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さいたま地方裁判所 平成14年(行ウ)18号 判決 2004年1月28日

原告 甲

同訴訟代理人弁護士 宗像英明

被告 川越税務署長

内田守一

同指定代理人 中村葉子

同 櫻井保晴

同 石川利夫

同 内田健文

同 山畑正

同 若山政行

同 神田福男

同 小髙愛子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告が、平成11年4月30日付けで原告に対してした、平成7年分の所得税の更正の請求に対してその更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

第2  事案の概要

1  事案の要旨

原告は、平成7年分の所得税の確定申告(以下「本件確定申告」という。)において、土地の譲渡所得に関し、租税特別措置法(平成8年法律第17号による改正前のもの。以下「措置法」という。)31条の2(「優良住宅地の造成等のために土地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例」の規定による特例、以下「本件特例」という。)を適用した(ただし、一部の土地については、措置法31条の2第3項で規定する確定優良住宅地等予定地としての適用。)。しかしながら、確定優良住宅地等予定地のための譲渡部分については、所定の期間内に開発行為の許可を得ることができなかったため、本件特例の適用を受けることができないこととなったことから、原告は、被告に対し、修正申告をするとともに、上記土地の売買契約を合意解除し、解除した部分に関して、国税通則法(以下「通則法」という。)23条に基づき、更正の請求をしたところ、被告は、原告に対し、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。本件は、原告が、被告に対し、本件通知処分の取消しを求めた事案である。

2  法令の定め等

(1)  本件特例について

ア 本件特例は、都市地域における住環境として望ましい優良な住宅地等の供給に寄与する土地等の譲渡に限ってその税負担の軽減を図るものであるところ、本件特例の対象となる譲渡である「優良住宅地等のための譲渡」は、措置法31条の2第2項各号に規定されている。

イ しかし、民間業者が行う住宅地の造成や住宅建設は、用地買収が先行し、ある程度の用地確保ができた段階で、開発許可等を受けるために関係地方公共団体等との協議に入るのが通例であり、土地等の譲渡の段階と、その譲渡した土地等が「優良住宅地等のための譲渡」に該当することとなる要件を備える状態に至るまでには、タイムラグが生ずるが、上記の場合にも、土地等の譲渡の段階で本件特例を適用する必要性は高い。

そこで、実態に即した課税の特例の適用が可能となるよう、開発許可等を受ける前の土地の譲渡についても、当該譲渡の日から一定期間内に、措置法31条の2第2項7号ないし12号に掲げる土地等の譲渡に該当することとなることが確実であると認められるときは、これを「確定優良住宅地等予定地のための譲渡」として、一定の書類を確定申告書に添付することにより、譲渡段階で本件特例による納税を認め(措置法31条の2第3項)、その後、一定期間内にその予定地である土地等の譲渡が優良住宅地等のための譲渡に該当することとなった場合には、その予定地段階の税額で納税を終了させ、逆に、一定期間内に優良住宅地等のための譲渡に該当しなくなった場合には、本件特例の適用はないこととし、修正申告書を提出し、不足分の税金を納付しなければならないこととされている(措置法31条の2第7項)。

(2)  更正の請求について

ア 通常の場合

納税申告書を提出した者は、その申告に係る課税標準等又は税額等の計算に誤りがあったこと等により、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大である場合等には、当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り、更正の請求をすることができる(通則法23条1項)。

イ 後発的事由に基づく場合

(ア) さらに、通則法23条2項によれば、上記の期間経過後においても、同条項各号の一に該当する場合には、当該各号に掲げる期間において、その該当することを理由として同項の規定による更正の請求をすることが認められており、同項3号は、「国税の法定申告期限後に生じた同項1号及び2号に類する政令で定めるやむを得ない理由があるときは、同条1項の規定にかかわらず、当該理由が生じた日の翌日から起算して2月以内」に更正の請求ができる旨規定している。

(イ) そして、通則法23条2項3号にいう「やむを得ない理由」について、国税通則法施行令(以下「通則法施行令」という。)6条1項2号は、「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと」と定めている。

ウ また、所得税法152条は、確定申告書を提出した者(等)は、その年分の各種所得の金額(事業所得を除く。)の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われ又は当該事実のうちに含まれていた取り消しうべき行為が取り消されたことにより、後発的に国税通則法23条1項各号の事由が生じた場合には、当該事実の生じた日の翌日から2月以内に限り、更正の請求ができるとしている。

3  基本的事実関係(証拠等の摘示のない事実は、争いのない事実である。)

(1)  本件覚書

原告は、平成6年9月21日付けで、A株式会社(以下「A」という。)との間で、売主を原告、買主をAとし、以下の土地の売買契約の予約をし、同予約に関する覚書(以下「本件覚書」という。甲3)を作成した。

ア 埼玉県入間郡三芳町の畑(私道部分を含む)、同所の畑及び同所の畑(地積合計1350.58㎡。売買金額2億3328万3900円。以下「本件土地」という。)

イ 埼玉県富士見市関沢の宅地及び同所の私道(地積合計739.38㎡。売買金額1億2435万4960円。以下「本件譲渡土地」という。)

(2)  本件売買契約

原告は、平成6年10月25日付けで、Aとの間で、本件土地と本件譲渡土地を対象とし、売買代金合計3億5763万8860円とする売買契約を締結した(以下「本件売買契約」という。甲4)。

原告は、平成7年3月28日までに、Aから、上記売買代金を全額受領した。

(3)  本件確定申告

原告は、平成8年3月12日、本件売買契約について、措置法31条の2(本件特例)を適用(ただし、本件土地については、措置法31条の2第3項で規定する確定優良宅地等予定地としての適用。)し、被告に対し、別表のとおり本件確定申告をした。

(4)  本件合意解除

しかし、原告は、同条3項に基づく平成9年12月31日までの期間内に、同条2項9号に規定する開発行為の許可を受けられなかったため、本件特例の適用を受けられないこととなった。

そこで、原告は、平成10年4月30日、被告に対し、同条7項に基づき、別表のとおり、修正申告するとともに、Aとの間で、同日付けで、本件土地について、売主側において税法上の問題が生じたことを理由に、本件売買契約を合意解除した(本件合意解除。甲5)。なお、本件譲渡土地については売買は維持されている。

(5)  本件通知処分等

原告は、平成10年6月29日付けで、被告に対し、本件合意解除は、通則法23条2項3号、通則法施行令6条1項2号の規定に該当するとして、平成7年分の所得税の更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をした。これに対し、被告は、平成11年4月30日付けで、原告に対し、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。

本件通知処分等の経緯は、別表のとおりである。

(6)  本件通知処分の根拠(弁論の全趣旨)

被告は、以下の根拠に基づき、原告の平成7年分の所得金額及び納付すべき税額を計算した。

区分

順号

金額(単位:円)

総所得金額

1,536,877

分離長期譲渡

所得の金額

本件土地分

220,541,430

本件富士見市土地分

118,095,487

所得から差し引かれる金額

1,920,100

課税される

所得金額

①に対する金額

分離

長期

譲渡

②に対する金額

220,158,000

③に対する金額

118,095,000

算出税額

⑤に対する税額

⑥に対する税額

64,047,400

⑦に対する税額

17,714,250

計(⑧+⑨+⑩)

81,761,650

特別減税額

50,000

納付すべき税額(⑪-⑫)

(100円未満切り捨て)

81,711,600

① 総所得金額・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・153万6877円

上記金額は、原告が平成10年4月30日付けで被告に提出した修正申告書(以下「本件修正申告書」という。)の各金額と同額である。

② 分離長期譲渡所得の金額(本件土地分)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2億2054万1430円

上記金額は、本件売買契約(本件売買契約において作成された土地売買契約書(甲4)を「本件売買契約書」という。)において売買された本件土地に係る分離長期譲渡所得金額であり、次表のとおり計算した金額である。

なお、各金額は、本件修正申告書の各金額と同額である。

区分

順号

金額(単位:円)

譲渡価額

233,283,900

取得費及び譲渡費用

11,742,470

特別控除額

1,000,000

譲渡所得の金額(ア-イ-ウ)

220,541,430

③ 分離長期譲渡所得の金額(本件土地以外の本件譲渡土地分)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1億1809万5487円

上記金額は、本件売買契約において売買された本件土地以外の本件譲渡土地に係る分離長期譲渡所得金額であり、次表のとおり計算した金額である。

なお、各金額は、本件修正申告書の各金額と同額である。

区分

順号

金額(単位:円)

譲渡価額

124,354,960

取得費及び譲渡費用

6,259,473

譲渡所得の金額(ア-イ)

118,095,487

④ 所得から差し引かれる金額・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19万0100円

上記金額は、社会保険料控除、生命保険料控除、扶養控除及び基礎控除の合計で、本件修正申告書の各金額と同額である。

⑤ 課税される所得金額(①に対する金額)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0円

上記金額は、総所得金額(①)が所得から差し引かれる金額(④)を下回るため零円となる。

⑥ 課税される所得金額(分離長期譲渡(②)に対する金額)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2億2015万8000円

上記金額は、分離長期譲渡所得の金額(本件土地分)(②)から、所得から差し引かれる金額(④)のうち総所得金額(①)を差し引いた残額38万3223円を控除した金額(ただし、通則法118条1項の規定により、1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

⑦ 課税される所得金額(分離長期譲渡(③)に対する金額)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1億1809万5000円

上記金額は、分離長期譲渡所得の金額(本件土地以外の本件譲渡土地分)(③)の金額(ただし、通則法118条1項の規定により、1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

⑧ 算出税額(⑤に対する税額)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0円

上記金額は、課税される所得金額(①に対する金額)(⑤)が零円であるため零円となる。

⑨ 算出税額(⑥に対する税額)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6404万7400円

上記金額は、措置法31条1項の規定により計算した金額である。

⑩ 算出税額(⑦に対する税額)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1771万4250円

上記金額は、措置法31条の2第1項の規定により計算した金額である。

⑪ 算出税額の計・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8176万1650円

上記金額は、上記⑧ないし⑩の各金額の合計額である。

⑫ 特別減税額・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5万円

上記金額は、平成7年分所得税の特別減税のための臨時措置法4条に基づく金額である。

⑬ 納付すべき税額・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8171万1600円

上記金額は、上記⑪の算出税額の計から上記⑫の特別減税額を差し引いた金額(ただし、通則法119条1項の規定により、100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

4  当事者の主張

(1)  本件売買契約が錯誤により無効である事情にあったか

(被告の主張)

ア 原告は、本件売買契約は、原告において本件特例の適用を受けることが前提とされていたのに、結局本件特例の適用を受けられなくなった点において、動機の錯誤がある旨主張する。

しかしながら、錯誤の存否は、法律行為の成立時において判断すべきところ、本件売買契約時には、本件土地について本件特例の適用を受ける予定であるとの事実が存したのみで、その点に関する契約当事者たる原告及びAの認識には何ら誤りはなく、原告らの意思と上記事実とに不一致はない。本件土地については、本件売買契約時に、本件特例の適用を受ける可能性が皆無であったわけではなく、平成9年12月31日までに本件特例の適用が受けられなかったのは、本件売買契約後の工事の進捗状況等が原因であると考えられることからすれば(現に、本件土地は、平成10年8月27日に、本件特例の適用を受ける前提となる開発許可を受けている。)、このような単なる見込み違いの場合まで、錯誤として論じる余地はない。

イ 仮に、本件において、動機の錯誤を論じる余地があるとしても、原告の主張は、以下のとおり、失当である。

(ア) 意思表示の動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤としてその無効をきたすためには、その動機が相手方に表示されて意思表示の内容となり、かつ、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合、つまり、要素の錯誤と認められる場合であることを要する(最高裁昭和29年11月26日第二小法廷判決・民集8巻11号2087頁、昭和45年5月29日第二小法廷判決・判例時報598号26頁)。

したがって、原告の主張する動機、すなわち、原告は本件土地を含めた本件譲渡土地の譲渡について本件特例の適用があることを前提として本件売買契約を締結したことが相手方に表示されていることが必要である。この点について、原告は、本件覚書には「優良宅地(譲渡所得の特例のため)の認定を受けるための適切な開発行為をするものとする。」との表示がある旨主張するが、この記載内容からは、原告は、本件売買契約を締結するに当たって本件特例が適用されることを期待していたことは窺えるとしても、本件譲渡土地の譲渡について本件特例の適用のあることが意思表示の内容となっていたとまではいえるものではない。

さらに、本件覚書作成後に正式契約として作成された本件売買契約書(甲4)には、原告が本件覚書の本旨に従い本件譲渡土地の譲渡について本件特例の適用があることが確認されたことから本件売買契約を締結したなどの経緯は窺われないこと、本件売買契約書には原告が本件特例の適用を前提として本件売買契約を締結した旨の表示もないことから、本件譲渡土地の譲渡について本件特例の適用のあることが相手方たるAに表示されて原告の意思表示の内容となっていたとはいえない。

(イ) また、原告が相続税納付のために本件譲渡土地を譲渡していること、本件合意解除後の平成10年8月5日付けで、原告が再度本件土地をAに売却したこと(乙2)からすれば、本件土地の譲渡について本件特例の適用が認められないことから、直ちに本件売買契約を締結しなかったといえるかは疑問であり、要素の錯誤と認めることはできない。

(ウ) そもそも、納税義務者は、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為を行った場合、上記法律行為の際に予定していなかった納税義務が生じたり、上記法律行為の際に予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明した結果、この課税負担の錯誤は動機の錯誤であるとして、又はこの錯誤のため合意解除したとして、上記法律行為が無効であることを、租税行政庁に対し、法定申告期間を経過した時点で主張することはできないものと解するべきである。その理由は、我が国は、申告納税方式を採用し、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等を課している結果、安易に上記のような課税負担の錯誤を認め、その法律行為が無効であるとして納税義務を免れさせたのでは、納税者間の公平を害し、租税法律関係が不安定となり、ひいては申告納税方式の破壊につながるからである(神戸地裁平成7年4月24日判決・訟務月報44巻12号2211頁、その控訴審である大阪高裁平成8年7月25日判決・訟務月報44巻12号2201頁)。

これを本件についてみるに、原告は、本件売買契約時に予定していた本件特例の適用が後に受けられなくなったため、税負担が重くなったとして錯誤無効を主張しているものであり、まさに上記課税負担の錯誤を主張するものであるから、原告の主張は、上記裁判例に照らしても認められないことは明らかである。

ウ さらに、原告は、本件売買契約当時、当然に本件特例の適用を受けるものと認識しており、この認識が、本件土地について、本件特例の適用を受ける可能性も適用を受けない可能性もあったという客観的な事実に合致しないことをもって、それが錯誤であるかのように主張している。

しかしながら、本件特例を受けられるか否かは、一定期間のうちに開発許可が得られるか否かによるのであり、本件売買契約当時では、本件特例の適用を受けられるか否かは不確実というほかないが、原告の認識も同様であって、原告の認識と事実との間に不一致はないのであるから、本件売買契約は錯誤により無効となるものでないことは明らかである。

なお、原告の認識は、以下のとおりである。

(ア) 本件覚書作成時における原告の認識

原告は、本件覚書(甲3)に「ハ. 開発申請について」の項目を入れ、「優良宅地(譲渡所得の特例のため)の認定を受けるための適切な開発行為をすることとする」と約している。上記の項目は、本件特例の適用を受けるために、これからAが努力することを約したものであり、この本件覚書自体、原告が、適切な開発行為がなければ本件特例の適用がないと認識していたことを示している。

(イ) 本件売買契約後の経緯から推測される本件売買契約時の原告の認識

原告は、税理士を依頼せずに、本件土地の譲渡に関する確定申告書を自ら作成し、直接税務署に赴いて本件確定申告をしているが、同申告書には、本件土地が、措置法第31条の2第3項に規定する確定優良住宅地等予定地のために買い取ったものであり、平成9年12月31日までに、同項7号から12号までの用に供することの確約が記載された「一団の宅地等の用に供する旨の確約書」が添付されていた。さらに、原告が税務署に提出した申告書には、これから提出する予定の「開発行為許可申請書」及び「開発行為許可通知書」も添付されていた。

加えて、原告が、Aと連名で提出した平成9年8月20日付けの三芳町長に対する陳情書(甲19)には、「譲渡所得の優良宅地の申請及び納税について一時保留となっており大変困っております。」と記載されており、原告は、この陳情について、陳情を行ったにもかかわらず、措置法の適用を受けるための書類提出期限が間近に迫ってきていたと主張している。

上記の本件売買契約後の事実経過に照らせば、原告が、平成9年12月31日までに、「開発行為許可申請書」が提出され、「開発行為許可通知書」が受けられなければ、本件特例の適用がないと分かって行動していたことは明らかである。

そして、原告は、本件特例適用期間内においては、Aに対し、本件特例について、当然に適用されるはずだったのに、売買契約時の認識と違うとして解約を申し入れたりはしていないことからすれば、原告が、本件売買契約締結時において、本件特例の適用を受けるためには、一定期間内に開発許可を得て、税務署に書類を提出する必要があると認識していたというべきである。

(原告の主張)

ア 本件特例に関する客観的事実は、本件特例の適用を受けるためには、「確定優良住宅地等予定地のための譲渡」として確定申告を行い、その確定申告から一定の期間内に開発許可通知等の必要書類の提出を行う必要があり、必要書類の提出がなされない場合には当該土地譲渡が「確定優良住宅地等予定地のための譲渡」に該当しないものとして修正申告しなければならないというものである。

他方、本件売買契約締結当時の原告の認識は、Aが開発行為を行えば確実に本件特例の適用が受けられるというものであったのであり、一定の期間内に開発許可通知等の必要書類の提出をしなければ本件特例の適用を受けられなくなるという認識は全くなかったというものである(原告は、本件確定申告時に、必要書類の提出が必要であることを知ったが、当時でも必要書類の提出に期限があるという認識は全くなかった。)。

錯誤の存否は、法律行為の時点について判断されるべきであるところ、上記のとおり、本件売買契約締結当時、原告の意思と客観的事実とは一致しておらず、本件売買契約につき原告に錯誤があったことは明らかである。

イ 原告は、本件覚書に「優良宅地の認定を受けるための適切な開発行為をするものとする」との文言を入れたことをはじめとして、本件特例の適用を受けるための適切な開発行為をすることを契約の条件としていたのであるから、原告の動機がAに表示され、意思表示の内容となっていたことは明らかである。

ウ 本件特例の適用がある場合と適用がない場合とでは、課税額の差は数百万円にも上り、しかも、本件特例の適用が受けられるか否かは本件売買契約の単価決定にも影響していたのであるから、本件売買契約の際には重大な要素となっていたのであり、要素の錯誤というべきである。

(2)  本件合意解除が通則法施行令6条1項2号に規定する「やむを得ない事情」に該当するか否か

(被告の主張)

ア 原告は、本件合意解除について、錯誤という意思表示の原始的瑕疵があり契約の拘束力を認めることが不当であることから、契約関係解消の方便としてなされたと説明しつつ、本件特例を受けられなくなったのは、法定申告期限後に生じた事情であり、契約の錯誤無効の場合にも本件合意解除の基礎となった事情の変更により「やむを得ない事情」が存したと考えるべきであると主張する。

しかしながら、錯誤無効の主張は、契約に原始的瑕疵があり当初から無効との主張であり、一方、通則法施行令6条1項2号にいう「やむを得ない事情」とは、課税の前提となる契約が有効に成立したが、後発的事由が生じた場合の更正の請求の要件であるから、原告の主張は、主張自体に矛盾があり、失当である。

イ 通則法施行令6条1項2号の「やむを得ない事情」について

通則法23条2項は、後発的事由による更正の請求ができる場合について、1号において、判決確定の場合、2号において、国税の更正・決定があった場合、3号において、1号及び2号に類する政令所定の「やむを得ない理由」がある場合を定めており、上記3号の「やむを得ない理由」について、通則法施行令6条1項2号は、「課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと」と定めている。

そして、通則法施行令6条1項2号にいわゆる「当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除された場合」とは、法定の解除事由がある場合、事情の変更により契約内容に拘束力を認めるのが不当な場合、その他これに類する客観的な理由のある場合をいうものと解されている(大阪高裁平成8年7月25日判決・訟務月報44巻12号2201頁、その上告審である最高裁平成10年1月27日第三小法廷判決・税務訴訟資料230号152頁)。

上記裁判例の1審である神戸地裁平成7年4月24日判決(訟務月報44巻12号2211頁)は、法定申告期限経過後は、納税義務者が、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為を行った場合、その法律行為の際に予定していなかった納税義務が生じたり、その法律行為の際に予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明した結果、この課税負担の錯誤は動機の錯誤であるとして又はこの錯誤のため合意解除したとして、上記法律行為が無効であることを、主張することはできないと判示している。

ウ 本件合意解除が「やむを得ない事情」によるものでないことについて

(ア) 原告側の事情

a 原告は、本件特例の適用を受けられる期間(平成9年12月31日)が過ぎてから、平成10年4月24日に、乙税理士らと共に川越税務署を訪れ、被告係官に対し、本件土地について開発許可が未だ受けられていない旨を説明した上で、「どうにかなりませんか。」と質問し、被告係官が特例の適用はできない旨説明したところ、さらに、同月27日になって、合意解除した場合に税金はどうなるかについて尋ね、同係官から、形式的に解除しても経済的成果が失われていないことになるので更正の請求は認められない旨の説明を受けていた。

また、原告は、買主であるAに対しては、予定していたよりも重くなった分の税金を負担してほしいと要望していた。しかし、この時点に至っても、原告は、Aに対し、本件売買契約を解除したいとの申入れを何ら行っていない。

結局、原告が本件合意解除を決めたのは、本件売買契約を合意解除をすることによって、予定していたよりも重くなった納税負担を解消できることを期待したからであり、それを前提に、原告及びAがお互いに責任がないことを確認し合い、話し合いで円満に解約の合意をし、原告自ら「土地売買契約解除の合意書」に署名押印したものである。

b また、Aは、本件合意解除(平成10年4月30日)後、本件土地の再取得(同年8月5日)より前である同年7月21日に、本件合意解除後の本件土地の所有者である原告が開発許可申請に全く関知せず、原告とAの間で、開発許可申請を行う主体を誰にするかという点について何らの取決めもされていないのに、本件土地の開発許可申請を行っている。さらに、原告は、Aが上記開発許可申請をして間もなくの同年8月5日に、再度本件土地をAに売却している。

c 上記の事実経過にかんがみると、原告は、本件土地について、本件特例の適用が受けられなくなり、予定より重い納税負担が生じることが確定的となったことから、その重い納税負担を回避できるかもしれないと期待して、形式的に本件売買契約を合意解除しただけであることは明らかである。

したがって、本件合意解除については、前記裁判例に照らして、「やむを得ない事情」による解除に当たらないことは明らかである。

(イ) A側の事情

Aの役員である丙は、本件売買契約締結時に予定していた仮換地案とは異なり、大幅に上乗せされた減歩率が示され、しかも、飛び地に換地される土地区画整理案が示されたことにより、事業の採算がとれなくなったことから、本件合意解除に至った旨述べている。

しかしながら、Aは、平成7年1月に、飛び地で換地される土地区画整理事業の換地案が示された時点、あるいは、この換地案に対し、平成8年になって承諾せざるを得なくなった時点において、事業の採算がとれるか否かを判断できたはずである。にもかかわらず、Aは、これらの時点においては、本件売買契約の解約を考えず、売買契約を維持していこうと考えていたのであるから、事業の採算がとれないことから、やむを得ず本件合意解除に至ったとは認められない。

さらに、丙は、区画整理組合から示された減歩率や飛び地による換地案などに不満がありながら、売買契約を維持していこうと努力を続けてきたこと、本件売買契約を解約する決意をしたのは、原告の税負担が重くなるという話が出てきてからであると証言している。

したがって、Aとしても、結局のところ、開発許可申請が遅れて原告の税負担が当初の予定より重くなったことから、その責任を追及されたため、原告の税負担を回避する必要に迫られ、合意解除の形式を整えることに協力したとみるべきであり、やはり、「やむを得ない事情」は存しない。

エ 以上のとおり、本件合意解除は、税負担回避のための通謀虚偽表示にあたり、通則法施行令6条1項2号にいう「やむを得ない事情」による解除に当たらないことは明らかである。

(原告の主張)

ア 本件合意解除は、本件売買契約が、本来錯誤により無効であり、拘束力を認めることが不当であることから、契約解消について法的知識を有していなかった原告がAを紹介した人物との関係も考慮して円満な契約解消の方便として選択したものであって、通則法23条2項3号の「やむを得ない理由」に該当すると解すべきである。

イ 被告は、「やむを得ない理由」について通則法施行令6条1項2号の「やむを得ない事情」とは、法定の解除事由がある場合、事情の変更により契約内容に拘束力を認めるのが不当な場合、その他これに類する客観的な理由のある場合をいうものと解すべきであるとして、本件合意解除は「やむを得ない事情」に該当しない旨主張するので、以下検討する。

(ア) まず、本件売買契約は、本件特例の適用を受けるための適切な開発行為を行うことを条件とし、本件特例の適用を受け得る開発行為を行うことがAの債務の内容となっていると考えられるから、本件特例の適用を受けることができない場合には、法定の解除事由があることとなり、通則法施行令6条1項2号の「やむを得ない事情」に該当する。

(イ) 仮に「法定の解除事由がある場合」に該当しないとしても、通則法施行令6条1項2号は、当然に錯誤無効のような原始的瑕疵のある場合を含む趣旨と解すべきである。

すなわち、解除権の行使としての解除の場合に更正の請求を許すのは、契約当事者の権限として契約を巻き戻しできる、つまり課税対象取引が解消されるという権限が予め付与されており、その契約内容が客観化されているから、万人に対する「課税の公平」という観点からみてもそれが損なわれないという外形的保証があり、当事者の自治的解決を認めざるを得ないということが背景にあると考えられる。また、契約成立後のやむを得ない事情による契約の遡及的解消を非課税の対象とするのも、そうしなければ契約当事者に課税を媒介に不合理な契約を維持させることを強いてしまうことになるからであると考えられる。

そうすると、契約成立後にさえ契約の遡及的解消を許すのであるから、本件のごとき錯誤無効の場合を排除すべき理由は全く無い。錯誤無効の場合は原始的な瑕疵による契約関係の解消であることから、課税当局は、解除権の行使に比べれば一律にその実体を把握し難い面はあるが、事後的な「解除」を許しながら、原始的瑕疵による「無効」は許さないというのは背理である。さらに、通則法6条1項2号が、無効よりも瑕疵の程度が低い取消しの場合を非課税の対象としていることからも、錯誤無効の場合を排除することが相当でないことは明らかである。

(3)  本件売買契約により生じた経済的成果が失われているか否か

(被告の主張)

ア 原告は、平成10年6月30日に原告が9000万円をAに返還していることから、経済的成果が失われていたことは明らかであり、残額については、Aの責任で本件土地を第三者に売却し、その売却代金でAに対する債務を清算するという合意が本件合意解除時点でなされていたのであって、原告がAに対して返還債務を負うことになった時点で、本件売買契約の経済的成果は失われたと見るべきであると主張する。

ところで、課税の対象が私法上の行為それ自体ではなく、私法上の行為によって生じた経済的成果である場合には、その原因たる私法行為に瑕疵があっても、経済的成果が現に生じている限り、課税要件は充足され、課税は妨げられないと解すべきである。すなわち、仮に課税の原因となった私法上の行為に瑕疵があって無効とされる場合であっても、それが有効な場合と同様な経済効果が発生し、かつ、存続しているものと認められる以上、これを対象に所得税を課することは当然のことである(最高裁平成2年5月11日第2小法廷判決・税務訴訟資料176号769頁)。

本件の課税対象である譲渡所得は、本件売買契約によって原告が受領した2億3328万3900円の売買代金であり、原告は、この代金を受領したことによって、相続税を支払うなどの成果をあげることができたものである。

以下、原告が、本件合意解除によってその経済的成果を失っていないことについて述べる。

イ 9000万円が原告に還流しているにすぎないこと

(ア) 原告は、本件合意解除の時点において、売買代金返還のための金融機関から融資を受ける見通しがなく、実際に2億3328万3900円の売買代金は全く返還されなかった。

(イ) 原告は、本件合意解除から約2か月経った後、本件更正の請求の翌日に農協から9000万円を借りて、Aに9000万円を返還している。

しかし、原告は、この9000万円を借りたのは、税理士から売買代金を返還した形を作らないと更正の請求をしても認められないという指導を受けたからであると述べており、しかも、この9000万円は、原告が農協からの借り入れた当日に原告からAに返還され、その10日後にA役員の丙が、Aから9000万円を借りて原告に貸し付け、原告は同金員をもって上記農協からの借入金9000万円を返済している。すなわち、原告がAへ返還したと主張する9000万円は、更正の請求のために還流させることを意図して原告が農協から借り入れ、原告からA、同社役員の丙を経由して、再び原告に還流し、農協に返済されているのであって、経済的成果が失われたように形式を整えたものにすぎず、実質的に売買代金が返還されたとみることはできない。

(ウ) そして、A役員の丙が原告に貸し付けた9000万円については、平成15年8月27日現在においても、①丙は返済を受けた金額の認識がなく、具体的な返済計画もないこと、②丙は原告に対して返済の催告もしていないこと、③最終的な返済が完了していないことからして、帳簿上の操作として行われただけであって、実質的な返還義務が原告に生じていると見ることはできない。

(エ) また、原告は、平成11年7月以降、Aが分譲地を第三者に譲渡する度に相殺によって売買代金を返済していたように主張しているが、これらは、被告が本件通知処分を行った平成11年4月30日以降の事情であるとともに、帳簿上でのことで、実際に金員が原告からAに返還されたわけではなく、最初の売買契約によって2億3328万3900円の売買代金を受領したという原告の経済的成果は少しも失われていない。

ウ したがって、本件通知処分を行った平成11年4月30日時点において、原告の経済的成果が失われていないことは明らかである。

(原告の主張)

ア 原告が、本件合意解除の時点で、Aに対し、本件売買契約の売買代金を返還していなかったとしても、それは、上記売買代金の返還条件が一括とされていなかったからにすぎない。本件合意解除後、原告は、Aとの間で、新たに売買契約を締結し、上記の返還すべき売買代金と新たな売買代金とを精算することにより、実質的な返還を済ませている。

イ 本件合意解除の時点で、原告は、Aとの間で再び売買契約を締結する予定ではなく、本件土地を新たな買受人に売ることにより、売買代金を返還しようとしていたが、新たな買受人が見つからなかったことから、やむなくAとの間で再び売買契約を締結したにすぎない。2つの売買契約はそれぞれ別個の契約であり、しかも9000万円は、再び売買契約を締結する以前に返還しているのであるから、その後の精算と合わせて売買代金は返還されたというべきである。

ウ 原告は、Aに対し、平成11年4月30日以前には9000万円以外に返還していなかったが、これは、本件土地を売却し、その売買代金により支払うという条件があったことからの当然の帰結にすぎず、重大視すべき事情となるものではない。

第3  当裁判所の判断

1  本件の経緯

証拠(甲1ないし11、13の3、14、16ないし26、乙1ないし8の15、証人丙、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1)  原告は、平成2年に原告の父が死亡し、その相続税を納付する必要があったことから、本件土地及び本件譲渡土地を売却することとし、平成6年9月21日付けで、Aとの間で、売主を原告、買主をAとし、売買契約の予約をし、本件覚書を作成した。

なお、本件覚書には、「優良宅地(譲渡所得の特例のため)の認定を受けるための適切な行為をするものとする」と記載されていた。

(2)  原告は、平成6年10月25日付けで、Aとの間で、本件土地及び譲渡土地を対象とし、売買代金3億5763万8860円とする本件売買契約を締結した(甲4)。

本件売買契約書には、本件覚書に記載されていた「優良宅地(譲渡所得の特例のため)の認定を受けるための適切な行為をするものとする」旨の記載はなかった。

原告は、平成7年3月28日までに、Aから、上記売買代金を全額受領した。

(3)  原告は、本件売買契約について、措置法31条の2(本件特例)を適用(ただし、本件土地については、措置法31条の2第3項で規定する確定優良宅地等予定地としての適用。)し、本件確定申告をした。

本件確定申告書(乙8の1)には、一団の宅地等の用に供する旨の確約書(乙8の2)、設計説明書(乙8の3)、開発行為許可申請書(許可前のもの。乙8の4)、開発行為許可通知書(許可前のもの。乙8の5)、三芳町都市計画図(乙8の6)、現地写真(写し。乙8の7)、公図(写し。乙8の8)、住宅地図(写し。乙8の9)、区画割計画図(乙8の10)、測量図(乙8の11)、雨水排水計画図(乙8の12)、土留計画図及び断面詳細図(乙8の13)、給排水瓦斯引込計画及び土地利用計画図(乙8の14)、国土利用計画法不勧告通知書(乙8の15)が添付されていたが、上記乙8の2の確約書には、本件土地は「租税特別措置法31条の2第3項に規定する確定優良住宅地等予定地のために買い取ったものであり、その土地等を平成9年12月31日までに・・・の用に供することを確約します。」と記載されていた。

(4)  本件土地を含む区画整理事業は、B土地区画整理組合(以下「本件組合」という。)により行われていたが、Aは、本件組合の当初の事業計画をもとに本件土地の売買単価を算定していた。ところが、平成7年1月ころ、本件組合から当初の事業計画より大幅に上乗せされた減歩率と飛び地からなる換地先が提示された区画整理案が示された。同区画整理案に従えば、実際に本件土地の買主であるAが取得する土地は契約時に想定していた面積よりも大幅に減少し、採算割れを起こす危険があった。そこで、Aと原告は協議し、原告の名義で、本件組合に対し、区画整理案の見直しを求める意見書を提出することとし、原告は、平成7年2月20日付けで、本件組合理事長に対し、減歩率、換地先、土地利用について改善を求める旨の意見書(甲14)を提出した。

上記意見書に対し、本件組合は、換地先の変更に応じるのみであった。原告は相続税の支払のために本件売買契約を維持する必要があり、Aとしても売買代金について本件土地を担保に農協から借り入れていたため(甲15)に、本件土地の開発を急ぐ必要があったこと等から、最終的には、Aが採算割れを覚悟し、本件組合提案の減歩率に従うこととした。

そこで、原告は、平成8年1月12日、本件組合提案の区画整理案に承諾したが(甲16)、本件区画整理地内の道路工事が遅れていたため、本件特例の適用を受けるために必要な開発行為の許可決定書等を得ることができなかったことから、同日付けで、本件組合に対し、道路工事の施工を急いで欲しい旨の申し出をした(甲17)。また、原告は、平成8年8月6日付けで、本件組合理事長に対し、同様に、本件特例の適用のため必要があることから、上記道路工事の早期着工を求める旨の陳情をし、さらに、原告とAは、平成9年8月20日、三芳町長に対し、同様に、道路工事及び上下水道工事の早期着工の陳情をした(甲19)。

(5)  結局、原告は、平成9年12月31日までに、措置法31条の2第2項9号に規定する開発行為の許可を受けられなかったうえ、同条3項において認められた開発行為の許可を受ける期間の延長についても、期間延長に必要な所轄税務署長の承認(措置法施行令20条の2第15項6号)を、措置法施行規則13条の3第9項に規定された承認申請期限である平成10年1月15日までに所定の申請書等の提出をしなかったことから、本件特例の適用を受ける余地がなくなってしまった。

(6)  原告は、平成10年4月30日、被告に対し、措置法31条の2第7項に基づき、本件修正申告書を提出した。

さらに、原告とAは、協議を行い、本件土地の売買契約を合意解除することによって、予定していたよりも重くなった納税負担を解消できることを期待し、平成10年4月30日付けで、本件合意解除をした。

本件合意解除においては、解除の理由としては、本件土地が、区画整理事業の工事が平成7年3月末ごろ完了し、分譲可能の予定であったが、工事の進捗が大幅に遅れ、買主側の事業としての採算が成り立つ見込みが困難となり、売主側にも税法上の諸問題が生じたことにあるとされ、解除の原因は、役所の区画整理事業の遅れにあり、原告及びAのどちらにも責任が無く、円満に解約の合意がされたことが確認され、原告がAから受け取っていた金銭は、3か月以内に全額返還することとされた(甲5)。

(7)  原告は、Aから受け取った金銭は既に相続税の納付等にあててしまっていたことから、原告がAに対し、上記金銭を返還するためには、Aが原告に対し、本件土地を買い取る業者を紹介する必要があったが、本件解除後2か月を経過しても、上記業者が現れなかった。

そこで、原告が、Aに対し、弁済方法の変更を申し出た結果、原告とAは、平成10年6月30日、原告がA役員の丙から9000万円を借り入れて返済し、残金は本件土地の売却代金をもって清算することで合意した(甲6)。

さらに、原告は、平成10年7月になっても、Aから、上記の本件土地を売却することについて、何ら連絡がなかったことから、Aに対し、内容証明郵便により、本件土地をAが買い取ることを求めた(甲9)。

Aは、本件土地を売却してその売却代金で原告から返済を受ける以外に債権を回収する見込みがなかったことから、原告の要求に応じ、平成10年8月5日、原告とAは、再度、本件土地について売買契約を締結した(なお、Aは、平成10年7月21日、本件土地の開発許可申請を行った。)。そして、本件合意解約に基づく原告のAに対する金銭の返還は、Aが本件土地を分譲販売し、その売買代金と相殺することとされた(甲11)。

(8)  結局、Aと原告との間では、最初の9000万円の他に、残りの金額についても土地が売れる都度その代金を返還金に充当する扱いとされ、次のようにして代金返還がなされたとされているが、帳簿上の処理だけのことであり、実際に金員の授受がなされたことはなかった(甲22、23)。

平成10年6月30日 9000万円

平成11年7月30日 2500万円

平成11年8月31日 2500万円

平成12年1月28日 2500万円

平成12年2月10日 2500万円

平成12年3月10日 2500万円

平成12年7月25日 1828万3900円

(9)  他方、原告は、平成10年6月29日付けで、被告に対し、本件合意解除は、通則法23条2項3号、通則法施行令6条1項2号の規定に該当するとして、本件更正請求をしたが、被告は、平成11年4月30日付けで、更正の請求には理由がない旨の本件通知処分をした。

2  以上に基づく判断

(1)  本件売買契約に錯誤無効原因があることを理由とする本件通知処分の違法の主張について

ア 一般に、契約当事者の一方が契約が錯誤無効であると主張し、相手方がそれに同意して無効を確認したという場合、私的自治の尊重から、契約当事者間ではたやすく錯誤無効を認めても差し支えない。

しかし、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為に瑕疵があったとして無効・取消し等があった場合、納税義務者が租税行政庁に対して、どの範囲でその効果を主張し得るかはまた別個の問題である。

当裁判所は、本件において、仮に本件売買契約に錯誤による無効原因があったとしても、本件通知処分までに本件売買契約により生じた経済的成果が失われたとはいえないから、本件通知処分に違法はないと判断する。

その理由は以下のとおりである。

イ 所得税法152条、同法施行令274条によれば、確定申告書を提出した者(等)は、その年分の各種所得の金額(事業所得を除く。)の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われ、又は当該事実のうちに含まれていた取り消しうべき行為が取り消されたことにより、国税通則法23条1項各号の事由が生じた場合には、当該事実の生じた日の翌日から2月以内に限り、更正の請求ができるとしている。

ここにいう無効な行為の中には錯誤無効も含まれると解される(志場喜徳郎ほか編「国税通則法精解」平成12年改訂版314頁)。しかし、当該行為により代金受領等の経済的成果が発生している場合には、所得税法152条、施行令274条による錯誤無効を理由としての更正の請求が有効となるためには、特段の事由がない限り、おそくとも更正または更正の請求が理由がない旨の通知をするまでに当該経済的効果の除去(代金の返還等)をしておかなければならないと解せられる。なぜなら、当該行為が錯誤無効とされる場合であっても、経済的成果が発生しそのまま存続している場合などにおいては、課税は実質的負担力に着目して行われるものであるから、それに対しても課税が行われるべきであり、錯誤無効とされる結果、利得者には法律上利得の原状回復義務が生じるが、右義務が生じたというだけでは税法上所得が消滅したものと評価することはできず、現実に原状回復義務が履行されて経済的成果が失われたときに初めて減額更正の基礎となるべき所得の消滅を認定し得ると考えられるからであり、このことを所得税法152条、同法施行令274条は明記したものと考えられる(なお、国税通則法71条2号も同旨。)。

しかるところ、前記1(7)、(8)で認定したとおり、仮に、本件で平成10年6月30日に原告が農協から借りてAに渡した9000万円を代金の一部返還とみた場合にも、Aに返還すべき代金は2億3328万3900円であり、原告は本件通知処分までに返還すべき代金の4割に満たない金員を返還しているに過ぎない。そうすると、本件において、仮に本件売買契約に錯誤による無効原因があったとしても、原告について所得税法152条、同法施行令274条に定める「無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたとき」に当たる場合であるとは到底いえない。

そうすると、この点の原告の主張は理由がないことに帰する。

(2)  本件合意解除を原因とする通則法23条2項3号、同法施行令6条1項2号に基づく更正の請求について

ア 通則法施行令6条1項2号は、後発的事由による更正の請求に関し、通則法23条2項3号にいう「政令で定めるやむを得ない事由」とは「その申告(等)の基礎となった契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によつて解除され、又は取り消されたこと。」としているところ、被告は本件合意解除は上記「やむを得ない事情によって解除され」た場合に当たらないとし、原告は上記場合に当たるとしている。

当裁判所は、本件においては、本件合意解除について上記「やむを得ない事情」が存するかどうかはともかく、本件通知処分までに本件合意解除により生じていた経済的成果が失われたとはいえないから、原告の本件更正の請求に理由がないとした本件通知処分に違法はないと判断する。その理由は以下のとおりである。

イ 一般に、課税の対象が私法上の行為によって生じた経済的成果(例えば所得)である場合には、その原因たる私法行為に瑕疵があっても、経済的成果が現に生じている限り、課税要件は充足され、課税は妨げられないと解すべきであり、後に、原因たる行為の瑕疵を理由として経済的成果が失われた場合に、更正がされなければならない(金子宏「租税法」第8版増補版120頁参照。)。

そこで、当該行為により代金受領等の経済的成果が発生している場合には合意解除の結果、利得者には法律上利得の原状回復義務が生じるが、右義務が生じたというだけでは税法上所得が消滅したものと評価することはできず、現実に原状回復義務が履行されて経済的成果が失われたときに初めて減額更正の基礎となるべき所得の消滅を認定し得ると考えられる。そこで、契約の合意解除を原因とした通則法23条2項3号、同法施行令6条1項2号に基づく更正の請求が有効となるためには、特段の事由がない限り、おそくとも更正または更正の請求が理由がない旨の通知をするまでに当該経済的効果の除去(代金の返還等)をしておかなければならないと解するのが相当である(最高裁平成2年5月11日判決、訟務月報37巻6号1080頁参照)。

しかるところ、前記1(7)、(8)で認定したとおり、仮に、本件で平成10年6月30日に原告が農協から借りてAに渡した9000万円を代金の一部返還とみた場合にも、Aに返還すべき代金は2億3328万3900円であり、原告は本件通知処分までに返還すべき代金の4割に満たない金員を返還しているに過ぎない。そうすると、本件において、本件合意解除について通則法23条2項3号、同法施行令6条1項2号の「やむを得ない事情」が存する場合に当たるかどうかはともかく、本件通知処分までに本件合意解除により生じた経済的成果が失われたとはいえないから、原告の本件更正の請求に理由がないとした本件通知処分に違法はないというべきである。

ウ なお、付言するに、前記認定のとおり、原告とAは開発許可の遅れから本件特例の適用を受けられなくなったことから、予定していたより重くなった原告の納税負担の解消を期待して、平成10年4月30日付で本件合意解除をしたものであること、しかし原告は合意解除に伴う代金返還をすぐには実行できず本件土地を再度Aに売却し、その代金をもって返還することとし、Aが本件土地を分譲販売できた都度その売買代金と相殺することとして平成10年8月5日に第二の売買をしたことが認められる。これを全体としてみると、第二の売買は結局本件合意解除の撤回とほぼ同視できるものであって、本件通知処分当時、本件契約による原告の経済的成果の状態に特段の変動があったとは認めがたく、本件合意解除は単に原告の納税負担の解消のため形式的、便宜的に行われたにすぎないと評価されてもやむを得ない。したがって、この点からも原告の本件更正の請求に理由があると認めることはできないというべきである。

3  結論

以上の次第で、原告の請求は、理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 裁判官 菱山泰男)

別表

本件通知処分の経緯

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