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さいたま地方裁判所 平成14年(行ウ)39号 判決 2003年2月19日

原告

被告

越谷市長 板川文夫

越谷市

同代表者市長

板川文夫

被告ら訴訟代理人弁護士

菊地賢一

渡邉興

主文

1  被告越谷市長が原告に対して平成14年7月9日にした転入届不受理処分を取り消す。

2  被告越谷市は、原告に対し、金10万円及びこれに対する平成14年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告の被告越谷市に対するその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、原告に生じた費用の2分の1と被告越谷市長に生じた費用を被告越谷市長の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告越谷市に生じた費用を10分し、その1を被告越谷市の負担とし、その余を原告の負担とする。

5  この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第3 争点に関する当裁判所の判断

1  争点1(埼玉県知事の裁決を経ていない本件不受理処分取消しの訴えの適法性)について

(1)  法令の規定

住基法の規定により市町村長がした処分に不服がある者は、都道府県知事に審査請求することができ、この場合においては異議申立てをすることもできる(同法31条の3)が、同条所定の処分の取消しの訴えは、当該処分についての審査請求の裁決を経た後でなければ提起することはできない(同法32条)とし、いわゆる裁決前置主義(行訴法8条1項ただし書)を採用している。

ただし、審査請求があった日から3か月を経過しても裁決がないとき(行訴法8条2項1号)、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき(同法同条2項2号)、その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき(同法同条2項3号)は、裁決を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができる。

(2)  これを本件についてみると、前記争いのない事実等及び弁論の全趣旨によると、平成14年7月26日、原告は、埼玉県知事に対して、本件不受理処分の取消しを求める審査請求をしているが、本件不受理、処分取消しの訴えが提起された同年8月22日において埼玉県知事の裁決はされておらず、本件口頭弁論終結日(平成14年12月4日)までにも同裁決はされていないと認められる。

そうすると、本件不受理処分取消しの訴えは、訴え提起時においては住基法32条に違反する不適法な訴えであるが、その後残審査請求があった日から裁決がされないまま3か月が経過したことは明らかであり、本件不受理処分についての裁決がされないまま審査請求があった日から3か月が経過した時点で行訴法8条2項1号により原告は適法に訴えを提起することが可能になったのであるから、上記瑕疵は治癒されたと解するのが相当である。

(3)  したがって、本件不受理処分の取消しの訴えは、埼玉県知事の裁決を経ていないが、適法な訴えである。

2  争点2(本件不受理処分の適法性)について

(1)  法令の定め

ア  住民基本台帳制度

地方自治法13の2は、「市町村は、別に法律の定めるところにより、その住民につき、住民たる地位に関する正確な記録を常に整備しておかなければならない。」と規定しており、住基法はこれを受けて制定されたものである。

住基法は住民基本台帳制度について規定しており、同法によると同制度は、市町村(特別区を含む。以下「市区町村」という。)において、住民の居住関係の公証、選挙人名簿の登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とするとともに住民の住所に関する届出等の簡素化を図り、あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行うものとして設けられた制度であって、住民の利便を増進するとともに、国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とするものである(同法1条)。

上記目的を達成するために、市区町村長は、常に住民基本台帳を整備し、住民に関する正確な記録が行われるように努めるとともに、住民に関する記録の管理が適正に行われるように必要な措置を講ずるよう努めなければならないと定められており(同法3条1項)、市区町村は住民基本台帳を備えるものとされ(同法5条)、市区町村長は住民票を編成して住民基本台帳を作成する義務を負っている(同法6条1項)。

イ  住民票の記載等

住民票には、同法7条各号所定の氏名、出生の年月日、男女の別等の事項を記録することとされている(同法7条)。

住民票の記載、消除又は記載の修正(以下「記載等」という。)は、法令で定めるところにより、住基法の規定による届出に基づき、又は職権で行うこととされている(同法8条)。

そして、市区町村長は、転入(新たに市区町村の区域内に住居を定めることをいう。出生による場合は除く。以下同じ。)をした者その他新たにその市区町村の住民基本台帳に記録されるべき者があるときは、その者の住民票を作成しなければならないとされ(同法施行令7条)、また、住基法の規定による届出があったときは、当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して、住民票の記載等を行い(同法施行令11条)、届出がないときには、当該記載等をすべき事実を確認して、職権で住民票の記載等をしなければならないと規定されている(同法施行令12条)。

ウ  転入に関する届出

住民は、常に住民としての地位の変更に関する届出を正確に行うように努めなければならず、虚偽の届出その他住民基本台帳の正確性を阻害するような行為をしてはならない(住基法3条3項)。

そして、転入をした者は、転入をした日から14日以内に、氏名、住所、転入をした年月日等を市区町村長に届け出ることが義務付けられており(同法22条1項)、正当な理由がなく、これに違反した場合には、5万円以下の過料に処せられることとされている(同法51条2項)。

エ  関係法令

一方、公職選挙法によれば、選挙人名簿に登録されるためには、その者に係る住民票が作成された日から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されていることを要し(同法21条1項)、選挙入名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は原則として投票することができないこととされている(同法42条1項)。

また、国民健康保険法は、市町村の区域内に住所を有する者を当該市町村が行う国民健康保険の被保険者とすると定め(同法5条)、国民健康保険の被保険者の属する世帯の世帯主に対し、その世帯に属する被保険者の資格の取得及び喪失に関する事項等を市町村に届け出ることを義務付けている(同法9条1項)が、住基法22条から25条までの規定による届出(転入届、転居届、転出届又は世帯変更届)に国民健康保険の被保険者であることを証する事項で同法施行令27条1号に定める事項を付記すれば、国民健康保険法9条1項に規定する市町村に対する届出があったものとみなされる(同法9条10項、住基法28条)。

したがって、転入届が受理されないと、別途届出をしない限り、国民健康保険の被保険者として事実上取り扱われないこととなる。

(2)ア  以上の住基法及び同法施行令並びに上記(1)エの関係法令の定めからすれば、転入をした者について市区町村長が住民票を調製し、住民基本台帳に記録する行為は、あくまでその者が新たに市区町村の区域内に住所を定めたという事実が存在する場合に、その居住関係を公証するとともに、選挙人名簿への登録その他の住民に関する事務の処理の基礎とし各種行政事務の結合を強化し、あわせて住民に関する記録の適正な管理を図るため、住民に関する記録を正確かつ統一的に行うことを目的として行われるものである。

そして、転入をした者が届け出なければならない事項は、氏名、住所、転入年月日及び従前の住所等の居住関係に関する事項に限られ(住基法22条1項)、市区町村長は当該届出の内容が事実であるかどうかを審査して住民票の記載を行うものとされており(同法施行令11条)、上記居住関係以外の事項を住民票の作成及び住民基本台帳に記録するための要件とすることを定めた規定は見当たらない。

イ  以上からすれば、市区町村長は、転入の届出があった場合、当該届出に係る居住関係に関する事項が事実である限り、その内容に従ってその者の住民票を作成し、住民基本台帳に記録する義務を負っているものというべきである。

ウ  被告らは、市区町村長の有する転入届の審査権限は、地域の秩序が破壊され住民の生命や身体の安全が害される危険性が認められるか否かといった事項にも及ぶ実質的審査権限であって、市区町村長は、そのような特別な事情がある場合には非常措置として転入届を受理しないことができると主張する。

しかし、前記のとおり、住民基本台帳制度は、基本的に住民の居住関係の公証や住民に関する記録の適正な管理を目的とする制度であって、地域の秩序維持や住民の安全確保を直接の目的とするものではなく、しかも、市区町村長が転入届を受理せずに住民票の作成及び住民基本台帳への記録を拒否したからといって、当該転入届をした者の当該市区町村における居住が禁止される等の法的効果が生じるものではない。そうすると、住基法が、被告らの主張するような事項を考慮して、適法に行われた転入届を不受理とし、住民票の作成を拒否する権限を与えていると解することはできない。

したがって、被告らが主張するような事情をもって本件不受理処分を正当化することは是認できない。

(3)  本件においては、争いのない事実等に加え、〔証拠略〕によれば、原告は平成14年6月10日以降本件口頭弁論終結時である同年12月4日まで本件住居に居住していること、同年7月9日、原告は、転入に関する届出を被告越谷市長に対して行っていることの各事実が認められる。

そうすると、被告越谷市長は原告の住民票を作成し、住民基本台帳に記録する義務を負っているのであり、被告越谷市長の本件不受理処分は住基法に反する違法なものである。

(4)  なお、下記のとおり、被告らのア、イの主張は採用し得ない。

ア  被告らは、地方自治法2条12項所定の「地方自治の本旨」には、住民官治の原則が含まれているとし、要するに、オウムないしアレフ信者の転入に対して地域住民が不安感や恐怖感を訴え反対運動をしている等の住民の意思を反映して、行政は転入届を受理する際、周辺地域の秩序の破壊、地域住民の生命、身体の安全に対する危険を考慮できるとするものであると主張する。

しかしながら、行政は転入届を受理する際、周辺地域の秩序の破壊、地域住民の生命、身体の安全に対する危険を考慮できるという解釈を法令が許容していないことは前述のとおりであるから、被告らの上記主張は採用できない。

イ  被告らは、地方自治法10条1項所定の「住民」とは、消極的な意味では、地域住民との関係で、地域社会の存続に対して、根本において反するような者であってはならず、最低限、地域社会との関わりの中で集団的危険性がない者であることを読み込むべきであると主張する。

しかし、前記のとおり、住基法及び同法施行令その他関係法令において、地域社会との関わりの中で集団的危険性がない者であることを転入届の受理の要件として明示しているものは見当たらず、かつ、市区町村長は、転入の届出があった場合、当該届出に係る居住関係に関する事項が事実である限り、その内容に従ってその者の住民票を作成し、住民基本台帳に記録しなければならない義務を負っているものと解されるのであるから、「住民」(地方自治法10条1項)の解釈につき、地域社会との関わりの中で集団的危険性がないものであるとの要件を読み込むことはできない。

のみならず、市区町村の住民基本台帳への記録は、地方自治法10条1項に規定する住民についてされるものである(住基法4条)ところ、住民基本台帳は国民健康保険の被保険者の資格の基礎になり(同法7条10号。また、国民健康保険法5条、住基法28条参照)、また、選挙人名簿の登録は住民基本台帳に記録されている者で選挙権を有する者について行うとされている(同法15条。また、公職選挙法21条1項参照)等、住民票の作成及び住民基本台帳に記録されることは、選挙権の行使や各種行政サービスの受給などの住民の基本的な権利保障に関する手続であるということができ、転入届が受理されないと、選挙権が行使できず、各種行政サービスを受けることができないのであって、基本的権利が制約される結果が生ずることになる。そして、法律の根拠なくして、かかる権利の制約をすることができないのはいうまでもない。

そうすると、被告らの上記主張は採用することはできない。

(5)  小括

したがって、被告越谷市長の本件不受理処分は違法であり、取り消されるべきものである。

3  争点3(国家賠償法上の違法の有無)について

行政処分の違法は当該処分要件を欠くことをいうが、国家賠償法上は、行政庁が当該処分要件を認定、判断する上において、職務上の法的義務を尽くすことなく漫然と当該処分をしたと認め得るような事情がある場合に限り、違法の評価を受けるから(最高裁判所昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁、最高裁判所平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)、住基法に基づいて転入届の受理不受理の行政処分を行う市区町村長の権限行使に国家賠償法上の違法があるかどうかについては、被侵害利益の種類、性質、侵害行為の態様及びその原因、行政処分の発動に対する被害者側の関与の有無、程度並びに損害の程度等の諸般の事情を総合的に判断して決すべきである。

これを本件についてみるに、本件不受理処分による被侵害利益の種類及び性質は、申請権という手続的権利であるが、その手続的権利によって実現しようとする原告の利益は、選挙権の行使や各種行政サービスの受給等の住民の基本的な権利であること、被告越谷市長の侵害行為の態様は確定する判例理論に違反するものであること、本件不受理処分そのものに対する原告側の関与は特に資料の不提出など非協力的なものではないこと、原告側の損害の程度は後述する生活上の支障であることなどの事情を総合考慮すれば、被告越谷市長が地域住民の不安解消等を意図したとしても、同被告が職務上通常尽くすべき法的義務を尽くすことなく漫然とその行為をしたとの評価、したがって、本件不受理処分が国家賠償法上違法との評価を受けざるを得ないというべきである。

4  争点4(被告越谷市長の過失の有無)について

(1)ア  争いのない事実等に加えて、〔証拠略〕によれば、オウムないしアレフ信者の転入届不受理処分の違法性に関して、平成13年に日本弁護士連合会が被告越谷市を含む市区町村に対して人権救済申立調査報告書(〔証拠略〕)を作成し、また、被告越谷市長を含む19の市区町村長に勧告書(〔証拠略〕)を送付する等していたこと、下級裁判所(〔証拠略〕)において、市区町村長は、転入の届出があった場合、当該届出に係る居住関係に関する事項が事実である限り、その内容に従ってその者の住民票を作成し、住民基本台帳に記録する義務を負っているとの判断を示し、転入届不受理処分を取り消していることの各事実が認められる。

そして、上記各認定事実並びに住基法及び同法施行令の規定に照らせば、被告越谷市長は、居住の事実があれば、転入届を受理して住民票を作成し、住民基本台帳に記録する義務を負うものであることを容易に認識できたのであり、かつ、被告らが主張するような事情を考慮して非常措置として転入届を不受理とすることができると解釈したことについて相当な根拠があったということはできない。

イ  なお、被告越谷市は、被告越谷市長が採用した解釈の根拠として前記東京高等裁判所平成13年4月20日決定を挙げる。

しかしながら、平成13年6月14日、最高裁判所は、市区町村長が住基法に基づき住民票を調製するに際して、地域の秩序が破壊され住民の生命や身体の安全が害される危険性が高度に認められるような特別の事情についての審査権限を有するとは必ずしも言い難いとして、上記東京高等裁判所の決定を破棄しており(〔証拠略〕)、被告越谷市長は、本件不受理処分当時すでに上記最高裁判所の決定を知り得たものであるから、上記東京高等裁判所の決定をもって、被告越谷市長が相当な根拠に基づいて本件不受理処分をしたと認めることはできない。

(2)  したがって、違法な本件不受理処分を行ったことについて、被告越谷市長には過失があったことが認められる。

(3)  小括

以上によれば、被告越谷市は、国家賠償法1条1項に基づき、被告越谷市長の本件不受理処分により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

5  争点5(原告が本件不受理処分によって被った損害の額)について

(1)ア  前記争いのない事実等に加えて、〔証拠略〕によれば、本件不受理処分により、原告は、選挙権の行使ができず、国民健康保険証が交付されないため健康保険が利用できず、印鑑登録証明書の交付が受けられず、運転免許証の更新手続ができない等の状態に置かれたこと、これにより生活上の支障が生じたことの各事実を認めることができる。

そして、選挙権の行使や各種行政サービスの受給等は住民の基本的な権利保障に関する手続であるということができ、かかる基本的権利が制約された状態にあるというのであるから、これにより生活上の支障を生じた原告は、精神的苦痛を受け、また、将来に対して不安を抱いたものと認めることができる。

イ  もっとも、本件不受理処分の日である平成14年7月9日から口頭弁論終結日である同年12月4日までの間に公職選挙法に基づく選挙は実施されておらず(公知の事実)、原告が現実に選挙権を行使することができなかったという事情はない。

また、被告越谷市長は、オウムないしアレフ及び原告に関して、オウム信者の幹部が地下鉄サリン事件をはじめとする重大事件を引き起こしたこと、公安調査庁の報告によると、いまだ多くの教団信者が麻原の説法集を使用し、同人が説いた修行方法を復活させる動きがあること、オウムないしアレフ信者の転入に対して地域住民が不安を感じ、反対運動が起きていること、原告はオウム国際部隊の中心的人物である等の報道がされていたこと等の事情を考慮して、本件不受理処分を行ったものであり、これらの事情は、前述のとおり、本件不受理処分を適法とするものではないが、慰謝料算定の事情になるものと考える。

(2)  以上の諸事情を総合考慮すれば、原告が被った精神的苦痛等に対する慰謝料としては10万円を認めるのが相当である。

(3)  小括

よって、被告越谷市は、原告に対して、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償(慰謝料)として10万円及び不法行為(本件不受理処分)の日である平成14年7月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

6  結論

以上のとおりであって、原告の被告越谷市長に対する本件不受理処分の取消しを求める請求並びに被告越谷市に対する損害賠償請求は慰謝料10万円及びこれに対する本件不受理処分の日である平成14年7月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で理由があるからこの限度で認容し、その余の損害賠償請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条本文、65条1項ただし書を、仮執行の宣言につき同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 馬場潤)

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