平成12年12月8日、原告は、単価122万円のプットの売建を5枚(約定金額合計610万円)の取引をした。同日、単価159万円のプットの売建を4枚(約定金額合計636万円)の取引をした。平成13年4月13日の権利行使によって、前者の取引では、約412万円の損失が生じ、後者の取引では、約388万円の損失が生じた。
(9) 原告は、本件オプション取引の追加保証金として、被告に対し、平成13年3月6日、150万円を入金した。同月7日、350万円を入金した。同月16日、800万円を入金した。同年4月10日、150万円を入金した。同月11日、155万円を入金した。
(10) 平成13年3月当時、日経平均株価は下落しており、上記のとおり、保証金の追加が必要であった。
Bは、損失の回避策として、日経平均先物取引を提案した。平成13年3月2日、6日及び7日、Bは、原告宅を訪問して、日経平均株価のチャートやオプションの価格表等で日経平均先物取引を説明した。
平成13年3月13日、原告は、日経平均株価の下落を予想し、オプションの売建9枚と同じ先物も9枚取引しようとした。Bは、半分くらいで様子を見たほうが良い旨助言した。同日、原告は、日経平均先物取引の売建4枚を注文した。数日間は利益が出そうであったが、日経平均株価が上昇し始めたので、原告は、平成13年3月19日、指値で買い戻しの注文をした。この先物取引で約107万円の損失が発生した。
(11) 平成13年4月16日、原告は、単価183万円のプットの売建を2枚(約定金額合計366万円)の取引をした。同日、単価290万円のプットの売建を6枚(約定金額合計1740万円)の取引をした。前者の取引は、平成13年6月7日の買い戻しで、12万円程度の損失が発生した。後者の取引は、平成13年9月14日の権利履行によって、約2200万円の損失が発生した。
(12) 平成13年6月7日、原告は、単価216万円のプットの売建を2枚(約定金額合計432万円)の取引をした。平成13年9月21日の買い戻しで、約717万円の損失が発生した。
(13) 平成13年6月29日のコールの売建のオプション取引をした。21万円余りの利益が出た。
(14) 平成13年9月14日、原告は、単価654万円のプットの売建を2枚(約定金額合計1308万円)の取引をした。同月21日、原告は、単価655万円のプットの売建を3枚(約定金額合計1965万円)の取引をした。平成13年9月26日に買い戻しで、前者の取引で約114万円の損失が生じ、後者の取引で約40万円程度の損失が発生した。
8 追加証拠金をめぐる交渉経過
(1) 原告は、日経平均株価の下落によって、本件オプション取引の保証金に不足が生じても、容易に保証金の追加に応じようとしなかった。
(2) 原告は、Bに対し、利息の高い郵便局の定期貯金を解約しなければならないから、利息分を負担するように求めた。Bは、原告の求めに応じて、原告に対して合計254万円を支払った。
(3) 平成13年4月ころから、原告は、被告に対する訴訟を口にするようになった。被告従業員との会話を録音するようになった。他方、被告も、原告との電話による会話を録音した。
(4) 平成13年9月に入って、保証金の不足が生じた。
原告は、平成13年9月6日、不足保証金の支払に応じるような態度を示し、Bに対し、Bの名刺の裏に、700万円の借入金の金利分として月額4万8200円を1年間毎月25日に持参する旨を記載させた。
また、平成13年9月12日には、Bに対し、同じく名刺の裏に、オプション取引口座の開設に当たって、現物株の取引と同じ、現物の代用範囲内の取引、信用取引とは違い安全である、約諾書を渡すに当たり後で読んでおいて下さいとの説明で、予期せぬ不足額が生じてしまいご迷惑をおかけして大変申し訳ございません旨責任を認めるような趣旨の記載をさせた。
(5) Bの上司も、原告宅を訪問し、保証金の追加を求めた。結局、原告は、これに応じなかった。
(6) 被告は、平成13年9月27日及び翌28日に原告の指し値による預託の株券の売却によって、本件オプション取引によって生じた損金を精算した。
9 本件オプション取引の結果
原告の本件オプション取引は、取引開始から2年間余りの期間は、約定金額30万円以下の取引を中心に行って、合計700万円近くの利益を得た。平成12年5月12日の権利履行によって約465万円程度の損失が生じた。ロールオーバーを行うなどした、平成12年5月から平成13年9月までの取引によって生じた損失を中心に、原告は、本件オプション取引全体で、合計3850万円余りの損失を被った。
10 証拠判断について
(1) 原告は、本件オプション取引を開始した時点で、オプション取引の仕組みや内容について全然分からなかった、その時点でオプション取引には売りと買いの二つがあることを知らなかった、オプション取引にはプット及びコールという取引があることを最初に聞いたのは取引を開始して1年後くらいである旨の供述し、それにそう陳述書を提出している。
しかし、原告は、本件オプション取引を開始した翌月に、オプションの買建の取引もしている上、本件オプション取引の開始後、1年間で47回の取引をして430万円程度の利益を出している。その間、プット及びコールの言葉さえ聞いたことなかったなどとする原告本人の供述及び陳述書は、不自然・不合理であって到底信用できない。
(2) 原告は、その主張にそう証拠として、手帳(甲7)を提出する。原告提出の手帳には、本件オプション取引に関して、契約を締結するときの経緯を含めて、詳細な記載がある。原告は、その記載はやりとりがあったときに書いたものであると供述する。
しかし、その記載内容は手帳のメモ書きの性質を超えるものであり、その記載内容はにわかに信用できないばかりか、その詳細な記載は、本件オプション取引を開始した時点でオプション取引の仕組みや内容について全然分からなかったとする原告の供述内容と矛盾するものである。
原告提出の手帳(甲7)の記載にある原告の主張にそう内容は、直ちに信用することができない。
(3) 原告は、Bの名刺(甲5)及び録音テープの反訳書(甲6)も提出する。名刺(甲5)の裏面には、本件オプション取引の口座開設の際、安全であると説明したなどの記載があり、録音テープの反訳書(甲6)にも、原告の主張にそう内容の会話がある(原告が確認することに対して、Bが肯定するものが多い。)。
しかし、名刺や録音テープは、証拠金の入金を求めているBが訴訟提起も考慮していた原告に言われるまま話を合わせたという状況が利用されたとうかがわれるから、名刺(甲5)及び録音テープ(甲6)の内容を直ちに信用することもできない。
(4) 他に上記1ないし9の認定を妨げるに足りる証拠はない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は、上記認定の事実関係の下において、原告の請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 適合性原則違反の主張について
(1) 証券投資は、投資者の判断と責任で行うものであり、オプション取引においても、その仕組みの概略やリスクを判断することができ、かつ、これに対応できる経済力を有する者には、取引を行う適合性があると解される。投資の対象である金融商品が、投資者の投資目的、財産状態、投資経験等に照らして不適合であると認められる場合に、証券会社の顧客に対する投資勧誘が適合性の原則に違反し違法になると解するのが相当である。
(2) 本件についてこれをみるに、オプション取引自体は、素人には分かりにくく、危険も多いものと認められるが、原告は、被告に預託していた株式だけでも約3000万円余りの資産(そのほかにも預金や株式を有していたことが推認できる。)を保有していたこと、本件オプション取引を開始するまでの1年半ほどの被告との株式取引は、投機性の高い、いわゆる仕手株が中心であり、原告には相当の株式取引の経験があったものとうかがえること、実際、原告は、単なる専業主婦ではなく、出版関係の仕事に従事し、10年以上の株式取引の経験があったこと、現実に原告が行った本件オプション取引でも、1年目は47回の取引を行って約430万円の利益を得て、2年目は39回の取引を行って約250万円程度の利益を得ていること(約2年の期間で100回近いオプション取引を行い、約700万円の利益を得ている。)に照らせば、原告には、オプション取引を行う資力と取引経験があったものと認めるのが相当である。
したがって、被告の原告に対する本件オプション取引の勧誘が適合性の原則に反するものと認めることはできない。
(3) 原告は、オプション取引の売建の損失が無限定であるとの性格を理由に特段の事情がない限り適合性を満たさない旨主張する。
しかし、上記認定説示の原告の資力・経験に照らせば、オプション取引の売建の損失が無限定であること(オプション取引の売建であっても、買戻決済をすれば、損失は、その時点で限定される。実際、原告は、本件オプション取引を始めた年から売建のオプション取引の買い戻しを行っている。)から、適合性の原則に違反すると認めることはできない。
2 説明義務違反の主張について
(1) オプション取引は、相場の変動によってリスクを伴う取引であることから、オプション取引を勧誘する証券会社は、顧客に対し、取引の構造や仕組み、取引に伴うリスクの存在、リスク回避の手段等について説明すべき法的義務を信義則上負っていると解される。もっとも、顧客は、取引の締結を強制される立場にないから、取引の構造や仕組み、取引に伴うリスクの存在、リスク回避の手段等を理解すれば、取引を行った結果について自己責任の原則が該当することは当然である。
したがって、具体的な説明義務の範囲及び程度は、顧客がオプション取引を理解するのに十分であったか否かの観点から個別的・具体的に決定すべきである。
(2) これを本件についてみれば、上記認定・説示のとおり、原告は、オプション取引をするのに適合する資力や投資経験があったこと、被告の担当者は、原告にオプション取引を勧誘してから、何度も電話や原告宅を訪問し、オプション取引の内容を説明し、シミュレーション取引もしていること、原告は、オプション取引の勧誘を受けてからオプション取引を開始するまでに2か月以上の考慮期間があったこと、実際に原告が行ったオプション取引は、開始後約2年間で100回近くに及び、個々には損失が生じた取引もあるが、全体として約700万円の利益を上げていること(平成12年4月ころから、日経平均株価の対象銘柄の入れ替えたどの原因で、日経平均株価の下落による損失が生じているが、このような事情を被告が予見して説明する義務があるとは認めがたい。)に照らせば、原告は、オプション取引を理解できたと認められるから、被告に本件オプション取引の勧誘について説明義務違反があったとは認められない。
したがって、被告に説明義務違反による債務不履行ないし不法行為があると認めることはできない。
3 断定的判断の提供等の主張について
上記認定の事実関係の下において、被告が原告に対して、オプション取引が絶対・確実に儲かる取引である旨不実の表示を行い、断定的判断を提供したと認めることはできない。
したがって、被告の不実の表示ないし断定的判断を提供した債務不履行ないし不法行為は認められない。
4 誠実公正義務・忠実義務・善管注意義務違反及び合理的根拠の法理違反の主張について
上記認定の事実関係の下において、被告が原告に対して、売建に損失が発生した場合には手数料がかからない旨の誤った説明をしたことや、ロールオーバーの手法を紹介して原告にロールオーバーの手法を選択させたことをもって、誠実公正義務・忠実義務・善管注意義務違反があったとは認められないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
したがって、被告に誠実公正義務・忠実義務・善管注意義務違反及び合理的根拠の法理違反の債務不履行又は不法行為があったと認めることはできない。
5 本件先物取引が無断取引であるとの主張について
上記認定の事実関係によれば、被告は、原告の委託を受けて、本件先物取引を行ったと認められる。
したがって、本件先物取引が無断取引であることを前提にする本件先物取引の預託金の返還の請求は、理由がない。
第6結論
よって、原告の被告に対する、民法715条の規定に基づく損害賠償金請求、民法415条の規定に基づく損害賠償金請求及び預託金返還請求権に基づく預託金請求はすべて理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林正明 裁判官 合田智子 小池将和)
<以下省略>