さいたま地方裁判所 平成14年(行ウ)10号 判決 2004年3月17日
原告 甲
同訴訟代理人弁護士 廣江運弘
同 鎌田泰輝
被告 越谷税務署長
小室丈夫
同指定代理人 宮田誠司
同 櫻井保晴
同 石川利夫
同 内田健文
同 山畑正
同 若山政行
同 東野登代次
同 仲村勝彰
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が、平成12年3月10日付けでした原告の平成4年分、平成5年分、平成6年分及び平成7年分の所得税の各更正処分のうち、総所得金額それぞれ437万0620円、468万3734円、526万1599円及び528万5130円、納付すべき税額それぞれ10万4600円、14万1000円、19万6400円及び22万6900円を超える部分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は、在日A大使館(以下「A大使館」という。)から給与等の支給を受けていた原告の平成4年分ないし平成7年分(以下「本件各係争年分」という。)の各所得税の確定申告をしたところ、被告が、国税通則法(以下「通則法」という。)70条5項に規定する「偽りその他不正の行為」により本件各係争年分の所得税の全部または一部の税額を免れたことが認められ、更正をすることができる期間は法定申告期限から7年を経過する日までとなるとして、平成12年3月10日付けで原告の本件各係争年分の所得税の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分とあわせて、「本件各課税処分」という。)をしたのに対し、原告が、上記「偽りその他不正の行為」はなく、通則法70条1項1号が適用されるから、法定申告期限から3年を経過した日以後にされた本件各課税処分は違法であるとして、その取消しを求めた事案である。
2 基本的事実関係(証拠等の摘示のない事実は、争いのない事実である。)
(1) 原告は、昭和61年ころ、ABに採用され、その後、AC(現在は、C)に転任し、現在に及んでいる。
A大使館に勤務する日本人職員(以下「現地職員」という。)の給与は、原則として2週間ごとに支給されており、現地職員は、その支給の都度、給与支給額及びその年の給与支給累計額が記載された「個人給与明細書」又は「給与及び休暇の明細書」の交付を受けているが、所得税の源泉徴収がなされていないことから、給与所得の源泉徴収票の交付は受けていない。
(2) 本件各課税処分等の経緯
本件各係争年分の原告の各所得税の確定申告、本件各課税処分、異議申立て、異議決定、審査請求、審査裁決の経緯は、別紙1ないし4記載のとおりである。
(3) 本件各係争年分における原告の給与等の収入金額における被告の算定方法
ア 基礎となる事実について
(ア) 被告が、本件各更正処分に係る調査(以下「本件調査」という。)において、原告に給与等の収入金額の算定の基礎となる資料等の提出を求めたところ、原告は、以下の書面を提示した。
a 人事異動通知書
①「PAY CHANGE SLIP」と題する書面で、「EFFECTIVE DATE」をそれぞれ平成3年8月1日、平成4年4月19日、平成4年5月3日、平成5年5月30日、平成6年4月17日とするもの(乙1ないし5)、②「NOTIFICATION OF PERSONNEL ACTION」と題する書面で、「EFFECTIVE DATE」を平成7年4月16日とするもの(乙6)、③「MASS PAY ADJUSTMENT ACTION」と題する書面で、「EFFECTIVE DATE」を平成7年7月9日とするもの(乙7)。以下、①ないし③のそれぞれを「平成3年8月1日付け人事異動通知書」などといい、一括して「本件各人事異動通知書」という。
b 給与及び休暇の明細書
「EARNINGS AND LEAVE STATEMENT」と題する書面(給与支給の都度、A大使館から交付を受ける、給与の支給額及び給与支給累計額等の明細が記載されているもの。)で、「ENDING DATE」を平成10年12月19日とするもの(乙8)。以下「平成10年分給与及び休暇の明細書」という。
(イ) 本件各人事異動通知書には、それぞれ以下の記載があった。
a 平成3年8月1日付け人事異動通知書(乙1)
① NEW SALARY 490万8016円
② NEW BENEFI 308万5459円
b 平成4年4月19日付け人事異動通知書(乙2)
① NEW SALARY 503万6283円
② NEW BENEFI 315万3442円
c 平成4年5月3日付け人事異動通知書(乙3)
① NEW SALARY 527万3322円
② NEW BENEFI 327万9072円
d 平成5年5月30日付け人事異動通知書(乙4)
① NEW SALARY 555万4536円
② NEW BENEFI 342万8115円
e 平成6年4月17日付け人事異動通知書(乙5)
① OLD SALARY 569万5143円
② OLD BENEFI 350万2637円
③ NEW SALARY 583万5750円
④ NEW BENEFI 357万7158円
f 平成7年4月16日付け人事異動通知書(乙6)
① SECOND ACTION20. Salary/Award欄 962万8036円
② POSITION DATA45. Remarks欄4.B.R. 597万6356円
g 平成7年7月9日付け人事異動通知書(乙7)
① Supvr AV Pro Asst 08/06欄 975万3889円
(ウ) 平成10年分給与及び休暇の明細書(乙8)には、A大使館から2週間に一度支給される給与等の中に「TRANSPORTATION ALLOWANCE」(以下「通勤手当」という。)として1回当たり4720円及び「NATIONAL PROVIDENTFUND」(以下「国民年金基金」という。)として原告負担額がSALARY部分の金額の3・5%である旨の記載があった。
イ 算定方法について
被告は、本件各係争年分の原告の給与等の収入金額について、①本件各人事異動通知書にそれぞれ記載されているEFFECTIVE DATEの日付けを基準とし、その日以前又は以降に適用される乙1ないし5のSALARY及びBENEFITの合計金額、乙6のSECOND ACTION20. Salary/Award欄の金額あるいは乙7のSupvr AV Pro Asst 08/06欄の金額を本件各係争年分における給与等の総支給回数(26回)で除して算出した金額に、当該金額が適用される支給回数を、それぞれ乗じて算出した金額と②国民年金基金掛金に係るA大使館負担金額〔上記各SALARY部分の金額を、本件各係争年分における給与等の総支給回数(26回)で除し、これに3・5%を乗じて算出した金額に、当該金額が適用される支給回数を、それぞれ乗じて算定した金額(以下「国民年金基金負担分」という。)〕の合計額から、③1回当たりの通勤手当の額4720円に給与等の総支給回黎(26回)を乗じて算出した通勤手当の年間合計額(以下「通勤手当額」という。)12万2720円を控除して以下のとおり算定した。なお、通勤手当額は、所得税法9条1項5号の規定により非課税とされる部分の額に相当するものであるとして控除したものである。
(ア) 平成4年分 840万2047円
当該金額は、以下のaないしfの合計額852万4767円から通勤手当額12万2720円を控除した残額である。
a ア(イ)a①の金額490万8016円及びア(イ)a②の金額308万5459円の合計額799万3475円を平成4年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額30万7441円に、当該金額が適用される支給回数(9回)を乗じて算定した金額276万6969円
b ア(イ)b①の金額503万6283円及びア(イ)b②の金額315万3442円の合計額818万9725円を平成4年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額31万4989円に、当該金額が適用される支給回数(1回)を乗じて算定した金額31万4989円
c ア(イ)c①の金額527万3322円及びア(イ)c②の金額327万9072円の合計額855万2394を平成4年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額32万8938円に、当該金額が適用される支給回数(16回)を乗じて算定した金額526万3008円
d ア(イ)a①の金額490万8016円を平成4年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額18万8769円に3・5%を乗じて算出した金額6606円に、当該金額が適用される支給回数(9回)を乗じて算定した金額5万9454円
e ア(イ)b①の金額503万6283円を平成4年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額19万3703円に3・5%を乗じて算出した金額6779円に、当該金額が適用される支給回数(1回)を乗じて算定した金額6779円
f ア(イ)c①の金額527万3322円を平成4年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額20万2820円に3・5%を乗じて算出した金額7098円に、当該金額が適用される支給回数(16回)を乗じて算定した金額11万3568円
(イ) 平成5年分 885万1194円
当該金額は、以下のaないしdの合計額897万3914円から通勤手当額12万2720円を控除した残額である。
a ア(イ)c①の金額527万3322円及びア(イ)c②の金額327万9072円の合計額855万2394円を平成5年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額32万8938円に、当該金額が適用される支給回数(12回)を乗じて算定した金額394万7256円
b ア(イ)d①の金額555万4536円及びア(イ)d②の金額342万8115円の合計額898万2651円を平成5年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額34万5486円に、当該金額が適用される支給回数(14回)を乗じて算定した金額483万6804円
c ア(イ)c①の金額527万3322円を平成5年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額20万2820円に3・5%を乗じて算出した金額7098円に、当該金額が適用される支給回数(12回)を乗じて算定した金額8万5176円
d a(b)d①の金額555万4536円を平成5年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額21万3636円に3・5%を乗じて算出した金額7477円に、当該金額が適用される支給回数(14回)を乗じて算定した金額10万4678円
(ウ) 平成6年分 941万8227円
当該金額は、以下のaないしdの合計額954万0947円から通勤手当額12万2720円を控除した残額である。
a ア(イ)e①の金額569万5143円及びア(イ)e②の金額350万2637円の合計額919万7780円を平成6年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額35万3760円に、当該金額が適用される支給回数(9回)を乗じて算定した金額318万3840円
b ア(イ)e③の金額583万5750円及びア(イ)④の金額357万7158円の合計額941万2908円を平成6年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額36万2034円に、当該金額が適用される支給回数(17回)を乗じて算定した金額615万4578円
c ア(イ)e①の金額569万5143円を平成6年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額21万9043円に3・5%を乗じて算出した金額7666円に、当該金額が適用される支給回数(9回)を乗じて算定した金額6万8994円
d ア(イ)e③の金額583万5750円を平成6年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額22万4451円に3・5%を乗じて算出した金額7855円に、当該金額が適用される支給回数(17回)を乗じて算定した金額13万3535円
(エ) 平成7年分 969万2584円
当該金額は、以下のaないしfの合計額981万5304円から通勤手当額12万2720円を控除した残額である。
a ア(イ)e③の金額583万5750円及びア(イ)e④の金額357万7158円の合計額941万2908円を平成7年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額36万2034円に、当該金額が適用される支給回数(9回)を乗じて算定した金額325万8306円
b ア(イ)f①の金額962万8036円を平成7年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額37万0309円に、当該金額が適用される支給回数(6回)を乗じて算定した金額222万1854円
c ア(イ)gの金額975万3889円を平成7年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額37万5149円に、当該金額が適用される支給回数(11回)を乗じて算定した金額412万6639円
d ア(イ)e③の金額583万5750円を平成7年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額22万4451円に3・5%を乗じて算出した金額7855円に、当該金額が適用される支給回数(9回)を乗じて算定した金額7万0695円
e ア(イ)f②の金額597万6356円を平成7年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額22万9859円に3・5%を乗じて算出した金額8045円に、当該金額が適用される支給回数(6回)を乗じて算定した金額4万8270円
f ア(イ)gの金額975万3889円の内SALARY部分と認められる、当該金額の約62%に当たる金額604万7411円を平成7年中の総支給回数(26回)で除して算出した金額23万2592円に3・5%を乗じて算出した金額8140円に、当該金額が適用される支給回数(11回)を乗じて算定した金額8万9540円なお、本件各人事異動通知書から判明する給与支給金額に対するSALARY部分の占める割合を取りまとめたところ、別紙6のとおりであることから、ア(イ)gの支給金額975万3889円については、直近の支給金額に準じ、これに対するSALARY部分の占める割合を約62%と認め、当該割合により、そのSALARY部分の金額を算定した。
(オ) 上記の本件各係争年分の原告の給与等の収入金額を前提にすると、原告の本件各係争年分の所得税額等は、次のとおりとなる。
a 平成4年分
(a) 総所得金額 646万6842円
当該金額は、原告がA大使館から平成4年中に支払いを受けた給与等の収入金額840万2047円から、所得税法(平成6年法律109号改正前のもの)28条2項の規定に基づき、同条3項所定の給与所得控除額を控除した金額である。
(b) 所得控除の合計額 332万3713円
当該金額は、原告提出に係る平成4年分の所得税の確定申告書(以下「平成4年分確定申告書」という。)記載の所得控除の合計額と同額である。
(c) 課税総所得金額 314万3000円
当該金額は、上記(a)の総所得金額646万6842円から上記(b)の所得控除の合計額332万3713円を控除した後の金額について、通則法118条1項に基づき1000円未満の端数を切り捨てた後の金額である。
(d) 納付すべき税額 32万8600円
当該金額は、上記(c)の課税総所得金額314万3000円に所得税法89条1項所定の税率を乗じて算出した金額である。
b 平成5年分
(a) 総所得金額 687万1074円
当該金額は、原告がA大使館から平成5年中に支払いを受けた給与等の収入金額885万1194円から、平成6年法律109号改正前の所得税法28条2項に基づき、同条3項所定の給与所得控除額を控除した金額である。
(b) 所得控除の合計額 326万7000円
当該金額は、原告提出に係る平成5年分の所得税の確定申告書(以下「平成5年分確定申告書」という。)記載の所得控除の合計額と同額である。
(c) 課税総所得金額 360万4000円
当該金額は、前記(a)の総所得金額687万1074円から前記(b)の所得控除の合計額326万7000円を控除した後の金額について、通則法118条1項に基づき1000円未満の端数を切り捨てた後の金額である。
(d) 納付すべき税額 42万0800円
当該金額は、上記(c)の課税総所得金額360万4000円に所得税法89条1項所定の税率を乗じて算出した金額である。
c 平成6年分
(a) 総所得金額 738万1404円
当該金額は、原告がA大使館から平成6年中に支払いを受けた給与の収入金額941万8227円から、平成6年法律109号改正前の所得税法28条2項に基づき、同条3項所定の給与所得控除額を控除した金額である。
(b) 所得控除の合計額 280万5600円
当該金額は、原告提出に係る平成6年分の所得税の確定申告書(以下「平成6年分確定申告書」という。)記載の所得控除の合計額と同額である。
(c) 課税総所得金額 457万5000円
当該金額は、前記(a)の総所得金額738万1404円から前記(b)の所得控除の合計額280万5600円を控除した後の金額について、通則法118条1項に基づき1000円未満の端数を切り捨てた後の金額である。
(d) 納付すべき税額 49万2000円
当該金額は、次のⅰの金額からのⅱの金額を控除した後の金額について通則法119条1項に基づき100円未満の端数を切り捨てた後の金額である。
ⅰ 課税総所得金額に対する税額 61万5000円
当該金額は、前記(c)の課税総所得金額457万5000円に所得税法89条1項所定の税率を乗じて算出した金額である。
ⅱ 特別減税額 12万3000円
当該金額は、平成6年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の規定に基づき計算した金額である。
d 平成7年分
(a) 総所得金額 752万3325円
当該金額は、原告がA大使館から平成7年中に支払いを受けた給与の収入金額969万2584円から、所得税法28条2項に基づき、同条3項所定の給与所得控除額を控除した金額である。
(b) 所得控除の合計額 261万4600円
当該金額は、原告提出に係る平成7年分の所得税の確定申告書(以下「平成7年分確定申告書」という。)記載の社会保険料控除の額、生命保険料控除の額、損害保険料控除の額、扶養控除の額及び基礎控除の額の合計額と同額である。
(c) 課税総所得金額 490万8000円
当該金額は、前記(a)の総所得金額752万3325円から前記(b)の所得控除の合計額261万4600円を控除した後の金額について、通則法18条1項に基づき1000円未満の端数を切り捨てた後の金額である。
(d) 納付すべき金額 60万1600円
当該金額は、次のⅰの金額からⅱの金額を差し引いた金額である。
ⅰ 課税総所得金額に対する税額 65万1600円
当該金額は、上記(c)の課税総所得金額490万8000円に所得税法89条1項所定の税率を乗じて算出した金額である。
ⅱ 特別減税額 5万円
当該金額は、平成7年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条の規定に基づき計算した金額である。
(4) 通則法70条は、法律関係の早期安定という観点から、更正、決定及び賦課決定に関し期間制限(除斥期間)を設けて本来納付すべき税額の徴収を制限する規定であるところ、その期間は更正については法定申告期限から原則3年とされている(同条1項)。これに対し、同条5項は、「偽りその他不正の行為」によって全部または一部の税額を免れたような場合、更正をすることができる期間を法定申告期限から7年を経過する日までと延長している。
3 当事者の主張
(1) 非課税所得の有無
ア 被告の主張
(ア) 本件各係争年分における原告の給与等の収入金額は、基本的事実関係(3)のとおりであり、原告が納付すべき本件各係争年分の税額は、平成4年分が32万8600円、平成5年分が42万0800円、平成6年分が49万2000円及び平成7年分が60万1600円であるところ、本件各更正処分において納付すべきものとされた本件各係争年分の税額は、それぞれ平成4年分が32万8600円、平成5年分が42万0800円、平成6年分が49万2000円、平成7年分が60万1600円であって、当該各金額はいずれもその納付すべき各金額と同額である。
したがって、本件各更正処分はいずれも適法である。
(イ) a原告は、原告の収入金額は基本給のほか、A大使館が原告に代わって負担した原告の国民年金基金の掛金相当分(以下「基金掛金A負担額」という。)及び付加給(フリンジベネフィット)相当分の収入から成るところ、うち基本給を除く部分はすべて非課税所得である旨主張する。
b しかし、基金掛金A負担額の収入及び原告主張の付加給付加給相当分の収入は、いずれも被告が算定した本件各係争年分の原告の給与等の収入金額に含まれており、課税対象となるが、以下に述べるとおり、基金掛金A負担額の収入はその性質上、非課税所得に該当しないものであり、また、付加給相当分の収入も、当該収入が非課税所得であることを窺わせる事情は皆無であるから、これを非課税所得と認める余地はない。
c すなわち、所得税法は、人の担税力を増加させるすべての所得を課税の対象としてとらえるが、所得のうちには、立法政策上、所得税の課税対象とすることが適当でないとの見地から、例外的に課税の対象から除外しているものがあり、これを非課税所得というが、この非課税所得は、本来、課税の対象とされる所得のうち、政策的考慮から課税の対象とすることが適当でないと認められる一定のものについて、所得税法その他の法令あるいは国税庁通達により、例外的に非課税とされるものである。したがって、所得は、非課税所得に係る所得税法その他の法令あるいは国税庁通達に規定された要件を満たさない限り、課税の対象とされるものであって、付加給であることの一事をもって、直ちに非課税所得となるものではない。
d 基金掛金A負担額分の収入について
(a) 国民年金基金制度は、本来、自営業者の加入を予定して設立された制度であり、その掛金は加入者本人が負担すべきものとされている。そして、国民年金基金の掛金や社会保険料は、その全額が社会保険料控除の対象とされており(所得税法74条2項5号)、他方、課税実務上、使用者が使用人の負担すべき社会保険料を負担した場合のその負担した金額は、当該使用人に対する給与等に該当するものとして取扱われている(所得税基本通達36-31の8(2))。
(b) A大使館に勤務する日本人職員についてみれば、A政府は、同職員の国民年金基金掛金の一部について補助をしており、原告に関しては、原告の負担すべきSALARY部分の7%相当の掛金のうちその半額を、原告に代わって負担している。そして、給与所得は、基本給や手当に限らず、実質的に使用人としての地位で使用者から受けるすべての経済的利益を含むところ、基金掛金A負担額は、本来的には本人が負担すべき掛金の全部又は一部の金額をA政府が負担したもので、原告に供与された経済的利益であることは明らかであるから、給与所得の収入金額に含まれる。
他方、非課税所得は、本来、課税の対象とされる所得のうち、政策的考慮から課税の対象とすることが適当でないと認められる一定のものについて、所得税法その他の法令あるいは国税庁通達により、例外的に非課税とされるものであるが、かかる法令あるいは通達のうち、基金掛金A負担額に適用されるものは存しない。したがって、基金掛金A負担額は非課税所得に当たらない。
e 付加給相当分の収入について
(a) 原告は、「日本人職員勤務規定摘要」なる規定を根拠として、現地職員は、日本企業の従業員が企業から付加給を支給されていることに準じて、A政府から付加給相当分の金員を給与として支給されている旨主張するとともに、その項目は通勤費や職務上立て替えた食事代等であり、その額は総収入額の約40%である旨主張する。
(b) しかしながら、「日本人職員勤務規定摘要」なる規定は、証拠として提出されていないため、その内容はもとより、その存在すら不明であって、このようなものを根拠として、原告が、日本企業の従業員に準じて、A政府から付加給相当分の金員を給与として支給されたと認めることはできない。
(c) また、原告がA政府から付加給相当分の金員を給与として支給されたとして、その項目や金額については、通勤手当を除き、証拠が全く存せず、不明というほかない。
そして、所得は、非課税所得に係る所得税法その他の法令あるいは国税庁通達に規定された要件を満たさない限り、課税の対象とされるものであって、付加給であることの一事をもって、直ちに非課税所得となるものではないから、原告が付加給相当分の金員を支給されたとしても、その項目や金額が全く不明であり、非課税所得とされるための要件を満たすといえない以上、当該金員を非課税所得と認める余地はない。
イ 原告の主張
(ア) A大使館と国税当局の昭和30年ころの取り決め
A大使館現地職員は、日本の企業で働く多くの人々と異なり、社宅の使用、交通費の全額支給、企業年金その他日本の税法では非課税扱いとなる経済的利益を受けていないが、そのことの見返りとして、現金の支払を受けていた。そこで、A大使館当局は、昭和30年ころ、国税当局との間で、現地職員の税の申告について折衝を行い、給与課税上の措置を取り決めた〔1955年(昭和30年)12月14日付け国税庁長官から各国税局長あての通達(甲2参照)。以下上記取決めを「本件取決め」ということがある。〕。
具体的には、A大使館現地職員が、大使館から支給される額は、基本給(サラリー部分)と経済的利益の付加給(フリンジベネフィット)から構成されている。
付加給部分は、日本の企業が職員に給付している付加利益(具体的には、通勤費、職務上立て替えた食事代、社会保険料、住宅手当、有給休暇の買い取りによる退職一時金的なもの、語学手当、レクリエーション(旅行、観劇、野球観戦等)、企業が自己を保険者とし、使用者を被保険者とする生命保険料、職員互助会掛金、結婚・出産・災害給付等、国民年金基金掛金政府負担分、年次休暇の疾病休暇との調整分など)のうち、A政府として法律上支給できないものを、代わりに職員の俸給に織り込んで支給したものである。付加給部分の割合は一般的には40%であるが、上記折衝の結果、現地職員の所得税の確定申告は、付加給部分を除いた60%を基準として(この他に、特別の課税対象とならない経済的利益があれば、その分も60%部分から控除できる。)、申告すればよいこととなった。
本件取決めの結果を踏まえて、折衝に加わっていた現地職員の組合の代表者が全現地職員に本件取決めを伝え、それ以後、現地職員の申告は、基本給を中心にして申告するという考え方が定着した。
(イ) 被告は、給与等の収入金額から通勤手当分を控除するのみで、基本給のほか、付加給部分及びA大使館が原告に代わって負担している基金掛金A負担額も含めて総所得金額を算出しているが、付加給部分及び国民年金基金部分は非課税所得である。
(2) 通則法70条5項所定の「偽りその他不正の行為」該当性
ア 被告の主張
(ア) 通則法70条5項所定の「偽りその他不正の行為」の意義
a 通則法70条5項所定の「偽りその他不正の行為」とは、税額を免れる意図のもとに、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行うことをいい、単純な不申告はこれに含まれないものの、真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、正当な納税義務を過少にしてその不足税額を免かれる行為いわゆる過少申告行為は、それ自体単なる不申告の不作為にとどまるものではなく、偽りの工作的不正行為といえるから、これに当たると解される(福岡高等裁判所昭和51年6月30日判決・行政裁判例集27巻6号975ページ、その上告審である最高裁判所昭和52年1月25日判決・訟務月報23巻3号563ページ、及び最高裁判所昭和48年3月20日判決・刑集27巻2号138ページ)。
すなわち、名義の仮装、二重帳簿を作成するなどして、法定の申告期限内に申告せず、税務署員の調査上の質問に対し虚偽の陳述をしたり、申告期限後に作出した虚偽の事実を呈示したりして、正当に納付すべき税額を過少にして、その差額を免れる行為はもとより、そうした行為を伴わない、いわゆる過少申告行為もまた、偽りその他不正の行為に当たる(前掲福岡高裁判決)。
b 原告は、偽りその他不正の行為は、重加算税が賦課される要件である通則法68条所定の「隠ぺい又は仮装の行為」とほぼ同義であり、実務では、重加算税が賦課される事案については、偽りその他不正の行為が認められて更正の除斥期間は7年とされ、逆に、過少申告加算税が賦課される事案については、偽りその他不正の行為が認められずに更正の除斥期間は3年とされるのが通例である旨主張する。
しかし、「偽りその他不正の行為」と通則法68条所定の「隠ぺい又は仮装の行為」とは、文言を異にしており、必ずしも同義に解さなければならないものではなく、また、重加算税を賦課するためには隠ぺい、仮装行為が存在するだけでは足りず、隠ぺい、仮装したところに基づく申告行為がなければならないのであって、具体的事案において常に軌を一にして適用されなければならない理由はないことからすれば、重加算税が賦課されない事案については、当然に偽りその他不正の行為が認められないというわけではない。
(イ) 本件へのあてはめ
a 原告は、本件各係争年分の所得税に関し、それぞれ平成5年3月12日に平成4年分確定申告書を、平成6年3月14日に平成5年分確定申告書を、平成7年3月10日に平成6年分確定申告書を、平成8年3月6日に平成7年分確定申告書を被告に提出したところ、その記載内容などを取りまとめると、別紙5のとおりとなる。したがって、原告は、本件各係争年分を含む平成4年分から平成7年分までの所得税につき、確定申告の都度、収入金額として実額をはるかに下回る金額を記載した内容虚偽の所得税確定申告書の提出を繰り返したものであり、本件各係争年分の所得税の確定申告に当たっても、原告の申告した収入金額はいずれも実額の72%ないし75%程度の金額で、実額をはるかに下回るものである。
b 加えて、原告は、勤務先であるA大使館より、給与を原則として2週間に1回の割合で受け取り、その都度、給与支給額及びその年の給与支給累計額などが記載された給与明細書の交付を受けるとともに、昇給の都度、昇給前後の年俸額が記載された人事異動通知書の交付を受け、当該給与明細書及び人事異動通知書の記載により、自らの給与等の収入金額を正確に把握していたものである。そして、給与所得の金額は給与等の収入金額に基づき機械的に算出されるものであるから、原告は上記確定申告の際、当該収入金額に基づき、自らの給与所得の金額を正確に把握していたものと認められる。
なお、原告は、収入金額のうち基本給を除く部分はすべて非課税所得であると認識していたため、基本給相当分である収入金額の約60%のみについて確定申告をしていたと主張するが、平成4年分ないし平成10年分の原告の収入金額及び原告が確定申告において申告した収入金額等の内容は、別紙5のとおりであり、原告が確定申告において申告した収入金額等は、実際の収入金額の72・3%ないし75%にのぼっており、原告の主張にある約60%をはるかに超えている。このことからすれば、原告はその主張する付加給相当分につき課税所得であるとの認識を有していたというべきである。
c 以上によれば、原告は、本件各確定申告の際、提出すべき所得税確定申告書に収入金額として実額を3割程度も下回る金額を記載することを繰り返したものであり、ことさらに過少に記載したものであることは明らかである。
したがって、原告が、本件各確定申告書を提出した行為は、所得金額をことさらに過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、正当な納税義務を過少にしてその不足税額を免かれる行為、いわゆる過少申告行為であり、通則法70条5項所定の「偽りその他不正の行為」に当たるものである。
(ウ) a原告は、本件取決めに基づき、A大使館の現地職員は給与等の収入額についてその40%が非課税とされ、そのため、所得税の確定申告に当たってはその60%を基準として申告すればよいとされており、原告の申告はこれに従ったものであるから、その申告額は過少ではない旨主張し、本件取決めが存することの根拠として、1955年12月14日付け国税庁長官から各国税局長あての通達(以下「本件通達」ということがある。)などを指摘するが、本件通達の正確な内容は乙9のとおりであり、原告主張のような内容ではなく、本件取決めの存在及びその内容を窺わせるものではないのであり、原告の主張は失当である。
b 原告は、A大使館の先任者らから本件取決めの存在について伝え聞き、本件取決めに従えば適正な申告額になると信じていたものであるから、自己の申告に係る収入金額が過少であるとの認識はなかった旨主張する。
しかしながら、本件取決めは存しないことから、本件取決めを前提とする原告の主張は信用し難いうえ、いつ、どこで、誰からどのように伝え聞いたのかという具体的な事情が全く明らかにされておらず、到底信用し得ない。
仮に原告が本件取決めについて伝え聞いた事実があるとしても、本件取決めは、国税当局がA大使館の日本人職員について、課税上、税法の規定に反する格別の優遇措置を施すという不正義なものであるから、そのような取決めが存しないことは容易に認識したはずであり、少なくとも何らの疑問も持たずに鵜呑みにしたことはあり得ないが、原告は、税務署職員などから本件取決めが存するとの誤った教示を受けたことはなく、税務署職員などに本件取決めの存在について尋ねたことすらない。
したがって、仮に原告が本件取決めについて伝え聞いた事実があったとしても、原告においてそのような取決めが存すると誤信したことを窺わせる事情は認められない。
c なお、原告は、本件取決めが存すると誤信した事情として、長期にわたって国税当局からの指導がなかったことを指摘するが、それは、国税当局が原告の過少申告の事実を把握していなかったためにすぎず、把握しながら容認していたものではない。原告自身、税務署職員などに本件取決めの存在について尋ねたことすらなく、また、確定申告に当たっても申告に係る収入金額が実額をはるかに下回ることは秘していたのであるから、国税当局が原告の過少申告の事実を把握していないことは、明確に認識していたものである。
そうすると、長期にわたって国税当局からの指導がなかったことは、原告において本件取決めが存すると誤信する事情とならない。
イ 原告の主張
(ア) 通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」の意義
a 「偽りその他不正の行為」とは、納税者が真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を提出する行為であり、過少申告行為がすべて「偽りその他不正の行為」に当たるものではない。
b 「偽りその他不正の行為」は、重加算税の賦課要件を定める通則法68条所定の「隠ぺい又は仮装」とほぼ同義であり、実務では、重加算税が賦課される事案については、偽りその他不正の行為が認められて更正期間は7年とされ、逆に、過少申告加算税が賦課される事案については、偽りその他不正の行為が認められずに更正の除斥期間は3年とされるのが通例である。被告主張のように、過少申告はすべて偽りその他不正の行為に当たると解するならば、通則法70条1項に規定する更正の期間制限である原則規定である3年の期間制限が適用される場合はなくなり、すべて例外規定である同法5項が適用されることとなり、実務の現状と大きくかけ離れることとなる。
c 通則法70条5項の除斥期間が従前の5年から7年に延長された昭和56年5月改正において、審理に当たった参議院大蔵委員会は、以下のとおり附帯決議(56年附帯決議)をし、政府(課税庁)に対し制度上及び執行上の配慮を求めている。
「政府は、本法施行に当たり、次の事項について配慮すべきである。
一 脱税の調査に当たっては、法令の理解度、脱税の意思の程度等の相違に配慮し、納税者の立場をも十分尊重して対処すること。
一 今回の改正により延長された更正・決定等の期間制限にかかる調査に当たっては、原則として高額、悪質な脱税者に限り、いたずらに調査対象、範囲を拡大するなど、中小企業等に無用の混乱を生ずることのないよう特段の配慮をすること。
(以下略)」上記56年附帯決議が立法者の意図であるところ、被告主張の解釈運用では、この立法者の意思は完全に無視したものとなる。
(イ) 本件へのあてはめ
以下の事情に照らせば、原告の行為は「偽りその他不正の行為」に該当するものではなく、通則法70条5項を適用することはできない。
a 原告は、昭和61年にA大使館に採用された際、人事担当の現地職員や先輩同僚から税の申告について、大使館現地職員は、日本の他の一般企業従業員と違い、社宅、交通費の全額給付、企業年金やその他日本の税法では非課税扱いとなる給付を受けていないが、その給付の代わりに現金による支払を受けているところ、こうした現金での支払は、日本の企業が従業員に提供する給付と同様に非課税所得であり、この部分を課税収入から控除できると教示され、それに従って申告してきた。
b 原告は、本件調査が実施されるまで、長期間にわたって、国税当局から何の指摘もなかったことから、原告の申告方法は適法であると信じていた。
c A大使館からの給与等の支払は、本件各係争年当時、小切手で支払われていたことから、支払額は常に明らかであったのであり、原告がこれを秘匿したことはなく、本件調査においても、終始調査に協力しており、虚偽の陳述や虚偽の事実の提出などおよそ所得隠しなどは一切していない。
第3 当裁判所の判断
1 前提事実
証拠(甲1、2、5、7、9、11ないし13、乙1ないし9、12ないし18、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告は、昭和24年に生まれ、大学卒業後、旅行会社に約4年間、語学学校に約7年間勤務し、昭和61年ころ、ABに採用され、その後、AC(現在は、C)に転任し、現在に及んでいる。
現地職員の給与は、原則として2週間ごとに支給され、現地職員は、その支給の都度、給与支給額及びその年の給与支給累計額が記載された「個人給与明細書」又は「給与及び休暇の明細書」の交付を受けているが、所得税の源泉徴収がなされていないことから、給与所得の源泉徴収票の交付は受けていない。
原告の場合、A大使館から平成4年から平成6年までは別紙7の様式による「個人給与明細書」により給料明細の通知を、平成7年以降は別紙8の様式による「給与及び休暇の明細書」により給料明細の通知を受けていたが、それらによれば、給与明細は大まかに約60%の部分に相当する「ベース給」ないし「基本給」の部分と約40%の部分に相当するそれ以外の支給部分(以下「フリンジ給」又は「付加給」という。)に分かれていた
(2) 原告は、現地職員の先任者らから、現地職員は、日本の他の一般企業の従業員と異なり、社宅、交通費の全額給付、企業年金等の福利厚生的な恩典を受けていないのでその代わりに、付加給として現金による支払がされている旨の説明を受けた。
そして、原告は、A大使館に勤務を開始した後、所得税の申告方法を先輩、同僚らに尋ねたところ、給与の全額ではなく、基本給として支給された分を申告すればよいと話されたことから、基本給を中心として収入金額を申告することとした。
具体的には、本件各係争年分の所得税において、原告は、被告に対し、平成5年3月12日に平成4年分確定申告書(乙15)を、平成6年3月14日に平成5年分確定申告書(乙16)を、平成7年3月10日に平成6年分確定申告書(乙17)を、平成8年3月6日に平成7年分確定申告書(乙18)を提出した(これらの申告金額について、原告は基本給の額に残業代や仕事上での表彰等の金銭報酬等の額を記憶にある限り付加した額と陳述している。)。その記載内容などを取りまとめた結果は、別紙5、6のとおりである(これによれば、原告が申告した収入金額は、被告の調査した算定金額の約72%から75%の間となっている。)。なお、平成4年分確定申告書(乙15)には、「平成4年分の給料総額が、下記の金額であることを申告致します。¥6、072、912-」との記載のある原告作成の書面が、平成6年分確定申告書(乙17)には、「平成6年度給与を下記のとおりご報告いたします。記平成6年1月~12月588、574円×12ヵ月=7、062、888円ボーナス無し」との記載のある原告作成の書面が添付されている。
(3) 現地職員の所得税の申告に関し、平成12年ころに税務署の調査が行われたが、その結果、相当数の現地職員がその所得税について過少申告をしてきたことがマスコミに報道された(乙13の1、2)。
(4) 乙は、伏屋和彦国税庁長官に対し、「日本の多くの企業で働く人々と異なり、大使館の現地職員は、・・(略)・・日本の税法では非課税扱いとなる給付を受けていません。大使館職員は、しかし、こうした給付の代わりに現金による支払を受けています。
数十年前に、税務当局との話合いを受けての当初の説明以後、大使館職員はこうした現金での支払が、・・(略)・・非課税であり、この部分を課税収入から控除できると信じてきました。」という内容の書簡〔2000年(平成12年)2月24日付け乙の伏屋和彦国税庁長官あて書簡(以下「国税庁長官あて書簡」という。)、甲5〕を提出した。
これに対し、国税庁課税部長は、平成12年2月25日付け丁あて書簡(乙12)において、「日本の税法においては、在日外国公館で働いている日本人職員は日本の居住者であり、税法に則り適切な申告と納税を行う必要があります。また、一般的に雇用者が従業員に対して社宅などの便益に相当するものとして現金を支給した場合には、税法でその現金の支給が非課税と規定されていない限り、課税対象となります。
従って、在日外国公館で働いている日本人職員はこうした現金給付も給与等の収入金額に含めて申告する必要があります。2月24日付けの大使からの書簡において、『最初の指導』(initial guidance)について言及がありました。
私どもは、税法を適正に執行することを任務としており、したがって、特定の納税者について他の納税者と異なる特別な取扱いをすることはできないし、また、特別な取扱いをするということはあり得ないことです。」と述べ、本件取決めが存しない旨を明確に回答した。その後、A大使館側から、本件取決めに関する具体的な資料の提出はされていない。
2 付加給部分及び基金掛金A負担額分の非課税所得性の有無について
(1) 所得税法上、人の担税力を増加させる利得はすべての所得を構成すると解されるところ、所得のうちには、立法政策上、所得税の課税の対象とすることが適当でないとの見地から、例外的に課税の対象から除外しているものが存在する。この非課税所得は、本来、課税の対象とされる所得のうち、政策的考慮から課税の対象とすることが適当でないと認められる一定のものについて、所得税法その他の法令あるいは国税庁通達により、例外的に非課税とされたものである。したがって、所得は、所得税法その他の法令あるいは国税庁通達により非課税所得に当たるとして規定された要件を満たさない限り、課税の対象となると解すべきである。
(2) 原告は、被告が給与等の収入金額から除外した通勤手当分のみではなく、本件で問題となっている付加給部分及び基金掛金A負担額分も非課税所得に当たる旨主張する。
しかしながら、通勤手当は別として、雇用主から支給される住宅手当等の各種手当の類も一般的に課税の対象となることは公知の事実であり、非課税所得となる場合には、所得税法その他の法令あるいは国税庁通達に規定された要件が必要であって、その場合には、何らかの公的な資料が存在するのが当然である。しかるに、原告は、付加給が非課税所得として扱われる根拠として、本件取決めが存在することを挙げるものの、前記認定のとおり、国税庁課税部長は、本件取決めが存しないことを明確に回答しており、これに対してA大使館側から本件取決めに関する具体的な資料の提出はされていない。他に国税当局とA大使館あるいは現地職員間において付加給を非課税所得として扱う旨の本件取決めがなされたことを認めるに足りる証拠もない。
また、基金掛金A負担額分の収入についても、国民年金基金制度は、本来、自営業者の加入を予定して設立された制度であり、その掛金は加入者本人が負担すべきものであり、所得税法上も、国民年金基金の掛金は社会保険料となるところ(所得税法74条2項5号)、課税実務上、使用者が使用人の負担すべき社会保険料を負担した場合のその負担した金額については、当該使用人に対する給与等に該当するものとして取り扱われている(所得税基本通達36-31の8(2))ことからすれば、基金掛金A負担額も給与等に該当することは明らかである。そして、弁論の全趣旨によれば、A政府は、現地職員の国民年金基金掛金の一部について補助しており、原告に関しては、原告の負担すべきSALARY部分の7%相当の掛金のうちその半額を、原告に代わって負担していることが認められるところ、上記基金掛金A負担額は、本来的には本人が負担すべき掛金の全部又は一部の金額をA政府が負担したものであり、原告に供与された経済的利益というべきであるから、給与の収入金額に含まれると解するのが相当である。また、原告は、基金掛金A負担額が非課税であることを示す法令等が存する旨の具体的な主張立証もしていない。
(3) そうすると、本件で問題となる付加給部分及び基金掛金A負担額分を非課税所得とすべき根拠はなく、本件各係争年分における原告の給与等の収入金額は、基本的事実関係(3)のとおりであり、原告が納付すべき本件各係争年分の税額は、平成4年分が32万8600円、平成5年分が42万0800円、平成6年分が49万2000円及び平成7年分が60万1600円となると認められ、本件各更正処分において納付すべきものとされた本件各係争年分の税額と一致することは明らかである。
(4) したがって、この点の原告の主張は理由がない。
3 通則法70条5項所定の「偽りその他不正の行為」該当性
(1) 通則法70条5項にいう「偽りその他不正の行為」の解釈通則法70条は、租税法上の法律関係の早期安定という観点から、更正、決定及び賦課決定に関し期間制限(除斥期間)を設けて本来納付すべき税額の徴収を制限する規定であるところ、その期間は更正については法定申告期限から原則3年とされている(同条1項)。これに対し、同条5項は、「偽りその他不正の行為」によって全部または一部の税額を免れたような場合、更正をすることができる期間を法定申告期限から7年を経過する日までと延長している。ところで、同条5項にいう「偽りその他不正の行為」とは税額を免れる意図の下に、税の賦課徴収を不能または著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行っていることをいうものであり、単なる不申告行為はこれに含まれないものの、納税者が真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避する意思の下に、所得の金額をことさらに過少にした内容虚偽の確定申告書を提出し、正当な納税義務を過少にしてその不足税額を免れる行為をした場合には、単なる所得の一部の不申告に止まらず、外形的にも不正な工作行為により一部の税額を免れたと言い得るから、同項にいう「偽りその他不正の行為」に当たるものと解するのが相当である(上記のような解釈は、原告の主張する56年附帯決議の内容と齟齬するものではない。)。
(2)ア これを本件についてみるに、原告は、基本給を中心とした額のみについて確定申告書を提出した事情について、概要次のとおり陳述する(甲9、13、原告本人)。
「確定申告の時期に、原告が大使館の人事課に給与証明のことを尋ねると、大使館では日本の税務署への確定申告のために源泉徴収票や所得証明書の発行はしないとのことであった。そこで、大使館の先輩や同僚に大使館の日本人職員はどのように申告しているかを尋ねると、日本の現地職員は、日本の多くの会社にあるような住宅手当、交通費の全額支給その他の非課税相当の福利厚生費がなく、非課税部分も給与に含まれているので、ベース給(基本給)を中心に確定申告を行っていると聞いた。新職員である原告は、長年大使館に勤務の方にそのようにしていると言われたので、それで問題ないと信じ、ベース給を中心としてそれに出張手当や残業代、表彰時の金銭報酬などの現金を記憶にある限り加えて計算した。そして、確定申告のため越谷税務署に出向き、Individual Earnings Statement(個人所得記述書)を見せて、大使館の印はない旨述べると、税務署では『大使館の印がない書類では正式な証明書ではない』『給与金額を自分で書いて押印して越谷税務署長宛てに提出してください』と指示されたので、そのとおりにした。このようにして長い間確定申告してきたが、税務署からはなんら問題の指摘や指示もなかった。むしろ税務署の初期の指示どおりのやり方で確定申告してきたもので、原告が申告の書類を隠したり、故意に偽ったり、不正に申告したのではない。」
イ これを検討するに、弁論の全趣旨によれば、原告のみでなく相当多数の大使館現地職員が原告と同様に給与の一部のみを申告してきた事実が認められるから、原告の先輩や同僚から原告主張のようなアドバイスがあったことが窺われないではない。しかしながら、そうしたアドバイスがいつ、誰から、どのような形で伝えられたのか、そうしたアドバイスは責任ある地位の者からの公式なアドバイスであったのかどうかなど肝心の点は曖昧である。
また、原告は、原告が主張する付加給には、日本国内の企業における企業年金や労災保険、あるいは住居手当や語学手当、交通費の全額支給等に見合う額が含まれているというので非課税扱いになるとの説明を受け、それを信じたというのであるが、給与支給金額に対する基本給以外の付加給が占める割合は、別紙6によれば、給与支給額の約38%にも及ぶ高い割合となっており、原告も過去に日本の旅行会社等に勤務していた経験があることに照らすと、仮に原告が大使館の先輩や同僚から申告内容について原告主張のような教示を受けていたとしても、その内容が不合理であることについては容易に認識し得たと認められる。
そして、原告は、「確定申告のため越谷税務署に出向き、Individual Earnings Statement(個人所得記述書)を見せ」たとし、原告が大使館から支給を受けている給与の全部を明らかにし、そのうちから基本給を中心とした額のみの申告であることを明らかにしたかのような内容の陳述をするが、そのことを窺わせるような証拠はない〔もし、原告が税務署にそのような大使館が受け取った給与の全部を明らかにする給与明細書などを示していれば、税務署において写しを取るなどの何らかの記録が残っているはずであるし、先に述べたように、原告は平成4年の確定申告書(乙15)と平成6年の確定申告書(乙17)の付属書類として、それぞれ平成4年分、平成6年分の給与額が申告のとおりである旨の報告書を添付している。これらのことに照らしても、原告が被告に過去に給与明細書等を示して給与の全貌を明らかにしたとの点は採用できないというべきである。〕。
以上によれば①付加給が非課税所得となるかについて、原告が一般に信用を置けるような形でアドバイスを受けたとは認め難く、②本件の場合、給与支給額に対する付加給の占める割合が相当高く、これを非課税とする扱いについては、一般的には不自然と考えるのが相当であり、③原告は、A大使館に採用された後、所得税の確定申告のために、税務署に給与の全貌を明らかにした形跡がなく、④むしろ、実際の確定申告に当たっては、基本給の額に残業代や仕事での表彰時の金銭報酬等の額を原告独自の基準で付け加え、これを1年分の受領した給与額であるとして申告してきたこと等に照らせば、結局、原告は、法令等の規定に基づく具体的な根拠に基づくことなく、給与等の収入金の一部を除外し、当該確定申告に係る収入金額が、実際の収入金額とは乖離するものであることを知りながら、収入金額の一部のみの申告をしていたといわざるを得ない。
そして、上記のような本件係争年分における原告の過少申告行為は、真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少にした内容虚偽の確定申告書を提出したものというべきであるから、通則法70条5項にいう「偽りその他不正の行為」に当たるものと解するのが相当である。
ウ なお、原告は、本件のような基本給を中心とした申告でよいと信じた事情として、国税当局はA大使館に照会するなどすれば正確な給与支給額を容易に知り得たはずであるのにこれを行わず、長期にわたって国税当局からの指導がなかったと主張するが、国税当局が原告ら現地職員に対する大使館からの給与支給額の把握が容易であったことの証明はなく、そもそも原告は、国税当局に対し、支給された全給与を明らかにせず付加給の大半を除外した原告の申告の実情を秘していたのであり、そのため、国税当局が原告の過少申告の事実を把握できなかったことから国税当局は指導しなかったにすぎず、国税当局が状況を把握しながら容認していたものと認められない以上、原告の上記主張は採用できない。
また原告は、偽りその他不正の行為は、重加算税が賦課される要件である通則法68条所定の「隠ぺい又は仮装の行為」とほぼ同義であり、実務では、重加算税が賦課される事案については、偽りその他不正の行為が認められて更正の除斥期間は7年とされ、逆に、過少申告加算税が賦課される事案については、偽りその他不正の行為が認められずに更正の除斥期間は3年とされるのが通例であり、本件各課税処分はこの実務の現状とかけ離れたものである旨主張する。
しかし、過少申告加算税のみが課され、重加算税が課されない場合には通則法70条5項の適用がないのが実務の実例であるとまでは認め難い。そこで、原告の上記主張を考慮しても、本件に通則法70条5項を適用した被告の本件課税処分に違法性があるとは認め難い。
4 結論
よって、被告の行った本件各課税処分は適法なものと認められ、原告の請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 裁判官 菱山泰男)
別紙1
課税処分等の経緯(平成4年分)
file_2.jpgseen Rah ERSESA ZA PRIDE ALTA en 8 2 & raced . 70, 62 (hemos 4,370, 620 6,466, 842 4,370,620 Bi HE DR Bt AB 3,323, 713 3,323, 713 3,323, 713 HRSNSHOSH 046, 000, 3,143, 000 1, 046, 000 whee Re 104, 600 328, 600 104, 600 - ° Boe em ew 1, 046, 000 04, 600
別紙2
課税処分等の経緯(平成5年分)
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別紙3
課税処分等の経緯(平成6年分)
file_4.jpgCe: FAY bea] BER HEE + BE see RRBCE FAR FER mB emresAlon | FruivesAion | Raomani7A | Fxtim7ATA | FReIZMETAOTA | FAISELLAZOR ee 8 2 8 een Fs Hie Hen (heRROee) 5,261,599 7, 381, 404 5, 261, 599 a 5, 261, 599 « BAER OO at 2, 808, 600 2, 808, 600 2, 805,640 2, 808, 600 HRS NSHES 2, 485, 000 4,575,000 2, 485,000 2, 485, 000 a tt
別紙4
課税処分等の経緯(平成7年分)
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別紙5
本件各係争年分の収入金額等
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(別紙6)
給与支給金額に対するSALARY部分の占める割合
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(別紙7)
file_8.jpgDetaignan ost Sef0" © INDIVIDUAL EARNINGS STATEMENT SRSHBASS¥r_TURYO) SaRSTEENG [BOK] Tag EIPCOTER Tog EES AV WOCATN [| GOO 26700261 | x. @ ar aaa ae aT a | _o1 ssa [ e2lva_oa s2|26| unn 08994 een ee em Te | ae ep eT one ae Levin tran er eeema emcee) ares |e |E| cae FSH [09]e5 |Pa236976231 oem |e [ase |e 580507 SAW Bo ITTT 455309204 _| io) Te tit Sec eet ee — EEA a A ES wa 6.00 | 4-00 $00 riven | | 6200 | 4200 4.00 ssnisen| |xe8t00 [26200 [220.00 |204%00 | 23.00 | _a4ée00 Resin] restore | canteen [Faummsuena] Sean | SORE tel rasa eens — Peer —| cana [ae] SBeewee [ eet | a ao cd eee 27120 ‘enw s50240 Pavesi Ses Tar ora i aa ae ® Rstwo [on vou] so Jommws] "emt | Topgaames | S6NB5E. ae] ere Lumowaves a Has BET rin 29120 255364 on wa Snan0 510728 yrv ovat feu atwor a 5 SA ST aa Py 978 ee 9769 few a 23588 RC a MS A MT aa @ ese ae i | 366569 tn wre wo Er mae
(別紙8)
file_9.jpgeeRANC/B~348 EARNINGS AND LEAVE STATEMENT ‘RUN-DATE DEC/16/98 oro 67 308 01 62 PAGE 1730 i 1 | awe Wo. Bui NAME OF EMPLOYEE SOCIAL SECURITY NOP. ENDING oRTE. | | 1zevo0240 20 & Ea sec is,38 | 1 (GS 7E7SS Rao RATE RETTRGNENT HER NST, Ta RANA DERE 1 t ‘cnt, CEIL. PROJ. FORT. j Fey 08 09 6495,917 oc. Ret note 6240" "264 a8 1 i r ‘OF-BRE EARNED “SREY “CL. -BAL——FROTET ‘OF-BAL FRE CEB Im prev 240-00 144-00 00.00 284.00 nL PREV 1a BP 10/00 "36.00, RP t IAL Yo 240.00 154.00 as.00 278.00, BL yD 1 A oF.daz EARNED —«TAMI-RTARI-B = TAKN-CTAK-DTAIOICE BAL FROZEX | Ist prey 1190-00 "96,00, 1285.00 1 Ish PP 3:00 1 IE YFD 1130.00 200-00, 1280.00, 1 i OP-BAL © WORKED” «TAKEN = FORFEIT CL.BAL TAKEN 1 er prev in 2 Fa 6 uae ee t ior on Ed Eo 5 tae 39 i 1 i CP THER 'HATE/BASE HOURS /PERC—PAYHENTS ——DEDUCTTONS YEAR OTE 1 1120011" RecoLAR BASE PAY 3,118 80.00 249,440, i i "TOTAL SALARY 245,440, 649,920 | [310071 NATIONAL PROVIDENT FOUD 249,440 3.50 8,730 i 1 "TOTAL RETIREMENT 3,730 225,462 1 }a1oo11 FRINGE BeteFTTS. 267 80.00 21,360 i {410021 BONUS ALLOWANCE 2,553 80.00, Bere 1 410031 TRANSEORTATTON ALLOWANCE 39 £0.00 <a) t 1 ‘TOTAL ALLOWANCES 080 3897,760 32001 ALLonMENT oF ar 100, 000 t 1520011 ALLOTMENT OF PAY 6,332 1 TOTAL ALLOTMENTS 106,332 2764, 632 | 1 WETS PAT 1 MER PAY ALLOTMENT pec 30,1998 285,176 7349,596 | 1 1 1 1 1 1 1 i 1