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さいたま地方裁判所 平成14年(行ウ)24号 判決 2003年4月16日

主文

1  被告がした別紙差押目録記載の差押処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

主文同旨

第2  事案の概要

1  事案の要旨

被告は、株式会社ベストフーズ(以下「ベストフーズ」という。)が国税を滞納したが、ベストフーズが原告に譲渡担保に供した債権があったことから、譲渡担保権者であった原告に対し、国税徴収法24条1項、2項の規定により告知処分をした上、同条3項の規定により、譲渡担保の目的となる債権の一部である債権(以下「本件債権」という。)に関してなされた別紙供託目録記載の供託金の還付請求権について、別紙差押目録記載の差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。本件は、原告が、本件差押処分は違法であるとして、その取消しを求めた事案である。

国税徴収法24条6項によれば、譲渡担保権者が、譲渡担保権設定者の滞納国税の法定納期限等以前に譲渡担保財産となっている事実を、その財産の売却決定の前日までに証明すれば、譲渡担保財産から当該滞納国税を徴収することはできないところ、原告は、被告に対し、ベストフーズの滞納国税の法定納期限等以前に、本件債権が譲渡担保財産となった事実を証明したとしている。

本件の争点は、上記証明が国税徴収法24条6項所定の証明に該当するか否か、すなわち、本件債権が、滞納国税の法定納期限等以前に譲渡担保財産となったか否かにある。

2  基本的事実関係

(1)  ベストフーズは、原告(なお、原告は、平成14年9月1日に、株式会社ダイエーオーエムシーから、現在の商号である株式会社オーエムシーカードに商号を変更し、同月2日登記がされている。)との間で、平成9年3月31日、株式会社イヤマフーズ(以下「イヤマフーズ」という。)が原告に対して負担する一切の債務の担保として、次の内容の債権(以下「本件目的債権」という。)を原告に譲渡する旨の債権譲渡担保設定契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

ア 債権者 ベストフーズ

イ 債務者 株式会社ダイエー(以下「ダイエー」という。)

ウ 債権  債権者が債務者との間の継続的取引契約に基づき、(ア) 平成9年3月31日現在有する商品売掛代金債権及び商品販売受託手数料債権、(イ) 同日から1年の間に取得する商品売掛代金債権及び商品販売受託手数料債権

(2)  本件契約においては、約定の担保権実行の事由が生じたことに基づき、原告が第三債務者であるダイエーに対し譲渡担保権実行の通知をするまでは、ベストフーズが、その計算においてダイエーから本件目的債権の弁済を受けることができるものとされている。

(3)  ベストフーズは、ダイエーに対し、平成9年6月4日、確定日付のある内容証明郵便をもって、債権譲渡担保設定通知(以下「本件通知」という。)をし、同通知は同月5日にダイエーに到達した。同通知には、要旨、「ベストフーズは、同社がダイエーに対して有する本件目的債権につき、原告を権利者とする譲渡担保権を設定したので、民法467条に基づいて通知する。原告からダイエーに対して譲渡担保権実行通知(書面又は口頭による。)がされた場合には、この債権に対する弁済を原告にされたい。」旨の記載がされていた。

(4)  平成10年3月25日、ベストフーズが手形不渡りを出したことにより、イヤマフーズは原告に対する債務の期限の利益を喪失し、本件契約において定める担保権実行の事由が発生した。原告は、ダイエーに対し、同月31日、書面をもって本件契約について譲渡担保権実行の通知をした。

(5)  ベストフーズは、平成10年4月2日、銀行取引停止処分を受けて事実上倒産した。

(6)  国は、平成10年4月3日付け及び同月6日付けの差押通知書をダイエーに送達して、本件債権(同年3月11日から同月20日まで及び同月21日から同月30日までの商品売掛代金債権及び商品販売受託手数料債権)について、ベストフーズに対する滞納処分による差押えをした。

(7)  平成10年4月10日現在、ベストフーズが、別紙租税債権目録1記載のとおり合計1億6383万6882円(以下、同租税債権を「本件滞納国税」という。そのうち、本件債権の発生前に法定納期限等を徒過していた滞納国税(以下「本件国税」という。)は、同目録番号1ないし3記載のとおりであり、合計1億1891万7700円であった。乙3号証)の国税を滞納していたことから、被告は、同日、本件国税を国税徴収法24条1項の規定により徴収するため、同条2項の規定に基づき、譲渡担保権者である原告に対して、譲渡担保権者に対する告知書(以下「本件告知書」という。)により告知をした(乙6号証)。

(8)  ダイエーは、平成10年5月26日、本件債権について、債権者を確知することができないことを理由に、別紙供託目録記載のとおり、被供託者をベストフーズ又は原告とする供託をした。

(9)  原告は、被告に対し、平成10年5月27日付けで、国税徴収法24条6項に基づき、被告が本件目的債権を譲渡担保財産としたのは平成9年6月5日であり、滞納国税の法定納期限等以前である旨の「国税徴収法第24条第6項の証明について」と題する書面(甲5号証)を提出した(同書面のとおり、本件債権が、本件国税の法定納期限等以前に譲渡担保財産となったか否かがが本件の争点であり、この点については後に検討することとする。)。

(10)  ベストフーズは、平成10年6月25日、破産宣告を受けた。

(11)  原告は、国及びベストフーズ破産管財人Y1を被告とし、原告が別紙供託目録記載の各供託金について還付請求権(以下「本件供託金還付請求権」という。)を有することの確認を求める訴えを提起した。

東京地方裁判所及び東京高等裁判所は、いずれも原告の請求を棄却する旨の判決をしたが、最高裁判所第一小法廷(最高裁判所平成12年(受)第194号供託金還付請求権確認請求事件)は、平成13年11月22日、本件通知に第三者対抗要件としての通知の効力を認めて、原告の請求を認容する旨の判決をした。

(12)  関東信越国税局徴収職員は、平成13年11月22日現在、本件国税が、別紙租税債権目録2番号1ないし3記載のとおり合計1億5170万9875円となっており(乙4号証)、本件告知書を発した日から10日を経過した日までにその徴収しようとする金額が完納されなかったことから、同日、国税徴収法24条3項の規定に基づき、譲渡担保権者である原告を第2次納税義務者とみなし、譲渡担保財産である本件供託金還付請求権について本件差押処分をし(乙7号証の1)、同日、債権差押通知書をさいたま地方法務局大宮支局供託官に交付送達した(乙7号証の2)。

3  当事者の主張

(1)  被告

将来発生すべき債権(以下「将来債権」という。)の譲渡担保において、国税徴収法24条6項の譲渡担保財産となった時とは、譲渡担保契約締結時ではなく、譲渡担保の目的債権が現実に発生した時であると解すべきところ、本件債権は、本件国税の法定納期限等後に発生し、その時点で譲渡担保財産となったものであるから、同条項を適用することはできない。その理由は、次のとおりである。

ア 納税者の財産が譲渡担保の目的とされた場合、その財産は納税者の責任財産外のものとすると、譲渡担保財産から租税を徴収することができず、法律上の担保制度ではない譲渡担保のみが租税に常に優先することとなり、不当な結果をもたらすこととなる。他方、私法秩序の尊重という側面からすれば、他の法定担保物権である質権、抵当権等と同様、担保権者が予測できない国税の発生により不当にその利益を侵害されることを防止する措置を講ずる必要がある。そこで、すべての担保制度が租税の徴収の面からはできる限り同一の取扱いを受けることが望ましいという観点に立ち、譲渡担保の特殊性をも考慮した結果、国税徴収法24条が規定されたのである。

そして、国税徴収法24条6項は、法定納期限等以前に譲渡担保財産となった場合には同条1項の規定を適用しないこととし、国税と譲渡担保の被担保債権との調整を図ったものであるが、これは、譲渡担保権者が国税の存在を知り得ない時期に担保の設定を受けた財産についてまで国税が優先することとなると、譲渡担保権者が不測の損害を受けることになりかねないという利益衡量に基づくものである。

イ 将来債権も含まれる集合債権譲渡担保の場合、国税徴収法24条6項の譲渡担保財産となった時点を譲渡担保契約時と解すると、いったん集合債権の譲渡担保契約を締結しさえすれば、その目的債権についてはいかに法定納期限等に遅れて発生するものであっても常に譲渡担保権者が優先することとなるが、そうすると、譲渡担保権者の予測可能性の保護という同条の趣旨を超え、実質的に徴収不能財産を創出することとなり、国税の引当てとなる財産が原則として納税者の総財産であることを前提として、国税の一般的優先の原則を定めた国税徴収法の趣旨を没却することとなる。

ウ これに対し、国税徴収法24条6項の適用上、具体的な債権発生時に譲渡担保財産となると解するならば、それが国税債権の法定納期限等後である場合には国税債権が優先することとなるが、譲渡担保権者としては集合債権譲渡担保の目的債権のうち国税の法定納期限等までに発生した債権から被担保債権の回収を図ることができるから、同条項の基礎となっている利益衡量に適することとなる。

(2)  原告

ア 将来債権を目的とする債権譲渡契約が締結された場合、その譲渡の効力は、当該債権が現実に発生した時ではなく、契約締結と同時に発生するというべきであるから、将来債権の譲渡担保の場合、その目的債権は、譲渡担保契約締結時に譲渡担保財産となると解するのが相当である。

したがって、本件債権は、法定納期限等前の本件契約時に譲渡担保財産となったというべきであるから、国税徴収法24条6項により、同条1項を適用することはできない。

イ 国税徴収法は、租税徴収の確保と私法秩序の尊重とを大きな眼目とするところ、この両者の調整については、私法上の権利の公示の原則と租税確定の効果とを両立させることによって図っている。ここでいう公示の原則とは、物権変動あるいは債権譲渡の対抗要件そのものを指すのであり、そうすると、国税徴収法24条6項は、法定納期限等と譲渡担保の対抗要件の先後をもって租税債権と私債権との調整を図った規定であると解すべきである。

したがって、原告は、法定納期限等に先立ち、本件契約について対抗要件を具備したのであり、本件債権は、法定納期限等以前に譲渡担保財産になったというべきであるから、国税徴収法24条6項により、同条1項を適用することはできない。

第3  争点に対する判断

1  国税徴収法は、納税者が債務を履行しない場合における国税と他の債権の優先関係について、原則的には国税が優先するとするが(同法8条)、私法秩序の尊重と租税徴収確保の要請との調整を図る趣旨から、法定納期限等以前に設定された質権、抵当権等によって担保されている債権(被担保債権)については、これらの担保の目的とされている特定財産の換価代金から国税に優先して弁済を受けることができるとしている(同法15条、16条、19条、20条、23条)。上記の規定は、法定納期限等の時期においては、租税の額が具体的に確定することから、納税者及びその債権者又は債権者となろうとする者が、原則として具体的に国税の存在を知りうると解した上、これを基準として、担保権者の権利を侵害しないよう、公示の原則を考慮して国税と被担保債権との調整を図ったものと解される。

2  譲渡担保の場合も他の担保権と同様、法定納期限等と担保権設定時期を基準として、私法秩序の尊重と租税徴収確保の要請との調整を図り、さらに、譲渡担保契約が財産の「譲渡」による担保であるという法的性質を尊重している。すなわち、譲渡担保の設定者が国税を滞納した場合において、その者の財産につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認めるときに限り、譲渡担保財産から納税者の国税を徴収するとの規定を置いている(国税徴収法24条1項)が、法定納期限等より前に設定された譲渡担保については、この規定を適用しないこととしている(同条6項)。

3  以上のとおり、国税と譲渡担保に係る被担保債権との優劣関係については、国税の法定納期限等と譲渡担保財産となった時期の先後関係により決することとなるが、金銭債務の担保として既発生債権及び将来債権を一括して譲渡するいわゆる集合債権譲渡担保の場合、譲渡担保契約時に将来債権である目的債権が未発生であることから、譲渡担保財産となった時期をいつと解するかが問題となる。

ところで、集合債権とは、一定の識別基準で範囲を画される既発生、未発生の指名債権群をいうものであり、企業の取引活動において債権譲渡の法形式を用いて集合債権を担保化する実務が今日広く行われてきていることは公知の事実である。そして、集合債権譲渡担保契約の場合、担保設定者が正常な活動を続けている限りは、担保設定者が目的債権を取り立てることが許容され、目的債権が発生の前後により順次入れ替わることは当初から予定されており、一定の信用上の問題が発生して初めて、担保権者が未発生の債権を取り立てて債権に充当するという形態が通例となっている。しかし、このような場合でも、債権譲渡の効力は、既発生のもののみならず将来生ずべきものについても契約時に確定的に発生しており、ただ、正常な経営が続いている間は担保権者は担保設定者に取立権限を内部的に許容しているにすぎないと解するのが相当であり、このような取立権限に関する内部的合意があることが、契約時に確定的に債権移転の効果があったと認定することの妨げとなるものではない。

そして、いわゆる集合債権譲渡担保契約における債権譲渡の第三者に対する対抗要件としては、指名債権譲渡(民法467条2項)の対抗要件の方法によることとされていることからすれば(最高裁第一小法廷平成13年11月22日判決、民集55巻6号1056頁参照)、法定納期限等以前に、集合債権譲渡担保契約が締結され、かつ、上記の第三者に対する対抗要件を具備した場合には、将来生ずべき債権についても譲渡担保権者は国税に優先するとみるのが相当である。けだし、この場合、譲渡担保権者は、譲渡担保契約により種類、期間等で範囲を画され、譲渡担保の目的となった債権については法定納期限等の前後を問わず、将来発生すべきものを含めて全体的・確定的に譲渡されて担保財産となったと理解するのが普通と考えられるからである。

実質的にみても、集合債権譲渡担保においては、通常、目的債権は日々の取引において生じる売掛代金債権等であることから、他に不動産等の担保が存しない場合、当事者としては法定納期限等の前後を問わず将来発生する債権の全体を考えて担保価値を把握するものと考えられる。それにもかかわらず集合債権譲渡担保において譲渡担保財産となった時期を債権が発生した時期とし、法定納期限等以前に対抗要件を具備した場合でも法定納期限等後に発生した将来債権については国税に劣後すると解した場合には、実務上広く認められた集合債権譲渡担保の担保価値を有名無実化してしまうおそれがある。

4(1)  これに対し、被告は、集合債権譲渡担保の場合、国税徴収法24条6項の譲渡担保財産となった時期を譲渡担保契約時と解すると、いったん長期にわたる集合債権の譲渡担保契約を締結しさえすれば、その目的債権が法定納期限等に遅れて発生するものであっても常に譲渡担保権者が優先することとなることから、実質的に徴収不能財産を創出することとなり、国税徴収法の趣旨を没却する旨主張する。

(2)  しかしながら、上記のような結論から国税徴収の観点からみて不当に不都合な結果をもたらすというのであれば、別途立法的な解決が図られるべきであるし、契約締結時における譲渡担保設定者の資産状況、その当時における譲渡担保設定者の営業等の推移に関する見込み、契約内容、契約が締結された経緯等を総合的に考慮し、将来の一定期間に発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約について、上記期間の長さ等の契約内容が譲渡人の営業活動等からみて社会通念に照らし相当とされる範囲を著しく逸脱し又は他の債権者に不当な不利益を与えるものであると見られるなどの特段の事情の認められる場合には、当該集合債権譲渡担保契約につき公序良俗に反するなどとして、その効力の全部又は一部が否定されることがあるというべきである(最高裁第三小法廷平成11年1月29日判決、民集53巻1号151頁参照)。また、契約の経緯、内容等からみて、もっぱら徴収不能財産を創出し、国税徴収権に不利益を与える意図の下に脱法目的で集合債権譲渡担保契約が締結されたとみられるような事情が窺えるときは、当該契約の全部又は一部を否定することも考えられる(ただし、本件においては、全証拠によるも、本件契約について公序良俗違反あるいは脱法目的等の理由でその効力の全部又は一部を無効とすべき事情を見出すことはできない。)。

そうすると、被告の主張を斟酌しても、前記判断を左右するものではないといわざるを得ない。

(3)  以上の事情を総合考慮すれば、被告の主張を採用することはできない。

5  そうすると、基本的事実関係のとおり、本件国税の法定納期限等以前に、本件契約が締結され、かつ、第三者に対する対抗要件を具備したものであるから、本件債権は、本件法定納期限等以前に、国税徴収法24条6項の譲渡担保財産となったと解するのが相当である。

そして、基本的事実関係のとおりの事実経過及び弁論の全趣旨によれば、譲渡担保権者である原告は、本件国税の法定納期限等以前に譲渡担保財産となっている事実を、その財産の売却決定の前日までに証明したと認められるから、本件において、国税徴収法24条1項を適用することはできず、本件差押処分は違法というべきである。

6  結論

よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(別紙)

差押目録

国税徴収法24条1項を理由とする下記の債権差押

差押債権    原告が有する別紙供託目録記載の供託金の還付請求権及び債権差押通知書到達日までの利息の支払請求権

(主たる納税者 さいたま市<以下省略> 株式会社ベストフーズ破産管財人Y1の譲渡担保財産の追及に係るもの)

差押処分庁   関東信越国税局長

差押処分日等  通知書に記載された年月日  平成13年11月22日

通知を受けた年月日     平成13年11月26日

(別紙)

供託目録

1 供託所      浦和地方法務局大宮支局

供託年月日    平成10年5月26日

供託番号     平成10年度金第294号

供託金額     1億3834万3792円

供託者      株式会社ダイエー

被供託者     株式会社ベストフーズ又は原告

2 供託所      浦和地方法務局大宮支局

供託年月日    平成10年5月26日

供託番号     平成10年度金第295号

供託金額     1億4378万3031円

供託者      株式会社ダイエー

被供託者     株式会社ベストフーズ又は原告

別紙 租税債権目録1

<省略>

別紙 租税債権目録2

<省略>

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