さいたま地方裁判所 平成14年(行ウ)41号 判決 2004年2月18日
原告 甲
同訴訟代理人弁護士 大谷庸二
被告 大宮税務署長
櫻井恒男
同指定代理人 新谷貴昭
同 引地俊二
同 石川利夫
同 内田健文
同 山畑正
同 若山政行
同 富井桂次
同 関野和宏
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が、平成12年5月12日付けでした、原告の平成11年分の所得税の過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
原告は、平成11年分の所得税について、法定申告期限内に確定申告をしたが、同申告において納付すべき税額を誤って記載していたことが判明したため、修正申告をしたところ、被告は、原告に対し、過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件処分」という。)をした。
本件は、原告が、加算税制度の趣旨等に照らせば、国税通則法(以下「通則法」という。)65条1項は適用されない、仮に同条項が適用されるとしても、その免除規定である同条4項及び5項が適用されるなどとして、本件処分の取消しを求める事案である。
2 基本的事実関係(証拠等の摘示のない事実は、争いのない事実である。)
(1) 本件処分の経緯
ア 原告は、春日部税務署長に対し、平成12年3月の法定申告期限内に、平成11年分の所得税の確定申告書(以下「本件確定申告書」といい、本件確定申告書による確定申告を「本件確定申告」という。)及び平成11年分所得税青色申告決算書(以下「本件決算書」という。)を提出した。
イ 原告の平成11年分の所得税における収入金額は、本件決算書に記載されていたように、2億1153万1013円であり、納付すべき税額は3277万8400円であったが、本件確定申告書では、収入金額を1億2153万1013円と記載し、これを前提に所得税額を963万6380円と計算されたため、源泉徴収税額990万7881円等を控除すると納付すべき税額は、-52万1501円(還付)と記載されていた。
ウ 被告係官は、平成12年3月24日ころ、原告が本件確定申告を依頼した乙税理士(以下「乙税理士」という。)に対し、本件確定申告について電話をかけたところ、乙税理士は、同電話(以下「本件架電」という。)により、本件確定申告書の誤記に気付き、修正申告が必要であることを確認した。
エ 原告は、平成12年4月4日、当時の所轄税務署長である春日部税務署長(原告は、平成13年3月1日、春日部税務署の管轄地から、大宮税務署の管轄地である現住所に転居した。以下「被告」という場合は、転居前においては春日部税務署長を、転居後においては大宮税務署長を示す。)に対し、平成11年分の所得税の修正申告書(以下「本件修正申告書」といい、本件修正申告書による修正申告を「本件修正申告」という。)を提出した。
オ 被告は、平成12年5月12日付けで、原告に対し、過少申告加算税賦課決定(本件処分)をした。
本件処分の経緯は、別表のとおりである。
(2) 本件処分における過少申告加算税の算出根拠(弁論の全趣旨)
被告は、本件処分において、原告が納付すべき過少申告加算税額を、通則法65条1項に基づき、本件修正申告により原告が新たに納付すべきこととなった税額3329万円(ただし、同法118条3項により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に100分の10の割合を乗じて算出した金額332万9000円と、同条2項に基づき、上記新たに納付すべき税額のうち期限内申告額938万6380円を超える部分に相当する金額2391万円(ただし、同法118条3項により1万円未満の端数を切り捨てた後のもの)に100分の5の割合を乗じて算出した金額119万5500円との合計額452万4500円として算出した。
なお、原告の期限内申告税額に相当する金額の計算は、原告の平成11年分の所得税の確定申告に係る税額(還付)△62万5901円に、源泉徴収税額990万7881円及び予定納税額10万4400円を加算した額である。
3 当事者の主張
(1) 通則法65条1項(なお、原告は、同条項に加え、同条2項の適用も問題とするが、同条2項は、同条1項が適用されることを前提とするものであるから、同条1項の適用を問題にすれば足りる。)の適用の有無について(争点1)
(被告の主張)
ア 過少申告加算税の趣旨等について
(ア) 申告納税方式
申告納税方式とは、納付すべき税額が納税者のする申告によって確定することを原則とし、その申告のない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律に従っていなかった場合、その他当該税額が税務署長等の調査したところと異なる場合に限り、税務署長等の処分によって確定する方式をいう。
(イ) 過少申告加算税の趣旨
a 申告納税方式のもとでは、納税者自らが法定申告期限までに適正な申告と納税を行うことが予定されており、適正な申告をしない者に対しては、当初から適正な申告をした者との間に生じる不公平を是正するため、更正又は決定によって本税の是正を図るほか、一定の制裁を加え申告秩序の維持を図ることが要請される。加算税制度は、上記要請に応えるため、「納税義務違反の発生を防止する行政の措置」として置かれたものである。
b このような過少申告加算税の制度、趣旨に照らすと、修正申告書の提出があった場合には当初適正な申告がなかったものとして、原則として過少申告加算税が課されるのであり、たとえ、その誤った確定申告書の提出が納税者の過失に起因する場合であったとしても、その過失が過少申告加算税の免除規定(通則法65条4項及び同条5項)に該当しない限り、過少申告加算税は賦課されることとなる。
このことは、通則法65条4項の免除規定の適用について、「納税者の故意過失に基づかずして過少申告となった場合」と解され、納税者の故意過失があった場合には法律に定められた免除規定の適用すら排除されていることからも明らかというべきである(東京地裁平成7年3月28日判決・訟務月報47巻5号1207頁、その控訴審である東京高裁平成7年11月27日判決・訟務月報47巻5号1222頁、その上告審である最高裁平成11年6月10日第1小法廷判決・判例時報1686号50頁参照)。
イ 過少申告加算税の課税要件等
(ア) 課税要件(通則法65条1項)
過少申告加算税が課される要件は、①申告納税方式による国税について、所定の申告書の提出があったことであり、②同申告書に係る課税標準又は税額等について更正又は修正申告書の提出があり、かつ、これらにより納付すべきこととなる税額があることである。
(イ) 過少申告加算税の賦課
過少申告加算税に係る課税要件が満たされた場合、原則として過少申告加算税は賦課されるが、例外的に、正当な理由がある場合(通則法65条4項)又は更正を予知しないで提出された修正申告(同条5項)の規定の適用がある場合に限り、過少申告加算税が免除される。
また、過少申告加算税の賦課決定については、過少申告加算税の賦課決定につき税務署長に裁量権が認められる余地がないことは明らかであり、賦課要件が備わっている以上、これを賦課しないとすることは許されない。
ウ 本件へのあてはめ
原告は、平成11年分の所得税の確定申告の期限内である平成12年3月14日に、本件確定申告書を被告に提出し、その後、原告は、平成12年4月4日に、本件修正申告書を被告に提出したのであるから、本件は、過少申告加算税の課税要件に該当していることは明らかである。
エ 原告の主張に対する反論
(ア) 原告は、もとより適正納税する意思、正しい申告をする意思を有していたものである旨主張するが、適正に記載及び計算された確定申告書が法定納期限内に提出されていない以上、結果的には適正な納税は実現されなかったのであり、法の趣旨に即した申告がなされなかったことに変わりなく、原告の主張は理由がない。
(イ) 原告は、通則法65条1項が、「税額の計算の基礎とされていなかった事実」が存在することを前提としているところ、本件には、「税額の計算の基礎とされていなかった事実」が存在しないから、同条1項の適用がない旨主張する。
しかしながら、通則法19条1項1号は、修正申告書を提出することができる場合として「先の納税申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に不足額があるとき」と規定しており、過少申告加算税は、その修正申告書に基づき同法35条2項の規定により納付すべき税額を基礎として課されるものであり、また、加算税の取扱いにおいては、税額の計算方法を誤ったとか、課税標準の計算を誤ったといった不足額の生じた理由を問わない。
ところで、通則法65条4項にいう「税額の計算の基礎となった事実」とは、各税法の申告規定との対比によって明らかにされるものであり、「所得税に関しては、所得税法22条、120条1項にいう課税標準である総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の計算の基礎となった各種所得の金額、所得控除額並びに税額控除額等、同法21条所定の所得金額の計算の基礎となる事実を指す(同法120条1項5号、9号、11号参照)。」ものと解されている。
本件の場合、本件確定申告書に記載されていた事業所得の金額、総所得金額、賦課総所得金額及び所得税法第2編第3章の規定を適用して計算した所得税の額に誤りがあったことは争いのない事実であるから、本件において、税額の計算の基礎とされていなかった事実が存在しないとの原告の主張は理由がない。
(原告の主張)
ア 被告の主張は、原則として制裁を課す制度であることに拘泥し、法がいかなる場合に制裁を課し、いかなる場合に制裁を課さないのかを正しく理解しないものであり、「書面添付制度」をはじめとする国の税制全体を正しく見ていない不当な解釈であり、否定されるべきである。
イ 通則法65条4項の規定に照らせば、通則法65条1項は、期限内申告書提出後、修正申告書が提出される場合には、当然、「税額の計算の基礎とされていなかった事実」が存在することを予定していると解される。しかるに、本件は、本件確定申告書のその他の事業所得の収入金額欄の記載の誤記にすぎず、税額の計算の基礎とすべき事実は何一つ隠すことも脱落することもなく、月別集計、年集計を含め、正確に被告に提示しており、税額の計算の基礎とされていなかった事実は存しない。
要するに、本件は、「12」の数字を「21」に訂正して行う以外、何らの操作も必要なく、修正申告をするまでもなく、「明らかな誤記があると思われるから、判子を持って訂正に来い」とか「差し替えをせよ」とかで足りるケースである。乙税理士は、受電中に誤記を発見して自らその誤記を指摘し、正しい書面を出すとの約束をし、それを修正申告という形で行ったものである。その際、最初の申告書に添付された決算書等の変更は一切行っていない。したがって、本件では通則法65条1項を適用する場面ではない。
(2) 通則法65条4項にいう「正当な理由」の有無について(争点2)
(原告の主張)
ア 加算税は、「申告の正確さ」のためというよりは、税をごまかす、いわゆる脱税をすることを制度的に防止することにこそ、その存在理由があるというべきであり、それゆえに、法は加算税を課さない不正確申告の存在というものを予定し、その典型として通則法65条4項、5項の規定が置かれている。
イ そして、通則法65条4項の規定は、納税義務につき恭順にこれを履行しようとする者が誤って申告してしまったときは、修正申告の方法でこれを是正し、正しく本来の額に不足のない納税をする限りペナルティを課さないとの国の姿勢を示す規定であることからすれば、本件については、同条項を準用ないし類推適用すべきである。
(被告の主張)
ア 「正当な理由がある場合」(通則法65条4項)とは、例えば税法の解釈に関して申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い修正申告し、又は更正を受けた場合、あるいは災害又は盗難等に関し申告当時損失とすることを相当としたものがその後予期しなかった保険等の支払を受けあるいは盗難品の返還を受けたため修正申告し、あるいは更正を受けた場合等、申告当時適法とみられた申告がその後の事情の変更により納税者の故意過失に基づかずしてその申告額が過少となった場合の如く、その申告が真にやむを得ない理由によるものであり、かかる納税者に過少申告加算税を賦課することが不当もしくは酷になる場合を指称するものであって、納税者の税法の不知もしくは誤解に基づく場合はこれに当たらないと解される(東京高裁昭和51年5月24日判決・税務訴訟資料88号841頁参照)。
イ 本件の場合、原告及び乙税理士は、本件確定申告書を提出する前に、本件確定申告書に記載されている内容が、本件決算書に記載されている内容に基づいて正確に記載されているかどうかを当然に確認すべきであったし、確認行為をしていれば、所得税第三期分として納付すべき税額欄(甲7・42欄)に数字が印字されておらず、逆に還付金の欄(同・43欄)に数字が印字されていることは容易に確認でき、売上金額に照らせば納付すべき税額がマイナスになることの不自然さにも気付くことができたのである。それにもかかわらず、乙税理士はその職業会計人としての当然の注意義務を怠ったものであり、本件確定申告書を提出するに当たり、原告又は乙税理士に過失があったといわざるを得ず、その過失の程度も決して軽微なものとはいえない。
また、原告は、本件が単なる誤記であると主張するが、そうであるとしても、本件申告においては収入金額を9000万円(実際の収入金額の約42%)下回る金額を記載し、その結果納付すべき税額がマイナスになるとの申告をしているのであって、原告らにおいては、その申告内容に疑問をもってしかるべきであり、申告後においても、直ちに自らの申告内容を確認し、税務職員の指摘を受ける前に修正申告を行うことは十分に可能であったというほかなく、この点の過失も否めないところである。
ウ したがって、原告及び乙税理士は、本件確定申告書を提出する前に、当然すべきであった本件確定申告書の内容について確認をするという注意義務を怠ったものであり、そのことが上記アに述べた真にやむを得ない理由によるものとは到底いえず、正当な理由があるとはいえない。
エ 原告の主張に対する反論
(ア) 原告は、通則法65条4項の規定は、「納税義務につき恭順にこれを履行しようとする者が誤った申告してしまったときは、修正申告の方法でこれを是正し正しく本来の額に不足のない納税をする限りペナルティを課さないとの国の姿勢を示す」規定であるなどと主張し、本件については、同項の規定を準用ないし類推適用すべきである旨主張する。
(イ) 租税法規は、すべての納税者に等しく適用されるものであり、そこでは、法的安定性の要請が強く働くから、みだりに、拡張解釈や類推解釈を行うことは許されない。過少申告加算税についても、法定の要件が充足されるときは、課税庁は、過少申告加算税を賦課すべきものであり、それが租税公平の原則に適うところである。
原告は、通則法65条4項の準用ないし類推適用を主張するものであるが、そのような解釈を許すことは、課税庁の恣意的な運用をも許すことになり、租税公平の原則からは到底容れることはできない。よって、この点の原告の主張も失当である。
(3) 通則法65条5項にいう「調査があったことにより更正があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当するか否か(争点3)
(原告の主張)
ア(ア) 通則法65条5項の規定を適用して過少申告加算税を課するためには、「その納税者に対する臨場調査、その納税者の取引先に対する反面調査又はその納税者の申告書の内容を検討した上での非違事項の指摘等により、当該納税者が調査のあったことを了知したと認められる後に修正申告書が提出された場合」であるとして、臨場調査、反面調査等を例示して、少なくともこれらに準じるレベルの非違事項の指摘等があったことが要件であり、かつ、この場合であっても「原則として」課税が可能となる旨の基準が示されている(甲6、国税庁長官平成12年7月3日付け事務運営指針)。特に、同指針においては、「臨場のための日時の連絡を行った段階で修正申告書が提出された場合には原則として『更正があるべきことを予知してされたもの』に該当しない」とされていることからすると、税務署から電話が入ったというだけでは、直ちに加算税を免れる修正申告ができなくなるとは限らないと解すべきである。
(イ) 本件では、本件確定申告書に添付して提出した本件決算書には2億1000万円余りの売上(収入)記載があったのであり、被告においても、数字が前後入れ違って誤っていることは、原告の提出書面そのものから容易に確認できたのであり、また、本件架電も、個別・具体的な非違事項の指摘がなされたものではないことからすれば、上記「調査」と評価できるものではないというべきである。イ 通則法65条5項の規定の適用があるか否かが争われた判例(広島高裁平成14年9月27日判決及びその原審である鳥取地裁平成13年3月27日判決)からすれば、適正納税をする意思を予め有している者については、たとえ故意に過少申告をした者といえども加算税を免れさせてもよいと解されるところ、原告は「適正納税をする意思」を初めから有している者であるから、同条項の適用ないし類推適用があるというべきである。
すなわち、上記判決においては、被控訴人は事実を共通にする他の納税者がその「事実」を申告しているのであるから、自分に対する課税は免れないと知っていたことなど、課税は免れないことからも自発的修正申告の意思の存在を認定する材料としているが、本件原告は、提出した決算書に自らすべての所得にかかる基礎事実を記載していることからすれば、「課税は免れない」のであり、原告は何らかのきっかけがあれば必ず修正申告に及ぶと考えられるところ、被告には、具体的・個別的に非違事項を税理士に伝えた事実もなく、通則法65条5項の「調査」もしていないことからすれば、原告において自発的修正申告があったというべきであり、過少申告加算税が課されるべきではない。
(被告の主張)
ア 過少申告加算税は、修正申告書の提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないときは、課されない(通則法65条5項)。
このように通則法65条5項は、自発的な修正申告については、例外的に加算税を賦課しないとするものであるから、加算税制度の例外として自発的な修正申告を奨励する趣旨の規定であり、また、単なる更正の予知ではなく、調査の存在を前提としていることからすると、修正申告を奨励することで調査の手数をかけないで済むことにより税務行政コストの軽減を図る趣旨をも含むものと解される。
イ 通則法65条5項の「調査」については、「その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべき」と規定されていることからすると、更正又は決定のための「調査」(通則法24条以下)を前提とするものであり、同法24条に規定する「調査」はすべて同法65条5項の「調査」に含まれるものと解される。
そして、通則法24条に規定する「調査」とは、「課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味すると解される。すなわち課税庁の証拠資料の収集、証拠の評価あるいは経験則を通じての要件事実の認定、租税法その他の法令の解釈適用を経て更正処分に至るまでの思考、判断を含むきわめて包括的な概念である。」(大阪地裁昭和45年9月22日判決・行裁例集21巻1148頁)と解されており、ここには納税者本人に対する臨場調査はもとより、呼出調査、納税者の取引先に対する反面調査や銀行調査、いわゆる机上調査や準備調査等が含まれる。
そうすると、これらは同法65条5項の「調査」にも含まれることになるから、確定申告書を精査して過少申告を発見することも同条項の「調査」に該当するというべきである(大阪高裁平成2年2月28日判決・税資175号976頁及びその上告審最高裁平成2年10月25日第一小法廷判決・税資181号129頁)。
ウ 以上を本件についてみると、まず、本件確定申告書に記載されていた納付すべき税額が過少であることは、丙係官等の被告係官が、本件確定申告書、本件決算書等を精査検討することにより把握したものであるから、課税庁による調査が行われたことが認められる。また、原告は、本件架電によって、本件確定申告書に記載されていた納付すべき税額が過少であることを指摘されたのであるから、本件架電によって、本件確定申告書に記載されていた納付すべき税額について更正があるべきことを予知したことが優に推認される。
そうすると、本件修正申告書の提出が、通則法65条5項にいう「調査があったことにより更正があるべきことを予知してなされたものでない」場合に当たるとは到底いえず、原告の主張は失当である。
エ 原告の主張に対する反論
(ア) 原告は、通則法65条5項の規定の適用があるか否かが争われた判例(広島高裁平成14年9月27日判決及びその原審である鳥取地裁平成13年3月27日判決)を引用し、「適正納税をする意思」を初めから有している者であるから、同項の適用がある旨主張する。
(イ) 原告が引用している上記広島高裁判決は、通則法65条5項の規定が適用されるためには、「(税務職員の調査により申告が不適正であることを)認識する以前に自ら進んで修正申告を確定的に決意して、これに基づいて修正申告書を提出することを必要とし」た上で、他の相続人が既に修正申告をしている等、「修正申告をする決意」が客観的に認められるとして同項の適用を認めた事案であり、丙係官からの電話により同係官からの非違事項を指摘され、原告及び乙税理士は本件確定申告が不適正であることを初めて認識した本件とは明らかに事実関係が異なるから、引用の誤りというべきである。
なお、通則法65条5項の規定は、修正申告書の提出が調査により納税者において更正があるべきことを予知してなされたか否かの問題であって、「適正納税をする意思」が確定申告時に有していたかどうかは、何ら関係がない。
第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲1ないし9、乙1ないし5、証人乙)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件確定申告書が作成、提出される経緯
ア 原告が平成11年分の所得税の確定申告を依頼した乙税理士は、本件確定申告書の作成に先立ち、「営業」所得欄の収入金額欄に「211、531、013」円、所得金額欄に「125、668、495」円と記載した確定申告書を作成し(以下「訂正前確定申告書」という。)、これを原告に対しファックスで送信した後、原告に電話をかけ、同確定申告書を提出することについての了解を得た。
イ その後、乙税理士は、原告の職業からすれば、その収入金額及び所得金額を「営業」所得欄ではなく「その他の事業」所得欄に記載すべきであることに気付き、自らパソコンを操作して、モニター上で「営業」所得欄の数字を消して「その他の事業」所得欄に数字を入力することにより修正した。その際、乙税理士は、その他の事業所得欄の収入金額欄に「211531013」と入力すべきところを「121531013」と誤って入力した。
ウ その結果、乙税理士が使用している所得税申告書作成ソフト(以下「本件ソフト」という。)は、パソコンのモニター上で、収入金額を上書きして訂正入力することが可能であり、訂正入力した場合には、所得金額及び申告納税額等が自動計算されるというものであったことから、申告納税額が、訂正前確定申告書では3277万8400円の納税となるものが、-52万1501円(還付)となり、過少申告となる内容のものとなった。
エ 乙税理士は、本件ソフトを使って申告書を作成した場合、通常、打ち出したものの内容を確認し、訂正した場合には、訂正前のものと訂正後のものとを比較し確認することとしていたが、本件確定申告書の作成時には、数字の入力されている欄を同じ所得金額欄の移動にすぎないことから、確認作業を行うことなく、誤って入力した内容のまま、本件確定申告書を作成した。
オ 原告は、春日部税務署長に対し、平成11年分の所得税について、平成12年3月の法定申告期限内において、本件確定申告書及び本件決算書を提出した。
原告の平成11年分の所得税における収入金額は、本件決算書に記載されていたように、2億1153万1013円であり、納付すべき税額は3277万8400円であったが、本件確定申告書では、収入金額を1億2153万1013円と記載し、これを前提に計算されたため、納付すべき税額は、-52万1501円(還付)と記載されていた。
(2) 本件修正申告に至る経緯
ア 本件確定申告書を審査していた被告係官は、同申告書の収入金額欄及び所得金額欄に記載されていた金額と本件決算書の売上(収入)金額欄に記載されていた金額が相違していることを発見し、丙係官に本件確定申告書及び本件決算書とともにその旨を引き継いだ。 イ 丙係官が、本件確定申告書に記載されていたその他の事業所得に係る収入金額及び所得金額と本件決算書に記載されていた売上(収入)金額及び所得金額の差額を計算したところ、本件確定申告書の各欄に記載されていた金額は、本件決算書の該当欄に記載されている金額に比し、それぞれ9000万円過少であることが判明した。
ウ 丙係官は、上記の相違の原因を解明するため、個人課税部門の係官とともに、本件決算書に添付されていた埼玉県社会保険診療報酬支払基金作成の「平成11年分報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書」(以下「本件支払調書」という。)の保険点数に基づき原告の社会保険からの収入金額を算出したところ、1億3664万3140円となり、社会保険からの収入金額のみによっても、本件確定申告書に記載されていた収入金額を上回ることが判明した。丙係官は、原告は眼科医であり、上記社会保険からの収入のほかに、国民健康保険等の各種の社会保険診療報酬及び自由診療報酬が加算されることから、本件確定申告書に記載されていた収入金額は誤りであり、本件決算書に記載されていた売上(収入)金額及び所得金額が、正当な額であると判断した。
エ 丙係官が、上司である丁特別国税調査官(以下「丁特別調査官」という。)に上記調査結果を報告したところ、丁特別調査官は、丙係官に対し、原告の関与税理士である乙税理士に電話をかけ、修正申告を慫慂(しょうよう)するようにと指示した。
オ 丙係官は、平成12年3月24日午前10時30分ころ、乙税理士に電話をかけ、本件確定申告書に関し、還付になることを告げたところ、乙税理士は、同電話は還付申告になるのは不自然であるという意味であるととらえ、本件確定申告に関する資料を調べたところ、初めて本件確定申告書の誤記に気付いた。その後、乙税理士と丙係官は、同電話において、本件確定申告については修正申告が必要であることが確認された(本件架電)。
カ 原告は、平成12年4月4日、被告に対し、本件修正申告書を提出した。
(3) 本件処分
被告は、平成12年5月12日付けで、原告に対し、過少申告加算税の賦課決定処分をした。
2 争点1(通則法65条1項の適用の有無について)について
(1) 過少申告加算税は、納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とする申告納税方式をとる国税につき、正確な申告を確保するため、期限内申告書が提出された場合において、修正申告書の提出又は更正があったときに、過少な申告を行った納税者に対する行政上の制裁として、当該納税者に課される加算税であり(通則法65条1項)、申告納税制度を維持するために正確な申告を確保することを目的とするものである。
したがって、過少申告がなされた場合には、修正申告書の提出があったときでも原則として加算税は賦課されるというべきであるところ、本件では、上記のとおり、その法定期限内に法定の記載事項が記載された本件確定申告書が提出された以上、所得金額を1億2153万1013円、申告納税額マイナス52万1501円とした期限内申告がなされたとみざるを得ない。そして、その後に、所得金額を2億1153万1013円、申告税額を3277万8400円とした修正申告書の提出がされたのであるから、通則法65条1項が適用されることは明らかである。(2) 原告は、本件は誤記であることが一見して明らかな場合であるから訂正や差し替えのレベルで済む問題であり、通則法65条1項を適用すべき場面ではなく、被告の主張は、原則として制裁を課す制度であることに拘泥し、法がいかなる場合に制裁を課し、いかなる場合に制裁を課さないのかを正しく理解しないものであると主張する。
すなわち、原告は、「通則法65条4項に照らせば、通則法は、期限内申告書の提出後、修正申告書が提出された場合には、当然、『税額の計算の基礎とされていなかった事実』が存在することを予定していると解されるところ、本件は、税額の計算の基礎とされていなかった事実は存在しないから、同条1項を適用することはできない。」旨主張する。
しかしながら、上記のとおり、過少申告加算税制度は、正確な申告を確保することを目的とし、正確な申告をしなかったことについて制裁を課すものであり、通則法65条1項においても、納税者の故意過失等の意思に関する要件を設けていないことからすれば、過少申告がなされ、修正申告書の提出があった場合には、それが単なる誤記や思い込みによる錯誤等に基づくものであっても原則として加算税が賦課されると解するのが相当であり、また、原告主張のような、条文に明示の規定のない要件を検討する理由も見当たらない。
したがって、原告の主張は採用できない。
3 争点2(通則法65条4項にいう「正当な理由」の有無について)について
(1) 通則法65条4項は、修正申告又は更正に基づき新たに納付すべき税額の計算の基礎となった事実のうちにその修正申告又は更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由があると認められるものがある場合には、その部分につき過少申告加算税を賦課しない旨を定めている。
そして、前記の過少申告加算税の趣旨に照らせば、同項にいう「正当な理由がある場合」(通則法65条4項)とは、例えば税法の解釈に関して申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い修正申告し、又は更正を受けた場合、あるいは災害又は盗難等に関し申告当時損失とすることを相当としたものがその後予期しなかった保険等の支払を受けあるいは盗難品の返還を受けたため修正申告し、あるいは更正を受けた場合等、申告当時適法とみられた申告がその後の事情の変更により納税者の故意過失に基づかずしてその申告額が過少となった場合の如く、その申告が真にやむを得ない理由によるものであり、かかる納税者に過少申告加算税を賦課することが不当もしくは酷になる場合を指称するものであって、納税者の税法の不知もしくは誤解に基づく場合はこれに当たらないと解される(東京高裁昭和51年5月24日判決・税務訴訟資料88号841頁参照)。
(2) これを本件についてみると、前記認定事実によれば、原告は、自己の過失により、収入金額を誤って記載したことから過少申告に至ったものにすぎない。すなわち、原告及び乙税理士は、本件確定申告書を提出する前に、本件確定申告書に記載されている内容が、本件決算書に記載されている内容に基づいて正確に記載されているかどうかを確認すべきであったのであり、仮に確認していれば、容易に誤記に気付くことができたと認められる。そして、本件申告においては収入金額につき9000万円下回る金額を記載し、納付すべき税額をマイナスとしているのであるから、原告及び乙税理士の過失の程度も決して軽微なものとはいえない。
そうすると、原告の当初の過少申告がやむを得ない理由によるものとは認められず、通則法65条4項にいう「正当な理由」があるということはできない。
したがって、原告には、通則法65条4項にいう「正当な理由」があるということはできず、同条項に関する原告の主張は採用できない。
4 争点3(通則法65条5項にいう「調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき」に該当するか否か。)について
(1) 通則法65条5項は、修正申告書の提出があった場合において、その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないときは、過少申告加算税を賦課しない旨を定めているところ、同項は、自発的に修正申告を決意し、修正申告書を提出した者に対しては、例外的に過少申告加算税を賦課しないとすることにより、納税者の自発的な修正申告を奨励したものであり、また、単なる更正の予知ではなく、調査の存在を前提としていることからすると、修正申告を奨励することで調査の手数をかけないで済むことにより税務行政コストの軽減を図ることをも目的とするものであると解することができる。
上記の趣旨に照らすと、同項にいう「調査」とは、課税標準等又は税額等を認定するに至る一連の判断過程の一切を意味し、納税者本人に対する臨場調査、呼出調査だけでなく、いわゆる机上調査や準備調査等も含まれるというべきである。また、「その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき」とは、税務署職員が申告に係る国税についての調査に着手し、その申告が不適正であることを発見するに足りるか又は端緒となる資料を発見し、これによりその後調査が進行して先の申告が不適正で申告漏れの存することが発覚し更正に至るであろうことが客観的に相当程度の確実性をもって認められる段階に達した後に修正申告書を提出したものではないことを要し、逆に上記のような段階に達した後に納税者がやがて更正に至るべきことを認識した上で修正申告を決意し、修正申告書を提出したものである場合は、これに当たらないと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると、前記認定事実に照らせば、被告係官は、本件確定申告書に記載されていた収入金額は誤りであり、本件決算書に記載されていた売上(収入)金額及び所得金額が、正当な額であり、本件確定申告書に記載された納付すべき税額は過少なものであると既に判断していたこと、したがって、本件架電当時には、本件架電により上記の誤りが確認できれば、更なる調査は不要と考えられる状態にあったこと、本件架電自体も、原告の関与税理士である乙税理士に修正申告を慫慂(しょうよう)するためになされたものであり、乙税理士においても、本件架電は、単に還付申告になることを確認するにとどまらず、本件確定申告において誤りが存し、修正申告が必要であることを暗に示す内容のものであったことを認識していたことが認められる。
そうすると、本件確定申告書に記載されていた納付すべき税額が過少であることは、丙係官等の被告係官が、本件確定申告書、本件決算書等を精査検討することにより把握したものであるから、課税庁による「調査」が行われたのであり、原告は、被告係官が「調査」により把握した本件確定申告書に記載されていた納付すべき税額が過少であるという内容を本件架電により把握し、仮に、原告が修正申告をしなければ、被告は当然更正をしたものと容易に推認できるのであるから、本件修正申告は、更正に至るであろうことが客観的に相当程度の確実性をもって認められる段階に達した後になされたものであり、かつ、原告は、やがて更正に至るべきことを認識した上で修正申告を決意して修正申告書を提出したものであるというべきである、
以上によれば、本件修正申告書の提出は、通則法65条5項にいう「調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないとき」には該当しないというべきである。
(3) なお、原告は、通則法65条5項の規定の適用があるか否かが争われた判例(広島高裁平成14年9月27日判決及びその原審である鳥取地裁平成13年3月27日判決。下級裁主要判決情報登載。)からすれば、適正納税をする意思を予め有している者については、たとえ故意に過少申告をした者といえども加算税を免れさせてもよいと解されることから、原告は「適正納税をする意思」を初めから有している者であるから、同条項の適用ないし類推適用があるというべきであると主張する。
しかしながら、原告が引用している上記広島高裁判決は、通則法65条5項の規定が適用されるためには、「(税務職員の調査により申告が不適正であることを)認識する以前に自ら進んで修正申告を確定的に決意して、これに基づいて修正申告書を提出することを必要とし」た上で、他の相続人が既に修正申告をしている等、「修正申告をする決意」が客観的に認められるとして同項の適用を認めた事案であるが、本件では、前記認定のとおり、原告は、本件架電により本件確定申告が不適正であることを初めて認識したものであり、事案の趣を異にし、本件に前記判例を引用するのは適切とはいえないというべきである。
5 以上の次第で、原告の請求は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊田建夫 裁判官 都築民枝 裁判官 菱山泰男)
別表
本件賦課決定処分の経緯
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